星渡りの少女~TS転生したポンコツ美少女天使は故郷と地球の架け橋となる~ 作:イワシロ&マリモ
地球で粛清の暴風が吹き荒れている頃、天の川銀河の反対側に位置する惑星アードでは、空前の温泉ブームが到来していた。
事の発端は言うまでもなく、ティアンナが聖域に旅館やすらぎを模して建造した大浴場である。
セレスティナ女王はこの浴場を気に入り、またケレステス島に居る者達に開放したのだ。
最初は皆畏れ多いと遠慮していた。
だが、それでは女王陛下の御厚意を無下にしてしまうと判断したアナスタシアが、近衛兵をどんどん入浴させたのだ。
アードには入浴の概念が存在しない。浄化魔法があるので身体を清める手段を必要とせず、せいぜい気分転換として水浴びがあるくらいである。
だが、地球からもたらされた温かい湯に身体を沈める文化は一瞬にしてアード人達を魅了した。
そして体験した近衛兵を通じて瞬く間にアード全土へ広がった。
原形があるものを模倣するのは魔法と優れた科学技術を持つアードでは容易なことであり、アードにある浮き島には次々と大浴場が建設されていった。
厳密には温泉ではなく温めたお湯であったが、少なくともアード人にとってその違いは良く分からない。
この浴場で温かな湯に身体を沈めると、これまで体験したことの無いリラクゼーション効果を得られると言う事実のみが重視された。しかもセレスティナ女王のお墨付きである。ブームが来ないわけがない。
ただし、ティアンナが主体となっているのでその作法も一部誤りが存在する。
具体的には、安全のためと称して風呂桶を頭に被せる謎の文化まで普及してしまい、日本人が見たら色々と突っ込みどころがある入浴風景が広がることになった。
残念ながらこの場に地球人は居ないので、その誤解が是正されるのは随分と後になってしまったが。
「地球には、多様性に富む環境とそれに合わせた多種多様な文化が存在するわ。
三百年の停滞を取り戻すためにも、積極的に良い部分を取り入れて社会全体に刺激を与えなきゃいけないのよ!」
ティナが居ないのでティアンナも自重せずに政務局へ赴いて、派手に持論を述べた。
ここで厄介なのは、ティアンナの言はそのままセレスティナ女王の意思として受け取られてしまう点である。
無論ティアンナもそれを承知しているので政治に関与する際は、姉の意思を確認して了承を得た上で発言するよう細心の注意を払っている。
ただ、アード人にとってセレスティナ女王の意志は地球人が想像する以上に重い意味をもつ。
ティアンナが持論を表明したその日の内に、アード永久管理機構は長年開店休業状態であった外務局の傘下に地球調査部を新設。
他所に比べて地球人との関わりが深いドルワの里出身者を中心として、地球人や文化などの調査研究が本格的に開始された。
先ずはアリアがこれまでに収集した地球のデータや、ティナ達が持ち帰った品物やレポートが改めて精査されることとなる。
「新たなる盟友、ノーム族の調査も本格的に始動すべきだ」
ティアンナの持論に乗る形でパトラウス政務局長が提言し、ノーム調査部も同時に新設された。
クレアの証言によって、銀河には少なく見ても万単位のノーム人が今も生存している可能性が高いことが判明し、それらの受け入れ準備が急速に行われることになる。
この判断に異を唱える者は居なかった。
既にアード人にとってノーム人は救うべき隣人となっているのだ。恐るべきはその善性である。
「十分なデータも揃ったし、公表するには良い時期ね。私自身の体験もあるし」
ここで更にティアンナは地球の食物がアード人に与える影響について、部分的な公表を決断した。
大変美味ではあるが、恋人や夫を持つ女性が摂取した場合高確率で強力な発情作用が発生することを公開した。
ドルワの里は空前のベビーブームであり、地球へ向かった戦艦オーロラ乗員や調査船オリンポス号の乗員も帰還後に地球の食物を口にして、妊娠が多数発覚。
更に少数とは言え流通していた事もあって妊娠の報告も多数挙がっていたのだ。
アード永久管理機構は、地球の食物を口にするのは計画的に行う必要があると判断。統制することを決定した。
人口問題を抱えるアードにとって出生率の向上はまさに福音なのだが、際限なく増えてしまうのもまた問題なのだから。
ただし、これまでの調査でリーフ人には何の影響も無いことが推定された。
今現在地球の食物を口にしたリーフ人はフェルとリーフ姉妹のみであり、アードに居るリーフ人達は意図的に食べるのを避けているので断定は出来ないが。
「食べないなら別に良いじゃない。食べるようになってから確かめれば良いし、害はないでしょ。少なくともフェルとフィオレ達に害がないなら後はどうでも良いわ」
夫や愛娘、更には愛する姉を狙われたティアンナはリーフ人に対して極めて冷淡であった。
無論政治問題となるので、公の場でその感情をぶちまけるのは出来る限り控えてはいるが。
そしてそれ故に、ティアンナは別のアプローチで圧力を掛けた。
「フリースト様」
ハロン神殿で定例会に参加していたリーフ族長フリーストは、里へ戻るべく取り巻きと一緒に荘厳な渡り廊下を歩いていたが、そんな彼に正面から声をかける人物が居た。
「これはアナスタシア殿、ご無沙汰しています」
両目を蒼い布で覆った近衛兵長、アナスタシアである。
彼女と面識は当然あるが、言葉を交わした回数は少ない。
にも拘らず、わざわざ声を掛けてきたのだ。何かしら重大な案件と察したフリーストは、取り巻き達を先に帰らせた。
「人払い、忝い」
「何やら重要な案件とお見受けしましたからな。それで、如何なさいましたかな?」
フリーストの問い掛けに、アナスタシアは右手に携えている槍を強く握りしめた。
「最初に謝罪します。私は政が不得手であり、また謀も得意ではありません。
それ故に礼を欠いた率直な物言いになることをお許しください」
「構いません、友よ。どうか肩肘を張らず何時ものようにお話しください」
許可した瞬間、アナスタシアの雰囲気が明確に変化したことを肌で感じたフリーストは身構えた。
「では遠慮なく。度重なる貴公等の不祥事について、慈悲深い女王陛下はお許しになられた。
それについて貴公等がどのように受け止めたかは存ぜぬが、近衛を率いる大任を任された身として一言申し伝える。
……いつまでも慈悲があると思うな」
それだけ伝えるとアナスタシアは一礼してそのまま立ち去る。アード人は狂信者集団であるが、その極致に存在するのが近衛である。
その長であるアナスタシアが特大の釘を刺したのだ。フリースト及びリーフ上層部への強い牽制となったのは言うまでもなく、アナスタシアを動かしたティアンナも時間を稼げたと先ずは満足することにした。
アナスタシアを筆頭とした近衛、そして影の守護者ヴァルキリー達からすれば、既にリーフ人達はラインを越えてしまっているのだから。