星渡りの少女~TS転生したポンコツ美少女天使は故郷と地球の架け橋となる~ 作:イワシロ&マリモ
「パトラウス、小休止か?」
惑星アード、ケレステス島ハロン神殿。見事な自然と調和した庭園を一望できる渡り廊下。
政務を切り上げて、気晴らしに景色を眺めていたパトラウス政務局長へと歩み寄る人影があった。彼の妻であり近衛兵長アナスタシアである。
「そんなところだ。姉上曰く、地球には仕事の最中に休息を取る文化があるらしい。
試しに実行してみたのだが、気分転換にはなるな」
「ほう、地球人は不可思議なことを考えるものだな」
アードは必要な衣食住が保証されており、労働は全てセレスティナ女王の為であると認識している。特に政務に携わる者達はその傾向が顕著であり、その為休日や休息の概念が存在しない社会なのだ。
アード人の強固な身体と狂信性、優れた医療技術の存在によって問題となることは無かったが。
「実行してみて感じたが、これは良い文化だ。積極的に取り入れても問題はあるまい」
「ふむ、それならば近衛でも試してみるか。
ヴァルキリーの連中が受け入れるかは分からんが」
「それは分からんな……それで、どうした?この時間帯にお前が女王陛下のお側を離れるとは珍しい」
時刻としては正午を過ぎた辺りである。
「今は王妹殿下がいらっしゃるからな。それで、外交団について追加の情報は無いか?
女王陛下も関心をお持ちでな、何時御下問されても良い様に情報を把握せねばならぬ」
「先程ザッカル卿からメッセージが届いた。無事に地球側と友好条約を締結できたそうだ。
次はあちらの外交団受け入れが控えているから、各部署は張り切っているよ」
「それは何よりだ。ティナ殿下については?」
「引き続き交流の最前線で張り切っていらっしゃるそうだ」
「ふむ……ご無理をなさらねば良いが。
まあ分かった、女王陛下へお伝えしよう」
「まて、アナスタシア」
話は終わりとばかりに踵を返そうとした妻へ、パトラウスが声をかけた。
アナスタシアは不思議に思いつつも立ち止まり、振り向いて次の言葉を静かに待つ。
そんな妻を見てパトラウスは気恥ずかしそうに頬を掻いて。
「多少は時間に余裕があるのだろう?少し、歩かないか?」
予想外の誘いにアナスタシアは内心戸惑った。ただでさえ日々の激務と第二子の出産で、夫婦の時間がほとんど取れていない現状でのお誘いだからだ。
普段は武人然としたアナスタシアもまたアード人であり、地球人の感覚から見ても深い愛情(重いとも言える)を持っている。
急な夫からのお誘いを嬉しく思いつつも表に出さず静かに頷いた。
ハロン神殿には最奥にある女王のプライベート空間以外にも、人々の心を癒すための憩いの場が幾つも存在する。
その中の一つ、豊かな森林の中に作られた遊歩道を二人はゆっくりと歩んだ。翼を持つアード人であるが、歩く方が楽なのでしっかりと地面に道も整備されている。階段の類いは無駄なので概念そのものがほとんど存在しないのだが。
「アメリアの様子はどうだ?」
「皆が面倒を見てくれている。畏れ多いことだが、ティル殿下も気に掛けて下さっているご様子なのだとか」
「なに?ならば王妹殿下にもお礼を申し上げねばならんな。新居の暮らしはどうだ?
パルミナはのびのびやっているか?」
アメリアとは先日生まれた第二子であり、出産を機に予てより計画していたドルワの里への転居を実行したのだ。
ただパトラウスは地球関係の職務に追われており、ここしばらく帰宅できていない。
「居心地は良い。何せ私にとって里の皆は同僚或いはその家族なのだ。心配していたパルミナも馴染んでいる。
あの子は思っていたよりも物怖じしないようだ」
アードの子育て事情は、まさに古き良き昭和と言うべきか。里全体で育てるのだ。
「それは良かった。最近は何かと忙しくて中々帰宅できていないからな」
「むしろ私は帰りすぎているように感じる。
畏れ多くも、女王陛下より育児休暇を取るようにと強く勧められていてな」
「育児休暇とは何だ?」
「地球の文化らしく、子を成した後、育児のために仕事を免除されるものらしい」
「なんと、地球にはそんな制度があるのか」
パトラウスが驚くのも無理はない。アードの育児文化からすれば育児休暇制度は興味深く感じられた。
「テラアーカイブにあったものを王妹殿下が発見されたらしくてな、良いものは積極的に取り入れよと仰せだ」
「確かに生真面目なアナスタシアが率先して制度を活用すれば、皆も続こう。近衛も慶事が続いているのだろう?」
「地球の食物を甘く見ていた。私も自制が効かなかったからな……」
アナスタシアの地球来訪へ同行した近衛兵達の間で、地球の食物を食べたことによる出産が相次いでいるのが現状である。
無論各自調整しているし近衛そのものの規模が大きいので、職務に影響は出ていないが。
「まあ、仕方あるまい。それに子が生まれるのは一族としても喜ばしいことだ。
時にアナスタシア、昼食は食べたか?」
木々に囲まれた広場へ出たパトラウスは、置かれていた丸太に腰掛けてアナスタシアを誘う。
「いや、まだだ」
「ならばこれを。たまには共に食事をしよう。生憎地球の物ではないが」
「構わん。それが本来の食事なのだから」
隣に腰を降ろしたアナスタシアは差し出された栄養スティックを受け取って一口齧った。
次の瞬間彼女の動きが止まり、それを見たパトラウスは笑みを浮かべた。
「これは……」
「地球には食べ物に風味を付与する技術が存在する。
それは風味付けに関する研究の試作品だ」
「それは分かるのだが、この味は……」
「いやなに。お前が地球の食物の中で、桃缶と呼ばれる果実の保存食を大切に食べていたのを見ていてな。
あの果実の味を再現することに成功したんだ」
パトラウスは何ともないように話しているが、アナスタシアが密かに地球の桃を好んでいるのを知っているのは彼だけである。
この試作品が、アナスタシアのために依頼して製造させたものであることは間違いない。
夫の飾らぬ不器用な優しさを感じて、アナスタシアの口許も自然と緩む。
「あくまでも試作品であり、まだまだ研究が必要との事だ。
だが、上手くいけば無味無臭の栄養スティック生活にも彩りが生まれるだろう。
地球の模範ではあるが、先ずは我が一族の食を豊かにしていくつもりだ。
皆が好きな時に好きな味の栄養スティックを食べられるようになるには些か時間が必要となるが、予算も多く振り分けた」
「素晴らしい考えだ。私は政に疎いが、皆が喜ぶだろう」
「今のお前のようにか?」
「……ふん」
そっぽを向きながらも大事に食べる妻を見てパトラウスは束の間の安らぎを満喫して。
『ティナちゃんが気付いちゃった☆メンゴ☆』
姉から送られたメッセージによって、最近愛飲している栄養ドリンク剤をダースで飲み干すのだった。