星渡りの少女~TS転生したポンコツ美少女天使は故郷と地球の架け橋となる~ 作:イワシロ&マリモ
ブリテン首都ロンドン。外交団が数日中に派遣されることが確定し、合衆国へ集まっていた各国首脳は帰路に就いた。その中でチャブル首相もまた帰国した。
帰国早々不在時に起きた優先度の低い報告などを受け、休む間も無く幾つかの会議に参加して、深夜に差し掛かった時間ではあったが主要な閣僚や官僚を集めた会議を開いた。
議題は言うまでもなくアード関連である。
直前に発覚した新情報で荒れる室内の面々を存分に堪能した後、彼は静かに愛用している葉巻を置いた。
その瞬間喧騒に包まれていた会議室は静けさを取り戻した。
「さて諸君、紳士らしく振る舞う準備は出来たかね?
……結構。では会議を始めよう。既に深夜だ。あまり長引いては、明日に障るからね」
「閣下、詳細については先ほど配布した資料に記載されていますが、改めて御報告致します。
先ほど統合宇宙開発局のメンバーより、火星の変化についての報告がありました」
「続けてくれ」
「はい。先日より火星にアードのものと思われる工作機械らしきものが、複数運び込まれたのを確認しています。
これは友好条約締結前の話であり、締結した今も正式に施行されるのは派遣した外交団が帰還してからとなっていました」
「火星の譲渡が正式に決まる前に行動を起こしたのか!」
「まだ領有権は我々に有ると言うのに!」
明らかな条約違反、いや手の速さと言うべきか。アードの行動に一部の官僚が怒りを見せた。
とは言え、これは地球側の感覚である。アードとしては時間のかかるテラフォーミングへ向けて早く取り掛かっただけであり、将来的な地球との共同開発を視野に入れた調査も平行して行われている。つまり善意なのだ。
ザッカルは事前に地球側へ連絡する必要性を感じていたが、これをティリスが止めてフィーレの工作ドローン群を火星へ流し込ませた。
その事を容易に察せられたチャブルは、ティリスの強かさに内心苦笑いを浮かべる。
条約締結後も、地球側が何かと理屈を並べて火星の領有権譲渡を渋る可能性に気付いたのだ。
そして悲しいことに、それは地球人自身が歴史上繰り返してきた事でもあるのだから。
要は既成事実である。
「ふむ。それで探査機が面白い画像を送ってきたのだろう?」
「はい、閣下。こちらが火星で稼働中の探査機が送ってきたものです。ご覧ください」
会議室に備えられた巨大なモニターに、鬱蒼と生い茂る森林が映し出されていた。
植物に詳しいものが見れば、これらの植物は地球に存在しない種であることに気付けただろう。
その光景に集まったエリート達は言葉を失った。
「アードが星間国家である以上、彼らがテラフォーミング技術を有しているのは当然の話だ」
「はい、閣下。あらゆる分析によって、火星表面の極一部の地域は既に緑化されていることが確認されました。
稼働中の全ての探査機が、大気の変化や気温の上昇を確認しています。
使節団が持ち帰った情報を分析した結果、緑化された地域の大気は成分や構成比率が惑星アードの大気と同じであると」
文字通り惑星環境を変えてしまう技術を、まざまざと見せ付けられたのだ。言葉を失うのも無理はない。
「既にアードは火星を居住可能な惑星へ作り替えている。この事実は揺るぎ無く、そして我々には逆立ちしても出来ない事だ。
そこまでは良いかね?」
チャブルは列席者を見渡し、皆が頷いているのを確認して笑みを浮かべる。
「結構。アード側の行動について思うところがあるのは理解したが、本件について論ずる価値があるとは思えん。
何故ならば、火星が我々の所有物であるとする確固たる物証があるわけではないのだからね。
むしろ将来的な協力を確約してくれているのだ。それだけでも有り難いことであると改めて認識しようではないか。
……さて、火星の件は気にする必要はないが、こちらは些か重要な案件だ。ハーバーグラム君」
チャブルの指名を受けて、情報機関の長であるハーバーグラムが静かに立ち上がり、控えていた秘書達が新たな資料を配布する。
「はっ。
皆様、新たに配布した資料をご覧ください。最近中華海軍が活発化して、更にウラジオストクを拠点とする連邦極東艦隊もこれに呼応するように活発化しています。
これはX案件でありますが、我が国と合衆国が共同で調査して裏付けした情報になります」
皆に新たな衝撃が走った。
X案件、つまりアリアが提供した機密情報を指す言葉である。
「中華はまだしも、沈黙を保っていた連邦も!?」
「あの国は親アード政策へ転換したのではなかったのか!?」
「この時期に不穏な真似を……アード側がどう反応するか理解しているのか!?」
場がざわめくのも無理はない。これまでの歴史を振り返れば、これらの行動が周辺諸国、特に日本への威圧や牽制を意味することは周知の事実である。
だが日本への威圧は日本贔屓のティナ、そしてアード側がどのような反応を示すか分かったものではない。
少なくとも好意的な反応は無いだろう。
「情報部としては、これらの行動は一種のガス抜きであると判断しています」
「ガス抜き……ですか?」
「かの国々は、これまで合衆国と世界の覇権を競ってきた。これは揺るぎ無い事実であるし、否定する理由もない。
だが、ティナ嬢の来訪によって合衆国とは比べ物にならない星外の超大国と対峙する羽目となった。
当然ながらこの情勢を面白く思わない人間もいるのだ」
「しかし閣下、これはあまりにも非論理的な思考です。下手をすれば破滅を呼び込みますよ」
閣僚の指摘にチャブルは笑みを深めた。
「道理だ、君の意見は実に正しい。
だがしかし、人の理性は強い感情の前には脆弱なものだ。
そして一度感情に呑まれて理性を失えば、普通なら越えられないはずの一線でさえも容易く越えてしまう。ましてそれが国を率いる立場の人間ならば尚更だ。
それは、これまでの歴史が証明しているじゃないか。
今回の件もまた、そんな人間の弱さによって引き起こされた事案の一つに過ぎないのだよ」
「……面子、ですか」
「目標を遥かに越える壁が突然現れたのだ。しかも到底越えられないような理不尽なものがね。
ならば、これまで壁を越えるために様々なものを払ってきた者達はどうする?
彼らは行き場の無い怒りをぶつける先を見つけた、それだけだよ」
「度し難いですな」
「流石にティナ嬢達がいる間には行動を起こさないだろう。わざわざX案件として我々に情報を提供してきたのだ。
アード……いや、“
列席者達の顔が引き締まるのを確認し、チャブルは愉快そうに葉巻を手に取るのだった。