お待たせ〜。
……温かな香りが漂ってくる。
「う…ぅ…ん………。」
ミサトは自分の寝床の上で寝返りを打った。
…くん…くんくん。
続いて彼女の鼻が、台所から漂ってくる匂いを嗅ぎ取る。…実に食欲を唆る、良い香りだ。
「ぅあ…??アレ??」
寝ぼけ眼を擦りながら、のっそりと起き上がるミサト。髪の毛が爆発でも起きたかのように、ボッサボサになっていた。
「…なんで、こんな良い香りが……って、まさか…??」
ミサトは軽く髪の毛を手櫛で直しながら、台所の方へ向かう。
果たして台所にはーーーーーーーー
「……あ。ミサトさん。おはようございます。」
ーーーーシンジが居た。
「……今日は早いわね…?ビックリしたわよ。」
ミサトは驚きながら、壁掛け時計の時刻を見た。……まだ、朝の6時前だ。
「ーーーー朝ご飯、作ろうと思って。」
シンジが包丁を洗いながら口を開く。
「朝ご飯はゆっくり食べるのが、一番良いんですよ。…此処に来てから、あんまりゆっくりした気分になれて無かったから、今日は余裕を持って起きたんです。」
そう言って、彼はコンローーーーミサトはマトモに使った事も無いーーーーの火に掛けてある鍋の中を覗いた。
ミサトも隣から覗き込む。
鍋の中には、湯気を立てる味噌汁があった。綺麗な白い豆腐と緑色が美しいワカメが、ふんわりと浮かんでいる。
「……わ、美味しそう…。」
ミサトは、思わずそう口走ってしまった。
微かに笑顔を見せるシンジ。
「…うん。良い感じだ。ーーーー食べましょう、ミサトさん。」
「あ、ハイ。」
思わず、反射的にミサトは席についていた。
目の前に、器に乗ったご飯が置かれる。
「ご飯は温めただけですけど。」
「……ううん。気にしないわ。」
ミサトはゆっくり首を振った。
隣でペンペンが鳴く。
「クエッ!クエ!」
「あぁ、大丈夫。ペンペンの分もあるよ。ーーーはい、イワシ団子。」
「クエ〜〜!!」
シンジは小鉢に入ったイワシ団子をペンペンに差し出した。ーーーーコレは、ミサトがペンペンの餌として常備している冷凍品だ。
一足早くペンペンが小鉢の中身をがっついている間、シンジは慣れた手つきで味噌汁を器に装い、彼女の向かいに座った。
「いただきます。」
そっと手を合わせるシンジ。ミサトも、彼に倣って手を合わせる。
「…いただきます。」
先ずは味噌汁を一口。
「……ん!」
ミサトは目を丸くする。
「何これ?!すんごく美味しいじゃない……!?」
「んー…個人的には、まぁまぁの出来ですね。もうちょっと薄くても良かったかも?」
味噌汁を口に含んだまま、軽く首を傾げるシンジに向かって、ミサトは首をブンブンと振った。
「いやいや、コレで良いわよコレで。一気に目が覚めちゃったわ。」
「そうですか。……ミサトさんが良いなら、それで良いです。」
そう言って、シンジはまた食べ始める。それを見ながら、ミサトは不思議な気持ちになっていた。
(……なんか、シンジくん……妙に優しくないかしら……??)
何故だろう?……と思いながらも、ミサトは味噌汁を口に運ぶ。口の中に広がる、ふんわりとした味噌の味が彼女の体を芯から温める様だった。
(……はぁ。落ち着くわ………。)
こんなに朝から落ち着いた気分になったのは、いつぶりだろうか??気がつくと、ミサトは口を開いていた。
「……昨日はごめんねシンジ君。」
「え?」
シンジがキョトンとした顔になる。
ミサトは穏やかな顔で、味噌汁の入った椀を持ちながら、そっと話を続けた。
「……貴方は自分の為すべきことを、確かに精一杯やっただけなのにね。本来なら、こんな世界に関わることなんてなかった子だったのに。……加賀美さんの言う通り、少しキツすぎたわ。ごめんね。」
シンジは虚をつかれたかの様に、首を振った。
「い、いやいや。ミサトさんが怒った理由は分かります。それに、実際に僕は勝手な行動をしてしまったし……。怒られて、当然ですから。」
今度はミサトが首を振る番だった。
「その怒り方が、ちょっとキツすぎたって事よ。……私も、何であそこまで自分がカッとなったか、分かんないわ。だから今、謝らせて欲しいの。」
「いや、そんな、僕は気にしてませんから…。」
尚も首を振るシンジ。
ミサトは椀を置くと、少し遠い目になる。
「……もしかしたら,怖かったのかも。また、誰かが目の前で死ぬんだ、って。」
「………。」
シンジは、少し真剣な顔になってミサトを見つめた。
「…私はね。昔、南極に居た事があるの。」
「……!」
コレから始まる話が、あの
「ーーーーそこで、第一使徒が引き起こした
「………えぇ。」
シンジはそっと頷く。ーーーー加賀美から、この話は聞いている。しかし、今は彼女の話すままにシンジはしようと思った。
ミサトは話し続ける。
「ーーーー記憶は無くならないモノね。まだ、昨日のことの様に覚えてる。」
彼女は天井を見上げた。
……もう見知った天井が
◇◆◇
ーーーー彼女はその日、自らの父に無理を言って南極にやって来ていた。
いつも忙しい父親。
仕事に追われ、自分達家族のことに見向きもしない男。
だから、少しにムキになったのだ。……彼をここまで魅了する仕事とは、一体何なのか。何にそこまで惹かれるのか。それを探ってやろうーーーーそんな思いがあったのかもしれない。
……初めて訪れる南極。第一印象は『寒い。』コレに尽きた。
でも、海に浮かぶ氷河の上で見たペンギンの群れは、可愛らしくて好きになった。父親がリーダーを務めていると言う調査団の人達も、優しい人が多かった。
「ーーーー本当に実在するのか?S2機関。」「間違いない。と言っても、ゼロポイントのアレをこの目で見ない事にはーーーー」「ーーーーアレの年代測定結果はまだ出んのか?」「ーーーーまだだ。しかし恐るべき事に、14C法では炭素の検出がーーーー」「ーーーーつまり、数十万年前などと言う時間経過では無い…と言う事なのか?」
……但し、彼らの言っている事は何一つとして分からなかったが。
(……みんな、顔合わせるたびに気難しい顔して…変なの。)
ミサトはただ、彼らから離れた所で窓越しに南極の海を見ていた。……ペンギンにアザラシ。こんな寒い所にも、生命は根付いている。
(……アレとか、ゼロポイントとか、一体何なのかしら……。)
そうミサトは疑問に思う。…腐っても研究者の娘だ。ほんのりと、知識欲が彼女の中に芽生え始めていた。
…………そして、運命の日がやってきた。
◇◆◇
ゼロポイントと呼ばれる巨大な氷の洞窟。
その中を、ミサトは調査団の人たちと一緒に歩いていた。
鉄の足場が洞窟の壁に埋め込まれる様に設置され、ライトが辺りを照らしている。……空気は冷たく、そよともしない。
(…凄い……この氷の壁は、何万年も前に出来てるんだ……。)
分厚い手袋で、洞窟の氷壁を触ったミサトは、言いようの無い感慨に浸った。
…何千、何万年もの間、凍り付いたままの時の中を人々は進む。
ーーーーそして、ミサトの前に
「「「おぉ……!!」」」
調査団の人々が一斉に息を呑む。ミサトも、冷たい空気をひゅっと呑んだ。
…………そこには、分厚い氷の中に封じられた巨人の姿があったのだ。
「コレがっ!ーーーーコレが
ミサトの父が、目を少年の様に輝かせて巨人に駆け寄る。……こんなに喜びの感情を剥き出しにした父を、ミサトは見たことが無い。
「素晴らしい……。コレが…コレが私の理論に答えをくれるのか……!!」
極厚の氷の壁が間にあるとはいえ、その巨人は目の前で今にも動き出しそうな迫力だった。
……黒い身体。細長い四肢。顔の部分には、ひび割れた仮面の様なモノがある。更に体には所々抉れたり、焼け焦げた様な痕があった。胸には、真っ赤な宝玉の様なモノが埋め込まれている。…ソレも、少しひび割れていた。
「……随分と損傷があるな。」
「あぁ。ボロボロだ。……氷の中にあったからこそ、後世まで残されてきたのだろうな。」
「ソレも気がかりだが、先ずはS2機関をーーーー」
「そうだな。よし、機材をココにーーーー」
「取り敢えず、動作チェックをーーーー」
調査団がわらわらと動き出す。一方ミサトは巨人を遠巻きに見上げ、あんぐりと口を開いていた。
……怖かった。動かぬ筈のソレが、とても恐ろしく感じた。
(……怒ってる。凄く……怒ってる……。)
直感で、ミサトはそんな事を思っていた。
湧き上がる激情の中で命を終えたその瞬間の空気が、巨人と一緒に凍り付いている様だった。
憤怒、悲憤、激怒の情ーーーーでも、何に???
「さぁ、実験を始めよう。ーーーーミサト。上に戻っていなさい。父さんは忙しくなる。」
巨人の足下で、彼女の父がミサトの方を碌に見もせず口を開いた。
「えぇ??…嫌よ。私もここに居るわ。」
首を振って嫌がるミサト。ーーーーしかし、父親は譲ってくれない。
「今から父さん達が挑むのは、未知の存在だ。何が起きるかわからない。上に戻りなさい。」
真剣且つ有無を言わさぬ口調に、ミサトは口籠もってしまう。
ーーーー肩にそっと手が置かれた。……調査団の人の手だ。
「行こう。ミサトちゃん。お父さんの言う通り、ここは危ないよ。」
…そんな声を掛けられる。ミサトは、父親を睨みつける様にして踵を返した。父親は何も言わない。『邪魔だ』ーーーーそう、言外に言われている気がした。
(やっぱりこうなんだ…。お父さんは、私の事なんてどうでも良いって思ってるんだ…!)
苛立ちに顔を歪めながら、ゼロポイントから出て行くミサト。
……しかし、コレが彼女の命を救う事になる。
◇◆◇
「それでーーーーそれで、どうなったんです…?」
舞台は現代に戻る。
ミサトの告白を聞いていたシンジは、彼女が一息ついた後で、思わず身を軽く乗り出すようにして続きを促してしまった。
ミサトは味噌汁を一口飲んでから、ため息をつく。
「そこから先の記憶は、少し曖昧なのよね。…当時のお医者さんは、強い外的ショックに対して自分の精神を守る為に、自己の記憶を封じてるんじゃないか、って言ってたわ。」
シンジは姿勢を元に戻す。
「そうですか。……ごめんなさい。あんまり先を催促する様な話じゃなかったのに…。」
ミサトは、気にしていないと言う事を示す様に、首をゆっくりと振った。
脳裏に蘇るのは、言葉にする事の出来ない記憶の断片達。
ーーーー爆ぜる氷床。
ーーーー揺れる南極の大地。
ーーーー人々の断末魔と、巨人の咆哮。
ーーーー南極を満たした光と熱。
ーーーー天使の輪。ぎらぎらと輝く紅玉。
ーーーー光の中に浮かぶ仮面。
ーーーー自分を緊急避難用シェルターに押し込んだ父親の姿と、最後に自分に向かって落とした、小さな十字架のペンダント。
後から分かったが、自分が押し込まれたシェルターは、第一使徒が目覚めた衝撃でドアが壊れ、閉まらなかったらしい。
それでもあの時シェルターのドアが開かなかったのは、父親が最後の瞬間までドアを外から押さえていたお陰なんだと、随分と経ってからミサトは知った。
ーーーー父親は最後の最後に、自分の為に全てを投げ打った。
ソレに感謝するには時既に遅く、ミサトは未だに十字架のペンダントを持ったまま居る。
(遅すぎるのよ。アソコまでするぐらいなら、もっともっと最初から色んな事をしてよ。………出来たはずよ…。)
ミサトは味噌汁の入ったお椀に目を落とす。
あったかい、美味しい味噌汁の入ったお椀。
(一度でいいから………)
ミサトの瞳から、つ…と涙の粒が零れ落ちた。
「ミ、ミサトさ………」
「一度でいいから…こうやってお父さんとご飯食べたかったなぁ……………。」
……そう呟いて、ミサトはそっと目を伏せるのだった。
こんな話原作には無かったよ…。これやってるぐらいなら、さっさと原作の展開回収した方が、話サクサク進むんじゃねーの()
…なーんて思いながらも、書く事はやめられなかった。
原作のセカンドインパクト的立ち位置に
次回、投稿日未定。期待せずに待ってね()