……真っ暗闇の中に、誰かの声がこだまする。
「ーーー全電源、入れろ。」
ーーーーーーガチャン!!…と、大きな音と共に、闇が光に散らされる。そして明るく照らされた『その場所』には、
初号機に似ているが、先述した通り色は山吹色で、丸みを帯びた頭部には、丸い単眼レンズが付いている。
まさに、一つ目の巨人…と言った所か。
「ーーーでは、これより『零号機』の稼働シーケンスに入ります。」
そんな事務的なアナウンスと共に、零号機と呼ばれた山吹色の単眼巨人の首元がパカッと開く。
ソコにゆっくりと挿し込まれて行く、細長い筒状の物体。
エヴァパイロットが搭乗する『エントリープラグ』だ。
その中に居る搭乗者はーーーーーー
「聞こえますか?綾波レイさん。」
「……はい。」
ーーー黒髪の少女、綾波レイだった。
彼女は白いプラグスーツ(ーーーエヴァパイロットが、エヴァとのシンクロをより高めるための補助具である。)に身を包み、循環するL.C.Lの中で目を閉じている。
『これより、第九回シンクロテストを開始します。音声認証、どうぞ。』
その声を聞いたレイは、そっと目を開く。ーーーその微かに
「零号機、シンクロスタート。」
次の瞬間、彼女の周囲が七色の光に包まれる。
そして、レイとシンクロした零号機の単眼に、確かな光が宿るのだった。
「ーーーーー主電源、全回路接続。」
「主電源、接続完了。起動用システム、作動開始。」
「稼動電圧、臨界点まで、後0.5、0.2。」
「起動システム、第2段階へ移行。ーーーパイロット、接合に入ります。」
起動した零号機が佇む場所の隣、強化ガラスで隔てられたオペレーションルーム内に、オペレーター達の声が素早く飛び交う。
「システムフェーズ2、スタート。」
「シナプス挿入、結合開始。」
「パルス送信。全回路、正常。」
「初期コンタクト、異常無し。」
「左右上腕筋まで、動力伝達。」
「オールナーブリンク、問題なし。ーーーーチェック2550まで、リストクリア。」
少しずつ進む零号機の起動。
プラグ内のスピーカーから聞こえるオペレーター達の声。それを軽く聞き流しながら、レイはコックピットに静かに座り込んでいた。
高性能なシンクロ維持の為には、シンクロ中の思考ノイズを減らすこと…即ち、不要な思考の排除が必要不可欠。
心を無にして、ただ自分が巨大なナニカと溶け合うような、不思議な一体感に身を任せる。
…それは得意だった。元々、自分の心なんてものは空っぽで、空虚なモノなのだ。
…だから何時も通り出来る筈だと、そうレイは思い込んでいた。
ーーーしかし……
(……
その時レイは、自分の心の中に『誰か』の影が過るのを感じた。
黒い髪、白いカッターシャツ、人懐っこそうな笑みを浮かべながらも、何処か遠くに心を置いているような顔ーーーーーー
「………碇くん??」
次の瞬間、モニターの全てが真っ赤に染まった。
「ーーーーーーセンセ!何見とるんや??」
今は一限目と二限目の間の準備時間。
「あ、あぁ……いや…。何でもないよ…。」
そうシンジは言い淀みながら、チラリと少し離れた場所に有る空席の椅子と机を見やる。
そこは綾波レイの席だった。
「なんや。綾波の席をジッと見詰めとった気がしたんやけどなぁ。」
そうトウジが呟く。…どうやら目線でバレたらしい。
バレたならもう良いかーーーと思いながら、シンジは綾波の席を指差す。
「いや…綾波さんさ。もう4日も休んでるけど、大丈夫なのかなって思って。」
それを聞いたトウジは、綾波の席をチラリと見た。
「綾波は、いっつもあんな感じやで。…長い時は一週間位出てこんし、ちょろっと来たと思ったら、また直ぐ来んくなるし。」
「そうなんだ…。」
そう相槌を打ったシンジは、ポツンと空いている綾波の席をもう一度見る。
机の中には教科書類が整理された状態で仕舞っており、この4日の間に溜まったプリント類が、その上に無造作に突っ込まれていた。
(アレ、誰かが届けに行かないとな……。)
なんて、ボンヤリと考えるシンジ。
ーーーーーーそう思っていたせいかどうかは知らないが、その日の帰りのHRでシンジは担任の先生に指名され、綾波の家までプリント類を届けに行くことになったのであった。
◇◆◇
…コツ…コツ…コツ……
残暑の残る灰色の道を一人歩く。
トウジは家の手伝い、ケンスケは受験勉強の為の塾へ行くと言う事で、今日のシンジは一人だった。
「受験か……。」
人気のない住宅地を歩きながら、シンジはポツリと呟く。
夏休みも終われば、本格的な受験シーズンのスタートだ。勿論、備えている人はもっと前からとっくに始めている。
トウジやケンスケに将来の志望を聞いたことは無い。きっと彼らには目指すべき目標があって、それに向かって進んでいるんだろう。
……なら、自分はどうだ??
(……僕にはエヴァパイロットって言う使命がある。僕の未来は、もう決まったようなものなんだ…。)
自分で決める間も無く、既に誰かによって引かれていたシンジの人生のレール。
その上を、此れからも歩いていく。…歩いていくことしか出来ない。
ーーーでも、
これからも使徒は現れる事が想定されている。
…シンジはこれからも生き続ける限り、彼らと戦い続けなければならない。
終わりのない戦いに、気が付いたら身を投じてしまっていた。
ーーーーーー
ソレは、最近からずっと抱き続けていた、シンジの切なる疑問だった。
終わりの無い戦いの舞台に、足を踏み入れたーーー
その度に不安になるのだ。
僕は一体、此れからどうなるんだろうーーーーーーと。
「……あ。」
ーーー気が付くと、シンジは綾波の居る〈ネルフ職員用集合住宅〉の前に来ていた。
相変わらず周囲には誰もおらず、寂しい雰囲気が漂っている。
「301号室だったよね……。」
シンジは呟きながら階段を登った。人の気配のない灰色のアパートメントに、シンジの靴が立てる音だけが響き渡る。
「……よし。ここだな…。」
ーーー目的地へ辿り着いたシンジ。
そして、彼はインターホンのボタンをそっと押した。
ピンポーン…と、相変わらず掠れた音でチャイムが鳴る。
「…………。」
暫くシンジは、プリントの入ったファイル片手に立ち尽くしていた。
ーーーしかし、部屋の主は出てこない。どうせこうなるだろうと思っていたシンジは、ドアノブに手を掛けた。
案の定、ノブはするりと回ってシンジを招き入れる。
「こんにちは~!ーーー綾波さ〜ん!碇です!プリント届けに来ました〜!」
薄暗い部屋の中へ呼び掛けるシンジ。
彼は、特に返事を期待してはいなかった。
「ーーーはい。」
「…!」
ーーーーだから、返事と共に部屋の中から綾波レイが出てきた時、少しばかり驚いたのだ。
「あ……。」
「…?なに??」
出てくるとは思ってなかったシンジは、玄関先で固まる。一方でレイは、そんなシンジを訝しげに見ていた。
「あ、いや、出てきてくれたのなら、それで良いんだよ…。うん。」
出てこないと思った、なんて言うのは失礼なんじゃと思ったシンジは、小さな声でお茶を濁す。
「あの…取り敢えず、コレがプリント類だから。はい、どうぞ。」
「ん。」
彼からプリントを受け取るレイ。その時、やけに彼女が指を自分の指に絡ませてくる気がした。
殆ど、プリントごとシンジの指まで取っていくかの如き手付きだ。
「………。」
しかもそのままシンジの顔を凝視してくる。
「…あ、綾波…さん?」
なんか僕の顔に付いてるっけ?ーーーとシンジが心配になった所で、彼女は軽く頭を下げてから部屋の奥へ引っ込んでいった。
「あ…。」
玄関先で立ち尽くすシンジ。
消えた無表情な家主は、それっきり戻ってこない。…何なんだろう?ーーーとシンジは訝しげに首を傾げながら、踵を返した。
「あの…僕、これで帰るので!ーーー失礼しました!」
最後にそう声を掛け、シンジは玄関のドアを閉める。
ガチャン!ーーーと、思ったよりも重々しい音が鳴った。
◇◆◇
ーーー第3新東京市地下空洞。通称:ジオフロント。
ーーーシンジが帰路に着いている頃、夕方のような光に包まれているジオフロントの一角に、加賀美ツカサの姿があった。
薄茶色のスーツを着こなした彼は、ジオフロント内部に植林されている落葉樹の森を歩いている。
ブブブブブ…ブブブブブ…
ふと、彼の胸ポケットに入れ込んでいたスマホが震えだした。
「ーーーもしもし。」
あたりをサッと見渡しながら、落ち着いた手付きで通話に出る加賀美。その向こうから、変声機を使っているらしきノイズ混じりの声が聞こえる。
『出てくれたか、〈蛇〉。』
〈蛇〉。…そう呼ばれた加賀美は、近くのベンチに腰を下ろした。周囲には彼しか居ない。
「そろそろかと思いましてね。貴方から
『あまり余計な事は喋らないほうが良い。…この『通信』も、ネルフ側に傍受される可能性がゼロでは無いからな。』
加賀美の言葉に釘を刺す、ノイズ混じりの声。
加賀美は静かに頷いた。
「えぇ、そうですね。……で、どうですか?そちらの方は。」
彼の問に、ノイズ混じりの声が答える。
『順調だ。
その言葉に、満足そうな微笑みを浮かべた加賀美。
「そうですか。…なら、近いうちに伺いましょう。」
『あぁ。ーーーくれぐれも、ネルフや補完委員会には勘付かれるなよ?』
再び釘を刺す声に、加賀美は深く頷く。
そして、そっと言葉を付け足した。
「あと……
『…そうだな。』
ノイズ混じりの声は静かに呟く。そして、通話はプツリと切れた。
履歴は残らない。コレは、特殊な回線を使った秘匿通信なのだ。
「さて………。」
スマホを仕舞い込んだ加賀美は顔を上げる。そして、本当に小さな声で呟くのだった。
「……未来が解かれる日も近い。」
彼の、ある種の決意を感じさせる横顔が、ジオフロントに差し込む光に照らされて浮かび上がる。
そして、彼は最後にそっと囁くように口を開いた。
「見ていてください。ーーーーーーユイさん。」
加賀美は何を考えているんでしょうね?
次回はラミエル出現まで行けたらいいな…。
尚、投稿日は未定()