「…(投稿が)随分遅かったじゃないか。」
「いや、シナリオ通りさ。」
「……今まで何をしていた。」
「トイレと戦争していた。(ガチ)」
「そうか…。まぁ良い。久方ぶりの投稿だ。しくじるなよ。」
「あぁ、任せろ。」
ーーーー静かな部屋の中で、1人俯く。
シンジは、どうにも動く気になれなかった。
(………またエヴァに乗る。…また…苦しい思いを……)
孤独の中で重ねられた思考は、シンジをどんどんナイーブなものへ変えていく。
ーーーーそしてそのまま、彼の心が暗闇の中へ沈んでいこうとしたその時だった。
ブブブブ……ブブブブ…
「…!」
シンジが枕元に置いた自分の私服の中から、スマホが震える音がした。
服と一緒に、レイによって持ち込まれていたらしい。
「………あ。」
緩慢な動きでスマホを取り出して画面を見たシンジが、ポツリと声を漏らす。
画面にはトウジからのメッセージが表示されていた。…定期的に送られているのか、既に10件近い未読通知がある。
最初のメッセージは、シンジをそれとなく心配するような短い文章達だったが、最後の2件は、『時間が有ればグループ通話に参加して欲しい』と言う内容だった。
「……………。」
緩慢な動きで、シンジはLI◯Eのグループ画面を開く。
ーーーーー取り敢えず参加だけでも、と半ば強制的に入れられたグループで、今まで殆ど見向きもしてこなかった『3年A組』のアイコンをタップすると、グループ通話中の文字が画面上に表示された。
……通話中なのは14名。クラスの半数弱が参加しているらしい。
それを5秒程見つめ、シンジはそっと受話器のマークにタッチする。
すると、さっそくトウジの話し声が聞こえてきた。自分では無い、誰かに向けて喋っている様だ。
『ーーーーーせやからな、ワシはどうにかして力になりたいねん。…な?同じクラスの人間やろ?』
『…あぁ。そうだな。ーーーーーでも何が出来るんだ?俺達なんて所詮、端役も端役だぞ。』
トウジの言葉に答える誰かの声。おそらく、出席番号18番の 長尾マヒロと言う男子だろう。
『おう。それをなーーーーーって、センセ来とるやないか!?』
彼に答えんとしたトウジが、シンジの存在に気付いて大きな声を上げた。
『あー!!碇くん!!』
『碇くん!まさかグループに来るとは!』
『碇ィ!!生きとったんかワレェ!!!』
『なーなー、今回大丈夫そ?!?!』
静かだった通話が一気に騒がしくなる。
それに少し気圧されながら、シンジは口を開いた。
「あ…どうも…?ーーーーートウジのメッセージを見て…。」
『おぉ!気付いてくれたか!』
トウジが嬉しそうな声を漏らす。
さらに横からケンスケの声が入った。
『ーーーーー兎も角、今は話せる感じなのかい??』
「……多分ね。ーーーーー実を言うと…さっきまで気絶してたんだ。」
『…!!』
そうシンジが答えると、通話の雰囲気が一気に重くなった。
『…………使徒と戦ったんか。』
「うん。………何も出来なかったけど。」
トウジの声に、暗い声色でシンジは返す。
今通話の向こうに居る皆は、其々のシェルターの中で避難している筈だ。…シンジが使徒と戦って負けてから、既に長い時間が経過している。
その間、街の皆は何の情報も知らされないまま、シェルターの中に籠もっているしか無かったのだ。
その不安や不満が自分に向いているのではないか。……シンジは、そんな事を考えていた。
『その…大丈夫だった?怪我は無い??』
ーーーーーしかし、返ってきた言葉は彼を案ずる声。
「…!」
それを聞いたシンジは、思わず顔を上げる。…自分のいる部屋の中に他人は居ないが、まるで目の前にクラスメイト達がいる様な気がした。
「霧島さん………いや、怪我は無いよ。多分。」
自分の心配をしてくれた女子ーーーーー霧島マナへ、シンジはそう返す。
『そう。良かった…。』
通話の向こうで、彼女が明らかに安堵の溜め息をついたのが分かる。
「ーーーーー皆に心配かけさせてるよね。…ごめん。僕、エヴァパイロットなのに……。」
思わずシンジは謝っていた。
『いやいや!謝んなくていいよ!』
ケンスケの声が響く。
『確かに碇の事は心配だけど、ソレは碇を悪く思ってるわけじゃない。むしろ逆さ。…だから、謝ることなんて無いんだよ碇。』
その言葉に、シンジは無言で俯いた。
ケンスケはそのまま続ける。
『俺達は碇を応援したいんだ。ーーーーーまたコレから使徒と戦う事になるんだろ??』
その言葉に、使徒との戦いで植え付けられた死の恐怖が、胸中にフラッシュバックする。
ーーーーー逃げ場の無いエントリープラグの中で感じた熱と、全身が焼けるような苦しみ。泡立つL.C.L。視界に踊る無数の警告表示。
「………っ!!」
蘇った恐怖に圧倒されて黙っていると、ケンスケが焦り気味に口を開いた。
『碇……?ーーーーーあ、いや、機密情報なら話さなくてーーーーー』
「怖いんだ。」
『…!?』
シンジはポツリと呟いた。…殆ど無意識の内に。
「…エヴァにまた乗るのが、怖いんだ。死ぬかと思うぐらい苦しくて、痛くて、怖くて。……こんな事、僕が言ったらおかしいよね…。」
彼の呟きが、静まり返ったグループ通話の中に響く。
『…………すまんな。』
トウジが、不意にそんな事を言った。
なぜ謝るのか。それが分からず、シンジは驚く。
「なんでトウジがあやまーーーーー」
『ワシらは閉じこもっとる事しか出来ん。センセが命賭けて戦っとるのに、出来るのはせめての声援を送ることぐらいや。…不甲斐ない…。』
「そんな……」
シンジは思わず何度も首を振った。
ーーーーー不甲斐なくなんか無い。不甲斐ないのは、こんな所で怖いだなんて言っている自分なのに。
『……だからこそ、せめてもの声援をシンジに送りたくてね。』
ケンスケが話を継ぐ。
『庇われている身で、こんな事を言うのは無責任かもしれない。…だって、俺たちはシンジの受けた恐怖も苦しみも、完全には理解出来ないんだから。ーーーーーでも、言わせて欲しい。』
そこで一旦彼は言葉を区切り、ハッキリと声でシンジへ告げた。
『ーーーーー
「っ!!」
シンジは目を見開く。
その激励が、彼の心の中の闇に微かな火を灯した。…小さな、然し確かな勇気の火を。
そしてケンスケの声援を皮切りに、次々とクラスメイト達が声を上げていく。
『ファイトだよ!碇くん!』
『こんな所からだけど……頑張ってくれ…!』
『押忍!!!!頑張れぇい!!!』
『諦めたらそこで試合終了だぞ、碇!』
『どうか無事でね…!』
「……みんな…。」
一人一人の声が、確かな熱となってシンジの心へ染み込んでいく。
彼は一瞬口元を綻ばせると、1言呟いた。
「……ありがとう。」
『皆が居てくれて良かった』ーーーーーシンジはその時初めてそう思った。そう、思えた。
…今まで唯の『同じ教室に居る他人』としか思っていなかった皆が、なんだかとても暖かくて身近な存在に感じ取れた。
ーーーーーそして同時に、この皆を喪いたくないと、彼は心の底から強く思ったのだ。
「シンジ君?ーーーーー私よ。入るわね??」
…ふと、ドアの向こうからミサトの声が聞こえた。そして、控えめなノックの音も。
「あ、ミサトさん………ごめん皆、行ってくるから!切るね!」
そう早口で言って、シンジは通話を切る。『頑張れー』と言う皆の声が最後に聞こえ、部屋はまた静かになった。
そして、ガラリとミサトが扉を開けて入ってくる。
……彼女は、どうにかしてシンジにまたエヴァに乗ってくれるよう、彼を説得するつもりでここに来ていた。
正直、あんな事があった後で、エヴァにまた乗らせるのは気が引ける。……しかし、気が引けるとかいう理由で彼をエヴァに乗せなければ、その対価は人類滅亡と言う形で返ってくるのだ。
そうならない為には、彼を引っ張ってでも乗せなければならない。
そう思うが故に、彼と向き合う彼女の顔は暗かった。
「ーーーーーシンジ君。その……危険な目に遭った後で、こんな事を言うのも気が引けるけどーーーーー」
「エヴァですよね。ーーーーー乗ります。」
ミサトの声を遮る様にシンジは答えた。
「えっ。」
面食らったのはミサトの方である。
まさか、彼の方から「乗る」と言い出すなんて、思っても居なかった。
寧ろ、あんな事があった後なのだから、必ず躊躇いが有る物だと思い込んでいたのだ。
「…えっとーーーーーあ、それなら、良いんだけど…。」
謎に出鼻を挫かれたミサトは、自らを納得させる様に頷く。
ーーーーーしかし同時に、彼女はどうしても彼へ聞かざるを得なかった。
「ーーーーー怖くは無いの???」
問いかけつつ、彼女は心の中で苦笑した。(……コレじゃあ、私が引き止めに来たみたいじゃない)ーーーーーと。
「怖いですよ。ーーーーー死ぬかもしれないのに、またエヴァに乗るのは。」
シンジは答える。
その言葉は嘘ではない。依然、彼の心から恐怖は消えていない。
だが、それでもシンジはミサトを真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「でも、僕がここで乗らなきゃ、トウジやケンスケーーーーークラスの皆が死んでしまう。ミサトさんも………父さんだって。」
言葉を紡ぎながら、シンジは震える手のひらをギュッと握り締めた。
脳裏に浮かぶのは、トウジやクラスの皆の顔。
ーーーーーそれだけではない。
ネルフの職員達に、この街に住んでいるあらゆる人々の姿。そして今、シェルターの中で先の見えぬ状況に震えているであろう、全ての人達の姿。
……この人達に、死んで欲しくないとシンジは思った。
そう思えた時、自分がエヴァに乗る理由。ーーーーーそれを見つけた気がしたのだ。
「死ぬのは怖い。だけど、
「…ッ!!」
ミサトはシンジの瞳の中に、ハッキリとした覚悟を見た。…もう、彼は死に怯える少年では無かったのだ。
目を見開いたまま固まるミサトの前で、シンジはベッドから確りとした足取りで降りた。
そして、手のひらを強く握り締めて口を開く。
「綾波さんから作戦の予定は聞きました。ーーーーー僕をもう一度、エヴァに乗せてください。」
彼は覚悟を決めた。
そしてソレは、全てが動き出す合図でもあったのだ。
………この世界、ぐう聖しか居ないのか??