……ほんの30メートルかそこら離れた場所に、12年前から頭の中で想い続けた
「……………。」
シンジはただ黙って、自分を見下ろす男を見つめ続けていた。
ーーーーそうだね。久しぶりだね父さん。
ーーーー痩せたんじゃ無いの父さん。
ーーーーどうして僕を呼んだの父さん。
ーーーーなんでこんなに長い間僕に会わなかったの父さん。
言いたい事、聞きたい事が、脳内に滝の様に溢れ出しているのにシンジは口を開けない。
…言いたい事が多過ぎて、何から言ったら良いか分からなくなってしまったのだ。
そんな彼を見下ろしながら、シンジの父親『碇ゲンドウ』は重々しく口を開く。
「出撃。」
「…!もう出撃させるんですか!?」
ゲンドウの言葉に反応したのはシンジの後ろにいたミサトであった。
「彼はなんのテストも、シュミレーションもしていません!」
「……時間が無い。それに、テストやシュミレーションなど不要だ。彼はエヴァに乗れる。」
厳粛な響きを帯びた声に、ミサトは口籠る。
「ちょ、ちょっと待ってよ父さん!」
此処でシンジが会話に割って入った。
「一体如何言う事なんだよ父さん!!…僕がこの《えゔぁ》とかいう奴に乗るって如何いう事!?」
「単純な事だ。ーーーーお前がそれに乗り、使徒を倒す。……それだけだ。」
……何だそれは、とシンジは思った。
「そんな事……出来るわけないよっ!…見た事も聞いた事も無いのに…そんないきなり…!!父さんは僕をコレに乗せる為だけに僕を呼んだの!?」
それは縋る様な言葉でもあった。長い間、連絡も寄越さなかった父親が自分をやっと呼んでくれたと思ったら、訳の分からない事を並べ立てている。
12年間もの間会っていないのにいざ顔を合わせたら、到底親が子にかける様な言葉では無い言葉を掛けられている。
それがシンジには信じられなかった。しかしーーーー
「……そうだ。その為
「ッ!?」
ゲンドウの声は残酷であった。
「…早く乗れ。
吐き捨てる様な言葉。
頭を殴られた様な衝撃を受けたシンジは、自分の手を強く握りしめた。
(……出来るわけない…!使徒は怪物なんだ…!いきなりこんな事、出来るわけない。出来るわけない!出来るわけない!!)
黙りこくってしまったシンジを見て、ゲンドウは静かに溜め息を吐く。
「もう良い。……レイを連れて来い。」
その時、シンジからは見えなかったが、ゲンドウの後ろに立っている1人の『青年』が彼の声に反応していた。
「…綾波さんを??ーーーーしかし司令。彼女はまだ………。」
「…彼は使えない様だ。使えないのなら、使える手を使うまでの事。」
「しかし…」
「ーーーー辞めておけ
今度は老人の声が響いた。
「冬月さん……。」
加賀美と呼ばれた青年に向かって、老人ーーーー冬月コウゾウは諭す様に口を開く。
「……碇の言う通り、時間が無いのだ。分かってくれ。」
冬月はそう言うと、側にあった受話器を取って一言声を発した。
「ファーストの子をケイジに。」
◇◆◇
ズゥン……。
「……?」
「奴め。此処に気付いたか。」
微かに感じた揺れにシンジが顔を上げると、ゲンドウも同じように上を見上げて呟いていた。
そして、同時にシンジが立っているブリッジの様な場所に『誰か』がやってくる。
(お、女の子……??)
やって来た『黒い髪の少女』を見て、シンジは目を丸くした。
「レイ…!!」
ミサトの声が横から聞こえる。
ーーーーレイ。そう呼ばれた黒髪の少女は、怪我をしているのかあちこち包帯だらけだった。
足取りもおぼつかず、ふらふらと点滴を支えにして歩いている。
「…レイ。予備が使えなくなった。ーーーーお前が乗れ。」
ゲンドウの声が降って来た。
「……ハイ。」
レイは静かに頷く。ーーーー酷い怪我をしているだろうに、一言も異議を唱える事無く……。
「ま、待って下さい!彼女を…レイを乗せるんですか!?」
ミサトの驚く様な声が木霊した。
「そうだ。シンジが乗らないのなら、レイが乗る。……そう決まっている。」
「……そんな…!あんな怪我をして…!」
ミサトの呟きがシンジの耳にも入った。
(……無理だ。あの女の子に乗れるわけが無い。あんなに酷い怪我をしてるのに!)
……と、シンジが思ったその時。
ーーーーズゥンッッッ!!!
「きゃっ!」
「うわ!」
「っ?!」
……一際大きい揺れがシンジ達を襲った。
『報告!!標的、第十番特殊装甲を貫通!!』
何処かに付いているスピーカーから、そんな声が聞こえてくる。
一方シンジはと言うと、先の振動でバランスを崩し倒れ込んだ少女レイに駆け寄っていた。
「だ、大丈夫っ?!」
「…あぐっ。……けほっ。」
そっと肩を抱き起こすと、レイは震えて辛そうな息を吐く。
ネト…とした感覚に自分の掌を見てみると、そこには赤い鮮血がべっとりと付いていた。
「…………!!」
目を見開くシンジ。
…自分が乗らなければ、この子が乗る。ーーーーその現実がシンジを打ちのめす。
(……この子は乗れない。……僕が乗れと言われてる。僕が乗らないと、この子が乗る事になる……。)
逃げたかった。……でも、シンジは逃げれなかった。……逃げる事が出来なくなった。
……こんな物を見せつけられたのだから。
(逃げちゃ…ダメだ。)
たった一言、心の中でシンジは呟いた。
…最早退路は無い。明らかに無謀。ーーーーだが……
「…………やります。僕が乗ります。」
シンジはゲンドウを睨みつける様にして、そう口を開いたのだった。
◇◆◇
《エントリープラグ》。
そう呼ばれる長い筒型の物体の中に押し込まれたシンジは、プラグ内にあるコックピットらしき物に座り込んで、ただ前を見つめていた。
……全てが全て、余りにも現実離れし過ぎていて実感が無い。
(でも……なんでだろう……。なんだか、暖かい感じがする……。包まれてるみたいな………コレは……なんだろ??)
『エントリープラグ挿入完了。L.C.L注入開始。』
「!?」
そんな音声が聞こえたと思った瞬間、微かに血生臭い香りのするオレンジ色の液体がプラグ内に溢れ出した。
「わ……っ?!何これミサトさん…!?」
あっという間に頭の先端まで浸かってしまったシンジ。軽くパニックになる彼の耳に、ミサトの声が入ってくる。
「大丈夫。……その液体には液体呼吸が可能な量の酸素が含まれているわ。…息を止めないで、楽にしてごらんなさい。」
「…え……??」
言われた通りにしてみるシンジ。
……すると、最初の一瞬こそ肺に水が入る違和感があったものの、直ぐにそれは消え失せた。
開いた口から、コポッ……と酸素の泡が漏れる。
「息が…出来る……!」
驚くシンジを他所に、準備が始まっていく。
『注入完了。第一次接続。』
『ーーーー第一次接続完了。』
『続いて、第二次接続。ーーーー完了。』
『プラグ深度は40をキープ。』
『ハーモニクス異常無し。』
『各種神経系全て異常無し。』
『シンクロスタート。』
シンジの視界が、一瞬虹がかかった様に煌めいた。そして、シンジの周りにさっきまで自分が立っていたブリッジの景色が映り込む。
そして、シンジを乗せたエヴァは発進準備を始めた。
◇◆◇
『ーーーー第五・第六拘束具解除。現在《初号機》はフリー。』
『初号機射出ポイントまで移動を開始。現在……』
「……シンクロ率40%とはね。」
響き渡るアナウンスを聞きながら、中央発令所に仁王立ちするミサトは呟く。
「何の訓練も無しにあの数値を叩き出すのは、ハッキリ言って異常よ。まるでエヴァから産まれて来たみたいじゃない。」
「そうね。……だけど、今はそれがありがたい。」
隣でリツコが小さく呟いた。
2人の視線は、発令所にある巨大なモニター(主モニター)に向けられている。
「……初号機、射出ポイントに到着しました!」
発令所に居る1人が、ミサト達の方を振り返って口を開いた。
「了解。」
ミサトは目元を引き締めて口を開く。
……これから彼女が何度も口にする事になる《その言葉》を。
「これより、使徒殲滅の為の作戦を開始します。…エヴァ初号機!!発進っ!!!!!」
次の瞬間、紫色の巨人が火花と共に上に向かって弾き上げられた。
◇◆◇
「……良い?シンジ君。先ずは歩く事だけを考えるの。」
「……はい。」
初号機と言う名のエヴァに乗り、ジオフロントから地上へと送り出されたシンジは、聞こえてくるリツコの声に頷いた。
『最終安定装置、解除!』
ガコン……と音がして初号機を支えていた最後の装置が外れ、初号機はやけに前屈ぎみな機体を揺らがせる。
……シンジの、そして初号機の視界の先には無人の街並み。
そして、その街並みを掻き分ける様にして《使徒》が歩いている。
既に初号機の存在に気づいている様だ。
白い仮面の奥から注ぎ込まれる視線を、シンジは確かに感じていた。
今から……アレと戦う。
シンジは使徒を睨みつけると、リツコの教え通りに初号機を歩かせようとした。
「歩く……歩く……。」
シンジの思考に応えた初号機が、グオンッと片足を振り上げる。そして、一歩前に踏み出した。
ダァンッッッ!!
何百tもの重みがある足が大地を踏み締め、側にあった公衆電話ボックスのガラスが衝撃で割れる。
「…動いた!」
ミサトの声が耳に入ってきた。
……しかし続く二歩目は足下がおぼつかず、初号機はバランスを崩して倒れ込んでしまう。
「う、わっっ……?!」
「シンジ君ッ!!」
ドーーーーン!!……と激しい転倒音が街を揺らした。
自分が転けた訳じゃ無いのに、打った腰がやけに痛い。
「いてて……何で……」
「シンジ君!起きて!!起き上がるのよッ!!早く!!!」
「え………?」
焦った様なミサトの声にシンジが顔を上げた時、
(ち、近いーーーー!?)
ひゅっと思わず息を呑むシンジ。使徒は無造作に初号機の顔を鷲掴みにすると、片手でグイッと持ち上げる。
顔に掴まれている感触。
…シンジは思わず実際に左手を動かして顔を押さえていた。
そしてシンジの動きに反応する様にして初号機も左手を動かし、使徒の腕を掴もうとしてーーーーーーーー
ガシッ!
初号機の腕は使徒の腕に止められた。
そのまま、万力の様な力で腕を捻じ上げられる。ミシミシと、骨の軋む様な音が耳についた。
「ぐあッッッ?!」
痛い…!!どうして痛い?!……掴まれているのは、僕の腕じゃないのにッッッ!!!
「落ち着いてシンジ君!!掴まれているのは、貴方の腕じゃないわ!!」
ミサトの声がするが、シンジの耳には入らなかった。ただただ掴まれているとしか思えない左手を押さえ、苦悶の声を上げる事しか出来なかったのだ。
ーーーーベキッ!!
そして、嫌な音が耳に飛び込んでくる。
………それと同時に、シンジの頭は痛みで真っ白になった。
『初号機、左腕破損ッ!!』
骨を折られたのか、初号機の左腕がだらりと下がる。
「マズい……!」
ミサトが戦慄する中、使徒は初号機の頭部に更なる攻撃を加えていった。
……市街地で見せた、戦闘機を貫いた紫色に光る槍の様な物で、初号機の頭部を何度も突き始めたのだ。
「しょ、初号機の頭部装甲に使徒の攻撃です!!……このままでは装甲が保ちません!!」
「シンジ君!!」
ミサトが顔を歪めて叫んだ瞬間、モニターの向こうで全てが終わった。
ドシュッッッ!!!!
頭部装甲が砕け、使徒の一撃が初号機を吹き飛ばす。吹き飛んだ初号機はビルに激突すると、粉塵を巻き上げながらビルにもたれかかる様に停止した。
『初号機沈黙!!』
『パイロットの意識レベル低下!!』
『此方からのコールに、応答ありませんッ!!』
発令所が一気に慌ただしくなる。
『負けた。』
ミサトはそう思った。……やはり、幾らエヴァを動かせる人材とは言え、なんの訓練も積んでいない子供に実戦は無理だったのだと。
「………作戦は失敗。…初号機とそのパイロットを回収………」
ーーーー彼女の声は、そこで止まった。
何故なら………
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッッッ!!!!!」
……動きを止めた筈の初号機が、また動き出したからだ。
『初号機再起動ッッッ?!?!』
「うそっっ!?」
また別の意味で慌ただしくなる発令所。
混乱の最中、リツコがモニターを見つめて一言呟いた。
「まさか。……『暴走』??」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッッッ!!!!!」
数多の人々が見る先で、紫紺の巨人が咆哮を上げた………。
ご存知の人も居ると思いますが、黒髪のレイはエヴァの初期案にあったそうです。フィギュア化もされてます。
ネットで『レイ 初期案』で検索すると出てきます。可愛いですよ??
あと、オリキャラの《加賀美》とか言う男については、追って解説します。