ーーーーーーーーコレは、ずっと昔の記憶だ。
『待ってよ、父さん!』
『僕』は、夕日に照らされた道に立っている。
……視界の先には、夕闇に浮かぶ真っ黒な背中。
『僕を置いて何処に行くの、父さん!!』
溢れ出す悲しさに突き動かされるまま、『僕』は去りゆく背中に追い縋ろうとした。
しかし、背中は遠いまま。
……振り返ることすらなかった。
『嫌だよ父さん!!
ーーーー初めて、黒い背中がピクリと動いた。
『シンジ………。』
背中が語り掛けてくる。
『いい子にして居ろ。』
ーーーー言葉はそれだけだった。たったソレだけだった。
『父さん………。』
その言葉の裏に隠れた深い拒絶の意思を感じて、『僕』の足は止まった。
自分の肩に、親戚の叔父さんだと言う人の手が置かれる。
ーーーー諦めな。……そう言われている気がして、『僕』は俯いた。
(父さんは僕の事が嫌いなんだ。僕の事なんか、どうでも良いんだ。……だから……だから………。)
「はっ…!?」
ーーーーーーーーシンジは目を覚ました。
◇◆◇
「ーーーーーーーー知らない天井だ。」
たっぷり1分は沈黙してから、シンジは呟いた。
如何やら自分は、ベットの上に仰向けの姿勢で寝かされているらしい。
消毒のツンとした匂いが、空気中に漂っていた。
(僕は……どうなったんだっけ……?)
シンジはぼんやりとした思考を巡らせる。
すると、少しずつ記憶が戻ってきた。ーーーー恐怖と、痛みと共に。
「あ…ッ!」
思わずシンジは左腕を触る。自分の呼吸が一気に荒くなるのを感じた。
(そうだ…!僕は使徒と戦って…!)
触った左腕には、傷など無かった。しかし、コックピットで体感した腕をへし折られる痛みの幻想が、シンジにフラッシュバックとなって襲い掛かってくる。
(痛い……怖い……!!僕は…僕はどうなったんだッ?!)
息が荒くなる。胸の…動悸がーーーーーーーー
「落ち着きな、碇君。」
「…?!」
ベットの横から静かな声が聞こえてきて、シンジは驚いて振り返った。
いつの間にか、自分の隣に1人の青年が立っている。
サラッとした茶色の髪で、同じく茶色がかったスーツを着こなし、胸元からは名札がぶら下がっていた。
ーーーー名札に書いてある文字は《加賀美ツカサ》…だろうか?
「……落ち着いたかい?」
シンジに向かって、柔らかな声がかけられる。
シンジは微かに頷いた。
「…は、はい。なんとか………。」
「そうか。なら、良かった。」
ツサカは頷いてから、シンジの隣に置いてあった丸椅子に腰を下ろした。
シンジは、彼に向かって恐る恐る口を開く。
「あの……。」
「ん?何かね??」
「ーーーー使徒は…どうなったんですか…??」
シンジの問いに、ツサカは軽く微笑んでみせた。
「安心してくれ。……使徒は殲滅された。初号機が使徒を倒したんだ。」
「…そ、それってーーーーーーーー」
ツカサの言葉の意味が分からず、シンジが更に尋ねようとした時、シンジの居る病室に新たな影が飛び込んで来た。
「シンジ君ッ!!」
「ミ、ミサトさん!?」
ーーーー葛城ミサトその人である。
全力で走ってきたのか肩で息をしている彼女は、シンジを見るなり爆速で駆け寄ってきた。
「おっと。」
突き飛ばされない様、横にズレる加賀美ツカサ。
「シンジ君、身体大丈夫だった!?何処にも後遺症とか無い!?痛いとか、ジンジンするとか、大丈夫!?」
「あ、え、う、うん。…大丈夫だよミサトさん。ちょっとパニックになっただけ…です。」
マシンガンの様に早口で捲し立てるミサトに、若干気圧された様に頷くシンジ。
ミサトは、シンジの側で崩れ落ちる様に息を吐いた。
「良かったぁ〜〜〜。…死んじゃったらどうしようかと思ってたのよ。初めてのシンクロ且つ、シンクロ率40%とか言う高シンクロ状態で、あれ程のダメージを受けるだなんて前例が無いもの……。はぁ………良かったわぁ〜〜。げほっ。」
軽く咳き込んだミサトに向かって、シンジは未だ混乱したまま口を開いた。
「あ、あの…!僕は一体どうなったんですか…?!使徒を殲滅出来たって、どう言う事なんですか!?あの後、一体何がーーーー」
「大丈夫。順を追って説明するわ。ちゃんと聞いてね?」
ミサトがシンジを遮って口を開く。
ーーーーそして、語られた話は俄には信じ難い話だった。
◇◆◇
「初号機が…勝手に??」
信じられないと言わんばかりにシンジは呟く。
「本当の事よ。……貴方は使徒との戦闘によるダメージフィードバックによって意識を失った。ーーーー普通、パイロットが意識を失えば、エヴァも止まるわ。……でも、初号機は動いた。」
そうシンジに話すミサト自身も、未だ理解が追いついていなさそうな顔付きだった。
「リッちゃ…リツコは、暴走状態だと言っていたわ。……シンジ君は知らないかもだけど、エヴァは普通のロボットじゃない。ーーーー正式名称にもある通り、人造人間なの。…半分、生きているのよ。」
黙り込むシンジ。
アレが…生きている。
これもまた、俄には信じられなかった。ーーーーしかし同時にシンジは、なんとなく納得もしたのだ。
(そうだ……エントリープラグの中で感じた、あの不思議な暖かさ……。確かに、アレは生きているのかも………。)
黙り込んだシンジに向かって、ミサトは声を掛けた。
「ーーーーだけど、勝手に動いたのが初号機であれ、貴方が出撃する覚悟を決めてくれなければ使徒は倒せなかった。………ネルフ全員を代表して、礼を言うわ。」
ミサトは立ち上がると、シンジに向かって深々と頭を下げた。
「ーーーーありがとう。」
彼女の突然の行動に面食らうシンジ。
「ミ、ミサトさん??」
…気がつくと、ツカサまで頭を下げている。
唖然とするシンジの前で、ミサトは頭を下げたまま口を開いた。
「いきなりの事で戸惑いもあったでしょうし、怖かったとも思うわ。ーーーーでも、貴方は戦いに行ってくれた。コレは感謝の気持ちよ。ありがとう、シンジ君。」
「ミサトさん………。」
シンジの心の中に、じんわりと暖かい気持ちが広がった。
訳も分からないまま戦って、自分は何も出来ずに気絶して、目が覚めたら全てが終わっていた。
ーーーー自分は何もしていない。
…でも……それでも。自分がエヴァに乗った事は良かった事なのだと、シンジは確かに思ったのだった………。