◇◆◇
「全く……ミサトったら、何考えてるのかしらね…。」
スマホのロック画面を見つめながら、リツコはため息を吐いた。
ついさっき、ミサトからシンジを自宅に住まわせる事にしたと言う連絡が来たばかりである。
「まぁ……彼女が彼に肩入れするのも、なんとなく分かる気がするけれども。」
そう独り言を呟いて、リツコはスマホを白衣に仕舞い込んだ。
(ーーーー彼、なんだか放っておいたら消えてしまいそうな、危なげな雰囲気があるものね………。そう言う所は…レイに似てるかも。)
そう心の中で呟いて、リツコはデスクの上のパソコンと向かい合う。
パソコンの周りには、山積みの紙の束。……今日も今日とて、徹夜の日々が続きそうだ。
◇◆◇
「………ミサトさん…。」
ーーーーところ変わって、ミサトの家にて。
「ん〜、なにかしら?」
「ミサトさんって……片付け苦手なんですか…???」
シンジは、目の前に広がる乱雑な景色を見て軽く引いていた。
机の上には、畳まれたパソコンが1台。その周りにはビールの空き缶が何本も転がり、椅子にはいつ脱いだか分からない上着類がぶら下がっている。
更にシンク台の上には、カップラーメンのゴミが割り箸と一緒に纏めて重ねられており、冷蔵庫には大量のメモが乱雑に貼り付けてあった。…因みにそういったメモ類は、部屋の壁や柱にも貼ってある。
ーーーー床に置かれたカゴの中には、やはりいつ脱いだか分からない衣服の数々。
ーーーー何というか、ゴミ屋敷一歩手前と言った感じだ。……足の踏み場あるだけ、まだマシなのかもしれないが。
「………コレは、ちょっと片付けまで手が回ってないだけよ。私は忙しくてネ。」
ミサトが、バツの悪そうな顔付きになって呟く。
「…この調子だと、すぐに足の踏み場が無くなっちゃいますよ。ーーーーどうせ、寝室も万年床ですよね?」
「ギクッ。」
なんで分かんの、と言わんばかりにコチラを見てくるミサトを他所に、シンジは自分の荷物(と言っても、小さなポーチバック1つだ。)を机の上に置くと、机の上を片付け始めた。
「もっと大きいゴミ箱が要りますね。…あ、このラーメン賞味期限が過ぎてる。捨てよ。……ミサトさん?45Lの袋は何処にありますか?あとプラごみは分別したいので、2袋あると助かります。」
「え、あ……えっと、その棚の1番下よ。」
「ありがとうございます。」
突然テキパキと片付けを始めたシンジを見て、暫くミサトは呆気に取られていた。
自分でも半ば片付けるのを諦めていたゴミ達が、シンジの手で素早く分別され、ゴミ袋に詰め込まれて行く。
(な、何この子……!!片付けの天才だったの…?!)
あっという間に綺麗になったリビングキッチン周りを見て、もはや戦慄すら覚えるミサト。
実際はミサトの片づけの才能が残念だっただけなのだが、本人に余りその自覚は無い。
「……ま、こんなモノかな。ーーーー毎日の整理整頓は大事ですよ、ミサトさん。」
「は…はぁい………。」
纏めたゴミ袋を手に持ってそう言うシンジに対し、ミサトは何も反論できずに頷くのだった。
◇◆◇
ーーーーーーーーすっかり日も暮れた夜。
シンジはミサトと綺麗になったリビングで、机を挟んで食事をしていた。
机の上には、温められたレトルト食品が皿に乗って並んでいる。
「ごめんねシンジ君〜。今日はコンビニ物で。…私はいつもそうなのよ。料理とか苦手で。」
「いえ。大丈夫です。ーーーー食料品とかの買い物は、明日行きますから。作るのも、良かったら僕がしますよ。」
そう言ったシンジに、ミサトは片手にビールを持ったまま顔を寄せた。
「……まさか、シンジ君って料理も出来るの??」
「出来ますよ。そりゃ。……コース料理とかは流石に無理ですけど。」
さもトーゼンと言わんばかりに頷いたシンジ。ミサトはひっくり返る程驚いた。
「うっっそ!!ーーーーシンジ君、まだ16歳よね!?…なんでそんなーーーー」
「僕を預かった親戚の叔父さん家で、殆ど自炊してましたから。…洗濯も、掃除も全部1人で。」
「………なるほど。それは得意にならざるを得ないわね。」
ミサトは、なんだか負けた気になった。…別に何の勝負もしてはいないが。
…カチャ、と皿に箸が乗せられる。
「ご馳走様でした。」
「ん、お粗末さま。」
レンジに放り込んだレトルト食品ばかりだったが、シンジはちゃんと両手を合わせてそう言った。
そんなシンジに返事を返して、ミサトはシンジの皿をキッチンに持って行こうとしたがーーーー
「ミサトさん?…水を張ったタライに皿を浸けっぱなしにするのなら、僕が自分で洗いますよ?」
「うっ。」
まさに、タライに皿を浸けて置いておこうと思っていたミサトの動きが止まる。
そんな彼女から皿を受け取って、シンジは洗剤を手に取るのだった。
「…シンジ君……。その〜、良かったら……私の皿も……」
「分かってます。洗っておきますから。貸して下さい。」
「有難う御座います。」
ミサトはシンジを拝んだ。拝まざるを得なかった。
◇◆◇二時間後◇◆◇
食事が終わり、シンジはお風呂に入るべく準備をしていた。
リビングからは、ミサトの気配とテレビCMの音声が流れてきている。
(今思えば……人の家でお風呂に入るなんて初めてだな…。)
脱いだ服をミサトが自分用に準備してくれたカゴに入れながら、シンジはそう思う。
ーーーー不思議な話だ。
ほんの2、3日前まで、自分が音信不通だった父親に呼ばれて第三新東京に訪れ、そこで使徒と戦うための兵器に乗せられて戦い、そして昨日初めて会った人の家にこれから居候する事になるなんて、夢にも思っていなかった。
『事実は小説よりも奇なり』と言うが、まさに今の状況を表す言葉にぴったりだーーーーとシンジは思いながら、お風呂場のドアを開ける。
そして浴室に一歩足を踏み入れーーーー
「クェェェェェェェェェッ!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
シンジは浴室から勢い良く飛び出した。
「ミッ、ミサッ、ミサトさんッ!!お風呂場になんか変な生き物が!?」
慌てる余り言葉がうまく出ないシンジの前を、その『変な生き物』が横切っていく。
冷静になって良く見ると、ソレは…………
「って…ペンギン?!」
……南極に良くいるペンギンだった。
「そうよ。…温泉ペンギンのペンペンって言うの。昔、動物実験に使われててね。…処分寸前だったのを、引き取ってきたの。」
そう答えたミサトは、ニヤつきながらシンジをピッと指差した。
「ーーーーそんな事より、さっさとお風呂入ってきなさい。今の貴方は真っ裸よ?」
「あっ。」
ここで自分がどんな格好をしているのか、という事に気付いたシンジは、顔を赤くしながらお風呂場に引き返していくのだったーーーーーーーー
……薄いレースのカーテンが下ろされた窓から、月明かりが微かに漏れている。
(………やっぱり、眠れないや。)
シンジは自分用に充てがわれた部屋の中で、布団に寝転がったまま暗い天井を見上げていた。
暗闇で緑に光る時計の文字盤の針は、10時丁度を指している。
シンジにとって、こんなに夜遅くまで起きていた事は今まで無かった。
(夜の静けさは苦手だ。ーーーー色んな事を考え出して、止まらなくなる。)
シンジはそっと寝返りをうって、月明かりから背を向けた。
しん…と静まり返る部屋の中に居ると、次から次へと記憶が頭の中を巡ってくる。
この街に来た事、父親と再会した事、使徒とエヴァンゲリオンの事。
「……………これから…どうなるんだろ。」
ーーーーシンジはそっと夜の闇に問い掛けた。
答えはもちろん返ってこない。
「…………。」
そのうち、シンジの瞼はゆっくりと閉じていくのだった………