完新世 エヴァンゲリオン   作:犬社長

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久方ぶりですな。

暫くは投稿遅めが続きます。




08〈 アヤナミ レイ 〉

 

 

 

夢を見ていた。

 

 

 

……()()()()()()()()()()

 

 

 

夢に出てくる場所は薄暗くて、何処か分からない。

 

ーーーーでも、不思議と嫌な感じはしなかった。まるで何かに包まれている様な、そんな不思議な温もりがその夢にはあった。

 

 シンジはその夢の中にいる時は、赤子になっていた。そして、顔も名前も知らない母親が、すぐ傍で囁いている。

 

 

「────。」

 

 

……何かを言っている。ーーーーすぐ傍にいる筈なのに、声が遠くて良く聞き取れ無い。

 

(ーーーー何を言っているの?母さん??)

 

 そう問いかけたいが、夢の中の自分は赤子になっているせいで、口が上手く動かなかった。

 

 それでもなんとか喋るべくシンジが口を開いた時、コポッ…と自分の口から気泡が漏れ出した。

 

(ーーーーえ?)

 

その時、シンジは気づいた。

 

 

ーーーーココはL.C.Lに満たされている。

 

 

……夢の中なのに、微かに漂うL.C.Lの匂いが鼻についた。

 

母親がシンジの頭をそっと撫でる。

 そして、彼女の声がシンジの耳に微かに聞こえてきた。今度は、意味を伴って。

 

 

「ごめんね。」

 

「……??」

 

 

 何に謝っているのかシンジは理解に苦しんだ。母親の顔は相変わらず謎の逆光で良く見えない。

 しかしその顔には悲しみと、ある種の覚悟が滲んでいる様に見えた。

 

 まるで縋る様に震える指先が、シンジの頭を撫でて離れる。

 

(何に……何に謝ってるんだよ母さん……!?)

 

 そう問いかけたいが、シンジには何も出来なかった。

 

ーーーーやがて、シンジの周りの感覚が無くなっていく。……何かから、引き摺り出されようとしているかの様に。

 

…………夢から覚めるのだ。

 

(母さん……!)

 

 シンジは、夢の中の母親から離れたくないと思った。

幼く丸い手を伸ばし、母の手を掴もうとする。

 

しかし、その手は届かなかった。

 

遠ざかる母親の影。

 

 最後に母親がそっと呟くのを、シンジの耳は聞き取った。

 

 

「ーーーーーーーーだけど、貴方は産まれるべきなの。」

 

遠ざかるシンジの耳に()()が飛び込んでくる。

 

 

『ーーーーL排出。』『サルベー……了』『なぜーーーー』『信じられん……コレはーーーー』『まるでーーーー』

 

 

此処でシンジの夢は完全に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「………知ったばかりの天井だ。」

 

 

ミサト(他人)の家で迎える初めての朝。

 

 目が覚めたシンジは、天井を暫く見つめてからそっと呟いた。

 

 何か夢を見ていた気がするが、良く覚えていない。ただ何となく、悲しい気持ちが心の底に残っていた。

 

「……ミサトさん…もう起きてるかな……。」

 

 布団から身を起こしつつ、シンジは独り言を言いながらリビングへ向かう。すると、洗面所の方からミサトが歯磨きをしながら出て来た。

ーーーー短パンタンクトップという、だいぶとラフな格好をしている。

 

「あら、おはようシンジ君。昨夜は良く眠れた?」

 

 シャカシャカと歯を磨きながら問いかけてくるミサトに対して、シンジは頷きを返す。

 

「はい。……一応は。」

「そう。なら良かったわ。ーーーーあ、これシンジ君の歯ブラシとコップね。タオルは掛かってるの使っていいから。」

「ありがとうございます。」

 

ミサトから差し出されたコップを受け取るシンジ。

 

 そのまま顔を洗いに行くシンジの背中に、ミサトが歯磨きをしながら声を掛けた。

 

「ーーーー今日の予定だけど、9時からネルフ本部で細かい説明及びシンジ君の職員登録をするわ。…ま、基本は私が仕切るから、シンジ君が特別なにかする事は無いわね。気楽に構えてなさ〜い。」

「あ。……はい、分かりました。」

 

 

 のんびりとしたミサトの声に、小さく頷いたシンジは、洗面所へと向かうのだったーーーーーーーー。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーミサトの言う通り、ネルフ本部でシンジがする事は何も無かった。

 

 ただ、椅子に居座って話を聞いて、何枚か写真を撮られて、それで終了だった。

 

「ハイ。コレがシンジ君の職員証ね。ーーーー絶対に無くさない事。分かった?…貴方はもう、国家の重要人物となったの。肌身離さず持っているのよ。」

「…はい。分かりました。」

 

渡された一枚のカードを握りしめ、シンジは強く頷いた。

そんな彼を見て頷き返すミサト。

 

「うん。良いわよ。……じゃ、一個お願いをしても良いかしら?」

「お願い…ですか?」

「うん。ーーーーコレ、届けてきて欲しいの。」

「…?」

 

 スッ、とミサトが別のカードを取り出してシンジに手渡す。

 そこには、黒髪の少女の顔写真と文字の羅列が載っていた。

 

 

『綾波 レイ』

 

 

「あやなみ…レイ……。」

 

名前を読んで、そっと囁くシンジ。

ミサトが横から口を挟む。

 

「覚えてる?…貴方がエヴァに乗った日、碇司令が貴方の代わりにエヴァに乗せようとした、あの黒い髪の子よ。」

 

 シンジの脳裏に、包帯だらけの姿で震えながらも、エヴァに乗ろうとしていた少女の姿がフラッシュバックする。

 

「やっぱり。……そういえば、あの後、綾波さんは無事だったんですか??」

 

シンジの問いに、ミサトは曖昧な顔で頷いた。

 

「…まぁ、ね。一応、自宅に帰る事は出来たみたいだから、大事にはなって無いわ。…でも、職員証を置いて行ったきり、取りに戻ってこないから、貴方に届けてきて欲しいの。」

 

 そう言って、ミサトはシンジに住所らしき物が書かれた紙を手渡した。

 

「そこがレイちゃんの自宅よ。…本当は私が行きたいんだけど、仕事がいっぱいで行けそうに無くてね。…シンジ君には午後からの予定は無いから、一走り行ってきて貰えるかしら?」

 

渡された住所を一瞥して、シンジは頷く。

 

「分かりました。行ってきます。」

 

ミサトは和かに手を振った。

 

「ん、よろしく〜。公共機関を使うんだったら、後で私に請求しても良いからね。でも、その場合は、領収書貰って来てね〜。レシートタイプで良いわよん。」

「はい。」

 

シンジは頷いて、部屋から出て行ったーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

◇◆◇…移動中…◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「…あ……ここかな…?」

 

 

 渡された紙の通りに第三新東京の街を行き、辿り着いた先はネルフ職員達が寝泊まりする、集合住宅の一角だった。

 

 灰色のコンクリート製のマンションで、ミサトの自室があるマンションと同じ〈ネルフ職員用住宅〉の筈だが、アッチとは違ってだいぶと殺風景というか、寂しい感じが漂っている。……空が、曇り空になって来たせいかもしれないが。

 

「嫌な風だなぁ………帰り、雨に濡れないと良いけど……。」

 

 怪しくなって来た雲行きを見上げながら、シンジはマンションの中に入って行った。

 

階段をカンカンと上り、目的の部屋の前に辿り着く。

 

「…301号室。うん。此処だ。」

 

番号を確認して、シンジはインターホンを鳴らした。

 

 ピンポーーーーン♪、と何の変哲も無い、若干掠れかけた音色が灰色一色のマンション内に木霊する。

 

 

 

……

 

………

 

 

「………あ、あれ?」

 

 しかし、いつまで経っても誰も出て来ないので、シンジは怪訝そうな顔つきになって、首を傾げた。

 

そっとドアノブに手を回してみる。

 

ーーーーーーーカチャリ。

 

 するとドアノブは、シンジの掌の中で滑らかに回った。

 

「!ーーーー鍵、かかってない…?」

 

 不用心だな…なんて思いながら、シンジはドアを開け、玄関に顔を突っ込んで口を開く。

 

「綾波さーーん??ーーーーえっと…碇です!職員証、届けに来ました!!」

 

 

……

 

………

 

やはり、返事は無い。

 

 と言うか、部屋の中は昼間なのに妙に暗かった。…カーテンが降りているせいかもしれない。

 

「居ない……なんて事ないよね…。」

 

 独り言を呟きながら、シンジは部屋に上がる事にした。

 足裏にフローリングの冷たさを感じながら、部屋の中へ少し及び腰になって入室する。

 

そして、部屋をざっと見渡して呆気に取られた。

 

 

「………何だコレ…。」

 

 

ーーーー何故なら、部屋から全くと言っていい程『生活感』を感じなかったからだ。

 ミサトの部屋に来た時は、大量の品々とその散らかり用に驚いたが、此方は逆に何も無さすぎる。

 

「机と椅子…壁の隅にベット………それだけ…??」

 

…最低限、生活は出来るだろう。しかし、これでは独房と変わりが無い様に、シンジには思えた。

 

「…良くこれだけの物で暮らせるよ…。もしかして、ミニマリストだったりーーーーーーーーん?」

 

 何気なく机の上に目を落とした時、机の上に薬が入っている様な紙袋が置いてある事に、シンジは気付いた。

 

「薬…いや、でも、そうか……酷い怪我してたもんね。ーーーーあれ?」

 

薬に目が行くと、必然的に机全体に目が行く。

 

 そしてシンジは、机の引き出しが半開きになっている事に気付いたのだ。

 

「………?」

 

 何かに吸い寄せられる様に、引き出しを開けるシンジ。

 

 

ーーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「何だろこれ……古い……名刺……??」

 

 引き出しの中には、真っ黄色になった紙の名刺が入っていた。

 

 

ーーーー()()()()()()()()()()

 

 

「……誰のだろ。」

 

 シンジは掠れかけた名刺の名前を、そっと声に出して読んだ。

 

「………()()()??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめんね。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、脳裏にどこかで聞いた声がフラッシュバックしーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにしてるの。」

 

 

 

 

「はっ!?」

 

シンジは、()()()()()()に、我に返る。

 

 振り返ると、其処にはバスタオルに身を包んだ綾波レイが、立っていた。

 

「うわ、わ!ーーーーご、ごめん!綾波さん!!…インターホン押しても、返事が無かったから、つい…!」

 

 名刺を手に持ったまま、取り乱して頭を下げるシンジ。

レイの、感情の無い声が上から降って来る。

 

「シャワー浴びてたの。……だから、聞こえなかった。」

「あぁ…うん…格好で……分かるよ。勝手に入ってごめん…。」

 

謝るシンジに対して、レイは淡々と口を開いた。

 

「…責めてるわけじゃない。ーーーーただ、その手に持ってる物。返して。」

 

 レイの細くて白い指が、シンジの右手にある黄色い名刺を指す。

 

「え…。あぁ、名刺か。ーーーーうん。これも勝手に机から取っちゃって、ごめんなさい。」

 

 シンジが名刺を彼女に返すと、レイは元ある場所に名刺を仕舞い込んだ。

ーーーーその名刺が何なのか、どうしてもシンジは気になって、つい彼女に向かって問い掛ける。

 

「……あの…その名刺……誰のなの…?」

 

レイはそっと彼に向き直って、静かに答えた。

 

 

「ーーーー分からない。」

 

 

目を瞬かせるシンジ。

 

「わ…分からない???」

 

「ええ。分からない。気がついた時には、私はこれを持っていた。誰かから渡されたのか、拾ったのか、いつ手に入れたのか、何も分からない。……ただ……無くしたらいけない物の気がする。」

 

 シンジは首を傾げた。何とも奇妙な話である。ーーーーが、その事について考えても、答えは出まい。

シンジは話を切り替えた。

 

「ふ〜ん……。ま、いっか。ーーーー取り敢えず、コレ。職員証、持って来たんだ。…ミサトさんに届ける様にって言われて。」

 

 彼がポケットから取り出した職員証を、静かに受け取るレイ。

 

「貴方が、わざわざ?………そう。」

 

彼女は、それを机の上に置いた。

 

「えっと…じゃ、僕はこの辺でーーーー」

「外は雨よ。」

「えっ。」

 

 レイの声に、部屋に掛かっていたカーテンを開けて外を見ると、灰色の街並みを矢のように降りしきる雨が包んでいた。

 

 ザァーーーー、と思い出したかのようにシンジの耳は、窓を叩く雨音を捉える。

 

「うわぁ……土砂降りだぁ。困ったな。傘持ってないや…。」

 

 カーテンを戻して項垂れるシンジ。レイが隣で口を開く。

 

「…大丈夫。一時間で雨は止むわ。」

「ーーーーそっか…。じゃあ、下で雨宿りしてよっかな。」

 

そう言って、シンジは部屋から出て行こうとする。

 レイは、彼が玄関まで歩いて行くのを目で追っていたが、彼が玄関から出ようとした、まさにその時に口を開いた。

 

「ーーーーねぇ。」

 

 出ようとしていた、シンジの足が止まる。

 

「ーーーーな、何??」

 

 振り返って尋ねた彼の前で、暫くレイは言葉を探すように視線を彷徨わせていたが、やがて小さく言葉を発した。

 

 

「どうして、貴方はエヴァに乗ろうと思ったの?」

 

 

「えっ。」

 

不意に投げかけられた疑問に、固まるシンジ。

 

 レイは黙って彼の返事を待っている。両者の間に生まれた沈黙を埋めるは、篠突く雨の音のみ。

 

「どうしてって……あ、あの時は、僕が乗らなきゃ…キミがーーーー」

「ただの同情だったの?」

 

 無機質に思えるレイの声色に、微かな苛立ちの様な感情を感じたシンジは、反射的に首を振っていた。

 

「ーーーーっ!…いや、そんなつもりじゃ無いよ……。」

「じゃあ、なに?」

「……………。」

 

黙り込むシンジ。

 

 

ーーーーややあって、彼は小さく呟いた。

 

 

「ごめん。分からない。成り行きで、としか。でも君の言う通り、ただの同情だったのかも……。」

 

 

 彼の小さな呟きに、レイはたった一言、言葉を返した。

 

「そう。」

 

 そして、彼女は一気にシンジへの関心を無くしたかの様に、部屋の奥へ歩いて行く。

 

 何をどうしたら良いのか分からなくなって、玄関で立ち尽くすシンジ。

 そんな彼に向かって、レイは少し首を傾げながら口を開くのだった。

 

「…?ーーーー私、今から着替えるのだけど。貴方、女の子の着替えを見る趣味でも?」

 

我に返ったシンジは、思いっきり首を振った。

 

「うぇ?!ーーーーあ、いや、全然全く!じゃ、僕帰ります!失礼しましたぁ!」

 

バタン、と玄関のドアが閉まる。

 

ーーーー静かになった部屋の中で、レイはそっと呟いた。

 

 

 

「……また会いましょう、碇くん。」

 

 

 その呟きは、部屋にこだまする雨音に紛れて、レイ本人の耳に届く事もなく消えた。






ラッキースケベは無かったし、ゲンドウの眼鏡も無かった。

代わりにあったのは、ユイという名のついた古い名刺。

小さな差異は、少しずつ良く知る物語を変えていく。

終着点は何処へ。
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