ARMORED CORE VI ~火種は宇宙(ソラ)に舞う~ 作:往復ミサイル
ゾッとするほどの至近距離を、蒼い閃光が突き抜けていく。
その度に機内に持ち込んだ骨董品のラジオがノイズを発しては、せっかく流れてくるジャズに雑味を加えていった。
ACのコックピットで機体を操る独立傭兵―――C3-887、識別名『フューリー』にとって、音楽は常に戦場と共にあった。ジャズだったり、ポップスだったり、ロックだったり。戦闘中だろうと整備中だろうと、常に何か聞いていなければ気が済まなかった。
フットペダルを踏み込み機体を急加速。先ほどから当たるのか当たらないのか分からない、微妙なラインの射撃を繰り返している惑星封鎖機構のMTへと照準を合わせ、操縦桿のスイッチを押し込んだ。
彼の駆るAC『ピュリファイア』の右手に装備されたベイラム製のアサルトライフルが火を噴いた。装填されているのはただAC用にサイズアップされた弾丸ではない。ACやMT、その他の兵器の装甲を容易く穿つ威力を誇る高初速弾だ。
1発、2発と立て続けに被弾したMTがバランスを崩す。
ACS負荷限界―――傭兵たちの間で”スタッガー”と呼ばれている現象だ。強力な攻撃を連続して被弾した事に、敵機の姿勢制御システムがついに音を上げたのだ。
敵機のパイロットが慌てて操縦桿を動かしている姿が目に浮かぶが、しかしフューリーに情けをかけるような気は毛頭ない。
アサルトブーストで加速した勢いを乗せ、敵機に蹴りを叩き込んで止めを刺した。中量二脚ACの蹴りとはいえ、アサルトブーストで加速した勢いを乗せた一撃である。ACS負荷限界を迎え無防備な姿を晒していた惑星封鎖機構のMTにとっては、それは避けようのない死も同然だった。
吹っ飛んでいき爆発するMTを一瞥し、右手に装備したライフルのマガジンを交換。ちらりと視線をレーダーに向けるが、依然として周囲には赤い反応がいくつも残っていた。
《フューリー、打ち上げまであと5分だ。何とか持ちこたえてくれ》
「了解だ、ハンドラー・ウォルター……しかしアンタも人使いが荒い。こんな老兵を引っ張り出したかと思いきや、惑星封鎖機構とやりあえだなんてさ」
しかし、今回の依頼のクライアントたるハンドラー・ウォルターの目的を知っているフューリーとしては、この依頼に命を賭ける価値はあった。
依頼の内容は、この『惑星ガリア』から打ち上げられる宇宙船を惑星封鎖機構の襲撃から防衛する事。さらりとした説明しかなかったが、宇宙線の内部に積み込まれているのは惑星探査用のパーツで
それを打ち合上げ完了まで守り抜くのが、C3-887『フューリー』の役目だった。
敵は惑星封鎖機構―――様々な惑星の封鎖と監視を行う管理組織、その実働部隊である。この資源惑星『ガリア21』にも大部隊が駐留しており、企業勢力や傭兵と戦火を交えている。
その中でも特に、ルビコン3は惑星封鎖機構が本腰を入れて封鎖している惑星でもある。今から半世紀前、星系を焼き尽くした大災厄『アイビスの火』を起こした資源物質【コーラル】。焼失したかと思われていたそれがまだ残っている、という情報が、とある独立傭兵の手によってリークされたのである。
ルビコンは今や、コーラルを巡る争奪戦の舞台と化していた。
依頼主であり、フューリーの旧友でもあるハンドラー・ウォルターもまたその争奪戦に参加する腹積もりなのだろうが、彼の目的はコーラルで一攫千金……などという浅ましいものではない。
その本当の目的を知っているからこそ、フューリーはこの依頼を受けた。
惑星封鎖機構は本気になって、ルビコン行きの宇宙船を潰しにかかるだろう。護衛を担当するACの生存は絶望的―――そんなハンドラー・ウォルターからの説明を聞いてもなお、フューリーはこの依頼を受けると決めていた。
他でもない、旧友の頼みだからだ。
《第5波、来るぞ。備えろフューリー》
「人気者は辛いねぇ」
ラジオから流れてくる曲が変わった。
トランペットの荒々しいジャズから、ロックへ。
この曲は確か、”オールドキング”の―――。
そこまで考えるのと、右肩に装備した6連装ミサイルランチャーのマルチロックを終えるのは同時だった。
猟犬の如く放たれたミサイルが、ブースト移動で接近してくるMT部隊に食らい付く。企業のMTよりも高性能な惑星封鎖機構の機体だが、その防御力を遥かに超過する質量と炸薬のキスには無力だった。ズズンッ、と腹の底に響くような爆音と共に、コアボックス正面のメインモニターに3つの火球が表示される。
クイックブーストを発動、敵機から放たれたミサイルやレーザーガンの射撃を回避しつつ、左手のメリニット製バズーカの反撃を見舞う。盾を構えながらも果敢に応戦していたMTがその一撃でACS負荷限界を迎えると同時に、フューリーと共に長年戦場を駆けてきた漆黒のAC―――『ピュリファイア』のアサルトブーストが発動した。
急激なGの変化に、フューリーの肉体がコックピットのシートに押し付けられる。彼自身も第三世代の強化人間となったが、手術を受けたのがだいぶ前である事と、彼自身の年齢も50代に差し掛かりつつある事もあって、急激なGの変化に身体が悲鳴を上げているのが分かった。
左手でスイッチを操作し、左腕にマウントしたバズーカを左肩のパイルバンカーとウェポンチェンジ。紅く塗装されたパイルバンカーがアクティブになる。
この鉄杭の一撃で、これまで多くのACを葬ってきた。機体の左肩に描かれている紅い線―――撃墜マークは、彼の実力を指し示すものだ。
ACS負荷限界から復帰しようとしていたMTのコックピットブロックへ、ベイラム製のパイルバンカーが無慈悲にも撃ち込まれた。砲弾用の装薬を用いた必殺の一撃はコックピットブロックを容易く貫くや、ジェットパックを背負った敵機の背面からその穂先を覗かせる。
敵機を蹴り飛ばしつつパイルバンカーを引き抜き、再びバズーカに武器を持ち替えつつ、右手のライフルを薙ぎ払う。MTに高初速弾が次々に着弾していき、やがてレーダーから赤い反応が全て消え失せた。
「……」
やっと一息つける。
レーダーで敵機が居ない事を確認しつつ、パイロットスーツのポケットから取り出した煙草を1本取り出した。今となっては天然モノの煙草は貴重品、多くが合成品ばかりだ。今しがたお気に入りのトレンチライターで火をつけたこの1本だって、味もちぐはぐな粗悪品である。
そんなものでも、身体がニコチンを求めている事は変わらない。
「これで打ち止めか」
《そのようだ。ご苦労だっ―――いや待て、まだだ。高速接近する敵機を確認した。備えろ》
火をつけたばかりの煙草の火を消し、コックピットに放り投げた。後で専属の整備士に悪態をつかれるだろうが、煙草を咥えたまま戦死しました、などと墓石に刻まれるよりはマシだ。
ACのレーダーでも敵機の接近は分かった。MT……ではない。MTにこんな速度は出ない。
《これは……惑星封鎖機構も本気になったか》
「やり過ぎたか」
コックピット内に響き渡るロックオン警報。敵機からロックオンされている―――その警報が耳に飛び込んでくるよりも早く、半ば反射と言ってもいいレベルで、フューリーはクイックブーストを発動しACピュリファイアを左へ回避させていた。
その直後だった。ガリア21の広大な雪原の彼方から飛来したレーザーキャノンが、永久凍土と化している凍てついた大地を抉り、彼のACの傍らを突き抜けていったのは。
「カタフラクト……随分と大人げないな、連中も」
ACのメインカメラが捉えた映像―――そこに映っていたのは、さながら巨大な戦車のような風貌の巨大兵器だった。巨大な履帯の上にはガトリング機銃やバズーカ砲、多連装ミサイルランチャーにレーザーキャノン(拡散、集束の撃ち分けが可能なタイプだ)がマウントされている。
さながら”動く要塞”とも言うべきか。
機体中央前方にコアユニットとしてMTを取り込んだそれが、高速移動しながらこちらに急速接近してくるのである。
惑星封鎖機構の放った前衛部隊を難なく殲滅したフューリーを最大の脅威と見做したのだろう、C4-621の乗った宇宙船には目もくれず、ミサイルとキャノンを連射しながら一直線にピュリファイアへと迫ってくる。
左手のバズーカと右肩のミサイルを放ち、ライフルの連続射撃で牽制しながら右へと大きく飛んだ。兎にも角にも、護衛対象である宇宙船を巻き込まれるわけにはいかない。射線上から離し、敵の注意をこちらに向けられればいい。
カタフラクトは、これまでに多くのAC乗りたちを撃破してきた恐るべき相手だ。フューリーもACのコックピットを住処として久しいが、これに遭遇した事は未だに一度もない。戦場で撃破されたACのログで、その凄まじい性能を見聞きした程度である。
それがついに、自分に差し向けられる―――それが何を意味するのか、彼自身が一番よく分かっていた。
「ウォルター、そういやその621は喋れるのか」
《……いや、脳の一部を除きほとんどの機能が死んでいる》
「そりゃあ残念だ……俺もルビコンに行けたら、美味い酒でも教えてもらおうかと思ってたんだが」
そんな話をしながらも、視線を左上のタイマーへと向ける。
あと2分。
ミサイルやバズーカ、ライフルといった実弾兵装で射撃を繰り返すが、しかしカタフラクトの装甲は堅牢だった。今まで多くのMTを紙切れ同然に屠ってきたACの武装でも、容易く弾き平然と耐えている。
装甲の繋ぎ目などを狙ったつもりではあるが、しかしそれでも相手はほぼ無傷だ。塗装の表面が多少焦げたくらいのものである。
ならば狙うべきは、正面のMT。
いくら機体が堅牢とはいえ、それを制御するコアユニットまでは重装化はしていないだろう。効率的な運用のための合理化が、かえって弱点を生む結果となったのは何たる皮肉か。
クイックブーストで敵機の前に回り込む。待ってましたと言わんばかりにキャノン砲の速射が始まり、その内の一発が背面の6連装ミサイルのポッドをもぎ取った。
メリニット製のバズーカが吼え、砲弾がカタフラクトの機体正面を捉える。まるで巨大な戦車に取り込まれているかのように接続されたMTに砲弾が直撃、敵機が大きく姿勢を崩したのが分かった。
決めるならば今しかない―――そう睨むや、左手のバズーカを投げ捨てた。背中にマウントされたパイルバンカーを左手に保持、右手のライフルを連射しながらアサルトブーストを発動する。
しかし、カタフラクトもヤワな兵器ではない。舐めるなと言わんばかりにレーザーキャノンを拡散モードで発射、突進するピュリファイアの右腕をベイラム製ライフルもろとも捥ぎ取っていく。
続けてミサイルも放たれるが、フューリーは敢えて回避しようとは思わなかった。回避する事によるタイムロスは、敵機に時間を与える結果となる。機体の損傷具合を見ても、まだ十分に耐えられるレベルだ。
ミサイルやキャノン砲、ガトリング砲が立て続けに機体を直撃した。装甲が剥がれ、コックピット内にひっきりなしに警報が鳴り響く。頭部にも被弾したらしく、メインモニターの映像がサブカメラからの画質の悪い映像に切り替わった。
左腕を直撃したキャノン砲が、頼みのパイルバンカーをもぎ取っていった。
これでもう、ピュリファイアに武装はない。
アサルトブーストを発動しながら、立て続けの被弾で火達磨になったピュリファイア。それでもフューリーはフットペダルを踏み続け、機体をさらに加速させていく。
《打ち上げ30秒前……メインエンジン始動》
ごう、と背後で宇宙船のメインエンジンに火が燈った。
もうすぐだ。もうすぐで、ハンドラー・ウォルターの猟犬がルビコンへと解き放たれる。
ならばその果てなき旅路に、花を添えてやるのもまた一興。
にっ、と笑いながら、フューリーはカタフラクトと真正面からぶち当たった。ごしゃあっ、と装甲の潰れる音に激しい振動。機械音声が注げる、機体の損傷拡大の警告。
モニターを睨むと、コアユニットとして接続されている惑星封鎖機構のMTがすぐ目の前にあった。まるで手負いの獣に恐れ戦くかのようにメインカメラを輝かせている姿は滑稽で、フューリーの顔から笑みが消える事はなかった。
コックピット右側面にあるレバーを引いた。
コアの背面にある装甲が展開し、電極のようなパーツが露になる。
切り札としてコアに搭載していた拡張機能―――アサルトアーマー。
強烈なエネルギーの放射が、全てを焼き尽くしていった。
空へと、白い柱が伸びていく。
高く、高く聳え立つそれは、天空の雲すら突き抜いて、成層圏の遥か彼方―――星の海原まで、長く長く伸びている。
火種は放たれた―――やがてそれはルビコンの大地に芽吹き、新たな炎へと昇華するのだろう。
焼け焦げた装甲の上に立ちながら、フューリーは煙草に火をつけた。
全てを成し遂げ、両腕と頭をもぎ取られたAC、ピュリファイア。
愛機のコアの上からそれを見上げ、フューリーは手を振った。
その後、彼らと同じくルビコン3への密航を成功させたフューリーもまた、コーラルを巡る戦いへと身を投じる事となる。
熾烈な集積コーラルを目指す戦いの最中、独立傭兵『レイヴン』となった621のACとフューリーは幾度となく共闘、そして砲火を交えることになるのだが、それはまた別の話である。
このログで語れるのは、ここまでだ。