硬い固い地面の上を、何層にも重なったこの終末世界を歩んでいく。
相棒はケッテンクラ―トで、数日以上は確実に耐え凌ぐことのできる量の飲料や食物に、万が一用の銃、じゃまな物をどかすためのパイプやシャベルが車両のいたるところに搭載されている。
「ねー、チーちゃんまだー?」
「あと少しだと思う。今から暗いところ通るから、ゆーは早くヘルメット頭につけて」
「はーい」
ゴトンゴトンと砂利や瓦礫の上をのり上げながら二人は進んでいく。この終わりがあるかも分からない世界を。永遠に、二人が一緒でいる限り、上を上をと目指して進んでいく。そこには人がいるかもしれないし、何もないかもしれないし、私たちには分からない。でも一つはっきりしているのは、上に進んでいけば何かがわかるというワクワクがあることだ。だから私たちはこの寂しい世界をたった二人ぼっちで旅するし、この広い世界をたった二人ぼっちで独占しているのだ。
「おい、着いたぞゆー。ここが地図に書かれてた温泉の場所だ……と多分思う」
目の前に広がるのは朽ちたパイプや枯れたくぼみのみ。どこにも温泉らしき場所は見当たらない。何度か、お風呂に入ったことはあるが、それらしき湯気は見当たらない。探索してみよう。
「チーちゃん見てみてこれ! ほらっ、なんかよく分からないお面」
「そうだな、何だかへんてこな顔みたい」
二人は進んでいく。寂れた商店街、人気のいっさいない道、崩壊してしまった建物。それらを覗いてはまた意味なしと進んでいく。
「うーん、もう温泉はとうの昔に出なくなっちゃったみたいだな」
「えー! それはないよ、だって私たち温泉のためにここまで来たんでしょ? もっと探そうよ」
「それもそうか、食糧もまだ余裕はあるし、あと一日くらいならここにいたって大丈夫か」
随分とすすみ、ケッテンクラートを一時停車させておいて、街はずれの方まできた。
「ねーねー、チーちゃんこれ見て。なんだか矢印が書いてある!」
よくわからない標識版が立ってある。文字はだいぶくすんで見にくいが、この先二百メートルくらい先に何かがあるらしいことがわかった。
「どうせだし暗くなる前にここによって帰るか」
「ねえねえこのマーク、何だか面白くない? だって、ぐにゃーんてした線が三つ並んでるんだよ?」
「これは多分……うん、そうだ。これは温泉の場所をさしてるマークだ」
「えっ! 温泉あるの⁉︎」
「でもほら、さっき私たちが通ってきた場所にもこのマークがある」
期待しすぎても仕方がない。そう二人でなっとくしてから、私たちは道案内に従って進んで行った。ごつごつとした道がふえてきて、瓦礫じゃない岩がどっしりと道を塞いでいる。
「横をまわって通ろうか」
周囲にはだんだんと煙のようなものが覆っていく。少しだけ視界が悪くなってきているようだ。それに匂いもなんだかくさい。燃料とか排気ガスとはまた違った匂いだ。
「チーちゃん見てみて! ここ水が流れてる!」
「おいバカ、勝手に触るな!」
「えー大丈夫だよ。だって、触っても痛くないよ?」
急いでゆーの片手を確認するがなにも起きてはいない。ゆーはこちらを見ながら
「くすぐったいよー」
と言っているくらいだ。おそらく毒とかではないのだろう。一安心だ。自分も念の為に水を触ってみる。
「……あったかい」
「でしょー? もしかしたら直ぐちかくに温泉があるのかも!」
とりあえずマークの場所はここみたいなので、二人はこの水の流れでてくる場所を追うことにした。のさのさと進んでいくごとに何だか嫌な匂いと癖になる匂いが中和してきたような気がする。鼻がなれてきたのかもしれない。
「あっ、あった!」
そしてようやくゆーが見つけた。岩場に囲まれた二つの池を。片方はもくもくと、もう片方はひんやりと。二つの池からはさびれたパイプが伸びており、どちらも先へと伸びていた。
「あちっ!」
「大丈夫か、ゆー‼︎」
ふと振り返るともくもくした方でゆーがびっくりして声をあげていた。
「どうしたんだ」
「いやさー、この水がすごく熱くてさー、チーちゃんは触らないほうがいいよ?」
「だれが触るか。こういうのは物を中に少し沈めて安全か確かめるんだよ」
「さっすがチーちゃん、賢いねー」
ふにゃーんとしたゆーの顔をひっぱりながら次は気をつけるようにと言う。
「ねえねえ、じゃあこっちのもくもくしてない方の水は熱いのかな?」
「うーん、ちょっと待ってろ……」
そこら辺にころがっていたワイヤーの断片を拾い、水の中に少しばかり浸けてみる。そして取り出したら一瞬だけ触る。
「あつっ……くない?」
もう一度さわる。熱くない。むしろひんやりとしていた。池のほうに手をいれてみる。手から体温が心地よく奪われていく。
「……水だ」
「水⁉︎ じゃあここで補給できるね、チーちゃん!」
「ああ、でもここにケッテンクラートはないし、今ある分だけになるけどな」
二人してボトルを取り出し、満杯にしてから蓋をとじる。少し溢れた分が地面を濡らす。
「ねーちーちゃん。私きづいたんだけど、この二つの池を合わせたらいいかんじのお湯ができるんじゃないか」
「みたいだな」
私は二つの大きなパイプの先を指し示してそう言う。進んでみよう。
いくばくか歩くと、すぐ目的地に到着したようだ。熱い水の流れるパイプと、冷たい水の流れるパイプが合流した地点。そこには大きな湖があった。
「深そうだな」
「ねー、でも何だか温かそうかも」
「近くにいってみるか」
二人はもくもくとした霧の中をゆっくりと降って行った。そして、
「あっ! 浅そうな場所みっけ」
ようやく落ち着けそうな場所を見つけたのだ。近くには屋根もあり、日が若干沈みかけている今からケッテンクラートに戻るよりも、ここで一夜を過ごしていった方が良いだろう。
「ゆー、ここに荷物おくぞ」
「はーい、じゃあ私もう服脱ぐね」
ゆーはもうお湯に入るき満々だ。念のため触ってもピリピリしないか確認したあと、二人して服を片付けて近くの浅瀬に足をいれ、そして次第に全身を沈めていった。
「あ゛―っごくらくー」
「どこでそんな言葉おぼえてきたんだ」
「前にお風呂はいったときチーちゃんが言ってたじゃん」
「そうか?」
「そうだよー」
二人はくつろぐ。全身の真までくつろぐ。少しのぼせてきたなと思ったら半身だけ空気中に触れさせて涼む。汗をふくようの布で身体をこする。何だかさきほどまでの癖になる匂いは薄まっていて、どうしてかお腹のすく香りだ。
「ちーちゃん水うー」
「はいよ」
温まりながら涼む。涼みながら温まる。そうしていくつか時間が流れた。空が紅くから黒くなる前に、二人は浅瀬から上がる。そして互いに身体を乾かしてから服をきる。
「ねーちーちゃん、ここ暖かいね」
もう半分は夜だと言うのに、ここは暖かい。きっとこの湯気が私たちを包んでいるからだろう。気持ちよくて、心地よさのあまり定住したくなるほどだった。でも、
「ユー、ここは食糧がないからダメだぞ。水はいっぱいあるけど」
「ちぇーっ」
そして二人は夜を過ごす。隣どうしで眠り、贅沢な心地よさにつつまれ、この終末世界の一日をようやく終える。明日はさっきの場所で水の確保をしてから帰ろう。ボトル満杯にまで入れて。でもその前に……。
「なあユー」
「なーにぃちーちゃん」
眠そうな声で内緒ばなしをする少女。
「明日の朝、もう一回だけ温泉に入ってから帰ろうか」
Fin
翌日、二人はなぜか髪がつるつるしていることに気付く。
少女終末旅行の世界には安心感があります。
何事も肯定されないし否定もされない寂しい世界。
以前、初めてスキーに行ったのですが難しく、私はひとり早々と近くの温泉に行きました。その景色は素晴らしく、雪化粧を施した八方尾根が姿を現していました。私は思うのです、何て不便で美しい場所だろうかと。深夜バス片道数時間かけての成果はそれだけで、でも多分それだけでも、とても良かったのでしょう。