ハイスペックウマ娘になったけどこれでもまだ足りないらしい 作:フタバ ハクシ
9月第1週の土曜日、札幌レース場。
今日はジュニア級の数少ない重賞レース、札幌ジュニアステークスが開催される。ここに来た理由は一つ。私、シュヴァルツミーティアは、このレースで重賞に初挑戦するからだ。
「初めての重賞....緊張する....」
ドキドキしながら私は控え室で座っていた。
「そんなに気張らなくていい、普通に走れば負けることはないさ。」
「で、でもさぁ....流石に怖いよ....相棒は緊張しないの?」
「そうだな....緊張はしてないよ。」
そう言いながらも相棒は紙コップを持っている右手が震えていた。
「....ぷっ、あはは!相棒も緊張してるんじゃん!」
「あ、ほんとだ。」
私は冷静に考えている相棒を見て、ぶれないなぁと思いながら、
「もーなんか緊張も吹っ飛んだや!頑張れそう!」
と言った。最初はロボットみたいだなと思っていたが、彼は人一倍不器用なのかもしれない。だから感情を表に出すのが下手だし、相手をドキドキさせることをしても自分はその自覚がないほど鈍感なんだろう。
「なら良かった。楽しんで走ってこいよ。」
「任せて!絶対に勝って帰ってくるから!」
「はいはい。」
その言葉を最後に聞いて、私は控え室を出た。
「さあ、いよいよ本日のメインレース、札幌ジュニアステークスの発走です!」
初めての重賞ファンファーレ、ここを勝てばキングヘイローやスペシャルウィーク達、黄金世代に一歩近づける。
「一番人気はメイクデビューを差し切って勝利したシュヴァルツミーティア!現在圧倒的な一番人気に支持されています!二番人気はカーマイン!このウマ娘も差し切り勝ちでこのレースへ駒を進めています!」
一番注意するべきは、三番人気のマーナリーズ。この子は大逃げでレースを進めるから、マーナリーズちゃんのペースに持っていかれないようにしなくちゃ。
「さあ、続々とゲート入りが進んでいます!一番人気、シュヴァルツミーティアが2枠2番のゲートに収まりました!」
今日のレースは内枠を引けたから、出遅れてもだいじょーぶ!....いや、なるべく出遅れないようにはするけど。
ゲートに入って深く呼吸をする。脳が澄み切ったように冴えている。これなら、負けない!!
「最後に8枠8番カーマインが入って体制整いました!!」
ふぅ.....よし。
「スタートしました!!!」
あー、また出遅れた.....まあ内枠だしいいか。
「2番シュヴァルツミーティアが後ろからのスタート!先手を取るのはやはりマーナリーズ!マーナリーズ早い!もう2バ身、3バ身のリード!!」
1番後ろにつけて、私はペースを見ながらレースを進めた。自分でラップタイムを考えとかないと本当に飲み込まれそうだ。
「マーナリーズ大きく他を突き放し先頭!差は10バ身ほど!1人だけもう第二コーナーを回り切りました!」
よし、他の子のペースには乗せられてないな。このまましばらくキープしよう。
「各バ第二コーナーを回り、向こう正面に入ります!!先頭は変わらずマーナリーズ!!」
とりあえず前の子の後ろにつけて仕掛けるタイミングを見計らう。大逃げしているあの子以外、ペースが遅いな。これは早めに仕掛けなきゃ。
「おおっと!!最後尾のシュヴァルツミーティアが動いていった!!シュヴァルツミーティアすごいペース!!」
これでも、最後に使う脚は残ってる。これなら、圧勝できる!!絶対に負けない!!
「第三コーナーを回って、マーナリーズと後続の距離が詰まってくる!これはもう限界か!?」
もっと速く!!もっと!!
「第四コーナーを回って直線に向いた!!先頭は早くもシュヴァルツミーティア!!強い強い!!差は3バ身!!」
今だ!!
体制を低く、足の回転を上げる。
後続から追ってくるものは、何もいない。もっと突き放してやる。
「シュヴァルツミーティア!!これは圧勝か!?もう追ってくるものは居ないのか!?」
勝ちを確信した。その時だった。
「ぐあぁぅ.....」
激痛が走り、少しよろけてしまう。慌てて息を整えようとするが、
「かひゅ.....はっ.....ひゅ....」
息ができない。何かが喉に引っ掛かっている。
速度が落ちていく。再加速もできない。
まずい。負ける。
「おっと!?シュヴァルツミーティア失速!!早速していきます!!」
ああ、視界がどんどん狭まってくる。もうほとんど前が見えない。
ーー俺はミーティアを信じてる。楽しみにしてるよ。ーー
「......くっ......っぅ....!」
なんとか意識を保ち、私はゴールに向けて走った。ただ走った。
「200を通過した!内からカーマイン!!内からカーマインが上がってくる!!シュヴァルツミーティア先頭!!しかしもう苦しいか!?」
負けて、たまるか。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「シュヴァルツミーティア差し返す!!シュヴァルツミーティア僅かに先頭ゴールイン!!」
「ひゅ.....ぁぅ.....」
ゴール版を駆け抜けたと共に私は受け身も取らずターフへと倒れ込んだ。
「勝ったのはシュヴァルツミーティアです!!....あっと転倒!!シュヴァルツミーティアが転倒しています!!」
やばい、マジで息ができない。目を開けてるはずなのに、何も見えない。
「......ひゅー.....かはっ......ひゅっ.....」
「ミーティア!!!」
相....棒.....?
「ミーティア!!しっかりしろ!!」
誰かに背中を支えられる。声しか聞こえないけど....
「あ.....ぁぃ.....ぼ........」
声を出そうとしても、掠れて上手く音が出ない。
「ああ俺だ!!いいから無理に喋るな!!」
初めて彼のこんな声聞いたかも。
相棒、私、勝てたかな?
私は手を伸ばして、相棒を探す。
「ここだ!!俺はここにいるから....!!」
「わ...たし......かて....た....かな.....?」
疑問の答えを聞くことなく、私は深い眠りについた。
「ーい。はい。.....わかりました。では失礼します。........くそ....」
誰か聞き覚えのある声がして、私は目を覚ました。視界には知らない天井が広がっていた。
「ここは....どこ?」
思ったことがつい口に漏れてしまう。
「!!....ミーティア!!良かった.....」
そう言ったのは相棒で、私に気づいた瞬間手を握ってくれた。
「何が......あったの?ここはどこ?今は何時?」
ゴール版を駆け抜けた後の記憶がないのだ。全く。
「...ここは、病院だよ。時刻はもう8時くらいになるかな。」
じゃあ、私3時間も寝てたの....!?
「どうしてここにいるの?」
「...話せば長くなるぞ。大丈夫か?」
「...話して。お願い。」
「....分かった。」
「レースの結果は、勝ったよ。クビ差で一着だ。よく踏ん張った。本当に...よく頑張ったよ。」
「でも....走ってる時に突然息ができなくなっただろ。」
「うん....前もなったことあったけど...」
「予兆があったのか....くそ....気づけなかった....」
「これはなんなの?喘息?」
「いや、違う。...喘鳴症だよ。」
「喘鳴症?」
「ウマ娘の喉の病気の一種だ。息をする時に喉頭と言われる部分が開かなくなって喉からヒューヒューと音が鳴る。」
「確かに、喉から変な音が漏れてるとは思ったけど.....」
「主な原因として、喉頭の麻痺で喘鳴症になる確率が高い。この発症の仕方だと、もう走ることはできない。」
え....?
走れない.....?
「嘘だよね?相棒...?また走れるよね....?」
「落ち着け。ミーティアのは膜が持ち上がって喉頭蓋を覆ってしまっていただけだから、手術を受ければまた走れる。」
相棒からの言葉に私はほっと一息をついた。
「良かった〜.......」
「手術は寝てる間に受けてるから、退院さえすればすぐにでも走れるよ。」
「寝てる間に....!?」
「そう。とにかくすぐにでも復帰したいかなって思って。」
いや寝てる間に喉弄られてるんかい。まあ、それも相棒なりの優しさか。
「まあ、それはそうだけど...」
「練習はできるよ。ただ....レースはしばらく出られない。」
「えぇ!?どうして!?」
「元々レースも失格になるはずだったんだ。でも俺がURAに無理を通して一着にしてもらった。」
「だけど、喘鳴症を気づけなかった俺には、URAから2ヶ月のレース出場停止処分を受けた。」
私は相棒に課された処罰を聞いて、さぁっと血の気が引いていった。
「そん....な....相棒は何も悪くないのに....」
私がちゃんと言っていれば。異変に気づいて出走を回避していれば。
ごめん、相棒。こんなにトラブルばっか起こして...
「ごめんな。俺が未熟だから、ミーティアに辛い思いさせちゃって。」
下を向いて、静かに項垂れる相棒は、とても悔しそうな顔をしていた。
「いやいや!私が言えば良かったのに合わなかったのが悪いんだよ!」
「.....初めて、怖いって思った。」
「え?」
「ミーティアが起きなかったらどうしようって、俺のせいで...走れなくなったらどうしようって。」
「....」
「起きたとしても、もう口をきいてくれないんじゃないかって。」
「相棒...」
相棒は、異例の飛び級でトレーナーになった。だから歳も他のトレーナーより若いし、まだ精神も幼い。だから目の前で担当の子が倒れるというのが、相当心にきたのだろう。
「ずっと...怖かったんだ。」
私はそっと、下を向いている相棒の頭を撫でる。
「....!?...ミーティア?」
「大丈夫、大丈夫だよ相棒。私は相棒を嫌いになったりなんかしないから。」
「だって、相棒は私のことをずっと見てくれて、私に夢まで託してくれたんだから。」
「....うん。ありがとう。」
静かに微笑む相棒の表情は、どこか暖かく感じた。
「ん....」
レースで疲れているのか少しうとうとしてしまう。
「眠いか?...明日には退院できるそうだし、今日はゆっくり休んでくれ。」
「うん....そうする....おやすみ、相棒....」
「ああ。おやすみ。」
そうしてもう一度私は意識を手放した。
翌朝、相棒の手を握りながら寝た私が赤面するのはまた別の話。