レイヴンの箱   作:resn

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お察しの方もいるかとは思いますが、621以外の登場人物に関して、基本的には容姿を描写していません。各々の脳内イメージで保管してください。


第2話

 ──レッドガン部隊所有の、アーレア海を渡航するために用意された輸送艇内は……現在、ピリピリとした空気の中で、海を渡るための最終確認作業に追われていた。

 

 

 これほど雰囲気が剣呑なのは、本社であるベイラム・インダストリーからの命令のせいでわざわざ中央氷原からアーレア海を航海してベリウスへと戻らされ、それが終わったらまた今度はすぐに中央氷原へと戻れと言われているせいだ。

 

 一般隊員ですら殺気立つほどにイラついているこの状況なのだから、ではレッドガン総長である『G1(ガンズワン)ミシガン』はというと、まるで地獄の釜のようにグラグラと怒りが湧き立っていた。

 

 そんな中……友軍の機体反応が接近中だというアラートが鳴り響いた。

 

 見ればそれは哨戒任務中の『G5(ガンズファイブ)イグアス』のものであり、彼の帰投予定時間はとっくに超過していたともなれば、彼がブチ切れるのも致し方無しだろう。

 

「貴様あッ!! 何をやっていたG5! 門限はとっくに過ぎているぞ! ……いや、まてG5、貴様何を拾ってきた!?」

 

 怒りのまま怒鳴り散らしかけ……しかしその勢いはミシガンにしては本当に珍しいことに、急速に萎んでいく。

 

 近付いてくる、イグアスの乗機『ヘッドブリンガー』の機影。

 だがそこに、何やらもう一機のAC6を牽引しているのが遠目からでも見える。

 その機体が、ミシガンにも見覚えのある『G13(ガンズサーティーン』)の機体であることも。

 

『五月蝿ぇぞミシガン! それより救護班を回してくれ、血が、血が止まらないんだ……ッ!』

「チッ……貴様たち聞いていたな、G5が愉快な玩具を拾ってきた、喜べ今日は愉快なパジャマパーティだ、救護班と整備班は徹夜も覚悟しておけ!!」

 

 狼狽えた様子のイグアスからの通信に、ミシガンは大至急部下に指示を飛ばす。途端に湧き上がるブーイングを無視して、彼は大股で通信機へと向かう。

 通信の先では……ヘッドブリンガーのコックピット内、頭から流血しているらしい少女を膝に抱いたイグアスが、焦った様子で捲し立てる醜態が大写しになっていた。

 

 

 ◇

 

『──ア レ は 何 だ 、 ハ ン ド ラ ー ・ ウ ォ ル タ ー ! !』

『……いきなり、色々な意味で耳が痛いな、ミシガン』

『ふん、一言くらいは怒鳴りつけてやらんとな! 貴様は叱られて喜ぶ面倒臭い奴だからな!』

『ああ、返す言葉もない、感謝するよミシガン……本題だが、どうやらお前たちレッドガンが621を保護してくれたそうだな。封鎖機構によって合流ポイントを潰されて、どう回収するべきか困っていたところだ、助かる』

『礼ならばG5の役立たずに言え、もっとも顔を合わせた瞬間喉笛を食いちぎられなければだがな!』

『そうか、気をつけよう……621については、そちらにデータを送っておこう、治療には必要だろうからな。それと治療費とACの修理費は、俺の方に回しておいてくれ』

『了解した、うちの役立たずがやらかした分は引いておくぞ!』

『はぁ……すまんな、ありがとうミシガン』

 

 

 

 ◇

 

「G13が意識不明となっていた原因は、過労だ」

「過労」

 

 イグアスが帰投して、およそ一時間後。

 医務室に呼び出されたイグアスを待っていたのは……意外と図太い様子ですやすや安眠している621のベッド横で、椅子に腰掛け、その様子を見守っていたミシガンだった。

 彼が端的に検査結果を伝えてくるのを、イグアスはポカンとした様子で聞いていた。

 

「そうだ。機体のログを見る限り、貴様が接触する十分前には全ての操作が行われていなくなっている、その時にはもう意識もなく、自動操縦で帰路に着いていたんだろう」

「けどよミシガン、あんな出血していたのは……」

「頭の怪我自体はたいしたものではなかった。まあ頭の怪我だからな、出血量も多かったがそれだけだ。狼狽えていた貴様の声は傑作だったぞ、今度音声データをくれてやろう!」

「いらねえよ!?」

「しかし、脳震盪の疑いはあるため運転させるわけにはいかん、念の為ハンドラーウォルターには事情を伝え、数日こちらで休養させるとは言っておいた」

 

 ミシガンはそう言ってベッド脇の椅子から立ち上がると、随分と優しい目で621の方を見つめ、呟く。

 

「まったく居眠り運転とはな、G13め、弛んでいるぞ、帰るまでが遠足だと以前言ったはずだ!」

 

 いつもの調子で悪態を吐くミシガンだったが、イグアスにはそれを聴いている余裕などなかった。

 側にあった別のパイプ椅子にどかっと座り込むと、深々と安堵の息を吐く。

 その数秒後、ふと「何で俺が野良犬野郎の無事に安堵してんだよ!」と自分でツッコミを入れていたのを、ミシガンは呆れた目で見下ろしていたが……一つ咳払いをすると話を続ける。

 

「G13の機体は、損傷は激しかったが、それは貴様のせいではなく元々のものだ。受けていた損傷の種類から類推するに、おそらく二機あるいは三機、複数のACと交戦した帰りだったのだろうというのが整備の連中の話だ」

「そうかよ、別に興味はねえけどな。他の奴にやられて無様晒したんじゃなければそれでいい」

 

 それだけ言って、イグアスは深く溜息を吐く。

 

 現状、このルビコン全土が封鎖機構の警戒対象になっている。そんな中をふらふらと飛んでいたら、いずれ捕捉されてしまっていただろう。

 

 特に……あの独立傭兵『レイヴン』の機体は、いったいどこで入手したのか、大容量のコーラルジェネレーターなどというおかしなものを搭載している。悪目立ちする真っ赤な噴射炎と共にコーラル反応を周囲にばら撒くものだから、目立って仕方ない。

 

 つまり……初手殴り飛ばして機能停止させたのも含めて、本人にはさらさらそのようなつもりは無かったではあろうが、イグアスの行動は全て少女を救う最善手となっていたのだ。

 

「ハンドラー・ウォルターが寄越してきた、この娘のデータだ。なかなか愉快な内容だぞ、できれば見ずにゴミ箱に叩き込むのがおすすめだ!」

「はあ……よこせ、見る」

 

 ミシガンが差し出してきたのは、今にも引き裂かんばかりに忌々しげに握りしめていた資料の束。

 イグアスは資料を奪い取ると、くしゃくしゃになっているそれを見辛そうにしながらざっと目を通す。

 

「……なあ、ミシガンよ。あんたはこいつの事、知っていたのか?」

 

 資料のページをめくりながら、いかにも不機嫌だというのを隠しもしないイグアスの質問に、ミシガンは横に首を振る

 

「知っていたかと言われたら、知らん! だが、おそらくはと察しては居た!」

「そうかよ。なら、そんなガキを戦場に放り込むあんたもウォルターも、大概イカれてるぜ、それが分かっただけでも収穫だ」

 

 イグアスがそう言って、資料束をぐしゃぐしゃと丸め、今度こそゴミと化したそれをダストボックスに叩き込む。

 

「コーラル強化技術の検体、試験管ベビーね。まったく……本当に最悪だ、まったく最悪だ」

 

 旧世代の強化人間、その被験者には、何らかの事情により売られてきた子供や、その辺から集めてきた孤児なんかも少なくなかったという。

 

 博打で大負けした借金のカタで被験者にされたイグアスは自業自得と割り切れるが、その一方で自分の意思とは関係ない理由により使い潰された連中も大勢いることは、情報としては知っていた。まさか、その最たるものを見る日が来るとは思わなかったが。

 

 だが、大量にそうした被験者を仕入れるのも、安定性に欠ける。

 

 

 ──ならば、最初から作れば良い。できれば早く収穫できて、コーラルに強い耐性を持ち、()()使()()()被験者を。

 

 

 本当に、頭にマッドという言葉がつく研究者という人種が嫌いになりそうな話だった。

 

 誰の良心も傷まない、最初からその目的で作られた、遺伝子合成され、コーラル漬けにされ、成長促進処置で十歳ほどまで促成栽培され、最近まで冷凍保存されていたという『アイビスの火』以前の実験体の子供。

 

 見た目の時点ですでに十歳に辛うじて届くかというくらい幼いが、実年齢では冷凍中の期間を除くとせいぜい三歳くらいだというのだから、なんとも業の深い話だ。

 

 少女の飼い主だというハンドラー・ウォルターから渡された少女の資料には、そんな来歴と、どのような処置を受けたのががつらつらと書き連ねられていた。

 

 研究者たちはそんな子供に負担の大きな処置を実験と称して繰り返し、結果、今目の前の少女に残っているのは、ほとんどが特殊な神経接続によりACを操縦する機能のみ。

 両脚のほぼ全てと右腕の大半、その他体表のあちこちを覆う鼠色のラッピングは仮装などではなく、イカれた皮膚機能を代行するものであり、剥がすと生命活動もままならないのだとか。当然ながら、まともに自分の身体を動かすことも叶わないのだという。

 

 当然そんな存在に買い手がいる訳もなく、散々たらい回しにされた末に、ウォルターが買い手とならなかった場合はもう、不良在庫として冷凍されたまま『廃棄』されていた……とのことだ。

 

「……ッ」

 

 最近、また耳鳴りが酷くなった気がするが、今はそれに加えて吐き気までする。気分は最悪を通り越してもはや笑えるくらいだ。

 

 少年兵として戦場に居る者だって、決して珍しくない。ただ幼いだけならば、イグアスだって敵味方問わず何人も見ているし、少し前に新型テスト機体を納入してくる予定だったがその途中で撃墜されたという新兵もそうだ。

 

 だが、生体パーツとして……文字通り人扱いされずに壊されてなお戦場に出されている子供など、そう居るはずがない。そうであってくれと思うばかりだ。

 

「どうして、お前みたいな奴が……ッ」

 

 自分には無いその強さに、嫉妬した。

 空を自由に舞い踊るような機動に、憧憬を抱いた。

 だが、実態はどうだ。自分など比べ物にならない劣悪な環境で悲惨な目に遭ってた小さな存在を前に、何を言えばいいというのか。

 

「……だから、貴様には教えなかったんだがな、G5。医療班の邪魔だ、貴様も戻って休め。これは命令だ、復唱しろ」

「……りょーかい、戻って休みますよ、休めばいいんだろ」

「うむ、復唱したな。では、明日からは新たな任務を与える、ミーティングに遅刻するなよ」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ──そして、翌朝。

 

「……はあ!?」

 

 あらためてベリウスを発つためのミーティング最中、寝耳に水とばかりに放たれたミシガンの言葉に、イグアスが抗議の声を上げる。

 

「待てよミシガン、俺が野良犬の世話係だと? 冗談だろ!?」

「馬鹿者、自己責任だ! 野良犬を拾ってきたのは貴様だろう、ならば面倒を見るのも当然貴様の責任だ!」

「ぐっ…………クソッ!」

 

 そう一喝されては、ぐうの根も出ない。

 苛立たしげに席を蹴って退室したイグアスは……しかしぶつぶつ言いながらも、621がいる医務室へと向かうのだった。

 

 

 

「な、ん……だと!?」

 

 医務室に入った瞬間、イグアスは、愕然とした声を上げていた。

 

「おや、世話係だ。ほらチビ、あいつがお前を助けてくれたんだよ」

 

 そう言って、ベッドの傍らに控えていた女性が、ベッドに寝ていた小さな存在の背を支えて起こしてやると、イグアスの方を指差す。

 

「……いぐ あ す?」

 

 掠れた合成音声みたいな声で、たどたどしく話す、小さな白い『何か』に、イグアスはまるで気圧されるようにガクガク頷きながら、どうにか声を絞り出して返事をする。

 

「あ、ああ……そうだが」

「……あ り がと」

 

 微かに、ほんの微かに口の端を吊り上げて、例の言葉を述べるその白い『何かに』……

 

 知らねえ。

 俺は、こんな奴知らねえぞ。

 

 ……と、イグアスはただひたすら狼狽していた。

 

「どうだい、あまりボサボサな髪で邪魔そうだったもんで切ってみたんだが、素人にしては良い出来だろう?」

 

 自慢げに胸を張る、レッドガンでは珍しい女性隊員。たしかMT乗りのオールバニーとかいう名前だったかと、かろうじて記憶から引っ張り出す。

 

 彼女が自慢する通り、たしかに目の前の白い『何か』は、すっかり見違えていた。

 

 腰まであった荒れ放題の銀髪は、今は肩のあたりで切り揃えられ、梳かれ、前髪も目を出すようにその少し上で整えられていた。

 その赤い双眸が、真っ直ぐ興味津々と言った様子でイグアスの方に向けられている。

 

 イグアスが初めてまともに見る『何か』あらため独立傭兵『レイヴン』あらため強化人間C4-621の顔は……。

 

 

 資料には、ハンドラーウォルターが傭兵としての報酬から出費して、いくつか機能回復処置が施されていた旨が記載されていた。

 消化機能の回復などは最優先で行われており、定期的な健康診断データを見る限りでは、目覚めてからこっち順調に体重も増えてきているのが記録されていた。

 

 

 まだまだ痩せぎすとはいえ、そうして健康的に肉が戻り、血色も改善した少女は、何というか。

 

 ──普通に可愛いな、こいつ。

 

 すっかり身綺麗になり、髪を整えられて顔が晒されていることに、少しだけ恥ずかしそうにして目を逸らしている621。

 目鼻立ちは整っており、肌はまるで日の光を受けたことなど無いかのように(そして高確率でそれは事実の可能性がある)白い。

 その佇まいは薄幸の美少女といって差し支えなく、今はあくまでも子供に向ける「可愛らしい」の範疇ではあるが、将来はきっと美人になるだろうなという予感を感じさせる少女がそこに居た。

 

 イグアスはどこか深淵を見せられているような無表情で、ぼんやりそんな事を考えながら見つめてしまっていた……が、しばらくして再起動すると。

 

「悪い、オールバニー。もうしばらくこいつを代わりに見てやっててもらっていいか?」

「そりゃ構わないけど……イグアス、どこに行く?」

 

 訝しげに声を掛ける女性の声を無視して、回れ右をして医務室から出て行くイグアス。

 

「……やれやれ、これでまたお前さんの一敗だね。敗因は敵前逃亡と。ナンバー持ちが情け無いな」

「……いぐ  あす  な さけ な い?」

 

 呆れたように呟いたオールバニーの腕の中で、銀髪の少女はただ、こてんと首を傾げたのだった。

 

 

 

 

 その、数分後

 

 輸送船の外縁を、狂ったように全力で走っているイグアスの姿が見られたという。

 

 それを見ていたレッドガン内では、彼が何周で潰れるかの賭けが大盛り上がりとなり……二番目に多い数字である十周に賭けたオオサワ隊員の倍、二十周という大穴に賭けたミシガンが、一人勝ちしたのだとか。




この幼児621を大陸間輸送用カーゴランチャーで「騙して悪いが」した姐さんが居るらしい。
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