けたたましく鳴り響くのは目覚ましがわりのスマホロトム。ベッドなんぞは完備していないので2階の畳の上に布団を敷いてそこで寝ている。キュウコンが横で丸まっているため、踏まないように布団を片付ける。踏んだらそれこそ、顔中大火傷だ。
朝はシャワー…と言っても浴槽はほとんどゼイユのために沸かす程度で、1人じゃポケモンのウォッシングぐらいにしか使わない。少しぬるめのシャワーをザーッと浴びる。寝ている時にかいた汗をこれで落とす。あとは、身体を拭いて終わり。浴室外の水はカビの原因になる為、注意する。
浴室から出ると、髪をドライヤーで乾かす。ファイアローが乾かしてくれる時もあるのだが、チリチリになりかねないのでやめておこう。
鏡の中には少し1、2年老けたんじゃないかという成人男性の姿が。一糸も纏っていない。と、洗面所の近くに置いてあったスマホロトムがけたたましく鳴る。着信だ。
「…なんだ。お前か。」
『そっけないやん。ヤブちゃん。』
陽気な女性の声に脳が揺らされる。
先程までの寝ぼけ眼が嘘のよう。完全に覚醒してしまった。
『そっち行って、随分と経つよな?なんかええことあった?』
「単刀直入に言え。…チリ。」
『なはは。アンタのことや、ようわかっとるやろ?トップからの命令で自分が行かなならんねん。なんかええもん用意しといて。』
ため息が口から溢れでる。
旧友のように見えて彼女…チリとはそこまでの接点はない。ジョウトにいた頃、同じトレーナーズスクールに通っていた程度。その気さくな性格から、最初に話しかけてきたのは彼女だった。
「わかった。手によりを掛けてやるから、食べたら帰れ。」
『楽しみにしとくわっ!!んじゃなっ!!』
「あ、ちょっ…まっ!?……はぁ…。」
どこか、俺で遊ぶのを楽しんでいる節がある。
…さて、仕込みでもするか。
「ヤブ兄?来たわよ〜?もうっ。玄関開いて不用…じ…ん…。」
…なんで居る。
時間としては7時、結構早い時間だぞ。珍しい。
「姉ちゃん、今日早起きさ…し…す…ぎ…。姉ちゃん?どした?固まって…。」
「…リククラゲ…。」
…そう言うとゼイユは床に倒れた。スグリがすぐさま此方を見てハッとした表情を浮かべる。
「ヤブ兄ちゃんッ!!服着てッ!!早くッ!!」
「わかってるって。」
スグリは倒れたゼイユを物音で起きたキュウコンと共に2階の寝室へと連れて行った。俺の布団を出しっぱなんだが、良かったのだろうか。というか、裸を見られた俺の心を癒して欲しい。
「…鍵、開けっぱだった…け。」
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「あ…ぶ…あ?ここ…どこぉ…?」
…頭が痛い。何かに頭を打たれたような。モンスターボールでもフルスイングされただろうか。あれ、なんか見たような…あ。
「…ヤブ兄の…裸…。」
顔が熱い。今寝てる布団の掛け布団で顔を隠す。
…ヤブ兄の…見たんだった。でもなんで!?なんで、家ん中で裸で…って、人のこと言えなかったぁ…。私も家ん中だったらめんどいから半裸だったぁ…!!
「…キュウコン、どうしたらいい…!?」
隣にいたキュウコンを抱きしめてそう言う。
なんというか、私らしくないのは言えてる。他の子から相談された時はガツガツ行ったら良いんじゃない?程度で考えてたけどいざ、自分がなってみると…馬鹿らしくて笑えてくる。
「…そうだよね。アンタに言ってもわかんないよね?」
…話し相手がいないからキュウコンに話しかける。ふわぁ…早起きしたから眠くなってきた。なんで早起きしたんだっけ?
ヤブ兄に絶対勝てる子達を育ててきたんだったっけ。
うちのヤバソチャがねっとう覚えたしっ!!これなら昨日みたいにキュウコンに全員倒されるなんてしないんだからっ!!なぁんて考えてたら、身体がここを目指していた。他の子を使うことも考えたけど…やっぱり、愛着のない子で戦うなんて嫌だもん。
「おーい。ゼイユ、起きたか?朝飯できたぞ〜?」
「ぴゅっ!?」
…なんか変な声が出た。
キュウコンに顔を埋めて顔を隠す。ヤブ兄がちゃんとブラッシングとかしてるのか、綺麗な毛並みといい匂いがする。うちのロコンもちゃんとしてあげなきゃな。
ガラガラという音と畳が擦れる音が聞こえる。家主の落ち着いた低音を聴いていると何故か、ほんわかする。いい意味で…毒されているんだなって思う。
「服…着た?」
「着た着た。いつもより早い時間に来るから、びっくりしただけだよ。」
少しビビりながら…いや、ビビってなんかないけど…ゆっくりとキュウコンの影からヤブ兄を見るといつものTシャツとエプロンをつけていた。というか…ムキムキだったなぁ…ってなに考えてんのよ、私。
「というか、大丈夫だったか?」
「な…なにが?」
「その布団、今朝まで俺が寝てたやつだ。汗くさいぞ。」
「はぁ!?」
バッと跳んで布団から出る。
…ていうか、さっき私、掛け布団…。思い出すだけで顔が赤くなる。てことは、少し前までヤブ兄がここに寝てたってことよね…!?
「んへっ…どんなとこで寝かせてんのよ。馬鹿。」
「いや、寝かせたのは俺じゃなくてスグリとキュウコンだけど。さっさと起きて朝飯食え。手によりを掛けて作った。」
そう言って歯を見せて笑うヤブ兄。ボサボサ髪の女付き合いないくせして、顔はいい。胸が掴まれた感覚がした。キュウコンが尻尾で私の頭を撫でてくれている。可愛い。
一階にキュウコンと一緒に降りればそこにはスグがいつものカウンター席で朝ごはんを食べていた。メニューはわかめと卵のスープ、トースト、林檎ジャムとオムレツとソーセージが何本か…あと、キャベツとくし切りトマト。…まぁ、婆ちゃん家より種類が多くて美味しい。
「姉ちゃん、大丈夫?」
「なにがよ。…はぁ、朝から嫌なもん見たわ。」
「姉ちゃん…。ヤブ兄ちゃん以外…知ってるから、隠さなくていいんだよ。」
「うっ…うるさいっ!!」
…スグの目が可哀想な人を見るような、そんな目をしていてなんだか不快だ。顔が少し熱くなる。あぁ、もう食べてしまおう。
「今日は遠方からのお客さん来るから、ちょっと大人しくしてろよ。」
布団を片付け終わったのだろう。
ヤブ兄がそう言ってキッチンへと入った。
「またよそ者?」
少し嫌味ったらしく言う。正直言ってそれよりも気になることがある。あの“電話の女”のようにヤブ兄に女の知り合いが他にいない確証はどこにもない。つまりは、女か男かという些細なようで…とても非常に最もっ!!重要な回答が残っている。
「あぁ。パルデアのリーグの人でな。多分視察だろう。あっちはジョウトにいた時からの仲。ただそこまで親しくはないがな?親父について行って友達なんてちょっとしかできなかったし…。」
ため息混じりにそう言うヤブ兄。
ヤブ兄がめんどくさがってるってことは、追い出しても大丈夫ってこと。だって、ヤブ兄がめんどくさがってるんだもん。私がやることも正当よ。
「…姉ちゃん…嫌なことさ、考えてる…。」
「なによ。嫌なことって。ヤブ兄はそいつが来るのが嫌、私はよそ者が来るのが嫌。キタカミから追い出してWin-Winじゃない。」
「コラ。大人しくしてろってのに。」
そう言ってヤブ兄は苦笑いしていた。ヤブ兄を困らされる奴には直談判(物理)も辞さないわ。
「食べ終わったら、勝負するのか?」
「あったりまえよ。今度こそ勝ってやるからね。」
秘策だってある。楽しみだ。私には私が勝つ未来が見える。勝ってヤブ兄に褒めてもらえる。いや、その先だって…。
「ふふふ…。」
「姉ちゃん…おっかねえ…。」
「見てなさいよっ!!吠え面欠かせてやるんだからっ!!」
私の最強チームで絶対に勝つっ!!
※勿論、負けました。
熱湯以外の対策してないんだからそりゃそうなる。