「ヤブ兄が風邪をっ!?」
…朝、私の元にキュウコンがやってきた。自分から外に出ることのないこの子がうちまで来るなんて珍しいことだなんて…気楽に思ってた。恐らくキュウコンが打ったであろうスマホロトムのヤブ兄のチャットには『アルジ、カゼ』とだけ書いてあった。
慌ててヤブ兄の家兼店へと入る。表口は案の定開いてなかったので、勝手口から入る。勝手口も鍵はかかっているけれど…植木鉢の下に置いてあるという私とスグ、そして、ヤブ兄だけの秘密だった。
「ヤブ兄ッ!?」
靴を急いで脱いで一足飛びで二階へと上がる。確かにヤブ兄が今日は仕込みをしていなかった。いつも一階に降りて何か作ってるのに。
「…ゼイユ…?」
いつもよりも弱々しい声が聞こえる。
ヤブ兄の額には濡れた手拭いが置かれていた。少し無造作に。顔は真っ赤で、多分いつもの癖で仕込みに行きそうになったヤブ兄を留めるために、ファイアローやアップリューが止めている。
「ちょ、ちょっと!?体調悪いなら動かないでよッ!?」
「べ…別にこの程度、どうでもい…ゴホッ…。」
マスク越しに聞こえる声はくぐもっていて、少し鼻声だった。動きそうな身体を私はなんとか寝かせる。…ヤブ兄の身体は服越しでもわかるくらい筋肉質で硬かった。スグなんかとは比べ物にならないくらいしっかりしていた。
「お前…なんで…。」
「キュウコンがウチまで来たのよ。今、スグが色々持ってきてくれるから。」
さっきスマホロトムにじーちゃんから連絡があった。スグながらよくやったものだ。なんだか、私がすぐに出ていってしまうってこと、見透かされてるようだけど…そんなことはどうでもいい。
「あちっ…。アンタ、この状況で店やろうとしてたってのっ!?」
額に手を当てると火傷しそうなくらいに熱い。あぁ、もう。手拭いもちょっと温いじゃないっ!!
「ま、待ってなさい。いい、動いちゃダメッ!!動いたらはっ倒すからッ!!」
「…病人にも容赦ない…。」
「いいっ!?返事はッ!?」
「…はい…。」
弱々しい返事が後ろから聞こえる。取り敢えず下へと降りて、キッチンのボウルを一つ。そこに氷と水を張り、こぼさないように二階へと持っていく。家の外からウインディが心配そうに中を眺めていた。あの子、大きすぎて中へと入れないもんね。
取り敢えず、そこに手拭いを入れていい感じに冷やす。それでヤブ兄の汗ばんだ前髪を少しあげ、そこに手拭いを置く…っと。
「どう?少しは楽になった。」
「…あぁ。ありがとう。」
「っ!?…ど、どういたしまして。」
ぷいっとつい横を向いてしまう。ヤブ兄の笑顔ってなんかずるい。熱を出してるのはヤブ兄なのに、私の方が熱くなってくる。
「ヤブ兄、お腹、空いてない?」
「…食欲…ない。」
「でも、食べないと…でしょ?うーん…。」
流石の私でも手の込んだものは作れない。ヤブ兄の料理をあーだこーだ言っても素人の子どもが出来る技量は限られている。
「…おかゆ…作ってある…。」
「…は、はぁ!?アンタ、台所に立ったのッ!?そんな身体でッ!?」
「…食欲ないときゃ…おかゆ…。」
あぁッ!!もうっ!!馬鹿じゃないのッ!?
取り敢えず下へと行こう。おかゆを温めるぐらいはできるし、と思って周りを見てればコンロの上に土鍋が置いてあった。火をつけて数分。少し周りがぐつぐつしてきてから、適当なお椀に次いで持っていく。
ちょっと熱い。やりすぎたかもしれない。
「…お椀だけで…持ってきたのか…。」
「お盆に置く時間なんてないでしょッ!!…ほら、食べなよ。」
ヤブ兄の布団の横にレンゲとお椀に入れたホカホカのお粥を置いておく。…水も持ってきたほうが良かったな。
「…食わせて…。」
「…は?」
弱々しく吐かれたその言葉に思わず、口が開く。ヤブ兄はゆっくり起き上がるとこちらの返事を聞かずに、口を少し開けた。…ってか、これってあーんってやつよね…!?そ、そんなのまだはやっ…!?
「んぎ…あっ…くっ…。わかったッ!!わかったわよッ!!…ほら、あ、あーん。」
「…美味しい…。」
風邪だから、いつもみたいなかっこよさはなくて…。ふにゃりと笑った笑顔は、いつもよりも可愛く感じて…。心臓がギュッと掴まれたような感覚がする。
…なんか、ヤブ兄の顔が見れない。スグを看病した時はそんなことなかったのに…。
「…ゼイユ?」
「…わかったわよ。はい。」
餌を待つ小鳥のように、口を小さく開けて待つヤブ兄。それが少し面白い。
「アンタ、私にこんなことさせてるってことは覚悟できてんでしょうね?」
「…かく…ご?」
「治ったらなんかしてくれるんでしょうねってことっ!!この村一の美少女である私に看病までさせるんだから、生半可なことじゃ許さないわよ?」
ちょっとずるい感じもするけど、仕方ない。こんな弱々なヤブ兄は後にも先にも見れないかもしれないから。それにいつもとぼけたふりをして意地悪してくるのはヤブ兄のほうだ。このぐらい許されるだろう。
「…んぅ…あ…じゃあ…結婚…する…?」
「………は?」
………は?は、はぁ!?
け、けけけけ…結婚っ!?やばっ…顔、熱い…!?ヤブ兄の方、まともに見れない…!?
「生半可…じゃない…だろ…?」
「アンタ馬鹿じゃないのっ!?な、何言って…!?」
「…?」
何その、何がおかしい?みたいな顔は!?
全部おかしいでしょっ!?色々とすっ飛ばしすぎッ!!
「アンタね…!?遊びかなんかで言ってたら、ドガース丸呑みにさせるわよ!?」
あの唐変木で鈍感で馬鹿なヤブ兄がこんなこと遊びで言える人じゃないのはわかってる。もしかしたら、スグとかあのサザレとかいう女とかが変なことをヤブ兄に吹き込んだのかもしれない。
「…ゼイユは…俺のために…色々…してくれたから…。俺のこと…嫌い…?」
「それはす…嫌いじゃないけど…!!そういう意味じゃないのッ!!アンタも大人なんだからわかるでしょっ!?好きとか嫌いとかじゃなくて…順序ってもんがあるじゃないッ!!」
キュウコンもそうだと頷いている。いつも冷静な子だけどこの発言ばっかりは驚いていた。
「…そっか…じゃあ…何して欲しい…?」
「あ、え?…私が決めるの!?…え、ちょっと待って…。」
小首を傾げてこちらを見るヤブ兄。まさか、こっちに振られるとは。まぁ、さっきみたいに突拍子のないこと言われるよりはマシか。
「…林間学校が終わったら…どこかに連れて行って。スグは入れずに2人で!!…それでどう?」
…スグにはちょっと可哀想だけど、今回ばかりは譲ってもらう。ヤブ兄ならキタカミ以外の場所も知ってるだろうし、先生も許してくれるだろう。ヤブ兄なら先生と知らない仲じゃないし。
「…わかった。楽しみにしとく。」
「え、えぇ…!!こんな可愛い私を独り占めできるんだから、感謝なさいよね。」
「…いつもしてる。」
「うっさいわねっ!?」
…なんかいつもより素直すぎて、こっちが恥ずかしくなってくるわ。
「楽しみにしてるんだったら、少しは寝なさい。お皿洗いは私とスグでしておくから。」
「…わかった。」
そう言って私はヤブ兄の部屋を後にした。お皿洗いといってもヤブ兄のせいかおかげかやることなんてほとんどない。ただヤブ兄から少し離れたかっただけだ。
…結婚…か。
「…何変なこと考えてんのよ。ばーか。」
ヤブ兄もそんなこと思うんだと…ちょっとだけ嬉しくなった。まぁ、多分、起きたら忘れてそうではあるけど。
「姉ちゃん、わや嬉しそう。」
いつのまにか来ていたスグがそんなことを言う。
「うっさいわね。手ェ出るよ。…さっさと手伝いなさい。」
「はぁい。」
…私が風邪ひいたらヤブ兄もおんなじようにしてくれるかな。ヤブ兄がどうしてもってんなら…いや、まずは…付き合うとこからかな。
結婚云々は案の上忘れるヤブサくんである。
作者も地味に風邪気味です。皆さんもお気をつけてください。