「…おや、これは可愛いお客さんだ。」
今朝方。シャワーを浴びていつも通りに店を開けようとしたのだが、入口の方から何か引っ掻くような音が聞こえた。時折、ポケモンが迷い込むことがあるのだが、今回もそのパターンだった。
見えたのはオレンジ色の六尾のキツネ。それを見た瞬間、普段、家から出ることが少ないキュウコンがその銀色の九尾をたなびかせ、外へと出てきた。
キュウコンはロコンの目をじっと見つめる。ロコンは怯えることなく、キュウコンを見て、にへらと笑っていた。
…野生が迷い込んだ…と言っていいか。というのも、そのロコン…後ろ足から血を流していた。何かしらの罠に引っかかった末にここに来たのは明らかだ。取り敢えずポケモンセンター出張所に連れて行くのがいいか。
「…すまない。少し抱き上げさせてもらう。」
そう言い、ロコンの下から手を通す。服に血がつくのはどうでもいい。今はこの子の命を救わねば…。
触ってみた感じ、骨が折れている。無理に動かすのも悪いか。
「ヤブ兄、来…どうしたのよッ!?その子ッ!?」
やってきたゼイユが驚いたようにそう言った。横にはスグリもいる。ゼイユの声にロコンは驚いたのか、先程まで怯えていなかったのにビクビクと震え出した。その身体を優しく撫でる。
「大丈夫、大丈夫だよ。…朝起きたら扉を引っ掻いていてな。多分だけど、どこかの罠に引っかかったのかもしれない。」
「…ロコン…かわいそ「なによッ!?それ〜ッ!!ロコンはなにも悪いことしてないじゃないッ!!」…姉ちゃん、声大きい…。」
ゼイユの声に酷く怯えてしまっている。ゼイユはハッと口元を隠して、モジモジとしていた。自分のせいで怯えているというのが彼女にとってかなり効いたのか、バツが悪くしている。
「うぐっ…ごめんなさい…。」
「よしよし。大丈夫だよ。…あの姉ちゃんはお前のことを心配してるだけだからなぁ。よし。」
…子どもなんざあやした事ないが、こんなところだろうか。ロコンの体温はとても暖かい。
「とりあえず骨まで行ってるから、ポケモンセンターまで行きたいんだが…。」
「ジョーイさん、まだ居なかったわよ。なんか、山の方でポケモンが大量に怪我したみたい。」
…なんてこったい。
「うーむ。じゃあ、ひとまず俺の家で保護するか。」
あんまり野生のポケモンを野生の環境から乖離させるのはダメなんだが。今回は急を要する。
「悪いが、今日は勝負できない。」
ロコンは折れた足をチョンチョンと触りながら、こちらをみていた。ひどく幼気な瞳に見えたので、親御さん等が近くにいるんだろうが仕方ない。
「何言ってんのよ。私らもこの子のお世話するわ。」
「…お、俺も…。」
当然と言ったような顔でこちらを見る2人。
まぁ、この2人なら大丈夫だろう。
「よっしゃっ!!じゃあ、私、スグ、ヤブ兄でロコン救い隊結成よッ!!えいえいおーっ!!」
「姉ちゃ…五月蝿い…。」
「五月蝿いってなによッ!!スグのくせに…!!」
「お…俺じゃなくてロコン…。」
…前言撤回。ゼイユの大声は今のロコンにはひどく強い毒だ。
「あ…うぅ…。ご、ごめんってばぁ…。」
「…まだ子どもなんだから、少しは声を調節してあげてくれ。」
そう言いながらゆっくりと玄関の扉を開く。今日は…取り敢えず休みにしよう。そうしよう。
2階に行くのはロコンに酷なので一階の座敷に布団を敷き、そこに優しく下ろす。
「キュウコン、2階の戸棚から救急セットを持ってきてくれ。」
ウチは怪我をすることが多いから救急セットの場所をみんなで把握している。キュウコンはこっくりと頷き、二階へと歩いていく。その姿はただ救急セットをとりに行っているだけにも関わらず、優美であった。
「…ヤブ兄ちゃん。なんで、ポケモンが狩猟に合うべ?ゲットとは違うんか?」
「ね、ポケモン、傷つけて何したいんだか。」
ロコンの傷の様子を見ているとスグリとゼイユのそんな会話が聞こえてきた。スグリは人一倍優しいからそんなことに気を配れるのだろう。
「生きるってのはそういうことだ。…例えば、イノムーの毛皮や歯は高音で取引されてるし、ポケモンは生きたままでも高い値段で取引される。故にハンターなんて職業があるくらい。」
…罪もないポケモンを瀕死にさせ、技マシンを作る野蛮人もいるくらいだしな。勿論、それ相応の理由があるんだろうが。
「強さを求めるためには何かを犠牲にしなくちゃいけない。可愛かろうがなかろうが、命に変わりはない。だから、食べる時は頂きますって感謝の気持ちを伝える。それを忘れたら人間もポケモンも変わらないだろ?…だから、狩猟で生計を立ててる奴もいるし、必要悪ではあるんだよ。」
「だからって、罪のないロコンが傷つけられて良いわけないじゃないッ!!」
「…だろうな。俺たちが吠えても無駄口にしかならない。だけど、この子はちゃんと治して帰してあげよう。それだけが俺たちにできる礼儀だ。」
綺麗事だけどそう言うしかない。
そんな会話をしているとキュウコンが口に救急セットを咥えて下へとやってくる。
「ありがとう。キュウコン。」
さて、包帯と…傷薬と…。あとはオレンの実あたりでジュースでも作ってやるか。
「ねぇ…私も手伝わせてよ。」
立ち上がった俺にゼイユが真っ直ぐな目を向けてきた。口は悪いが、元々は優しい子だ。それが空回りすることが多いだけで…。
「あぁ。ありがとう。」
「あ、やっ…うん。」
…さっき注意したからかやけにしおらしい。顔も逸らして、少し耳も赤い気がする。
「適当にお前らの飯とロコンのご飯作るから、ゼイユはスグリとロコンの世話してあげてくれ。」
「え?あ、うんっ。…ロコン、さっきはごめんね。びっくりしたでしょ?」
エプロンを着付ける最中、後ろでゼイユが優しい声色でそう言う。元々、人に驚かない子だったので、ロコンはそのゼイユの伸ばした手にトンっと手を置き、微笑んだ。
「…可愛い…。」
などと、ゼイユはうっとりしていた。
しかし、あの子…ロコンの親は何をしているだろうか。人里まで我が子が降りてきたら、誘拐されたと思って怒髪天をついて、山から降りてくるところだろう。ふむ。
「考えてても始まらないか。」
…オレンの実をくし切りにしていき、ミキサーにぶち込む。そこへ、モモンと少しのりんご果汁を加え、ミキサーを起動。そうすりゃ少し粘度の高いオレンの実スムージーの出来上がり。
俺らのご飯は卵焼きに、昨日の味噌汁の残り…卵白でも溶き入れ、混ぜる。で、あとはご飯と…魚でも焼こう。王道の和定食って言ったところ。漬物も欲しいが…漬け忘れたな。
「あははっ。どうしたの?ロコン。そんなに私のお膝、いいの?すりすりしちゃって…。」
「…なんでこんなに姉ちゃんに懐いてるんだ…。」
「そりゃ、私が美人だからよ。ねー?」
晩はカレーでいいか。ガラルのカレー粉、余ってただろうし。
「出来たぞー。」
「「はぁいっ。」」
2人分のご飯をカウンターへ置き、ロコンの分を底の深い皿に移す。スプーンで掬いながらロコンの前に見せる。…少し警戒しているな。
「…大丈夫だ。ほら。」
優しく声色を変えてスプーンを前に出す。…わかってくれたのか、ロコンはそのスプーンの上の液体をぺろりと舐めた。うん。気に入ってくれたみたいだ。
「お前の親はどこにいるんだ〜?んー?」
その声を聞いていないのか、ロコンは皿の上のご飯をガツガツと食べていく。…まぁ、詳しいことは食べ終わってから…でいいだろう。
ポケモンらしい話。
ゼイユといちゃつくのもいいけど、こういうのも乙でしょ。