田舎の喫茶店   作:紳爾零士

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体験留学その1

…ジャガイモ、にんじん、こんにゃくを等間隔に切り分ける。玉ねぎは半分に切って薄切りに。豚肉は食べやすいように切り分ける。

 

「助かるよ。ソウブレイズ。」

 

こと、切ることに関しては彼女は指折りだ。

後で褒めてやらなくちゃいけない。そりゃ、人数が人数だ。とてつもない量が必要…っと。次は鍋へ。

 

寸胴鍋の中に油を敷き、肉を先に炒める。肉、次に入れた野菜に火が入ったら、笹掻きした牛蒡と蒟蒻を入れて軽く炒めた後、水を入れる。そこに出汁を入れて一煮立ち。そのあと、味噌を溶かす。

 

…今日は暑いから、冷たいものも用意しておこう。遠方のお客に、少しの労いを込めて。

 

りんごを洗い、賽の目状に切る。

 

沸騰寸前のリンゴジュースにゼラチンを入れ、透明なプラカップに入れて、りんごを入れる。それを冷蔵庫に入れたら終わり。簡単だが、固まればひんやりして美味い。

 

「…ふぅ。」

 

…すこし余ったな。

 

「…ん?」

 

背中に何やら軽くこつんとした感触を感じる。鼻を過ぎ去るのは優しいフローラルな香りだ。

 

「どうかしたのか?…ゼイユ。」

 

「…ちょっとむしゃくしゃしてるの。だから、こっち見ないで。」

 

…こりゃ。噂は本当らしい。

体験留学生はパルデアのチャンピオン様で、ゼイユは負けたのだ。おそらく、手加減していたのだろうが。

 

「お前くらいなら誰でも苦戦するだろ。」

 

「…ヤブ兄って意地悪だよね。私、ヤブ兄に勝てたことないのに。」

 

意地悪ねぇ。

 

「ほら。リンゴのコンポート。」

 

冷やしてないため、少し温かい。

形を保った果実煮と言った方が近いかもしれない。ゼイユはそれを見るとトコトコと縁側に座り、自分の横をバンっと叩いた。…こりゃ、相当来てるな。

 

2人分のそれを持って縁側へと座る。ふと香るのは生い茂る緑の香り。田んぼを占める稲が風に流され、そこから沢山のポケモンと子供たちの声が聞こえる。

 

「どうだ。他校の子は。仲良くなったりしたか?」

 

「…さっきの話聞いてた?」

 

「聞いてた聞いてた。」

 

不貞腐れた顔を見ると、よそ者、負けたという事実がやっぱりえらく突き刺さってるんだろう。あまり弄り過ぎたら、帰ってくるのは怒髪天を突く攻撃。…考えるだけで恐ろしい。

 

「友達出来たら賑やかになるじゃん。ここに連れてきて、みんなでご飯食べ…「いや。」…え?」

 

「ここは。…私とヤブ兄とついでにスグの場所だもん。よそ者なんかに敷居は跨がせないわ。」

 

「…あっそ。」

 

不貞腐れたゼイユを見て、失敗したことがわかる。いつものぷるぷる震えるアレではないが…どことなくしおらしい。こっちは客が増えればいいなぁ程度に考えてたけども。

 

「で?スグリは。」

 

「よそ者とレクやってる。…管理人のおっちゃんの考えてたやつ。」

 

「それ、お前も行かなきゃいけないだろ。」

 

「やぁよ。…私の相方、つまんない男だもん。」

 

…哀れだ。猫被りゼイユに煽られるだけ煽られて結局その程度の仲で終わる。何人の男子生徒が犠牲になってきたか…。

 

「それに…私が他の男と会ってて何にも思わないわけ?」

 

「…いやぁ…。」

 

じとっとこちらを見る目。

金の瞳に映る俺の顔は何処となく情けない。カランっという器とスプーンが干渉する音が聞こえる。縁側に置かれた器の上には空虚。

 

…言ってしまえば、自信がない。

ここで何か言ってしまえば、こんなムードも何も無いところで自分の気持ちを認めてしまうのではないかと。

 

視界の隅に映る店先からこちらを見るキュウコン。…助ける気はないようだった。ソウブレイズが向けるのは哀れみの目。

 

何を言うのが正解だろうか。確かに少し…胸がざわつく。

 

「…じゃあ、こうしておくか。」

 

「え?」

 

…考えた末に浮かんだのは…虫除けだった。

自分の首にかかったネックレスをゼイユの首にかける。どっかで買った安物だが、ないよりマシだ。

 

「…これって。」

 

ゼイユがネックレスを掴んで、キョトンとした顔をする。その頬は意味に気づいたのか、少し色づいていた。ほんの少し…赤く。

 

「無くすなよ?」

 

…首筋が少し寂しくなった。

安物をずっと付けてたのはファッション…というわけではなく、確か何かの記念に買ったもんだったと思う。記憶に残ってないってことはその程度だが…。

 

「…あ、ありがと…。」

 

縁側で少しモジモジとしながらそのネックレスを見るゼイユを見て、初めてそれに価値が出たと感じた。

 

「ほら、行ってこい。明日は待ちに待った祭りだぜ?」

 

「…それ、ヤブ兄が待ってるだけじゃないの〜?」

 

「バレたか。」

 

きゃっきゃっきゃっきゃっと笑い合う。

先ほどの不機嫌から一変、吹っ切れたように笑うゼイユを見て肩の荷が降りた。若いうちはいろんな人と会って、色んな人と友達になっておくもんだ。

 

「それじゃあ行くね。…今日のご飯、期待してるわ。」

 

「おう。…いってらっしゃい。」

 

行ってきますと微笑みながら手を振るゼイユ。

どうせまた、帰ってくるんだろう。…明日のための甚平を探しておくかな。

 

…1人で部屋に入った瞬間。…さっきのアレがフラッシュバックする。馬鹿馬鹿しい。俺はアイツのなんだってんだ。昨日も…その前も。

 

「…あ、マジか。」

 

…昔の友人…今はパルデアでジムリーダーをしている友人が俺に言ったのを思い出した。『お前は人の気持ちに気づけないからもっと人に寄り添え』と。鈍感だから…って怒られた。

 

井草の香りのする畳に座り込む。壁にかけられた姿見に映るのはへたれこんで、自分の頬を触る腑抜けた青年の姿。

 

…『勘違い』だった。『勘違い』のはずだった。気づいたつもりだったのか、あるいは…。子どもの戯言程度に思っていた。酒を飲んで朦朧としてたし、俺も気分が良かったから…。

 

「あれって…ガチかよ…。」

 

そう思ったから顔が真っ赤に燃え上がる。

酒でもかっくらったかのようだ。ずっと一緒に居たのに…考えないようにしてたらしい。キュウコンが尻尾で俺の背中を叩く。

 

その顔はやっと気づいたのかと怒っているようだった。いつからだ。いつからアイツは…。

 

「…あーあ。俺も…バカだぁ…。ほんと。」

 

…キュウコンに睨まれる。その通りだと背中を叩かれる。…満更でもないんだ。その顔は答えてやれと言わんばかりだった。

 

「…わかったよ。」

 

撫でられる銀色の毛が柔らかい。喉を鳴らし、ゆっくりと左右に揺れ動く九尾に自然と笑みが溢れる。

 

「…さてと。」

 

どうせ、気まずくなればまたどっかに消えるだけだ。キタカミに別れを告げようが、気ままに旅をして…。

 

…アイツらと別れるのは嫌だなぁ。考えたこともなかった。

 

「あーあ。全く。」

 

…どうなったかはそうなった時に考えるか。何故か、穏やかな気分になる。ざわざわが解けて、爽やかになった感覚。肩の荷が本当の意味で解けたような。

 

夏のせいだか、顔が熱い。

 

「…俺は素面で言えるかな。」

 

ボソリと呟いた言葉が反響する。

あんまりぐちぐちしてるとキュウコンに頭をもやされそうだ。

 

「うぐっ!?」

 

座る俺の腹に何かが飛んでくる。

うちの居候のロコンだ。足が治ってからこのお転婆はいつもこうだ。腹を前足で掘るように叩いては遊んで遊んでと上目遣いでねだってくる。

 

…おかげで緊張は解けた。ロコンの頭も撫でてやると目を細めてご機嫌に笑っていた。

 

「…ありがとよ。」

 

本人にはその気はないだろうけど、少し勇気が湧いてきた。さてと、その為ならば、あったかい飯で迎えてやらねえとな。

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