「ほぉら。召し上がれっ!!」
公民館に並べられる料理。レクリエーションに勤しんだ腹ペコ若人たちの歓声が心地いい。きゃっきゃっと食べる中にはスグリとゼイユと共に過ごす女の子の姿があった。
「美味しい!!」
「でしょ〜?ヤブ兄のご飯は世界一なんだからっ!!」
「…なんで姉ちゃんが胸張ってんだ…?」
…なるほど。あれが次世代のチャンピオンクラスか。
ネモ…という名前の女の子なら聞いた試しがある。チリから何度も。どうでもいい話の口の軽さは彼女は信頼できるからな。
「オリエンテーリング。意外と舐めてたけどいい活動じゃないか。」
「だね。」
「うぉっ!?びっくりした…。」
…背後から気配がすると思ったら。あれだ。ゼイユとスグリの先生…名前は確かブライア先生だったかな。どことなく、異質な雰囲気を感じる人。
「君がヤブサくん…だったかな?初めまして、ブライアだ。」
「ゼイユから噂は予々。なんでも、テラスタルについて研究なさってるだとか。」
出された手を握る。しなやかでとても柔らかい。所謂、大人の女性といった様子で色気も感じさせる。と言っても実際、対面してみると男の本能よりも胡散臭さというか言い表せない怖さというものも感じるような。
「ふふ。そうなんだ。ヘザーの著書、バイオレットブックにはテラパゴスというポケモンの存在が示唆されている。テラスタルの研究を突き詰めれば、テラパゴスに会えるかもしれない。そう思うと胸が躍らないか?」
…たおやかな笑みを浮かべながらそう言う彼女は根っからの研究者のようだ。テラスタルか…。うちの親父も民族学や地域的歴史なんてものを研究していたが、その過程で勿論、テラスタルの話も出たことがある。なんなら、オーブの実物も持ってるし。
「うちの親父も研究者だったんですよ。勿論、バイオレットブックの話もよく聞かされていました。オカルト本と本人は揶揄してましたが。」
「それが世間からの反応だろう。だが、私はただのオカルトではないと考えている。テラパゴスは実在するのだとね。」
…好奇心は猫をも殺す。
今あったばかりの女性だ。別になんの感情も湧いてない。どこまで行っても研究バカは治らない。それが生き甲斐なのだから仕方ない。
そう思いつつも、目の前の女性は穏やかな笑みを浮かべている。端正に整った目鼻立ちは男性かと見間違えるほどにしっかりとしていた。
「ゼイユ達を振り回すのは勝手ですが、彼女らをあまり危険な目に遭わさんでください。」
「いたくご執心だね。…私も生徒達を危険な目に遭わせるのは遺憾だ。君との約束は守らせてもらうよ。」
「…そうですか。」
…なんだろう。信用ならないな。
「…。」
「どうしたの?ゼイユ?」
背中からそんな声が聞こえる。嫌な気配がして後ろを振り返ると、そこには…フワライドのように頬を膨らませたゼイユの姿があった。…少々、軽率だったか。無言で俺と先生の間に入る。
「ぜ、ゼイユくん?」
「…みんな食べ終わってるみたいですよ?先生。」
「え、あ、あぁ。ありがとう。」
…言い表すこともできない覇気を発しながらそう言うゼイユ。キッと向けられた目に先生も少したじろぐ。
「ではヤブサくん。研究談義はまた後日。みんな、キタカミの料理を食べ終えたら、奥で休みたまえ。それではまた明日。」
その先生の声を皮切りにその場はお開きとなった。
ギュッと袖を握る手がわなわなと震える。あー、顔を見るのが怖い。多分ものすごい形相でこっちを見てる。公民館の天井を見てやり過ごしてるが、これも潮時か。
「まぁた、楽しくお話ししてたわね?ヤブ兄?」
「え、あー。すまない。」
「…な・に・が?」
…語気が強い。後ろのスグリと女の子がある意味怯えたような表情をしている。
「えー。あー…そ、そろそろ祭りだろ?ほら、準備してきた方がいいんじゃないか…?」
「お祭りは明日よ。」
顔を見たものの、にっこりと笑っているのに威圧を感じる。
「ヤブ兄?別に他の女の人にデレデレするのはいいけど、スグリやアオイのいる前で情操教育上悪いんじゃなくって?私は別になんとも思わないけど?」
「それもそうか。悪かった。」
「〜〜っ!?」
…流石ゼイユだ。髪の手入れが行き届いている。柔らかい。…いや、まぁ、こんなこと考えてないとやってられないわけだけど。意外と恥ずいな。
「ひゃうっ…ば、ばかぁ…。」
当のゼイユも顔が真っ赤だ。
完全に牙を抜かれた狼のようで。いつもの毒舌は何処へやらと。…本心から言うとずっと撫でていたくなる。いつ爆発するかはわからないが。
「こほん。…ヤブ兄ちゃん、そこら辺にしとくべ。姉ちゃんが死んじまう。」
「あ、あぁ…悪い。」
…スグリの声で我に帰る。
目の前のゼイユの顔を見れば、真っ赤どころの騒ぎじゃなかった。アオイなる女の子も顔を真っ赤にしてゼイユの様子を見ている。思春期の子に見せるべきではなかったか。
「いつもの癖で…。」
「…そ、そそ、そんなんで明日大丈夫?普段の私でこれだと私の甚平姿に見惚れてぶっ倒れるわよ?」
「ふむ。」
顔は多少赤が差しているものの、いつもの様子を取り戻すゼイユ。髪を手でしかし、そうか。甚平か。…祭りだから甚平か。
「…。無理かも。」
「そうそう、無理……へ?」
呆気に取られたようにそう言うゼイユ。
スグリも開いた口が塞がっていない。
「ヤブ兄ちゃん、変なものでも食ったか!?」
「いやだって、そりゃあ、俺、こいつのこと、す…「うわぁあ!!わぁぁあぁあっ!!」んぐ…!?」
突然、ゼイユに口を閉じられる。
思春期2人はびっくりした様子でこちらを見ている。
「ちょ、ちょっとこっち来なさい!!バカっ。」
「お、おいっ。ちょっ…ま…。」
…まだやることあるんだけど…。
「アンタねぇ〜!!なに言おうとしたわけ!?」
「いや、だから。お前の気持ちに応えようと。」
「…スグにもアンタにもデリカシーってものを据え置きしたいわ…。」
すごい剣幕で言われたかと思えば、頭を抱えるゼイユ。…やっぱりムードってのは必要だったか。
「あそこにはアオイもいるのよ!?変にナメられたりしたらどうするわけ!?」
「…そこかい。」
「それに、あ、あんなとこで言ったら…は、恥ずかしいじゃない…。」
…こういうところを見るとゼイユも女の子なんだなと実感する。素行やらなにやらは餓鬼大将並みに横暴なのだが。顔を真っ赤にして…少し下を向いて…。幼少期から知ってはいるが、ここまでしおらしい部分はあの日以来。ゼイユを助けた日以来かもしれない。
「…もっといいタイミングで言いなさいよ。どうせ、応えなんて解りきってるでしょ。」
「…ゼイユ。」
「…ちゃんと言わなきゃわかんないから。ちゃんと言ってよね。」
そう言って誰も見えない場所で、俺の身体にギュッと抱きついてきた。恥ずかしいのだろう、顔を胸に埋めるように。細すぎて、抱き返したら折れてしまわないかと思ってしまう。
「わかってるさ。」
視界の端に、片付けているキュウコン達が見える。早く行ってやらなきゃまた背中を焼かれてしまうな。そんなことを考えながら、ゼイユの身体を優しく抱きしめた。
これで…付き合ってないんだぜ。
ヤブサのはいつになることやら。では、