てらす池。
鬼が山山頂にあるキラキラと光る池はどこか神秘的な様子を感じさせる。ガクガクの山道を走るウインディは風の如く。後ろにゼイユを乗せて、その細い腕を腰に巻かせ、走りゆく。意識したことはなかったけれど…ほのかに香るシャンプーの匂いが鼻を突き刺す。アオイちゃんは先になんたらドンに乗って行っているらしい。
「しっかり捕まっていろよ。」
「うん。」
何とも華奢な腕である。
月並みな言葉だが、力を入れればへし折れてしまうだろう。少し硬めのウインディの首筋に手を回しつつも、神速となるその速さはガタガタの山道を最も容易く、上がっていく。
「ヤブ兄。…痛い。」
「…ん?あ、ごめん。」
…どうやら、無意識にゼイユの手を掴んでいたようだ。雪かと見間違うほど白い肌が少し赤くなっていた。後ろを見るとこちらを少し睨むゼイユ。頬を少し膨らませているが、頬が少しあからんでいる。
「…もう。そんなに強く握らなくても何処にも行かないってば。」
こちらの真意など知らずか知ってか。ゼイユがまた調子づいたように笑って見せる。
「なんだかんだ鈍臭いところあるからな。お前が落ちかねないと思ってたら無意識に握ってた。」
…少し意地の悪いことを言ってみる。
「はぁ!?はっ倒すよッ!?」
と、後ろから怒声が聞こえてきた。なんだかんだ元気だ。
「ハッハッハッ。全く、その元気なら大丈夫だ。」
アレ以来…水のある場所にはゼイユはあまり近寄らない。こんなど田舎でそんなことは不可能なのだが、時折見せる苦しそうな顔が一緒にいることで随分と和らいだ。今から行くのはそんな水のある場所なのだ。だからこそ、これほど元気なら此方も胸の荷が降りる。
「もうすぐ着くぞ。…って。」
「…なによ。さっきのお返し。」
もはや何も言うまい。背中につけられた柔らかい感触が何をしているか示している。耳元で健やかな息遣いが聞こえる。
「…なんか言ってよ。私結構、恥ずいんだからね。」
「………柔らかい。」
「……バーカ。」
素直な感想を言っただけだが、一蹴されてしまった。昔は気にしなかったのに…今は全然違うんだと感じてしまう。女に触れたことがないわけではない。ただ、それは娯楽的なそれで、今は違う。…本人には口が裂けても言わないが、この子は特別なんだと感じる。ただ、今はただそれが心地いい。
「…何してるんですか。」
「「あっ。」」
そんないざこざがありつつ、てらす池のあたりへと気が付けばついていた。先客のアオイちゃんは何やら居た堪れないような…そんな目をしている。
「先に着いてたのね。アオイ。」
ウインディから飛び降りたゼイユが髪の毛をかき上げ、そう言った。もはや何も言うまい…。アオイちゃんの横であくびをするなんとかドンを見つつ、ウインディの鬣を撫でる。よく頑張ったなぁと心を込めて…。心地良さそうなウインディ。…ありがとう。そう語りかけ、ボールに戻す。
「…こんなポケモンがいるのか。」
これでも研究者の端くれだ。父の真似事にも近いが板についたものだ。伝承とは何処にでもある。それが気がつけば、あの日見たホウオウに近づくと思っている。
「ミライドンって言うんです。…何度も私を助けてくれた。私の相棒です。勿論、他の子達もですけど。それでも最初の相棒です。」
その言葉になんとか…ミライドンは目を細め、キュ〜っと声を上げる。しなやかなバイオレットの体、機械じみたその身体からは想像できないほど生物らしい。アオイちゃんも聖母のような笑みを浮かべていた。ボールとは違う彼女らの絆の形がそこにあった。
「ヤブサさんはなんでここに居るんですか?」
「ん?」
「ふと疑問に思って。」
…今の子には俺みたいなおじさんがこんな所にいるのは少し不自然なのだろうか。
「サザレさんはなんか…ポケモンを探してるらしいんですけど、ヤブサさんも…。」
「…昔、父親に一度、ピクニックに連れて行ってもらってね。」
そのことはゼイユにも言ったことはない。アオイちゃんと話をしていて複雑そうな面持ちだったが、話を切り出した途端…その顔から興味心が垣間見えた。自然と添えられた彼女の右手に自身の左手を絡める。遂にはアオイちゃんは何も言うことはなくなった。
「仕事がらいろんな場所に行って、研究していることが多かった。ジムリーダーでもなんでもない。親父の後を追って色んな場所に行くんだけど、数週間で出るから友達なんかできなくて。…物心ついた時から母親がいなかったし、親父と一緒にいることが多かった。ピクニックに行ったのは何も言わない俺を見かねた親父の配慮だった。その時だ。…雨上がりの空。虹の橋がかかったその上空を巨鳥が飛んでいた。子どもながらに興奮した。…もう一度会いたいと思うほどに。」
「…だから、ジョウト地方に?」
「そ。自分はジョウト生まれだし、その草原がジョウトだったのをただひたすらに覚えていたからね。自分がここにいるのはずっと探し求めていたからかも。…まぁ、今は。」
…強くなった彼女の手を握り返す。ただ優しく。
このじゃじゃ馬にはこれから苦労するだろう。ホウオウの次いでではない。長年探していた何かを見つけただけのことだ。
「さぁて。水晶探すか。お爺さんが待ってる。」
そう、優しい声色で言う。アオイちゃんは素直な子だ。すぐさま池の中へとミライドンとともに飛び込んで行った。バシャバシャと音を立てては池のポケモンが驚くだろうけれど…。
「アオイっ!!そんなにバシャバシャしたらっ!?」
ゼイユの叫びも束の間、アオイちゃんのその音に反応して池から現れたのは…ミロカロスだった。美しい方向をあげるや否や、ミロカロスが放つのはドラゴンテール。
「危ないッ!!」
アオイちゃんのその言葉に反応し、ゼイユを抱きしめ、そのまま跳び避ける。水の中に入っちゃダメだ。ゼイユは泳げない。
「頼む。」
ボールを投げると現れるのはファイアロー。大きな咆哮を上げ、アオイちゃんのものだろう…ムクホークと平行に並ぶ。
「ファイアローッ!!エアスラッシュッ!!」
…一難は去った。たまらずミロカロスは逃げていったが、そこには水晶片が残っていた。アオイちゃんがそれを拾い上げ、満面の笑みで此方を見る。
「…結果よければ…か。」
「んっ…やぶっ…にぃ…!!」
胸元でモゾモゾとゼイユが動く。強く抱きしめすぎた。ビンタ1発を覚悟して、腕を解くが、離れない。そりゃあそうだ。ゼイユの方もこちらを抱きしめているのだから。
「…おいおい。アオイちゃんも居るのに。」
「…ありがとう。助けてくれて。…大好き。」
抱きしめ返された彼女の頭を優しく撫でる。柔らかな感触が指に残る。しおらしくそう言う彼女の頭には何があるのかわからない。だが、子どもだから…愛情表現がこのようなことしか出来なかったんだと考えてしまう。それでいい。学んでいけばそれで。必然と指でゼイユの顎をあげる。その意味を理解したのか…目を閉じる彼女に顔を近づける…。
「こほん。」
その一部始終を見ていたアオイちゃんの咳払いによって遮られた。
「…私もいますけど?」
アオイちゃんの顔が真っ赤に染まる。それを見ていたゼイユも顔が赤い。…胸の奥で心音がけたたましくなる。意気地なしめがと。こちらを呪うような声が耳に響く。何も知らないファイアローが小首を傾げてこちらを見る。
「…帰ろっか。」
いつからか離れていた俺たちは複雑な心情のまま、下山を始めた。お爺さんから何かあったかと聞かれたが、ミロカロスの後の話は何も話さなかった。ただ…繋がれた手はずっと離れなかった。
心情の変化。
というわけでお待ちしていただいた方々、ありがとうございます。別にここで終わるわけではないです。御安心を。沢山の感想が励みになります。ありがとうございます。
取り敢えず碧の仮面は完走したいなぁ。全然覚えてないけど…。がんばりまーす。気長にお待ちください。もっともっとイチャイチャさせます。日常系の壊れる音がするぜぇ…。