「ヤブ兄ちゃん…。」
「いらっしゃい。」
今日は珍しく、やってきたのはスグリの方。姉のゼイユはおそらくそのうち来るだろうと野生の感が示しているが、どっちみちやることは変わらない。とりあえず、いつものカウンター席に通す。うちは狭いので、一階…店スペースは机と椅子×4のセットが三つとカウンター席のみ。キッチンで場所取りすぎたみたいだ。
「んで。どうした?また姉ちゃんと喧嘩か。」
「ん…。姉ちゃんに…勝負で負けた…。」
そんなことかと考えながら、肉を挽いていく。牛と豚を一対一で混ぜ合わせる。今日は試作。肉料理を作ってみようと考えていた矢先に、ベソをかいたスグリが店に来たってわけだ。
手でこねた肉の塊と飴色に炒めた玉ねぎをあわせ、そこに卵黄、パン粉、牛乳、おろし生姜を入れ、更にこねる。手に肉がつくので形成の時はゴム手袋を使っている。衛生面も大事だからな。
「そんなことで泣くなって。アイツが強えだけなんだからさ。」
「だけんど…姉ちゃん、ヤブ兄ちゃんにいつも負けてる。」
「いや、俺とアイツは相性がいいだけで…。」
レベルも違いすぎるし、育成環境も違う。戦術も違うだけでゼイユは天才肌だと思う。
さて、料理の方はというと。
小さなフライパン『スキレット』に油をひき、楕円の肉玉を乗せ、表面に焦げ目がつくよう少し潰し、焼く。片面2〜3分程度。そのぐらい経ったらひっくり返し、そのまま2〜3分。
両面に焦げ目がついたら、少し水を流し蓋を被せ、蒸し焼きにする。水分が無くなるまで火にかける。油がなくなるとソースが作れなくなるため、要注意。
「姉ちゃんは俺をいじめたいだけ…なんだ。…だから、あんな…。言い方も…きついし…。」
「…そうかな?」
「…ヤブ兄ちゃんには…懐いてるから。」
…下を向いて何かを考え込むスグリ。その顔は現在のキタカミの空のように暗かった。
俺は話しながら、水分のなくなったスキレットに自家製ケチャップと中濃ソース、醤油に砂糖を加え、そこに野菜ガラで作ったブイヨンスープを入れて一煮立ちさせる。それをさらに盛り付けず、スキレットのまま。そこに薄くしたチーズを乗せて軽く炙る。
…試し試しだからどうなるかはわからないが、とりあえず完成。スキレットバーグとでも呼んでおこうか。
「ほら、スグリ。腹が減っては戦はできぬ…だろ?」
「…う、でも…俺…お金…。」
「要らねえよ。美味いかどうか、試し試しなんだから。」
少し塩っ辛いかもしれない。
スグリはポットデスの持ってきた水と目の前のスキレットバーグに目を向ける。フォークで押さえ、ナイフを入れると…肉汁がソースの上を流れる。それを追いかけるように流れるソースを肉と絡め、スグリは一口。
「熱っ!?」
舌を火傷した。
すぐさま、水で流し込むスグリ。目には涙を浮かべ、舌を外へと出している。
「…なんもわからなかった。けど…ヤブ兄ちゃんのご飯、食べたら…なんかあったかくて…好き。」
「愛情込めてこねてるからな。ただこれは失敗だな。その手の人に怒られる。…これはお前らにだから出すメニューだ。」
「…俺ら…だから?」
キョトンとしてこちらを見るスグリ。その口には…鼻にもか、ソースが少しついていた。かけてあるハンカチをスグリに渡すと少し照れながら、その顔のソースを拭き取る。
「…ゼイユはお前とは違う意味で口下手なんだよ。アイツはなんでもド直球。考えてることが口に出るし…でも、その実はお前が大事なんだと思うよ?」
「…そんなこと…ねえべ。そりゃ、ヤブ兄ちゃんには…姉ちゃん、もんのすごい、懐いてるけど…。」
「あぁ、知らなかったっけ?…アイツ、俺と初めて会った時はよそ者扱い、罵詈雑言を飛ばしてきたよ。」
「わやっ!?そんな…。」
今思えば、笑い話だ。
ゼイユは小さい時から全くもって変わらない。こっちが精神年齢も身体年齢も上だったから、そんなことされても無視してたってだけで、まさにキタカミの番犬だった。その度に、管理人さんやアイツの爺ちゃんに叱られてたっけ。
「…まぁ、そんなこんなで親父がここの地質調査してた時に…ゼイユが川に溺れてたんだよ。」
「わやっ!?…た、確かに姉ちゃん…およげねけども…。」
「しかも、最悪なことに、バシャバシャ慌てるもんだからシザリガーどもが向かってきやがってなぁ。…知ってる顔が殺されるなんて嫌だろ?だから…飛び込んだ。」
…あの時は…バシャバシャと川を泳いでゼイユを陸上へと上げた。…だが、俺が上がろうとした時、俺の脇腹に酷く重い殴打が突き刺さった。シザリガーの一撃は岩なんて軽く破壊する。知らない仲じゃなかったからだと助けたのが馬鹿を見たのかもしれない。
「そのまま診療所に入れられた。…集中治療だ。背骨もいってなかったから良かったが、右半身から痛みが二週間以上響いていたよ。」
「…うげ。姉ちゃん、クソじゃん…。」
「謝りに来なかったわけじゃない。ただ…ピーピー泣いてた。」
そう言うとスグリの顔が驚愕に変わる。あのゼイユが泣いている姿なんざ考えたことなかったのだろう。
「…泣きながら、ごめんなさい、ごめんなさいって言ってたよ。だけど、こっぴどく叱られたんだろうなぁ…。相当怯えてた。だから、もう良いって撫でてやったんだよ。」
「なんで!?…死にかけたのに…。」
「そりゃ、今までのことを考えたらぶん殴りたくなるがよ。そんな元気ねえし。…それに今までのことを償うつって毎日、看病に来てくれたんだ。俺は親父しかいないから、そういうの嬉しくってさぁ。」
そう言うとスグリの顔が三度キョトンとした。
…まぁ、あれだ。死にかけて看病されて嬉しいなんて馬鹿だって考えてるんだろうなぁ。ハンバーグも半分くらいしか無くなっていなかった。聞いてるキュウコンが開かれた眼差しでこちらを見る。
「すぐに死ななかったのはゼイユの大声のおかげだった。ゼイユのせいで死にかけて、ゼイユのおかげで生きてたんだ。親父も俺がバカだって笑ってたよ。ヒーローになろうとしなければ、そこで女の子が死ぬ。…でも、馬鹿は馬鹿でも俺の誇りだってな。お前はそこで動いた。そんな人間はこの世にそう居ないって。俺はそれが嬉しくってな。」
「…でも…姉ちゃんのせいで…。」
「結果良ければ全てよし…じゃあないけどさ。けど、シザリガーもゼイユも誰も悪くない。それでゼイユだけ責めてもいけないだろ?な?」
一端のように、顔を暗くさせたスグリの頭を優しく撫でる。スグリは少し顔を赤くして、俺の方を見ていた。もう誰かに頭を撫でられるような歳じゃないはずだからな。
「…で?盗み聞きとは酷いじゃないか。ゼイユ。」
「え?」
「…っ!?」
…さっきからゼイユの髪が入り口から見えていた。外はさっきから大雨だ。だから、ゼイユの服もびしょびしょ。自慢の美顔も髪に隠れていて、まるで泣いてるかのように。
「姉ちゃっ!?…なんでっ!?」
「…ごめん。さっきは言いすぎた。…スグ、ごめんね。」
「わやっ!?…お、俺も…ごめん。姉ちゃんのこと…嫌いだなんて…。」
ぽつりぽつりとお互いの話を吐露する。
なんだかんだ言ってこいつらはお互いが素直で…お互いが口下手なんだ。だから、誰かが面と向かって話すタイミングを作らなくちゃいけない。姉弟なのにめんどくさい。家族なのにめんどくさい。
「…ヤブ兄も…あの時は助けてくれて…ありがと…。」
「何回目だ?…この話はスグリに聞かせてやりたかっただけだよ。ほら、さっさとお風呂入ってきなさい。沸かしてあっから。」
そう言って、キュウコンの持ってきたタオルを被せる。ゼイユはキャッと声を上げるものの、そのタオルで顔を隠してコックリと頷いた。…服は俺ので良いだろう。
「スグリもそれ早く食べちゃいなさい。洗うから。」
「う、うんっ!!」
元気よくうなづいたスグリの横でキュウコンの毛を優しくブラッシングする。悪天候の日はどうもコイツの毛が乱れて敵わない。…雨の日は何もできないから困るな。温かいスープでも作ってやるか。
たまにこういう話も乙かもしれない。
良い加減レシピがなくなってきて悲しい。今回のゼイユはしおらしい。たまに見せてたものね。
ヤブサはゼイユのそういうところを知ってるからああいう距離で接せるのですわ。