元Ⅶ組の二人と飲んで語らった翌日。
ナギトはレグラムに向かった。
「よ、悪いな。足労かけちまったみてぇで」
ナギトを駅で迎えたのはトヴァルだった。
トヴァル・ランドナー。ギルド屈指のアーツ使い、その実力はA級相当だと言われる遊撃士。
「サラとフィーは依頼を片付けに行ってる。迎えがむさい男だと気が滅入るか?さっさと支部に行っちまおう」
サラが出迎えに来てた場合は罵詈雑言を浴びせる気でいたのだが、トヴァルが相手だとそうもいかない。
ナギトは「いえいえ、そんなことは」と言い、遊撃士協会レグラム支部に向かうトヴァルの後を追った。
支部の受付では、マイルズが笑顔で迎えてくれる。
「やあ、よく来てくれたナギトくん。ささ、座ってくれ」
マイルズはソファを指差して茶を準備する。
ナギトがソファに座るとトヴァルもその対面に座り、テーブルに資料を広げた。
「さて、今回の仕事についてだが。サラたちが帰って来る前にちょいと予習しておこう」
ナギトがレグラムに足を運んだのは、遊撃士としての仕事を依頼されたからだ。話を聞いたのは今朝早く、サラからの通信で目が覚めた。
詳しい内容は不明だが、政府との話もついているようでナギトはレグラムに向かったのだ。
トヴァルの話によると、今回の依頼主は帝国政府との事。
依頼の内容は、サザーラント州における違法賭博の取り締まり及び主催者の拘束。
事の起こりは内戦──十月戦役と歴史書に記録された時期にまで遡る。
帝国全土を巻き込んだ内戦だったが、その炎による煽りを受けたのが一番小さかったのがサザーラント州だった。サザーラント州の統治者たるハイアームズ侯爵は四大名門では穏健派として知られており、内戦時には多くの難民を州内に避難させたという。
しかし、いつ終わるとも知れぬ内戦下での日々──という状況にストレスを感じる者も少なくはなかった。そういう者たちのストレス解消のために始められたのが違法賭博だ。
違法賭博を始めたのは州都セントアークより離れた地、レグラムからエベル湖を挟んだ対岸の小さな町であった。その町に避難してきた者たちのストレスは限界に達しており、暴力沙汰が起こる事もしばしば。困った町の領主は暴力沙汰を起こした者たちを集わせ武道会もどきを開催したのだ。その武道会もどきそのものに営利は発生しないものの、そういった類のものには必然と賭けが発生する。誰が勝つか、誰が優勝するか。内戦の不安を武道会の熱狂で打ち消した形となった。
やがて内戦が終結し、武道会での賭博が発覚したため領主は逮捕される。これで違法賭博も終焉に向かうと思われたが、事態はそう簡単ではなかった。
そもそも、領主が始めたのは荒くれ者を集めて闘わせたのみ。そこには賭博という要素はなかった。が、人々は自然と賭けを始めるようになり、いつしか賭博行為は組織的に行われるようになった。
内戦後のごたごたであらゆる組織が動けない中でさらに違法賭博組織は発展を遂げ、ついに帝国政府が動くも逮捕できたのは賭博組織の下っ端のみでトップと思われる輩には辿り着けなかった。
領主が逮捕され後継もいないその地は現在、帝国政府が暫定統治しており、現状のままでは帝国政府の面子は丸潰れ───という事で遊撃士協会に依頼が回ってきたのだ。
おそらく帝国政府が本気になれば、すぐにでも叩き潰せる程度なのだろうが、そこが厄介なのだ。
その気になればいつでもできるのなら、内戦が終わりクロスベルを併合した直後…バタついている今にやる必要はない。
わざわざ政府が動く程の組織なのか?
その問いに否と答えさせるのが、賭博組織のトップは巧いのだろう。
政府が動いて賭博組織を潰したとして得られる利益は、動いた分に見合わない。だから政府は様子見を決め、近場のレグラムにいる遊撃士に依頼したのだ。
依頼を承ったレグラムの遊撃士三人だったが、この件には帝国情報局も絡むという話であり、その故があってナギトはここにいる事が許されたのだ。
「……出来過ぎじゃないですか?」
一通り話を聞いたナギトはトヴァルに尋ねる。トヴァルが「どうしてそう思う?」と問うとナギトはため息をついた。
「話がトントン拍子に進んだもんだな、と。トヴァルさん、逮捕されたという領主に側近……というか意見できる人物はいましたか?」
「ああ、エドワードという秘書がいた」
「秘書…」とナギトは呟く。貴族に秘書。メイドや執事ではなく。
しかし、問題はそこではなく。
「その人、逮捕されてますか?」
「いや、内戦終結前後から行方不明だ」
「決まりですね」
「決まりだな」
トヴァルとしてはテストのつもりだった、この問いかけをナギトはあっさり解き明かした。
つまるところ、犯人は誰か?
トヴァルが事前入手した情報を合わせると、容疑者は浮かび上がる。
逮捕された領主の秘書だ。件の秘書は領主に民衆のストレス解消のためと言いくるめて武闘会を開催させ、その裏で賭けを発生させる。内戦終結後は武闘会開催者の領主が逮捕され、満を持して主催者に成り代わり、利益を得る……といった経緯だろう。
ナギトが話を聞き終えてしばらくして、ギルドの扉が開く。現れたのは、見知った顔三つ。
サラ、フィー、それにミリアムだ。
これで今回の作戦に参加するメンバーが揃ったわけだ。
☆★
作戦会議を終え、一息ついたところで夕食を摂る事となった。受付マイルズを除く全員で宿酒場へ向かい成人組はビールを飲み、未成年組は紅茶を片手にケーキを食べる。
「それにしても、まさかミリアムが来るなんてねぇ。あたしはてっきりナギト一人が助っ人なのかと思ってたわ」
「情報局が絡むとは聞いていたが………今回のヤマは小さくないとは言え、これだけのメンツだと確かに過大戦力だな」
サラとトヴァルが切り出した話に、ナギトも頷く。帝国政府が動かない案件であるために遊撃士に解決を求めながらも《鉄血の子供達》二人を向かわせる。矛盾している。ナギトが来なかったとしてもミリアムがサラたちに合流すれば、事態は充分に解決できたはずだ。
それを何故ナギトまで巻き込んだのか。ナギトに助力を頼んだのはサラだが、それを認めたのはオズボーンだ。本来ならマクバーン拘束の作戦開始まで帝都にいなければならなかったはずのナギトを、わざわざサザーラント州にまで向かわせて仕事をさせるとはどういった思惑があるのか。
ナギトには遊撃士としての顔があるとはいえ、《鉄血の子供達》の一人であると露見する可能性があるならば───、そこまで考えてナギトは呟く。「ん?まさか、そういうことか?」と。もしそれが事実なら迂遠と言わざるを得ないが、確かに効果的ではある。
夕食後、明日から始まる作戦に備えて各自で早めの休息を取る事となった。
ナギトがギルドの前で就寝前の柔軟を行っている最中だった。ギルドの扉が開き、フィーが姿を現した。
「おう、フィー。どうした?」
こんな時間にわざわざ来たという事は、他人に聞かれたくない話をしに来たのだろう、とナギトは思って話を促した。
フィーもそんなナギトの気遣いに応えて、早速本題を切り出す。
「S級に打診されたって聞いたけど、ホント?」
「……断ったけどね」
「どうして断ったか、聞いてもいい?」
「面倒だったからかなー。本部の役員ら、俺を利用するつもりだったみたいだし。S級になると自由な時間が減りそうだったし」
「ナギトらしいね」
「つーかその話、ミリアムからか?」
ナギトがそう問うと、フィーは「うん」と答えた。案の定というやつだ。これで夕食時の推測に信憑性が増した。
ナギトの推測とは。
まず前提としてオズボーンがナギトがS級への昇格を打診されたと知っていなければ始まらない。が、それはミリアムが証明してくれた。ミリアムがナギトがS級昇格を打診されたと知っていたのはオズボーンから聞いたためだろう。
では、オズボーンはいったいどこから情報を入手したのか?答えは簡単、遊撃士協会本部のから。帝国ギルド襲撃事件以来、遊撃士の活動は大幅に制限された。これは帝国政府───オズボーンの意向によるものだが、これで帝国と遊撃士協会との間には友好な関係は築けなくなったかに思えた。が、文字通り“裏”ではまだ繋がっていたのだろう。ナギトがS級昇格を打診されたのは“裏”での話だ。その場で無くなったはずの話が表に浮上する事はない。
だが、協会が未だナギトのS級昇格を諦めていなかったら?
話はまた別のものに変わって来る。
ナギトにはすでにS級相当の実力はある。足りないのは実績だ。だったら活躍させればいい。
ナギトがS級になったとして、得をするのは遊撃士協会だけではない。オズボーンもまた得をするのだ。
クロスベルの守護神と呼ばれた男がいた。《風の剣聖》アリオス・マクレイン。
A級遊撃士として大陸に名を馳せる彼は、紛れもなく正義の味方と呼ぶに値する人物だった。
クロスベルが帝国に併合されるようになった原因───クロスベル独立宣言。ディーター・クロイスが提唱したそれに、アリオスは賛同した。それどころか、齢10に満たぬ少女を利用し己が願望を叶えようとする黒幕の一味だった。
クロスベルの守護神、レミフェリアの救世主、《風の剣聖》。そんなアリオスが、クロスベルを不利にする行いをすると誰が予想した?
オズボーンの狙いは、まさしくそれである。
S級遊撃士として活躍するナギト・ウィル・カーファイが《鉄血の子供達》の一人だと誰が予想できる?
かつて貴族連合で総参謀を務めたルーファスがそうであったように、対立あるいは険悪な組織の一員だというのは良い隠れ蓑になるのだ。
そういった由でオズボーンはナギトを今回の依頼に参加する事を許したのだ。
「なるほどね………、そういえばフィー。ちょっと前に気づいたんだけど、遊撃士になれるのって16歳からじゃなかったっけ?」
フィーは未だ15歳。遊撃士になれるのは16歳からだ。遊撃士協会の規約に定められているものだが………
話題を変えたナギトにフィーは「あ、それは」と語り始めた。
「サラとトヴァルがゴリ押ししたみたい。帝国じゃ遊撃士は不足してるし、どの道今年16歳になるからって」
「それで通るんだな……」
Ⅶ組の一員として内戦終結に協力した功績もあってのゴリ押しだろう。それに《西風の妖精》としてと名が通っていたため、そういう意味でも実力は認められていたと思われる。
「よし、そろそろ寝るかな。フィーもあんまり遅くならないようにな」
話し込むと長くなりそうなので、ここらで会話を打ち切っておく。
ギルドの扉を開けるナギトの名をフィーが呼ぶ。
「作戦、がんばろーね」
「うん、がんばろう」
ナギトはらしくなくにこやかに微笑んでギルドの中に消える。仮眠用のベッドに向かう際にナギトは前にレグラムにいた時の事を思い出していた。フィーはナギトと一緒に仕事をしたがっていた、という記憶だ。
どうしてフィーがそう思ったのか考えてみる。………西風の2人に言われた言葉。似ているとされた人物。記憶を取り戻し《理》に至った今のナギトならば確かに似ているのかもしれない。
その人物こそはフィーの養父であり《赤い星座》の団長《闘神》と相討った男。
「《猟兵王》か……」
《西風の旅団》団長ルトガー・クラウゼル。
フィーはその影をナギトに見ているのだろうか。…………自分はそんな大物ではないのに、と思う自分を戒める。紛れもなくナギト・ウィル・カーファイは剣の達人であり物事を見通す術にも長けた大人物なのだと自分に言い聞かせる。
この世界について知った今、そんなものは全て妄想の産物だと理解しながら。
☆★
「よし、それじゃあ行きますか」
ギルドを出て皆にそう言い、港に向かう。
その途中でちらりとアルゼイド邸を見やった。レグラムに来たものの、ついに会う機会はなかった。もともとラウラは修行に行ってるのだし会えるとは思っていなかったのだが。実際に会えないとなると少し寂しい。心のどこかでは期待していたのだろう。
しかし、それも今となっては意味のない感傷。
ナギトたちはサザーラント行きの定期船に乗った。