サザーラント州が辺境、ひとつの町にて。
かつての領主が民の慰安のためと開催した武道会にて、その初期から王者の地位と名誉を欲しいままにした男がいた。
「おっとぉ!先に現れたのは我らがチャンピオン!《豪腕》グレイアスぅぅーーー!」
グレイアスと名乗る巨漢。熊のような体躯に全身のいたるところにあるタトゥー、スキンヘッドと来れば完全にその筋の人と思われても仕方ない風貌の彼は、この武道会で《豪腕》と称されるほどに連勝を重ねていた。
その彼に対峙するは、黒髪の小柄な青年。グレイアスと比較すれば矮躯と言っていい彼は、いつもの得物を携えてはいない。当然の如く、この武道会が素手によるものと決まりがあるからだ。
結果は火を見るより明らかである。グレイアスに賭けた者たちですら青年の悲惨な未来を嘆くほどに。
────しかし。
「対するは飛び入り参加のルーキー!まだ見ぬ新人はどんな技を見せてくれるのか!ウィルぅー・エルフィーーーードっ!」
しかし、対する青年に。ナギト・ウィル・カーファイに恐怖の色は微塵もない。
ナギトは構える。八葉一刀流は八の型の構えだ。八の型は得物を失った時のための無手の型。
グレイアスもまた構える。両腕を前にした攻守に優れた構えだった。
「Ready Fight!」
違法賭博組織の主催する武道会にナギトが参加しているのには理由があった。
時はレグラムでの作戦会議まで遡る。
「武道会ってのはあくまで娯楽……賭博組織があっても、実際に賭けをやってるのは民衆だから、その民衆を武道会って娯楽から飽きさせてやればいいんじゃないですか?」
そう発案したのは、ナギトだった。
帝国政府より遊撃士協会に依頼された仕事。
サザーラント州辺境にて開催される武道会における違法賭博の取り締まり及び主催者の拘束。
それを実行するためにはどんな作戦が有効なのか、どんな策を弄するべきか、議論するナギト、サラ、フィー、トヴァル、ミリアム。
遊撃士と情報局員という身分に分かたれた仲間だが、この場での目的は同じであった。
「それ、具体的にどうするのよ?」
と、サラが尋ねてきた。即座に却下されないあたり、有効であると考えられたのだろうか。
「素人目に見てもわかる八百長をする」
いかなファンでも八百長が行われていると知れば熱は冷める。しかも、それが素人目にもわかる大々的に……というなら尚更だ。
「まずはこの中の一人……例えば俺がその武道会に参加し、そこで絶対王者になる。連戦連勝を重ねる俺がミリアムと戦う事になったとして、そこであっさり敗退する。当然オッズ的にはミリアムが数倍になってるはずだから、そこで莫大な利益を得た人がいたとなれば、そいつが俺やミリアムと繋がって八百長をしかけたのは明白だ。一回でダメなら何回でもやって八百長を素人目に見ても明らかにわかるようにする……………そうすれば観衆はつまらんと匙を投げ出し、違法賭博は実質的に破綻する」
「絶対王者って、ナギト…さすがにビッグマウス」
「まぁ自信があるんだろう。八葉一刀流には無手の型もあるって言うしな」
「あはは、今のナギト、レクターみたい」
フィー、トヴァル、ミリアムは口々に感想を口にする。今のところは反対意見はないようだった。
「それで、その八百長で莫大な利益を得る人物ってのはどうするつもり?」
「それはもちろん─────」
「言っておくけど、私たちの誰かって答えはなしよ。さすがに遊撃士協会としてアウトでしょ」
「ぐ」とナギトは言葉に詰まる。依頼達成と併せて小遣い稼ぎをしたかったのだが、どうやら遊撃士としていけない選択のようだ。
しかし、こちらの陣営で八百長をしなくてもやりようはある。
「……現地で協力者を探します」
「そんなに上手くいくかしら?」
「まあ、大丈夫でしょう。異物が入り込めば何らかの動きはあるはずですよ」
いつもの笑みを浮かべるナギト。場の全員がナギトには何らかの策があると確信した。
こういったニヤリとした笑みをしたナギト、通称ブラックナギトの弄する策は結果的には上手くいく。という実績が認められての事だった。
尤も、クロウ救済のための“正義の味方になるために悪を為す”作戦ではそんな笑みすら見せずに全てを実行してしまったわけだが。
「それじゃあ次は、主催者をどう拘束するかだね。ナギト、これについて何か策はあるの?」
違法賭博の取り締まり……ではないが実質的な破綻についての目処は立った。なら次は主催者の拘束についてどうするかという問題が浮上する。
「んー、ないけど。これもやっぱり現地協力者に手伝ってもらうのが手っ取り早いんじゃないかな?」
「そんなに協力してくれる現地人がいるかしら。さすがに厳しいんじゃない?」
「一度だけとは言え、政府が動いて捕まえられなかった相手だ。……それなりに厄介な奴だと思うぜ」
サラとトヴァルの2人に「考えが甘い」と言われるナギト。遊撃士としての経験が長い2人にはナギトの作戦は穴だらけに見えるのだ。
全てが上手くいく前提の作戦などありえない。
「楽観と言えば楽観ですが、この主催者の目星はついてますし、武道会の規模からして主催者が町を遠く離れている可能性は低いかと。独力で探し出すのは難しくても協力者がいれば誘き出す事もできるんじゃないですか?」
ナギトの楽観的な作戦はしかし、現実味も兼ね備えていた。
その後、ナギトの作戦に対して反対の意見や別の作戦も立案されなかったため、ナギトの作戦が実行される事になった。
ナギトたちはサザーラント州に到着した後、町に移動しまずは武道会のレベルを確認する。
「んー……まあ、大方予想通りか?」
サザーラント州辺境の町にて開催される無手の武道会に出場する選手の強さを測っていたのだが、やはり小さな町で開催されているだけの規模であり、強いと断言できるだけの猛者はいなかった。
「確かに、あんまり強そうなのはいないね」
同じく偵察に来ていたフィーもナギトと同じ結論に至った。
《豪腕》グレイアスという選手がチャンピオンらしいが、この男もあまり強くはない。
「無手のリィンでもチャンピオンになれるんじゃねえか?」とナギトはため息をつく。
まずは作戦の第1段階である、武道会の絶対王者になる、という条件は達成できそうだった。
翌日、武道会にウィル・エルフィードという偽名で登録し、作戦を開始した。
武道会出場者の控え室では筋骨隆々の男たちがひしめいていた。
中でもチャンピオンのグレイアスは間近では見上げる身長の持ち主だ。
事前に開示された武道会のトーナメントの組み合わせではいきなりグレイアスと闘う事になったわけだが、「まったくどんな新人潰しだよ」とナギトは肩をすくめる。
それも「俺じゃなかったら心が折れるぞ」という自信の表れではあるのだが、そんな様子もはたから見ればいきなりチャンピオンと当たって意気消沈した新人として映るわけだ。
「よう新人!俺はニトってんだが………お前もツイてないな、いきなりグレイアスと当たっちまうとはよ」
そんな中でナギトの様子を見かねたのか、出場者の1人が声をかけてきた。ニトと名乗った青年は「あー、いや」と言い淀むナギトに「あれ?もしかして腕に自信アリか?」と尋ねた。
ナギトはすでにここが任務地である事を思い出し、自信家の若者として振る舞った。
「ああ。グレイアスだったか?あんなでかいだけのやつなんて瞬殺よ、瞬殺」
「ほっほー、そりゃ頼もしいな。いいね、気に入ったぜ新人!お互い勝ち残ったら決勝で会おうや」
ニトは係員に呼ばれて武道会のフィールドに去っていく。どうやらニトは一回戦は勝ち進んだらしく、本当に決勝で会えたら面白いなと思うナギトだった。
☆★
グレイアスの右の正拳。常人の骨を砕き有り余る力を秘めた正拳突きは、いとも容易く躱された。
それだけでなく、豪腕による一撃に隙を見出したナギトはそのまま懐に入り込むと、アゴにかすめるような一撃を入れた後、足払いをかけて体勢が崩れた所に“破甲拳”をぶち込んだ。
それによりグレイアスはノックダウン。立ち上がる事はなかった。ナギトは宣言の通りにチャンピオンを瞬殺したわけである。
「ウィルの一撃に吹き飛ばされ、グレイアスまさかのK.O.!我らがチャンピオン、まさかの敗北!この新人はいったい何者だ!?勝者、ウィル・エルフィーーーーードっ!!」
その後、チャンピオンを倒したナギトに対抗できる者はおらず、あっさりとナギトは武道会で優勝した。
ちなみにニトは二回戦で敗退したらしく決勝でナギトと対決する事はなかったという。
その日の夜、初出場初優勝記念として宿酒場でナギトを囲み飲む出場者たち。
ベロベロに酔いつぶれた男たちを残してナギトは散歩に出かける。
5月の風が酔った体に心地良く、これがただの散歩ならどれだけ良かっただろうとナギトは想いを馳せる。
町を出て街道に出た所で、顔を布で隠した集団に囲まれる。
「おー、来たか」
ナギトはそうひとりごちる。ここまでは作戦通りだった。
「ウィル・カーファイだな?悪いがここで死んでもらうぞ」
覆面集団のリーダー格らしき人物がそう言う。
「武道会でグレイアスに賭けてた奴の差し金だな?大損させちまったわけだ」
「わかっているなら話は早い。……とっとと死ねぇ!」
襲いかかってくる覆面たち。を、制圧……もとい適度に痛めつける。
「よし、じゃあ依頼主の所に案内してもらおうかな?」
いい笑顔──逆らったらもっと殴るぜ──的な顔でそう言うナギトに、覆面は頷くしかなかったという。
キィ、と蝶番が音を立てて扉が開かれる。
途端に覆面の男たちは力尽きたように倒れ込み、待っていた男を驚かせる。
「ど、どうしたお前たち!?奴は始末できたのか?」
覆面たちのリーダー格が這いながら依頼主の男に寄り、口を開く。
「う、ぐ……申し訳ありません、我ら全員返り討ち、のみならず………」
その時、扉の影からナギトが姿を現す。
「よし、クロ確定だな。おっすオラナギト!遊撃士だよ!」
「なっ、遊撃士だと!そうか貴様、ウィル・エルフィードは偽名か!」
「さすがに話が早いな。別に逮捕しに来たわけじゃないから警戒しないでくれよ」
計画の第2段階、現地協力者の確保──開始。
散歩に出たナギトの目的はこれだった。
武道会ではこれまで負け知らずだったというグレイアスに賭けるのがベターな選択だ。が、ナギトが出場してしまった事でそのグレイアスが敗北し、グレイアスに賭けていた人物は損をしてしまった。
それでもまだ、ギャンブルを楽しんでいた輩ならマシなのだが、武道会の賭博で確実で莫大な利益を得ているような者は大損し、その原因となったナギトを襲う可能性はあった。
蓋を開けてみれば案の定であり、ナギトはこうして協力者候補と会う事ができたわけだ。
ナギトは語る。
遊撃士協会と情報局が協力して武道会における違法賭博の取り締まりと主催者の拘束を行おうとしている事、現地協力者を求めている事等。
協力してくれるなら武道会を破綻させる際の八百長に一枚噛ませて儲けさせてやる、と。
「協力しなければ……」とは言わないが、男も無能ではなく、協力を拒めば逮捕されるのはわかっていた。
男……パックマンと名乗った彼は二つ返事で協力者となる事を引き受けるのだった。
パックマンの話によると主催者らしき人物は1週間後に武道会に現れるらしい。
こうして、一日目の夜は更けていく。
2日目 : 再び武道会で優勝し、早くも絶対王者説が囁かれ始める。
3日目 : ニトが武者修行だと言って町を出て行く。三度武道会優勝。
4日目 : 四度目の武道会優勝。グレイアスと再び対戦して心を折る。
5日目 : 五度目の武道会優勝。パックマンの儲けを三割貰い着服する。
6日目 : 六度目の武道会優勝。絶対王者説、確定。
7日目 : 七度目の武道会優勝。
☆★
「ついに明日になりましたが、そちらの首尾は?」
「ああ、何とか内部に入り込む事はできた。明日のトーナメント、一回戦でお前さんとミリアムが当たるようにしといたぜ」
ARCUSでの通信を宿酒場に借りた一室で行うナギト。相手はトヴァルだ。
トヴァルには武道会の運営内部に入り込んでもらい、トーナメントの組み合わせをいじってもらう役目があった。八百長による武道会の破綻に追い込むため、選手と賭けた人物のみではなく運営まで八百長に一役かっていると知らしめるための策だった。
「サラやフィーとも連絡はついた。明日の包囲には間に合うそうだ」
「そうですか……」
サラとフィーには領邦軍に応援要請をしに行ってもらっている。主催者に逃げられてしまった時のために町を包囲するためだ。この町にも領邦軍の駐屯地はあるのだが、違法賭博組織との癒着が考えられるために頼るという策は廃案となった。
領邦軍としては内戦後立場が弱い今、帝国政府に貸しを作れる機会はありがたいだろうと応援要請をしたのだが、どうやら上手くいったようだ。
「どうした、何か心配事でもあるのか?」
ナギトの懸念を孕んだ声音にトヴァルが気づき、指摘する。
「いや…」と一度は口ごもるナギトだったが、念には念をとその心配事について話すことにした。
「実は……─────」
☆★
「先に姿を現したのは、これまた可愛らしいチャレンジャー!しかし見た目で侮るなかれ、我らは知っている、ウィル・エルフィードの研ぎ澄まされた一撃を!さあさ、今回のルーキーはその細腕からどんな技を見せてくれるのか!ミリアムぅーーーー・オーーーライオーーン!!」
ミリアム・オライオン。未だ幼き少女だが、情報局に所属しており、武装たる《アガートラム》を解放した時の強さは折り紙つきである。
しかし、今回の武道会では《アガートラム》は使用不可であり、アガートラムなきミリアムは少女の見た目のままの力しか持たない。
賭けとして成立するかどうかもわからない大穴だ。
しかも、その少女と相対するのは………
「さあっ!今日もやってきた、我らが絶対王者!1週間前突如姿を現し、当時のチャンピオンを瞬殺K.O.した男!!ウィルぅーーー・エルフィーーーーーードっっっ!!!」
相対するのは、武道会の絶対王者たるウィル・エルフィードだ。勝ち目なぞハナっから存在しない。
───はずなのだが。
「……………あれ?ウィルぅーー・エルフィード!」
ミリアムが登場した控え室より逆側から現れるはずの王者の姿はなかった。
司会者はまたウィル・エルフィードの名を呼ぶが返事はなく、またウィルがその姿を現わす事はなかった。
これにより、ミリアムは不戦勝し二回戦に勝ち上がる事となり、ウィルvsミリアムの対戦でミリアムに賭けていたパックマンは大儲けした。
司会席より上方、いわゆるVIPルームにその姿はあった。
ジェネシス・アフレイア。
当時の領主の秘書エドワードであり、領主を唆して武道会を開催しそれに賭博を持ち込んだと目される人物。エドワードもジェネシスも偽名のようだ。
ジェネシスはすでに町で開かれる武道会、違法賭博に興味はなく、すでに違法賭博で稼いだ金で帝都で起業していた。
清濁併せ呑むやり手らしきジェネシスは月に一度ほどの頻度で武道会の様子を見に来ていた。それもつまらない作業ではあるのだが、今回は新たにチャンピオンとなったウィルという男がいるらしく、久々に胸を高鳴らせていたのだが。
「まさか登場しないとはな。………フン、腕次第では私の護衛にしてやったものを」
「悪いが、貴方ほどの小金持ち程度じゃ俺を雇う事などできはしません」
ピタリ、と首筋にあたる鉄のひんやりとした感覚。動けば首を刎ねられると直感したジェネシスは目線を動かして、首に突きつけられているのは剣だと確認した。
「何者………、いや、ウィル・エルフィードか。護衛がいたはずだが?」
「あぁ、その護衛とやらはみんなおねむの時間らしくてな、寝てもらってる」
「音も立てずに……!武道会の闘士が私に何用かね?」
「俺はナギト・カーファイ、遊撃士だ。帝国政府の依頼によりこの武道会における違法賭博の取り締まり、そして主催者の拘束を目的としている。
「遊撃士だと……!それに帝国政府……!?」
「動くのが面倒って政府が小間使いにおつかいを頼んだのさ。さて、ジェネシス・アフレイア……お前がこの武道会の主催者という事で間違いないか?」
「……なるほど。武道会のチャンピオンという餌で主催者を釣るといった作戦か。貴様がここで優勝してから僅かに1週間……ずいぶん事は簡単に進んでるな?」
ジェネシスは刃を首筋にあてられつつも振り返り、ナギトを見据えた。
「だが残念だったな!私はこの武道会の主催者ではない!」
ジェネシスの叫びに、ナギトは目を細める。
「確かに領主を唆して武道会を開催させたのは私だ。……だが、その私を唆した者がいるとは思わなかったのか?」
「つまりお前を唆した人物こそが、この違法賭博組織の首魁であり、その温床となった武道会を開催させた黒幕………主催者だと」
ここに来てしくじった。主催者を拘束するという段階に来て。
このジェネシスこそ本命だったのだが、アテが外れた。あるいはこれもハッタリか?
「そうだ!……そいつがすべて始めた事だ。内戦で受け入れた避難民たちの鬱憤を晴らす目的として開催する武道会……、その武道会で賭博を始め生じる利益を得る違法賭博組織。……そいつが領主に意見できる立場の私に接触し、私が領主を唆してこの違法賭博は始まった!」
理知的と思われた表情を崩し、興奮した様子で語るジェネシス。この男が本当に黒幕でないのなら、幾分か罪は軽くなるだろうか?それを予測しての自供なのか。
「言わば私はそいつの影武者のようなものだ。違法賭博組織の名簿には名前こそないものの、実質的な主催者として振舞っている。あいつは用心深いからな……、何かの異変を察知するとすぐに姿をくらます」
「………なるほど、交渉か」
「ああ。本当の黒幕を教えてやる。その代わりに私を見逃せ」
「………よかろう。今回の依頼にはジェネシス・アフレイアの拘束は含まれてない。俺たちが見逃しても政府に咎められる謂れはないしな」
交渉はすぐに成立した。ジェネシスの出した条件は飲むに易いものと思ったからだ。
「よし」と頷いたジェネシスはゆっくりと口を開く。
「俺を唆し、この地に違法賭博組織を立ち上げた黒幕、武道会の主催者………そいつの名は、ニト」
ナギトは瞑目して答えを受け取る。ニト。武道会の闘士。数日前に武者修行と称して町を離れた男。
「そうか、ニトが………」
ナギトは、言う。
「………やはりな」
一瞬の空白。
ジェネシスはナギトの言葉の意味を理解して目を見開き問う。
「なに、ニトが主催者だと気づいていたのか?」
「まあ、あんたが本命だとすればニトは大穴だったが。それでも予想はしてたよ」
そして、予想をしていれば対策も。
武者修行と行って町を出るニトを怪しんだナギトはその気配を追った。気配が止まったのは町から50セルジュ先だった。調べに行った所、小屋がありニトはそこをとりあえずの逃げ場にしているようだった。街道の途中にある小屋で、町から出てきた人から噂を聞いて本当に逃げるか町に戻るかを判断するつもりなのだろう。
昨晩のトヴァルとの通信で、すでにその小屋の周辺を領邦軍に取り囲んでもらうように指示していた。
「それじゃ、おやすみ」
ナギトはカッと目を見開くと、ジェネシスを失神させて余りある殺気をぶつける。
殺気をぶつけられたジェネシスは泡を吹いて倒れ、気絶した。
「“俺は”これで見逃すとする。俺以外の人が見逃すかどうかは関知する所じゃないから勘弁な?」
ナギトはニヤリと笑いジェネシスを一瞥する。
「ここにお前を捕らえようとする人が来るのが早いか、お前が目覚めて逃げるのが早いか………違法賭博組織に加担したお前に相応しい末路じゃないか?」
ククク、と笑みをこぼすナギト。自分でも性格悪いな、と思うがこういうのは好きなのだから仕方ない。やられたら嫌だけどやってる分には楽しいのだ。
「あいや、末路ってのは正しい言い方じゃないか。まだ先がある可能性もあるし……ま、どっち道もう会わんでしょ。さよなら〜」
失神したジェネシスに向かって別れを告げるナギト。その笑顔は振り返ると同時に消え失せ、表情は真面目なものへと変化する。
懐からARCUSを取り出しトヴァルにニトが主催者だったと告げ、ナギト自身も町から出てニトが潜む小屋へ急行した。
☆★
「………さすがは《紫電》に《妖精》、仕事が早い」
ナギトが現場に到着すると、そこにはすでにニトが縛られて転がされていた。
「ま、この程度ならね」
「今回はおつかいだけだったから、ここで手柄を立てておこうと思って」
サラとフィーは口々に感想を語る。今回の依頼は、内情こそごちゃごちゃとしていて厄介だったものの、黒幕ニト自身はそこまで賢くもなければ強くもなかった。悪知恵は働き、備えもするのだろうが、それを形だけで満足してしまうのが災いとなったようだ。
ナギトを少しでも怪しいと思った時点で仮に逃げるのではなく、怪しいと感じた要因を掴み本格的に逃げていれば、捕まえるのは困難になっていただろう。
「お疲れ様でした。じゃあ町に引き上げて政府に連絡しますか」
その後、ナギトたちは町に戻ると政府にニトを引き渡し、ニトが語った違法賭博組織の組員を拘束し違法賭博の取り締まりは完了した。
☆★
「結局、武道会の実質的破綻まではしなくて良かったわね」
夜、酔い覚ましにと外に出たナギトとサラ。
「……違法賭博組織のメンバーがまるまる武道会の運営員でしたからね。はじめっから違法賭博やる気まんまんだったわけです」
つまり違法賭博組織と武道会運営がイコールだったのだ。
ナギトたちは依頼内容の、違法賭博の取り締まりを八百長によって客を飽きさせる事で参加者不足に陥らせて違法賭博を実質的に破綻させるつもりだったのだが、違法賭博組織を運営する人物を余さずしょっぴいたことでその必要はなくなった。
実際のところ、運営員全員を拘束し政府に引き渡せたかどうかはわからないが、それでも違法賭博組織の人員はほぼ逮捕されたために、すでに違法賭博組織は事実的に壊滅したと言って良い。
あとは、組織を挟まずに違法賭博を行う素人が出てきた場合だが、これも考えるだけ杞憂である。個々人でやる分には難しくないだろうが、違法賭博組織が運営していたような競馬の如き複雑な賭けはできないだろう。
依頼内容は、違法賭博の取り締まりと違法賭博組織主催者の拘束。
違法賭博の芽を潰せとまでは言われてないので、これ以上はサービス残業となる。故にここで依頼は達成とするが、悪しからずという事で。
「ま、これで一応は依頼達成ね。お疲れ様、ナギト」
「教官……いえ、サラさんこそ、お疲れ様です。…………まだサラさんって呼び方が慣れません」
苦い顔をするナギトに、サラは目の前の男が自分より年下だと思い出し、軽く笑った。
「別に呼びやすい言い方でいいのよ?なんなら、サラって愛情込めて呼ぶのもありかも♡」
ナギトを茶化しに入ったサラを鼻で笑い、しかし一瞬の後に優しげな笑顔で「サラ」と呼ぶ。
呼ばれた当のサラは逆に面を食らい、「やっぱ食えない教え子だわ」と頭を抱える。いつぞやの不意打ちキッスからナギトのこういった悪戯な気質は鳴りを潜めていたのだが、ここに来て再発したようだった。
と、そこでサラの雰囲気が一変した。宿酒場からナギトを連れ出した本題に入るつもりなのだ。
「ナギト……アンタ、パックマンから今日の儲けの半分をもらったらしいじゃない。いったいどういうつもり?」
今日の武道会の対戦カード、ナギトvsミリアムの賭けに勝利した事により発生したパックマンの儲けの五割をナギトは徴収していた。
それについてサラは言及しているのだ、不正を働いてまでミラを手にする必要があるのか?と。
鋭い眼光がナギトを貫く。とても酔ってるとは思えないサラの視線に、しかしナギトはたじろぐ事無く返答する。
「……目的としては、俺がミラを不正に手にしたと上に報告される事です」
ナギトの言葉に、サラは疑問を覚える。むしろツッコミどころしかないセリフだ。自分の不正を明らかにする事が目的だったとは。
「より正確に言うならば、俺が降格もやむなしというほどの失態を犯すのが目的でした」
いつもより薄く笑うナギト。少しだけ上がった口角は、いつものように相手を試している様子を表している。
サラもナギトの回答を聞き、どうしてナギトがそんな目的を持ったのか、という答えにたどり着く。
「それは……今回の功績を失態で打ち消す形を取りたかったからね?」
「さすがです、サラ教官」
サラも伊達にA級遊撃士をやっているわけではない。戦闘力はもちろんのこと、知恵にも長けているからこそのA級なのだ。
「で、問題はどうしてアンタがそんな事をする必要があるのか……ということなんだけど、これにはS級を固辞した事や《鉄血の子供達》である事がからむわけ?」
すでにヒントは出揃っていた。ナギトがS級を固辞した事実はミリアムから聞いていたし、ナギトが《鉄血の子供達》である事は昨日アリサから連絡があって知っていた。
ナギトは肩をすくめながら「そうです」と答えるが、胸中ではサラの推察力に驚嘆を隠しきれずにいた。さすがはA級といったところなのだろうと。
しかしまあ、この様子だとすでに答えに至っているようだから自分からネタバラシする事にした。
Ⅶ組の仲間たちのようにもっと悩んでくれれば面白かったのに、と思いながら。
「今回の依頼、政府と協会が俺を昇格させるために仕組んだものだと思うんですよ」
ナギトの遊撃士としてのランクはD級。正遊撃士として新米の域を出たくらいのランクであるが、ナギトの実力を鑑みると低いと言わざるを得ない。
そのナギトの遊撃士のランクを上げるために政府と遊撃士協会が結託していたとは、どういう事なのか。
「最初からじゃないでしょうけどね。この地に昇格の名目としてちょうどいい案件があったからこそギリアス・オズボーンは俺を遣わしたんでしょうし。……俺の遊撃士としての昇格は政府というよりはギリアス・オズボーン個人の狙いです。俺は《鉄血の子供達》の一員ですが、宰相は俺の存在を秘匿し、いざという時の切り札として使いたいんでしょう、だから俺が遊撃士として活躍すればするほど、それは良い隠れ蓑となる……って感じですかね。アリオス・マクレインがディーター・クロイスに協力するのを誰にも読めなかったように、ナギト・カーファイがギリアス・オズボーンに協力する事を誰にも読ませないようにする……貴族連合参謀だったルーファスさんと同じ要領ですよ」
「なるほど……だから、今回の依頼を成功させて、それで遊撃士のランクを昇格させて《鉄血の子供達》という事実の目くらましにするつもりだったわけね」
「その通りです………ってまあ、全部推測ですけどね。でも、協会が俺を昇格させてより良く利用しようってのは間違いないです。……だから協会としては俺が何らかの活躍をすればすぐにでも昇格させたいはずなんで、今回の件はまさに昇格にうってつけと考えてるでしょうが……、そこは俺がミラを不正に受け取ったという事実により昇格はなしになる……というのが俺が描いた絵図なわけですが」
「……まったく、よくもそんな悪知恵が働くわね。って事はミラの着服も事実捏造のための偽装ってわけね。……アタシやトヴァルはまんまと騙されたわけだ」
「…いや?ミラの着服は事実ですよ、そりゃあ実際に着服しなきゃ不祥事にゃならんでしょう」
「フハハハハ!」と高笑いするナギト。いつか来る《緋玉の騎兵》との戦いに備えるために必要な事だと言われては是非もなく、サラは本気で育て方を間違えたかと頭を抱えるのだった。
「まあいいわ。報告書にはきっちり書いてあげるから安心なさい。……その代わり、今度奢りなさいよね」
ナギトは子供らしく「はーい」と返事をして宿酒場に帰っていく。
サラはため息を吐いて、エベル湖を眺める。今回の件、帰ったらラウラにチクってやろうかしら、と考える。ナギトを反省させるのは惚れた弱みに付け込むしなかろう。
この後、サラは宿酒場にて酒をかっくらい翌朝ナギトに駄肉呼ばわりされるのだが、それはまた別の話。
☆★
「んじゃ、我らがパパ殿にはよろしく伝えといてくれ!」
「あー、ずるいナギト!ボクも行きたいのに!」
サザーラントでの事件も解決し、レグラムに帰った後、列車で帝都まで帰る途中でナギトは下車してミリアムに意地悪な笑みを浮かべた。
列車が止まったのはバリアハート。Ⅶ組の級友だったユーシスの実家のある町だった。というかユーシスの実家の町だった。ぶっちゃけユーシスが領主の町だった。
ミリアムはユーシスに懐いていたし、ユーシスもそれを悪くは思っていなかった。2人は仲良しだったのだ。
その仲良しを差し置いてユーシスと会うのは気が引けるのだが、ミリアムは情報局員として行動していたために帝都に帰らなければいけない。
その点、ナギトは《鉄血の子供達》の一員であるものの、政府のどの機関にも所属してないため、誰にも命令される謂れはないのだ。建前上。
というわけでアルバレア家城館。
「ユーシスくん!あーそーぼー!」