八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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神話の戦い

 

 

結社《身喰らう蛇》使徒第七柱《鋼の聖女》アリアンロード。

 

 

 

 

 

槍の連撃を防いだ事で痺れる手をよそにナギトも一足飛びで退き、アリアンロードと距離を取る。

今やナマクラ同然の太刀を回収し“幻造”で補強する。見た目上は元通りだ。ゼムリアストーン並みの硬度を持たせられるのは難しいか。

 

 

アリアンロードは倒れ伏すマクバーンを一瞥し言った。

 

 

「どうやら少し遅かったようですね。……ナギト・シュバルツァー───いえ、ナギト・カーファイ。よもやマクバーンを上回る程に成長していたとは」

 

 

 

「多人数でかかって、騎神を持ち出して、さらに裏技まで使ってやっとですけどね」

 

 

ナギトはあくまでいつものように言葉を紡ぎながらアリアンロードの言葉に隠された解を探り当てる。アリアンロードがどうしてこの場に現れたのか。

 

 

 

「予知能力があるという結社の盟主───その彼女が唯一予知できぬ存在が特異点…つまり俺だ。俺が関わる事でマクバーンの未来が見えなくなり、盟主は貴女を遣わした………そんな所ですか?」

 

 

 

疑問符は付けたが、それはもはや洞察力などを超越した知識であった。《身喰らう蛇》の盟主──その存在は、結社を知る者であればある程度は認知するところ。しかしナギトは“彼女”と女性である事を断定していた。

使徒でこそ盟主の正体を知っているが、執行者でも一部のものしか知らない存在の性別を断定口調で言えるのはそれを知識としてもっているからだ。

 

アリアンロードは浮上した疑問を“特異点だから”という答えで納得して驚愕を表に出さない。

 

 

「大した洞察力です。しかし悪いですがあなた方の戦果は私が持ち帰らせていただきます。万全ならまだしも、今の状態で我が槍と渡り合えるとは思わない事です」

 

 

 

アリアンロードは言う。お前たちが苦労して倒したマクバーンは連れて帰る、と。それはマクバーンの拘束という命令を受けたナギトらの敗北を意味する事だ。

 

 

 

「それを易々と見逃すと思いますか?」

 

 

銃口をアリアンロードに向けるクレア。しかしそれが通用しないという事は本人が誰より理解していた。

それでも、そうしないといけないのがこの場面である。

 

 

と、その銃口の前にナギトが手をやった。

「やめておきましょう」と言うナギトの顔は敗北感に満ちているものではなかった。

 

むしろその表情は、ナギトが見せるいつもの笑みだ。

 

 

 

「正直な話、万全の状態でも勝ち目はあるかどうかわかりません。そして、今回の作戦の目的、マクバーンの拘束も果たせなくなった」

 

 

 

「だけど、それをみすみす見逃すのはちょっとどうかと思うなー」

 

 

現実を語るナギトに、ミリアムが苦言を呈する。

ナギトもミリアムの意見には賛成である。目的の達成が困難とは言え、それに対して努力したというポーズでもとらなければならないのが大人の世界だ。

 

 

 

だが、そんな前提を覆す要素がある事をナギト以外は知らない。知り得ない。

 

 

 

「しかし。マクバーンの拘束という目的を設定した我らが親父殿の狙いは、マクバーンの戦場からの永久離脱……拘束というのはあくまでその手段に過ぎません。そして────」

 

 

ギリアス・オズボーンの設定した目的はマクバーンの拘束。しかし、その真の狙いはナギトの語る通りマクバーンの戦場からの永久離脱だ。

 

 

 

 

 

「───その狙いはすでに達成されている」

 

 

 

 

自身満々に、しかし淡々と語るナギト。その姿はどこか《鉄血宰相》と重なって見えて。

 

 

 

「なんだって?もしかしてさっき言ってたのが関係してんのか?」

 

 

 

ナギトの言にレクターは先程のやりとりを思い出す。マクバーンの胸を貫いた太刀。ナギトは殺してないと、裏技を使ったと言った。

 

 

「理解できません。彼は気絶しているだけでは?」

 

 

アルティナもナギトの言葉の意味を理解できない。しかし、ナギトの見せる笑みには勝利の確信があり、それが余計にアルティナを困惑させた。

 

 

 

「それが違うんだな……いや、案外違うとも言い切れないか? …確かにマクバーンは気を失っているだけだ。ただ俺がかけた呪いによって、もう目覚める事はないがな」

 

 

太刀を肩に乗せて、フッと自嘲気味に笑う。

 

 

「特異点風に言うと、“気絶という状態異常を耐性を無視して付与した。持続ターンは無限”だ」

 

 

驚愕が全員を襲う。いったいいつ呪いをかけたのか、そもそも呪いなんて使えたのか、どうして自信満々のいやらしい笑みのまま勝利を確信できているのか。

 

 

 

「俺の呪いは、例え《鉄血宰相》であろうと。例え《星杯騎士団》であろうと。例え結社の盟主であろうと解けはしない」

 

 

ナギトが列挙した名前は未だ未知数の力を持つ人外たちだ。

心臓を貫かれても生きているギリアス・オズボーン。

アーティファクトの回収を行い、《聖痕》という未知の力を使用する《星杯騎士団》。

類稀なる能力を持つ者たちを集め、組織しその頂点に君臨する結社の盟主。

 

 

 

 

 

「内なるものが外なるものに敵わないのは道理だろう?《白面》の《空》の絶対防御をあいつがケルンバイターで破ったのと同じように」

 

 

 

 

それは、本来ナギトが知り得ない情報。

 

だからこそ、その異常さが際立つ。

 

 

 

「貴方は……いったい………?」

 

 

その不気味さにアリアンロードすら怖気が立つ。自らが信奉する盟主以上の何かを感じ取ってしまった。

 

 

 

「盟主とやらはいかなる道理か、外の理に干渉できる力をお持ちのようだ。……しかし、所詮はそれも俺から見れば内側の出来事。真に外の者たる俺の力には及ぶまいよ」

 

 

 

永きを生きるアリアンロードの目にも、ナギトが虚偽を語っているようには見えなかった。

戦闘能力とは違った、また別の力。《至宝》を超え、《外の理》を超えるその力はまさに神のような─────

 

 

 

 

「我が名はナギト・ウィル・カーファイ。クソッタレな御伽話の結末を書き換える───神への叛逆者なり。………ってね」

 

 

 

ナギトは“特異点”───本来この世界に存在しない、外からの観測者だったが、その者たちの願いが織り重なって生じた。

“クロウを死なせない”──その一念だけを抱いて生まれ、願いを果たし。消えるはずだった存在には思い出が詰まっていた。それが重石となってナギトはいまこの世にいる。言わば特異点の残滓のようなものだった。

 

 

「はははは」と愉快そうに笑うナギトと沈黙するアリアンロード。

対比になる2人だが、これは戦況の行方を左右するものではない。ナギトのセリフは半ばハッタリであり、アリアンロードを退かせるためのブラフであったが、こんな虚仮威しで退がるほど安い相手ではないだろう。

 

 

 

 

「……今回は退きましょう。貴方の呪いが如何程のものか測り得ませんが、私に下された命はマクバーンの回収……彼が斃れるまでに間に合いませんでしたが、目的は達せられます」

 

 

 

アリアンロードは冷淡にそう言い放つ。仲間としてのマクバーンに良い印象を抱いていなかったのだろうか。

 

去ると言ったアリアンロードだが、その巨大な槍を構えてナギトを睨みつける。

 

 

 

「その前に腕の一本でも貰っておきましょう。偉大なる盟主のために、貴方の存在は危険です」

 

 

 

 

放たれる威圧感はナギトがこれまで味わった事がないものだ。

 

帝国最強の剣士を超え。

 

幾度も戦った魔人を超え。

 

唯一敗北を認める、あの剣士すら超えている。

 

 

 

 

烈火の如き闘気を前にナギトは気圧される。

 

マクバーンを暴の化身とするならば、アリアンロードは武の化身だ。

 

武の到達者。武神。………しかし、それだけではない。《鋼の聖女》アリアンロードが『至高』とまで呼ばれる理由……人の身では敵わないと断言される所以がある。

 

 

それはおそらく────

 

 

 

 

 

「構えなさい。行きますよ。我が一撃を耐えてみなさい───!」

 

 

 

余計な思考を排除し、ナギトは集中する。

 

負けられないし、負けたくない。

 

 

「力を……貸してくれ、ラウラ」

 

 

 

心の中に少女の面影を浮かべ、全身に活力を込める。

 

 

 

 

ナギトとアリアンロードのやりとりを固唾を飲んで見守る4人。その誰もがナギトの不利を確信している。結社最強の男、マクバーン戦の直後に結社最強の女、アリアンロードとの戦闘とは無茶が過ぎる。

 

しかし、ナギトの目は絶望に染まっていない。

付き合いの長いミリアムは、思わず叫んでいた。

 

 

「やっちゃえ、ナギト───!」

 

 

 

 

 

 

 

 

交差する刹那。無数の斬撃が、槍撃が交わされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の後、宙をくるくると舞う刃があった。

無理をさせ過ぎたのか、ゼムリアストーン製の太刀がぽっきりと折れてしまったのだ。

 

 

 

 

「……ぐ………」

 

 

地に膝をつくナギト。すでに力尽きていた。

 

宙を舞っていた刃が地面に突き刺さり、ナギトの敗北は決定した────

 

 

 

────否。まだ終わらない。

 

 

 

 

「聖技─────!」

 

 

 

 

その技は聖女アリアンロードのSクラフト。精霊窟での戦いでも結局放たれず、しかしその凄まじさは身をもって知っている。炸裂すれば腕の一本どころかブリオニア島の地図を少しばかり書き換える事になるだろう。

 

 

 

「おいおいおい……」

 

 

 

正直な話、火力勝負では聖技を上回る事はできない。アリアンロードはナギトに“超過式”を教えた本人であり、加えて騎神のような闘気出力を誇る。シンプルに頭抜けたパワーなのだ。

 

 

だから。

 

 

 

「八葉一刀、始の太刀」

 

 

 

太刀を大上段に構える。アリアンロードの口角がわずかに上がった。

 

 

 

「そうです! 全ての根源たる一刀───見せてみなさい!」

 

 

 

聖女の烈気がさらに膨れ上がる。それだけで爆風が生じる。人は昏倒する。生物は慌てて逃げる。ここは爆心地だ。

レクターもクレアも、ミリアムにアルティナも立って見守るのがやっと。

 

 

そんな状況で。ナギトだけが静謐に身を置いていた。

 

 

 

 

「───グランドクロス!」

 

 

 

爆心地にあってただひとり、木陰で木刀を振るようにして────

 

 

 

放たれた聖光は絶死のもの。その光は極点に至った武人でさえ死を幻視するほど。弱者も強者も関係なく消滅させる神の裁き。

 

そんな風に、ぼう…と考えが浮かびながら。ナギトは太刀を振り下ろした。

 

 

 

 

「八葉一閃」

 

 

 

 

一閃。海が落ちてくるかのような圧力が瞬時に霧散した。

 

聖技グランドクロスは“八葉一閃”にかき消されたのだった。

 

 

 

 

 

「────見事。八葉の意地、見せてもらいました」

 

 

 

 

アリアンロードの称賛を、ナギトは折れた太刀を杖代わりにダウンを拒否して受け取る。

 

 

味方の称賛と驚愕はどれもこれも理解を超えた現実へのそれだ。

 

 

 

「まだ好きな女も充分に抱きしめてないんでね。腕の一本も易々とくれてやるわけにはいかないんですよ」

 

 

 

「はは…」と笑うナギトにアリアンロードは「大したものです」と顔を伏せ、マクバーンを肩に担いだ。

 

 

 

「我が聖技を打ち砕いたあなたの一刀──それはもはや世界すら斬り断つでしょう。それほどの力を持つ存在を、時代は見逃さない。覚悟はできていますか?」

 

 

転移を始めたアリアンロードに、ナギトは答える。

 

 

 

「元より。“激動の時代”───その奔流は俺が一閃してみせますよ」

 

 

 

それはきっと、世界の筋書きを変えてしまったナギトの責任だ。

閃の軌跡Ⅱから先の物語を知らない“俺たち”だが、おそらくこの軌跡はハッピーエンドを迎えるのだろう。

しかし煌魔城でクロウが死んだ事を許容できなかった願いの化身は、閃の軌跡という物語を歪めてしまった。この先の未来、どうなってしまうかわからない。良くなるかもしれないし、悪くなるかもしれない。だから、それを悪くならないようにするのが、ナギトの責任だ。

 

 

「ふ。頼もしい事です」

 

 

アリアンロードはナギトの答えに満足したのか薄く笑んで、転移の光の中に消えていく。その前に問うた。

 

 

「《槍の聖女》! アリアンロードってのは貴女が獅子戦役の時に乗ってた騎神の名か!?」

 

 

 

ある種のハッタリであったのだが、その言葉を受け取ったアリアンロードは微笑んだ。

自分と渡り合えた強者に僅かながら褒美を与えると言わんばかりに。

 

 

「良く気づきました。しかし、私の名アリアンロードは騎神とは何の関係もありませんよ」

 

 

 

人の身では敵わないと言われるアリアンロードの秘密の一端を知ったナギトは満足気に笑い、消え行くアリアンロードを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

そして─────

 

 

 

「あ……も、無理」

 

 

 

 

 

激闘に次ぐ激闘で蓄積した疲労により気絶した。

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

 

それはいつか見た幻。

 

その光景がいつ起こった事で、何なのか。今ならわかる。

 

 

 

ハーメルの悲劇。

 

 

 

帝国南部、ハーメル村にて起こった悲劇の真実。真実の悲劇。

 

帝国軍将校の一部がリベール王国との開戦の口実のためハーメル村の人々を虐殺した事件だ。

 

 

 

それを、ナギトは今、目の当たりにしている。

 

 

 

 

 

焼け落ちる家屋。逃げ惑う人々。リベール軍装に身を包むならず者たち。

 

 

そのすべてをリアルに体験している。今から十数年前に起こった悲劇が、そのままの形で再現されている。

 

 

火に近づくと熱く、煙を吸い込むと苦しい。

ナギトはまさしく、悲劇が起こっているハーメル村にいるのだ。

 

 

何が起こっている?自分は今まで何をしていた?

 

思い起こすも、今の場面には繋がらない。

 

 

 

まさか、タイムスリップ?

 

「はは…」と笑うナギト。それはありえない。

確かに自分は今、ハーメルの悲劇の最中にいる。視覚も聴覚も嗅覚もリアルに働き、それを肯定している。しかし、触覚は大地しか捉えておらず、ナギトはハーメルの悲劇に介入する事はできないのだ。

 

だから、これは紛れもなく幻でしかない。

 

 

 

 

 

ふと視界を横切るふたつの影があった。

 

 

 

 

 

「……あれは………」

 

 

 

ナギトはその2人のどちらにも見覚えがあった。ナギトの記憶にある姿より幾分若いが間違いない。

 

 

 

ハーメルの悲劇を生き残ったのは2人とされている。

たった今、ナギトの眼前を横切った2人がそうか?違う。生き残ったのは後の《剣帝》レオンハルトとヨシュア・ブライトだ。

 

ナギトが見た内の1人はレオンハルト。この悲劇を生き延び《剣帝》になるであろう青年。そしてもう1人も見覚えがあるのなら、この悲劇を生き抜いていなければ現実は矛盾してしまうのだが、彼はヨシュアではない。

 

 

ここを生き残るのはレオンハルトとヨシュアだけなのだから、それ以外の人物が後の世に生きる事はなく、ナギトと知り合うはずもない。

 

しかし、ここに確かにいるのだ。ハーメルの悲劇の生き残りの男児2人ではない、後の世に生きる者が。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼にとって不運だったのは、武器を見つけてしまった事だ。

 

それはレオンハルトが倒したならず者の剣だった。彼はそれを拾い上げ、まだ村にいるであろう最愛の妻を探しに行く。

 

 

「あの子の事は君に任せる。どうかその剣で守ってやってくれ。私も妻を連れてすぐに後を追おう」

 

 

彼が幾分か冷静なのは軍人であるからだろうか。武器があればならず者など恐るるに足らぬ。

 

レオンハルトは了解すると彼と別れて、先に村から逃げた友人たちを追った。

 

 

彼は村の中を駆けずり回り、ようやく自分を呼ぶ声を探し出し───

 

 

 

 

 

 

 

もう一度言おう。彼にとって不運だったのは、武器を見つけてしまった事だ。

 

それがなければ、身を呈して凶弾から妻を守る事もできただろうに。

 

 

 

 

倒れる妻の体。彼は怒りに身を任せ、妻を撃ったならず者を切り伏せる。

 

すぐに妻の元に駆け付けるが、すでに致命的な傷を負っていて助かりそうにない。

 

 

「カーシャ………、おお女神よ………なぜ、こんな事に……」

 

 

 

「泣かないで、あなた」と、妻は息も絶え絶えに彼に別れを告げる。「どうかここを生き延びて、息子と共に幸せに」と。

 

彼が頷くのを見て妻は息絶える。彼は妻の遺言に従うために息子を探しに村の外に出る。

 

 

 

未だハーメルの虐殺は続いている。ならず者たちは誰も生かすつもりはなく、まだ村の中で生き残りを探し出しては無慈悲に銃弾を撃ち込んでいく。

村の中に集中しているのであれば、村の外にまで警戒の網を伸ばしているのは1人か2人くらいだろう。そして、その程度ならばあの青年の腕にかかれば長くはもたないはずだ。

 

 

 

彼は努めて冷静を保った。悲観的な考えは足を鈍らせる。

 

彼は息子の生存を信じて走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倒れているのは3人だった。

 

1人はならず者だ。もう1人はカリンという名のハーメル村の少女だった。レオンハルトが言っていた友人の1人は彼女だったのだが、どうやら間に合わなかったようだ。

 

 

そして、最後の1人は───

 

 

 

「そんな………リィン…………!」

 

 

最愛の息子、リィンであった。

 

 

 

 

村から逃げたカリンたちを追ってひとりのならず者が追いかけて来た。

撃たれて倒れたカリン。それを助けようとして、ならず者に立ち向かおうとしたリィンは返り討ちにされた。カリンを襲おうとしたならず者の油断を突いてヨシュアがならず者を殺した。

レオンハルトや彼が追いついたのは、すべてが終わった後だったのだ。

 

 

何もかもが遅かった。

 

 

 

彼は慟哭する。最愛の家族を失った悲しみが叫びとなって表現される。

 

 

 

そして彼の感情が頂点に達した時。

 

 

世界が、反転した。

 

現実を拒絶した彼の血が覚醒し、至高の力が時を巻き戻す。

 

 

 

それは彼が、ギリアス・オズボーンが全てを失う前にまで時を遡らせた────はずだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

ナギトはいつの間にか、暗黒の上に立っていた。眼前には茫洋とした巨躯。それは自らを“時の神クロノギア”と名乗った。

いつだったか、前にブリオニア島に来た時にも同じような事があった気がする。記憶が曖昧……というか、記録され得なかった、という所だろう。

 

幸いな事に時の神は悠久の暇を持て余していたようで、快くナギトとの会話に興じてくれる。

 

 

 

そしてナギトは知った。創世の神話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず大地があり、そこには時が流れていた。

 

 

大地の神ラダマンジュと時の神クロノギアがそれぞれを管理していた。

 

大地の元であらゆる物は育ち、そのすべては母であり父であるラダマンジュの権能として機能していた。

しかし、時が流れねばものが育つ事もなく、二柱の神はそれぞれを尊重しながら存在していた。

 

 

いつしかラダマンジュは自らの権能を二分して姿を消す。

二分された権能はそれぞれ《焔》と《空》となり自我を持ち始めた。

焔の神はマクバーンと名乗り空の女神はエイドスと名乗る。新たに産み落とされた神はクロノギアの元で育っていった。

 

焔の神マクバーンは、人間の誕生と共に急速に力を増す。人々の成長は火と共にあったからだ。

空の女神エイドスは自らの権能をいくつかに切り分けて人々に与えた。

 

 

やがて、力の充実を求めたマクバーンはクロノギアに戦いを挑んだ。

クロノギアは原始の神であり、それを打ち倒した時こそ己が力に充足を得られるとマクバーンは考えたのだ。

 

二柱の戦闘は激しく、女神の与えた宝で繁栄を極めた人類もその余波で滅亡に近い打撃を受けた。

 

 

長く続いた二柱の激闘もやがて終わりを迎える。二柱の激突の中心地だった混沌エレボスの地の端と端にまで飛ばされ、二柱は互いの力の拮抗を知り眠りにつく。

 

 

このまま二柱の巨神の復活を待てば世界は滅ぶと思った空の女神は戦いで弱ったクロノギアとマクバーンの力を封じ、それを人々に授けた宝になぞらえてそれぞれを《時の至宝》、《焔の至宝》と名付け、またそれを人に託した。

 

 

 

こうして、悠久の時を経た今なおクロノギアとマクバーンの復活は果たされず世界は続いている。

 

 

 

 

 

クロノギアは自らの神話だけでなく、その続きも語る。

《時の至宝》と《焔の至宝》の行く末。この2つの至宝は人に宿るという。《時の至宝》は血族に。《焔の至宝》は適正のある者に。今代で言えば《時の至宝》はギリアス・オズボーンに。《焔の至宝》はマクバーンに宿っている。

曰く神話での神同士の激突において焔の神マクバーンは己の権能をもって時の神クロノギアのあらゆる権能を封じて戦った。これは言わば、現代においても通用する事柄なのかもしれない。オズボーンが時を操る力を持っていても、マクバーンの焔の力で封じる事ができる。

そうならないためにオズボーンはナギトらにマクバーンの拘束を命令したのだろう。

 

 

 

そして、ナギトは先程見た光景についても理解を得た。

あのハーメルの悲劇は1回目───、つまりギリアス・オズボーンが《時の至宝》の力を行使する以前の時間軸の話だと。

クロノギアによると、オズボーンは眠っていた至宝の力を最愛の家族を喪う事で開花させて、世界の時間を巻き戻したらしい。

 

世界そのものの時を巻き戻すなど、能力の規模が段違い過ぎて頭が痛くなる話だ────が、曰くオズボーンが大規模に能力を行使したのはあのハーメルの悲劇が最初にして最後という事だった。

その後、小規模な能力の行使はあったものの世界の時間に干渉するような能力の使い方はしていないと。

 

 

それがいったいどんな意味を持つのか、ナギトは知り得ない。単に自制しているのか、それとも別の狙いがあるのか。

ヒントはある程度出ている気もするが、結論を出すのは早過ぎる。思考・推測の自由の妨げにもなるだろう。

 

 

 

やがて暗黒の世界が白み始めた。どうやらナギトの肉体が現実で目覚めつつあるらしい。

ナギトはクロノギアに別れを告げて、再び現実へと戻った。

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

進む、世界は激動の時代に向けて。

 

回る、物語は終焉に向けて。

 

 

そして始まるのだ、最後の英雄伝説が。

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