八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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面白き世

 

 

 

 

 

暗闇から青空へ、視界は開けていく。

 

 

夢から現実に、意識が切り替わっていく。

 

 

 

 

 

意識ははっきりとしている。そもそも気絶している間、精神はクロノギアとお喋りを楽しんでいたのだ。肉体の覚醒に合わせて精神が夢から現実に移動したに過ぎない。これで意識がはっきりしてない方がどうかしている。

 

だから、空が揺れているのは錯覚で、揺れているのは自分の方だと理解している。

頭を動かして確認すると、ナギトは船上にいるようだった。

 

 

 

「あ、目覚めましたね」

 

 

そのナギトにいの一番に反応したのはアルティナだった。綺麗な銀髪が夕陽に当てられてオレンジ色に輝いている。

 

 

 

ナギトが上体を起こすと、皆の視線が一斉に集まった。

心配そうな顔でクレアが状況を覚えているか問いかけてきた。

 

 

 

「俺たちはブリオニア島でマクバーンと交戦。勝利した後、アリアンロードの急襲にあい、マクバーンは奪還された。アリアンロードの退去と同時に俺は気絶。今は帰りの船の上……ですよね」

 

 

 

 

「記憶に混乱は見られないようですね…よかった」

 

 

 

ホッと安堵するクレア。今度はミリアムがナギトに話しかけてきた。

 

 

「今回のミッションは形的には失敗だね。ナギトの言う通りマクバーンをずっと眠らせておくのが目的なら話はちょっと違うけどさ」

 

 

 

「ま、それについちゃ及第点って所だろうなァ。今は経費削減って事でディメンション・コールじゃなくて船で陸に帰ってるわけだが、オルディスで一泊してから帝都に戻る予定になってるぜ」

 

 

ミリアムの言うナギトの予想について、レクターがフォローする。理想形はもちろんマクバーンの捕縛だったがそれは叶わず、代わりにナギトの呪いでマクバーンを醒めぬ眠りに誘った。

その呪いはナギトにしか解けないもののため、オズボーンの狙いは達成された事になる。

 

 

オズボーンの狙いが、本当にナギトの言う通りだったなら、の話だが。

 

 

この形はナギトの理想形だ。

オズボーンの狙い──マクバーンの戦線離脱を達成しつつ、その身柄はオズボーンに引き渡さない。

 

いざオズボーンと敵対した際に、結社と手を組む時の交渉材料にマクバーンの解呪は一つの手になるだろう。

 

つまり、オズボーンへの義理は最低限果たしつつ、後の事まで考えた最善手だったのだ。

少し胸が痛まなくもないが、それはそれ。

 

 

 

 

「帰りにディメンション・コールを使わないのは、あれが大量生産してあると俺に悟らせないためか?」

 

 

 

レクターの言葉に噛み付くような形での返事となったナギトのセリフは、船上の全員の顔を強張らせた。

 

 

一瞬の後にナギトは己が失敗を理解する。

何を言ってるんだ、俺は。少なくともこの人たちは今まで共に戦った仲間だったのに。と。

 

ナギトと親交を深めようという意思がある4人に対し、ナギトは彼らが鉄血に与する者というだけで敵視したも同然なのだ。自らも《鉄血の子供達》の一員でありながら。

 

 

 

 

「……あー、すまん。今のは不躾でしたね」

 

 

 

これはいかんと謝るナギトだが、時すでに遅く、クレアは目を伏せていた。

 

 

 

「いえ……、ナギトさんの気持ちはわかります。閣下は何か大きな事を成そうとしている……その布石に対しての警戒は仕方のない事です」

 

 

「ですが俺も今や《鉄血の子供》……あのような言動は慎むべきでした」

 

 

 

「あなたは望んでそうなったわけではないでしょう。仲間のために《鉄血の子供達》の一員となった。でしたら……」

 

 

 

「それでも、そうなった以上は《鉄血の子供》として動かねばならない。……ギリアス・オズボーンが契約に反するまでは」

 

 

 

絶対服従はしない───というのはナギトが《鉄血の子供達》になった際にオズボーンに伝えた言葉だ。

 

確かにナギトはオズボーンの部下だが、忠臣ではない。

『裏切り注意』のラベルが貼ってある商品を、それでも買うだけの価値があると判断したのか、あるいはそれも策略の一部であるのか。オズボーンの意図はナギトにも読めず、その気味の悪さが彼の部下に対しての八つ当たりのような形として発露したのだ。

 

 

 

 

 

「とにかく、すみませんでした。さっきのは俺が全面的に悪いです」

 

 

 

頭を下げるナギトに、謝罪を受け取るクレア。

「やれやれ」と肩を竦めたレクターは船の行く先を見つめる。

 

 

 

「そろそろオルディスに到着するぜ。……あとナギト、お前さんのさっきのハッタリはハズレだ」

 

 

 

それは、ディメンション・コールを使わないのは大量生産してあるとナギトに悟られないため……という話の事だった。

 

 

 

「おぉう……けっこういい線いった牽制だと思ったんですが」

 

 

 

軽々に返すナギトは、先ほどの反省を微塵にも感じさせない厚顔さを見せる。ある意味レクターとナギトは似ていると言えるやり取りであった。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

ナギトたちが船から降りると、オルディスの夜はすっかり街頭に照らされた華やかな街に変貌していた。

 

 

 

 

 

「海都オルディス……カイエン公の本拠地だ。帝国最大の貴族の街なだけはある装飾過多具合だろ?」

 

 

皮肉った口調で、船から降りたレクターはそう言った。

 

 

 

「初めて来たなら観光もいいかもな。…あの特別実習とやらで来てるんだったか?俺的にはラスウェルの方がオススメなんだが」

 

 

 

 

「たしか……歓楽街でしたか。はは、こんな疲れてなきゃ喜んで行く所なんですがね」

 

 

 

 

マクバーンにアリアンロードと、ナギトの知る最強の男女との連戦は想像以上に心身に負担をかけていた。叶うことならこのままベッドにダイブしたい。

 

 

 

「ホテルはもうとってある。今日はとっとと休むとするか」

 

 

 

 

こうしてナギトらはホテルに向かい、夕食の後、爆睡したという。

 

 

☆★

 

 

 

 

 

「ナギトー、おっはよー!」

 

 

 

 

 

翌朝、ミリアムのダイブを食らい奇声をあげながら起床したナギト。時刻は9時過ぎであった。

 

 

身嗜みを整えて前日に決めていた集合場所に向かうとレクターとアルティナが待っていた。

 

 

 

 

「おはようさんだ。朝飯は食う派か?」

 

 

 

 

「……はい、一応」

 

 

 

 

「じゃあ、用意してあるからそいつを食べな。帰りの列車は10:20オルディス発だ」

 

 

 

レクターの差し出したチケットを受け取り、ナギトは周りを見渡す。

 

 

 

「クレアなら別件で一足早く出発したぜ」

 

 

ナギトの意図を察したレクターはそう言った。ナギトが「別件?」と聞き返すと、レクターは肩を竦める。

 

 

 

「ちょいとジュライにな」

 

 

ジュライという地名を聞いて、ナギトはクレアの目的を理解した。

 

 

「まさか、あいつ絡みですか?」

 

 

 

「そうだな。クロウ・アームブラスト……情報局員を送り込んでも全然捕まんねーんだよなァ。ジュライから出てないことは確実なんだが」

 

 

 

「ついにはクレア大尉を送り込む程ですか」

 

 

 

 

「ああ、さすがにクレアなら捕まえられんだろ」

 

 

 

クロウ…いくらオズボーンから命令されるのが業腹だからってそこまで雲隠れするか……? ……まあ、今はそれだけじゃないかもしれないけど。

 

ナギトはあの悪友の顔を思い出す。政治家になると言っていたが、準備は進んでいるのだろうか。

 

 

 

「それと、俺もちょいと用事があってお前らとは一緒に帰れない」

 

 

 

レクターは「ま、別に言っても構わねェか」と続ける。

 

 

 

「今度情報局で部隊を新設する事になってな。その指揮官に、ある人物をスカウトしに行くわけだ」

 

 

 

情報局員と言えば、主に諜報関係に携わるイメージだ。スパイの真似事をするなら少数精鋭がよろしかろうが、そこに部隊や指揮官というワードが出てくるとは、謎だ。

 

 

 

「正式には存在しない事になるその部隊は、オッサン直轄の実戦部隊となる。あらゆる分野のスペシャリストを集めた精鋭部隊……そこには勿論戦闘も含まれるわけだが、そうなると部隊を指揮する指揮官がいないといけないわけだ」

 

 

 

レクターの説明に「ふむふむ」と相槌を打つナギト。ミリアムやアルティナの様子は変わらず、この件について知らなかったのはナギトだけだと判明した。

 

 

 

「そこで、その精鋭部隊を指揮するに足りる人物をスカウトしなきゃならん。現職の軍人らは頭が固いからなー……ある程度融通が利いて、頭が切れ、腕が立つのが条件となると、人数はかなり限られてくる」

 

 

 

 

そこまで聞いて、ナギトは理解する。レクターがいったい誰をスカウトしに行くつもりなのか。

 

融通が利く……あるいは融通が利かざるを得ない。そして文武両道の名将と来れば、このオルディス近くに該当する傑物がいる。

 

 

 

「なるほど。《黄金の羅刹》ですか」

 

 

 

「その通りだ。オーレリア ・ルグィン……領邦軍のトップに君臨するあの女をスカウトするわけだ」

 

 

 

レクターはスカウトと言うが、その実は違うとナギトは知っている。

 

先の内戦で敗者となった領邦貴族の軍……つまり領邦軍は解体されるべき、という声が国内で大きくなってきている。

領邦軍はアルバレア公代理やハイアームズ侯によって何とか存続しているが、今以上に声が高まると本当に領邦軍は解体されかねないのだが、国民の声を操る事ができるオズボーンならば、領邦軍解体の件を白紙に戻せるのだ。

 

それを条件にオーレリア を新設部隊の指揮官にスカウトするつもりなのだろう。

 

 

 

「ってなわけで、帰りはお前ら3人だけだ。……寄り道せず帰れよ?」

 

 

「保護者か」というツッコミを入れた後、レクターがはた、とナギトを見る。

 

 

 

「そういやお前さん……オーレリア将軍と知り合いだったよなァ?」

 

 

嫌な予感はしたが、モロバレの嘘をつく意味はなかった。

 

 

 

「……まあー…………、一応?」

 

 

「すっげえ嫌そうな顔すんのな」

 

 

それはそうだ。オーレリアをスカウトしに行くというレクターからのこの発言だ。

 

 

 

「はいはーい!ボクも知り合いだよ!」

 

 

とミリアムも手を挙げる。ミリアムは6度目の特別実習でナギトと同じB班で共にオルディスに来ていたし、ジュノー海上要塞で一緒にオーレリアの薫陶を受けた身だ。

しかしそれはなんの救いの手にもならなかった。直後ミリアムは「にしし」と笑って、

 

 

「でも、ボクや他のみんなよりナギトが一番目をかけられてたかな?」

 

 

 

「バラすなバラすな」

 

 

悪戯な笑みを浮かべるミリアムにツッコミながら、もう退路がない事を確信する。

 

 

 

「それに貴族連合としても仲良くしてたらしいじゃねえか?」

 

 

内戦中、ナギトがオーレリアにあったのは一度きり。オーレリアが作戦のためにパンタグリュエルに乗艦していた時だけだ。あれ以来会ってもいない。

 

 

「なんでそれを……、筆頭殿かクソッタレ」

 

 

そしてそれをレクターに伝えたのは我ら《鉄血の子供達》筆頭ルーファスであると当たりをつける。おそらく彼はナギトがオーレリアを引き抜くのに役立つ可能性を見出していたのだ。

 

おかげでナギトは面倒な役割を押し付けられた気分になった。

 

 

 

「つーわけだ、ナギト。もう観念して俺についてきな」

 

 

 

そうしてナギトはレクターと共にオーレリアのスカウトに向かう事となった。

 

 

 

 

☆★

 

 

オルディスを出てしばらく歩くとジュノー海上要塞が見えてくる。ラマール州領邦軍の本拠地だ。

 

今はこの海上要塞に内戦で敗走した領邦軍の大半が詰めているらしい。と言っても、ただ詰めているわけではなく抗戦の構えを崩してはおらず、内戦終結後に何度か送り込まれた正規軍を蹴散らしているとか。

《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィン、《黒旋風》ウォレス・バルディアスの両輪が揃っているのだからさもありなん。

 

彼らの中ではまだ内戦は終わっていないのだ。

 

今は交渉でジュノー海上要塞の戦闘配備を解き、帝国政府に恭順させるべく動いているとレクターは簡潔に説明した。

 

 

 

「んで彼女にはまた別のオーダーを入れる話もあったんだが……、こちらの方が優先だとオッサンは判断した」

 

 

「《鉄血宰相》直属の部隊……」

 

 

 

「その通り」とレクターは首肯して話題を変えた。

 

 

 

「ところで、北の話は聞いてるか?」

 

 

 

それが先の話題であるオーレリアに頼むかもしれなかったオーダーの話という事はすぐにわかった。

 

 

 

「ノーザンブリアですね。まあ噂程度には」

 

 

エレボニアの北に位置するノーザンブリア自治州。かつては大公国だったが《塩の杭》事件により国家としての体制を維持できなくなり自治州となった。

現在はかつての公国軍が猟兵となり外貨を稼ぐ事で飢えを凌いでいるらしい。ちなみにサラはノーザンブリアの出身である。

 

ひとまずナギトが知識として知っているのはこの程度だ。他にも《北の猟兵》の実質的トップである《北の雷帝》や若手のカリスマ《極光のフェノメノン》の話も情報局のファイルで得ているが、あまり興味は惹かれなかった。

 

 

そのノーザンブリアは今、きな臭い状況にあるらしい。というのも、そもそもが帝国政府がノーザンブリア自治州の議会に圧力をかけたのが始まりなのだが。

この軌跡はどうせ、オズボーンの勝利で終わる。これまでいくつもの自治州がそうであったように、ノーザンブリアもまた帝国に併呑されるだろう。

 

 

 

「どうだお前さん、行ってみる気はねぇか?」

 

 

 

「ねっス。正直あんまり興味がない。というかその件ってどう勝つかって戦いでしょ。俺を──《緋玉の騎兵》を出す場面じゃない」

 

 

 

「はっ、そこまで見通してるんならもう言う事はねぇなァ」

 

 

 

遠からずノーザンブリアはて帝国に併合される。その際の問題は、誰を憎まれ役に据え置くか───つまり、実質的に誰がノーザンブリア併合を為したか、になる。《北の猟兵》の気質から考えるに、ノーザンブリア併合には武力を用いる事になるだろう。その時の指揮官を誰にするか……これはそういう問題だった。

 

 

 

 

なんて、そんな話をしている内にジュノー海上要塞前に到着した。

内戦終結前後からここに立て篭もる領邦軍の鬼気迫る思いからか、やけに物々しい雰囲気だ。

実際に正規軍を退却に追い込んでいるのだから恐ろしいと言う他ない。

 

 

 

「さぁて到着だ。一応言っておくが、俺たちは交渉に来ている。手荒な真似はするなよ?」

 

 

「わかってますとも。さすがの俺もあの2人が揃ってる状態でこんな要塞に突撃したくはない」

 

 

 

オーレリアとウォレスが揃ったジュノー海上要塞。さらに領邦軍兵士はいずれも精兵だ。退路がない事から覚悟もガンギマリだろう。

そうでなくてもナギトは武力で要塞を制圧しようなどとは考えていない。レクターはどれだけナギトを戦好きと思っているのだろうか。

 

 

 

橋を渡り、脇を装甲車と機甲兵で固めた要塞の正門に到着する。

「何者だ!」と見張りに問われ、レクターは政府の交渉役だと名乗る。アポイントは当然とっていたようで、何も揉める事はなく海上要塞内に通された。

 

 

案内人の後ろをついていき、要塞司令官執務室に入る。

 

 

 

そこで待っていたのは英傑2人─────

 

 

 

「来たか《かかし男》。それに……ふふ、久しぶりだな?我が愛弟子よ」

 

 

「なにやら徒歩で来たとか?こちらへどうぞ。粗茶ですが用意してあります」

 

 

《黄金の羅刹》オーレリア、《黒旋風》ウォレス。領邦軍を束ねる稀代の戦士にして指揮官だ。

 

 

ウォレスに勧められるままにソファに着席する。対面にはオーレリアとウォレスが座る。ただ佇んでいるだけでビリビリと肌を震わせる威圧感。気を抜けば一瞬で持っていかれる…と確信して、横のレクターを見ると、《かかし男》はどこ吹く風とばかりに飄々と受け流していた。

 

 

一瞬の睨み合い──、それが終わると4人で一斉に茶を煽り一息。

 

 

 

「さて、本題に入る前に………ナギトよ。そなたがそこにいるという事は、そういう事なのかな?」

 

 

先の威圧感はそのままに、オーレリアがそう訊ねてきた。

 

 

「そこはまあ、ご想像にお任せします…って事で」

 

 

オーレリアもさすがの慧眼で、ナギトが宰相側である事を見抜いたようだが、肯定はせず受け流す。次にウォレスと目が合った。

 

 

「ナギト・シュバルツァーだったな? 将軍から話は聞いているよ。ウォレス・バルディアスだ」

 

 

 

ウォレス・バルディアス────

《黒旋風》と渾名される領邦軍の准将で、サザーラント州の領邦軍を束ねる指揮官でもある。どうやら先祖はノルドの民らしく級友ガイウスと同じ浅黒い肌を持つ勇将だ。

 

 

「よろしく」と手を出したウォレスに応えて握手。

 

 

「今はナギト・カーファイです。ウォレス准将、こちらも噂はかねがね」

 

 

「カーファイ…そうか。道理で」

 

 

ひとまず挨拶が済んだところで、本題に入る。

こちらの要求はこのジュノー海上要塞の戦闘配備の解除と政府への恭順。領邦軍側の要求は、その後の領邦軍の扱いについてだ。

 

 

「前回の話では条件は合わなかったが……、今回は条件を変えて来てくれたのだろうな?」

 

 

「ああ、それについちゃあんた方が納得してくれるような内容を考えてきてるぜ」

 

 

 

交渉は主にレクターとオーレリアで進められた。

 

話は以後、領邦軍は基本的にこれまでと変わらず領邦貴族の元で働き、ただし第一種戦闘配備の際は副正規軍として扱われ、皇帝又はその代理の指揮下に入ってもらう事で合意。

そしてオーレリアにはあの話が持ちかけられた。

 

 

「ほう……かの宰相殿直属の実戦部隊か。……多少、興味をそそられはするが………。厄介事を押し付けられそうだな?」

 

 

「ま、そこはあのオッサンだからなぁ……悪いが我慢してくれ。そっちに好条件を出したんだ、これくらいは呑んでもらわないと困るぜ」

 

 

 

オーレリアは「了承した。だがその前に」とナギトを見た。

 

 

嫌な予感ほど当たるものだ。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

ジュノー海上要塞の入口広場ではナギトとウォレスが互いに困った顔で向かい合っていた。

 

周りには要塞に詰めていた領邦軍兵士。当然レクターとオーレリアもいた。

 

 

ナギトとウォレスは、この場で立ち会う事になっていた。

 

 

 

というのも、交渉の席でオーレリアが「愛弟子の成長ぶりを見ておきたい」と言ったのが原因だ。ただの師匠気取りとしてだけの発言なら良かったが、それには領邦軍司令官としての重みも乗せていた。

 

ナギトがこの提案を呑まずとも、交渉の席で決まった事が反故されはすまいが、レクター───政府としてはオーレリアのお願いを聞き入れて、その機嫌をとっておくに越した事はなく。それはこの交渉に訪れたナギトの義務でもあった。

 

 

 

「お互い……面倒な事に巻き込まれたものだな」

 

 

困ったように眉根を上げるウォレスにナギトは「まったく」と同意する。

 

 

「でも、それを押してもついて行きたい程のカリスマがあの人にはある。そうでしょう? 俺にとってもちょっとした恩師でもありますしね」

 

 

ナギトが絶不調の際に助言してくれたのはオーレリアだった。それ以来、オーレリアはナギトを愛弟子、ナギトはオーレリアを恩師と呼んでいるが、実際に会ったのは2,3回程度。それだけの仲なのだが……オーレリアにはどこか追従したくなる雰囲気があった。

紛れもない将の器。《黄金の羅刹》とさえ呼ばれる女傑なのだからさもありなん。

 

 

「どうやら将軍に抱く想いは近いようだ。それならこの槍を振るうのに些かの躊躇いも不要だな」

 

 

ウォレスはそう言うと十字槍を取り出して構えた。その姿からは同じ得物を扱うガイウス以上の雄大な圧力を感じた。

 

 

 

「というか将軍。この試合……あなた自身がやりたいのでは?」

 

 

ウォレスは十字槍を構えながらも背後のオーレリアに訊ねる。

 

 

「本当はな。しかし私はこの要塞の司令官だ、万が一があると困るだろう?」

 

 

 

「それは俺なら万が一があっても良いという事では………?」

 

 

 

オーレリアの屈託ない答えにウォレスは嘆息した。

続いてオーレリアはナギトに目を向ける。

 

 

「それでナギト…いつまで得物を抜かぬつもりだ?」

 

 

「それが…こんなになっちゃってまして……」

 

 

ナギトは太刀を抜いて見せる。刀身は半ばから折れており、刃は溶解してもはやこれには鉄の棒以上の役目は果たせないだろう。

 

 

「ふむ、そうか……………それなら、これを使うがいい」

 

 

ナギトの太刀を見てオーレリアは少し考える素振りを見せると、武器を投げて寄越した。ナギトはそれをキャッチして「ひえー」とわざとらしく顔を顰めた。

 

その手にあるのは真紅の剣。

 

 

「宝剣アーケディア。私がとある刀匠に打たせたものだ。今のそなたになら、預けても構わぬだろう」

 

 

美しい装飾が施された大剣はオーレリアが愛用する宝剣アーケディアだった。恐れ多いが、ナギトが十全の力を発揮するなら宝剣クラスの業物でなければならない。

 

 

「ははっ……、有り難く」

 

 

ナギトはその場でアーケディアを2度3度と振るう。やがて宝剣を下段に構えて。

 

 

「いけます」

 

 

宝剣の重さには慣れたとばかりに不敵に笑う。

 

 

 

「バルディアス流槍術伝承者、ウォレス・バルディアス」

 

 

 

「八葉一刀流継承者、ナギト・ウィル・カーファイ」

 

 

「「参る!」」と2人の声は重なり、試合開始。

 

 

 

 

宝剣と十字槍が火花を散らす。中央での激突を制したのはナギトだった。

 

 

力負けしたウォレスは押されるままに身を引いて離脱を試みるが、ナギトの力を乗せた宝剣の前に防戦一方となる。

 

数合打ち合って僅かに体勢を崩したウォレスに追撃。

 

 

「果てよ!」

 

 

宝剣に膨大な闘気が集約され放たれる。オーレリアの戦技“覇王斬”を真似たものだ。

 

目を剥いたウォレスだが、防御は間に合いナギトの“覇王斬”を受けて後退りした。

 

 

広場の床を削りながら“覇王斬”はウォレスを押し込む。ナギトは様子見が頭を過ったが、相手は《黒旋風》…遠慮油断は禁物だと判断してさらに追撃する。

 

 

「緋空十字連斬」

 

 

十字とX字が重なり広い範囲をカバーする斬撃はしかし、手応えはない。すでにウォレスは跳躍してナギトに肉薄していた。

 

 

迫る十字槍を防御して、ウォレスと至近で睨み合う。

 

 

 

「大した擬態だ。その体躯で力で俺に勝るか」

 

 

「甲斐なしですよ! 騙せてなおダメージゼロかい」

 

 

試合開始直後の激突までナギトは己の闘気出力を低く偽っていた。ウォレスはまんまと騙されてナギトに先手を取られる形になったが、受けたダメージはなかった。

それどころか、ナギトが追撃を迷った一瞬でウォレスは距離を詰めて攻守が逆転した。

 

 

槍の連撃を防いで、その刃の形が十字……厄介である事を再認識。十字槍は素槍と比べて純粋に攻撃範囲が広い。

 

だが被弾覚悟なら。

 

 

次いで放たれる槍撃をヘッドスリップで躱して懐に潜り込む。その際に頬を薄く裂かれてしまうが元より覚悟の上だ。

宝剣の柄尻をウォレスの鳩尾に捩じ込んで、そのまま宝剣を横薙ぎするがウォレスはバックステップでアーケディアの刃圏から流れていた。

 

 

 

「やるな。だが!」

 

 

 

ウォレスは槍を旋回させて漆黒の竜巻を生じさせると、その風圧をもってナギトを引き寄せて十字槍で薙ぎ払った。

 

 

「ぐっ!」

 

 

辛うじて防いだナギトだが、その一撃の重さに吹き飛ばされてしまう。

着地、直後に再びウォレスは肉薄。防ぐ刃に再び視線が交わった。

 

 

「俺に迷いはない。やるからにはこちらも本気だ!」

 

 

「《黒旋風》…!」

 

 

ナギトも体勢を崩していてはウォレスの十字槍の連撃すべてを防ぐ事はできず、回避を交えて応戦するもやはり十字槍の刃圏に捉われて生傷が増えていく。

 

 

「おおおっ!」

 

 

裂帛の気合いと共に振り抜かれる槍の衝撃が宝剣の防御を貫通して再度ナギトを吹き飛ばす。

 

「かは」と肺から空気が抜け落ちる。滞空の最中、ナギトの思考は次手を模索している。

 

 

着地の隙を狩られる。なら───

 

 

「着地しなければいい」

 

 

 

幻造で宙空に足場を作り、ウォレスの追撃を逃れたナギトは一息ついて地上のウォレスを見下ろした。

 

 

「闘気の足場か……曲芸だな」

 

 

ウォレスは一瞥して“幻造”のタネを見抜き、槍撃を飛ばしてそれを打ち崩した。

ナギトは事前に跳んで回避し、宝剣に闘気を込める。着地に隙を晒さぬ戦技。

 

 

「緋耀剣!」

 

 

これもまたオーレリアの戦技“四耀剣”を真似てナギトなりに改修したもの。オリジナルのような特殊な効果を持たない代わりに範囲と威力に特化させたナギトバージョンだ。

 

円形に広がる衝撃にウォレスは無理に追撃せず範囲から飛び退き、ナギトは悠々と立ち上がる。試合は仕切り直しの様相を呈していた。

 

 

 

「さすがは音に聞こえし《黒旋風》……恐れ入りますよ」

 

 

「そちらこそだ。己が得物を使わずよくもここまで戦える」

 

 

 

寒々しいやり取り。互いへの賞賛は試合が終わってからやるべきものだ。互いに自嘲げな笑みを交換して試合再開───

 

先手を打ったのはナギトだった。

 

 

バチッ、と雷鳴が弾けたかと思うと刹那で距離を潰す“迅雷”。

ギアチェンジしたナギトのスピードに驚いたのも束の間、ウォレスは雷速の斬撃を見事に防いで見せた。

 

だが、ナギトの攻勢はそれだけで終わらない。

 

 

「雷軀来々」

 

 

闘気が変質した雷で形作られる分け身。それがナギトの合図と共に縦横に襲ってくる。

 

 

終わりのない雷速の斬り込み。辟易したウォレスは先と同じように黒き闘気を纏った十字槍を旋回させて竜巻を発生させた。

薙ぎ払う一撃は分け身を捉えて消滅させる。しかしナギト本人は攻撃範囲から逃れて跳躍していた。

 

黒旋風が晴れたウォレスの視界には宝剣に雷を纏うナギトの姿。

 

 

「雷神裂破!」

 

 

極密度の雷撃が放たれ、ウォレスの全身を包み焦がす。さすがの頑健たる《黒旋風》の肉体であってもダメージからは逃れ得ず、また封技(痺れ)が体を硬直させる。

 

 

「破空 : 突!」

 

 

そこに追撃の“破空”。指向性を持たせた暴圧はガードもままならぬウォレスを打ち据えて吹き飛ばした。

着地と共に体勢を整えたウォレスはまだ戦闘可能である事を確認し、眼前に迫る宝剣に驚いた。

 

 

宝剣アーケディアは投げ放たれていた。

 

それはウォレスの命を刈り取り得るもの───しかしウォレスが驚いたのはそこではない。唯一の得物を投擲するなんて行為を、八葉一刀流の継承者がやった事実に思考が灼かれたのだ。

 

 

迫る宝剣を十字槍で払い落とす。アーケディアは音を立てて床に転がった。

 

 

瞬間、突きつけられた刃に敗北を悟った。

 

 

 

「勝負あり、だな」

 

 

オーレリアが言った。試合はナギトの勝利に終わった。

 

 

「ふうっ」

 

 

とナギトが息を吐き出すのと同時、ウォレスの喉元に突きつけていた太刀が形を失って宙に消えた。“幻造”で作った形ある幻の太刀だった。

 

 

ウォレスもまた瞑目すると呼気と共に緊張を吐き出して立ち上がる。

 

 

「闘気で作った太刀か……。闘気で足場を作れるなら、それも道理か……警戒しておくべきだったな」

 

 

「いえ、まあ半分くらい賭けでしたけどね。オーレリア将軍の宝剣を投げるなんて暴挙…面食らうと思ったので」

 

 

「推測は当たったな。驚いたよ」

 

 

やれやれと言わんばかりにウォレスは肩を竦め、それから握手を求めてきた。

 

 

「見事だった。願わくば、今度は本来の得物を抜いてもらいたい」

 

 

「機会があれば、またよろしくお願いします」

 

 

握手に応じて視線と笑みを交換する。やはり剣を交わして得る友情もあるようだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

その後、オーレリアにアーケディアを投げた事を特に咎められる事もなくナギトとレクターは帰路につく。

 

 

「次に会う時には私ともやってもらうぞ? その時までに武器も何とかしておくがいい」

 

 

「勘弁してください」

 

 

とまあ、そんなやり取りを経てジュノー海上要塞を後にした。

 

 

 

「いや〜、助かったぜ。ナギトがいてくれたおかげで交渉もスムーズに進んだ」

 

 

「俺なにもしてないけれども?」

 

 

「お前さんみてえな奴がいるだけでこっちにも箔ってもんが付くからな。実際、あの《黒旋風》に勝ってそれを実証しちまったしなァ」

 

 

レクターの言い分はナギトにも何となくわかった。

きっとそういうものなのだろう。レクターほどの交渉人が言うのだから間違いないはずだ。

 

 

「しかしナギト……お前さん、手ェ抜いてなかったか?」

 

 

レクターの所感はあながち的外れではない。しかしあくまで一理ある程度の感想で十全ではない。

マクバーンやアリアンロード相手に見せた気迫とウォレス戦での戦回しは種類が違うだけだ。

 

 

「そんな事はないですよ。相手を殺すための戦いか、相手を倒すための戦いか……で使う戦技や戦運びも変わってくる。……特に俺の剣技は割と殺意高めですから」

 

 

ナギトの剣鬼七式を代表とする戦技はどれもこれも殺傷力が高く、殺し合いならぬ試合では扱いに躊躇いが生じる。その点“破空”は制圧力こそあれど殺傷力はあまり高くないため使い勝手が良い。

 

 

「なるほどな。それ…殺すつもりでやってたら、もっと楽に終わってたって話か?」

 

 

「はは、いやいや………それは相手も同じ条件ですよ。ウォレス准将も本気ではあれど殺意はなかった」

 

 

レクターの意地悪な問いをナギトは笑って受け流す。レクターはつまらなそうに「そうかい」と返答を受け取ってため息がちに言った。

 

 

「昨日の疲れも取れてねぇだろうに、謙遜とはな。ウチのエースは器がでけえもんだ」

 

 

「疲れっつーなら、それも同条件です。あっちは連日の訓練に警戒体制で休まる暇もなかったでしょうし」

 

 

「はいはい、もうわかったよ」

 

 

肩をすくめる勢いのレクターに、ちょっとはその意地悪に応えてやる事にした。

 

 

「でも、俺はもうあの人に負ける気はしませんよ」

 

 

《黒旋風》ウォレス・バルディアス。領邦軍准将たる彼はバルディアス流槍術の伝承者で、その動きは洗練 / 完成されている。

彼の動きもある程度“型”として読める。これまでに帝国を放浪する間に見てきた槍術の流れを汲んでいるようでもあり、そういう意味でも見慣れた動きだ。

 

 

半ばいじけていた(フリ)レクターは満足げに笑って夕陽を見上げた。

 

空がオレンジ色に染まり、影は長く伸びる。黄昏時だ。

 

 

 

ナギトも同じく海に沈む夕陽を見て思いを馳せる。

 

 

ウォレス・バルディアス…紛れもない強敵だった。彼の他にも世界にはまだ見ぬ強敵がいるだろう。

 

それだけではない。まだまだ沢山の謎がこの世界には残されている。

 

 

《騎神》とは?

リィンの鬼の力の正体は?

結社の狙いはなんだ?

オズボーンの目的とはいったい何なのか?

 

 

 

口角は、自然と歪む。

 

気づいたレクターが「どうしたよ?」と声をかける。

 

 

ナギトは問われてようやく己が笑っていた事に気づき、心中の感想を素直に口にした。

 

 

「いやあ………この世界は面白いなあ、ってね」

 

 

 

狂っている、と取られてもいい発言だった。しかしナギトは《鉄血の子供》。多少以上狂ってなければやっていけない。

 

ナギトの答えを受けたレクターは吹き出した。

 

 

「はっ、なんだそりゃ?」

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