八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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明けぬ夜はなく

 

 

ブリオニア島での任務を終え、オルディスから帝都ヘイムダルへ帰ったナギトはオズボーンへの報告を終えた翌日、街の外れにきていた。

 

 

 

 

「……ここ?」

 

 

ナギトは手元の地図と、その店構えを見比べて、そう疑問の声をあげた。

 

 

 

 

鍛冶屋オールドウィンという店名のその店は文字通り鍛冶屋だ。それも皇室御用達の、らしい。話によればルーファスの剣もここの作品だとか。

 

マクバーンとの戦いでナギトの太刀は大きく損壊し、次いでアリアンロードとの打ち合いでついには折れた。

オズボーンはナギトから口頭で任務について報告される前にレクターから一応の形で報告を受けていたのだが、その際にナギトの太刀についても聞いていたそうだ。

 

「そのままというわけにもいかんだろう」と言う事でナギトは鍛冶屋オールドウィンを紹介してもらい、その店を訪れたわけだが。

 

 

 

「看板すら出てないんだが」

 

 

 

廃墟直前と言っていい店構えだ。こんなのが皇室御用達?道を間違えたかな?とナギトは思案し、その後も歩き回るも、やはりその店こそが鍛冶屋だと判明した。

 

 

 

「ええい、ままよ!」

 

 

覚悟を決めたナギトは、静かに扉をノックした。セリフとは違う慎重ぶりである。

 

 

 

「はーい!」

 

 

 

返事の声の後に慌ただしい足音が聞こえ、扉は勢いよく開け放たれた。

むわり、とした熱気が内から外へ流出する。

 

 

「…お客さん?ここは鍛冶屋だよ」

 

 

出てきたのは若い男だ。ナギトと同じ二十代前半に見える。イメージ通りの鍛冶屋の格好で、厚手のエプロンの下には鍛冶仕事で鍛えられたであろう筋肉がついていた。

 

 

「鍛冶屋オールドウィン?」

 

 

どうやら間違えたと思われたらしい。半ば確信を得つつも確認するように店名を尋ねた。

 

 

 

「ああ、本当にお客さんか。ここは一応紹介制なんだけど、紹介状はある?」

 

 

ナギトは「これかな」と言って懐から紹介状を取り出す。オズボーンの署名入りのそれは、彼の目を見開かせるに充分だったようでナギトを店内に導いた。

 

 

 

「親っさーん、例の客が来たよー」

 

 

 

「ああーん?」と奥から声がしたかと思うと、すぐに大柄で筋肉質な壮年の男が現れた。雰囲気はトールズ士官学院の長ヴァンダイクを少し荒っぽくした感じだ。この男も鍛冶用の前掛けをしていて、その下には驚く程の筋肉と傷跡がひしめいていた。

 

 

「おう、俺がオールドウィンだ。ギリアスの馬鹿タレから話は聞いてる。とりあえず、破損したって得物を見せてみろ」

 

 

どうやらナギトが来る以前に話はついていたようで、事はスムーズに進んだ。

あのギリアス・オズボーンを“馬鹿タレ”呼びとは。どうやら古い仲らしい。この分だとオズボーンが軍人時代に世話になっていたという話も本当だろう。

 

 

オールドウィンはナギトから太刀を受け取ると、その状態を検分した。

 

 

 

「ほう、こいつぁ派手にやらかしたもんだ。それもこれは…東方の剣、刀……いや太刀だったか」

 

 

 

オールドウィンは呟くと、奥にいたもう1人を「おーい、ムラマサ!」と呼び出す。

 

 

「なんだよ親っさん」

 

 

と出てきたのは、これまた若い男だ。が、体格はしっかりしている。オールドウィンのようにムキムキではないが、しなやかな筋肉が服の上からでも計り知れた。

その歩き方や視線の動かし方でナギトは直観する。

 

「お、こいつ強いな」自分の口の中だけで呟く。しかもエレボニアではあまり見ない東方風の使い手だ。ムラマサという名前も東方らしい響きと言えた。

 

 

 

「こいつはこの客が持ってきたもんだが、どう思う?」

 

 

オールドウィンはムラマサに破損した太刀を見せつけ、反応を見た。

 

ムラマサは一瞬衝撃を受けると「はあ」とため息をついた。

 

 

 

「親っさん、依頼はこの太刀の修復だったよな?この件、俺に一任してくれないか」

 

 

 

「ああ、任せよう。刀なら俺よりお前のほうがいいだろう」

 

 

 

話はトントン拍子に進んでいく。客の意向は聞かんのかい、とツッコミを入れたい所ではあるのだが、ムラマサという青年は信用できるとナギトは感じていた。

 

 

 

 

「よし、じゃあアンタ、奥に来てくれ」

 

 

 

ムラマサはあごをしゃくってナギトを奥に誘う。ナギトは言われるがまま鍛冶屋の奥に進み───

 

 

 

 

 

「こんなの初めて見たぞ。この刀がゼムリアストーン製だからってかなり無茶な扱いをしてただろ!?」

 

 

 

───ムラマサ青年のお叱りを受けた。

 

 

 

「あ、はいスミマセン」

 

 

 

「俺に謝っても仕方ねぇだろ。あーあ、しかもこれゼムリアストーンの加工技術が確立される前に無理矢理造ったモンだな?造りが荒い」

 

 

 

ゼムリアストーンの加工技術が確立されたのはナギトが太刀を手に入れた翌年、リベール王国でだ。

技術を確立させたのはA・ラッセル博士といい、導力革命の父たるエプスタイン博士の三高弟の一人だ。ナギトが太刀を入手したカルバード共和国にも三高弟の一人はいるのだが、おそらく太刀の作成には関わっていないだろう。

 

 

 

「いいか、刀ってのは生き物なんだよ。丁寧に扱えばそれだけ力を貸してくれる………はぁ、まったく……それをこんなにしちまうなんて、剣士失格だ」

 

 

 

そこまで言う?と言いかけるが自重するナギト。太刀がゼムリアストーン製だと判明してからあんまり手入れしてない自覚はあった。

 

 

 

「まあいい……アンタ程の剣士だ、いろいろあるってのはわかる。いくらゼムリアストーン製でも耐え切れない相手ってのはいるもんだ」

 

 

 

ムラマサの推察にナギトは「わかるのか?」と訊く。

 

 

「ああ。俺もちょいと剣はカジッてたんでな。東方の無想一刀流ってやつだ、もう廃れちまってるがな」

 

 

 

無想一刀流という名は師から聞いた事があった。八葉一刀流の七の型の真髄たる《無》の極意───そのエッセンスは無相一刀流から盗んだものだと。

 

 

 

「それにこれには…ほんの僅かにだが業物の兆しがある。銘は…あるな、“宵星”か。製作者名は彫ってねえか、まあ道理だな」

 

 

かちゃかちゃと太刀を分解しながらムラマサは呟いていく。彼ほどの刀工なら得物を見ただけで色々な事がわかるのだろう。興味深い。

 

 

「業物の兆しだと?他にもなんか気になる事を言ってるが」

 

 

ナギトの問いかけにムラマサは「ああ」と応えて続ける。

 

 

「聖剣、魔剣、宝刀、妖刀……いわゆる名剣、業物はそれ単体じゃ成立しねえ」

 

 

「使い手がいてこそって話?」

 

 

「惜しいな。どんな立派な剣でも生まれた時は赤ん坊さ。どんな剣に育っていくかは使い手次第って事だ」

 

 

ムラマサの回答にナギトは眉根を吊り上げた。それはナギトの解釈でも正解ではなかろうか。

「わからねえよ」とさらなる解説を求めた。

 

 

「ま、アンタのような武人にわかりやすく言うと……永い間、闘気に晒された剣は切れ味が増すって事さ。……アンタ、この太刀はどれくらい使ってる?」

 

 

ナギトはムラマサの言葉を飲み込んで「なるほど」と納得した。かつてアリアンロードから教授された“超過式”───いずれナマクラでも業物になるとは、こういう意味だったのか。

 

 

「んーと……3〜4年くらいかな」

 

 

ナギトの回答に今度はムラマサが顔を顰める番だった。

 

 

「3〜4年か……、だいたいなかごに彫ってある通りだな。それでこの変質具合か…見た目より闘気に依存した闘い方をしてるな、アンタ?」

 

 

 

「ぎくり!……というのは冗談として、まあ正解だよ。でもナマクラから業物に変質しつつあるって話なら、俺は常に太刀に闘気を貯蓄してたから…それが主要因だと思う」

 

 

 

「常に闘気を貯蓄だぁ?無茶しやがる。しかもゼムリアストーンの質に干渉するほどとなると…………とんでもねえな」

 

 

「それほどでも」とナギトが後頭部をかくとムラマサは微妙な表情で睨みつけてきた。

 

 

「まあいい。それと……製作者名が彫ってねえ理由だったか?」

 

 

「おう」とナギトが返事をするとムラマサは答えてくれるようだった。言動と似合わず質問には答える律儀な性格らしい。

 

 

「単純に納得できる作品じゃなかったからだろうな。………見た感じ、シンプルに太刀の製作としてつくりが荒いし甘い。……太刀は西部の剣と違って、水減し→折り返し鍛錬→焼き入れって工程を経て造られるもんだ。おそらく見様見真似で打ったんだろうが……刀工としちゃ納得できる完成度じゃねえ事は確かだ」

 

 

「ゼムリアストーンの加工技術確立前の太刀としては立派なもんだがな」とムラマサは補足した。

 

 

「折れた太刀一振りでよくそこまでわかるな」

 

 

「アンタら武人が相手の歩き方や立ち姿で実力をある程度把握するのと一緒さ」

 

 

話題が一段落したところで「それで」とムラマサは本題に入った。

 

 

 

「こいつは俺に預けてもらうってんで良いんだな?」

 

 

 

「構わないが……直るか? 最悪断られるのを覚悟してたんだが」

 

 

 

「直らねえよ。刃こぼれ程度ならどうとでもなるし、折れてても何とかしてやらあ。だが刀身が折れた上に灼け溶けちまってんなら直す事はできねえ。だが手の打ちようはある」

 

 

「ほう?」とナギトは先を促す。

 

 

「簡単に言うと、こいつを一旦素材に戻して新しく太刀として打ち直す」

 

 

ムラマサの言はシンプルで、しかして予想外のものだった。一度完成した太刀を素材に戻してまた太刀として鍛え直すとは。しかもゼムリアストーン製の太刀をだ。

 

 

「できるのか?」

 

 

「できるさ。ゼムリアストーンの加工技術も発展してるしな。まあ武器を一旦素材に戻してやり直すなんてのはウチの工房の専売特許みてえなもんだが」

 

 

「やるねえ」とナギトは口笛を吹いた。

軽快な雰囲気はそこで終わり。

 

 

「それで、どうだ……俺に任せるのか?」

 

 

ああ、と返答しようとしたナギトに先んじてムラマサは警告する。

 

 

 

「こいつは全く新しい太刀に生まれ変わる。前の製作者の製造理念を踏み躙る。同じ素材を使ったとしてもアンタと4年の月日を過ごしたこいつじゃあなくなる。それでもいいんだな?」

 

 

 

刀工ムラマサの言には重さがあった。

ナギトは瞑目して思い出を振り返る。カルバード共和国で入手したナマクラ。ゼムリアストーン製というだけで使ってきた愛刀。

レオンハルトに負けた時も、記憶を失っても。Ⅶ組のみんなと出会ってからも、内戦中もずっと、この太刀はナギトの傍らにあった。

 

手に馴染む相棒。別れ難い、幾人との縁を繋いだ太刀。

 

 

 

ナギトはムラマサから太刀を受け取ると刀身を額に押し当てた。

 

 

 

「今までありがとう」

 

 

 

 

それからムラマサに再度、太刀を託す。

 

 

 

「へっ。次からはその愛情を最初から注いでやるこったな」

 

 

どうやらナギトの一連の動作にムラマサは納得したようで、

 

 

 

「いいだろう。アンタの太刀の修繕、もとい作刀……このムラマサが承った!」

 

 

 

こうしてナギトの愛刀は生まれ変わる事となる。

“宵星”は沈み、“明星”が顔を出すのだ。

 

 

 

「ちなみに……即答してたら断ってたとかある?」

 

 

 

「ねえさ、たぶん」

 

 

 

ムラマサの返答に、ナギトは太刀“宵星”への感謝を告げて本当に良かった思ったのであった。

 

 

 

☆★

 

 

ナギトは鍛冶屋オールドウィンを出る。入る時に腰に提げていた太刀がない。どうにも落ち着かないが諦めるしかないだろう。ムラマサも別に予備の太刀を用意してくれる事などはなかった。

曰く「今この工房にある刀じゃアンタについていけねえよ」と。ナギトの莫大な闘気を一瞬で集束したり解放したり…という行為をしたら武器自体が爆散するとのこと。実は士官学院時代にフェンシング部での試合で経験があったりする。

 

ムラマサによると完成は3ヶ月後を予定。完成後はナギトが寝泊まりしているバルフレイム宮に届けてくれるそうだ。

ともあれこうしてナギトは愛刀を失った。“幻造”で太刀のかたちを編む事はできるし八葉一刀流には無手の型もあるが、戦闘力が落ちるのは間違いないだろう。

 

 

 

そんなナギトに、魔都への辞令が下るのはほんの少し未来の話だ。

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