八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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剣者の会話

 

目は口ほどに物を言う、とは良く使われる言葉であるが、剣士にとってはそれ以上に剣で語らう事ができるものである。

 

 

剣を扱う者にとって、剣とは己そのもの。

即ち、剣を合わせるという事は人格を交わし合っているという事に他ならない。

 

 

 

剣を通して伝わる、相手の熱意、殺気、高揚感。

剣を通して伝える、自分の熱意、殺気、高揚感。

 

 

『剣』という武器は、やはりどこまでいっても凶器でしかなく、親しき相手との手合わせでも命を奪ってしまうリスクがある。

死というリスクが隣り合わせである以上、殺気が伴うのは道理だ。

 

そしてそれは、剣者たちをたまらなくヒリつかせる。

 

 

 

☆★

 

 

 

ナギト・ウィル・カーファイという男の本質は、どこまでも『平凡』だ。

平和を愛し、義を信じ、愛を欲し───、退屈を嫌う。

 

ナギト・ウィル・カーファイという男は、考えられる限り『非凡』だ。

年若くして最強の剣士の一人として数えられ、あの《鉄血宰相》に懐刀として用いられる能力を持つ。

 

 

 

要は、ナギト・ウィル・カーファイという非凡な肉体に平凡な精神があるのだ。そして平凡な者は力があれば増長するのが世の常であり、ナギトも多分に漏れずそうだった。

 

 

ナギトという存在は、物語に異議を唱えた者たちが願い、精神を預けたバグだ。

 

 

物語を変革するためにナギトには力が必要で、それは《剣仙》の養子となり、八葉一刀流を体得する事でクリアできた。そしてその精神は物語変革を望んだ者たちのものを混在させたものとなった。

 

 

物語の変革が終わった時、つまりナギトという器が役割を果たした時。

その精神は消失した。言ってしまえば成仏だ、願いを果たした魂は消え去るのみ。

 

 

そうしてナギトは精神無き空の器となるはず───だった。

 

しかし、ナギトの内にはこれまで『ウィル・カーファイ』として。『ナギト・シュバルツァー』として生きてきた記憶があった。心があった。

 

それは空となった器に、確かに精神という水を注ぎ込んだのだ。

 

 

かくして『ナギト・ウィル・カーファイ』となったその男の人格は形成された。

 

数多の精神が存在したナギトという器に、新たに『ナギト』という精神を創り上げたのだ。

しかしそれは平凡な精神を持ち行動したナギトが、その記憶を糧として完成したものであり、それが平凡な精神が消え去ったナギトが今でも平凡な精神である理由である。

 

 

 

 

 

 

 

ナギトのARCUSが着信を報せる音を鳴らす。

 

 

 

通話の相手はヴィクター・S・アルゼイドであった。

ヴィクターは修行と称して(実際にアルゼイド流の奥伝を授ける旅ではあるのだが)ラウラを連れて各地を彷徨していた。

 

そのラウラが遂にアルゼイド流の奥義を習得したという話であり、その試し振りとしてナギトに相手にして欲しいという。

 

 

 

暇をしていたナギトは二つ返事で快諾し、バルフレイム宮を飛び出すのに時間はかからなかった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

 

アイゼンガルド連峰。レグラムとユミルを隔てる高い山々が連なるそこで、アルゼイド親子は待ち構えていた。

 

奇しくもそこは、かつて幻獣討伐の折、ナギトがリンドヴルムと立ち会った場所でもあった。

 

 

 

 

「よく来てくれた、ナギト」

 

 

 

「久しぶりだ、元気だったか?」

 

 

 

 

登山してきたナギトを出迎えるヴィクターとラウラ。

 

 

ナギトは会釈して挨拶を返す。

 

 

「お久しぶりです、お二人とも壮健そうで何よりです」

 

 

 

ふとラウラを見ると、その闘気が一段と研ぎ澄まされているのがわかった。

なるほど、アルゼイド流の奥伝を授けられるだけはあるようだ。

 

 

 

「わかるか、ナギト」

 

 

ナギトはどうやらそれを見て口角が上がっていたらしい。ヴィクターにそう言われ、今度はわかりやすく笑う。

 

 

「ええ。こう言うのもなんですが楽しみですよ、ラウラとの手合わせが」

 

 

 

「うむ。このところ私としか立ち会っていない故な、変な癖がつくのは防ぎたいと思ったためそなたを呼んだ」

 

 

 

「言わば修了試験というわけだ。迷惑ではなかったか?」

 

 

 

ラウラが修行を始めてすでに5ヶ月が経過している。その間父親としか剣を交わしていないなら、何らかの癖がついていてもおかしくはない。

今回、アルゼイド親子がナギトを呼び寄せたのはラウラの言う通り修了試験と、癖の指摘という意味があった。

 

 

 

「迷惑じゃないよ。……ラウラに会えるってんで喜んで来たんだぜ、俺」

 

 

 

ニヤリと笑うナギトの言葉はラウラを赤面させるための確信犯的なものだ。

 

しかし、ラウラが赤面するのも一瞬だ。「ごほん」と咳払いして、ラウラは問う。

 

 

「太刀はどうしたのだ?帯刀していないようだが」

 

 

「そりゃ気になるよな」とナギトは笑みを消して。

 

「ま、ちょいとあってな。今は打ち直してもらってる最中だ」

 

 

と肩を竦めた。

ムラマサに預けたのだが、あれは果たして打ち直しと言っていいのかどうかは謎だ。

そもそもナギトは太刀を使えども造れはしない。いわゆる刀匠としての知識は皆無に等しい。

 

 

「何があったのかは聞かない方がいいか?」

 

 

 

ボカした答え方に探りを入れるラウラ。ナギトは言うか言うまいか迷うが、一瞬の後に判断を下す。

 

 

 

「マクバーンと戦ってな。それで太刀はボロボロになった」

 

 

 

その名前に二人は反応する。

ラウラとヴィクターはマクバーンと戦った事があるのだ。

 

ラウラはバリアハート近郊と煌魔城で仲間と共に。ヴィクターは煌魔城でマクバーン相手に窮地に陥ったⅦ組を助けるべくマクバーンに単騎で挑んだ。

 

 

「興味深い話だ。あの《火焔魔人》とやり合ったか」

 

 

ヴィクターは、自分でも勝てなかった相手にナギトがどんな結果を残したのか、興味を隠しきれずにいる。

ラウラは少し心配を顔に出すが、それでもここにナギトがいる事に安心感を覚えているようだ。

 

 

 

 

「数人がかりでしたけどね、何とか倒せましたよ」

 

 

ナギトは早々に結論を言う事でこの話題の終息を求めた。アルゼイド親子は目を輝かせているが、ナギトの様子を見てそれ以上を聞き出す事はなかった。

 

 

 

「……では早速始めたいのだが、構わないかなナギト?山道が続いて疲れたというなら休んでも構わないが」

 

 

半ば挑発するようなヴィクターの言葉にナギトもまた、ニヤリと笑い「構いませんよ」と余裕を見せる。

 

 

 

「剣士たる者、常在戦場……ってね。受けて立ちますよ、その修了試験」

 

 

 

ナギトは“幻造”で太刀を宙に投影すると、それを掴んでラウラに刃先を向けた。

 

 

「フッ……さすがはナギトだ。しかし今の私は、前とは一味違うぞ……? 我が剣、受けてみるがいい!」

 

 

 

ラウラも抜剣し、大剣を構える。

 

 

 

「よろしい。では……始めっ!」

 

 

 

 

 

 

 

先手はラウラだった。

剣を脇に構えて、闘気を噴出させながら加速しナギトに肉薄する。

 

 

それを待ち構えるナギトは防御の姿勢を取る。それはまさしく、受けて立つという言葉の通りだ。

 

 

ラウラの剣とナギトの太刀がぶつかる瞬間、ラウラの剣が光を纏う。それは戦技の威力の向上や範囲の拡大をもたらす、アルゼイド流剣術の奥義。

 

 

受け切れないと判じたナギトは、後方に跳ぶ事で受けた剣の威力を受け流す。

 

 

 

 

着地したナギトは太刀の損壊を発見した。“幻造”で造ったものは、すべて幻であるが故に、一瞬でも闘気の収束を解けば脆弱なものとなる。

しかし、いくら“幻造”製の太刀とは言え、一撃でひびを入れるとは。

 

 

 

「光の翼か……よもやその域に到達しているとは思わなんだぞ、ラウラ!」

 

 

 

「いつまでもそなたに遅れをとるわけにはいかぬからな!」

 

 

 

 

 

交わす刃。ぶつかる鉄。あらん限りの力を尽くして、剣を振るう。

一手違えれば、その先は闇。

 

 

それは、たまらなく剣者たちをヒリつかせる。

 

 

 

 

刃越しに見るラウラの顔には笑みがあった。ナギトも自分が笑っている事を自覚している。

 

 

このスリルがたまらない。

愉しいと思える自分は、少し戦闘狂のケがあるのだろうか。

 

 

再び語ろう。ナギトは『平凡』な精神を有している。

平和を願うが、退屈を嫌う。要は刺激が欲しいのだ。力ある故の驕りがナギトを死闘へと誘う。

 

 

 

 

だから、ナギトは叫ぶ。

 

 

 

「さあ来いラウラ!まだまだやれるだろう?!」

 

 

 

 

理合が心地良いとは、こういう事も言うのだ。

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「はー……生き返るわー」

 

 

 

 

水を飲んで一言。死線を潜った後の水は、より生を実感させる。非日常から日常に移行した合図のようなものだ。

 

 

 

 

ラウラの修了試験は無事に終わりを迎えた。

ナギトの防御を切り崩し、攻撃を防ぎ、圧倒した。

 

 

 

 

「………余裕だな、ナギト」

 

 

 

そう言うラウラは大の字だ。修了試験を遊び場と化したナギトに付き合った結果だった。

 

 

無論ナギトは本気でラウラと立ち会っていた。ただ全力でなかっただけで、本気で遊んでいた。

見目派手な技を多用したナギトを、ラウラは全霊をもって撃破したのだ。

それが、この修了試験の顛末となる。

 

 

 

遊ぶナギトの戦い方は、近距離から遠距離まで、様々な攻撃を行う。

この修行中、父親しか相手にしていなかったラウラにとって、ナギトの遊びは感覚を取り戻すのにうってつけであった。

 

 

 

「実際そうでもないかな。“幻造”で少し遊び過ぎた…アレ…燃費悪いし」

 

 

 

“幻造”は消費する闘気に対して攻撃力が低い。

その代わりほとんど万能なのだが、一瞬でも集中が途切れると“幻造”は幻として霧散する。

ほとんど無意識下でかたちを保持できるように訓練を終えたのは最近だ。

 

 

「ふむ……前にもそんな事を言っていたな」

 

 

 

「ああ。まあ夢はあるクラフトなんだが……、格好いいから多用してます」

 

 

 

“幻造”はナギトのお気に入りクラフトだ。特に数多の剣を造り出し、それを一斉に敵に射出する技は、もはや技名をつけていいのでは、と思うほどである。

 

 

 

「しかし、その歳であれだけ気を操れるとはな。武の至境に到達しているようだ」

 

 

 

と、ヴィクターが会話に混ざってきた。

“幻造”の事を言っているのだ。“幻造”は闘気を練り上げて幻を形をとするもの。言わばそれは、人の形ではない“分け身”だ。

 

 

 

「……そうですね、否定はしません。師からもそう言われてますし。

ですが、自分は元から気を操作する術には長けていたようです。それが十代にして八葉一刀流の技を修められた理由かと」

 

 

 

 

まさに、天賦の才。───否。人々の願いの具現か。

物語を書き換えるに足る実力をつけるため、そういった才能を持って誕生させられたのだ。

 

 

ナギトは少し哀しい顔をしていたようで、ヴィクターは気を使って「そろそろ夕飯時だな」と話を切り替えたのだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

夕食は、ヴィクターが町に寄った際に買い込んでいた保存食類だった。

肉、魚、野菜とバランスは整っており、そのチョイスはさすがと言わざるを得ない。

ナギトなら、バランス良く食べなきゃとは思っても、つい好みの味を求めてしまうだろう。

 

 

 

ヴィクターは食後「少し散歩してくる」と言い姿を消した。どうやら気を利かせてくれたらしい。

 

 

 

 

焚き火がパチパチと静寂を遠ざけ、ナギトは一つため息を吐いて「そう言えば」と話を切り出した。

 

 

「アルゼイド家のミドルネーム……Sは、サンドロットのSだったか」

 

 

その話は、在学中に聞いていたものだ。ラウラ・S・アルゼイド然り、ヴィクター・S・アルゼイド然り、アルゼイド家の者はミドルネームにSと着く。それが何なのか訊いたのが始まりだった。

 

 

 

「ああ」と答えるラウラに、ナギトはどこか逡巡した表情を見せた。

 

 

 

「…その、ラウラは今もまだリアンヌ・サンドロットを目標にしてるのか?」

 

 

 

「そうだが……それがどうした?前にも言った通り、一番の目標はそなたと並び立てるくらい強くなることだが」

 

 

ラウラの返答はどこまでも真っ直ぐであり、ナギトにとってはそれがこそばゆくもあり、またこの場においては気まずくもあった。

 

 

ナギトは腹をくくり、ついにあの件について話すと決めた。

 

 

 

 

「………それ、やっぱ一番の目標はリアンヌ・サンドロットにした方がいいかもしれない」

 

 

「なにを……」と問いかけるラウラの機先を制するようにナギトは続ける。

 

 

「俺、会ったよ。《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットに。その時俺は手負いだったけど、そうでなくても勝てた気はしない」

 

 

 

「リアンヌ・サンドロットに会っただと!? ナギト、その件について私は……いや、アルゼイド家は冗談を許さぬぞ」

 

 

見開くラウラの琥珀色。その瞳は言葉の通り、嘘を断罪する意思を秘めている。

が、ナギトの発言は嘘ではない。あのブリオニア島で立ち会った彼女は《槍の聖女》と呼んでも否定しなかった。

 

 

 

「ああ。結社の使徒第七柱《鋼の聖女》アリアンロード……特別実習でローエングリン城で俺たちと戦ったあの人がそうだ」

 

 

 

ナギトのアンサーにラウラは言葉を詰まらせる。

口をぱくぱくと動かしてその後、たっぷりと10秒ほど時間をかけて平静を取り戻した。

 

 

「そうか……尋常ならざる使い手だとは思っていたが………。よもは本人だったとはな。立ち居振る舞いからかの聖女の子孫かと考えていたのだがな」

 

 

聖女を名乗り思わせぶりな発言をしていたアリアンロード。しかし本人であると誰が考えよう。《槍の聖女》リアンヌは教科書にも出てくる史上の人物。獅子戦役を駆け抜けた《獅子心皇帝》の盟友──250年前の人間だ。

 

「その考えが普通だ」とナギトはラウラの見立てを擁護しておく。

 

 

「しかしそうなると……、彼女は少なくとも200年以上生きている事になる。あの時、お顔は兜面に隠されて見る事は叶わなかったが……ナギト、そなたは聖女の顔を見たのか?」

 

 

「見た。というか内戦中に貴族連合に潜入してた時に会って見てた」

 

 

ラウラの「なに?何故言わなかった」という追求は笑顔で躱す。

 

 

 

「内戦当時はあの人が《槍の聖女》本人だって確信もなかったからな。…それにリィンだってあの人の顔は見てるぞ。ラウラがケルディックでやられてから目を覚ますまでにちょっとしたイベントがあってな」

 

 

「そんな事が……」

 

 

一応、当時の出来事はⅦ組で共有したのだが、その後に目覚めたラウラには情報は行き届いていなかったようだ。

そうでなくても内戦当時は、あまり関係のない事象に心を囚われるわけにはいかなかった、という事情もある。

 

 

「ああ。……俺の見立てじゃ、没年から年を取っていない。アレは人でありヒトでないものだろう」

 

 

と、ナギトはアリアンロードについての考察を僅かに語る。しかし、その考察は現実味を帯びないものであり、それ以上はラウラを混乱させるだけと判断したナギトは「今のなしで」と誤魔化す。

 

「ふむ?」とラウラは首をかしげるも、ナギトへの信頼が疑問を勝ったようで、それ以上は追求されなかった。

 

 

 

「それにしても、《槍の聖女》が生きていたとは………いずれはまた手合わせを願いたいものだ」

 

 

星を見上げるラウラ。目標は高く。そして、近くて遠い。

 

 

 

「しかし、それでも私はナギトと並び立つという目標を変えるつもりはない。《槍の聖女》が生きていたとは言え、私にとっては、ナギトこそが最高の剣士なのだから」

 

 

 

屈託なく、打算なく、真っ直ぐに、ラウラはナギトの目を見て告げる。

 

 

 

 

ああ、だからかなわない。

ナギトはこうして思い知るのだ。剣士としてだけでなく、人としての、女としての、ラウラに惹かれているのだと。

 

 

だが、思いに浸るのも一瞬だ。ラウラのこれは平常運転。ならば自分もそうありたい。

 

 

 

「よくもそんなこっぱずかしいセリフを言えたもんだな。聞いてるこっちが赤面ものなんだが」

 

 

 

と、ナギトは本当に顔をそらす。恥ずかしい、が。それ以上に嬉しい言葉だった。

 

 

 

「……けど、ありがとう。嬉しいよ、ラウラ。俺にとってもラウラは最高の剣士だ」

 

 

 

だから、お返しに同じ言葉を贈る。

 

 

ラウラはそれを柔和に微笑んで「ありがとう」と受け取った。ナギトの予定ではここでラウラも赤面するはずだったのだが、当てが外れた。

 

逆に、その微笑みにさらに魅了された気持ちになる。

 

 

かなわないなぁ、とまた思い、ナギトも夜空を見上げた。

 

 

 

 

 

「修行……どうだった?」

 

 

 

 

不意にナギトはラウラに尋ねた。

……望んだ言葉は、きっと出てこないとわかっていながら。

 

 

 

「充実していた。自分が強くなっていくのが、日に日に実感できた」

 

 

 

ラウラの答えは簡潔で、ナギトはそれに納得する。「それもそうだ」と。

ラウラはトールズ士官学院に入学してから卒業するまでに、様々な艱難辛苦を乗り越えてきた。

言ってしまえば、器はできていたのだから、あとは水を注ぐだけだったのだ。

 

この修行期間中のラウラはそれこそ、スポンジが水を吸うように力をつけていった事だろう。

 

 

 

望んだ言葉は出てこない。だったら多少は無様でも引きずり出すまで。

 

 

 

「修行の間、俺に会えなくて寂しかった?」

 

 

 

フッ、と優しげに微笑み、渾身の演技力をもってラウラにそう尋ねた。

 

 

 

「それはそうだが……、ナギト。そなたにそんな顔は似合わぬぞ」

 

 

 

「ぐはっ!渾身のスマイル空振り!?俺のライフはもうゼロよ!」

 

 

しかし、いつもゲス顔を浮かべているナギトに、リィンがするようなイケメンスマイルは似合わないらしく、それを面と向かって指摘される事はナギトの精神に多大なダメージを与えた。

 

 

「しかし……そなたに会えなくて寂しかったのは事実だ。会いたかったぞ、ナギト」

 

 

柔らかに微笑むラウラにキュンとくる。不覚にもときめいてしまったナギトは視線を逸らし、地面に「クッソ、なんだこのイケメン!?ときめいちゃったよ」と吐き捨て、再度ナギトスマイル(笑)をラウラに向ける。

 

 

 

「俺もそうだよ。ラウラに会えなくて寂しかった………、気づけばラウラの事を考えてしまっちゃってな、仕事に身が入らなかったよ」

 

 

 

さすがにそれは言い過ぎだが、まあよかろう。ラウラへの気持ちは万の言葉を以ってしても表せない。多少事実を盛るくらいは許されるはずだ。

 

 

「うれしい事を言ってくれる……」

 

 

 

星空からラウラに視線を移すと、その瞳はトロンととけたようにナギトを見つめていた。

 

吸い込まれそうになる。

 

 

 

「………………ナギト」

 

 

 

それは、誘いの声だった。

 

すでに30リジュほどしかなかった2人の距離がゼロになる。

 

 

唇を重ねるだけのキス。優しく、互いの愛を確かめるような。

 

 

 

やがて、2人の唇は離れた。

 

 

 

「ラウラ…………」

 

 

 

しかし、その視線は絡み合ったままだ。

 

 

やばい、可愛い。

ナギトは理性崩壊の足音を聞く。このままでは襲ってしまいそうなので、脳内円卓会議を開催する事にした。

 

 

本能「しょうがないよね。だってほら、生存本能だし」

 

 

悪魔「いっちゃえよ、親父さんもまだ帰ってきてねぇし」

 

 

理性・天使「GO!」

 

 

 

────全会一致。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は深いキスをした。

ラウラの口腔内を舐り、犯し、貪るように。

 

 

 

その勢いのままに押し倒し、さらに舌を深く絡ませて………驚いていたラウラも、それに合わせて舌を絡めてきた。

 

 

 

ああ、もうたまらない。脳が蕩けそうで、幸福感に満ちている。

熱はすでにリミッターを壊している。

 

 

 

 

長いキスが終わり、視線が絡み合う2人。言葉は要らず、2人は幸せな未来を幻視していた。

暖かい家庭を築こう、とでも言おうかとナギトは悩む。しかしそれはまだ時期尚早というものだ。

 

言葉を飲み込み、その欲望をラウラの胸に近づけた時────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───極光が飛来する。

 

 

それがなんたるかナギトには瞬時に理解できた。

故に全力の回避行動に移る。

 

 

 

跳び上がったナギトの眼前を掠めるように極光が通り過ぎて行く。

 

 

その軌道はナギトが動かなければ、その胴体を串刺しにしていたであろうもの。

で、ありながらラウラには傷一つ与えない軌道でもあった。

 

 

 

それは即ち、脳内円卓会議で悪魔が危惧したヴィクター・S・アルゼイドの帰還である───!

 

 

 

 

 

 

コオオオオ、と全身から光の闘気を拡散させながらラスボスのような雰囲気で姿を現した《光の剣匠》。

 

 

鬼のような形相で、しかし理性をフル稼働しているらしく、ヴィクターはナギトの鼻先を掠めて地面に突き立った極光──宝剣ガランシャールを回収すると、理解ある父親のような声音で言った。

 

 

 

 

「今はそこまでにしておくがよい」

 

 

 

 

内心ではらわた煮えくりまくっているだろうことはナギトにも見て取れた。短いセリフがそれを表している。

 

 

故に、そこではこういうしかなかったという。

 

 

 

 

「はい」

 

 

 

☆★

 

 

 

翌日

 

 

 

「それじゃあ、また」

 

 

 

そう言って一人下山するナギト。

 

 

 

「うむ、ではまた会おう」

 

 

ラウラに見送られながら、アイゼンガルド連峰を下る。

 

 

 

 

 

ラウラの修行の総仕上げ、という事であと1ヶ月ほどヴィクターは期間を設けるらしい。

そこにはナギトは不要という事なので、早々に下山する事となった。

 

また会おう、と約束して。

 

 

 

ナギトはレグラムへ向かう。

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