八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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俺に恩を売ってくれ!(秘策)

 

 

「たった一回、軽めに使っただけでこれか……」

 

 

そう言ってナギトは脇腹をさする。否、脇腹だった箇所だ。

「は」とナギトは快哉とも自嘲ともわからぬ息を吐いた。

 

 

「あいつが言ってたのはこういう事だったんだな……」

 

 

──“「正確には使えるだろうが、代償が必要になる。それはおそらく存在そのものだ」”

 

 

 

しかしこれで、あのマクバーンを封じる事ができたのだ。

 

 

「安い買い物だった…かな」

 

 

「ふ」と今度は混じり気なく自嘲した。

 

 

 

「その点、お前は大丈夫そうだな」

 

 

 

そして、これが独り語りではなく、目前の巨兵に向けて贈られたものであったと、言葉を向けられた緋き巨影は理解した。

 

 

 

「我ガ…起動者ヨ……」

 

 

 

思考システムが起動して、眼前の契約者を捉える。翡翠に輝く瞳は弱々しげな起動者を見据えた。

 

《緋の騎神》テスタ=ロッサ───それが、今ナギトの目の前で修復を図っている存在に定義された名前だった。

 

 

「現在、核ノ修復率40%ヲ経過───思考しすてむノ再起動ニ成功──」

 

 

 

ブリオニア島でのマクバーンとの決戦からおよそ1ヶ月が経過していた。あの後、マクバーンに砕かれたテスタ=ロッサは本体や破片問わず全てが情報局員によって回収されていた。

テスタ=ロッサはこの1ヶ月間バルフレイム宮地下、機能を停止した緋の玉座で決戦で負ったダメージを回復させていた。

 

騎神は霊力の高い場所に安置していると自動で修復が始まる。

内戦当時、活発化していた霊脈も今は落ち着き現在ではこのバルフレイム宮地下が帝国で最も安全に騎神の修復が行える重霊地となっていた。

 

 

「悪いなテスタ=ロッサ。無理させた」

 

 

ナギトの謝罪は、マクバーンとの決戦で囮にしたテスタ=ロッサを労うものだった。

 

 

「謝ルナ、我ガ起動者ヨ……汝ノ選択ハアノ場ニオイテ最良ダッタ……。汝ハ我ガ権能ヲ十全以上ニ使イコナシタ。我ニ不満ハナイ。ソレガ例エ汝ノ写シ身ダッタトシテモ」

 

 

あの決戦においてナギトは自らの分け身にテスタ=ロッサを操縦させた。全てはマクバーンの虚を突くため。そのためにテスタ=ロッサを囮──捨て駒にした。

 

 

騎神という超級のアーティファクトさえもを捨て駒にしなければ勝機を見出せなかった相手とは言え、囮にされたテスタ=ロッサ本人にはいい気はしないだろろう──そう思って、謝りに来たのだが。

 

 

「……そうか。すまないな」

 

 

謝罪を固辞したテスタ=ロッサだが、ナギトはその上で再び謝罪した。

 

それにテスタ=ロッサは沈黙したかと思うと、

 

 

「核ノ修復率50%ニ到達───、思考システム及び会話システムの領域を優先的に修復した」

 

 

途端に流暢に喋り出した。

ほんの少し面食らったナギト。そのナギトが目を丸くしている内にテスタ=ロッサは言葉を続けた。

 

 

「再び言うが我が起動者…ナギトよ、謝罪の必要はない。あの魔人を上回るために必須だった事は理解している。…我はこうして修復できている事だしな」

 

 

「そう言ってくれるとこっちも気が楽だよ」

 

 

「汝は我が修復できる事も加味して作戦を立てた……。我はそう思考する」

 

 

テスタ=ロッサの推論は“騎神は修復できる”という事を理解していたナギトが、“だから騎神は囮に使っても大丈夫だね”と考えた事を見抜いたものであった。

 

 

「これは驚き。正解だよテスタ=ロッサ。……悪いとは思ったけどね?」

 

 

悪びれもせずにナギトはテスタ=ロッサの推論を肯定する。

ナギトの作戦とは言わば、“お前って死んでも生き返れるから死んだって構わないよね”という非人道的な目論見の上で成り立っているものだからだ。

 

 

「三度言う。構わぬ。…我の修復が行われぬとしたら、汝はまた別の作戦を立てていたと確信するがゆえに」

 

 

「それは…なんでまた?」

 

 

 

「数ヶ月前──煌魔の城にて紅蓮の魔王と化した我を止めるために自らの全霊を振り絞ったのを知っているからだ、起動者よ。蒼の起動者クロウ・アームブラストを救うためにアルノールの末裔と叫んだ事を知っているからだ」

 

 

それはナギトがクロウを救ったから。煌魔城の決戦、あの場面において《蒼の騎神》は《灰の騎神》の道を切り拓いた。例えクロウがその時点で死んでも事態は悪転しない。それにも関わらずナギトはセドリックと協力して《紅き終焉の魔王》の動きを封じた。

テスタ=ロッサが言いたいのはそういう事だろう。

 

救える命は何としても救う。ナギトがそんな心をもっているからだと。

 

 

「……買いかぶりだな」

 

 

 

テスタ=ロッサのそれは、紛れもなく買いかぶりであった。親の欲目ならぬ騎神の欲目だろう。

 

 

「ともあれテスタ=ロッサ…大丈夫そうで良かったよ。それから重ねて悪いが、またしばらく俺がお前を駆る機会はなさそうだ」

 

 

理由は3つ。

ひとつ目はテスタ=ロッサの修復が未だ完了していないこと。

ふたつ目はナギトという《鉄血宰相》の隠し札、それが更に騎神の起動者である事実を伏せるため。

3つめは単純に、騎神という力をナギトが必要としないほどの実力者だからだ。

 

この中では特にふたつ目の比重が大きい。

 

 

「了解した。では再び休眠状態に移行する。──また共に戦う日を心待ちにしているぞ、我が起動者よ……」

 

 

テスタ=ロッサは言うが早いか、休眠状態になった。瞳に灯った翡翠の輝きも消えて思考システムの休止が見てとれた。

 

 

「おやすみテスタ=ロッサ。俺も…また共に戦う日を愉しみにする」

 

 

届かぬだろう言葉をしかし、ナギトは告げた。そこに感慨はあまりなく、会話の際に浮かべていた笑みも消えた。

 

緋の玉座を出る。その間際、振り返ってテスタ=ロッサの姿を見た。

マクバーンを打ち倒すために無理をさせた機体は未だ半壊状態で、その周囲には砕け散った騎神の破片が散らばっている…という悲惨な状態だ。やはり少し申し訳ない気持ちになって─────

 

 

 

────ほんの、出来心だったんだ。

 

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

それは言わば、干からびた男。カラカラの男。ボロボロの男。

とにかく、彼が虫の息だと誰もがわかる程に男は憔悴していた。

 

 

理由は簡単だ。彼は───ナギトは、帝都で命令を受けてからここまで、いっさいの補給なく、休憩なく歩き続けてきたのだから。

 

 

 

 

 

 

帝都でナギトが受けた命令とは『クロスベルへ行き、ルーファス・アルバレアの指揮下に入れ』というもの。

 

きな臭い、という次元を超えた命令である。と判じたナギトは、何とか策を練った。

 

これが、その策である。

 

 

 

帝都ヘイムダルからクロスベル州までの徒歩。もちろん、一切の飲食はなく、睡眠もなかった。

そしてヘイムダルからクロスベルへの道中で視界に入った魔獣を殲滅するという慈善事業付きの移動は、今日で4日目を迎える。

 

 

これには、さすがのナギトも堪えた。

 

 

 

「あれ?これ俺死ぬんじゃね?」と何回つぶやいたことだろう。いったい何ツイートしただろう。

 

しかし、ナギトの人並み外れた気を操る術により、ここまでなんとか保ちこたえた。

 

 

 

 

クロスベルの歓楽街で、探していた背中を見つける。

 

これで目的は達成されたも同然だ。そう思うと緊張の糸が切れたのか、ナギトの意識が急に朦朧とし始めた。

とっくに肉体は限界だったのだ。操気術で体調を調整したと言えども、所詮は誤魔化しに過ぎない。ここまでの道のりを精神で乗り切ったのだ。

 

 

 

よし、ここで倒れよう。

 

脳内円卓会議は全会一致でそう結論を下し────、そしてナギトは倒れ伏した。

 

 

 

 

 

声が聞こえる。それはナギトが倒れた事によって生まれた声でもあった。人が突然倒れれば悲鳴もあげるというものだ。

 

ただ、その中で確かな声があった。

 

 

 

「…………すか?大丈夫ですか!?」

 

 

 

男の声。正義感を匂わせる迷いのない声音だ。

 

ナギトは残された力を振り絞り、口を動かす。

 

 

 

「あらえっあ」

 

 

3日も飲まず食わずならこうなるわな。腹減ったとさえ言えないとは。ナギトは妙に納得しながら深い眠りに落ちていったという。

 

 

 

 

 

 

「ロイド、この人、お腹空いてるんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

The End

 

to be continued in『八葉を継ぐ者──A2── 第二部:轟報のクロスベル』

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