八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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轟報のクロスベル
対面


 

 

いい匂いがする。

 

 

空腹の極みにあったナギトは鼻腔をくすぐる料理の香りのみで目が覚めるほどであった。

 

瞼を開けると、視界に映るのは天井だ。さらに頭を動かしてみると、部屋の主人らしき人物と目が合った。

 

 

 

「目が覚めたみたいだな」

 

 

眉にかかるか否かという程の長さの茶髪。通る声。熱き信念を感じさせる瞳。加えて整ったベビーフェイス。

これはモテるだろうな、というのがその人物についてのナギトの第一印象だった。

 

ロイド・バニングス。

特異点──プレイヤーとしての朧げな記憶と、情報局のファイルでよく見た顔だ。

 

 

「ほら、水だ」

 

 

 

ロイドはナギトにコップに注いだ水を寄越した。

ナギトはそれをゴクゴクと一気飲みし、「ぷはあ!」と大きく息を吐いた。

 

 

「はは、美味しそうに水を飲むんだね。俺はロイド・バニングス。帝国軍クロスベル方面隊特務警察所属の警官だ。君は?」

 

 

 

「俺はナギト・ウィル・カーファイ。ありがとう、助かったよロイド」

 

 

ナギトはもう一杯水をもらい、一気に飲み干す。ロイドはそれを待ってから質問を投げかけた。

 

 

 

「ナギトは帝国から来たんだよな。やけにボロボロだったけど、どうしたんだ?」

 

 

どうしたんだ?という質問に答えるのは簡単だ。しかしそれは悪手だとわかっているナギトは「ちょっとな」とボカして答える。

 

 

その答え方に引っかかるロイド。ボロボロだったが、特に外傷はない。薄汚れているだけだ。帝国からクロスベル入りするには西クロスベル街道を使う必要がある。西クロスベル街道の魔獣は何者かにより全滅させられているそうだから、傷がないのも納得だ。

抱えた時に、意外とガッシリした体格だったナギトだが、この男が街道の魔獣を殲滅したとは考えられないだろう。何しろ武装をしていない。魔獣にはすべて刀傷がつけられていたようだし。検分したアリオスの話によると相当な使い手だとか。

そもそもなぜ列車を使わなかったのか、という疑問は残るが、まあいいだろう。

 

 

 

「今一階でキーアが……キーアっては同居人の女の子なんだけど、が、昼食を作ってくれてるんだけど、一緒にどうかな?」

 

 

「ありがたくいただきます」

 

 

 

素早いナギトの返事にロイドは笑い、「わかった。じゃあ先にシャワーを浴びてくれ。服は洗濯しておくから」と言い、ナギトをシャワールームに導いた。

 

 

シャワーを浴びたナギトはロイドの用意した衣服を着用し、キーアが用意した昼食をいただく。

 

 

「おいしい?」と訊くキーアに首を縦に振りながら食べ続ける。箸が止まらないとはこの事だ。空腹がスパイスになっている事もあるが、それ以上にキーアの料理は美味であった。

 

 

「そういえばナギトはどうしてクロスベルに来たんだ?しかも街道を歩いて」

 

 

食事を終えるとロイドはそう尋ねてきた。

 

 

 

「仕事だな、出張ってやつ。列車を使わなかったのは移動費をケチりたかったって部分もある」

 

 

「それは後で精算されたりするんじゃないのか?」

 

 

「んー、どうだろな。経費で落ちるならいいんだけど」

 

 

ははは、と乾いた笑みをこぼすナギト。移動費なんかを補填してもらった記憶はない。正式に軍や情報局に所属しているわけではないので当然と言えば当然なのだが。

 

 

 

「ナギトは何の仕事をしているんだ?出張って事はオルキスタワーのテナントか?」

 

 

「まあ、そうかな。……詳しくは秘密だ。機密の類に関わってくるからご勘弁」

 

 

 

明確に秘密というワードを使う事で、話せない事情がある事を伝える。

肩を竦めたナギトに、ロイドは「そうなのか」と理解を示す。

 

 

 

「まー、俺の好きな色とかだったら答えられるけど?」

 

 

ニヤっと笑い、いつもの調子を取り戻したナギトはそんなふうに場の空気を緩めましたとさ。

 

 

 

 

そんな雑談を約2時間ほど行い、服の乾燥までが終わった所でナギトはお暇する事となった。

 

 

ビルの出入口でナギトを見送るロイドとキーアに低頭し礼を告げる。

 

 

「本当に助かったよ、命の恩人だ。あと、飯も美味かった」

 

 

「おそまつさまでしたー」

 

 

可愛げのある仕草でそう言うキーアに「ごちそうさまでした」とにこやかに返す。

 

 

「……ロイド、この恩はいつか必ず」

 

 

 

「いやそんな、大した事じゃないさ」

 

 

 

「それでもな。そう遠くない内に返せるといいんだが」

 

 

 

ナギトは「それじゃあ」と手を振り、支援課ビルから出て行く。

扉が閉められたビルを振り返り、ふと思い返すロイドの言葉。

 

 

 

「帝国軍クロスベル方面隊特務警察…か。占領後、警察は軍に取り込まれた話は聞いたが………さて」

 

 

ロイドという男は素直に帝国に降るだろうか。少し調べる必要があるかもしれないと思いつつ。

 

しかし、それは少し先の話だ。

そろそろナギトがクロスベル入りしたとルーファスの耳に届く頃だろう。ナギトが素直に総督府に顔を出すわけがないと知っているルーファスならば、使いを出すはずだ。

 

さて、使いに捕まらずどこまでクロスベル観光できるかな?

 

 

☆★

 

 

 

ナギトが次に来たのは遊撃士協会クロスベル支部だ。

占領後は総督府からの圧力で肩身の狭い思いをしているらしいが、それでもすぐさま取り潰さないルーファスは、遊撃士をどのように捉えているのだろうか。

 

 

ここで、帝国が遊撃士協会を排斥するようになった理由を思い出す。

それはひとえにカシウス・ブライトの存在故だ。

帝国ギルド襲撃事件───裏で糸を引いていたのは結社だった。複数の猟兵団や執行者を投入して帝国の遊撃士協会支部を襲ったのだが、その相手をしたのがリベール王国から招集を受けた当時S級のカシウス・ブライトだった。

カシウス・ブライトの的確に過ぎる判断、指示の下に結社は想定よりも早く撤退せざるを得なかった。

 

その事実は帝国が──ギリアス・オズボーンが警戒するに足るものであったという。

そのため、カシウス・ブライトが帝国入りする名分をなくすために帝国における遊撃士協会支部は閉鎖に追い込まれたというわけだ。

 

そのカシウスも現在は軍属。遊撃士ほど身軽に動けるわけではないため、このクロスベル支部は、閉鎖に追い込まれるほどには圧力がかかってない、というわけだろう。

 

 

 

コンコン、とノックをしてナギトは支部の中に入った。

扉を開けると、そこにはドレッドヘアーのガタイの良い男に、遊撃士の少年と少女が報告をしているようだった。

 

 

 

「あら、お客さん?」

 

 

妙に女染みた口調で訊いてきたドレッドヘアーの男。しかしナギトにはこれがしっくり来るように感じてしまう。

 

 

「はい、今はお暇ですか?観光案内でも依頼しようかと思って来たのですが」

 

 

ナギトはもちろん、遊撃士のバッジは外している。クロスベルで遊撃士として働くつもりはなかった。

 

 

「あ、なら俺たちがいきますよ」

 

 

と、青いジャケットを着た銀髪の少年がドレッドヘアーの男──おそらくは受付だろう──にそう言う。

 

 

「そう?帰ってきたばかりで悪いけど頼めるかしら、クロエ、ナハト」

 

 

 

「ええ、お任せください!」

 

 

クロエと呼ばれた少女は胸を張って即答する。ナハトと呼ばれた少年も頷き、ナギトの依頼は受領された。

 

 

 

支部から出て遊撃士2人組と向き合う。

 

 

「いや悪いね、忙しい所を観光案内なんかで」

 

 

「いえいえ、観光案内も遊撃士の立派な仕事ですよ!クロスベルは良い所も多いですし。…帝国に占領されてからは、少し街の元気がなくなりましたけど」

 

 

クロエは自分で言ってしゅんと肩を落とす。

その様子を見たナハトは苦笑いしつつもナギトに名を尋ねる。

短く「ナギトだ」と答える。アリオス・マクレインのいたクロスベル支部に、カーファイという名は多少以上の意味を持つだろう、という推測の下の判断だった。

 

 

「ナギトさんは帝国からの旅行者ですか?」

 

 

「まあ、そうかな。旅行目的じゃなくて仕事だけどね。仕事の合間に観光でも、と思い立ったわけ」

 

 

「そうですか。クロエがすみません、気分を害されましたか?」

 

 

帝国が占領してから…というくだりの事を言っているのだろう。ナハトという少年は年の割には気を遣える男のようだ。遊撃士ともなれば当然かもしれないのだが。

 

 

「いや、気にしてないよ。確かに少しギスギスした雰囲気だよな」

 

 

 

「そう言ってもらえると。さて、それじゃあどこから案内していきましょうか?」

 

 

 

「おススメは歓楽街でしょうか。アルカンシェルの舞台はお休み中ですが、それでも見どころは多い場所ですよ」

 

 

 

クロエはそう勧めてくれるが、ナギトは「一通り連れ回してくれ」と頼む。

今後クロスベルで何をするにしろ、現地人の案内は必須であろう。

 

 

まずはここ、遊撃士協会支部のある東通りから始まり、旧市街に移動する。

 

 

「ここは旧市街です。ちょっと前まではサーベルバイパーとテスタメンツってギャングがいたんですけど、どっちもリーダー格がいなくなって、実質解散状態です」

 

 

「占領後は再開発の話も出てるみたいで、住民の立ち退きなんかも始まってるみたいですね…」

 

 

 

説明する2人をよそにナギトは、不穏な気配を感じ取る。その気配を感じる建物を指差して「あそこは?」と尋ねる。

 

 

 

「あそこはナインヴァリって交換屋です……まぁ、ブローカーですね。あそこがどうかしたんですか?」

 

 

「いや、なにも」とナギトは誤魔化す。不穏な気配を例えるならば、抜き身のナイフ、いやチェーンソーか、あるいは肉食獣だ。とてもゴロツキが出せるような気配ではない。近づかないのが賢明だろう。

 

 

 

「ここはもういいかな」

 

 

「わかりました。じゃあ次に行きましょう」

 

 

そう言って3人が旧市街から去った後、ナインヴァリの扉からひょっこり頭を出す赤髪の少女がいた。

 

 

「あれー?なんか強い気配を感じたんだけどな……気のせいかな?まあいいや。ジンゴちゃーん、弾の代金だけどさー」

 

 

少女は「まあいいや」と切り捨てるとナインヴァリの店内に戻った。

 

 

 

 

次は港湾区に向かい、そこで「おっと」とナギトが声を漏らし「ここは後でがいい」と2人を別の区画へ誘導する。

 

 

総督府からの使いと思しき人物を発見したからだ。

ナギトがクロスベル入りして僅か数時間のはずだが、さすがはルーファス。手際が良い。

 

 

 

さらに行政区、歓楽街、西通り、中央広場へと案内してもらい、そこでナギトらは総督府からの使いと思しき複数人に囲まれた。

 

 

 

 

「ようやく見つけたぞ。ナギト・ウィル・カーファイだな?一緒に来てもらうぞ」

 

 

 

「この人たち、総督府の役人さんみたいですね」

 

 

警戒するクロエとナハト。ナハトは「うん?」と首を傾げて、数瞬の後に「カーファイ!?」とナギトの方を見た。

 

 

「イエス、カーファイ!」

 

 

ナギトはニカっと笑いグッドサインを見せる。

クロエは未だポカンとしたままだ。

 

 

「カーファイ……ナギトさんのファミリーネームですか?ナハト、有名なんですか?」

 

 

 

「有名、なんてもんじゃねーよ。アリオスさんが使う八葉一刀流の開祖の名前がカーファイだ。見てくれから察するに孫……ってところか」

 

 

ナハトはさらに目を細める。

 

 

「総督府から使いが出るほどの人物が、どうしてクロスベルの観光なんかを?しかも、さっきこの役人たちを避けて通ってましたよね?」

 

 

 

役人からナギトへ警戒を移したナハト。

ナギトはそんな警戒に気づかないふりをして肩をすくめる。

 

 

 

「初クロスベルだからな、現地人の案内があったほうが今後のためになるだろう。あいつらを避けてたのは、見つかったら観光がすぐに終わっちゃうからだな」

 

 

「深い意味はないぞ」と笑うナギトに、ナハトは混乱する。

カーファイという名のイメージとかけ離れていたからだ。しかし、役人がこんなにも集まって捜すということは、その名に恥じぬだけの実力があるのだろう。

 

道化のフリは相手を油断させるためのものなのか?最悪な話、アリオス以上の実力者って事も……、ナハトに思考は警戒と観察に振られる。

そんなナハトの考えを見抜きつつナギトはそれを受け流した。

 

 

 

「でもまあ、タイムアップか。ここまで楽しかったよ、ありがとな、ナハトにクロエ。今後の幸運を祈る」

 

 

 

ナハト・ヴァイスとクロエ・バーネット、あまり大規模な事件じゃなかったから覚えていなかったが、他2名を加えてクロスベル試験班という組織に属していた、官民連携の組織だ。

試験班はリベール王国、レミフェリア公国、クロスベル自治州へ干渉しようとした猟兵の活動を阻止したそうだ。

その活躍が認められて正遊撃士になったそうだが………まだ課題はありそうだな、今後に期待という所だろう。

 

 

 

「じゃあ」と手を振ってナギトは2人に別れを告げる。

2人も何とか返事をして、そこで依頼の達成は認められた。

 

 

軽々しく手を振って、それから迎えに来た役人に問う。

 

 

 

「それで、我らが筆頭は何と仰せかな?」

 

 

応えがあるはずもなく。

 

 

そして、ルーファス・アルバレアとの対面の時がやってきた。

 

 

 

☆★

 

 

 

オルキスタワー、クロスベル総督府、総督執務室にて。

 

 

 

「よく来てくれたね、ナギトくん。煌魔城以来だから、実に8ヶ月ぶりくらいになるかな」

 

 

 

「まあ座りたまえ」と茶を用意しつつソファを指すルーファス。ナギトは挨拶を交わしながらも、警戒態勢に入る。

 

ルーファス・アルバレアを前に油断するな、と自らに言い聞かせるのだ。

 

 

 

「はてさて──、閣下から命令を受けて実に4日目だ。まあ、君が素直に命令に従うわけがないから、これくらいの遅刻は予想していたのだが………、その間なにをしていたのかな?」

 

 

 

いきなりそれか、と思いつつも余裕を崩さず茶をすするナギト。

カップを置いてから微笑みながら答える。

 

 

 

「慈善事業……まあ、ただの自己満足ですがね。帝都からここまで街道を通って来たんですが、その間に見かけた魔獣を殲滅しつつ、一切の飲み食いはなし。鍛錬にしてはやり過ぎですかね、解脱しちゃうかと思いましたよ」

 

 

「ははは」と笑うナギト。ルーファスはその言葉に偽りはないと確信する。しかしまるっきり真実でないことも理解している。

追及したところでのらりくらりと躱されてしまうのだろう。

 

 

ならば、早々に本題に入るとしよう。

 

 

「ではナギトくん。閣下から託された今、君は私の指揮下に入ってもらうが……問題はないかな?」

 

 

 

「ええ、特には。俺の運用方法を理解してらっしゃるなら無問題でしょう」

 

 

 

「フフ、なるほど」

 

 

ナギトからの言外の通告……つまりはナギトの『大切なもの』に害をなさなければ良い、というルール、あるいは優先順位に従うならば──という言葉にルーファスは笑う。

 

 

だからこそクロスベルなのだ、と。

ナギトの『大切』が多い帝国本土ではなく、併合して一年未満のクロスベルでの任務なのだ、と。

 

 

 

「ナギトくん、きみに命令を下す───」

 

 

 

 

 

 

 

そうして、命令は下された。

クロスベルは混乱の渦に叩き込まれ、幾度となく報が轟く混迷の地と化す。

 

轟報の魔都クロスベル────この戦を制するのは。

 

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