八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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慢心を喰らう虎、隕石を砕く雷

 

 

 

 

オルキスタワー──、クロスベルの心臓部であるそこは昼夜関係なく人でごった返した場所であるはずだった。

しかし、そこにはいつもの喧騒はなく、ただ一人の男が待ち構えていたのみ。

 

 

 

 

ナギト・ウィル・カーファイ

 

臨時武官としてクロスベル入りした男。戦闘を行ったランディが、あの《鋼の聖女》アリアンロードに近い実力を有すると評価を下した怪物。

 

 

この状況を見て、「ようこそ」と宣ったナギトを見て、ロイドはすべて察する。

 

 

 

「ナギト……やはり、君が総督府臨時武官のナギト・ウィル・カーファイだったか」

 

 

 

「その節はどうもありがとう、ロイド・バニングス。陽動はお前かアリオスさんかと思ってたが……まあ当たってたみたいだな。さすがに2人がかりだときついから助かる」

 

 

 

「…なるほど、俺たちはまんまとハメられたわけだな」

 

 

 

「ああ、クロスベルの英雄は総督府を武力制圧しようとしてテロリストへと堕ちる……そういうシナリオだ」

 

 

 

もちろん、ロイドとてその線を考えてなかったわけではない。

しかし《赤い星座》が街を蹂躙したのは遠い昔の事ではなく、帝国軍もほとんどはクロスベルの地から遠ざかった。総督府から猟兵団に支払われたらしきミラの動きも確認できた。そして街を蹂躙した後の復興を支援するという意味も。

 

噂の信憑性は高く、このままではクロスベルが襲われる危険性があった。

だからこうして行動を起こしたまでの事。ロイドやその仲間たちはこの選択を悔いることはない。

 

 

「やけに手が込んだやり口だな。君の入れ知恵なのか?」

 

 

 

「いやいや、俺はただの臨時武官だ。……こんな策を上奏することはない。これは、ギリアス・オズボーンからルーファス・アルバレアへと渡った作戦。ただクロスベルの英雄を表立ってテロリストと呼ぶための儀式だよ」

 

 

 

正しくは、総督府が英雄たちをテロリストとして指名手配するのに、クロスベルの民が納得するに足る理由作りだ。

 

 

何の理由もなく特務支援課のメンバーを指名手配するのは、クロスベル民の不評を買う悪手だ。

しかし、指名手配するに足りる理由があれば?

 

今回の場合はそれが、“英雄らは情報戦に敗北し、総督府に攻め入った。故に指名手配された”というもの。

総督府に騙された、というのがポイントだ。そして総督府に攻め込んだ、という事実。この2点があれば、クロスベル民は英雄たちの指名手配に納得する。

 

罪を犯した者は、裁かれるのが道理。

例えそれが誘導されたものであったとしても。実際に罪を犯してしまえば、罪人として見なされる。

 

 

クロスベル民が逃亡する英雄らの手助けをする事すらルーファスは計算の内だ。“総督府の陰謀により指名手配されてしまった可哀想な英雄たち”……クロスベル民の意識をそう誘導するための作戦なのだ。

 

 

 

「儀式、か。……だけど、ここで暴露しても良かったのか?作戦を完遂するには、俺たちがルーファス総督の元まで攻め込んだ方が都合が良いはずだ」

 

 

ロイドの言う通りだった。職員の避難をさせず、いつも通りの毎日を演じたままのオルキスタワー。その総督府に攻め込んでもらったほうが、指名手配するのにより確実な事実になっていたはずだ。

 

 

だが。ルーファスがそれを選択しなかったのには理由があった。

 

 

ナギト・ウィル・カーファイ。《緋玉の騎兵》たるナギトは、クロスベル到着直後にロイドと接触していた。その際に何らかのやり取りがあったのではないか、とルーファスは見ているのだ。

 

考えられるのは最悪のシナリオ。

ナギトとロイドが接触したのは作戦概要を伝える前ではあるのだが、ナギトならばルーファスの想像する最悪のシナリオを描き得ると評価していた。

 

最高の剣になったかと思えば、最悪の矢としてこちらを穿つ。

見え見えの二心が、ルーファスを苛む要因となっているわけだ。

 

 

 

「こっちにも事情があるって事さ。……さて、時間稼ぎももういいだろう。別働隊が突入するまであと10分くらいか?お前からの連絡がない限りは作戦は進む手筈になってるだろ?ああ、それと監視カメラは全台停止中だ、ヨナ君のハッキングで監視カメラを乗っ取って今の様子を別働隊に伝える事はできないぞ」

 

 

 

ナギトの言葉は、まるでロイドたちの作戦を聞いていたかのように的を射たものであった。

まったく何という男なのだ。この知略だけでも恐れ入るに足るものだ。

 

 

「なら、仕方ないな。……きみを倒して先に進ませてもらおう───!」

 

 

 

「良い闘志だ。──ならば俺も全力をもって応えるとしよう!」

 

 

 

すでに戦闘を避けられる段ではなかった。退けば背中を斬られる。オマケにテロリスト扱いの未来が待っている。

ロイドは自らの役目を理解していた。陽動、囮…あるいは捨て駒。自分がここでナギトを足止めしている間にランディら別働隊がルーファスの身柄を確保すれば、まだ何とかなる可能性は見えてくる。

 

 

いいさ、しぶといのは取り柄だ。仲間を信じてここで耐えてみせる!──そういった決意がロイドの瞳に宿ったのを見て、ナギトは口角を吊り上げる。

 

ロイドは愛用のトンファーを構える。制圧に長けた武装で殺傷力こそ低いものの、先のクロスベルの異変を解決したロイドの手にあっては大きな力を発揮する。

 

 

ナギトは“幻造”で太刀を造り出す。無手で立ち会わないのは、対峙する英雄へのせめてもの敬意だ。

 

 

ロイドの情熱を形にしたかのような、炎のように燃え上がる闘気が迸った。

 

さらに口角を歪ませるナギト。その身からは血の如き緋色の闘気が噴出する。

 

 

 

 

交錯する赤と緋。

これこそが、激動の時代の始まりの一戦。

 

かたや内戦に関与し友を救うた英雄。かたや仲間と共に守るべきものを守り通した英雄。

 

それがギリアス・オズボーンの手に踊らされ、いま刃を交える。

 

 

 

 

先手を取ったのはロイドだ。“ブレイブスマッシュ”による高速突進。

 

捌き易し、とナギトは迎撃の体勢をとる。相手の力を利用したカウンターの構えだ。

 

 

ロイドのトンファーとナギトの太刀が接触する瞬間。捌き易しとナギトが太刀を翻した瞬間。

“ブレイブスマッシュ”は突如変化する。直線から螺旋へ。“レイジングスピン”。

 

 

完全に虚を突かれたナギトはその一撃を受け入れる他ない。脇腹に突き刺さるトンファー…奇しくもそこは昨日ランドルフのスタンハルバードが抉った箇所でもあった。

 

 

呻きと共によろめくナギト。その隙を逃さずロイドは追撃する。

 

左右のトンファーの連打。バランスを崩しつつもナギトはそのいくつかに対応してみせるが、すべてを防ぎ切れているわけではない。

 

ロイドがバックステップで距離を取る。突撃までのタメだった。脚力を爆発させると、虎の如き勢いでナギトに肉迫する。

 

 

「タイガーチャージ!!」

 

 

この刹那でできる事はない。迎撃するには時間が足りず、回避するには体勢が厳しい。

 

ナギトにできたのは防御だけだった。

 

 

 

 

虎の突撃がナギトの防御を食い破り、その身を吹き飛ばす。

 

ナギトは背中を柱に強かにぶつけると肺の空気と共に吐血した。

 

 

 

「……ぐ………」

 

 

膝をつくナギト……、すぐさま追撃してこないロイドを見ると、戦技の連続で消耗しているようだった。

 

 

 

 

侮っていた。油断していた。慢心があった。

だが、それ以上に────ロイド・バニングスが強かった。

 

 

さすがはいくつもの難事件を解決してクロスベルを救ってきた英雄だ。

 

 

 

「どうだ、ナギト………、これが俺の意志の力……特務支援課俺たちが紡いだ意志の力、クロスベルの力だ! 君という壁を越えて、俺は先に進むぞ!」

 

 

 

意志が固い者は、やはり強い。自らの行いを正しいと認識している者は、やはり強い。

 

そういう意味で、ロイドは破格の強さを持つだろう。

本来なら道を譲りたいほど見事な啖呵だが、ここではダメなのだ。ここでロイドたちがルーファスの身柄を確保したとしても、ハッピーエンドとはいかない。

 

今クロスベルが抱える問題は1つではない。それらが解決されて初めて、この総督府が落ちるのがベストのストーリーだ。

 

 

だから、ここを通すわけにはいかない。

 

 

 

 

ゆらり、と口元の血を拭ってナギトは立ち上がる。

 

 

「……認めよう、ロイド。お前は強い。お前たちは強い。クロスベルは強い。だが───、機は今じゃないんだよ。 慢心はせん。来い、ロイド・バニングス。……絶対に越えられない壁というものを教えてやる」

 

 

 

 

突如、ナギトを包む闘気の荒々しさがなりを潜める。しかしそれは闘志の減衰ではなく、むしろ本気の証なのだとロイドは直感した。

 

 

 

ナギトという男は、己が力に驕るゆえに敵を軽んじる傾向にある。

口で何と言おうとも、その身には慢心が蔓延っている。相手が初めから自らと同等か、あるいは上の実力者だとわかっていればそれもないのだが。

 

ロイド・バニングスは格下である。ナギトは彼の実力をそう評価していた。自らに及ぶべくもない力、速さ、技術。ゆえの慢心を突かれた。

ロイドのSクラフトたる“タイガーチャージ”、対個人制圧の最強戦技のこれは、当然ロイドの消耗も激しい。しかしロイドはここで追撃するべきだったのだ。限界を超えてナギトを倒しに行くべきだった。それをしなかったがゆえに、ナギトに体勢を整える時間を与えてしまった。

 

ナギトは“タイガーチャージ”の威力を実に6割減衰させていた。気の防護を集中させて“タイガーチャージ”が本来持つ力の4割しか身に受けてはいなかったのだ。

 

しかし4割の威力とは言えクロスベルの英雄たるロイドのSクラフトは脅威するに足る力を持っていた。

ナギトが気にしたのはダメージよりも、体勢を崩されていた事だった。“タイガーチャージ”から、さらに追撃があれば負けの線もあった。

 

しかしこうして体勢が整った以上。慢心が消えた以上。ナギトが敗北する可能性は消えた。

 

 

 

 

 

激流から静水へ。気の質を変化させたナギトは冷ややかにロイドを見つめる。

ロイドは戦技の連発で疲弊している。ダメージを負っているのはナギトだが、劣勢ではないだろう。

 

 

 

さて、新技のお披露目といこう。

ナギトの脳裏を過ぎるのは、かつて助けられなかった友の顔。Ⅶ組の──ナギトの大願を果たすために、命を捧げた男の姿。

 

 

 

「剣鬼七式……」

 

 

 

ロイドの眼前、迫る刃。咄嗟の防御は間に合い、斬り抜けたナギトの姿を追って振り返る。

 

 

 

「“迅雷”のスピードを見切ったのは見事。だがすでに二手遅い」

 

 

“迅雷”を追うように雷鳴が響く。“迅雷”を追うように斬撃が疾る。

 

 

切り裂かれるロイドの背中。そこはまさにナギトが“迅雷”で斬りつけた軌跡をなぞるような。

 

 

 

「七の太刀、貴き復讐(ノーブルリベンジ)

 

 

 

友リヴァルのSクラフト………復讐者として生きたリヴァル・アルヴァンスという男の人生そのものと言っていい戦技だ。

 

 

 

「上だ」

 

 

 

“幻造”で造り出した五本の剣が中空からロイドへ向けて落下する。

 

 

「くっ…!」

 

 

後方に跳び迫る剣を躱すロイド。床に突き刺さった剣を抜いてナギトは“孤影斬”で追撃する。着地する以前の攻撃は、確実にロイドを捉えている。

 

 

飛来する刃をなんとか防いだロイドだが、着地時に大きくバランスを崩してしまう。

 

そこへ再びの“迅雷”。今回は防ぎ様もなく、胸板を切り裂かれるロイド。そして“貴き復讐”による追撃はトンファーで防ぐ。が、威力を殺す事はできずに吹き飛ばされ、今度はロイドが壁に背中を強かにぶつけた。

 

 

 

ここからさらに追撃───は、しない。

ナギトの目から本気の色が消える。慢心がなければこんなもんだ、という自負。力の差はわかったはずだ。

 

しかし、ロイドは折れない。不屈の闘志、鋼の意志。故にこそ彼は英雄足り得るのだ。

 

 

ナギトは文字通り気を緩めない。本気ではないにしろ、油断、慢心は消え去ったまま。

 

 

 

 

「……まだだ………!まだ俺は倒れてないぞ!」

 

 

ロイドは口元に流れる血を拭う事もなくそう叫ぶ。折れる事なき純粋な強さとはこれだ。仲間と一緒ならどこへでもいけるという信頼、あるいは覚悟。

 

 

 

「……良い根性だな」

 

 

 

呟くナギト。思い出すのはリィンの姿だ。リィンにロイド並みの強さがあれば、鬼の力の制御ももっと早くにできていただろうに。

 

リィンも意志は強い方だが、このロイドは別格だ。何があろうとも揺るぎない意志を持つ……ここまで来るともはや変態としか言い様がない。

 

 

 

「はぁぁああああ!」

 

 

 

裂帛ではまだ足りぬ気迫と共に、ロイドは内なる闘気を爆発させる。戦技“バーニングハート”、パワー、タフネス、スピードを50%引き上げるロイドの奥の手だ。反動として戦技解除後の動きが鈍くなるが、そもそも“バーニングハート”を発動する前に負けるよりは断然ましだ。

 

 

 

 

「これは……」

 

 

リィンの“神気合一”とまでは言わないが、何という能力の上昇量だ。ナギトは静かに驚愕しつつも、ロイドの次の動向に注目する。

 

 

 

今度こそフェイントなしの“ブレイブスマッシュ”。“バーニングハート”で強化されたパワーとスピードは、ナギトをして一瞬見失うほどであった。

 

 

回避か防御か、ナギトは瞬時に回避を選択する。先程の例があるのだ。完璧に挙動を見切るまでは回避に徹するべきだろう。

 

 

 

 

サイドステップで避けたナギトの横を通り過ぎたロイドは、その勢いのまま柱を蹴って天井近くまで跳び上がる。

 

さらに膨大な闘気を纏い、隕石の如き勢いを持ってナギトに向けて落下する。

 

 

 

「メテオブレイカー!!!」

 

 

 

 

攻撃範囲の広い“メテオブレイカー”を避けられぬと判断したナギトは迎撃の体勢を取る。

 

 

「雷神よ、我が剣の内にて鳴け」

 

 

範囲殲滅の力を持つだけの量の雷が、たった一太刀に籠められる。

千の鳥が鳴くような、無数の落雷が響くような轟音と共に刀身が雷の色に染まる。

 

 

 

「神鳴刃!」

 

 

 

“雷神裂破”で敵を焼き焦がすほどの雷を一振りの剣に籠める、それが“神鳴刃”だ。

 

 

 

 

二人の技が激突する。力は五分………否、一点集中の“神鳴刃”のほうが押している。ロイドの“メテオブレイカー”は本来もっと高く跳び上がる技だ、天井という枷もあり今回の力比べはナギトに軍配が上がった。

 

 

 

鋒から放たれた雷がロイドの身を灼く。強過ぎる電撃はそのまま皮膚を侵食し肉を炭化させるかと思われたが……そうはならず、雷はふっと消えた。

 

 

 

地面に転がったロイドはナギトを見上げながらその意味を問う。

 

 

「いま、力を抜いただろう……、どういうつもりだ?」

 

 

 

 

「さて、どういう事でしょうね?」

 

 

 

しかしナギトがそれに答えるはずもなく。

 

それでもロイドは侮られているわけではないと判断する。いや、見くびられているのは確かだが、弱いから見逃してもいいと判断するような輩ではないと思っていた。

 

 

ここまで時間稼ぎができれば充分じゃないか?立てば今度こそ殺されるかもしれない。後には頼りになる仲間が控えているんだ。もう役目は果たしたと言えるだろう。

 

だから────────立つ。

 

 

 

 

 

それが、ロイド・バニングスの信念だ。

 

諦める理由なんて山ほどある。立たない理由も。

しかし、それらが立ち上がらない理由にはならない。ロイド・バニングスはそういう英雄だ。そうして英雄になった男なのだ。

 

 

 

 

“バーニングハート”の効果が切れるまであと1分もない。

ロイドは最後の攻防に向けて得物を構えた。

 

 

 

 

突撃を仕掛けるロイドに、油断なくそれを見据えるナギト。

左右のトンファーによる乱打をナギトは悉く防御する。焦りを感じたロイドが大振りになった所で腹部に蹴りをぶち込む。

 

たたらを踏んで後ずさるロイドだが、その目は、その意思は未だ死んでおらず。

 

 

気力の限界をこじ開けて戦技を発動する。ブレイブスマッシュ。

 

 

今度こそはナギトも見逃さない。

ロイドの“ブレイブスマッシュ”に“疾風”で対応する。

 

交差する一瞬、太刀は構えられたトンファーをすり抜けてロイドの肩を切り裂いた。

 

 

地に膝をつくロイドだったが、僅かの間もなく立ち上がる。闘志が萎えていない証明をするように。

これにはナギトも嘆息する、「さすがに根性入り過ぎだろ」と。

 

そろそろ別働隊が動き出す頃合いだ。ナギトはロイドを倒すべく、自ら攻勢に出る。

 

 

一太刀、二太刀、三太刀───、閃く刃をトンファーで防ぐロイド。しかし体力が限界なのは見て取れる。もはや気力のみで立っている状態なのだ。

 

そんな状態で斬撃の間に挟まれた蹴りを躱すことは出来ず、吹き飛ばされてしまう。それでも何とか倒れずにキッと前を向くロイド。その目に映ったのは太刀を上段に構えるナギトの姿。

 

 

トンファーを頭上で交差させて防御を固めるロイド。

 

だが。

 

 

 

「そういうのを───」

 

 

 

ナギトは太刀を素早く操って上段の構えから突きの構えに移行する。

 

刺突はロイドの心臓を串刺しにする手前で止まる。ジャケットを僅かに貫き、ナギトはそのまま太刀を大きく振り上げた。

 

 

 

「チューリップガードっつーんだよ!」

 

 

 

峰で弾かれたトンファーのガード。ロイドの防御は剥ぎ取られ、その身は読んで字の如くがら空きとなってしまう。

 

 

 

ナギトの袈裟斬りは、ロイドの胸板を大きく切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

ロイド・バニングスの強さとは、心の強さだ。

何があろうと諦めぬ鋼の精神力。それがあったから特務支援課は、遊撃士の真似事と揶揄されたチームは、クロスベルに降りかかるいくつもの難事件を解決に導き、ついには英雄とまで呼ばれるようになったのだ。

 

 

ロイドは何があっても諦めない。決して折れない、萎えない、挫けない!

 

 

 

 

だがそれは、あくまで精神の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

切り裂かれた胸板からは血が噴き出している。放っておけば死に至る失血量だ。

 

 

仰向けに倒れるロイドを見てナギトは「やっちまったよ」と舌打ちする。

ロイドがあまりにも倒れないものだから、つい力が入ってしまった。

 

ロイドをここで死なすわけにはいかないが、生かすためには捕虜にするしかない。ナギトは自らの立場の不自由さを嘆く。

 

ナギトはこれから別働隊を叩かねばならないため、ARCUSを取り出して誰かにロイドを回収してもらおうとして───

 

 

紙片が真っ直ぐに飛んで来ているのを目撃した。

風でメモ用紙が飛んだかと思ったが違う。それにこれは紙片と言うより───

 

 

 

 

「──符か!」

 

 

 

符術とは、紙片に魔力やら呪力やらを籠めて何らかの作用を起こすものだ。

 

 

ナギトは接近してくる符を斬るが時すでに遅く、符は爆発を起こした。

 

 

 

「ぐ──!」

 

 

 

こいつは───!

 

 

 

これが何者の襲撃であるのか、その狙いは何なのか、瞬時に思考を巡らせたナギトは首を守るように太刀を構えた。

 

刹那、衝撃。

 

 

 

「な───!?」

 

 

襲撃者からして、この首を狙った一撃は会心のものであった。視覚を封じ、聴覚を麻痺させ、気配は完全に絶っていたはずだ。

 

それなのにどうして。襲撃者が驚きのあまり声を出してしまうのは必然であった。

 

 

符の爆発で巻き上がったほこりを剣風で吹き飛ばし、襲撃者の姿を確認する。

 

 

 

 

「暗殺者のクセしてその大剣……《銀》、リーシャ・マオか!」

 

 

 

共和国において伝説の凶手と畏れられる《銀》。不死身とも言われるその正体は襲名制で今代の《銀》がリーシャ・マオだった。

 

 

 

 

「あなたは───!」

 

 

 

リーシャの脳裏に蘇るのは、数年前の共和国での出来事。

要人連続殺人事件で世間が賑わっていたある日、リーシャはナギトに……否。ウィル・カーファイに遭遇していた。

 

 

 

「ナギト・ウィル・カーファイ……どこかで聞いたことがある名前だと思ったら………あなただったんですね……………《剣鬼》」

 

 

 

「懐かしいな、リーシャ……だが久闊を叙する仲でもあるまいよ。お前はロイドを連れて離脱しろ」

 

 

 

冷ややかに言うナギトにリーシャは驚愕する。それはナギトにとって1つの利もない言葉に思えたからだ。

 

 

「ロイドはクロスベルに必要な男だ。俺は別働隊にも対応せにゃならんしな。……それともなんだ?ロイドを見捨ててまで俺を足止めして作戦が成功するのに賭けてみるか?」

 

 

 

何を考えているのかわからない。ナギトのセリフはクロスベルを慮ったもののように聞こえる。

確かにここで総督府を落とす意味合いは大きい。ここに至るすべてが罠だったとしても、勝ちさえすればあらゆる情報は反転し、テロリストと英雄は逆転するだろう。

 

だが負ければ──?ロイドは死に、別働隊は捕らえられ、リーシャも捕虜となるだろう。味方はまだいるが、ロイドやアリオスといった中核となるメンバー不在により、再起の余地なき敗北となる。

 

ならば、まだダメージの少ない負け方をした方がマシだ。

 

 

「いえ、ここは退かせていただきます。……ウィル・カーファイ、あなたは変わりましたね」

 

 

 

かつての《剣鬼》なら容赦なくロイドを殺し、リーシャと刃を交え、攻め込んだ別働隊をルーファスと挟撃する事を選んだだろう。

つまりクロスベル側としては最悪の結末を。

 

それをしないのはナギトに何らかの考えがあるからだと悟ったリーシャはロイドを担いでオルキスタワーから逃亡する。

 

 

もしもの話ではあるのだが。ナギトが立場に縛られており、それでも可能な限りは自分たちに味方してくれているのだとしたら。

 

もしも、ナギトを縛る鎖を断ち切る事ができたのなら。

彼は心強い味方になってくれるのではないか。

 

 

 

「リーシャ……?君は今回の作戦には参加しないはずじゃ?」

 

 

 

意識を取り戻したロイドがリーシャに問う。クロスベル民にとってリーシャは未だ劇団《アルカンシェル》のリーシャ・マオだ。

 

そんな存在を指名手配するリスクを総督府はこれまで取らなかった。だからそれを利用してこれまでリーシャでは裏で動いてもらっていた。

だが総督府襲撃なんて大事に関わったら、立場など関係なく指名手配する名分が立ってしまう。

それがリーシャが今回の作戦に参加しない理由だった。……それがどうして?

 

 

 

「彼に、頼まれたんです。彼はこうなる事を予見していました。今はロイドを失うわけにはいかねぇ──と」

 

 

 

リーシャが真似た口調でロイドは、リーシャの言う彼が誰なのか察した。

 

ずば抜けた知力と武力。さらには切札を隠しているという彼。

 

 

──“「悪いが《Ω》を潰すのに利用させてもらうぜ」”

 

 

そう言って接触してきた彼。

 

 

──“「代わりに俺がアンタらを手伝ってやる」”

 

 

ニヤリと笑った顔の裏に、どこか滲み出る人の良さがあった彼。

 

 

 

 

────クロウ・アームブラスト。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

リーシャがロイドを連れて去ったオルキスタワーを地下に向けて走るナギト。

 

別働隊がクロスベル地下を縦横無尽に繋げるジオフロントを通って侵入する事はわかっていた。

 

 

 

 

「さぁ、こっからが本番だぜ………」

 

 

 

別働隊にはアリオス・マクレインがいるだろう。かつて技を競い合った弟弟子が。

 

 

 

「久々に稽古つけてやるか!」

 

 

 

そう意気込んでナギトはジオフロントに足を踏み入れるのだった。

 

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