八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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そして第一の轟報は成る

 

 

 

 

 

 

「時間だ、作戦を開始する」

 

 

 

 

その言葉を最後に、ロイドと通信が途絶して15分が経過している。

 

作戦が順調ならば傍受される恐れのある通信は控えておく前提の作戦だった。秘匿回線を使っているとは言え、相手は帝国だ、どこから傍受されるかわかったものではない。

 

状況が悪化した場合はロイドが通信で別働隊に退却を指示する手筈となっていた。

 

それがないということは、作戦は順調に進んでいるという事だろうか。

──否、断じて否。

ヨナから連絡が入った。曰くオルキスタワー玄関口付近の監視カメラが停止しているらしい。

 

普通に考えて作戦が順調に進んでいると錯覚させるための罠とわかる。

 

となれば、ロイドはすでに交戦状態にあり連絡ができないと見るべきだ。

 

 

 

 

「どうする?」

 

 

短く聞いたのはアレックス・ダドリー。元はクロスベル警察捜査一課の主任捜査官だった男だ。今は帝国軍クロスベル方面隊特務警察、いわゆる軍警の人間になる。

 

渋い顔になるのはアリオス・マクレインにランドルフ・オルランド、ロナード・グリフィンの3人。これにダドリーを加えたメンバーが、今回ジオフロントからオルキスタワーに突入する別働隊の構成員となる。

 

 

 

状況のすべてが罠である事を示唆している。《赤い星座》によるクロスベル蹂躙の噂は嘘であり、それを止めようと総督府に攻め込んだクロスベルの英雄たちをハメようとする罠だと。

 

 

「十中八九罠っスよね、これ」

 

 

そう言ったのはロナードだった。ナハトやクロエと共に試験班としてクロスベル、リベール、レミフェリアに及んだ猟兵の進撃を食い止めた若き警察官。

 

 

 

「そうだな、だが……」

 

 

と、ランドルフはそこで言葉を切る。ランドルフはその先にある可能性に気づいているのだ。

 

 

「それすらも罠の可能性がある」

 

 

そう言い切るのはアリオス。ランドルフが考慮した可能性にアリオスもまた考えが及んでいた。

 

 

 

「《赤い星座》がクロスベルを蹂躙するという噂……、俺たちは今回、それが真実である事を考えてこの作戦を立てた。総督府の動きが、それが真実であると見せかけたからだ。だが今になってそれが嘘だったと判明するような事をしている……、今回の件が俺たちを指名手配するための作戦だとしたら、矛盾しているようにも思える」

 

 

 

アリオスの指摘は正しかった。

クロスベルの英雄たる特務支援課と、その協力者たち。《赤い星座》が街を蹂躙するという偽報に踊らされた自分たちを指名手配するのが総督府の狙いならば。

この段で自分たちに噂が嘘だとバレるのは失策だ。

 

そしてそんなミスを、ルーファス・アルバレアがするわけがない。

 

 

……と、アリアスらが考える事すら見透かされているのかもしれない。

 

 

 

八葉一刀流の二の型を皆伝し、《理》に通ずるとさえ言われるアリオスをしてルーファスの思考は読めなかった。

 

 

実の話、ルーファスがそういう手を取ったのは、ナギトの存在ゆえだ。

ナギトの裏切りを考慮したルーファスは、この段で噂が嘘である事がバレる作戦をとるしかなかったのだ。

 

だが、そうする事で逆に噂の信憑性が高まる事も充分に理解した上でルーファスはナギトを迎撃に用いたのだ。

 

 

その目論見は成功した。この僅かに発生した迷いの時間───、突入するか否かの時間が稼げれば。ナギトが別働隊に追いつくまでの時間が稼げればルーファスはそれでよかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい、ここは通行止めねー」

 

 

 

 

 

間の抜けた声音と共にナギトが姿を現した。

 

 

 

「てめぇ、ナギト・ウィル・カーファイ!」

 

 

ナギトがここにいる意味を理解して、すぐさまにランドルフはスタンハルバードでナギトに攻撃を仕掛ける。

 

ダドリーとロナードは援護射撃に入り、アリオスも抜刀するとランドルフに続く。

 

 

 

銃弾は“幻造”で造った防壁に弾かれナギトには届かず。

ランドルフのスタンハルバードは太刀で受け止められ、間髪入れず放たれた蹴りがランドルフの腹筋を貫く。

間も無く肉薄したアリオスと三合斬り結び、剣速で勝るナギトが“残月”を見舞う。辛うじてガードが間に合ったアリオスだが勢いに押されて数アージュ後ずさる。

 

 

 

 

「くっ……この、」

 

 

再びランドルフはナギトに攻撃を仕掛けようとするもアリオスに「待て」と制される。

 

 

「まさかとは思っていたが…やはりお前だったか、ウィル」

 

 

懐かしさを滲ませる声音で言うアリオス。こんな状況でなければ「大きくなったな」と言ったかもしれない。

 

 

「知り合いなのか?」

 

 

ダドリーが聞く。“幻造”の防壁──半透明の盾で銃弾を阻まれたが、その精神には未だ些かの余裕があった。

 

 

 

「ああ。俺が使う八葉一刀流……彼はその兄弟子だ」

 

 

 

アリオス・マクレインは今年で31歳になる。その兄弟子が、こんな青年だと?と一同は疑問に感じる。

しかし、ナギトのファミリーネームを思い出してその疑問は氷解した。

 

 

 

「久しぶりだ、アリオスさん。……剣技は鈍ってないようで安心したよ」

 

 

 

“カーファイ”が彼のファミリーネームだ。それは武の世界において知らぬ者はおらぬ《剣仙》の名。

それが年下でありながら兄弟子である、という謎を解明する鍵となった。幼児期からユン・カーファイに師事していたのだと。

 

 

「フ」と笑うアリオス。

 

 

 

「お前の方こそ、ずいぶんと腕を上げたようだな」

 

 

 

「まあ、これでも八葉の二代目なんでね。……悪いが仕事だ、久闊を叙するのもここまでにしよう」

 

 

 

言い終えた直後、ナギトから殺気が溢れ出す。

シグムント・オルランドのような全てを圧し潰すが如き威圧感ではない。アリオス・マクレインのような研ぎ澄まされた剣気でもない。

それは死を恐怖させる殺気ではなく、死を覚悟させる殺気。

 

 

対する4人も負けじと闘気を高めていき……

 

もはや戦闘は避けられぬ。両陣営が武器を握りしめて、いざ開戦───、という段でランドルフがナギトに「ひとつだけ答えろ」と視線を伏せて言う。

 

前髪で目が隠れたランドルフの感情を読み取ったナギトは殺気を緩めて質問に答える意を示した。

 

 

 

「ロイドは、どうした?」

 

 

 

短い問い。ナギトもまた短く答える。その顔にいつもの笑みを貼り付けて。

 

 

 

「斬り捨て御免、というやつだな」

 

 

 

 

《赤い死神》が、かつて猟兵だった頃のランドルフの通り名だった。

 

 

スタンハルバードに仕込まれた棘が牙を剥き、ナギトの眼前に迫る。

 

 

 

 

間一髪で防ぐナギトだが、棘の突きで“幻造”製の太刀にヒビが入ってしまう。

 

 

 

「よくも…ロイドを……!」

 

 

 

怒りに悲しみを滲ませる目で、声音で。ランドルフがスタンハルバードを振るう。

 

 

ギン、ギン、ギン、ギン──と、防がれ、弾かれるたびにスタンハルバードにこもる力は増していく。

 

 

しかしそれは、派手さは増したものの雑になったという事に他ならない。そして、その隙を見逃すナギトではない。

 

 

 

大振りになった所にカウンターの“残月”。しかしそれはランドルフのフォローに入ったアリオスに防がれた。

 

アリオスはランドルフを抱えて退き「挑発に乗るな」と、ランドルフを正気に戻す。

 

 

 

「やつを見てみろ、返り血の一滴も浴びてはいない。おそらくロイドの迎撃に向かったのはウィルではないはずだ」

 

 

 

「……言われてみりゃ確かにそうだ。すまねぇな、アリオスさん」

 

 

 

納得したように謝るランドルフだが、このメンバーの中で唯一ナギトと手合わせした自分だけがわかるのだ。あれの人間離れした強さを。

 

ナギトならば斬った相手の返り血を浴びない事も可能なのではないか?

しかし、そんな疑問を口にする事はできなかった。この段に至り、作戦は失敗が濃厚であり、且つロイドも失ってしまったとなれば事態は最悪だ。

 

少なくともここで、自分たちの精神的支柱であるロイドを死んだ事にするのは得策ではない。

 

 

ランドルフはそう判断した。とは言いつつもアリオスの推察が正しかろうと思っているのだが。

 

 

 

 

「今のやりとりでわかったはずだ。……ウィルは俺より強い。撤退するぞ、しんがりは俺が務める」

 

 

 

アリオスもまた、ランドルフの考える最悪を想定していた。ゆえの撤退。もしロイドが本当にやられたのだとしたら、ここで自分たちが無茶をして助け出すよりも捕虜になったほうが生き残る確率は高いだろう。それに、あの人並み外れたタフネスを持つロイドがただで人質をやるとも思えない。

 

 

アリオスの指示に従って3人は撤退を開始する。アリオスが「俺より強い」と明確に言葉にした事で3人の中でナギトの脅威度が増した。

昨日手合わせしたランドルフはもちろん、ダドリー とロナードにも。

 

 

 

「さて、というわけだ。このアリオス・マクレインがお相手仕る。……我が兄弟子よ、存分に胸を貸してもらうぞ!」

 

 

 

“疾風”。しなやかでいて、なおかつ強い。《風の剣聖》が皆伝したニの型の極意は《風》。

まさにそれを体現したかの如き斬撃がナギトに襲いかかる。

 

 

 

踏み込んだアリオスだが、その刃は空を切る。アリオスが踏み込んだ分だけナギトが退いていた。そしてその退きは、タメの時間を作るのが目的だった。

 

 

「許すぞ、アリオス。……もう負けはしない」

 

 

“迅雷”が“疾風”を穿つ。

 

濃密な殺気は死を幻視させる。自らの首がはねられる様を幻視したアリオスは即座にその場から飛び退いた。

 

一瞬遅れでコートの端がバッサリ切り落とされている事に気づく。

 

振り返り様にアリオスを睨む。バチバチと足元から立ち上る雷が、ナギトの決意を示していた。

 

 

 

「さすがの速さだ。…これはどうだ!?」

 

 

 

アリオスが“疾風”を連発する。風を引き連れた斬撃は、最早移動するだけで相手を斬り刻む凶器となっている。

 

しかしナギトは冷静にアリオスの刃を防ぎ、その余波とも言えるカマイタチは気の防護のみで凌ぐ。

 

このクラスの相手と戦うと、ワンアクションの無駄が敗北に直結する。

今のナギトには慢心はなく、油断もなく、そして余裕もないのだ。

 

 

だが、捉える。

捉えられぬはずの風を、確かに。

 

 

「そこか」と雷鳴より速く、アリオスの次の動きを予測して攻撃を仕掛ける。

 

 

 

「くっ!…よもや風を読むとは」

 

 

刃越しにナギトを睨むアリオス。その目は自分の知るかつてのウィルとは違っていた。

 

 

思い返す修行の日々。《剣仙》の元で八葉一刀流を学ぶ際に紹介された子供、ウィル・カーファイ。

捨て子を拾ったとユンは語ったが、その子の持つ剣才は実子と言われても信用していただろう。修行の際、何度も手合わせの機会はあったがその度に辛酸を舐めさせられたものだ。ウィルは当時から強かった。

 

たった13歳の子供が、修行の修了試験の相手になるほどに。

 

 

 

 

人生経験の差が勝敗を分けた。世を知らぬウィルが《理》に至ったアリオスに負けるのは必定だった。

 

 

しかし、子供だったウィルはいつのまにか大人になり、人を知り世を知って《理》に至った。

 

 

 

 

敗北の未来を直感したアリオスは奥の手を使う。

 

 

 

 

「99戦1勝98敗……記念すべき100戦目は……引き分けでどうだ?」

 

 

 

 

「なに?」

 

 

 

ナギトの思考に刹那の空白が生まれる。

刃越しにアリオスが懐に手を伸ばす。出てきたのはグレネードだった。

 

 

「グレ──…」

 

 

反応する間もなくナギトは爆発に巻き込まれた。

 

 

 

☆★

 

 

 

「あー……くそ、これは………」

 

 

 

閃光と音響を主目的としたスタングレネードだったのだ。気で視覚や聴覚の感覚強化を行なっていたナギトはその影響をもろに受ける事になった。闘気での強化がそのまま耐久にも直結していたのが幸いか、感覚は麻痺しているだけで失われてはいない。

 

 

 

目は見えないし、音も聞こえない。三半規管までやられて平衡感覚までダメになっている。

気配探知でアリオスが遠ざかっていくのがわかるが、それだけだ。

いや、それさえわかれば感覚がイカレていてもどこへ向かえばいいかわかる。

 

 

ナギトはアリオスを追って走り出した。

 

 

 

 

 

 

麻痺していた感覚が徐々に現実を映し出す頃、ナギトはようやくアリオスの背中を捉えるか、という距離まで迫っていた。

 

視界の先にはやや開けた区画がある。あそこで追いつく!とさらにスピードを速めたナギト。

 

 

広い場所に出て、先を行くアリオスの背中を斬ろうと『幻在剣』で太刀を形作ろうと気力と魔力を収束させる──柄が、鍔が、刀身が形を成していき……そこでナギトの足元に銃弾が撃ち込まれた。

 

 

 

 

「ここは通行止めだよ、おにーさん」

 

 

 

振り返るアリオスはその声の主を見る。未だ年若き、しかしその戦闘力は世界でも有数であろう女。

 

鮮やかな赤い髪を靡かせて、物々しいブレードライフルを携えて、女は着地する。

 

 

ようやく完全に感覚を取り戻したナギトはその姿を確認し、憎々しげに名を呟く。

 

 

 

「《血染め(ブラッディ)のシャーリィ》、シャーリィ・オルランド…」

 

 

ナハトらと共に旧市街に行った際にナインヴァリ店内に見つけた猛獣の如き気配はこの女のものだった。

 

 

 

「悪いね、恨みはないんだけどさ……《赤い星座》の名前を利用されて黙ってるわけにはいかないんだよね」

 

 

仕方ない、とでも言いたげにシャーリィは語る。

クロスベル独立問題の後、シャーリィは結社に引き抜かれたと聞いたが、未だに《赤い星座》との繋がりはあるのだろうか?

 

 

 

「…なるほどな。それが俺の前に立ち塞がる理由か。まあ筋は通っちゃいるが……」

 

 

太刀は形を成し、殺気は鬼の如くしてシャーリィを睨む。

 

 

「猟兵が死ぬに足りるほどじゃなかろう」

 

 

ビリビリと空間が震え、グラグラと足元が揺れる。それはまるで、神が顕現するかのような有様だ。

 

 

これこそが武の頂点に達した者の放つ気。

 

 

しかしシャーリィは呑まれずに、冷静に自分と相手の力量を見定める。

シャーリィ・オルランドという人間は、生粋の戦闘狂だ。しかし死にたがりではない。故にこそ彼女は自らを上回る相手に戦いを挑む事はないのだ。

シャーリィが望むのは格上と戦う高揚感ではなく、同格と戦い本気でぶつかる事。

 

だからシャーリィは《鋼の聖女》を避けたし、リーシャに本気を出させるために外道行為に手を染めた。

 

 

 

シャーリィは自らの力に自信があった。幼少の頃より戦場に身を置き、今や同業者からも恐れられる存在となった。

父や伯父、《猟兵王》とすら良い勝負をする自信もある。条件さえ整えば《剣聖》クラスにさえ届くかも知れない。

 

 

 

だが、これはダメだ。

 

 

この男だけは、ダメだ。勝てるイメージがわかない。《鋼の聖女》のように見てわかる強さではない。この男は自らの力を隠している。だから自分はこうしてこの男の前に立ったのだ、無謀にも。

 

 

 

よく化物呼ばわりされる。戦場を蹂躙するさまからそう呼ばれるのだ。

それで言えば従兄弟のランディも化物だった。父シグムントも化物だ。伯父バルデルも《闘神》に名前負けせぬ化物だった。

そしてこの自分も、《血染めのシャーリィ》と呼ばれるくらいには化物だった。

 

しかし、この男は格が違う。いや、質が違う。

暴の行き着く先が化物だとしたら、武の行き着く先は神だ。

 

そんな事を思ってしまうほどにシャーリィは、この場面を諦めていた。

 

 

 

 

「雷身功」

 

 

 

ぼそりと呟くとシャーリィの視界からナギトが消えた。周囲を見回してもその姿は確認できない。──が、いるという事はわかる。

 

これはただ、見えない速度で動いているだけだ。

 

 

目で追えず、気配を探知しようとしても速すぎて捉えられない。

ナギトの通った軌跡に雷光の残滓が確認できるだけだ。

 

 

こんなものにどう対応しろと言うのだ。

 

ナギトがシャーリィの首を刎ねるべく刃を振るう。

 

 

しかし───、それはシャーリィのブレードライフル《テスタ=ロッサ》の回転刃に阻まれる。

 

 

それは野生の勘か、猟兵として培ってきた経験か、あるいはオルランドの血の為せる技かはわからない。

しかし、シャーリィは現にナギトの太刀筋を読んで見せたのだ。

 

これにナギトは驚く。しかし同時に予想通りでもあった。

相手は最強の猟兵団を率いる一族の娘だ。あのシャーリィ・オルランドなのだ。この程度なわけがない。

 

 

そこからさらに苛烈に攻め始めるナギト。雷光を纏う神速の連撃はしかし、シャーリィに次々に防がれてしまう。

 

 

 

「アハッ!なんだ、けっこうやれるじゃん」

 

 

自慢の得物テスタ=ロッサを振り回しながらシャーリィは笑ってみせる。

ナギトのスピードに追いつけないが、何故か対処できている。

こっちかな?と思った所にナギトの攻撃がくるのだ。勘が冴えているのか、運が良いのか、今の状態のままカジノに行けば大勝ちできるだろうとすら思えた。

 

 

 

「オーケー、思った以上にやるな…シャーリィ・オルランド」

 

 

 

雷速での動きを止めて太刀の背でトントンと肩を叩きながらナギトは言う。

 

 

 

「おにーさんこそ。巧妙な擬態だったね……騙されちゃったよ」

 

 

 

「戦闘は始まる前が大事だからな。いかに相手を油断させるかに重きを置いているわけだよ」

 

 

 

「…ま、そういう手もありだよね。それじゃあ再開しよっか。いくよ、テスタ=ロッサ!」

 

 

 

ウオォオン!と唸りを上げるチェーンソー。刃が回転し切断力はそこらの剣の比ではない。一撃を防がれるだけで“幻造”の太刀が刃毀れする程だ。

修復は簡単だが、そのたびに意識を割かねばならないのが面倒だ。

 

 

 

「ギアを上げる……ついて来れるか!?」

 

 

 

“雷軀来々”──雷の分け身を作り出したナギトは、それらを一斉に突撃させる。5体の分け身による“迅雷”だ。

圧倒的なスピードはしかし、単調な直線の動きだ。それは天性の勘を持つシャーリィにとって対処に易い攻撃だった。

 

 

テスタ=ロッサを一振りし、突撃してきた5体の分け身をかき消す──が、

 

 

「青いな」

 

 

先程まで攻撃を読まれないようにしていた男が「ギアを上げる」と言い、こんな単調な攻撃をするのか?という思考をする時間を与えないための“迅雷”だ。

 

 

 

高く跳躍したナギト、直上に構える太刀には膨大な雷が纏わりついている。

 

 

それは振り下ろされると共に雷撃を放つ“雷神烈破”。

 

迎撃に跳び上がるシャーリィ。テスタ=ロッサの刃はいつにも増して唸りを上げ、内蔵する火炎放射器から放たれる火を帯びている。

 

 

 

だが。ナギトはもう一度言う「青いな」と。

 

 

 

突如、シャーリィの身を襲う雷撃。

それは先程テスタ=ロッサにてかき消したはずの帯電した分け身だ。

 

“雷軀来々”によって生まれた分け身は、その大部分を薙ぎ払われたが、すべてが死んだわけではない。

かき消えた分け身の残滓を凝集し、雷の槍と化してシャーリィを貫いたのだ。

 

分け身による“迅雷”は“雷神烈破”のための囮ではなく、“雷神烈破”を確実にヒットさせるための布石だったのだ。

 

 

 

雷槍はシャーリィの意識をも灼く。それは一瞬であるが、ナギトが太刀を一振りするのに充分すぎる時間だ。

 

 

そしてナギトは、遠慮なく、躊躇いなく、容赦なく───太刀を振り抜いた。

 

 

 

「雷神烈破」

 

 

 

 

雷を百束ねたが如き光、雷を千束ねても届かぬ破壊力。

 

それはまさしく雷神の怒り。

 

 

 

振り下ろされた刃と共に放たれた雷撃はジオフロントそのものを揺らす。張り巡らされた配線は焼き切られ、クロスベルという都市は一時的に機能を失う。

 

 

 

直撃したジオフロント区画は床にヒビが入り今にも崩壊しつつあり、その中心は──、すなわち“雷神烈破”が飲み込んだ地点は、大穴が開いている。底は目視できるが雷撃で焼け焦げているせいで黒く変色し、見えないと錯覚する者もいるだろう。

 

それほどの一撃なのだ。ナギトの“雷神烈破”とは。

相手がロイドのような、今後オズボーンの計画を邪魔するのに確実に必要な人物ではなく。シャーリィのような、殺しても今後に差し支えのない者ならば。

ナギトはこうして容赦なく刃を振るえるのだ。かつて《剣鬼》と呼ばれた本性を垣間見せるのだ。

 

 

 

それほどの一撃を喰らい、人が生きていられるはずがない。ナギトが本気で、全力で、躊躇いなく、容赦なく、殺すつもりで放った奥義。人の形を保っているだけで大したものであるはずなのだ。

 

 

ナギトは穴の底を覗き込み「ふっ」と笑う。

 

 

 

「さすがはオルランド、と言ったところか」

 

 

 

穴の底にはシャーリィ・オルランドが生きていた。

 

とは言っても皮膚は炭化し、全身は真っ黒で気絶しているが、その手にはまだテスタ=ロッサが握られている。

 

 

「戦闘狂め……気絶してても戦いたいってか」

 

 

シャーリィの戦闘センスは抜群だ。カンも相当良いと来てる。

“雷神烈破”を喰らう直前、何があるかはわからないまでも、何かあると直感して防御へとシフトしたのだろう。

 

 

さて、どうしたものか。とナギトは思案する。

シャーリィはロイドらとまではいかないものの、オズボーンに敵対する可能性のある駒だ。

殺すつもりだったが、ここまでの戦闘センスを見せつけられるとそれも惜しくなってくる。それに、マクバーンに続きシャーリィまでリタイアさせたらさすがに結社の怒りを買いそうな気がしてきた。

 

 

「見逃すかねぇ……」

 

 

やれやれ、とため息を吐いてナギトはシャーリィから視線を外した。シャーリィの生命力ならここに放置しててもその内かってに帰るだろう。そもそも何故いまクロスベルにいるのかは謎だが。

 

 

 

瞼を閉じたナギトは気配探知の索敵範囲をぐっと広げる……が、そこにアリオスは引っかからない。

 

 

 

「こっちも見逃しちまったかね」

 

 

クロスベル地下に張り巡らされたジオフロントはまるで迷路のようになっている。無計画にほいほいと区画を増やしては繋げて、を続けたせいで併合される前のクロスベル自治州すら把握できていない広大さだったわけだが帝国に併合され、総督となったルーファスが初めに行ったのがジオフロント全区画の把握だった。

多数の人員を使い半年かけてようやくジオフロントはその全容を明らかにされた。無論、テロリストらにジオフロントを悪用されないための措置である。

 

そんなわけで総督府にはジオフロントの地図があるのだがナギトは目を通していない。今日の作戦でその知識があればアリオスらがどこへ逃げたか推測できてしまうためだ。

推測できてしまえば追わなければいけない。だがどこへ逃げたかわからなければ追うに追えない。……そういう建前が出来上がる。

要は自分がテロリストたちを追い詰めないための措置である。

 

 

 

それに、今更アリオスに追いついた所で勝てる確信はない。万全ならば十中八九勝てるだろうが、今はロイド、シャーリィと立て続けに戦って消耗してしまっている。《剣聖》クラス相手には致命的だ。

 

 

 

 

気になる気配が2つばかりこの先の区画にあるのだが……、これはおそらく遊撃士協会の者だろうか。オルキスタワーを攻め入るのに遊撃士という立場ではいけないため、アリオスらが作戦失敗した時のための追っ手の足止め役といった所か。どんな名分で総督府の者を足止めするかは知らんが……、今回は相手にする必要はなかろう。

 

 

 

「命令は“オルキスタワーに侵入してくるテロリストの迎撃”…追撃までは含まれていない。役目は果たしたかな」

 

 

 

いつも通りの悪意的な命令の解釈だ。……とは言ってもルーファスはこの事をわかっているはずのため、本当に追撃まで行う必要はない。

 

 

 

ナギトは“幻造”の太刀を消すと総督府のルーファスの元へと報告へ向かった。

 

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