国境なき軍隊───それは異名だ。
暗黒時代、国々の争いが絶えず人々の怨嗟が連なっていた時代に彼らは生まれた。
世界初の傭兵組織《アナザーフォース》。
未だ国しか軍を持たない時代にあって彼らは国境を飛び越えていくつもの戦場を駆け巡った。その結果ついた異名が《国境なき軍隊》だ。
七曜教会が台頭し、暗黒時代は終わりを迎えた。世界は信仰を得て秩序を取り戻した。
そうして《国境なき軍隊》は居場所をなくした。
とはいえ、暗黒時代ほどではないにしろ、未だ戦火に包まれる地も多くあった。《国境なき軍隊》はそういった戦場に現れはしたが──時が過ぎるに連れてその回数も減っていった。
長い、永い時が流れても始まりの傭兵組織として高名だった彼らはついぞ消え去る事はなかった。
規模は縮小し、弱小と化しても《国境なき軍隊》の名は在り続けた。
そして、現在。
とある国の諜報員が国を出て《国境なき軍隊》に所属し、組織の長となった。
それからだ。《国境なき軍隊》がかつての隆盛を取り戻したのは。
ゼムリア大陸東部最高の傭兵組織。
西部最強と呼び声高い双璧───《西風の旅団》と《赤い星座》と並び評される程には。
☆★
《太陽の砦》……《星見の塔》、《月の僧院》と並ぶクロスベルの遺跡だ。その3つの遺跡の中でも《太陽の砦》は最大規模を誇る。内部は迷宮の如く入り組んでおり、所々が崩落しているそこは侵入者を阻むようでもあった。
「……くく、マジだったか」
《太陽の砦》の前に広がる遺跡群のひとつに身を隠したナギトは闘気で視力を強化して砦の入口を見て呟いた。
砦の入口には歩哨が2人立っていた。門番、あるいは見張りといったところか。
ルーファスは《Ω》の拠点の位置を把握していた。《Ω》の拠点はナギトが来ている《太陽の砦》だ。
ルーファスは《Ω》に諜報員を送り込んでいた事を明かした。諜報員の存在により拠点の位置も知り得た上に動きの事前察知も可能となる、と。
総督府にとって《Ω》とは邪魔なだけの存在だ。当然のようにルーファスは排除しようと動いた。
僅かばかりだが軍を動かしたのだ。しかし《太陽の砦》を陥とすことは叶わなかった。
共和国による支援はもちろんの事、《国境なき軍隊》の教導により急激に力をつけた《Ω》に撃退されたのだ。
共和国を刺激しない程度の規模しか動かせないとは言え、《Ω》を壊滅させるには充分なはずの人数を送り込んだはずなのだが───、それでも撃退は数回に及んだ。
そして調査をした結果《国境なき軍隊》の存在が明らかになったのだ。
ルーファスが懸念しているのは《国境なき軍隊》がどんな目的でクロスベルの問題に介入してきたか、だ。
猟兵というのは金次第で敵にも味方にもなる、言わば戦争の犬だ。しかし《国境なき軍隊》───《アナザーフォース》は違うという。
かつて猟兵のパイオニアとして生きた時代とは違い、今の団長は「戦争の犬にはならない」と常日頃から口にしており、今回のクロスベルへの介入も確固たる目的があってのもの……という可能性があるのだ。
戦争の犬にはならない…どうやらそれが《アナザーフォース》が猟兵ではなく傭兵だと名乗るわけらしい。
要は共和国からの紹介でもなく《Ω》自身のコネクションでもなく、《アナザーフォース》が自ら売り込んできた事を懸念しているのだ。
ナギトに命じられたのは《アナザーフォース》がどんな目的でクロスベルに介入してきたのか、今後帝国にも介入してくる可能性があるのか、という点の調査だった。
共和国の支援に加え、《アナザーフォース》の教導も有り、《Ω》は帝国正規軍に勝るとも劣らぬ精強さを身につけたという。
それが、隠れもせずに《太陽の砦》に立て篭もり要塞化している、という事に繋がっているのだろう。
ただ逃げ隠れては奇襲に奇策を重ねるだけの組織ではないのだ、《Ω》は。そういう意味では《帝国解放戦線》よりも強力なテロリストたちなのであろう。
「さて、どうするかね……」
一旦視力強化を解いて考え込む。このまま潜入するのも手ではあるが敵戦力の規模がわからない以上は危険だ。
《Ω》や強奪されたという機甲兵は──まあ何とかなるだろう。だが問題は《国境なき軍隊》だ。そのNo.2…《鏡の銃士》が如何程の力の持ち主かわからない。もちろん負けるつもりはないが《太陽の砦》深部に潜った後に多勢に無勢になれば………
簡単なのは気配探知に引っかかる敵すべてを殺し尽くして進む事だ。すると《Ω》の壊滅のオマケ付きでもあるのだが──、今《Ω》を壊滅させるとクロスベルにおけるルーファスの支配が絶対的になるであろうためにできない。
総督府、特務支援課+α、《Ω》の三勢力が互いに牽制し合う事でクロスベルは真なる意味で帝国の支配下に置かれることを免れているわけだ。
「こういう時こそ捜査力に長けた特務支援課の力を借りたい所だが…」
立場的に無理だし、そもそもどこにいるのかすらわかってない。よって却下。
次なる候補は協力してくれるかどうかはわからないが……協力するだけの理由を作る事はできそうだ。
ナギトは身を翻すとクロスベルの遊撃士協会支部へと向かった。
☆★
クロスベル支部にてナギトは遊撃士たちの協力を取り付けた。民間人が危険に晒される可能性を訴え、自らも遊撃士の身分を明かした上での話だ。
遊撃士でありながら敵とも言えるギリアス・オズボーンになぜ従うのか問われるも、それには詳細こそ伏せたものの真実を伝える。
無駄になるかもしれないが、まるっきり無意味というわけでもない。後の事態を好転させるかもしれない伏線だ。
そしてナギトは別件について調べを進める。
ルーファスから話を聞いてからは気が気ではなかった。
《Ω》のリーダーは《C》───まさかとは思うが……クロウ、お前じゃないよな?
ナギトは行政区を訪れた。政治の中枢がオルキスタワーに移ったとはいえ、行政区がもぬけの殻になったわけでない。
むしろ民を治むる政治家たちはここで日々議論を交わしている。
ルーファスはクロスベルの総督であるものの、クロスベルのすべてを自ら動かしているわけではない。
当然のように部下がいるわけだ。それは軍事然り、政治然りだ。その政治を行う人物らが詰めているのが行政区だ。そこにはクロスベル自治州だった頃の政治家が多数在籍している。これは市民からの反感を買わないようにするためのルーファスの策であった。
まず総督ルーファスが「こうしろ」という案を出し、どうやって「こうする」のか行政区で議論し、施行する。
元々のクロスベル市長、議長の上に総督という席が出来たという話である。
クロスベル民からすれば直接政治を行うのは元々クロスベルの政治家だった者たちなわけだから反抗の意思も芽生えにくいのだ。
ナギトの用があるのはその政治家たちの実質的なトップ───ヘンリー・マクダエル……ではなく、その孫娘エリィ・マクダエルだ。
エリィ・マクダエルとは言わずと知れたクロスベルの英雄、特務支援課の初期メンバーの1人であり、射撃技術やアーツの扱いに長けている、というのが情報局のファイリングだ。
それに加え、さすがは政治家の孫なだけはあり、政治的手腕もかなりのものとの事。
アポイントなしに突撃したが臨時武官を名乗るとすんなりと通される。立場の差が明確にわかる一瞬だ。
応対室で待っていると銀髪の綺麗な女性が現れた。写真で見た顔と同一……エリィ・マクダエルだった。
「はじめまして、エリィ・マクダエルさん。総督府臨時武官のナギト・カーファイと申します。本日はお忙しい所を大変申し訳ありません」
軽く低頭するナギトを見てエリィは少し面喰らう。聞いていた話とはイメージがかけ離れている。
「はじめまして、エリィ・マクダエルです。噂の臨時武官であるあなたが訪問して下さるだけで光栄というものです」
しかしエリィは取り乱さずに言葉を紡ぐ。ナギトは微笑んで「いえいえ」とかぶりを振った。
2人はテーブルを挟んで正面から向かい合う。エリィの目はすでに政治家のそれになっていた。あるいは捜査官もこのような目をするのだろうか。何一つ見逃さぬという決意を秘めた目だ。
「それで、本日はどのようなご案件でしょうか?」
尋ねるエリィに、ナギトは瞑目して意を決する。今からやるのはオズボーンに対しての裏切りにも通じる道だ。
「臨時武官を名乗って来て何ですが……ここからはナギト・カーファイ個人として話をさせていただきます。あなた方特務支援課は《Ω》をどう認識している?」
ナギトがエリィに聞きたいのは、特務支援課と《Ω》に繋がりはあるのか?という話だ。
総督府と特務支援課と《Ω》の三竦みによってクロスベルの均衡は保たれている。
特務支援課と《Ω》に繋がりがあれば総督府も本腰を入れて対応に入るだろうが、それぞれ独立した動きしかしないのなら、先日の作戦のような小手先で弄ぶだけだろう。
エリィは問いかけの意図を測りかねていた。
──“特務支援課は《Ω》をどう認識しているか?”
そもそもの話からして、現在《特務支援課》という組織はない。警察組織の一部署だった特務支援課は解散し軍警に再編成された。
実際、軍警に所属した元支援課メンバーはロイド、ランディ、ノエルの3名だが。
エリィは政治で帝国に抗うために祖父の秘書となり、ティオ・プラトーはエプスタイン財団本部のあるレマン自治州へ異動、独立問題時に教会の《守護騎士》という身分を明かしたワジ・ヘミスフィアはアルテリア法国に帰還した。
だから今現在、特務支援課は存在しないのだ。
しかし、それでもナギトは問いかける。
その言葉が指すものとは、特務支援課の残党とその協力者たちの事だ。
エリィは思考する。ナギトは個人として問いかけると言ったが、それを信用する事はできない。総督府の使者として特務支援課残党とエリィの繋がりを調べに来たのかもしれない。
もしそうなら、エリィは捕縛され人質にされる可能性すらある。
しかし、ナギトには騙し討ちの色は見えない。そういった人物には協力してやりたくなるし、もし言葉通りならナギトは敵ではないのかもしれない。
エリィは用心に用心を重ね、虚実を織り交ぜて答えを紡ぐ。
「特務支援課は現在存在しませんが」と前置きをしてエリィは語り始めた。
「かつてこのクロスベルにあった特務支援課なら《Ω》を、クロスベルの治安を脅かすテロ組織として認識していたでしょう」
現在、特務支援課は《Ω》を敵として認識している。
「しかし特務支援課は解散しており、動く事はできません」
特務支援課は主軸のロイドの怪我と大半のメンバーの指名手配により動く事がままならない。
「なるほど……そうでしたか」
ナギトは頷き理解を示す。
この返答は想定内だった。特務支援課のような正義のヒーローが、帝国の支配を脱するためとは言え、テロリストたちに協力するとは思えない。
だが、エリィの言葉をそのまま真実として受け入れるほどナギトもお人好しではなかった。
まあ、《Ω》と特務支援課に繋がりはないと見ていいだろう。あくまで《Ω》と特務支援課には、だが。
「では、あなた方は《Ω》の背後にいる共和国と国境なき軍隊と呼ばれる猟兵団についてはどの程度ご存知ですか?」
《Ω》には共和国が武具や金などを融通している。もちろん秘密裏の事だ。露見すれば国際問題になる……が、帝国は今のところそこを突く気はないらしい。
そしてもう一つ、国境なき軍隊。十数人で《Ω》に合流した大陸東部最高の傭兵組織。彼らの指導により《Ω》メンバーの戦闘力は大きく底上げされた。
元々《Ω》…….《帝国解放戦線》のメンバーは非戦闘員が多かった。当然の話、オズボーンの政策の犠牲になるのはいつも民間人だからだ。
《帝国解放戦線》の決意は民間人に死を厭わず鉄槌を下す覚悟を与えた。捕らえられようものなら即座に自死を選ぶテロリストの覚悟を。
今の《Ω》とはただ《帝国解放戦線》の後継というだけではない。内戦開始の引き金となったオズボーンの死により組織を離脱したメンバーが再び集った事のほかに、帝国に併合されたクロスベル市民たちも多く参加しているのだ。
非戦闘員を戦士として調教する、国境なき軍隊の手腕は見事なものと言えよう。
エリィは口を閉ざしたままだ。まさか知らぬという事はあるまいが、それを言うのはさすがに憚られるのだろうか。
「クロスベルという地は、薄氷の上に成り立っている。エレボニア帝国、カルバード共和国という二国間の狭間に存在した自治州の均衡は薄氷の上に成り立っていた」
エリィの語る覚悟を決めさせるようにナギトはクロスベルが現在どんなに危ういかを説明する。
「かつて強固な地盤を手にする機会があった……クロスベル独立問題時、《碧の大樹》を出現させた者たちの造り上げた《零の至宝》だ。その力をもってすればクロスベルを帝国、共和国の宗主国として世界に定義させる事も可能だったというではないか」
エリィの視線がナギトに突き刺さる。クロスベル独立問題の黒幕が目指したのは《零の至宝》によるクロスベルを帝国や共和国からの脅威に晒されないようにするためのものだった。
しかし、たった1人の少女を犠牲にするかのような計画に異を唱えた特務支援課は少女から神の如き権能を取り上げた。
「でもあれは私たちの大切な人を犠牲にする計画だった。……あれが、あの時の行動が間違いだったなんて誰にも言わせないわ」
「しかし、その結果クロスベルは帝国の併合という憂き目にあっている。 これでクロスベルは強国エレボニア帝国の傘の下に入れたんだ……もう安全は約束されたようなもの……とはならん。クロスベルは未だ強固な地盤などではなく、薄氷の上に堅固な城を築いただけに過ぎない。城が難攻不落だったとしても薄氷が割れてしまっては意味がない………。そして今───、クロスベルを薄氷たらしめているのが《Ω》だ」
クロスベルは併合される事により帝国の統治下、つまりその軍事力に守られる対象になった。
しかしそれだけで安全が約束されたわけではない。
《Ω》という新たな火種が出来てしまったのだ。表立ってクロスベルを侵攻する事を諦めた共和国が打った搦め手。《Ω》に物資支援を行う事で帝国の統治を危うくする目的だ。
それが成功すれば侵攻の成功率は高まる。
だから《Ω》の存在こそはクロスベルをさらなる戦地に誘う爆弾足り得るのだ。
それはエリィも理解していた。
《Ω》の存在故にクロスベルの平和は薄氷の上に成り立っている、という事になるわけだ。
だが逆に──《Ω》が壊滅してしまえばクロスベルにおける帝国の支配が盤石になってしまうのも確かだ。
「──私たちが知ってる事は少ないわ。共和国の支援ルートは陸路よ……おそらくタングラム門に《Ω》の人間がいるわね」
タングラム門に《Ω》側の人間がいる──それについてはナギトも考えていた。
タングラム門にはクロスベルでも腕利きの猛者が配置されている。先日ナギトと模擬戦を行った3人がその代表格だろう。
そんな連中が何機も機甲兵を奪われるのもおかしな話だ。
「それと国境なき軍隊についてなんだけど、来てるのは副司令と並ぶNo.2…実戦部隊のリーダー、《鏡の銃士》アダム。私たちが掴んでるのはこれくらいよ」
それはルーファスからも聞いた話だった。《Ω》に雇われてるのは国境なき軍隊のNo.2だと。
《鏡の銃士》……リボルバー式の拳銃を使うらしいが、いったいどんな傑物なのやら。
「…わかりました。情報提供に感謝します」
ナギトは低頭すると立ち上がる。そんなナギトを制するようにエリィは声をかけた。
「私にこんなにも喋らせたのに、そちらからは何もないのですか?」
どこか挑発するような口調のエリィにナギトは軽く笑む。
「私が掴んでる情報はそちら以下なのでね、何も教える事はできないのです。ただ一つ、言えることがあるとすれば───」
エリィはふとナギトの雰囲気が変わった事に気づく。そしてこっちこそがナギトの素である事を理解した。
「お前たちは、《Ω》について考えなくていい」
その言葉の真意とは、いったいどんなものであるのか、エリィにはわからなかった。
そのまま黙って出て行こうとするナギトはドアの手前でエリィに振り返った。
「クロウ・アームブラストって名前を聞いた事あるか?」
たった今思い出したかのように自然な体で、何気なくを装って、尋ねた。
その名前を聞いた瞬間、エリィは目を見開いた。それが失態であることは自明の理だ。
「いえ、聞いた事はありません」
咄嗟にそう繕ったものの、誤魔化せたかどうかはわからない。
ナギトはまた笑んで「そうですか、それでは」と今度こそ応接室から出ていった。
☆★
建物から出たナギトはため息を吐く。
「やっぱり美人の相手は緊張するな〜」とひとりごちて、表情を引き締める。
「にしてもクロウ……あんにゃろう、何のつもりだ……?」
クロウがクロスベルに来ている事は知っているが、そこまでだ。
今どこにいるのか、とか。何をしてるのか、とか……は、わからない。
だからこそエリィにかまをかけるが如く不意打ちで質問したのだ。
目は口ほどに物を言う、とまではいかないが、わかりやすい反応をしてくれたものだ。
クロウは特務支援課と共に行動している、というのがナギトの導き出した答えだ。
クロウの事だからナギトがクロスベル入りした事はすでに知っているだろう。問題はなぜ接触がないのか……そもそもARCUSの通信ができない事も謎、というか腹が立つ。
目的が何にせよ、顔くらいは見せるのが義理というものじゃないのか。それともナギトの前に顔を出さない特別な理由があるのか。
まあいい。そっちから会う気がなければ探し出すまでのこと。
ナギトは決意を胸に青い空を見上げる。雲一つない晴天は吉兆のようにも思えたのだった。