八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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《剣帝》から《剣皇》へ

 

デュバリィが“あのお方”と呼ぶ人物を、ナギトは1人しか知らない。

《鉄機隊》を率いる、結社《身喰らう蛇》最強の武人。

かつての獅子戦役では、かのドライケルス帝と共に戦った聖女。

騎神の起動者。生ける伝説。

 

 

《星見の塔》の屋上に出る。

濃密でいて、それで威圧的ではない気配。むしろ共にありたいと思わせるような、不思議な存在感。

 

しかし、ナギトはそれに気づく前に満天の星空と化した夜空に目がいった。

煌めく数多の星たち、太陽の光を身に受ける事で地上を照らす月の慈愛。

そんな中、ひっそりと、悠然と、空を眺めて佇む鎧姿。

それはまるで御伽噺めいた情景だった。

 

 

だが、惚けていては何も始まらない。

ナギトは一歩踏み出して鎧姿の背中に声をかけた。

 

 

「こんなに月が綺麗な夜に、仮面越しでの空は味気ないんじゃないですか………《槍の聖女》」

 

 

 

 

鎧姿はゆっくりとナギトに向き直った。その動きの流麗さは鎧の物々しさを打ち消して余りあるもので、仮面の下の素顔が玲瓏なものである事を思いださせる。

 

 

 

「それは捨てた名です。……私と呼ぶ時はアリアンロードと」

 

 

エレボニア帝国史に残る伝説《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットの名を捨てて、《身喰らう蛇》の使徒第七柱《鋼の聖女》アリアンロードとして生きる。

それは彼女にとってとうの昔に決意し終えた事のようで、ナギトはその言葉に従う事にした。

 

 

 

と、ふとそこでアリアンロードとは別にナギトに語りかける声があった。

 

 

 

「月が綺麗ですね───なんて、ナギトくんも浮気性ね。アルゼイドの娘に言いつけちゃうわよ?」

 

 

耳元に囁きかけられるようで全身がざわついた。この艶かしい声音の主人をナギトは知っていた。

 

 

「《鋼の聖女》に加え《蒼の深淵》とは……まったく俺なんぞのために使徒を二柱も使役しますか………かの盟主(グランドマスター)は」

 

 

アリアンロードと挟み込むようにして姿を見せたのはヴィータ・クロチルダだった。

高位の魔女にして級友だったエマ・ミルスティンの姉。

《蒼の深淵》の名を預かる《身喰らう蛇》の使徒第二柱だ。

 

 

 

「……そんな意味で言ったんじゃないですがね。それとも貴女には“海が綺麗ですね”と言えばいいですか?海なんて見えませんが……」

 

 

軽口を叩くナギト。しかし警戒度はすでにMAXだ。《身喰らう蛇》の幹部2人───ナギトには身に余る敵だ。

そんなナギトの警戒を感じ取ったのか、月光に照らされた使徒2人もまた雰囲気を引き締めた。

 

 

「我々が動いた理由───わかりますね?」

 

 

 

短く、アリアンロードは問う。いや、それは問いかけるというよりも確認すると言った方が適切な物言いだった。

 

結社がナギトに接触する理由なんて、一つしか思い当たらない。

 

 

 

「マクバーン、ですか」

 

 

 

《却炎》の、あるいは《火焔魔人》と呼ばれた結社最強の男。

その男はブリオニア島における戦闘にてナギトに意識を閉ざされたまま姿を消した。

 

あの後、結社でも手が尽くされたがついに封印の解呪はできなかったものと見える。

 

 

 

「ええ、そうよ。さすがに特異点が仕掛けた呪いね。私たちがあらゆる方法を試してもまったくの無意味だった」

 

 

 

「盟主はこうおっしゃられた──この呪いをかけたのが特異点なら、解く事ができるのもまた特異点のみ、と」

 

 

 

2人の言葉にナギトは瞑目する。使徒を二柱も使い、ナギトにマクバーンにかけられた呪いの解呪を迫るとは、やはりマクバーンは結社にとってかなり大事な駒であったようだ。

 

 

 

「ご足労をかけて悪いんですが、マクバーンの呪いを解くつもりはありません」

 

 

瞼を開けて、ナギトははっきりと口にした。

しかし2人は予期していたかのように眉ひとつ動かさず、交渉を始めようとしていた。

 

 

「まず前提として」とクロチルダが語り始める。

 

 

「あなたは《鉄血の子供達》の一員だけれど、真の意味で《鉄血宰相》に忠誠を誓っているわけではない。それは、あなたが契約に縛られる形でギリアス・オズボーンに従っているから……違うかしら?」

 

 

前提としてとんでもない事をぶっこんできたクロチルダ。彼女はナギトとオズボーンの取引を見てはいないはずなのに、その答えに至るのはさすがと言えた。

あるいは、クロウが裁かれていない時点で事は明白だったか。

 

 

 

「じゃあ、そこまでして彼に忠を尽くす必要はないんじゃないかしら?」

 

 

 

「忠を尽くすではなく、筋を通す。オズボーンが契約に反しない限りは、俺もオズボーンの部下として振る舞う。……それが、俺の決めたルールですから」

 

 

静かに、しかしはっきりと拒絶するナギト。緊迫した2人の間に割って入ったのはアリアンロードだった。

 

 

 

「魔女殿、遊びはここまでにしましょう」

 

 

その言葉にナギトは薄ら寒いものを感じる。この2人を寄越したという事は、実力行使も辞さないつもりだろうと思っていたからだ。

 

 

「そうね」と受け取るクロチルダ。来るか、と身構えるナギトだったがそうはならなかった。

 

 

 

「ナギトくん、あなたの願いはあなたと、その親しい人たちが安寧に暮らす事でしょう?」

 

 

尋ねるように、唄うようにクロチルダは口にする。

ナギトが返事をする前にアリアンロードが先を続けた。

 

 

「そして、その願いを果たすのに障害となるのが、誰になるのかわかっていない」

 

 

次はクロチルダが。

 

 

「ギリアス・オズボーンか、それとも私たち《身喰らう蛇》か」

 

 

アリアンロードが。

 

 

 

「故に、その立ち振る舞いは曖昧なものになってしまっている」

 

 

 

「私たちは、そんなあなたの選択肢を増やしに来てあげたのよ」

 

 

 

「つまり──」

 

 

 

矢継ぎ早に語られたが、ナギトには2人が何を言いたいのかわかっていた。

 

確かにナギトの願いはクロチルダが語った通り、自分とその友人達が何事もなく生きる未来が欲しい、というもの。

そのために、誰が邪魔になるのかわからない。

オズボーンか、結社か。あるいは別の誰かなのか。

 

それを踏まえた上で、ナギトは勢力が偏らないように動いて来た。

結社のマクバーンという戦力を削り、クロスベルにおける帝国の支配を盤石にしないために画策する。

 

そこに、新たな選択肢を与えるという結社の言葉。

 

 

アリアンロードの言葉を、乗っ取る。

 

 

 

「──つまり、俺を結社に迎え入れるつもりか」

 

 

自ら解を導いたナギトを讃えるかのように2人は微笑する。

「ええ、そうよ」と言うクロチルダは言葉を続けようとして、ナギトがくつくつと笑っている事に気がついた。

 

 

自分が結社の一員になる、という可能性に至り、ナギトは笑いを抑えられない。

表の顔は遊撃士でありながら、ギリアス・オズボーンの腹心《鉄血の子供達》の1人でもあり、裏では七曜教会と協力体制で──、さらに結社の一員?

これはさすがに設定が盛られ過ぎだろう、と。

 

 

しかし、面白いのも確かだ。それ以上に心強い事も。

 

使徒の2人が言いたいのは────

オズボーンが敵に回った時、結社とナギトは共に戦う、という事だった。

 

 

飛びつきたい程の話なのだが───

 

 

 

「──タイミングが、悪い。なぜ今日なのか……はは、まったく。その話、飲めませんね……いかんせん、今日だけは」

 

 

 

今日だけは。ルーファスのために使うと決めた1日なのだ。

それに反するのは、自らの矜持に反する事だった。

 

 

 

「だけど……ひとつ、オマケしてくれるなら」

 

 

 

だから、提示する条件をクリアしてくれるのなら。

ルーファスへの義理も保たれ、ナギトも結社入りを承諾できる。

 

ルーファスへの義理を通すために、結社入りをせねばならなかった、と言い訳ができるからだ。

 

 

「零の残り香……知ってますか、碧の大樹跡地に張られた結界を」

 

 

ナギトは語る。

零の残り香の事を。干渉不可の結界の事を。

 

 

 

「その結界の解除、破壊、あるいは通過の方法を俺に授けて下さい」

 

 

 

それが、ナギトが結社入りを承諾するのに必要な理由──ルーファスへの義理を通すための条件だった。

 

 

 

「了承したわ。結社の力をもって零の残り香という結界……対処してみせましょう」

 

 

クロチルダは二つ返事だった。数多のアーティファクトを持ち、規格外の技術力を持つ結社ならば、結界の突破は容易だろう、と思って突きつけた条件だったのだし、予想通りの展開だった。

 

 

 

「いざとなれば、我が槍でかの結界を破壊しましょう」と、アリアンロードも言うのでナギトも安心する。

 

が、アリアンロードのその言葉で好奇心がむくりと起き上がる。ここで1つ、謎解きを終わらせておこう、と。

 

 

 

「確かに貴女なら、残り香程度の結界なら造作もなく破壊できるでしょう………、騎神の力を身に宿す貴女なら」

 

 

不敵に笑って見せるナギト。

それは、アリアンロードと呼ばれる存在についての謎。そしてその解についてだった。

 

確証もなく、確信もない。しかし、こんな機会はもうないと思ったがゆえの行動。

 

 

 

「獅子戦役が終結し、リアンヌ・サンドロットは病没……それが帝国史に残る、貴女の最期だ。しかし、貴女は今ここに存在している。この矛盾は何だ?」

 

 

史には病没と記しただけ?違う、獅子戦役は数百年前の事だ、今まで生きている説明がつかない。

 

そもそも───

 

 

 

ビュッ、と音が遅れた。ナギトの手刀がアリアンロードの面を割る。

現れる素顔は相変わらず見惚れてしまうほどの美貌を湛えている。

 

 

 

「そもそも、なぜ今まで生きているのか?──この問いは前提から間違えている。貴女は一度死んで、甦ったんだ」

 

 

面を割られたアリアンロードはしかし、狼狽えずにナギトを見やる。

ナギトは沈黙を肯定とみなして推論を先に進める。

 

 

「いや、甦ったという表現も正しくないか。貴女は今も死んでいて、ただ動いているだけだ。………違いますか、《鋼の聖女》?」

 

 

鋼の、という部分を強調して言う。鋼の意味は、おそらくそういう事だ。

 

 

「根拠は?」

 

 

尋ねるアリアンロードにナギトはまた不敵に「もう言ってますがね」と笑う。

 

 

「現在まで貴女を死んだはずの貴女を動かしてきたもの───それは、騎神の核だ」

 

 

 

獅子戦役当時、リアンヌが駆っていた騎神。その核を心臓代わりに使っているのだ、という指摘。

そして当然ながら、生きていないのなら、歳を重ねる事はない。さながら不老不死の如く若いままなのはそのせいなのだ。面を割って現れた素顔がその推測を強固にした。

 

 

「どういう理屈か……まあアーティファクトならそんなもんは蹴飛ばしそうですが。……ともかく貴女は騎神と深く繋がっている。それによって“人の身では勝てない事が決まっている”とまで言われる武力を得た。いくら獅子戦役の時代から生きていて、その間の研鑽を怠っていないにしても、貴女の力は人から逸脱し過ぎているから」

 

 

人では勝てないのも当然、相手は騎神の力を持つ者なのだ。しかも騎神よりサイズが小さい分、小回りがきくから余計に厄介だ。

 

元より隔絶した武人であるのも確かなのだろう。だが、そこに騎神のパワーというブーストがかかり、人の身では勝てない事が決まっている、と呼ばれるまでになったのだとナギトは考えたのだ。

 

 

アリアンロードは瞑目した後ひとつ息を吐くと、ナギトを正面から見据えた。

 

 

「見事です。我が正体、よもや暴かれる日が来るとは思いませんでしたが…………、ブリオリニア島で騎神の名を聞いたのはその先までを考えるつもりだったわけですね?」

 

 

アリアンロードってのは貴女が獅子戦役の時に乗ってた騎神の名か、とナギトは尋ねたのだった。答えは否だったが、アリアンロードがリアンヌ・サンドロットである事は確定した。

 

ではもし、その答えが正解であれば、どうなっていたか?

 

確信を得ていただけだ。

《鋼の聖女》の鋼は、騎神の身である事を表していたのだ、という推測に。

 

 

「はい」と答えるナギトにアリアンロードは柔らかく微笑み、「では今度こそ我が騎神の名を明かしましょう」と言った。

 

 

「アルグレオン───《銀の騎神》アルグレオンです」

 

 

 

☆★

 

 

 

 

その後、ナギトは転移により星振の間という場所に連れられた。

五角形の足場に、見たことのない文様が描かれており、正面には《身喰らう蛇》のマークが浮かんでいる。周囲は無数の立方体により六面を覆われており、およそ外は感じられない。

 

この世のものとは思えない場所だった。機械的に思えるのに神秘的のようにも感じる。

 

 

ふぅ、と柱が浮上してきた。その上に光が灯る。

 

それと同時にナギトを連れてきたクロチルダとアリアンロードが跪いた。

 

 

なるほど、と理解する。

 

 

 

 

 

──任務の遂行、ご苦労──

 

 

 

鼓膜を震わせる音ではなく、頭に直接思念を叩きつけられるような感覚。

この感覚を、ナギトは体験した事があった。ブリオニア島に封印された巨像、時を司る神クロノギアとの邂逅で。

 

 

 

「は」とアリアンロードが頭を下げたままその声に応えた。

 

 

 

──そして…特異点、はじめまして。私が《身喰らう蛇》の盟主です──

 

 

丁寧な口調の女の声。それはナギトの、ある推測をさらに強固にした。

 

 

「はじめまして、大いなる盟主様。ナギト・ウィル・カーファイです」

 

 

慇懃に頭を下げるナギト。こんな場においても帝国で学んだ作法は自ずと体を動かしていた。

 

 

「しかし、俺はまだあなたの部下ではない。だから盟主様と呼ぶのも違いますな。なれば、こう呼ぶとしましょう───」

 

 

 

頭をあげたナギトが、ニヤリと笑う。

 

それは、あまりにも唐突な事だった。

 

 

 

 

「──空の女神エイドス。いや、あるいはその影法師か?」

 

 

 

ハッと息を飲む、使徒2人。何故それを知っているのか、といった体である。

 

対する盟主エイドスに驚いた様子は見えない。対面しているのでははないから顔色が窺えるわけではない。

しかし、ふとした時に出る反応は声音からだけでも充分に読み取れるのだ。

 

それこそ、クロチルダとアリアンロードが息を飲んだように。

 

 

 

──どこで、それを…?──

 

 

盟主エイドスはあくまで冷静だ。

ここまでは想定内ということらしい。だが、その情報源がどこかまでは知らないようだ。

 

ナギトはもったいつけずに教える事にした。その表情は“さあ、聞いて驚け”と言っているようでもある。

 

 

 

 

「クロノギアから」

 

 

 

──……ッ!?──

 

 

 

今度こそ、盟主エイドスは息を飲んだ。クロノギアの名前はそれほど衝撃的だったという事だ。

そうとわかっていてナギトは言ったわけなのだが。

 

 

 

──かの神と、会ったのですか──

 

 

 

「ええ、2度ほど」と答えるナギト。結社《身喰らう蛇》の盟主がエイドスである、という情報はクロノギアとの2度目の邂逅の際にほぼ答えに等しい状態で聞かされた事だった。

 

 

 

──そうですか──

 

 

 

そう言うと、黙り込む盟主エイドス。ナギトは笑みを引っ込めると、真面目な顔をしてエイドスの声を届ける光を見た。

 

 

「創世の神話を聞きましたよ。その終わりの理由も。…栄華を誇ったゼムリア文明が崩壊するほどの力の衝突──……恐ろしい限りです。あなた方のオルフェウス最終計画とやらの着地点なぞわかりませんが、現文明を守護するためなら俺も力を尽くしたいと思っています」

 

 

時の神と焔の神の激突───その余波で古代ゼムリア文明は滅びた。至宝を戴き、栄華を自由にしていた古代の民がだ。

眠りにつき、さらには女神によって封印されたかの二柱の神が今すぐ目覚めるわけではないが、ナギトの言葉はそんな途方もない話ではなく直近に迫った“激動の時代”に対する覚悟を示していた。

 

 

盟主エイドスは再び「そうですか」と紡ぐと、その直後に「では」と雰囲気を変える。

 

その変貌っぷりはナギトが道化からシリアスに変わるのとは比較にならぬほどの違いだった。

思わず跪いてしまいそうになる神性が光から放たれ、結社の使徒たちの信仰に似た忠誠にも納得してしまうほどだ。

 

 

 

──ナギト・ウィル・カーファイ。あなたに執行者No.Ⅱの位と《剣皇(けんおう)》の名を与えます──

 

 

 

「盟主よ、そのナンバーは……」

 

 

立ち上がったアリアンロードがそこまで言って言葉に詰まる。

そうだ、ナギトも知っているこのナンバーは。

 

 

「あら、レオンのナンバーをお与えになるのですね」

 

 

クロチルダが言う。レオン──レーヴェという愛称でも呼ばれた元執行者No.Ⅱ《剣帝》レオンハルト。

 

 

リベールの異変の折、死した彼のナンバーを、ナギトに引き継がせたのだ。

 

 

 

「有り難く」

 

 

胸に手を当て頭を下げるナギト。「光栄だ」とさえ言わんばかりの様子でもあった。

 

 

 

──そして、これを──

 

 

 

ナギトの目の前の空間が煌めき、一本の剣が出現する。

 

柄から刀身まで黒く刃だけが金に輝いている。しかし、目を引くのは刀身の中心に穴が空いているからだ。さらにその穴の中心には、金色の欠片が浮かんでいた。

 

よく見ると穴が空いているのではなく、ガラス板のようなもので欠片を挟んでいるらしい。

 

 

「外の理の魔剣……」

 

 

──魔剣レーヴァテイン。……前任のNo.Ⅱが愛用した魔剣の力を引き継いだ剣です。受け取ってくれますね?──

 

 

 

《剣帝》が愛用した魔剣とは、あの金色の魔剣ケルンバイターの事だろう。

ということは、刀身の中心にあるのは、砕けたというケルンバイターの欠片だろうか。

 

 

 

「──はい、有り難く」

 

 

 

言って、眼前の魔剣の柄を握る。途端に剣は浮力を失い、ナギトの手にずしりと確かな重みを持っておさまった。

 

 

 

それは、レーヴェからナンバーを引き継いだゆえの重みだったのだろうか。

 

 

 

☆★

 

 

 

盟主との邂逅の後、ナギトはクロチルダに連れられて、元いた《星見の塔》に戻る事になったのだが。

 

 

 

 

「……これは、どういう事ですか?」

 

 

 

目の前に群がる、剣士たちを横目にナギトはため息混じりにクロチルダに問う。

転移で《星見の塔》に直行するかと思えば、寄り道されてしまったのだ。

 

 

 

「フフ、その子たちは執行者候補生よ。レオンの抜けた穴を埋めようと、日々研鑽を重ねてきたわけね」

 

 

 

そこまで言うと、ナギトはクロチルダが何を言いたいのか理解した。

 

 

「つまり、ぽっと出の俺がNo.Ⅱを継いでしまったから、納得できない面々がいるってわけですか」

 

 

レーヴェの後を継ぐべく、日々研鑽してきた仲間たちの内の誰かがNo.Ⅱを継いだなら、悔しがりはしても、納得はしただろう。

しかし、ぽっと出の。しかも今まで対立した事もあった奴がNo.Ⅱの座を継いでしまったとなれば、納得できない者が出てくるのも当然というもの。

 

レーヴェはその強さも然ることながら、破綻者だらけの執行者の中でも、非情な面はあれど人格者だった。そういう意味でも慕っている者は多いだろう。

 

 

 

「その通りよ。……フフ、もう流儀はわかるでしょう?」

 

 

 

「ええ」

 

 

返事をしつつ、授かったばかりの魔剣を異空間から引き抜く。

吸い込まれるような黒に、万物を切り裂くかのような金の刃。片刃の剣はその存在を現しただけでレーヴェの後を継がんとする剣士たちをざわつかせた。

 

ケルンバイターの力を受け継ぐレーヴァテインは、それ自体がレーヴェの後継のようなものだ。

 

 

 

「執行者No.Ⅱ《剣皇》ナギト。《剣帝》より引き継ぎし、このナンバーに相応しい剣士であると証明してみせよう」

 

 

しかし、存在だけで他を圧倒するような魔剣に見劣りせぬ覇気をナギトは見せつける。

 

 

 

「来い!」

 

 

 

その声に突き動かされるようにして執行者候補生たちは動き出した。

 

気圧されていた。憧れのナンバーそのものに。魔剣の威圧感に。なにより《剣皇》ナギトに。

 

勝負はすでに決まっていた。

 

 

 

 

 

 

「剣鬼七式───四ノ太刀、」

 

 

 

レーヴェの後継を狙った候補生に、ナギトこそがNo.Ⅱを継ぐ者であると認めさせるにはこの戦技以上のものはない。

 

 

 

「受けてみよ……《剣皇》の一撃を…!」

 

 

その言葉で、その戦技を想像した者がどれだけいるだろうか。

それこそは、《剣帝》レオンハルトの代名詞とも言える技。

 

 

魔剣、一閃。

 

 

 

 

「──鬼炎斬!」

 

 

 

☆★

 

 

「いやー、お見事。垣間見させてもらったよ、新しいNo.2の実力ってやつをさ」

 

 

パチパチと拍手しながらその場に現れたのは、茜色のスーツを着こなす緑髪の少年の姿だった。

 

 

「あら、カンパネルラ………さすがね。私たちがここに来るってわかっていたのかしら?」

 

 

執行者No.0《道化師》カンパネルラ。

それが、この少年とも少女ともつかない存在を示す名だった。

 

 

「あはは、まあね。魔女殿は僕たちにしては珍しく筋を通す方だし……何よりレーヴェの後釜に興味もあったから」

 

 

カンパネルラはこの場に来た理由を端的に語ると「それにしても」と床の上で伸びる執行者候補生たちを見やった。

 

 

「候補生たちをこうもあっさりやっちゃうか。さすがは音に聞こえし《剣鬼》殿………いや、今は《剣皇》だっけ?」

 

 

「執行者No.Ⅱ《剣皇》です。よろしく《道化師》殿」

 

 

 

あはは、と笑いつつ「よろしくー」と気の抜けた返事をしたカンパネルラ。ナギトは挨拶は充分だろうとヴィータに視線を移したが、その背中にカンパネルラが語りかけた。

 

 

「もしかして僕たち、会った事ある?」

 

 

ない。

ナギトはカンパネルラと顔を合わせたのは今回が初めてだ。もちろんウィル以前にも会った事はない。

 

もしや迂闊に《道化師》と呼んだ事からの類推だろうか?この場においてカンパネルラはその異名を晒していない。

ナギトは事前に知っていたからそう呼んだのだが、それが先のナンパ染みた言葉に繋がったのか。

 

 

「はじめまして…のはずだな」

 

 

 

否定したナギトにすー、と顔を寄せてじろじろと舐めるように視線を這わせる。

やがてカンパネルラは「ああ!」と思い出したように手を打った。

 

 

「なんだ、君かぁ! けっこう久しぶりだよね」

 

 

 

カンパネルラの、まるで旧知の相手に再開したような態度にナギトはどう反応すればいいのかわからない。頼みのヴィータも静観の構えだ。

 

 

 

「いや…だから会ったのは今回が初めて──」

 

 

ナギトの言葉を遮って、カンパネルラが紡ぐ。

 

 

 

「──君、あの趣味の悪い観覧者でしょ?」

 

 

 

─────

 

─────────

 

─────────────────────は?

 

 

 

 

思考に生まれた空白。刹那の間隙。脳裏を過ぎるのは、あの光景。

 

 

 

 

──“「──誰だか知らないけど、覗き見はそのくらいにしたら?」”

 

 

 

“こちら”に向けて話しかけてきたカンパネルラ。

 

“空の軌跡3rd”、《福音計画》の報告を行う星振の間の様子を見ていた“俺”に向けられた言葉。

 

 

「お前……こっちの世界を観測できるのかよ」

 

 

理解したナギトは驚愕を隠し得ず、周りで誰が聞いているかもわからないのに、遠回しせず直球で問うた。

 

 

「極々稀にね。とは言っても半分くらいハッタリだったんだけど……どうやら当たりだったみたいだね?」

 

 

「半分な。あれは俺であって俺じゃない。……気持ち悪いな、お前」

 

 

本来あり得ない事を言われるとこんな気持ちになるんだ、とナギトは実感する。

いつもなら会話の主導権を握るためにナギトがやっている事だ。知ってるはずのない情報を小出しして相手の動揺を誘う手管。

 

 

「それ君が言うかい?」

 

 

「「ははは!」」とナギトとカンパネルラの笑い声が重なる。まったく心のこもらないそれだった。

 

 

 

「挨拶は終わったかしら?」

 

 

 

2人がひとしきり笑い終えた所でヴィータが言った。

 

 

 

「うん、僕の方はもう充分かな。新しい執行者に挨拶したかっただけだし」

 

 

「俺ももう腹一杯ですよ。マジでびっくり。もう会いたくない」

 

 

 

「あはは、そんな邪険にしなくてもいいじゃないか」

 

 

「うるせえよ。ヴァルターに信用ゼロって言われたの忘れたかよ」

 

 

「仕返しのつもりかい? これでも執行者の先輩だからいろいろ教えてあげようと思ったのになぁ」

 

 

 

 

「はいはい、そこまでよ。まったく仲が良い事ね」

 

 

ナギトとカンパネルラの言い合いはヴィータに仲裁される。2人して唇を尖らせて「はーい」とそっぽを向く。

 

 

「それじゃあカンパネルラ。私は少しナギトくんに付き合うわ」

 

 

「うん。クロスベルだったね。……もしNo.Ⅵに会ったらよろしく伝えてといてよ」

 

 

 

「彼女、まだあそこにいたかしら……?」

 

 

 

「それじゃあバイバーイ」とカンパネルラは笑顔と共に手を振って部屋を出ていった。

 

その背中を見送ってナギトはヴィータと向かい合って「災難でした」と肩を竦める。

 

 

「してやられたみたいね。珍しくナギトくんが本気で驚いたシーンが見れて私は満足できたわ」

 

 

「くすくす」と笑うヴィータにナギトは嘆息した。やはり《身喰らう蛇》の人間はどいつもこいつも一筋縄ではいかない。

 

 

それから少ししてナギトはヴィータの魔術転移でクロスベルに戻るのだった。

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