《星見の塔》の屋上に、2つの人影が現れる。
それは結社《身喰らう蛇》の転移技術により、空間を超えてきた者たちであった。
使徒第二柱《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダと、新たに執行者No.Ⅱとなった《剣皇》ナギト・ウィル・カーファイの2人。
夜明けの光が2人の姿を照らし、その足元からは長い影が伸びる。
「夜明けね…」
地平線の向こうを見ながらクロチルダが目を細めた。
「蛇の一員としては、眩し過ぎますがね」
ニヤリと、ナギトは冗談を口にした。
クロチルダは「そんなこと、微塵も思ってないくせに」と笑い、話題を変えた。
「そういえば、まさかあなたがあの“鬼炎斬”を使えるなんてね」
鬼炎斬──それは、かつての執行者No.Ⅱ《剣帝》が編み出した戦技。
執行者でも一、二を争う強さをもっていたレオンハルトの代名詞とも言えるSクラフト。
「ええまあ……、これを使うとあいつの姿がチラつきますよ」
アッシュブロンドの髪。
灰色のコート。
金色に輝く魔剣。
そのすべてが鮮烈に脳裏に焼き付いている。
レオンハルトに負けた事で、ナギトの人生は大きく変わったと言っていいだろう。
そしてそれが、良いほうに変わったのだと、今なら断言できる。
「確か、共和国で戦ったんだったかしら?レオンが勝ったと聞いていたけど……?」
「……さいですね」
しかし。しかしだ。おおっぴらに負けたとか言われるとちょっとアレだ。
あの敗戦はナギトを武の高みに導いた。
踏ん切りはついてるし、心の整理もできてる。それでも負けたとか言われると、むすっとなるナギトであった。
「それで、マクバーンの解放はいつになるのかしら?」
ヴィータが急に話題を変えた。
それはついぞ星振の間では追求されなかった事柄だった。しかし、それこそ結社がナギトを迎え入れた理由だ。
ナギトは風で乱れた髪をかきあげて、平然と言ってのける。
「ギリアス・オズボーンが俺の敵だと判明して、かつ結社の……マクバーンの力を借りなければ負けると思ったとき」
わかりきった答えだった。
追求しなかったのではなく、追求する必要がなかっただけなのだ。しかしそれを明確に言葉にさせる事でヴィータは言質がとりたかったのだ。
ナギトは冗談を言っても、嘘はつかない。嘘だとしてもそれが真実になるように努力する人物だとヴィータは知っていた。
「それまでは……まあ、執行者の特権を行使させてもらいますよ」
視線を地平線からヴィータに移してナギトは笑ってみせる。
その子供っぽい笑みが、少しだけクロウに似ていると感じた。
執行者の特権とは“あらゆる自由”というものだ。その特権を行使する事により執行者は使徒や盟主からの命令を無視する事ができる。
ナギトの知るスーパーメイド、シャロン・クルーガーは《死線》の名を預かる執行者No.Ⅸなのだが、特権を行使する事でラインフォルト家のメイド業を楽しんでいるわけだ。
「それじゃあ、約束を守ってもらいましょうか?」
質問に答えたナギトは、今度はこちらの番とばかりにヴィータを見やるのだった。
☆★
「……なるほど………そういうことね……」
ヴィータは瞑っていた目を開けると、意味ありげに呟いた。
「結界は解けそうですか?」
横合いから聞くのはナギトだ。
ナギトとヴィータは、零の残り香と呼ばれる結界を解除するため、碧の大樹の跡地に来ていた。これもナギトが結社入りを飲んだ条件のためだ。
「……そうね。仕組みはわかったわ。簡単だけど、そうそう解けることはない結界だわ」
ナギトの問いにヴィータはYESで答えた。
しかし、結界の解除の難易度が高い事はその表情が物語っている。
「あなた、ラジオは聞くかしら?アーベントタイムっていうのがおススメなんだけど」
「しれっと宣伝するミスティさんすげぇっす。……たまに聞く程度ですが」
ヴィータはどうやら結界の仕組みについて説明してくれるようだった。
「まずラジオを聞くとき、あなたはどうする?」
「ラジオを買います」
即答するナギトだが、それがヴィータの求めた答えだとは思っていない。
「そう、周波数を合わせるのよ」
ヴィータはナギトのそんな小ボケを華麗にスルーして続ける。
しかし、ナギトもここまで聞けばなんとなく結界の仕組みがわかってきた。
「ここにはね、そもそも結界なんてないのよ。この世界から少し位相がズレた所にあなたが求めているものがあるわ」
「位相がズレた所?」
「別世界のようなものよ。……ただしこれは並行世界や異世界とは違う、鏡面的な世界ね。それがいくつも連なってここに結界のようなものを作り上げているんだわ」
難しいワードが連続するが、クロチルダの説明を自分なりに解釈してみる。
「つまり、この場にはいくつも位相がズレた世界が存在して、その1つに俺が求めるものがある?」
「ここには、と言うより世界中にあるわね。それで、話は戻るんだけど、ここには幾重にも連なった鏡面世界があって、そこから目的の世界を探すのは、ラジオ番組の周波数を知らずに番組を聞こうとする行為に等しいわ」
周波数を知らずに番組を聞く──それは、周波数を1つずつ確かめていく作業をしなければいけないという事だ。
あるいは裏面のトランプをめくり、ジョーカーを探すような作業。
これは分母が大きいほど時間がかかるものだとナギトは理解した。
「なるほど……、時間はどれくらいかかりますか?」
「……わからないわね。一発目に当たりを引く可能性もあるし…………運次第、と言う他ないわね」
「運次第ですか」
「ええ、でもある程度のあたりはつけてるから、長くても3時間くらいだと思うわ」
最初からそう言えよ、と言うのをぐっと堪えてナギトは「そうですか」と無難に返事をした。
「じゃあ、俺は寝ます。結界が解けたら起こして下さい」
そして、寝た。
☆★
会話は、長くは続かない。
交わすべき言葉はすでに交わしていて、議論も重ねに重ねて結論が出た。
納得できる答えだが、どこかで歯痒さも感じている。
いざとなれば自分が市街に──と、考えていたが、今となってはそれも大きなリスクを孕む。
総督府
《Ω》
特務支援課と協力者たち
このクロスベルの地に在る三勢力は、実は三つ巴でも何でもない。
《Ω》と特務支援課の目的は、クロスベルにおける帝国の支配からの脱却だ。
しかし、目的は同じでもやり方は違う。やり方が違うからこそ、同じ目的を掲げていても協力体制を敷く事はないのだ。
総督府にとって《Ω》も特務支援課も敵。
《Ω》にとって総督府は敵。特務支援課は同じ志を持つ者。特定のメンバーに限っては憧れですらある。
特務支援課にとって《Ω》は同じ目的を持つものの、相容れぬ存在。総督府は敵。
この三勢力で、最も難しいのは特務支援課だ。立場云々の話はではなく、実際的な難易度として。
《Ω》が総督府を陥としてしまえば、帝国の支配は終わったとしても、今度は共和国の支配が待っている。
組織の中核は当然としても、末端は《Ω》が共和国の支援で成り立っている事を知っているのだろうか。
では《Ω》より先に特務支援課が総督府を陥落せしめれば?これもダメだ。《Ω》がある限り共和国の干渉は避けられない。
ならば《Ω》打倒の後に総督府と対峙するか?これもまた難しい。総督府は《Ω》という脅威が消え去れば、そこに割いていた戦力を特務支援課に向けることができる。そうなれば特務支援課の敗北は必至だ。
つまり、クロスベルが自治州としての形を取り戻すには、《Ω》と総督府をほぼ同時期に打倒しなければいけない。これが、特務支援課と協力者たちの抱える問題である。
前回の作戦時、総力を挙げて総督府に攻め込めなかった理由はそれだった。
ロイドらが総督府と陥とした際に、同時に《Ω》を壊滅させられるように戦力を二分していたのだ。
結果としては、たった1人に総督府攻略を阻止されたわけだが。
そして、ロイドを斬り伏せ、アリオスらを退却に追い込んだその男の言葉───
──“「お前たちは《Ω》は気にしなくていい」”
その真意は───?
ナギト・ウィル・カーファイ。
八葉一刀流の二代目伝承者の肩書きを持つ、総督府の臨時武官。
この男の動きさえ読めれば、事態は何とかなる可能性が出てくる。
しかし、神出鬼没とも言えるナギトの動きをどうにも読めないのが現状だ。
ならば、その動きを誘導しようと策を練ったのが1週間ほど前だろうか。
作戦はシンプルイズベスト……ナギトを遺跡に呼び出す事でクロスベル市街から遠ざける事にあった。
ナギトのいない間に市街に潜入し、ある仕掛けを施したのだ。
ルーファスに気づかれないように工夫もした。これで盤面は一手動いたわけだ。
今も市街にリーシャを送り込み、共和国のシンジケート《黒月》と交渉をさせているが、これが成功すれば状況は変わるはずだ。
そして、現在進行中の作戦。それはナギトに《Ω》潰しの時だけ協力してもらう、という事だった。半ば騙す形にはなるが……それが自分たちに打てる最善手に思えた。
しかし、そのやり方に納得していない者も少なからずいた。
「その…ナギトさんをこちらに引き込むのは本当に不可能なんでしょうか、クロウさん?」
例えば、フラン・シーカー。
ノエルの妹である彼女は、現在のところ指名手配されておらず、食料調達を行ってくれているメンバーの1人だ。
リーシャから聞いた話らしいが、オルキスタワーでロイドを見逃した事に希望を見出しているらしい。
それで、ナギトを引き込めないか提案しているのだ。
「……無理だな。詳しくは話せねぇが、あいつは人質を取られてるも同然なんだ」
詳細は伏せるが、無理だと断言するクロウ。
その目には僅かに悔しさが滲んだのをフランは理解しつつも指摘しない。
自分たちに色々あったように、目の前の青年とナギトの間にも色々あるのだろうと納得しているのだ。
しかし、目の前の青年──クロウ・アームブラストが自分たちに協力してくれるようになって事態は好転してきている。
今やあらゆる切札はクロウ頼みのものとなってきている。
クロウはその実力もさる事ながら知略は味方内では群を抜いている。
アリオスが《理》の視点から見て何とか意見を差し込めるレベルだ。
「だからと言ってあいつが鉄血に絶対服従か?と聞かれたら答えはノーだ。命令に反しない範囲なら協力してくれるだろう……それがオルキスタワーでロイドを見逃してくれた理由だと思うぜ」
そのクロウが不可能と言うのならそうだろう、とフランは考えるのだが、心のどこかでは、いつもそんな不可能を乗り越えてきたロイドや特務支援課ならどうにかなるのでは?とも思ってしまう。
クロウは言葉を続ける。今まで何度も言った事だが、念押しする。
「それと、本気のナギトとは戦おうと思うなよ。あいつの強さは破格だ。太刀打ちできるのは……ガチになったランディと、そこの《風の剣聖》サマくらいだからな」
話の矛先を向けられたランディはおおげさにかぶりを振る。
「おいおい、あんまり過大評価すんなよな。例えベルゼルガーを持ち出したとしても、あいつには勝てる気しねーよ」
ベルゼルガーとはランディが猟兵時代に愛用していた大型のブレードライフルだ。ランディはこれで《闘神の息子》あるいは《赤い死神》の名を確固たるものにした。
「俺も同じだ。同門とは言え、やつは全ての型を皆伝している。二の型のみ皆伝した俺では太刀打ちできるかどうか……」
腕を組み、考え込むのはアリオス。その脳内ではナギトとの戦闘をシュミレーションしているのだろう。
特務支援課の二大戦力をもってこの言い様だ。ロッジの中にいるメンバーはナギトの強大さを改めて思い知る。
「それはクロウさんの騎神でも、ですか?」
聞かれたクロウは「さて、どうだろうな」と肩をすくめる。
「パワーじゃ負けないだろうが、オルディーネの図体でナギトのスピードに追いつけるかが問題だな」
かつてナギトがまだウィルだった頃にオルディーネで対峙した事があった。あの頃と今では騎神の乗りこなしの度合いは違うし、善戦はできると思う。
しかし、勝てると言えないのには理由があった。
ナギトが煌魔城で振るった一太刀。
あの時はルーファスの外套を留めていた紐を斬るだけだったが、クロウはあの一太刀がただの振り下ろしだとは思えなかった。
ナギト本人は“ただの素振り”だと嘯いていたが、果たして。
何の神秘もなく、ただの技術だけで世界の理を引き裂くかのような一太刀。
それがナギトが煌魔城の緋の玉座で見せた八葉一刀流の“始まりの一太刀”。
「だがまあ、まるっきり勝ち目がないわねでもねえ。……ロイド、オルキスタワーであいつと戦ってみて、どうだった?」
問われたロイドは幾許か瞑目して当時を思い出す。やがて考えがまとまったところでナギトの印象を語った。
「強かったよ。圧倒的だった。……だけど何発かはいいのを当てられたと思う」
クロウはロイドの答えに満足したように頷いて、次はランディに聞く。
「ランディ、それを聞いてどう思う?」
「どう…ってのはどういう意味だ?」
「そのままの意味だ。ありえると思うか?」
少しだけ意味を開示したクロウにランディは少し考え込む。自分の抱くナギトのイメージと、ロイドが戦ったナギトのイメージが少しずれる。
思い至った答えはロイドを侮辱するような気がして、しかしはっきりと言葉にした。
「……ありえねぇ…かもな。あの野郎は俺らとタングラム門で模擬戦をやってた時にも力を隠してた。……それはわかる。だがロイドと戦うあの作戦──言わば本番で力を隠す意図がわからねえ」
ランディはあの作戦の前日、タングラム門に視察に来ていたナギトと模擬戦を行っていた。ダグラスやノエルというクロスベルでも上位の実力者と共にナギトに挑んだが、結果は敗北だった。しかもその時のナギトは明らかに力を抜いており、その上での敗北からランディはその実力を《鋼の聖女》級だと思っていた。
その《鋼の聖女》──特務支援課がやっとの思いで片膝を着かすのが関の山と同格の相手にロイド単独でそこその良い勝負ができるというのは、ありえない。
わずかな沈黙の後、ロイドは静かに「クロウの言いたい事がわかったよ」と言った。
「油断や慢心が彼にはあるって事だな?……実力を隠すのとはまた別に明らかに格下相手だと力を抜く……そういった弱点がある、と」
ロイドの至った答えにアリアスはため息をつき兄弟子の習性を嘆く。クロウは「その通りだ」と肯定した。
「これはあいつ自身も常用してる手段でもあるが……敵を油断させて、その隙を突く────そういった戦法がナギトには有効だ」
と、そうして話が一段落したところで、このロッジにいるはずのない男の声が耳朶を打つ。
「あんまり冷静に分析するなよ、恥ずかしいだろうが」
全員が一斉に視線を向けた先には───
ナギト・ウィル・カーファイがいた。
「ナギト…お前、どうして……いや、どうやって……?」
聞くクロウの顔は驚愕に染まっている。しかし、その問いこそは重要だとナギトはわかっていて答えた。
「よっ、クロウ。久しぶりだな。ここで会えたのはお前の相方のおかげさ」
「……ヴィータか」
相方というワードで、すぐにヴィータ・クロチルダを想像したクロウ。確かにあの魔女ならこのロッジを隠した結界を解くのもやってやらない事はないだろう。
「ったく、タイムリー過ぎるだろ!」
いつもの調子で言いつつも、油断なくスタンハルバードを構えるランディ。
「ハッハッハ、出待ちしてたわけじゃねぇぜ?」
答えつつ笑うナギト────
────その隙を、アリオスは突いた。
ギィン、と鉄の衝突する音が響く。
「チィ」と舌打ちするアリオス。
防がれた。
隙を突いたと思っていたが、その実ナギトの想定内だったという事だ。
しかし、ナギトはアリオスの剣の勢いに押されてロッジから吹き飛ばされた。
ふわりと着地するナギトの前に、ロッジから特務支援課とその協力者らが並び立つ。
アリオス・マクレイン
ランドルフ・オルランド
フラン・シーカー
クロウ・アームブラスト
キーア
ロイド・バニングス
6人の男女。
「ふむ」とナギトが冷えた視線を走らせる。まともに相手取れば不利。ならばまずは……
「ナギト……どうして?」
思考の途中で、胸の前で拳をつくったキーアが寂しそうな顔をして尋ねてきた。その様子にナギトの決意は揺らぎそうになる。
「…………悪いな、キーア。仕事なんだ」
「仕事ね……お前なら結界を理由にここを追撃する事はないと思ってたんだが」
双刃剣を肩に当て、赤い双眸でナギトを見据えるクロウ。その言葉は、ナギトがギリアス・オズボーンの部下であっても忠臣ではない、という有様を見抜いたものだった。
「ま、ルーファスさんには色々と恩があるからね。それを返す意味で今日この日だけは総督府のために動くと決めた」
「ハッ、いつもの気まぐれかよ……それで作戦を潰される身にもなれってんだ」
そうだ、気まぐれだ。
1日をルーファスのために使うと決めたのは、恩だとか借りだとか、そんなのは所詮言い訳に過ぎない。何故恩や借りを返そうと思ったのか、その理由はない。強いて言えば気が向いたから。つまりは気まぐれ。
「……俺もな、本心ではお前らに味方したいよ。でも立場ってもんがある」
語るナギトの口調は穏やかだ。
フランは先程のクロウとのやり取りを脳裏に浮かばせる。
「それに今日1日だけは総督府のためだけに動くと決めている。…………今日の出来事でクロスベルの均衡がどうしようもなく崩れてしまったら。帝国の支配が盤石になってしまったら」
たった1人が、たった1日。本気を出しただけで。この街の勢力図が塗り変わったとしたならば。
「その時、俺はすべてを投げ出してでもクロスベルを救おう」
今日、ナギトにより特務支援課が活動不能まで追い込まれ、総督府の戦力が《Ω》に傾けられるようになり、クロスベルにおける帝国の支配が盤石になったなら。
ナギトはすべてを投げ出してでもクロスベルを救う。
そう決めていた。
すべてを台無しにするありえない決意。
すべてを背負いこむかのような覚悟。
それは、気まぐれゆえに。
「だから、安心して散れ」
気まぐれゆえに、その言葉には。
決意と覚悟が刻まれている。
「くっ………だが、この布陣なら!」
ロイドは何とかトンファーを構えて闘気を高めていくが………
「いや、この場は俺に任せろ。ロイド、お前たちは撤退しろ。ルートAだ…クロウ、頼めるな?」
それを制したのはアリオスだった。言葉を紡ぎつつも、その視線はナギトから離さない。
「アリオスさん……でもそれは」
「この場には非戦闘員がいる。ロイド、お前もまだ復調していないだろう。……それに、わかるだろう?ウィルの眼……目的を達成するためなら手段を選ばない者の眼だ」
ロイドはナギトと対決した際の傷がまだ完治していなかった。その状態で戦えば、援護はおろか足手まといになりかねない。
それにナギトも今日ばかりは手段を選ばずに特務支援課の戦力を削るつもりでいた。それは例え人質をとってでも。
「……八葉の剣士としての決着もつけたい事だしな。…………行け!」
だから、ナギトが食いつきそうなワードを出して、アリオスは引きつけようとした。
ナギトも八葉の剣士という言葉を出されては引き下がる事はできず、アリオスと対峙するしかない。
ナギトの雰囲気が刺客から剣士へと変化する。それ自体はアリオスの狙い通りだったが、その在り方の遷移は勝機を逸した事にも繋がり得るものだった。
「ここは任せたぜ、アリオスの旦那。ナギトはまたな……近いうちに会えると思うが……」
クロウはそう言うと双刃剣を仕舞い、ロイドらを先導するように離脱を始めた。
「死ぬんじゃねえぞ、アリオスさん」
ランディはロイドに肩を貸し、キーアとフランにクロウの後を追わせる。
太刀を構えたアリオスの背中越しにロイドら言う。
「……武運を」
5人の背中が木々の間に消えていく。
こうして、帝国の統治が始まってより特務支援課やその協力者たちが集った湿地帯のロッジの前から、二人の剣士を除くすべての人物が立ち去った。
「さすがだな、アリオスさん」
おもむろにナギトはアリオスを賞賛した。
「俺も八葉の剣士という言葉を出されたら、引き下がる事はできない。……それを狙ってのセリフは見事だよ」
「フッ……いやなに、確かにそれを狙ったものではあったが、本音でもある」
アリオスの目にはナギトへの興味があった。ジオフロントで対峙した折に垣間見せた剣技に惹かれているのだろう。
「では改めて」とナギトは仕切り直し、アリオスを真正面から見据えて言った。
「ユン老師より八葉一刀流の後継と認められたナギト・ウィル・カーファイです。見知りおきを」
改めて名乗りを上げるナギト。八葉一刀流の2代目としての挨拶をしたいとは前々から思っていたのだ。その機会が、まさかこんな形で訪れるとは夢にも思わなんだが。
「八葉一刀流、2代目の伝承者か。……修行時代から、君のセンスはずば抜けていた。いつか君が後を継ぐ事はわかっていたが……その時がこんなに早く訪れるとはな…」
遠くを見るように感慨にふけるアリオス。懐かしい修行時代。その頃から常に目標としてあったのが、未だ少年であったナギトだ。
あの鮮やかな剣技に何度膝をついたことか。
いや、覚えている。98回だ。99戦して98回負けた。残る1勝は最後にしたものだが……勝ち逃げした形になるだろうか。
「……では、始めるとしようか…ウィル。100戦目……その続きを!」
「ああ……アリオスさん」
ナギトは異空間から魔剣レーヴァテインを抜き放つ。
アリオスは驚きながらも、練り上げた剣気は些かも揺らがせない。
二人は交わす言葉も少なく、名乗りを上げる。
「八葉一刀流、二の型皆伝…アリオス・マクレイン」
「八葉一刀流、2代目継承者…ナギト・ウィル・カーファイ」
「「いざ参る!」」