八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

3 / 92
嵐前のエレボニア
それぞれの道


 

 

窓の外の景色を眺め、目的地が近い事を実感する。流れて行く風景には緑が溢れ、目的地が帝都のような都会ではない事を示していた。

 

 

それも当然。行先はレグラム。辺境と言って差し支えない地域だ。

 

 

 

ナギトは「ふう〜ぅ」とため息とも深呼吸ともつかない声を漏らす。

憂鬱というのは、なるほど、こういうものなのだと理解する。

 

 

 

 

 

「ナギト、浮かない顔してるね。どしたの?」

 

 

声をかけてきたのはフィーだった。どうやら席を立った際に沈鬱な顔をしたナギトを見かけて心配してくれたらしい。

 

 

「うん? それはまあ、お察しの通りと言いますか……、結婚を許してもらいに行く男の気持ちと言いますか……」

 

 

 

「要するに、アルゼイド子爵に挨拶に行くのが億劫なんだね」

 

 

 

要約するとフィーが言った通りだった。

ナギトの卒業後の予定はいくつかあった。その一つにして、最大の難関が、あの《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイドに、娘のラウラと交際している事実を伝えるということである。

これはナギトのやりたい事リストの1番上にくるイベントだが、同時に最も怖いミッションでもあった。だってあの《光の剣匠》だ。帝国最強の剣士だ。首のひとつやふたつ、覚悟しておかねばなるまいか。

 

正直な話、ラウラとはあまり行き過ぎた事はやってないプラトニックな関係だ。いきなり首チョンパなんて真似はされないだろう。

 

 

 

「ナギト、そろそろレグラムに到着するぞ。……と、フィー。こんな所にいたのか。サラ教官……ではなく、サラさんが探していたぞ」

 

 

 

そこに現れたラウラが、ナギトとフィーを見て言葉をかける。

レグラムを目的地とした元Ⅶ組のメンバーは、レグラムを治めるアルゼイド家の跡取りたるラウラと、そのラウラとの交際を報告するために来たナギト、遊撃士として復帰するために遊撃士協会レグラム支部に赴くサラと、サラに付き添ったフィーの4人だった。

 

 

ナギトは短く「ああ」と応える。あまり長く喋ってしまうと、億劫に思っている事をラウラに察知されてしまいそうだ。

 

 

アルゼイド子爵への交際の報告は、ナギトとラウラの二人で決めた事だった。あまり隠し通せる事案ではないし、隠してその後バレた時が怖いというのもあるが、正道を行くラウラは何の裏もなくただ純粋に父親に恋人ができた事を報告するつもりなのだろう。

 

どこかそわそわするラウラと、考えるだに恐ろしいアルゼイド子爵閣下への報告。ナギトは顔面蒼白になっていた。元から色白なおかげで、今のところそうだとはバレていないが、いつまで保つ事やら、だ。

 

 

列車が汽笛を鳴らす。レグラム到着の合図だ。

ここまで来れば腹をくくるしかない。ナギトは霧の晴れたレグラムの町に足を踏み入れた。

 

 

 

☆★

 

 

 

トールズ士官学院のあるトリスタから、ここレグラムまでは列車の旅だった。
レグラムは湖畔にある町で、湖の向こう側には《獅子戦役》で鉄騎隊を率いた女傑《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットが居城としたローエングリン城がある。

 

他にも、ヴァンダール流と並び帝国の二大流派とされるアルゼイド流の総本山とも言える練武場があるため、そこを目的に訪れる者も多いという。

 

しかし、今回のナギトの目的はローエングリン城でも練武場でもなかった。目的地はラウラの実家…つまり、レグラムを治めるアルゼイド子爵家の邸宅である。

 

では何故アルゼイド子爵邸に用があるのか、と言われればヴィクター…すなわち《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイド子爵に、ラウラとの交際を報告するためだ。


内戦終結前夜から付き合う事になったナギトとラウラだが、ヴィクターには未だその事を伝えていなかった。ラウラが「きちんと直接、報告したいのだ」と言うために、手紙などでは報らせずに今に至る。
ヴィクターにとり、ラウラは男手ひとつで育てた大切な娘だ。それが、何の前触れもなしに彼氏なぞを連れてきたらどうなるか……、考えるだに恐ろしい。

 


ナギトは、ラウラをお姉様と仰ぐレグラムの町娘たちからの攻撃的視線を一身に浴びながらアルゼイド子爵邸までの階段を登る。

教会を通り過ぎ、練武場の横をすり抜け、到着。子爵という身分に見合っただけの邸宅。アルバレア邸と比べれば狭いはずのそこが、今のナギトにとっては煌魔城さながらの恐怖の対象である。

 


ラウラは止まる事なく邸宅の玄関に踏み込む。ナギトは「おい心の準備…」と言い淀むが、ラウラはラウラで緊張しているようで、聞こえなかったようだ。

邸宅に入ると、使用人やら執事やらが並んでラウラを迎える。
「お帰りなさいませ、お嬢様」と、揃えられた声は練習したのだろうか?どちらにせよ、ラウラが愛されて育った事がわかる。

 


執事クラウスが一歩前に出てニコリと笑う。
老齢の執事は、しかし老いを感じさせない佇まいのまま一礼した。

 

 


「本日もよき日和で御座いますな。この度はご卒業、誠におめでとうございます」

 

 


そのセリフは、今は懐かしきトールズ士官学院入学時にかけられたものと酷似していた。実は、ナギトはトールズ士官学院入学時に、ラウラを見送ったクラウスと一言二言の言葉を交わしたのだ。

 

 


「うん、ありがとう。ところで父上はどこに?」

 

 


ラウラはクラウスとの会話も少なめに、アルゼイド子爵の所在を聞き出す。クラウスは執務室だと答え、案内を始める。


執務室の前。ラウラが一度深呼吸をして扉をノックする。ラウラが名乗ると入室を許可され、ナギトはラウラに続く形でヴィクターに対面する。

 

 


「よく帰ってきた、ラウラ。それにナギトか………ふむ、こうなるような予感はしていた」

 

 


執務室に入室した二人を見てヴィクターは納得したように呟く。ナギトは“これ絶対察してるわ”と苦い顔になりながら、ラウラと並んでアルゼイド子爵の前に立つ。

 

 

「ラウラ・S・アルゼイド、ただいま帰還しました。……煌魔城以来ですね、父上。無事でなによりです」

 

 

「うむ、ラウラ、ナギトも壮健そうでなによりだ」

 

 

ヴィクターに無事を喜ばれ、ナギトは低頭する。と、頭を上げると、そこでヴィクターと目があった。ナギトをじっと見つめている。否。ギロリと睨んでいると言った方が正しい気がする。少なくともナギトはそう感じた。

 

 


「父上、紹介しよう。知っているとは思うが」

 

 


ナギトの事を恋人だと紹介しようとしたラウラを制するようにヴィクターは「いや、いい」と言う。

 

 

 

「ナギト、少し散歩に付き合ってもらえないか」

 

 

 

☆★

 

 

 

子爵邸を出て、練武場を通り過ぎ、町を抜けて街道に出る。

 

 

ナギトは、ヴィクターの提案に二つ返事で散歩に付き合う事にした。というか、それ以外の選択肢などなかった。
ラウラやクラウスには留守番を命じ、ヴィクターはナギトを連れて行く。

 

 

「改めて煌魔城では助かりました」

 

 

道すがら沈黙が重過ぎてナギトは先の件の礼を言った。ヴィクターは礼の言葉を背中に受けながら、ちらりと振り返ると「ふ」と笑った。

 

 

「いいや、あの場において魔人を止めるのは私たち大人の役目だった。そして最上層緋の玉座で、そなたらはそなたらの役目を果たした。……それだけの話だろう」

 

 

「役目……、ですか」

 

 

“役目”…………正しくその通りだ。煌魔城でのvsマクバーンにおいてヴィクターが助っ人に来てくれるのは閃の軌跡という物語の筋書き通りの予定調和だ。

オリヴァルトやトヴァル、シャロンまで助けに来てくれたのは想定外だったが、それもナギトという異分子がいたため。大筋は変わらない。

 

しかし先日、異界の無間回廊でナギトがシステムを打倒してからはそんなものはなくなった。誰しもが自由な生を謳歌できるようになったのだ。誰もその事に気づく事はない、気づく必要はないが。

 

 

 

「さて、ここらでいいだろう」

 

 


ヴィクターは街道の開けた場所に着くと、そんな事を言った。

 


「はいはい察してますよ」とナギトは口の中だけでぼやく。
“散歩しよう”と誘われた時からすでに察していた。

十中八九、手合わせの流れになるだろうと。
しかし、それでも練武場でやると思っていた。が、現実は街道の開けた場所だ。つまり、互いが全力を尽くせる場所。ヴィクターは試合ではなく死合いを望んでいるらしい。

 

 

 

「人には役目があると言ったな。……ナギト、今この場での私の役目はわかるか?」

 

 

 

 

 

 

そんなのは考えるまでもない。

 

 

「……父親、ですね」

 

 

「わかっているなら話は早い」

 

 

 

ヴィクターはナギトの理解を受け取ると、宝剣ガランシャールを鞘から引き抜いた。以前はトランクに入れて持ち運びしているのを目撃していたが、普段使いする際はラウラと同じく革鞘で刀身を隠しているらしい。

 

 

ヴィクターは宝剣を構えると、ナギトが太刀を抜くか迷っている一瞬で間を詰めた。大剣の一振りがナギトを唐竹割りにせんと迫る。

 

 

「──ッ、ちょっ!」

 

 

危うくも半身になって躱す。

 

そのまま地に打ち付けられるかと思われた宝剣は地面すれすれで翻ると、避けたナギトを追跡した。

 

 

バク転で回避しつつ距離を取る。

 

 

「待って、待ってください子爵閣下!」

 

 

「問答無用───、アルゼイドの娘を娶る事がどういう意味を持つか……それがわからんそなたではなかろう!」

 

 

どうやらヴィクターはナギトがラウラを貰いに来たと勘違いしているらしい。誤解だがそう遠くない未来には実際そうする予定なので完全に誤解というわけでもないのだが。ともかく今は誤解だし、帝国最強の剣士が自らの宝剣を振り回して迫ってくるのはかなりやばい。

 

 

「誤解が───」

 

 

その誤解を解こうと試みるナギトだったが、次に迫る刃は先程までとは技の冴えが段違いであり、防ぐのに咄嗟に太刀を抜いた。

 

 

激しい衝撃と共に吹き飛ばされる。自ら跳んだ事で威力は受け流したはずだが、それでも10アージュほど飛ばされてしまう。

 

 

着地したナギトは手の痺れに苦笑して───、ヴィクターがこちらに剣を突きつけている事にきづいた。

 

 

「問答は無用と言った。……あとは剣で語り合うのみ」

 

 

ヴィクターの言葉はやはりと言うべきか、交わすべきは言葉ではなく刃────、なんだかんだでラウラとは似た者親子なのだと実感する。

 

「ふ」と薄く笑んで太刀を構える。それを見てとったヴィクターはガランシャールを片手に突っ込んだ。

 

 

「行くぞ」

 

 

一合、二合、三合、打ち合う。続く四合目、振られた宝剣を受け流した。剣を流されたヴィクターは体勢が崩れたわけではなく、それは隙とすら言えない刹那の間。ナギトの蹴りが差し込まれヴィクターの横面を打ち据える───、

 

 

「足癖が悪いな。仮にも義父となる者の顔を足蹴にするとは」

 

 

──事はなかった。ヴィクターは片手で防ぐとそのままナギトの足首を掴んで宙空に放り投げた。

すかさず剣に光を灯すと斬撃として放つ。

 

宙でバランスを取ったナギトは飛来する斬撃に太刀を合わせて巻き取る。

 

 

「螺旋──光刃返…しっ!?」

 

 

しかしそれを巻き取って返すまえにヴィクターは距離を詰めていた。

 

空中で光を纏った刃が踊る。ナギトも応戦するが、不意を突かれた形になった以上は不利だ。短く速く差し込まれる剣戟は受け流す隙間もなく防戦一方となる。

やがて打ち負けて地面に向かって撃ち落とされてしまった。

 

受け身をとってダメージを逃がす。それから空中を見上げる間にヴィクターはタメを終えていた。

 

 

光の翼───その羽撃きが放たれた。

 

 

一撃一撃がラウラの“洸刃乱舞”に勝るとも劣らぬ剣閃が計5つ、ナギトを狙っている。

 

 

この5つの洸刃には一手で対応しなければならない。これまで後手に回っている。この5つの斬撃に完璧に対応していたら、空中でのやり取りの再演でしかなくなる。

すでに斬撃を放ったヴィクターは、ナギトがそれに対応する間に次の一手を打てる。その時間を稼がせないためにナギトは、これを一瞬で消し去らなければならない。

 

 

「剣鬼七式、二ノ太刀改メ」

 

 

縦横無尽の斬線は螺旋の性質を纏ってその場に留まる。

 

 

「螺旋流壁」

 

 

出現した斬撃の壁は迫る洸刃5つを受け流した。

あらぬ方向に飛んでいった洸刃は周囲の木々を倒していったが、今のナギトにはそこまで気を使う余裕はない。

 

 

「はぁぁ!」

 

 

螺旋流壁を正面から破ってヴィクターがナギトに肉薄する。

その手にある宝剣ガランシャールは煌魔城の時と同じかそれ以上の極光を放つ光の翼となっていた。

 

 

だが対するナギトもヴィクターが螺旋流壁に阻まれた一瞬で技のタメを終えている。

 

 

「神鳴刃───!」

 

 

剣鬼七式は外ノ太刀、雷の型の奥義たる“雷神烈破”に注ぎ込む力のすべてをただの一刀に閉じ込めた技が、この“神鳴刃”である。

パンタグリュエルでマクバーンと戦った際では“神鳴刃”でダウンさせた実績もあり、威力については折り紙つきだ。

 

 

極光と雷鳴が弾ける。

視界を光が灼きつくし、聴覚を雷鳴が覆い尽くした。

 

 

視界はぼやけ耳鳴りが止まない世界でしかし、剣士2人の笑みもまた止まない。

 

 

それぞれの闘気を頼りに────否、すべての感覚を総動員して互いに剣をぶつけ合う。

 

 

 

「「は は は は は!」」

 

 

 

互いの笑い声さえ今は遠く────、

 

 

 

やがて2人の灼きついた感覚が戻る。

 

元通りになった視界の先で2人は笑みを交換した。そして言葉を交わす事はなく剣舞を再開する。

 

 

 

受け、避け、攻める。

 

攻め、避け、受ける。

 

 

刃は交わり、彼我の境界が彼方に溶けていく。

 

 

 

 

「理合が心地良いな、ナギト。その若さで師に並ぶとは」

 

 

そんな中、ヴィクターが語りかけてきた。鉄のぶつかる音の合間に、しかしはっきりと聞き取れる重さで。

 

その言葉に、ナギトははっとして次いで笑みを浮かべた。この感覚は、リィンと手合わせした際にも味わったものだ。

 

 

「そうか……この感情が……!」

 

 

“理合が心地良い”──この気持ちこそが、剣を交える者同士に芽生える奇妙な友情なのだと理解した。

 

 

「……そうですね。確かに心地良い」

 

 

「ですが」とナギトは力強く太刀を振ってヴィクターを遠ざけた。一瞬で詰められる距離で、しかし、やはり、ナギトは余裕ありげにニヤリを笑った。

 

 

「まだ若いもので。白黒はっきりしてーと思う年頃なのですよ、アルゼイド子爵閣下」

 

 

 

ナギトは太刀を大上段に振り上げた。

 

 

瞬間、雰囲気が変わる。

同時に大海嘯のようだったナギトの闘気の奔流も収まった。

 

 

 

「八葉一刀流、始の太刀」

 

 

 

肌が粟立つ。それを察知できたのはヴィクターが剣士として、その領域を知覚しているからだった。

 

 

「あり得ぬ」

 

 

無意識に呟いたヴィクターは、されど現実の光景を前に自省する。ナギトの“アレ”はあり得ないはずだが、現にあり得てしまっている。

 

 

万物には呼吸がある。

それを見極める事ができれば斬鉄すら容易だ。

 

だが、ナギトの“アレ”は言わば世界の呼吸と同調するようなもの。この世の森羅万象すべてと接続するような暴挙だ。

 

 

「いや───、それ以前か……?」

 

 

ヴィクターにも経験がある。世界そのものと一体となった感覚。自らが理に溶け込んだかのような“最高の一撃”が振れた経験が。とは言っても数万に一振りくらいのまぐれであり、実戦で狙って使えるものではない。

 

だが、それを自在に扱えるとなれば当代最強の剣士を名乗っても何ら不足はないと断言できた。

 

 

ヴィクターは宝剣ガランシャールに力を込める。極光が集束して光の翼は広げられた。

 

自らが撃てる最高の奥義でなければ、この一太刀とは比較にすらならないと踏んだからだ。

 

 

「絶技、」

 

それはすなわち、代々続くアルゼイド流の奥義。

 

 

「洸凰──」

 

 

「八葉──」

 

 

 

 

 

 

 

蒼剣が地面を穿った。凄まじい勢いで投擲された大剣は互いの全霊を尽くした一撃を放たんとするナギトのヴィクターのちょうど中間に突き刺さった。

 

 

「そこまでだ、2人とも」

 

 

その大剣はラウラのもので、2人の剣話を中断させたのもラウラの仕業だった。

 

ラウラの姿を認めると同時に2人の集中は霧散した。ヴィクターの宝剣からは極光が解けてナギトの太刀は鞘に納められた。

 

 

「まったく………剣気が膨れ上がったから様子を見に来て見れば……、私が止めなければどうするつもりだったのだ?」

 

 

ラウラは剣を地面から引き抜きながらナギトと父親ヴィクターに問う。それはむしろ問いかけというよりは皮肉に近い。

 

 

「俺は誤解だって言ったんだけど子爵閣下が聞いてくれなくて」

 

 

ラウラのジト目を向けられる前にナギトはヴィクターを売った。「問答無用」と言われたのは本当だ。

 

その事実があるためにヴィクターは「む」と言うも反論できず。

 

 

「その割には愉しんでいたように見えたが?」

 

 

しかし娘ラウラの切れ味も相当のようで今度はナギトが「うっ」と言葉に詰まる。

 

 

意気消沈した2人を見てラウラはため息を吐くとナギトの側に立った。

 

 

「父上、すでにおわかりでしょうが私は今、このナギトと交際しています。今回はその報告という事でこうして我が家まで足を運んでもらったのです。それがどうしてナギトと父上が戦うなんて事になっているのです?私を納得させるだけの根拠はおありですか?」

 

 

ラウラは隠しているつもりだろうが、実を言えばこの2人の剣舞に混ざりたかったという本心が見え隠れした。

ヴィクターはそれを見抜きつつも、ラウラに言及された根拠を提示する。

 

 

「無論察している。しかしラウラ……ともすればナギトはアルゼイド家に婿入りする事になろう。そうなればその名を利用しようとする輩も出てくるだろう。そういった者たちに良いように使わらぬように実力を測っていたのだ」

 

 

「そう言った類の者たちは巧言令色騙くらかすものでしょう。剣力を測ってどうするおつもりなのです」

 

 

「剣を交えればわかる事もある」

 

 

「父上、今回ばかりはそれも苦しいです」

 

 

 

ヴィクターの建前をラウラは看破した。剣士に通じる理屈も今のラウラには通用せず、言い負けたヴィクターは肩を落とした。

 

 

「それに……婿入りとはまだ早すぎる話です」

 

 

それである程度は溜飲が下がったのか、ラウラは話題を変えた。頬を赤らめて言う様はナギトにはひどく可愛らしく見える。

 

 

「それはどうかな?ラウラはそう思っているとしても、ナギトも同じかわからぬだろう?」

 

 

ヴィクターの言葉にラウラは「そうですね」と言い、視線をナギトに向ける。親子の視線を浴びたナギトだったが怯む事なく傍らのラウラの肩を抱いた。

 

 

「そう遠くない日に、籍を入れるつもりです。俺はラウラと添い遂げるつもりです。約束します。アルゼイド子爵……どうか俺たちの交際を許してくれませんか」

 

 

こういう時は直球に限る。
強い意思を瞳に宿すナギトに、ヴィクターは満足げに笑った。

 


「そういう事ならば、その交際、許そう。好きにするが良い」

 

 

 

☆★

 

 

 

昼間はなかなか良い時間の過ごし方ができたと思う。

 

緊張していたヴィクターへのラウラとの交際報告も終わってみれば良い思い出だ。というか一足飛びに結婚のお許しまでいただいてしまったわけだが。

また籍を入れる時に今回の決闘じみたイベントが発生しない事を祈るのみだ。

 

 

夜も更けて就寝の時間が近づいている。子爵邸の方々の配慮(笑)でナギトはラウラの部屋に泊まる事になった。

ご丁寧に客室のベッドをラウラのそれとくっつけてある。明日朝に“お盛んですね(笑)”みたいな展開にもっていく腹積りなのかもしれない。

 

 

ベッドに転がり目を瞑る。

 

 

「起きているか?」

 

 

しばらくするとラウラが話しかけてきた。

 

 

「寝てる」

 

 

ナギトはそっけなく返すがラウラは笑って「起きているではないか」とツッコミを入れた。

 

そして、数瞬の間があり。

 

 

「その……今夜は、しないのか?」

 

 

そんな、あまりにも魅力的な誘いの声に理性が溶けるかと思った。

 

が、ここは鋼の理性で素っ気ない態度を貫く。

 

 

「しないよ。それに今夜“は”って言い方やめない?そもそもまだした事ないでしょ」

 

 

「それは…そうだが……あの内戦の夜のはノーカウントなのか?」

 

 

ラウラの言った“内戦の夜”とはトールズ士官学院を奪還して第三学生寮で告白した後の一件だ。昂る感情のまま劣情をぶつけ合うつもりだったが、あまりにも興奮したナギトはリヴァルにやられた傷が開いて出血し、血を失った事で気絶してしまった。なのでBまではいったが、実際にやったわけではないのでナギトの中ではノーカウント扱いだった。

 

 

しかし女の子からしたらどうなのだろう?

思考を始めるナギト。特にラウラはそういった方面に初心な少女だ。あれで1カウントしていてもおかしくない。

よもや失言だったかと言葉に詰まるナギトの苦悩を見抜いたのか、ラウラは「まあよい」と言った。

 

 

「私も明日からは父上との修行だし身重になるわけにもいかぬからな」

 

 

「…そうだな。だからここは我慢しとく。がんばれよ」

 

 

「うん、がんばるよ…………、いつまでもそなたの背中ばかりを見ているだけでは物足りぬからな」

 

 

ラウラのその言い回しはどこかナギトに似ていて、「ふ」と笑みがこぼれた。

 

 

「おやすみ」

 

 

と、手を挙げて就寝のご挨拶。ナギトは部屋を出てバルコニーへ向かった。そこは特別実習の際にエマやセリーヌと会話した夜風に当たるには絶好のロケーションだ。

 

 

 

バルコニーに到着すると、そこにはすでに先客がいた。ヴィクターだ。月明かりを受けながら眼下の景色を眺める様は一枚の絵のようだ。

 

 

「おや、ナギト……眠れないのか?」

 

 

ヴィクターはナギトの姿を認めるとそう声をかけてきた。

 

 

「ええ、まあ………」

 

 

ヴィクターが腰掛けるイスは当然のように2脚あり、傍らのテーブルにはワインボトルがひとつ、グラスは2つ用意してあった。

 

 

「こんな予感がしてたので」

 

 

ナギトがレグラムに来てからこっち、ヴィクターと2人きりでいたのは街道での一悶着の時だけだ。あの時もラウラによって中断されたので、男2人の会話はほぼなかった。

 

明日にはヴィクターとラウラ揃って半年の修行に出かけるため、ナギトがヴィクターとサシで話し合う機会は今夜しかなかったわけだ。

 

 

「フフ……わかっているなら話が早い。いけるクチか?」

 

 

「下戸ではないです」

 

 

ナギトはヴィクターの対面に着席し、ヴィクターと同じようにイスを横に向けて星空を見上げた。

 

 

「レグラムはいいところだろう」

 

 

ヴィクターからグラスを受け取り一口嚥下する。途端に葡萄の匂いが鼻を通り過ぎ、滑らかな舌触りと共にすっきりとした味が喉を下っていく。

ワインの味なぞわからないが、これはきっといいワインなのだろうと思った。

 

 

「はい、そうですね。風光明媚…とは良く言ったものです」

 

 

「うむ、今夜は晴れているが霧がかかった景色もまた一興だ」

 

 

 

ワインを一口。

 

 

「……雰囲気が落ち着いたな、ナギト。前にここに来た時よりさらに」

 

 

「ん、まあ色々ありましたからね」

 

 

5度目の特別実習。このレグラムに来た時のナギトは絶好調だった。《剣鬼》という過去があっても“ナギト”という生き方をすると決めて、ラウラにキスをされたと思い込んでいたナギトは、ヴィクターと伍する闘いをしたものだ。

 

今をもって考えると、ヴィクターもあの時はいくらか力をセーブしていたようだが。

 

 

それからはアリアンロードに殺されかけて絶不調に陥り、オーレリアの師事を受けていくらかは実力を取り戻し。

学院祭、旧校舎、内戦、煌魔城と修羅場と言って差し支えない場面を乗り越えてきた。

 

 

「ナギト、今はいくつだ?」

 

 

「確か……20歳ですね」

 

 

記憶を取り戻したナギトは自分が成人していると思い出した。正確には記憶喪失の間に成人していたわけだが。あの17歳くらいの集団にひとり20歳の野郎が紛れ込んでいたと考えると少し苦しいが、それはクロウも同じなので痛みは分け合えた。

 

 

「ふむ、その若さで………、大したものだ」

 

 

「いやいや、ははは」

 

 

素直に褒められ慣れてないナギトは、いまいち何を褒められたかわからなかったが、照れた様子を見せる。

 

もはやそんな様子すら冗談の如く。ヴィクターもそれを感じ取ったのか、さらに肯定感を上げるように言葉を紡いだ。

 

 

「私はかつて、そなたの師であるユン殿と剣を交えた事がある」

 

 

「三日三晩、決着がつかなかったってやつですね」

 

 

「そなたらには話していたな。そうだ……理合が心地良くてな…止める機を逸してしまっていた」

 

 

理合が心地良い。前に実習でその話を聞いた時は達人たちだけの特別な感覚と思ったナギトだったが、それはリィンとの手合わせでよく覚えていた感情だった。

剣技の優劣に関わらず、剣の達人、素人に関わらず、そのような感情は芽生えるのだと今ならわかる。

 

 

「その私が言おう。ナギト…そなたはユン殿の後継として何ら不足する所なく相応しいと」

 

 

ナギトは煌魔城で記憶を取り戻してから。

かつて《剣鬼》と恐れられた剣技を取り戻してなお届かなかった高みに至った。

それは《剣鬼》───ウィル・カーファイに足りなかったものが、トールズ士官学院で友人たちと過ごす間に、特別実習を受けて内戦を潜り抜けている間に得られたからだ。

 

だからナギトは“二代目八葉一刀流”を名乗っている。それが許された手紙を受け取り、そう名乗れた。

そう名乗る事に一切の不足がない事はわかっている。───そう名乗る以上は“不足あり”などと思われぬように立ち居振る舞わねばならぬ。

 

自他共にナギトが“二代目八葉一刀流”だと認められるように。

 

 

 

だから、ヴィクターの言葉は驚くほどナギトに沁み入った。

 

ほんの少しだけ、涙が滲む。そんな事は悟らせまいとナギトは「ふ」と笑み、ヴィクターもまたそれに気づかないふりをした。

 

 

「ありがとうございます」と礼を言ってワインを飲む。

ヴィクターも「ふ」とナギトと同じように笑んでグラスを傾けた。

 

 

「しかし、惜しい所があるとすれば……それはまだそなたが若い事だ」

 

 

ヴィクターはナギトを褒めちぎる方向から一転、貶し始める。

 

 

「若い?」と聞き返す。実年齢もそうだろうが、ヴィクターの言うそれはもっと本質的な在り方としての意味だろう。

 

 

「うむ。理合が心地良いと感じるのに、そなたはそれを終わらせる事ができる。……その競い合いに決着をつける事を厭わぬ若さだ」

 

 

「……それは」

 

 

ナギトはヴィクターの言葉の意味を理解して少し笑った。これはきっと冗談であり、ほんの僅かな寂しさを感じさせるセリフだった。

 

 

「私ほどの歳になるとな……その感覚が遠くなるのだ。……鍛え抜いた肉体、磨き上げた技、瞬間瞬間で試される発想、センス………己を試す機会に恵まれぬ」

 

 

その気持ちはわかる。共感できるとは言わない。だが理解はできるのだ。

 

《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイド。この広いエレボニア帝国において最強の剣士とも呼ばれる英傑。

そんなヴィクターと比肩する猛者がどれだけいる事か。孤高の侘しさというやつだろう。

 

 

 

ナギトはその気持ちに対する答えを持っている。それを伝える事もできる。だが、やめた。ヴィクターならナギトの言葉をきっと理解できるし、それを傲慢と捉える事もない。だけどそれを伝えたとしても、侘しさを紛らわせる事はできない。

 

 

「……フフ、愚痴のようになってしまったな」

 

 

「ふっ……いえ………、でも確かにそういう意味で俺は若い。周りに剣を交わして楽しいと思えるやつらがたくさんいる。リィンやラウラ、サラ教官……クロウってやつもいるんですが、そいつもそうです」

 

 

きっとあいつらと剣を交えたら、楽しいだろう。

実力が隔絶しているとか、そんな事は関係ないのだ。例え相手が突つけば割れる硝子であっても、世界に在るのだから、寂しいとかはない。

 

 

「そうか……そなたは恵まれているな。………いや、それだけではないな」

 

 

湖畔を眺めていたヴィクターがグラスをテーブルに置いて、ナギトに視線を移した。視線には真剣なものが混じっている。

 

ナギトもそれに応じるように揺らしていたグラスをテーブルに置いた。

 

 

「言葉を交わしてみて改めてわかった。そなたの境地は私のそれより深いところにある。……昼間に見せてくれた一太刀もそれに由来するものだろう。興味がある、どうか教えてくれないか?」

 

 

ヴィクターの言った一太刀とは“八葉一閃”の事だ。それしかない。ナギトがヴィクターに優っているところはそれしかないのだから、教示できるとすればそれしかない。

 

 

ナギトは「わかりました」と言って視線をヴィクターから外して空に向かって拳を握った。

 

 

「今、何をしたかわかりました?」

 

 

答えのない謎かけだ。ただ拳を握っただけ。しかしその意味は。人によって答えは変わるだろう。

 

拳を握った。星に手を伸ばした。湖面の月を掬おうとした。

 

 

「……剣を掴んだ、か?」

 

 

しかしてヴィクターの答えはそれだった。いかにも剣士らしいアンサーだった。

 

 

「正解です。不正解ですよ」

 

 

だがナギトは意地悪にニヤリと笑った。

ヴィクターは不満げに少し顔を顰める。やはり親子か、その仕草はラウラと似ていると思った。

 

 

「俺は今、世界を握ったんですよ。世界とひとつになったんです。世界とは──、この眼下の景色…湖に写った月、空に輝く星、人の暮らす大地……己、他者、生物、非生物に関わらず天と地の狭間にあるもの総て」

 

 

 

「剣も、か………」

 

 

 

「そうです」とナギトは答えて笑い、グラスを煽ってワインを流し込んだ。

 

 

そんなナギトの様子は話題の終わりを意味していて、ヴィクターもまたワインを飲む。

 

 

「なるほどな。君の境地が少しわかった気がするよ」

 

 

「すみません、少しわかりにくく言いました。雰囲気に当てられてロマンチックに」

 

 

悪気なく笑うナギトに、それがあからさまな冗談であるとヴィクターも察して「フフ」と笑った。

 

 

そんな感じで2人はゆっくりと時を過ごし───、やがて夜会も終いとなる。

 

 

飲み干したワインボトルを片付ける最中、何気なくヴィクターは言い放つ。目を合わせる事もなく、呆気なく。

 

 

「ラウラを頼む」

 

 

「はい」と答えた。

 

 

 

☆★

 

 

 


翌日の朝。出発の朝。
ヴィクターは「では留守の間、よろしく頼む」と言い残して屋敷を後にする。ラウラは「頼んだぞ」と続き、ナギトは黙礼した。

 


これから半年、ヴィクターはラウラに付きっきりで奥義を伝授する事になっていた。

 

 

「では、俺はここで」

 

 


街道に出る手前で、ナギトは2人にそう別れを告げる。

 

 

「うむ、すまないな。見送ってもらって」

 

 

「しばしのさよならだ。また会おう。早くても半年後になると思うがな」

 

 


ラウラは笑顔でそう言う。

別れを惜しむ事をしないのは信頼の証なのだろうか?
まあ、俺から会いに行くつもりはあるけどなー、HAHAHA!とナギトは胸中で叫び。と、そこでラウラが唐突に言った。

 


「では、餞別をもらって行こう」

 

 


ナギトが「うん?」と反応するよりも早く、ラウラはナギトに口づけする。

 

 

「ではなナギト!達者で」

 

 

ラウラの電光石火に面食らいつつ、ナギトは笑顔で2人を見送る。

 

 

 

 

やがて二人の背中が見えなくなった頃、ナギトはようやく歩き出す。
行き先は遊撃士協会だった。

 

 

数年前の帝都遊撃士協会支部襲撃事件を経て、エレボニア帝国から遊撃士協会は排斥されつつあった。しかし、このレグラムの地には子爵家の力も借りて遊撃士協会支部は生き残っていた。

 

遊撃士協会、レグラム支部。
その扉を開けて中に入ると、受付のマイルズとサラが会話していた。

 

 

「あら、ナギトじゃない。見送りは終わったのかしら?」

 

 

ナギトは「はい」と答え、マイルズを見る。2人には面識がないのだ。

マイルズはサラに「彼が?」と確認を取る。サラの肯定を確認して、マイルズが自己紹介をする。

 

 

「僕はマイルズ。ここで遊撃士協会の受付をやっている。君があの《剣鬼》か、噂には聞いているよ」

 

 


「いやあ、お恥ずかしい限りですよ、その異名は……未熟な力だけの証明ですからね」

 

 

2人は握手を交わす。ナギトは続けて「フィーはどこに?」とサラに問う。

 


「フィーなら試験で街道に出てるわ。トヴァルは付き添い…試験官って所かしら。もうすぐ帰ってくるはずよ」

 

 


ナギトは「そうですか」とあくび混じりに言うと、ソファに横になる。

 

 

「今日はちょっと早起きで眠いんですよ。何かあったら起こして下さい」

 

 

ヴィクターとの夜会に加えて今朝は2人の見送りで早かった。単純に寝不足なのだ。「アンタね…」とサラに呆れられながらも邪魔はされず、ナギトは速やかに眠りの世界に落ちていく。

 

 


ナギトが起きたのはそれから2時間後の事だった。

 

「おう、起きたかナギト。良く眠ってたみたいだが」

 

 


「あー、トヴァルさん……こりゃお恥ずかしいところを」

 

 

ナギトは口元の涎を拭い、トヴァルに向き直る。
その後、帰ってきていたフィーとトヴァルを交えてナギトの今後について話し合う。

 

 


「そういえばナギト、あんたこれからどうするのよ?」

 


「遊撃士協会としては、遊撃士に復帰してほしいんだけど」

 

 


サラの疑問に提案を乗せる形でマイルズが言う。

 


「そうだなぁ、俺からしても優秀な後輩が増えるのは嬉しい事だ。……もちろん無理にとは言わないが」

 

 


さらに、それに乗っかる形でトヴァルが続ける。それにフィーがさらに続けようとするが、その前にナギトが答えた。

 

 

「そういやリィンにはフラれたみたいでしたね」と笑ってからナギトは続ける。

 

 

「もちろんそのつもりです。俺は遊撃士に復帰します。……だけど、その前にやるべき事があります。………色々な事を、やらなければいけない。筋を通さなければ。
だから、遊撃士に復帰するのはそのあとです」

 

 

ヘラヘラしているのが常のナギトがまれに見せる決意を秘めた瞳、声音。
サラは「まったくあんたは…」と呆れたように笑う。サラは知っているのだ、担任教官として過ごした一年間、ナギトを見てきたのだ。この男は、自分が通すと決めた筋は通すと言う事を。
フィーすらも、それは同じだ。ナギトと同じ立場で共に歩いてきた友であり、仲間であるからこそ、

 

 


「ナギトが言うなら仕方ないね。私は一緒に仕事したかったけど、帰ってくるまで待ってるよ」

 

 


そう言えた。試験を終えて準遊撃士となったフィー。Ⅶ組でもミリアムに次いで幼いフィーは、未だ別れを惜しみたい年頃だ。それでも、それを押し込めてそう言えた。「待ってる」と。

 

 


「そう言う事なら、こちらとしては待つしかないな」

 

 

マイルズの言葉により、この短い話し合いは終わった。
ナギトという男が遊撃士として復帰するのは、まだ先の話という事に帰結した。

 

 

 

その夜、レグラム支部ではフィーの準遊撃士就任パーティが開かれた。
騒ぎに騒いだ後、酔い覚ましと称してナギトは外に出る。

 


「あれ?ナギト、どうしたの?」

 


そこにはすでにフィーという先客がいた。今夜の主役を差し置いて騒いでいた事を少し恥じながら、ナギトは「ちょっと酔い覚ましに」と答えた。


すでにトヴァルとサラは中で酔い潰れていた。マイルズは二人の介抱をしている。いつかはⅦ組の連中とも酒を酌み交わしたいものだ、なんて思いながらフィーと共に空を見上げた。

 

 


「明日の朝、出発するんだっけ?」

 

 

「うん」

 

 


「いつ帰ってくるの?」

 

 


「わからん」

 

 


「帰ってくるよね?」

 

 

「うん」

 

 

 


ナギトは、少しだけ泣きそうなフィーの頭を撫でて言う。

 

 


「安心しろよ。ちゃんと戻ってきて遊撃士やるさ。フィーや、サラさんや、トヴァルさんと一緒にな」

 

 


「……うん。ありがと」

 

 

 

前に《西風の旅団》のやつらに言われた気がする。ナギトは団長──《西風の旅団》の頭目たる《猟兵王》ルトガーに似ていると。

フィーも同じようにナギトに父親の面影を見たのだろうか、惜別の表情を見せている。

 

 

フィーはまだ幼い。猟兵団の家族との別れ、Ⅶ組の級友との別れ。どれも頭で理解していても心が納得していないのだ。

それでも“フィー・クラウゼルの流儀”を貫くべく前に進む事をやめないのは立派な事だ。

 

ナギトはそんなフィーの成長を理解して喜ばしい気持ちになる。今やこんな感情すら尊いものだ。

 

 

 

「達者でやれ、がんばれよ」

 

 

軽々しい激励を残して。

 

 


翌朝、ナギトは列車に乗り込み出発する。


行先は、ユミルだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。