八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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“始まり”、“終わり”

 

 

「「ニの型、疾風──!」」

 

 

ナギトとアリオス、2人の姿が消える。

木立をすり抜け、水面に飛沫を残し、風の軽やかさそのままに駆ける。

 

やがてその軽やかさは鋭さとなって相手を襲う。

 

 

鉄のぶつかる音、無数に。

 

 

 

「裏疾風・双──!」

 

 

太刀と魔剣のぶつかり合いの後、着地したアリオスが繰り出したのは分け身と共に“裏疾風”を行う発展戦技。

 

 

「くらうかよ!」

 

 

無空一刀。空間を切り裂くかのような一閃がアリオスの分け身を切り裂いて霧散させる。アリオス本人は跳び退いて回避していた。

 

ナギトが魔剣を振り抜き、構え戻す刹那で跳び退いたアリオスは着地。再びの“疾風”を実行する。

 

 

「く…」

 

 

辛うじて防御は間に合ったナギトだが、剣圧に押されて弾き飛ばされる。ナギトが体勢を立て直す一瞬でアリオスは高く跳び上がっていた。

膨大な剣気と共に風圧が嵐となって太刀に収束していく。

 

 

「逆巻く風よ、我が剣に集え──!」

 

 

その構えから連想される戦技にナギトは苦笑いと共に防御を固めた。

 

 

 

「──風神裂破!」

 

 

 

 

解き放たれた剣戟はまさに嵐を一刀に閉じ込めたかの如き凄まじさ。

ガードしたナギトだったがその防御も嵐の前では役に立たず、弾き飛ばされ周囲の木々をぶち抜き───やがて一際大きな樹木に背中を打ち付けて止まった。

 

 

 

「が………、ぐ…かはっ……」

 

 

斬撃こそまともに受けてないものの、生じたダメージは大きかった。

闘気での防護も、アリオスの攻撃力の前にはぼろい鎖帷子程度の安心感しかない。

喀血したナギトが立ち上がるより早く、その眼前に刃を突きつけるアリオス。

 

 

 

「俺に二の型で勝とうとは驕りが過ぎるな、ウィル」

 

 

呆れ半分に、しかし眼光は鋭く自身を見やるアリオスに、ナギトは立ち上がるのをやめて木の幹に背中を預けた。

 

 

「クロウの言う通りだな。お前には慢心がある。……要らぬプライドというやつか? 修行中でもあるまいし、型を制限する意味もないだろう」

 

 

「おっしゃる通りで」

 

 

例え二の型縛りでアリオスに勝ったとしても、得られるものはちっぽけな充足感だけだ。それで負けたとしたら───

 

 

「それで負けてしまったら元も子もないだろう。遊びは終わりだ、さっさと本気を出せウィル。俺も八葉の剣士として立っている以上、相手に全力を出させず勝つのは意に反する」

 

 

言われずともそのつもりだ。

ナギトは立ち上がると魔剣を異空間に戻す。

 

アリオスは太刀をナギトの眼前から引き戻すと再度構えた。

 

 

そして今度は“幻造”で武器の形を編んだ。慣れ親しんだ得物の感触は太刀のもの。握る柄に意識を切り替え、宣言する。

 

 

「いくぞアリオスさん。ここからが俺の八葉だ」

 

 

 

☆★

 

 

ナギト・ウィル・カーファイの真髄は、その技量にある。

数多のプレイヤーが運命の改変を行うために望んだ隔絶した剣才は、特に“見”で発揮される。

レオンハルトの“鬼炎斬”を一見して模倣できた事然り、リヴァルの“貴き復讐”を一見しただけで再現できた事然り──と、その戦技の本質を見抜く力に長けている。

それが年若くしてナギトが八葉一刀流を極める事ができた大きな要因のひとつだ。

 

 

そしてその能力は修行中だけでなく、戦闘中にも発揮される。むしろ戦闘中にこそ、その見抜く力は大いに役立つ。

 

 

 

「──疾風」

 

 

戦闘が再開されてしばらくナギトは“見”に回った。体力を回復させる意味合いもありつつ、アリオスのスピードを体感していた。

 

その結果、わかった事がいくつかある。

まずアリオスの速度は、あの《鉄機隊》の《神速》にも勝るということ。ナギトの雷速で追いつけない事はないが、二の型の柔軟性から考えてもスピード勝負は避けた方が無難だろう。

 

次に、その動きが合理に寄り過ぎず読み難いこと。常に最短最善を尽くす合理主義のアクションは時として読み易い傾向にある。ナギトやアリオスのように武の極みに立つ者ならなおさらだ。

 

つまりアリオスは強いという事だ。さすがは《風の剣聖》、隙がない。

 

 

 

迫るアリオスの刃を跳躍して回避する。

 

 

「孤影燎原、緋空十字連斬」

 

 

そのまま空中から斬撃を飛ばす。広範囲を攻撃する2つの戦技にはアリオスとてスピードで回避する事は難しく防御を選択する。

 

その間にナギトはタメをつくると、一瞬の後に解放する。神威残月。

神速の剣閃はアリオスに直撃した──否、直前で気づいたアリオスは太刀を防御に回して辛うじてガードしていた。しかしそれも万全ではなく大きく後退りしている。

 

ナギトは着地の隙を“幻造”で形造った刃でアリオスを追撃する事で潰す。

 

「雷軀来々」

 

 

着地と同時に雷電が収束して人の形となる。ナギトの分け身だ。

 

 

「迅雷・双」

 

 

雷の分け身と共にアリオスに切りかかる。

その刃はしっかりと防いだアリオスだったが、帯電した分け身により表皮を軽く灼かれてしまう。

 

生じた刹那の隙とも呼べぬ隙────、そこにナギトは戦技を差し込む。

分け身をエネルギーとして太刀に収束して放つ───

 

 

「龍雷撃───!」

 

 

雷龍の顎がアリオスを飲み込む。その牙が身体を喰い千切る──それより早くアリオスの闘気が爆発する。軽功。力を上げたアリオスは裂帛だけで“龍雷撃”を拡散させた。

 

 

「いくぞ、ウィルっ!」

 

 

アリオスは“軽功”によってそのスピードさえもを上げていた。瞬く間にナギトに肉薄する───

 

 

「雷軀遠来」

 

 

───だが、ナギトの方が一手早い。

 

拡散したはずの“龍雷撃”が再び収束すると分け身の形をとってアリオスを背後から斬りつけた。

 

それがただの痛みなら、アリオスは太刀を振り抜けた。しかし分け身はそのまま電撃となってアリオスを襲う。筋肉を硬直させ思考が白む一瞬。

 

 

 

「雷神烈破!」

 

 

雷を纏う太刀をナギトが振り抜いた。

 

 

 

今度はアリオスが吹き飛ぶ番だった。極雷は周囲の木々を焼き焦がし湿地帯を干上がらせるほどの威力を内包している。

無意識のうちに太刀を防御に回せたのが功を奏したか、アリオスは斬られてはいない。しかしその身を飲み込んだ雷撃のダメージをも無に帰せたわけではなかった。

 

 

 

 

「さっきと逆だな、アリオスさん」

 

 

いったいどれだけ気絶していたのか。数秒か、数分という事はないだろう。揺れる視界の先でナギトはゆっくりとアリオスに迫って来ていた。

 

ダメージで太刀を取りこぼす事はなかったようで、柄を握り締めるとアリオスは立ち上がり───膝が折れた。

 

 

「くっ……!」

 

 

 

「雷の型──それなりだろう? 八葉にはない技だが二の型をベースに新しく構築した俺なりの八葉一刀流の続きだ」

 

 

そんなアリオスの様子を見て取ったナギトは語る。それがいかなるつもりかわからないが───否、わかる。これはさっきのやり直しだ。アリオスが全力を出さなかったナギトが立ち上がるのを待ったように、ナギトもまたアリオスが回復して立つのを待っている。

 

 

「アリオスさんの言う通りさ、クロウの言葉は当たりだよ。俺には慢心するって弱点がある。あんたはそれを突いた。……そして俺もまた、俺の実力を低く見積もったあんたの隙を突いた」

 

 

確かに、とアリオスは思考する。クロウの言っていた通りだ。“相手を油断させてその隙を突く”──アリオス自身、油断していたわけではないが、本気になったナギトがここまでとは思っていなかった。

 

 

「…どうやら、そのようだな。……わかっていたつもりだったが………その歳でそこまで成長していたとは思わなかった」

 

 

「これでも八葉を継ぐ者なんでね。アリオスさんこそ……その程度じゃないだろう。独立国の騒ぎの時に醜態を晒したとは聞いたが……今は違うはずだ」

 

 

会話のおかげである程度は回復できたアリオスは立ち上がる。「ああ、そうだな」と回想しているかのように微笑んで、構えた。

 

 

「修行を終えてから俺は、いくつもの修羅場をくぐって来た。友と肩を並べ、過ちを犯し、そして特務支援課(あいつら)に出会った。……もうあの時の俺とは違う。もはや俺に迷いはない。どんな状況でも希望はある──そう教えてくれたやつらに胸を張るためにも……まだ胸を貸してくれるな?」

 

 

にやり、笑うナギト。

 

 

「それが兄弟子のつとめなれば」

 

 

 

そして剣舞は再開された。

 

さらに苛烈に、さらに強靭に。2人は剣を交差させていく。

共に剣聖の高みにある剣士として、真剣に斬り結んだ。

 

 

 

いったいどれだけの時間、それは続いただろうか。

 

すでに2人とも戦う理由を忘却の彼方へ追いやっている。

彼我の境界が融けてただ剣を研ぎ澄ますかの如く。

 

舞うように、まるで打ち合わせをしていたかのように、2人の太刀は衝突音を奏でる。

いつまでも続けていたい理合の心地良さ。

 

 

だがそれも、もう長く続かない事に両者ともに気づいていた。

打ち合いの後、距離を取る2人。次で最後だ。

 

 

 

「……ここまでか。お互い限界のようだし、次が最後の一合となろう。…我が師兄ウィル──二代目八葉一刀流ナギト・ウィル・カーファイよ、我が最強の剣…受けてくれるか?」

 

 

 

「老師に代わり、二の型の精髄…受けて立つ。師弟アリオス・マクレイン」

 

 

 

 

言葉も少なく、2人は互いの総てをただ一太刀に込める。

 

 

 

「あんたになら、見せてもいいだろう」

 

 

アリオスが太刀に気を込め、大気そのものを刃と化す中、落ち着いた声音でナギトは剣を上段に振り上げる。

 

 

アリオスはその構えに見覚えがあった。ユンがナギトに叩き込んだ八つの型の、その先──否、その前にある斬撃という概念そのものと言える剣技。

 

 

 

 

 

「八葉一刀流、二の型…終の太刀」

 

 

 

「八葉一刀流、始の太刀」

 

 

 

そして、勝負は決する。

 

 

 

「────黒皇剣!」

 

 

 

 

 

「───八葉一閃」

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「八葉一刀流の“終の太刀”は、森羅万象を終焉に導く一刀だ。始の太刀があらゆる概念を内包するなら、終の太刀はあらゆる概念を終わらせる一太刀」

 

 

ナギトは倒れたアリオスを見下ろしていた。最後の一合で軍配はナギトに挙がった。大きく胸板を裂かれた傷は致命的だったが、ナギトが回復アーツを使った事で一命を取り留めていた。

 

 

「俺がお前に敗れたのは、俺の終の太刀がそこまで至っていなかったからか」

 

 

言葉を紡いだアリオスだったが、息も絶え絶えでもはや立ち上がる事すらできそうにない。決着の一撃でもそうだがバトル全体で負ったダメージはとうに限界を超えていた。

 

 

「ま、誰も世界の終わりなんて見てないから、これは老師の机上の空論なんだけどね」

 

 

シリアスな雰囲気を霧散させ、やれやれとナギトは肩を竦めるとアリオスの横にどかっと座り込んだ。ナギトももう立っているのも辛いダメージを受けていた。

 

 

「…それはお前でもか、ウィル?」

 

 

「俺は例外。いつもエンディングまで見る派だからさ」

 

 

アリオスの問いに冗談半分で返したナギト。アリオスはわからないと言った体でナギトを見る。

 

 

「戯言だよ」

 

 

「……そうか。お前も…冗談を言うようになったんだな」

 

 

「かっかっか。確かに昔の俺は冗談も言わないつまんねーやつだったな」

 

 

 

アリオスのかつての修行時代、未だ年若いウィルは人生において剣しか知らずまともに冗談も通じなかった。そんな男が、今や冗談みたいな生き方をしている。

笑える話だ、とアリオスも笑った。全身の傷が痛んだ。

 

雰囲気が完全に剣呑なそれから、兄弟弟子のそれに移行したところでアリオスは切り出した。

 

 

 

「ウィル、ひとつ頼みがある」

 

 

「なにかな、弟弟子」

 

 

アリオスは息を飲んだ。今から言う“頼み事”はナギトにとって何一つ利のないお願いだったからだ。しかし言うだけならタダ。──アリオス自身の格を落とす発言だとしても、今や勝負に負けて命まで救ってもらった身だ、これ以上の低評価はない。

 

 

「先の“八葉一閃”……ロイドたちには使わないでほしい」

 

 

「いいよ」

 

 

意を決して言ったアリオスにナギトは即答した。

 

 

「と言うか、元からそのつもり。“八葉一閃”は俺の──八葉の奥義だ。相手にも相応の格がないと使わない。そもそも奥義は引き出しの奥の技だから奥義であって、ほいほい使うのはちょっとなー」

 

 

やはり冗談口調で語るナギトにアリオスは「変わったな」と感想を述べる。

 

「まあもし……」ナギトは空に視線を移した。

 

 

 

 

「決戦までにあいつらがそこまで成長したら、使う機会もあるかもしれないな」

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「ふむ、それで……どうやって例の結界を破ったのかは教えてくれないのだね?」

 

 

その後、ルーファスに連絡を入れたナギトは軍の到着を待ち、アリオスを引き渡すとオルキスタワーに戻り、今回の顛末について報告した。

 

 

 

「ええ、そこは勘弁してください」

 

 

 

と言いつつも、ルーファスはほぼ事情を知っているだろうと思うナギト。

ナギトを見張る凄腕の監視をまけていたとは思えない。おそらく《鉄機隊》の面々に足止めを食らっただろうから《星見の塔》での結社とのやりとりまではわからないだろうが、ナギトが結社と何らかの取引をしたという事は把握しているだろう。

 

 

 

 

「まあいいだろう……きみが秘密主義なのは今に始まった事ではない。……フフ、まったく誰に似たのだか」

 

 

 

色々と秘密を抱えるオズボーンに似ている、と暗喩するその言葉はナギトに複雑な思いを抱かせる。

 

ギリアス・オズボーンという脅威に備えるためには色々と布石を打つ必要があるのだが、それは表沙汰にできない事ばかり。

オズボーンに対抗するために、彼と似たような手段に及ぶ事になるとは、皮肉な話だ。

 

 

 

 

「では、これで」

 

 

報告を終えたナギトは退室しようとして、ルーファスに呼び止められる。

 

 

「近々、私はクロスベルを離れる事になった」

 

 

「……我らがお父上からの呼び出しですかな?」

 

 

おそらくはオズボーンに呼ばれたのだろう、と察しをつけたナギトは芝居がかった声音で尋ねる。

 

 

 

「そうだ。どうやら、エル=プラドーの準備が整ったようでね」

 

 

「エル=プラドー?」

 

 

聞いたことのない単語に反応するナギトだったが、ルーファスは笑うのみで詳細を語りはしない。

 

 

「まあ、というわけだから、私が不在の間、よろしく頼むよ」

 

 

今の状況で、ルーファスがクロスベルを離れればどうなるか。

十中八九《Ω》は動くだろう。ルーファスの不在という隙を狙ってクロスベルを帝国の支配から解放するために。

 

特務支援課は、おそらく動けない。

アリオスという大きな戦力を失い、ロイドも復調せぬ今、失敗した時のリスクを考えれば、動けないはずだ。

 

 

 

 

ナギトは押し寄せてくるであろう面倒ごとに目眩を覚えそうになる。

 

 

いやだいやだと首を振ったナギトはしかし腹を決めて「了解しました」と言うのであった。

 

 

 

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