八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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魔都へ

 

 

「や、アリオスさん。怪我の具合どう?」

 

 

オルキスタワー魔導区画、アリオス・マクレイン特別拘束房にて。

鉄格子の前で軽々しげに手を挙げたのはナギトだった。特に気配を隠していないため事前に察知していたアリオスだったが、いったいナギトがどんな用件を持ち込んだのか───

それにしても、自分が負わせた傷の具合を聞くとはアリオスはナギトの人間性を訝しむ。

 

 

「おかげさまで養生させてもらっている。……お前と同じような状態だ、ウィル」

 

 

皮肉で返す。ため息もセットだ。

昨日の激闘では両者ともに死に瀕するするほどのダメージを負った。アリオスは言わずもがな、戦いに勝ったナギトさえ全身生傷だらけでしばらくはまともに剣を振るえないだろう。

 

 

「それで、何の用だ?……わざわざ怪我の具合を確かめるためだけに来たわけじゃないだろう」

 

 

アリオスのため息に苦笑いしたナギトだったが「そうだな」と返答する。この場に来たのはラウラに頼まれたからでもあるが、ナギト自身もアリオスと2人きりで話したいと思っていたからだ。

そのためラウラとグレイスには少し離れた扉の前で待機してもらっている。

 

 

「腰を据えて話す機会もなかったと思って。本当はただのナギトとしてあんたに会いに来るつもりだった……八葉の二代目としての挨拶に。……それが何の因果か総督府付きの武官としてクロスベル入りした挙句、ガチで戦う事になるとは」

 

 

「……老師から手紙は届いていた。ウィル…お前を八葉一刀流の二代目伝承者として認めたと。そのうち挨拶に来るだろうと文にはあったが、その挨拶の形がこうなるとは俺も予想していなかった」

 

 

やれやれと2人は笑みを交換する。「だが」とアリオスは続けた。

 

 

「ある意味では言葉だけの挨拶より剣を交えた今だからこそ、俺もお前を八葉の次代として真に認める事ができたと言える」

 

 

《風の剣聖》として名を馳せるアリオスにそう言われてナギトは照れつつ「はは」と口許を綻ばせた。

 

 

「本当は酒でも飲みながら話したかったんだけどね。……ここはそんな気を利かせられる場所でもない」

 

 

ナギトとアリオスは鉄格子越しに会話している。これがバーのカウンターなどであればどれだけ良かったか。

やはり苦笑したナギトに、話題の終息を感じ取ったアリオスは気になっていた事を尋ねた。

 

 

 

「……ところで、ロイドたちはどうなった?」

 

 

それは自分がナギトを引きつける事で逃した特務支援課一味のその後だった。当然総督府臨時武官であるナギトが答える必要性はない。

 

 

「ああ、普通に行方を眩ませたよ。総督府の方でも居場所は掴んでないね」

 

 

しかし当然のように答えた。これもクロウから聞いた通り──ナギト・ウィル・カーファイはギリアス・オズボーンに忠誠を誓っているわけではない事の証左。

なにやら昨日だけはルーファス・アルバレアへの義理返上のために気まぐれで特務支援課らを襲撃したようだが。

 

 

「やられたよ、アリオスさん。試合に勝って勝負に負けた」

 

 

昨日はルーファスのために使うと決めた1日だったのに、アリオスの言葉に釣られてまんまと一対一をしてしまいロイドらを取り逃してしまった。これではルーファスへの貸しはまだ半分も返せていないだろう。

 

 

 

「そうか……それならひとまずは安心か。お前がもう昨日のような追撃を試みないのであれば、だが」

 

 

「さすがにもうやるつもりはないよ。昨日、ルーファスさんに恩返しをしようと思ったのはただの気まぐれだし。……昨日の時点ではまだ特務支援課たちにはアリオス…あんたがいた。高確率で自分を囮にするだろうと思ってたからあんな大胆な手がとれた」

 

 

しかし実のところ、アリオスがナギトを引きつける事すらナギトには想定通りの出来事だった。

だからこそ“ルーファスへの恩返し”という名目で──本当に恩返しできる面もあって一石二鳥だった──零の残り香という結界を突破して特務支援課一味を襲撃した。

 

ルーファスとの間柄において、ナギトはまだ借りがあるものの今後は本気で彼らを急襲するつもりはない。それほどの恩義は残っていない…と考えている。

 

 

 

「そうか。……まったく、動きの読めない兄弟子だな…お前は」

 

 

「弟弟子ならもっと気を利かせてほしいもんだ」

 

 

そんな冗談のようなやり取りを経て、ナギトとアリオスの会話は一段落した。

扉の前で待機するラウラとグレイスを呼び出す。

 

 

「紹介する。彼女はラウラ・S・アルゼイド。帝国のアルゼイド子爵家の嫡子にしてアルゼイド流の剣士だ」

 

 

「お初にお目にかかる、《風の剣聖》アリオス・マクレイン殿。ヴィクター・アルゼイドが娘、ラウラと申します」

 

 

「アルゼイド……なるほど、《光の剣匠》の……」

 

 

 

アリオスもどうやら《光の剣匠》の名は聞き及んでいたようで、ナギトがラウラを紹介した理由を察する。

そこで今まで黙っていたグレイスが「ちょっとー、あたしもいるんですけど」と口を挟む。

 

 

「この2人とちょっと話してやってくれないかな」

 

 

アリオスの牢獄生活は始まったばかりだ。今でこそ回復に努めていてあまり暇とは言えないだろうが、傷が癒えればその限りではない。脱出も試みるだろうが、この魔導区画の“魔導”たる所以も《黒の工房》の手を借りて一部稼働している。

いくらアリオスと言えど太刀もなしに牢を破る事はできないだろう。少なくとも内側からは。

 

 

「ほんじゃ」と手を振ったナギトは牢の前から去る。

 

グレイスに「2人は話さないの?」と聞かれるが「話し出すと止まらないと思うので」と言って躱す。“《剣聖》2人の対談”なんて見出し記事が出る事は防げたわけだ。

 

 

 

1時間ほどでアリオス、ラウラ、グレイスの会話は終わり、ナギトはラウラとグレイスを連れて魔導区画を離れた。

 

その後、グレイスはナギトにインタビューをして満足するとスキップする勢いで仕事場であるクロスベル通信社に戻って行った。

 

 

☆★

 

 

 

すでに空は夕焼けに染まっている。

 

 

「有意義な話はできたかな?」

 

 

港湾区、遠くにミュラムワンダーランドを見ながらナギトはラウラに言葉を向ける。

 

 

 

「うん。名高い《風の剣聖》との会話。得るものは大きかった。わざと難しく言うナギトより、私に近過ぎる父上より。アリオス殿の言葉はわかりやすく私の糧になったと思う」

 

 

「なら良かった」とナギトはラウラを見て微笑んだ。

 

 

 

「じゃあラウラは先にホテルに戻っててくれ。俺はちょいと用事ができた」

 

 

ラウラは歓楽街にあるホテルに泊まるつもりだった。ナギトも同じホテルに滞在しているが、2人は別室だ。

 

 

そう言ってラウラを追い払ったナギトは、近づいてきた人物に声をかける。

 

 

「お疲れ様です、ルーファス総督」

 

 

「フフ、お疲れ様だ、ナギトくん。良く気づいたね?」

 

 

「いえいえ、ルーファスさんこそ。ラウラにさえ気取らせない気殺…見事です」

 

 

ベンチに座るナギトの目の前に立つルーファスは、一瞬置いてから言う。

 

 

「私は明日の朝にクロスベルを発つ。いつ帰って来られるかはわからないが───早くても3日はかかるだろう」

 

 

「3日、ですか……」

 

 

3日。《Ω》が体制を整えて攻め入ってくるには充分だ。……もちろん、ルーファスがクロスベルを離れる事を察知されていた場合の話だが。

 

 

「あくまで早くても、の計算だ。それより遅くなる可能性もある」

 

 

ルーファスが遅くなれば遅くなるだけ《Ω》が動く可能性は高まる。ナギトも明後日には全快になってる予定だが、いったいいつまで凌げるか……

 

「そういや」とナギトは話題を変える。

 

 

 

「確か、エル=プラドーでしたか」

 

 

「エル=プラドーの準備が整った」とルーファスは言っていた。だから帝都に行くのだと。その時は何の事かわからなかったが、今は1つの可能性について思い至っている。

 

 

 

「響きが似てるんですよね───テスタ=ロッサに」

 

 

テスタ=ロッサ───それはナギトが起動者を務める騎神の名だ。つまりナギトはエル=プラドーは騎神なのではないか?と疑っているのだ。

 

それに対しルーファスは、黙した。そして僅かな後に今度はルーファスが話題を変える。

 

 

「そう言えば、早速《風の剣聖》と面会したそうだね。2人…ゲストを連れて。私が許したのは君1人の面会だ。今後あのような事は控えてもらおう」

 

 

ルーファスのその台詞はナギトがこの後やろうとしている事を看破しているかのようなものだった。

さすがに2度目ともなれば見破られるのも必定か。

 

 

2人はくつくつと笑い、その内ナギトが切り出す。

 

 

「お互い探られて痛い腹があるようだ。詮索はこのくらいにしません?」

 

 

「フフ……そうだね。ここまでにしておこう。ではナギトくん、私がいない間、クロスベルを頼むよ」

 

 

 

ルーファスも同意し、2人の短い時間は終わりを告げる。

 

 

 

明日から始まる、ルーファス不在のクロスベル。今でさえ魔都じみているのに、ルーファスがいない間はそれが加速しそうだ。

 

明日以降の動きを考え、ナギトはホテルに帰るのだった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

深夜。

オルキスタワー魔導区画、独房の中でアリオスは思考の海に埋没する。

このアリオス用にあつらえられた特別拘束房も、どうやら精神を攻撃するために中夜問わず照明をつけっぱなしというわけでもなく、夜間になると灯りは落とされた。

 

あるいはあの兄弟子がそうするように取り計らったのかもしれないが、それはただの推測で、今は意味のない考えだった。

 

 

意味のない──と言えば牢獄に繋がれていて何もできないアリオスの思考そのものが無意味と言えばそうなのだが、怪我も未だ癒えずする事のないアリオスは、それこそ考えを巡らせるしか暇を潰す方法がなかった。

 

まず考えるのは、クロスベルの今後について。

エレボニア帝国クロスベル市───クロスベル自治州の独立国騒ぎに端を発する帝国の内戦と共和国の金融恐慌。長く短い1ヶ月の独立を特務支援課一派が終わらせるのとほぼ同時期に帝国の内戦も終結し、そこから間も無く帝国はクロスベルを併合した。

内戦で国力を衰えさせたとは言え、その軍事力は騎神という力を得てさらに増すばかり。遅れて国内の混乱を終息させた共和国軍を容易く撃退した若き英雄たちの姿は記憶に新しく、同時に帝国のクロスベルの支配も盤石に思われた。

 

そこに現れたのが《Ω》───エレボニア帝国を一時騒がせた《帝国解放戦線》を母体とするテロ組織。今ではクロスベル解放を目的に掲げ、帝国の支配から脱却せんとするクロスベル市民から密かに支持されている。…事に加え、より過激な親《Ω》派の人間は多く存在し、クロスベル市内のあちこちから物資の横流しがあったりする。

もちろん、それだけではない。《Ω》には2つの組織からの支援があった。

 

ひとつはカルバード共和国。クロスベル自治州という大きな財源を失った共和国だったが、今でもその影響力は凄まじく、表では政治軍事問わずクロスベルを帝国から解放せんと動き、裏では《Ω》を支援する事でその統治を揺るがそうとしている。

 

もうひとつは《アナザーフォース》──通称、国境なき軍隊。大陸東部最高の傭兵組織と称される猟兵団。独自のルートでクロスベル入りした彼らは《Ω》に協力し、クロスベル解放を夢見て《Ω》入りしたクロスベル市民らを教導し屈強な兵士に変えていた。

 

 

総督府、特務支援課、《Ω》────

ある意味ではこの3つの組織によってクロスベルの均衡は保たれていた。

そこに台風がやってきた。───ナギト・ウィル・カーファイ。総督府臨時武官を名乗る剣客。あるいはきっかけとなっただけかもしれない。いつ爆発するかわからない弾薬庫に、火種がもたらされた──ともかく、ナギトの出現によって脆くもクロスベルの均衡は崩れ去った。

 

 

特務支援課はテロリストとして指名手配され、《風の剣聖》アリオスもまた逮捕された。

特務支援課一派は大きく力を削がれ、リーダーたるロイドの怪我も癒えぬ今しばらくは活動できないだろう。

それだけで安心して隙を晒す総督府ではないはずだが、これは間違いなく《Ω》にとっては好機となるはずだ。

 

 

「荒れるな……」

 

 

考えがまとまったアリオスはつぶやいた。クロスベルの今後を暗示する不吉な言葉だった。

しかし同時にナギト──兄弟子ウィルの存在が変に安心感を覚えさせる。それが兄弟弟子としての信頼からか、クロウから聞き及んだ彼の人間性かはわからない。だが、クロスベルが火に包まれるような事はないだろうと思われた。

 

 

そうやって兄弟子の顔を思い浮かべたアリオスには昼間の出来事が思い出される。ナギトの紹介で現れた《光の剣匠》の娘ラウラとの会話だ。

どうやら相応の剣士らしく、ラウラとの会話はアリオスにさえ学ぶものがあり、特に気になったのはラウラが聞かされたというナギトの境地───全は一、一は全のそれだ。彼自身は世界を一枚の絵画に例えたと言うが……

 

 

──“「“終の太刀”は、森羅万象を終焉に導く一刀だ」”

 

 

戦後のナギトの言葉と併せて考えると、何かを掴めそうに思えた。

 

 

「……模索してみるか。俺なりの二の型──《風》の神髄を」

 

 

幸いな事にアリオスに考える時間は与えられていた。

 

 

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