八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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《C》

 

 

 

ルーファスは特に隠すわけでもなく、普通に鉄道を使って帝都へと移動する。一般客に紛れるわけでもなく、クロスベル総督 ルーファス・アルバレアとして。

 

 

その理由は、考えるに易い。

ルーファス不在によって生じた隙をどうやってナギトが埋めるか試されているのだ。

 

ここでナギトが裏切る事は不可能だった。仮に裏切ってクロスベルを帝国の支配から解放したとしても、そこには義がない。またすぐに帝国に占領されるのが落ちだ。

 

クロスベルを正しい形で解放するには、まだ準備が足りてない。まだ機ではないのだ。

それがわかっていて、ルーファスはこのタイミングでクロスベルを離れるのだ。随分といやらしい性格…なのはとうにわかってるとしても。

しかしそれはナギトの監視が緩くなる事も意味する。如何に隠密に優れた監視役を雇っていたとしても、直接の干渉がなければ大して邪魔にはならない。

 

 

 

色々面倒はありそうだが、その分くらいは仕掛けが施せそうでもあるわけだ。

 

 

 

 

「では、行ってくるよ。ナギトくん、後は頼んだ。ラウラ嬢、クロスベルを楽しむといい」

 

 

改札前で挨拶を交わすナギト、ラウラにルーファス。

衛兵が数名ついているが、その者らよりルーファスの方が手練れである事は皮肉にもならない事実だ。

 

 

 

列車の出発を見送り、駅前に出た所でラウラに名前を呼ばれて立ち止まる。

 

 

「ナギト……気づいているか?」

 

 

 

「おうとも。……まさかこんか初っ端からとは思わなんだが」

 

 

 

駅でルーファスを見送る最中に、ナギトとラウラの2人に向けられた殺気があった。強度は然程ではないものの、その内に煮詰められたであろう憎悪には悪寒さえ感じた。

しかも、他の者に気取らせないように殺気に指向性を持たせていた事からそれなりの使い手である事もわかる。

 

 

クロスベルについての厄介事か、ナギトやラウラ個人への恨みか、あるいはまったくの別件か。いずれにしろ、タイミングがタイミングだ。

 

 

「せっかくの招待だ、乗らない手はないな」

 

 

この手の挑発は無視すると、後々問題になる事が多い。今は素直に応えてやるのが吉だ、とナギトは考えて、ラウラもそれに賛成した。

 

 

ナギトらに殺気を向けた人物はウルスラ間道に出て、そのまま進む。しばらく行くと脇道に逸れた。

 

 

「ここは……?」

 

ウルスラ間道とはフェンスで区切られている場所だった。肝心のフェンスの錠は破壊されているが。

 

「確か、新しい貨物路線の候補地だったかな。帝国に併合されてから物流は良くなったけど線路が足りてないとか」

 

 

そのために貨物路線を新たに作り出し、それをウルスラ間道の外れまで引っ張ったと聞いている。

 

 

「ふむ……錠が破壊されたのはついさっきの出来事ではないようだな」

 

 

鍵穴を破壊している弾痕を見てラウラは言う。

 

 

「ここはまだ使用されてない候補地……、人気を避けるには充分な場所だ。敵さんは来るのが1度目じゃなさそうだし、気をつけていこう」

 

 

 

ナギトとラウラは進むと、開けた場所に出た。

機甲兵で戦闘訓練をしても良いくらいの場所に、男2人が立ち並んでいる。

 

いや、片方は男なのだが、もう1人は性別不明だ。なにせ《C》の衣装に身を包んでいる。

黒い仮面に半身を隠すマントで体格が分かりづらい。

 

その《C》は、ナギトとラウラの2人に憎悪を煮え滾らせたような視線を送っていた。

しかしナギトとてそれをただ受けるだけでない。

 

 

「おい」

 

 

その声に、ラウラはぞっとした。

短く相手に語りかける音には、ただならぬ怒りを孕んでいた。

 

それがナギトから発された事が信じられなかった。

 

 

 

「仮面を取れ」

 

 

うだうだとした言葉遊びを好むナギトらしくない直截な物言い。

 

しかし《C》もナギトの怒り以上の憎悪でもって抗する。

 

 

「──断る」

 

 

ボイスチェンジャーで変化させられた声は、ナギトたちの知る《C》のものと同じだった。

 

それにナギトはさらに苛立つ。

 

あの《C》がクロウであってもなくても同じ事だ。

ナギトが生まれ落ちた理由はクロウを煌魔城で死ぬ運命から救い出す事。

それは果たされたが、その後の事には関与しないわけではない。使命、運命云々に関わらずナギトにとってクロウは大切な友であり仲間。

それを害そうとするならば、ナギトはその者の敵に回る。

 

 

その点において最も厄介なのは、やはりギリアス・オズボーンだ。

かの宰相がどこまでクロウを敵視しているかはわからないが、隙を見せれば食われるのが落ちだ。

 

いくら契約があるとは言え、油断はできない。

《鉄血宰相》が油断ならない相手だという事は今までの行いからも明らかだ。

 

そして、この《C》は大きな隙になる。

クロウを罰するだけの理由に成り得るかもしれないのだ。

 

どんな題目をつけてクロウを責め立てるかわからないオズボーンだからこそ、《帝国解放戦線》の後継《Ω》の存在と、仮面を被った《C》の存在は隙に成り得るのだ。

 

 

 

「初対面のはずだが、どうやら互いに因縁があるらしい」

 

 

ナギトと《C》のやり取りを見ていた、もう1人の男がそう言った。

 

 

「そなたは……」

 

 

ナギトとラウラの視線が声の主を見る。

銀髪のオールバック。腰のホルスターには火薬式拳銃のリボルバーが収まっている。

 

 

 

「国境なき軍隊のNo.2……アダム。確か《鏡の銃士》とか呼ばれてたはずだな?」

 

 

その特徴からナギトは男の正体を探り当てる。目の前の男は大陸と初の猟兵団の現No.2である《鏡の銃士》アダムで相違なかった。

 

 

 

「おっと、自己紹介の必要はなさそうだな。まあ国境なき軍隊は通称で正確には傭兵組織《アナザーフォース》だが」

 

 

 

「傭兵組織……?」

 

 

猟兵団、ではなく、傭兵組織と言った所にひっかかったラウラだが、その疑問を遮るように《C》は武器を取り出す。

 

 

 

「戯れるのはそこまでにしてもらおう」

 

 

その武器とはダブルセイバー。クロウが振るう双刃剣と寸分違わぬ代物に見えた。

 

 

「お前たち2人にはここで死んでもらう」

 

 

変声されてなお色褪せぬ憎悪。

クロウがオズボーンに向けたそれよりも大きなものに思える。これほどの憎しみを感じたのは初めてだった。

狂おしいほどの憎悪。否、愛憎……?

 

 

 

ここまで感情を肥大化させているならば、もはや言葉ではどうしようもない。もとより、ナギトは己が剣にて《C》の仮面を叩き割るつもりだった。

 

 

「よかろう」

 

 

そう言って宙空に手を伸ばし“幻造”で太刀を顕在化しようとして、ラウラに制される。

 

 

 

「ここは私に任せるが良い」

 

 

ラウラの双眸に秘められた強い意志。引き下がるつもりのないナギトだったが、続くラウラの言葉で考えを変える。

 

 

「今のそなたよりは私の方が強いぞ」

 

 

 

その言葉で、意識がすっと冷えていくのがわかった。

冷静に考えて怒り、《C》から仮面を剥ぎ取ろうとした。しかし別にそれは自分の手でやらなくても良いのだ。

 

アリオス戦の傷が未だ完治していないナギトではどうなるかわからない。だったら今のナギトより強いだろうラウラに任せた方が良い。

 

そう決めたナギトはギロリとアダムを睨みつける。

 

 

 

「おっと、そんなに睨まなくても一騎打ちがご所望とあれば手出しはしない」

 

 

 

いとも容易くこちらの意図を読み取った男の声音には偽りの色はないように思えた。未だ測りかねるアダムという男の本質に注意しつつも、ナギトはラウラの申し出に応えた。

 

 

 

「じゃあ……頼む」

 

 

 

「ああ、しかと任された!」

 

 

 

頼もしい返事を受けて、ナギトはラウラを送り出す。

ラウラと《C》は武器を構え、示し合わせたように疾駆した。

 

 

 

鉄のぶつかる甲高い音が鳴る。

 

拮抗は一瞬。ラウラの剣が《C》を体ごと押し返した。

 

 

バランスをとり、前を向く《C》。その目にはラウラの足元に広がるアルゼイド子爵家の紋章が映っている。洸翼陣。

 

 

ラウラの地を蹴る力が増す。それはもはや走ると言うより跳ぶ。弾丸の如き速度をもって迫るラウラに《C》は、

 

 

 

「ナメるなっ!」

 

 

見事に対応する。ARCUSの駆動が終わり、発動したアーツは“アダマスガード”。あらゆる攻撃を1度だけ無効化する能力を持つ。

 

 

“アダマスガード”に攻撃を防がれたラウラ。その隙を《C》は突く。

なんとか剣を防御に回すも、ラウラは大きく弾き飛ばされてしまった。

 

 

その様子を見てナギトは1つ戦技を思い出す。

 

 

「“クリミナルエッジ”……?」

 

 

それはクロウが使うクラフトの1つ。敵を大きく弾き飛ばすのがポイントだ。

 

武器だけならまだしも、クラフトまでコピーするというのは、どうなのだろう?

《C》がクロウである疑いが増し────

 

 

そしてクロウなら、次はどうするか先を読む。

 

 

 

「おおおおお!」と《C》が吼える。全身から滲み出す赤黒いオーラはまさしく混沌と呼んで然るべきもの。

 

 

「喰らえ、終焉の十字……!」

 

 

“デッドリークロス”───、《C》は確かにそう続けた。

 

 

 

「──────……」

 

 

違和感。ほんの僅かな。戦運びはクロウそのもの。されど、微かな違和感をナギトは感じ取っていた。

 

 

本当にクロウなのか……?

 

疑問は思考の天地を覆い尽くす。しかし目下の最優先はラウラだ。ナギトの心情的にラウラはクロウよりプライオリティは上となる。もしラウラを傷つけるのであればクロウでも許さない、のだがそれが無用な心配である事はすぐにわかった。

 

 

 

「よもや自分に使える手段が相手にはないと思っていたのではなかろうな?」

 

 

土煙が晴れて、姿を現したのはほぼ無傷のラウラだった。“クリミナルエッジ”のダメージこそあれ“デッドリークロス”による被害は見受けられなかった。

 

 

セリフから察するにラウラも“アダマスガード”で“デッドリークロス”を防いだのだと思われる。

 

 

大技の直後、その硬直を狙いラウラは飛び上がる。

大きく跳躍したラウラは落下の勢いのままに剣を振り抜く。

 

 

 

「獅子連爪!」

 

 

 

《C》は双刃剣で何とか受け止めるが、勢いに負けて倒れてしまう。

剣を受け止めた腕は衝撃で痺れていて使い物にならず、もはやARCUSの駆動も間に合わない。

 

 

次にラウラが剣を振り下ろすだけで勝負は決する─────そのはずだった。

 

 

 

バン、と火薬が炸裂する音がして、ラウラの体が大きく揺れた。

 

 

「なっ…!?」

 

 

何が起きたのか、理解が追いつかなかった。

 

 

 

「動くな、2人ともだ」

 

 

アダムの両手には拳銃が握られていた。ホルスターに収められていたリボルバーだ。

右の銃口をナギトに、左の銃口をラウラに向けている。

 

 

「……くっそ」

 

 

やられた。“手出しはしない”──アダムのそんなセリフを信じたわけでもないのにナギトは隙を晒していた。

アリオス戦の傷が癒えていない事など関係なく、ラウラの剣技に魅せられ、《C》の正体がクロウかもという嫌疑に捉われ───、アダムの動向に注意を払っていなかったこれはナギトの失点だ。

 

 

「卑怯だぞ!」

 

 

叫ぶラウラは、どこも撃たれたようには見えない。どうやら振り下ろす剣を狙ってアダムは銃弾を放ったようだった。

刀身を撃たれ、体勢を崩しこそしたものの剣を手放さなかったのは、アルゼイドの意地だろうか。

 

 

ラウラの罵倒に「フン」と笑い、アダムは続ける。

 

 

「まさかここまで強いとはな。アルゼイドの娘……、《C》よ、アテが外れたな。このままでは貴様の復讐は叶わんぞ?」

 

 

 

《C》は立ち上がると砂を払い、ちらとアダムを見る。

 

 

「余計なお世話だ。……だが助かったぞ、アダム。では、お前らにはここで死んでもらうとしよう」

 

 

《C》の視線が再びラウラを向く。銃口を向けられていてはさすがのラウラも動きようがない。しかも、アダムの銃にはすでに鉄を穿つのに充分な闘気が込められていた。

 

闘気による銃の強化により弾速と威力は向上する。が、ナギトやラウラと言った武の人間はその気の起こりを読んでその銃撃にどう対応すべきか判断する。

闘気が込められていない普通の弾丸なら弾くなり避けるなりし、闘気で強化された弾丸ならそも銃口を向けられないように動く。

 

基本、銃弾は銃口の向いている方向にしか放たれないのだから、対処は簡単だ。……少なくとも、戦闘中のように動き回れるのなら。

 

 

だが、今の状況で。アダムが相手なら。

対処は簡単、なんていう事はない。

 

 

しかもアダムは闘気による弾丸の強化とそうでないのを使い分ける。

アダムがラウラの剣を狙って撃った1発は気が込められておらず、それゆえにナギトは感知できなかった。

 

 

 

「さらばだ」

 

双刃剣を構える《C》。過程より結果を優先する行動に、ナギトは焦る。

 

動こうと体に闘気を循環させようとしただけでアダムは目ざとく気づき「おい」と忠告する。

 

 

「動くなと言ったはずだが?今の貴様よりは俺がトリガーを引く方が速いと思うぞ」

 

 

 

「くそったれ」

 

 

 

完全に後手に回ってしまっている。

動けばナギトは撃たれるだろう。傷ついた体では対応できぬほど強力な銃弾で、貫かれて終わる。

だが、動かねばラウラは《C》にやられてしまう。

 

どうするべきか脳がフル稼動しては弾き出された回答が否定されていく。詰んでいるのだという答えを無視して、この状況を打破するための手立てを考える。

 

 

──ひとつだけ、ある。この場面を打開できるかもしれない手段が、たったひとつだけ。

 

アダムはナギトを甘く見ている。その見立ては正しい。なんせ今のナギトはろくに気も練れない一般武人に毛が生えた程度の存在でしかないのだから。

だが、それもあくまでナギトの希望的観測。アダムがナギトに対して油断してくれてるといいな、程度の。

 

しかも、これを使ったらナギトはどうなってしまうかわからない。

 

 

だが、

 

 

「無茶を押し通す場面だよな」

 

 

呟いたナギトをアダムが怪訝な表情で見つめた。

 

そしてナギトは詠唱を始める。

 

 

「閉ざせ、緋浴の檻」

 

 

それは在学中にエマから教わった手法。仕組み自体はナギトも良く知っている、動きと言葉を連動させる事で、言葉を紡ぐ事によって動きを再現するやり方。パブロフの犬──条件反射のようなものだ。

魔女という理外の存在は、ナギトのそれを昇華させた。

 

 

 

「拓け、緋天の庭」

 

 

ナギトがその言霊と共に身体に刻みつけたのは、闘気の噴出と結界の構築。

平常時のナギトならいざ知れず、今の満身創痍のナギトが無理に闘気を引き出したら、最悪の場合は死ぬ。

 

これはそういった秘奥だ。魔女が呪文で魔法を扱うのとはわけが違う、言わば身体を強制的に動かすまじない。

 

 

 

「万里一空、我が足元に裏返れ!」

 

 

「何をしている!」

 

 

 

もう一息。そんなところでアダムの注意はナギトに向けられる。

あと少しだけ待ってくれよ、と舌打ち──する時間も惜しく。

 

 

 

「周天・緋浴───」

 

 

 

 

────パンパン、と乾いた音が続けて鳴った。

 

 

ナギトが動くと見たアダムが二丁のリボルバーの引き金を引いたのだ、と思った。

 

しかし、訪れるはずの死は遠かったのだと、この場に現れた5人目の男によって知らされる。

 

 

 

「おっと、動くなよ。2人ともだぜ?」

 

 

 

二丁の拳銃は日に照らされ鈍く輝いている。その2つの銃口は《C》の双刃剣とアダムのリボルバー一丁を狙い撃ちしていた。

 

 

4人の視線が一斉に彼を向く。

 

 

 

輝く銀髪に煌々とした光を灯す赤い瞳。そこにいたのはクロウ・アームブラストだった。

 

 

 

「クロウ……!」

 

 

探し人を見つけたラウラはそう呼ぶ。一方で銃を弾かれたにも関わらずアダムは未だ余裕を残した様子で「おっと、本物か」と漏らした。

 

残ったリボルバーをクロウに向けようとするアダムだが、クロウはもう一度発砲する事でその動きを制する。

 

 

「動くな、と言ったぜ。お前さんが銃口を動かすのと俺が引き金を絞る速さ…比べてみるか?」

 

 

挑発的に、しかし確実にアダムの行動を制限したクロウ。

そのクロウは《C》を見て顔をしかめる。込められた感情は怒りか、哀しみか、あるいはもっと別の──

 

 

再び、クロウの銃から弾丸が放たれる。

それは《C》の仮面を掠めて地面に突き刺さった。

 

《C》の仮面に亀裂が入り、ピシピシと音を立ててそれは広がっていく。それが縦一文字まで伸びた所で、仮面は真っ二つに割れて地に落ちた。

 

 

《C》の仮面の奥に隠されていた素顔は、見たこともない少年の顔だった。

 

なんて事はない、普通の茶髪の少年。歳はフィーと同じくらいだろうか。頭の大きさからして、身長はシークレットブーツで誤魔化しているようだ。

そこまでして《C》になりすましたかったのだろうか。

 

 

と、そこまで考えて、とんでもない事に気付いて戦慄する。

 

フィーと同じくらいの年齢で、動きづらいシークレットブーツを履いて、それでいてクロウに近しい動きができる少年なのだと、思い至る。

 

 

 

その少年の顔を見て、クロウの表情の色が明らかなものとなった。

色々な感情がない交ぜになった果てに現れたのは後悔。

やり残していた事。やらなければならなかったのに、やっていなかった事。つけるべきケジメだったのだと確信したような表情だった。

 

 

 

「やはり……お前だったか、クロウ」

 

 

 

クロウが、その少年に言葉を向ける。

 

 

クロウ、とその名を呼んだ。

 

 

 

「久しぶりですね、クロウさん。俺たちを見捨てて手にした安寧の味は如何ですか?」

 

 

失望と侮蔑。その類の感情がたっぷりと込められた皮肉を浴びせられたクロウはさらに渋面になる。

 

 

「ああ、なかなかのもんさ。それに、俺は復讐を諦めたわけじゃない」

 

 

いつもの軽口にキレがない。続く言葉も言い訳臭くなり、そこから先を言うのを止める。

 

 

「ふん……日和った元ボスが何を言っても、もう俺たちは止まりませんよ?始めた責任を果たさなかったあなたの言葉には重みがない」

 

 

 

「んなこた百も承知だ。だが、それでも俺はお前らを止めるぜ。始めたからには終わらせる義務があるからな」

 

 

 

「終わらせる?俺たちの終わりは鉄血の死だけだ!そこから逃げたあんたに俺たちを終わらせる事なんかできない!!」

 

 

 

この《C》は《帝国解放戦線》の遺志を貫徹しようとしているのだ。

ギリアス・オズボーンに死を。《鉄血宰相》に復讐を。同志の無念を晴らすために。我らの怒りを思い知らせるのだ。

 

狂っている。怒り、猛り、狂っている。喉が嗄れる程に怨念を叫び、骨が砕ける程に強く武器を握り、魂が果てるまで復讐の焔を燃やす。

 

 

「アダム!」と《C》は叫ぶと、呼ばれたアダムは「準備はOKだ」と答える。リボルバーから虚空に向かって銃弾が放たれ、チュインという妙な音が鳴ると急に軌道を変えてクロウの銃を弾き落とす。

 

気を取られた隙に《C》はスタングレネードとスモークグレネードを炸裂させる。

 

 

 

煙が晴れた頃には《C》とアダムの姿はなくなっていた。

 

 

☆★

 

 

 

新路線の候補地から離れたナギト、ラウラ、クロウの3人はウルスラ間道で向かい合う。

 

 

「久しいな、クロウ」

 

 

口火を切ったのはラウラだった。

 

 

 

「ああ、久しぶりだ。ナギトは2日ぶりか」

 

 

「そうだな。……それで、事情は説明してもらえるのかな?」

 

 

オブラートに包みつつも、逃しはしないスタンスのナギト。それはラウラも同じであった。

逃げられないと悟ったクロウは、現状を端的に説明する。

 

 

《Ω》の首魁たる《C》の正体は、クロウ・ゼネフォードという少年で、歳は15、かつての《帝国解放戦線》に所属し、同じ名前のクロウを兄のように慕っていたということ。

内戦中は裏方に回り、煌魔城での決戦に向かうクロウを見送り、《帝国解放戦線》から離脱。後のオズボーンの復活を受けて戦線を離脱した同志をかき集め《Ω》を結成。未だ反帝国の声の大きいクロスベルで旗揚げした。

 

 

「あとは知っての通り……《Ω》は共和国と密約を交わし、大陸初の猟兵団《アナザーフォース》の協力を得て、かつての《帝国解放戦線》以上のテロ組織となったわけだ」

 

 

語るクロウは、目の前の2人を見ているようで、見ていない。かつての同志たちの姿が脳裏に蘇る。

 

「とまあ、こんな感じだ。あともうちょい詳しい情報は、エルメロイからお前に渡したメモリーの中にある。……どうせまだ見てねえんだろ?」

 

 

クロウはどうやらナギトがまだメモリーの中身を確認してない事を看破しているようだった。

 

「タイミングがなくてな……まあ、これから見るつもりだったけど」

 

 

「ならいいが……」

 

 

「クロウ、そなたトールズを卒業してから今まで何をしていた?」

 

 

そして、話はクロウが消息を絶っていた時期について遷移する。

クロウは目を細めると、

 

「それもメモリーの中に軽くまとめといた。……あんまり大きな声で言えない事なんでな、勘弁してくれ」

 

そう言った。

声音には酷く深いものが込められていて、それはさっきのクロウ・ゼネフォードに向けた感情より、難しいもののように思えた。

 

 

 

「んじゃ俺はここで」

 

 

クロウは表情をぱっと変えると踵を返した。

 

 

「おい、行くのかよ?」

 

 

尋ねるナギトにクロウは短く「ああ」と答える。クロウがクロスベルに来た目的──《帝国解放戦線》から続く《Ω》という組織を終わらせるというもの──を考えれば、やるべき事が残っているのは明らかだ。

 

それに《Ω》を潰すには、色々としがらみのある総督府やその臨時武官であるナギトと共にいるよりは特務支援課の面々らと一緒に行動した方が良いというのもクロウらしい判断だ。

 

 

「じゃあこれ、もってけ」

 

 

ナギトはそこであるものを手渡す。

教会からクロウにと託された通信強化のアーティファクトだ。

 

 

「詳しくはあとで連絡する。……今度は出ろよ?それをARCUSに近づけてな」

 

 

「……ふむ?まあ了解だ。……近々会う事になると思うが、その時はよろしくな」

 

 

クロウはまた意味深な事を言うと、今度こそ2人の前から去って行った。

 

 

 

「それでは、クロスベルに戻るとするか」

 

 

「だな。大丈夫か、ラウラ?」

 

 

「大事ない。特にダメージは受けてないしな」

 

 

「なら良し」とニカッと笑ったナギトに釣られてラウラも笑う。2人は並んでクロスベルに戻る。

 

 

 

 

クロスベルに戻った2人は、エルメロイを通じてクロウから預けられたメモリーの内容を確認する。

そこにはトールズ卒業以後クロウが何をしていたのか、そこで判明した事実、《Ω》リーダー《C》の正体、共和国やクロスベル市民との繋がりについて記されていた。

 

その後ナギトはクロウに連絡を取り、アーティファクトの説明を行い、対オズボーン同盟の参加を呼びかけ、クロウはそれは応じる事になったのだった。

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