「……なるほど、そうきたか」
その報告を受けたナギトは呟いた。
ルーファス不在2日目
クロスベル総督府の臨時武官であるナギトは、本来その報告を受ける階級ではない。
ナギトの臨時武官としての階級は軍で言えば少尉に当たる。判断を下す立場ではない。
それなのに報告を受けたのは、ルーファスがナギトを特別扱いしているからだ。
あるいは、ルーファスがそうするよう指示していたか。
ナギト・ウィル・カーファイは軍人ではない。臨時武官という立場ながら、彼はさしずめエージェントと呼ぶべき存在。鉄血の兄弟たちに倣って特務武官とでも呼称すればよいだろうか。
ルーファス・アルバレア…クロスベル総督である彼が不在なのは、短くて3日。その3日間で《Ω》は動きを見せるとナギトは見ていた。
昨日《Ω》のリーダーである新たな《C》──クロウ・ゼネフォードと《Ω》に協力している傭兵組織《アナザーフォース》のNo.2《鏡の銃士》アダムがクロスベルを訪れていたのもその予兆だと考えられる。
しかし、動きと言っても大規模なものは想定していなかった。
ナギトにあげられた報告は2つ。
1つはカルバード共和国が国境付近で大規模な軍事演習を行うとというもの。
もう1つは《Ω》の潜伏地《太陽の砦》に《Ω》のメンバーが総集結しているというもの。
前者は、《Ω》が動くとしてそれに軍が対応できないようにするための抑止力だ。こちらには列車砲があるものの、あれは一発で戦況を変える程の戦略兵器ではない。軍事演習にかこつけて侵攻を見過ごさないためには軍をタングラム門に置いておかなければいけない。
後者は、《Ω》が総力をもってクロスベルを攻め落とすという決意に他ならない。《Ω》がクロスベル各地に送り込んでいた潜入工作員すら集めて戦力とするのは、総力戦を展開する思惑があったからだ。
共和国でクロスベルを守る帝国軍を牽制し、《Ω》本隊がクロスベル市街を陥落せしめる──それが狙いだ。
最悪の場合、帝国と共和国の戦争が始まるくらいの作戦だ。ただクロスベルの支配権を帝国から奪うためだけにこんなシナリオを描くなんて正気じゃない。
クロウ・ゼネフォードからは確かなる狂気を感じた。
目的を果たすためなら、それ以外のすべてを犠牲にする狂気。合理性の鬼と言うべきか。
報告によれば、共和国の軍事演習の予定は明日。つまり明日が本番という事になるだろう。
本来なら相手の態勢が整う前に叩き潰したい所なのだが、ナギトは未だアリオス戦の傷が癒えていない。明日で全快…とまで言わないが9割がた回復する予定だ。ゆえに、明日が本番。
軍を頼らず、《Ω》本隊を食い止めるための戦いの。
クロスベルの破滅という未来を遠ざけるために動く人数は、いったいどれだけいるのだろうか。
本当の意味でクロスベルを想って立ち上がる事のできる人間が、どれだけいる事だろう。
帝国の支配を安寧として受け入れず、《Ω》によるクロスベルの解放という偽りに逃げる事のない、強いクロスベルの人民は───
と、思いに耽っても意味がない事は理解している。そんな選択を突然迫られるのも酷というものだ。
しかし、少なからず戦える者も存在する。一昨日のナギトの活躍により動きづらいだろうが……その兼ね合いもあって、本番は明日となる。
「という事で、今日はゆっくり休む」
「ああ、わかった。こっちはこっちで準備しとくぜ」
教会からもたらされたアーティファクトでナギトとクロウは通信を行なっていた。予定の擦り合わせというやつだ。
「よろしく頼む。俺の方でも事に当たれる人員が増やせないか各所を当たってみる」
「ああ……そういや、近くにはおっかない熊さんが捕まってるって話だが?」
「その人が1番当てにできそうだし、フィーの事も引き合いに出して説得してみる。あとはどう上を説得するかってとこだな」
「ま、健闘を祈るぜ」
ナギトが「おう、じゃまた」と言って通信は遮断される。
現在の時刻は13時。そろそろ動き出すとしよう、と腰を上げたナギトは、どうやって《キリングベア》を説得したものか悩むのだった。
☆★
《キリングベア》───その異名は、主に猟兵の界隈で知れ渡ったものだ。
大陸西部最強とされる双璧の1つ《西風の旅団》にて部隊長を担ったほどの力を持つ男。その名はガルシア・ロッシ。
ガルシアはクロスベルの帝国統合以前に拘置所に入れられた犯罪者だ。ルバーチェ商会というマフィアに所属していて、そのせいだという事になっている。
そのガルシアをクロスベルを守るための駒として引き出すための交渉をするために拘置所に来たナギトだったが、門前払いされる。
アポなしで行ったアホなナギトだが、邪険に扱われた事に対して違和感を抱く。
何かおかしい───と、思いつつもナギトは素直に帰る事にした。別段ガルシアがいたらいいなーくらいのもので必ずしも必要というわけではない。
それに、ガルシアが《西風の旅団》を脱退したのは10年近く前だ。フィーの事を覚えているかどうかも怪しく、そもそも協力してくれない可能性も高かった。
バスに乗って市街に帰るナギトだったが、同じく拘置所から帰る2人の話が耳に届いた。
曰く、現在拘置所にはかなりヤバい人物が捕らえられているらしく、その人物が帝国本国に移送されるまでは拘置所は面会謝絶を続けるらしい、とか。
「………ぬーん」
一人で唸るナギト。どことなくきな臭いが、何にしても人が足りない。
「後手に回ってるな」
クロスベル市街に戻ったナギトだったが、昼食を摂っていない事を思い出して港湾区の屋台で何か食べようと考える。
港湾区に向かうと、そこにはクロエとナハトの2人がいた。
「おぃーっす」と気の抜けた挨拶をするナギトだが、2人は警戒を緩めなかった。
「ナギトさん、どうしてここに?」
そう聞いてくるのはナハトだった。別に港湾区に来るのはおかしい事じゃあるまいに。
「昼メシを食べに。お前たちは?」
「私たちも同じです」
柔和な表情のナギトに少しだけ警戒レベルを下げたクロエが普段の声音に戻る。
「じゃあラーメンでもどうかな?奢るぞ」
クロエやナハトは警戒しつつも財布と相談し、相伴に与る事にしたのだった。
「そういや、お前たちは明日の事聞いてんのか?」
ズルズルとラーメンを啜りながらナギトは並んでラーメンを食べる2人に問う。
ちなみにナギトはチャーシューメン、ナハトは遠慮したのか普通のラーメン、クロエは「遠慮?なにそれおいしいの?あれ、このラーメン美味しそう」とばかりに屋台最高値のスペシャルラーメンを注文していた。
「明日の事?」
怪訝な顔をしたナハトが何の事か考えを巡らせる前にクロエが軽々に聞き返した。
「聞いてないのか。……たぶん今日中には連絡が来ると思うけど」
これ、俺が言っていいのか?という思いに囚われるナギト。明日の《Ω》との決戦…おそらくクロエやナハトも戦列に並ぶ事になるだろう。
ナギトの予想としては、後詰めとして第一陣の討ち漏らしをクロスベル手前で撃破する役目を負うはずだ。
「まあ、俺から言うのは控えとく」とスープを飲み干したナギトが言うと「なんか露骨に気になりますね」とクロエがもらす。
と、そこで「あー、風船が!」という声が港湾区で響く。どうやら子供の貰った風船が木に引っかかってしまったようだ。
クロエは「私、行ってきますね」と言うと席を立ち子供の元へ向かう。
「明るい娘だな」
とその背中を見送りながらナギトはナハトに語りかける。
「…はい、ときどき助けられますよ、あの明るさには」
クロエとナハトは半人前として準遊撃士となった。2人そろって一人前…という評価で。しかし、その2人もクロス・プロジェクトを成功させ、三ヵ国に渡る猟兵の攻撃を防いだ功績で正遊撃士となり、1人で一人前という評価を受けた今でも2人で行動している事には意味がある。
「武器のセンスも良いしな!」
快活に笑うナギトにナハトは苦笑いする。クロエの武装は太刀だ。同じ武器を扱うナギトには好意を抱かれるのはわかる。
しかし、今のセリフはそうではなくクロエの太刀の装飾──鍔の部分にある翼──を指していた。
あのアリオス・マクレインを下したという猛者があの装飾を褒めるのはどうなんだ…?と内心で(表情にも出ているが)思わずにはいられない。
そこで、ナハトはふっと思考を沈める。猟兵であった過去には、一区切りがついた。それでも、全部に踏ん切りがついたかと聞かれれば否だ。
そんな悩みが、どれだけ小さいのか。
特務支援課はクロスベルが帝国に併合されても、折れずに明日を探している。
ナギトにしても、このふざけた仮面の下にはどれだけ多くのものを抱え込んでいるのだろうか。
それに比べて、自分の悩みはなんて矮小なのだろうか。ただの感傷をいつまで引きずっているのだと。
「どうした?」
表情を沈ませたナハトにナギトは問う。
ナハトは言うか言わないか悩んだが、別にこれを言ったとしても今後に影響しないはずと考えて自分の悩みを打ち明けた。
「いや……ロイドたちが戦ってる相手、それにナギトさんの抱えているものに比べたら、自分の悩みがどれだけちっぽけだったか考えてたんですよ」
伏し目がちに語るナハトに、ナギトは一息に告げる。「それは違う」と、断ずる。
「え…?」と顔を上げるナハトを、ナギトは正面から見据える。
「自分の悩みってーのは、他人の悩みと比べてどれだけ小さかろうが、自分にとっては大きな悩みだろ。俺やロイドは、確かにお前に比べると大きいものを抱えてるかもしれん。だけどそれはお前の悩みとは比較できるもんじゃない。自分の精神衛生の健康を保つのに他人の責任を引き合いに出すのはオススメできる手段じゃないぜ」
リィンならもっと上手くこの思いを言葉にできたんだろうな、なんて考えながらナギトはセリフを締める。
人には欲望がある。願いがある。だからこそここまで発展できたのだろうし、世界からは戦争がなくならないのだろう。
“欲望がない人”なんてのはいない。そんなのがいたとしたら、そんなの気持ちの悪い聖人君子だけだ。
欲望こそが人を人たらしめる。
それが“人らしい”事であると断ずるがゆえに。
クロエが席に戻ってくると、真剣な顔をした男2人に「何の話をしていたんですか?」と尋ねる。
「クロエはかわいいなー、って話だよ。それじゃ、また」
クロエと入れ替わるようにして席を立つナギトが3人分のラーメンの代金を支払って別れの挨拶をする。
頬が紅潮したクロエだったが「ご馳走でした!」と言うと、ナハトも続き、言われたナギトは「まさか遠慮なくスペシャルラーメン頼むとは思わなかったがね」とニヤリと笑うと去っていく。
クロエとナハトの2人が遊撃士協会クロスベル支部に戻ると、そこには深刻な顔をしたミシェルがいた。
事情を説明されると、ナギトが言っていたのはこの事かと納得する2人。
総督府から協力要請があった。
明日、テロ組織《Ω》がクロスベル市街に侵攻してくると思われるため協力を願う。
遊撃士らには市街手前で構えてもらい、第一陣の討ち漏らしがあった際の後詰めとして機能してもらう。という旨のものだった。
さらに特務支援課からの連絡もあり、明日の《Ω》侵攻の件で話をされる。
アリオスの投獄やロイドの負傷、その他諸々で参戦できる人数は少ないが、なんとか食い止めてみる、という事だった。
今回、特務支援課の協力については総督府は黙認するとの事。
というか、《Ω》に加えて特務支援課も相手にしろ、なんて話は俺が死ぬという事でナギトがごり押しした。
「すると、第一陣はナギトさんと特務支援課たちなんですね」
「そうなるわね」
話をまとめたナハトに、ミシェルが答える。
第一陣…クロスベルの英雄たる特務支援課や底の知れないナギトがいるが、それだけで果たして足りるのか?
「機甲兵もいるし、私たちの出番もありそうです。ロナードは無理ですが、リーヴちゃんには協力を頼みましょう」
それは、冷静な戦力分析のはずだった。
中隊規模の機甲兵に、訓練された戦士たちが相手ではいくら第一陣の猛者と言えども難しい局面になるはず。
しかし、彼らは知らなかった。
ナギトの規格外の戦闘力と、なによりクロスベルを守るという特務支援課の意思の強さを。
☆★
クロスベル総督ルーファス・アルバレア不在3日目。
《Ω》の襲撃は早朝から始まった。
東門から出たナギトはラウラを伴って迎撃地点に向かう。そこには特務支援課組から選抜されたランドルフとダドリー、クロウがいた。
アリオスとロイドが不在の中、選ばれたメンバーだ。
《Ω》の攻勢は四陣から成る。その第一波──第一陣を彼らが撃破した所でナギトらは合流した。
一触即発の気配となるが、今は有事という事で協力体制を敷く運びとなった。
《Ω》には機甲兵なども横流しされており、苦戦を強いられたが力を合わせて第三陣までをも撃破。続く第四陣を迎え撃つ───が、街道の奥から現れた巨大な影にナギトも苦笑を隠せない。
「おいおい……ありゃいくらなんでも過ぎるだろ………」
巨大機甲兵ゴライアス。第四陣の主力は鋼の巨人とも呼ばれる最大の機甲兵が相手だった。
「いやすまねえ。さすがに俺もあれが基地から消えた時には驚いたが……まさか敵になるとはな」
《Ω》に横流しされた機甲兵は主にタングラム門に配備された戦力だった。曰く“盗まれた”そうだが、わざと警備を甘くしていたのは誰しもが知るところ。
それでもテロリストにゴライアスまでもを流すとは、クロスベルは、よほど帝国の支配を嫌っていると見える。
しかしゴライアスはいくらなんでもやり過ぎ──横流しを見逃していたランドルフだったが、苦虫を噛んだ表情をしていた。
「だが、今は戦うしかない。顔を上げろ、オルランド!俺たちならばやれるはずだ!」
ダドリーの檄でランドルフは奮起する。
しかし、それでもあの巨人機には足りるまいとナギトは考える。
シュピーゲルのリアクティブアーマーを超える防御力を誇る装甲に、腕部の火炎放射器、両肩に備えられるのはミサイルポッドとブラスターキャノンだ。
どれも人の身にはあまる武装。ワンショットワンキルなんて表現が可愛らしいほどのオーバーキルになるだろう。
「騎神呼ばねーの、クロウ?」
「お前こそ本気だせよナギト」
近づいてくる巨影にナギトとクロウは第三陣を相手にした時の会話を再現した。
最大の機甲兵であるゴライアスだが、さすがに騎神を乗りこなすクロウと、本気のナギトには劣る。しかし───
「わかってるだろ、これは前座……まだ余力は残しとかなきゃならねえ。だがナギト、お前なら」
「いやー、わかってるんだけどね? でも心なき鉄を相手に奥義を出すのはなんかちょっと」
クロウの言い分はこうだ。
クロスベルを陥落せしめんとする《Ω》を迎撃したとして、まだ《Ω》にはゼネフォードとアダムら《アナザーフォース》が控えている。それに対象するための余裕を残しておくべきだと。
対するナギトの意見は自分本意なもの。確かにナギトの本気──“八葉一閃”であれば防御力なんていう概念を無視してゴライアスの装甲を断てる。されど自身の秘奥と定めた剣技を軽々に披露するのは嫌だと。
否。真の理由はそうではない。アリオスにも言った“八葉一閃”は相手にも相応の格を求める──それも嘘ではない。しかし本当の理由は違う。ナギトはこの“八葉一閃”という世の理を超越した剣技を、通常攻撃手段にまで落とし込む事ができる確信があった。
始の太刀“八葉一閃”は言わば、世界とひとつとなり──ナギトの特異性も相まって──世界を外側から斬るような技だ。その工程には特別な力も速度も必要ない。大上段に構えてから一閃するという流れもナギトが己に科した枷。
これをいかなる時も扱える通常技としたら、ナギトは常に世界と合一し常に世界の外側にいるような心持ちになる──そんな予感があった。
そうなった時に自分はどうなるか。気が狂うのではなかろうか…という懸念がナギトをただの最強格の武人に押し留めていた。
「繰言はそこまでだ、2人とも。来るぞ」
ラウラは忠告と共に大剣を構える。ヴィクターとの半年に渡る修行で奥伝を授かったとは言え、未だ完成には程遠いラウラにとって生身で機甲兵を相手にするのは厳しいようで、細かな傷をいくつも負っていた。
「は」と自らの思考に嘆息しつつ、ナギトもまた“幻造”による太刀を構える。
内戦という激流に揉まれたとは言え、たったの半年で生身で機甲兵とやり合える──人外に片足を突っ込んでいるラウラの成長ぶりには息が漏れるというもの。
その成長の一端にはナギトの存在があると言って憚らないのだから、ナギト自身も格好悪い様は見せられぬと奮起するしかない。
加えてランドルフとダドリーの2人もまた超人の域に達した猛者たちだ。教団事件やクロスベル事変の渦中で実力を伸ばした2人もまた頼もしい仲間である。
「勝ち目は充分……、気張ってこーぜ!」
気の抜けるナギトの言に皆が「応!」と声を合わせる。意気軒昂。気合いは充分だ。
そうして《Ω》による攻勢、主力第四陣との戦闘は開始された。
「露払いする。クロウ、援護任すぞ」
言うが早いか、ナギトは疾駆する。ゴライアスの周りを固める《Ω》の歩兵に向けて、雷速で迫った。
雷の速さで、風の如くしなやかに駆ける──雷光撃。
10秒もかけずに30にも及んだ歩兵たちは全滅。斬撃が浅いかと思われた敵にもクロウが射撃でとどめをくれていた。
「おおお!」
「はあっ!」
ランドルフとラウラもまたその間にゴライアスに攻撃を仕掛けていた。迎撃に振り上げた巨腕を撃って遠ざけるダドリーの射撃。生じた隙にそれぞれ重撃を叩き込む。
だが────
「むっ…!」
「硬いなオイ」
ラウラとランドルフは共にⅦ組と特務支援課で屈指の突破力の持ち主だ。その攻撃を苦もなく弾くゴライアスの装甲は堅固に過ぎた。
人の身で挑むべき相手ではない。そう実感させる巨人を前に、やはり怯む事はない。
ナギト、クロウ、ラウラ、ランドルフ、ダドリー。皆が皆、不可能とも言える状況を超えてきた歴戦の勇士だ。闘志が萎びる事はない。
ゴライアスの両手が持ち上がる。火炎放射器に火がちらついた。
「もう一丁!」
ARCUSの戦術リンクで繋がった一行にはその一言だけで充分だった。ダドリーとクロウの射撃でゴライアスの腕は弾かれて火炎はあらぬ方向に放射される。
言い放ち、跳躍したナギトはゴライアスの頭上で雷刃を振り上げる。
「雷神───」
千の雷鳴と共に振り下ろす、視界を灼く斬撃は《剣鬼》オリジナル雷の型の奥義。
「───裂破!」
機甲兵──機械ならば電気に弱いのではないか。そんな安直な考えと共に放たれた雷撃は、確かにゴライアスの動きを硬直させた。
「今──!」
ナギトが指示を出すより早く、得物を振り上げた2人がゴライアスに肉薄した。
「獅子洸翔斬!」
「デススコルピオン!」
立て続けに大技が炸裂し、さすがのゴライアスもその巨体を大きく揺らす。不意の反撃を避ける理由もあり、着地した3人は距離を取ってそのダメージの具合を鑑みる。
「チッ……、こりゃあまだだな」
ランドルフはスタンハルバードに仕込んでいた棘が根っこから折れている様を確認してそうぼやく。
どうやらラウラが攻撃した箇所にSクラフトを重ねたようで、ゴライアスの胸甲には折れた棘が突き刺さっていた。
「だが、あれが起点にはなろう」
ラウラもそれを見て取ったようで、硬かった装甲が破れつつあるのを感じ取っていた。
「ベルゼルガーを抜けよ、ランディ」
「お前こそ、アリオスさんをやったっていう実力を見せやがれ…ナギト」
ナギトとランドルフはこの戦いを通して互いに気安く呼び合う仲になっていた。軽口のようなそれは互いの実力を高く評価しての事だ。
ナギトは「は」と息を吐くと笑みを浮かべる。
「オーケー、ご期待に応えましょう!」
“幻造”製の太刀が空中に融けるように消えていく。続けてナギトは手を翳すとそこに剣の柄が現れる。一息にそれを亜空間から抜き放つ。
「おい…そりゃあ……」
ランドルフだけでなくラウラや他の面子も目を剥く。その武器の取り出し方は全員が目にした事があった。
「魔剣レーヴァテイン。詳細は秘密」
漆黒の刀身に金色の刃が煌めく。その魔剣はナギトが結社《身喰らう蛇》の盟主から下賜された《外の理》の剣だった。
「クロウ!ダドリーさんも、サポートよろしく!」
時間を稼げ、と伝える。そばのラウラとランドルフには別の言葉を送る。
「俺が道を切り拓く。トドメは任せるぞ、力を溜めとけ」
言うが早いか、ナギトは魔剣に莫大な闘気を込め始める。噴き出す緋色のオーラ。可視化するほど濃密なそれ。そのすべてを無駄と割り切ったナギトの絶招。
「限定集束」
ゴライアスが体勢を立て直す。肩部に備えられたブラスターキャノンが駆動を始めた。援護を求められたクロウとダドリーは銃撃でゴライアスの行動を遅延していき──
「───真気統一」
やがてナギトの闘気は魔剣に集束された。一切の揺らぎのない、天衣無縫の闘気運用。その完成系───の限定版だ。本来ならこれを身体にも適用するのが理想。
だが今はこれでいい。この状態の武器はかつての未熟なナギトでもシュピーゲルの“リアクティブアーマー”を貫通した実績がある。
“幻造”製の太刀では強度が足りず、闘気を留める途中で砕けてしまっていただろう。しかしこの魔剣ならその心配はいらない。
「四ノ太刀───」
追加した闘気が燃え盛る炎を幻視させた。
「──鬼炎斬!」
逆袈裟に振り抜かれた魔剣は解放された闘気と共に爆炎の刃となりゴライアスを直撃する。装甲が綺麗に裂かれて内部までもを焼き切らんという所で戦技は消えた。
「やれ!」
やはりナギトが言うより早く、猛者たちは己が奥義を発動していた。
「──クロスレイヴン!」
クロウの操作された弾道がゴライアスの装甲の破損を広げ、
「ベルゼルガー──!」
ランドルフが開帳した真なる得物“ベルゼルガー”がゴライアスの全身を打ちつけて傷を抉る。
「ジャスティスマグナム──!」
拳銃を仕舞ったダドリーは鉄拳でゴライアスの残る武装を潰して反撃をの目を摘んだ。
そして、真打ち───
十全に力を溜めたラウラが蒼烈な闘気を纏ってゴライアスに迫った。
「────洸凰剣!!」
極光を放つその剣は振るわれ───ゴライアスは完全に沈黙した。
「……終わりだな」
破壊され、機能停止したゴライアスを見てナギトが呟く。そして視線をラウラたちに向ける。
全員が肩で息をしていた。それもそうだ。全員がSクラフトを使っていた。自分に持てる力のすべてを出し切っていたのだ。クロウは二丁拳銃で闘気を温存していたが。
「よくやった」
短く。本当に短く声をかける。肩に手をポンと置いて、それだけ言って終わる。
「あ……」
言われたラウラは一瞬だけ呆けてしまい、返事をする機会を逸してしまう。
次の瞬間にはナギトはクロウに声をかけていた。
「クロウ、まだいけるか?」
「おう」
「うし、じゃあ行くぞ」
2人は言葉も少なく、次なる目的地へ向かう。
《Ω》の本拠地──太陽の砦へと。
力を使い果たした3人に礼を言って休むよう指示したナギトとクロウは、足早に太陽の砦へ向かう。
☆★
太陽の砦、最深部
「どう…なってんだ、こりゃあ……」
意味がわからない。
「………ハッ、やられたな」
意味不明だ。だってこんなの、理由がない。
太陽の砦…テロ組織《Ω》の本拠地。
そこは、もぬけの殻だった。
太陽の砦にはまだいくらかの敵が残っているはずだった。《Ω》のリーダー、クロウ・ゼネフォードやその側近兵士、《アナザーフォース》所属のアダムや傭兵たちが。
それなのに、誰もいないのはどういう事だ?
ここが《Ω》にとっての天王山じゃなかったのか?
これまで溜め込んだ兵器を全投入してまで、クロスベルを解放する最良にして最後のチャンスだったはずじゃなかったのか?
なんだ……いったい何が起きてる?
いくら共和国のバックアップがあるとは言え、今日以上の好機は今後巡ってはこない。
今日でクロスベルを陥落させない限り《Ω》は《鉄血宰相》の首筋に刃を突きつける事はできないはずなのだ。
なのにどうして!?
《帝国解放戦線》時代、自分に良く懐いていたゼネフォードを知っているクロウは、現状を見て、その狙いを看破した。
「クロウの狙いが、クロスベルの解放じゃなかったって事だろ」
ゼネフォードの狙いがクロスベルの解放ではない。
そう聞いた途端に、様々な符号が合致した。
簡単に入手できた《アナザーフォース》の機密文書。ブラフだ。《Ω》と《アナザーフォース》の目的が一緒だと誤認させるためのエサ。
各地の潜入工作員すらも集めて挑んだ決戦。今後の活動を考慮しない、背水の陣。
戦力の逐次投入という愚策。目的がクロスベルの解放ではなく時間稼ぎという事だ。
ナギトは事ここに至り、ようよう理解した。
アルゼイド流を修めたラウラと伍する武力に、ナギトや特務支援課を手玉にとる頭脳。共和国軍を動かしてまで策を練る胆力。
クロウ・ゼネフォードが真の意味で《C》の名を継ぐに相応しい人物であることを。