「やつら、今頃慌てているだろうな」
ノックス拘置所から太陽の砦の方角を向いてアダムが言った。
「そうだろうな。すべてはここを襲撃するためのブラフ……俺たちの真の目的は、ここに囚われていた《アナザーフォース》副司令の奪還だった。………まさかそのために共和国軍も動かすとは思わないだろう」
「なにしろ、事の重要度が違う。ルーファス総督さえ騙せるであろう作戦だ」
《Ω》の全戦力をもってクロスベルを陥落させる……という作戦は、ノックス拘置所から目をそらすための囮だった。
そんな作戦が見破れるはずがない。《Ω》や《アナザーフォース》にとって、クロスベルの解放以上に優先度が高い事項はないはずなのだ。
それなのに、《Ω》は本隊を囮にしてまで《アナザーフォース》の副司令である男を奪還した。
読めないのは当然だ。そして、読めたとしても止めようがない。
《Ω》本隊の侵攻を食い止めるためにナギトたちは迎撃に向かわねばならなかったし、帝国軍は共和国軍が妙な動きをしないようにタングラム門に集まらなければならない。
そこで1人の男がアダムに声をかける。
「すまない、助かったぞ…アダム」
「構わんさ…我らが副司令のためならばな」
「よせ。無様に捕らえられていたんぞ、私は」
《アナザーフォース》副司令、エア。アダムと並ぶ国境なき軍隊のNo.2。《アナザーフォース》の知を司る男。
「無理もない。ルーファス総督と特務支援課が非公式ながら手を結んだ最初にして最後の作戦……それに偵察部隊だけで対応するのはな……」
エアは《アナザーフォース》の本隊がクロスベルに入る先駆けとして偵察部隊と共に市街に潜入したのだが、それを感知したルーファスと特務支援課によって囚われの身となってしまっていた。
予定を早めてアダムたちはクロスベルへ赴き、エアの救出を試みるもノックス拘置所の警備体制は万全以上に仕上がっており、救出は困難だった。
そこで《Ω》にコンタクトを取り、ゼネフォードの真の目的のために協力する事と引き換えにエアの救出を手伝ってもらう契約を結んだ。
その結果が、今日の作戦である。
共和国の軍事演習により拘置所の警備を固める手練れはタングラム門へと移動し、ナギトら曲者は《Ω》本隊とぶつける。
その間にノックス拘置所を襲撃してエアを取り戻す。
《アナザーフォース》の傭兵の1人がアダムとエアの前に出て報告する。
「ガルシア・ロッシは拘置所に残るようです」
「そうか……やはりな。《キリングベア》なら戦力になるかと思ったが仕方ない」
《アナザーフォース》はエアの奪還と同時に拘置所に囚われている罪人たちに、自分たちに協力する代わりに脱獄をしないか…と持ちかけていた。
ほぼすべての罪人がその誘いに応じたが、肝心のガルシアは牢を出る事を拒んだ。
「他の罪人たちは?」
「ほぼすべての者が誘いに乗りました。中には解放された途端に反抗した者もいましたが、すでに制圧済みです」
「よくやった」とエアが評価するのと同時に、拘置所の前に4人の遊撃士が姿を見せた。
《Ω》の襲撃からクロスベルを防衛するために控えていたナハトたちである。
ナハトら遊撃士はノックス拘置所襲撃の報せを受けるのと同時に僅かな手勢で拘置所に向かった。
《アナザーフォース》の目的は達せられていたものの、逃亡は許していない。何とか間に合ったと言えるだろう。
「ここまでだ、犯罪者ども!」
「大人しく牢に戻ってもらおう!」
リンとスコットの2人が得物を構えながら叫ぶ。
その2人によって捕えられた罪人たちはわずかに怯むも、直後に聞こえたヘリのローター音に耳を塞いだ。
「来たか」
呟いたアダムと、かすかに笑むエア。ゼネフォードは「そうか、ついに……」とヘリの中の人物を見る。
ヘリのドアが勢い良く開かれると、そこから1人の男が飛び降り、地面に着地して土煙の中から姿を現した。
短い茶髪で髭面の中年の男。男は葉巻を取り出すとマッチで炙るように火を着けて、ゆっくりと煙を吸い込んだ。
煙を口の中でたっぷりと楽しんだのち吐き出し───
「またせたな」
アダムとエア……それに《アナザーフォース》の傭兵たちに向けてわずかに言い放つ。
たったそれだけで意気軒昂。いったいどれだけのカリスマ性を持つというのか。
その男の正体を、ナハトだけが知っていた。
「大陸東部最高の猟兵……いや、傭兵組織のボス、名前はゼロ………」
ゼロは再び葉巻を咥えると、今度は遊撃士たちの方を向く。
「ここは俺たちの勝ちだ。退いてくれた方がお互いのためだと思うが?」
「ぬかせ。ここで貴様を捕らえれば負けを取り返して余りある勝利を手にできる………参る!」
遊撃士たちの意思は1つだった。なにもできないとしても、なにもしない事はできない。
地を蹴って跳んだリンの正拳がゼロに肉薄する。自己の全力を発揮できた最高の一撃だとリンはそのまま正拳を突き出し、その手応えのなさに困惑する。
「早く鋭い。だが正直過ぎるな」
まるで師のようにダメ出しされるリン。ゼロは半歩だけ避けてリンの渾身の一撃を躱していた。
ゼロは突き出された腕を取ると、そのままリンをスコットへと投げつけた。
あまりの早さについていけていなかったスコットはリンを受け止める事に失敗し、体勢を崩してしまう。
その隙に距離を詰めたゼロと対峙したクロエ。クロエは得意の居合斬りを放とうとするも、それより早くゼロの拳がアゴを打ち抜き意識を奪った。
ようやく立ち直り銃を構えたスコットだったが、すでにゼロは目の前であり、銃身を掴まれたかと思うとすぐに分解されてしまう。
スコットは驚きの声をあげる暇もなく地面に叩きつけられて気絶した。
残るはナハト1人となる。
ナハトはゼロと距離をとって油断なく武器を構える。
ゼロはナハトの武器を見て「ほう」と声を出す。ナハトの獲物はハルバードとショットガンを合体させたもの。いわゆるブレードライフルの一種だった。
「坊主、おまえ…元は猟兵か?」
そのブレードライフルを猟兵は好んで使う。遠近両用で様々な局面に対応できる武装だからだ。
武器がブレードライフルである事に加え、仲間がやられていく内に距離を取るその戦い方も猟兵の世界に生きている者らしかった。
「……だったらどうした?」
ナハトは仲間たちが気絶しているのを確認してゼロの言葉に返事をする。油断はせず、警戒は解かず。それが格上相手に生き残る確率を上げる方法だ。
「見所がある。どうだ、ウチに来ないか?」
まさかの勧誘だ。猟兵の世界では《アナザーフォース》を立て直した伝説のボスに「見所がある」なんて言われるとは。
少し前までなら誘いに乗っていたかもしれない。安全で安定した生活のために猟兵の世界から逃げて遊撃士を目指したのだが《アナザーフォース》ならば自分を確実に鍛えつつ、さらなる稼ぎを得られるだろう、と。
だが、仲間たちと共に危機を乗り越えた今なら。
「断る!」
クロエやロナード、リーヴたち……仲間たちと一緒にいる今なら、遊撃士としての生活も悪くないと思える。
宣言と同時に引き金を引くと、ショットガンが弾をばら撒く。ゼロがどう対応するか見る前に突っ込み、ハルバードを振るう。
ガィン、と鈍い音。やはり、これで決められるはずもなかった。相手は伝説のボスなのだ。
「いい気迫だ…だが、まだ青いな」
剣。銃弾もハルバードもそれで防いでいた。
ブレードライフルでもないただの剣。その柄尻で殴られてナハトは気絶する。
時間にして、わずか1分足らず。クロスベルが誇る遊撃士4人が易々と撃破された。
「さすがだな、ボス」
「アダム……見てたんたら手伝え」
「ボス……こいつらはどうする?放っておけばいずれ脅威になる可能性もあるが……」
「放っておけ、エア」
2人の副官と軽妙に言葉を交わし、ゼロはゼネフォードに目を向けた。
「はじめまして……伝説のボス。クロウ・ゼネフォードだ。以降はよろしく頼む。……確か“ゼロ”というのは、コードネームだったか?」
「よく知っているな。エアの救出に手を貸してくれた事は感謝する」
「いえいえ、あなたがいれば《Ω》を囮にする必要もなかっただろう」
「フッ……それは買いかぶりというものだ」
挨拶を終えたゼロとゼネフォード。「それで、例のものは?」とゼネフォードが本題に入った。
「ああ、回収は済んだ。今は工房で改造中だ」
「さすがに仕事が早い。……いつまでかかる?」
「早くても1ヶ月だ」
「了解した。……では、それまではしばし休演としよう」
かくて、《Ω》は終わりを迎えクロスベルは新たな敵を目の当たりにする。
しかし、それは少しばかり先の話となる。報の轟くクロスベルはしばしの間静寂に包まれる。
それはやはり、嵐の前の静けさだろう。