読みにくい部分がありますがご容赦ください。
「それじゃあね。風邪ひくなよ?」
「わかっている。そなたも励むといい」
《Ω》のクロスベル襲撃と壊滅から一週間もしない内にラウラはレグラムに帰る事になった。あの戦闘での傷も癒え、ナギトとの逢瀬を果たしたラウラにはクロスベルに残る理由がなかったのだ。
ナギトが帰郷を後押ししたのも大きい。《Ω》という勢力が斃れ、クロスベルは今から混迷を極めるだろうと考えたナギトは、ラウラを危険に晒したくなかった。アルゼイド流を納めたラウラが足手まといとは口が裂けても言えないため、これはただナギトのエゴだった。
そんなナギトのエゴを受け入れたラウラは帰郷を決めて───クロスベル駅、改札前にて挨拶を交わす。
「だが、あまり無茶はするなよナギト。…そなたは放っておくと勝手にやるからな。………我らを頼れ。共に過ごしたのは一年だが…Ⅶ組の結束は固い。そなたもわかっていよう?」
「そうだな、わかってる。困ったら助けてって言うよ。俺も少しは学んだ」
あの内戦でナギトはクロウを救うために“Ⅶ組英雄化作戦”をひとりで立案し実行した。それについては後悔も反省もないが、その後のカレイジャス、ブリーフィングルームでの会話とラウラとの決闘で、仲間の大切さを思い知らされた。同時に彼ら彼女らがどれだけナギトを想っているのかも。
「ならばよい」
ラウラは鷹揚に頷くと、不意にナギトに距離を詰めた。驚く間も無くナギトの頬にラウラの唇が触れる。
1秒にも満たぬそれにナギトは心身ともに気力が充実する思いをした。
「今度はこっちに頼むぜ」
にやりと照れ隠しで笑いながらナギトは己が唇を指差す。ラウラはそんな冗談染みた約束に口許を綻ばせる。
「ではなナギト。武運を祈る」
「おう、ありがと」
挨拶を終え、ラウラが改札を抜ける。
その背中を見送っていると、ラウラがナギトに振り返った。
「父上も話したがっていた。……それと、私も寂しいぞナギト。疾く帰って来るがよい!」
言うだけ言ってラウラは走って行った。列車の時間には余裕があるはずなので照れ隠しなのは見え見えだ。周囲からはバカップルだと思われている事だろう。
そのセリフと表情をもろに食らったナギトもまた赤面する。ラウラの背中が見えなくなるまで見送って───。
☆★
《Ω》の襲撃のあと。
ノックス拘置所が破られた、という報が轟いた後、ルーファス・アルバレア総督がクロスベルに帰還した。
帰ってきたルーファスをナギトはルーファスに詰め寄っていた。
執務室の椅子に深く腰掛けるルーファスを睨みつけながら。
「どうしてノックス拘置所に《アナザーフォース》の副司令が捕まっている事を教えてくれなかったんです?」
「秘匿事項だった。それに、教えた所で意味はなかったゆえな」
「意味がない?その情報を知ってれば対処できていたかもしれないのに」
「いやいや、さすがの君でもそれは無理だ。国境付近で軍事演習を行う共和国軍を牽制するためにクロスベルに駐留する帝国軍は出払い、その上で君たちは《Ω》の本隊と戦わねばなからなかった……機甲兵を多数要する《Ω》本隊と戦うのにあのメンバーから一人でも欠けたら大変だろう?仮に人手を分けていたとしても、ノックス拘置所を襲撃したのは《アナザーフォース》の幹部たち……牢を破られていたのはほぼ確実だろう」
言葉の応酬にぬけぬけとよく言うものだと感心すら覚える。
ルーファスの説明は簡潔で、それゆえにナギトは《アナザーフォース》の副司令をわざと逃したのではと勘繰る。
「……なるほど。しかもこの作戦は、どっちも本命足りうるもの……ノックス拘置所に囚われている《アナザーフォース》の副司令の救出、もしくは《Ω》によるクロスベルの乗っ取り……どちらに兵が割かれ、どちらが成功しても良かった。前者は無論、後者の場合は後からゆっくり拘置所に囚われている副司令を解放すればいい……。だが、こちら側の優先順位としてはクロスベルの防衛が第一……だから《Ω》本隊に人手を集中するのがセオリーだった。つまりそういう事ですね?」
「フフ……理解が早くて何よりだ。それに、この襲撃を招いたのは私の不在が敵に漏れていたからだ。これからは情報の統制が必要になりそうだね………?」
「白々しい………だけど、これで納得できました。ルーファス・アルバレアの不在が───その情報が漏洩していた事が今回の襲撃に繋がったのなら、情報統制を行う組織がクロスベルに必要になる」
「ああ……今回の事件を機に、情報局クロスベル支部を開設する」
こうしてクロスベルには情報局支部がつくられ、情報の統制が強化され、あらゆる敵は動きにくくなり──、1ヶ月が経過した。
☆★
夜。歓楽街のホテルの一室でナギトは瞑想している。
窓の外は騒がしく、まさしく人の欲望の渦巻く町としての顔を前面に押し出していた。
呑む、打つ、買う───酒をかっくらい、博打を打ち、女を抱く。
クロスベルの歓楽街ではそのすべてが可能だ。
しかし、ナギトには何一つとして響かない。あらゆる煩悩を断つ誓いを立てたが如く、瞑想しているナギトは動じない。
無念無想───そん境地にちょくちょくラウラが顔を出すが、雑念と振り払うには愛おし過ぎた。
その部屋をルーファスが尋ねた。瞑想を解いたナギトが出迎える。
「フフ、今夜は空いているかな?」
「何かありましたか?」
暇してた、とは言わないナギト。事情を聞く事で時間があるかないかを決めるという、社会人らしいモーションを学習していた。
「いやいや、日々励んでいる部下を労いに夜の町へ繰り出そうかと誘っているのだよ」
要は、歓楽街に行くからお前も付いて来い、と。
ルーファスが個人で尋ねてきたから構えてみれば、遊びの誘いとは。
ナギトは少し笑うと、ルーファスの誘いに応じる事にした。
「総督が夜の町で遊ぶのは少し体裁が悪いのでは?まあ、そういう事ならお付き合いさせていただきますよ」
そうして2人は歓楽街へ繰り出す事となった。
ルーファスに付いて行った末にたどり着いたのはカジノ“バルカ”。
これにはナギトも苦笑いし、直裁にモノを言う。
「さすがに総督がカジノに行くのはまずいんじゃ……?」
「フフ、何を言うのかねナギトくん。普段は遠い存在である為政者が、カジノのような俗な空間に来るからこそ、親近感がわくと言うものだ」
ルーファスの言葉に黙るしかないナギト。詭弁ここに極まれりという感じだが、こいつがいいならいいか、という心理に落ち着く。
カジノに入店したナギトらはまずミラをコインに替えてもらうと、ポーカーをしようと話す。
「あの台はどうかな?」
ルーファスが指した台を見ると、男3人が異様な雰囲気で配られたカードを睨んでいる。
その内の1人の後姿に、見覚えがあった。
それでナギトは合点がいった。ルーファスがカジノに来た理由はこれだったのか、と納得する。
ナギトは肩をすくませて「おおせのままに、総督」とニヤついてみせた。
「こんばんは。調子はどうかな?」
2人が台に近づくと、カードはオープンされシブい髭面の男──ゼロが勝利し、コインが移動している所だった。
「ああ、絶好調だ。今ならギリアスが相手でも負ける気はしないな」
言ってから振り返る男、ゼロ。猟兵の界隈では伝説と呼ばれ、始まりの猟兵団、国境なき軍隊《アナザーフォース》を率いる団長。彼ら風に言えば“総司令”か。
「おかげでこちらは負け続きだがな」
そのゼロを補佐する《アナザーフォース》の副司令にして頭脳、エア。
その横で黙って微笑むアダムは《アナザーフォース》実戦部隊の隊長だ。
大陸東部最高の傭兵組織《アナザーフォース》の3トップがポーカーに興じていた。
「私も参加させてもらおう」
と言うとルーファスはゼロの隣に座り、ナギトもそれに続く。
「それで…
カードが配られる。ナギトの手札はワンペア。うっ、とした表情をする。
「
ここは素直に降りるとしよう。ナギトはフォールドを宣言して手札を放る。
「
「フフ……それもそうだ」
手札がオープンされる。
アダムがワンペア、エアがノーペア、ゼロがスリーカードでルーファスがフルハウス。勝ったのはルーファスだった。
次のカードが配られる。
「しかし、リベールではないと言っても帝国にも猟兵には苦い思い出がある。帝国ギルド襲撃事件……知っているかな?」
「《剣聖》が出張ったアレか。我々はあの事件には関与していないが……話には聞いている」
ルーファスの問いにはエアが答える。その件についてはナギトも知っていた。
その事件を早期解決に導いたカシウス・ブライトの手腕を恐れて、ギリアス・オズボーンはカシウスが帝国に入国できる名分を無くすためにギルドの活動を休止させたのだ。
「
「複数の猟兵団のオーナーというのは考え辛いな。なら、
ルーファスとゼロの言葉の応酬にナギトは苦笑いする。2人ともが言葉の裏に別の意味を持たせている。
ナギトも昔、オリヴァルトと同じような事をした事があるが、あれよりはるかに高次元なやり取りだとわかる。
「ふむ、なるほど。…………よし、カードオープンだ」
チップが釣り合い、手札が開かれる。
ナギトとルーファスはツーペア、ゼロがワンペア、アダムがスリーカードでゼロがストレートだった。
「今度は勝たせてもらった」
ニヤリと笑ってゼロがコインをごっそりとかっさらっていく。
すぐに次のゲームが始まる。
「
配られたカードを見てナギトはニヤ、と笑う。
「
「フフ……なるほど、確かにその通りだ」
ルーファスが納得したように笑う。ナギトは2人の会話の内容をなんとか理解できているが、口を挟む余裕はない。その代わりに「レイズ」と声に出して賭け金を釣り上げる。
「次はこっちから聞くが、どうして
「
「レイズ」と、さらにチップを上乗せする。
「答えを掴みかけてる…ねぇ。お前ほどの
「………フフ、では答えは自分の胸の内に留めておくとしよう」
2人の会話は終わったようであり、そこでさらにナギトがレイズする。手元にあるコインをすべて賭けて勝負に出る。
「レイズ……オールインだ」
それにはさすがのルーファスやゼロもぎょっとする。会話をしていたせいでポーカーに集中していなかったわけではないが、それにしてもナギトの賭け方は異常だった。
よほど手札に自信があるのか、ナギトは笑みをこらえきれていない。
それに対して対戦者たちが選択したのはフォールド……ゲームを降りる事だった。
ナギトは「ははは」と笑いながら手札をオープンする。
「残念だよ、披露する機会がなくて」
ニヤリ、としたり顔。
披露されたのは、なんの役もできていないノーペア。
ナギトはハッタリですべてのコインを賭けたのだった。
これにゼロは大笑する。
「大したもんだ。まさかブタでオールインとはな!」
「フフ……、思えば1戦目の表情の変化からこのゲームでブラフをかけるための布石だったのか」
コインがナギトの元に移動し、次のゲームが始まる。
「さすがは《剣鬼》、と言ったところか?」
ゼロの鋭い視線にナギトは軽く反応してみせて「その名は未熟の証だな、忘れてほしいもんだがね」と返す。
実際のところ、ナギトを《剣鬼》だと知っている者は少ない。
《剣鬼》とは共和国で100人斬りを果たした者の異名なのだが、それをナギトと結びつける事は非常に難しい。
そも《剣鬼》は暗殺者なのだから正体が判明しているのはおかしいのだが。
だからこそ、ナギトを《剣鬼》だと知っている彼らの情報収集能力は高いと評価せざるを得ない。
「ほう、確かに同門の者たちは《剣聖》と呼ばれるのに対して、1人だけ《剣鬼》と呼ばれるのだからな」
ナギトの言いようを理解したようでアダムがそう言う。その通り、八葉一刀流とは鬼の剣技にはあらず。なればこそナギトはその呼び名を、そう呼ばれた過去を未熟と言うのだ。
「では、今は何と名乗っているんだ?」
アダムに続く形でエアがナギトに尋ねる。
そう言われてみれば、ナギトには今、おおやけに名乗っている異名はない。
《剣鬼》は過去に。
《緋玉の騎兵》は《鉄血の子供達》として働く際に。
《剣皇》は《身喰らう蛇》の執行者No.Ⅱとしての異名だ。
《閃嵐の騎士》なんて呼ばれた事もあったか。
しかし、そのどれもがおおやけに名乗っていいものではない。考えてみれば自分は相当面倒なポジションにいるなぁ…と遠い目になる。
「いや……今は特に」
「そうなのか。異名というのは意外と大きな意味を持つ。大仰なものであればあるほどな。特に戦場では通り名が有る者がいるだけで士気は上がり、敵兵は萎縮する。………まあ、とある赤毛の戦闘狂どもは逆に嬉々として飛びかかってくるがな」
エアが語る赤毛の戦闘狂が誰なのかすぐに察しがつくあたり、自分も苦労しているのだとナギトは思う。
「この際、新しい通り名を考えてもらってはどうかな?」
そこでルーファスがそんな事を言い出した。ナギトは「ん〜」と唸るが、その方が《鉄血の子供達》としては都合が良いのだろう。
「となると、やはり《剣聖》か?」
ゼロがそう言う。確かに八葉一刀流の剣士は皆伝に至ると《剣聖》を名乗る習わしになっている。
「いやー、俺は《剣聖》って器じゃないしなー」
とうに《剣聖》なんて目標ではない。《剣仙》すら超えた先の名前が欲しい。
それこそ史に刻まれた《聖女》のような異名が。
ナギト・ウィル・カーファイは“八葉一閃”を以って剣士の頂きに立つ者だ。パワー、スピード、テクニックも世界で最高峰。さらにそれを支える闘気の総量と出力もまたトップクラス。今代最強の剣士──と呼ばれるには些か表舞台での活躍は少ないものの、知る者からすればナギトは間違いなく最強の一角に数えられる猛者だった。
そしてそれで終わるナギトではない。確かに“八葉一閃”は最強無敵の戦技だが、秘奥の技で軽々に披露すべきではない。ゆえにナギトは常に新しい剣技を
技は無限───とは誰の言葉だったか。
ともあれ、そういうわけでナギトは大仰な異名を求める。歴史の中でも燦然と輝くような。その身が引き締まるような。歩みを止めさせてくれないような、異名を。
「では、《刀神》というのはどうだ?」
エアがそこで案を出す。
「はは、《刀神》か。もろ《赤い星座》に喧嘩売ってる感じがするな」
《赤い星座》の団長は歴代《闘神》と名乗るのに対してこちらが《刀神》。読みが一緒だ。
「八葉一刀流は正確には剣ではなく東方の刀という武具を使うそうだな?その神域の使い手……故に《刀神》。どうだ?」
「神域とはまた大きくでたな、エア。しかし…確かにそう言っても過言ではないだろう」
エアの案に賛成の意を示すアダム。それにゼロも加わって「そうだな」と言葉を続ける。
「確かにこの面子で争うとして、よーいドン…で始めれば勝つのはお前だろうな。俺も腕に自信がないわけじゃないが、正面切って戦えば勝てる気はしない。総督…お前もそうだろう?」
「そうだね……正直、考えただけでぞっとする」
どうやらナギトの異名は《刀神》に決まるらしかった。当の本人は少しだけ困ったように笑って、
「ま、考えときますよ」
と言ってカードをオープンした。
☆★
カジノを出て、夜の街を歩きながらルーファスはナギトに話しかける。
「あれが国境なき軍隊……大陸初の猟兵団《アナザーフォース》のトップスリーだ。どう思ったかな?」
問われたナギトは「そうですね…」と考え込み、先ほどのやりとりから言葉を引用する。
「確かに、よーいドンで始めれば俺に勝てるやつはいないでしょうね。でも、戦争はそうじゃない」
「…私も同じ意見だ。帝国といち猟兵団……考えずとも勝負の結果は見えている。しかし、それは正面切って全面戦争になった場合だ。……彼らが本気で勝ちに来れば帝国も相当の痛手を負うことになるだろうね」
2人はいつしか行政区を抜けて港湾区にまで足を運んでいた。
「それで……あの男たちは何者なんですか?アダム、エア、ゼロ………皆が皆コードネーム染みた名前だ。もはや名前だけとなっていた《アナザーフォース》を立て直した男たちが今まで無名だったわけじゃないでしょ?」
「…………その通り、彼ら3人はもともと国が抱える優秀な人材だった。そうだね……まずはエアから。彼は亡国の最高司令官だった男だ…年若くして国軍を束ねる立場となった彼は顔を隠し《仮面の指揮者》と呼ばれた」
エア──黒髪に紫紺の瞳を携えた男。知的な雰囲気はあったが、年の頃は20代半ばほど。その亡国とやらがどこの国かは知らないが、数年前と考えれば、かなりの若さで最高司令官に任じられたのだとわかる。
「次にアダム……彼は共和国のエージェント…に扮した帝国情報局の諜報員でね、スパイという役割だった。様々な指令をこなしてきた凄腕のリボルバー使いさ」
「《鏡の銃士》だったか」とナギトは1人でアダムの銃を構えた姿を思い出す。自分やラウラの不意を突けるほどの強者である事は間違いない。
「最後に、ゼロ──今や《アナザーフォース》を立て直した伝説のボスと呼ばれているが、彼はもともと帝国情報局の特殊部隊の長だった男だ。特殊部隊という概念を成立させた、特殊部隊の父とも呼ばれた。あらゆる痕跡を残さない様から
特殊部隊の父……近代におけるスパイ活動や潜入任務、破壊工作、情報操作を生業とする者達のはしり、ということだろう。
これはまたとんでもない男が出てきたものだ。
その3人が率いる傭兵組織《アナザーフォース》。国境なき軍隊と呼ばれる、思想や大義に寄らない者たち。その兵力は大陸東部最高とされる。
それが、クロスベルに拠点を構えた。
あくまで主力…精兵たちのみとは言え、その力は絶大。クロスベルを脅かしていたテロ組織《Ω》以上の脅威となる事は間違いないだろう。
そして《アナザーフォース》は《Ω》と違い、目的がクロスベルの解放でない以上は、特務支援課の残党らと手を組むことはありえない。
ここに、クロスベルを取り巻く新たな三勢力による均衡が誕生した。
ひとつ、特務支援課の指名手配
ふたつ、アリオス・マクレインの逮捕
みっつ、《Ω》の壊滅とノックス拘置所の襲撃
すでに3つの報が轟いたクロスベルの地に、さらなる混乱がもたらされる。
幾重にも連なる轟報…未だ安寧には遠く。