最古の機甲兵───オルディーネ・イミテーション。
そも機甲兵が歴史に登場してから1年ほどしか経っていないのだから最古なんて表現はちゃんちゃらおかしいのだが、それでもそういった形容に違わぬだけの性能を誇っていたのが件の機甲兵だ。
オルディーネ・イミテーションは《蒼の騎神》オルディーネをモデルにシュミット博士が開発した最初の機甲兵だ。さすがは試作機と言うべきか、採算度外視のつくりで、その後に登場したドラッケンやシュピーゲルとは設計思想から違っていた。
曰く、その名の通りオルディーネを再現すべく開発したのだと。基本スペックはモデルの騎神に近く、しかし騎神が備える不思議パワー──精霊の道や転移など──は当然実装されておらず、また当時の技術では飛行させる事もできなかった。内戦中盤でやっとこさ滑空ユニットが追加で装備されたくらいだ。
それを踏まえて、情報局員が持ち帰った設計図を見てみる。
絶句した。ナギトもレクターも、言葉を失った。事前に目を通していたルーファスだけが「フフ」と優雅に笑っている。
「オイオイ…こりゃあ……どういうこった?」
その設計図はオルディーネ・イミテーションのそれとは違っていた。こういった分野には精通していないナギトですらわかる。
レクターの疑問も尤もであった。机に展開された設計図はまるでオルディーネをつくるためのものだったからだ。
無論、現在の技術力で騎神をつくる事は不可能であるから、それは見た目だけのものとなる。言わばハリボテの騎神の設計図がそこにはあった。
「オルディーネ・イミテーション……いや、これはもう
「ふむ、オルディーネ・レプリカか。そうだね、内戦中に君が駆った機体と区別するためにも今後はそう呼称しようか」
ナギトの言にルーファスは賛意を示し、その設計図に描かれた機体は以後オルディーネ・レプリカと呼ばれる事となった。
「呼び方なんざどうでもいい。それよりこれだ、どういう事だァ?」
レクターはとんとんと設計図を指差してみせる。その意味合いはどうしてこんなものをつくるのか、だ。
「…………わかりませんね、ちっとも」
「嘘つけナギト、間があったぞ。あのゼネフォードとやらに直接あったお前の事だ、何かしら感じるものはあるだろ?」
「私も同じ意見だ。かのクロウ・ゼネフォード……どうやら《帝国解放戦線》の《C》の衣装を身に纏っていたというではないか」
レクターもルーファスもナギトの言葉を信じず、感じたままの意見を求める姿勢だ。
ナギトは「はあ」とため息をついて逡巡したがそれも一瞬だ。ゼネフォードの件についてはクロウが奴を放っておいたツケであるしナギトが果たす義理もない。ましてやゼネフォードを慮る理由もない。
「第一印象は、コスプレしてーのかコイツ。ですよ」
ナギトの答えを聞いてルーファスはにやりと口角を上げる。気づいてやがったなルーファスめ、と内心で悪態をついた。
「《C》の衣装然り、このオルディーネ・レプリカ然り……あまりにクロウに寄せ過ぎている。考えられる尤もらしい理由は、《帝国解放戦線》リーダー《C》と《蒼の騎士》クロウを結びつける事。んでもって帝国内で暴れられもすりゃクロウの評判も地に落ちる。偽者だとわかっていても政府もクロウに対して何らかの措置を取らないわけにもいかない。俺とオズボーンの約束があるにしても、です。俺としてはそれが最も危惧すべき事態だ」
「うむ、そうだろうな」
「確かになァ」
ルーファスとレクターは共に頷く。
テロ組織である《帝国解放戦線》は貴族連合と組んで内戦を起こした悪だ。幸いな事に一般にはその首魁である《C》がクロウとは判明しておらず、内戦終結に尽力した《灰色の騎士》リィン・シュバルツァーと並んで《蒼の騎士》としてクロウは今や帝国の英雄のひとりとなっている。
しかしそんなクロウが己が代名詞である蒼の騎士人形──オルディーネを以って帝国に仇なしたらどうだろう。しかもそこにはクロウが《帝国解放戦線》のリーダーだったという情報もおまけで。
例えゼネフォードが引き起こした事態であったとしても、帝国政府としては手を打たざるを得ない。ナギトとオズボーンの密約があるとは言え、クロウが《C》だったのは事実──事がどう転ぶかわからない、というのが本心だ。
「ですが、そうじゃない気がする」
しかし、そうはならない予感があった。
ルーファスの眉が吊り上がる。どういう意味かを問うている。ようやくその予測を超えた事にほくそ笑みつつナギトは続けた。
「それこそ現場で感じた肌感に過ぎませんが、ゼネフォードはクロウに対して並々ならぬ感情を抱いている。愛憎と言っても良いほどの。聞いた話じゃ同じ名前って事でクロウにたいそう懐いていたそうですし。それに本格的にクロウを貶めるのが目的なら《Ω》ではなく《帝国解放戦線》を名乗るのが正解だ。…まあ、その名前じゃクロスベル市民からの支持を得られないって理由もあるでしょうが」
Ω…というのはZなどと同じく最後の文字だ。転じて“終わらせる者”と解する事もできる。クロスベル市民などは帝国からの支配を終わらせる者、と認識していた事だろう。
ルーファスとレクターはナギトの意見に揃って「なるほど」と首肯していた。
「なら彼──ゼネフォードの目的は他にもあると?」
「さて、そこまでは。……うーん、と言うより《Ω》を囮に《アナザーフォース》に迎合した以上、この設計図って手土産もありきで考えると、ゼネフォードの目的はクロウ・アームブラストただひとりに絞られる気もしますがね」
「ふむ、多少筋を通りそうだが……レクターくん、君はどう思う?」
と、そこでルーファスはレクターに話を振る。レクターが《鉄血の子供》たる所以──異常なまでのカンの冴えに意見を求めているのだ。
「ん〜、確かにナギトの意見も的を射てはいそうだが、現時点じゃなんとも。決めつけ過ぎるのも危険だしな」
レクターはナギトの予想を認めつつも現状においてはそこまで確定的にゼネフォードの目的を絞る事はしなかった。何にしても情報が不足しているのだ。
ルーファスは「そうか」とレクターの意見を受け止め、今度は自らの考えを開示する。
「私も概ねナギトくんと同じ意見だ。《Ω》はクロスベル解放を目的とはしていなかった。……クロスベル市民や共和国から、そのお題目を掲げた組織として人や物を集めるための手段に過ぎず、ゼネフォードの真の目的のために利用されたに過ぎない。………《アナザーフォース》という強力な助っ人を得られた事で、《Ω》という看板は不要となり、今はその真の目的のために動いている…といったところかな?」
「…ですね」
「だなァ」
ルーファスの丁寧な説明には今のところ、修正すべき点は見つからなかったし、今はそれ以上の事がわからない段階だった。
ナギトの意見はそれより踏み込んだものだったが、根拠が薄弱で論ずべき議題ではない。
「現状でわかるのはこれくらいか。…呼び立てて悪かったね、2人とも。もう言う事がなければここはお開きにしたいのだが…どうかね?」
ルーファスの解散の意図に逆らう理由もなくナギトとレクターは執務室から出る事となった。
レクターはその後、戻ってきた部下からの報告を受けるという事で別れ、ナギトはひとりオルキスタワーから外に出る。すでに日が傾く時刻だった。
「……ラーメンでも食うか」
ナギトはひとりごちて、港湾区に向かった。
☆★
「……マジかよ………」
ナギトが行ったラーメンの屋台には先客がいた。タイガーストライプの野戦服を普段着の如く着こなす背中は先日カジノで見たばかりのもの。
「まあ、まあ、まあ」と口の中で唱えてありえない事じゃないと思考を整える。なにせカジノで会ったばかりだ。些か不意打ちだったが、そう言う事もあるだろうと思い、その人物の隣に座った。
「チャーシューメンひとつ」
ラーメン屋台の主人は「あいよ」と応え、調理に入る。その間に隣でズルズルとラーメンを食べている《アナザーフォース》団長ゼロに話しかけた。
「一応、ここが敵地ってわかってます?」
「おう、ナギトか。わかってるさ、敵情視察ってやつだ」
「はっ」と乾いた声が出た。
「堂々とし過ぎでしょ。それで騙せるのはせいぜい市民くらいですよ」
ゼロはラーメンを嚥下すると「ぷはあ」と息を吐いた。
「まあな。だがレーションにも飽きてしまってな」
それでわざわざ敵地のど真ん中までラーメンを食いに来たと。さすがに大陸東部最高の傭兵組織の長、異常な胆力だ。
店主が「お待ち」と言ってナギトの前にチャーシューメンを差し出す。手を合わせて食べ始めた。
ナギトが食べ終わるのを待って2人は屋台を出て港湾区端のベンチに座った。
「それで、本日はどんなご用件で?」
ナギトは葉巻をふかすゼロに問いかける。ゼロはゆっくりと紫煙を吐き出してから答えた。
「いやなに、贈り物は受け取ってもらえたか確認にな」
その言葉にナギトは確信を深めた。
情報局員が持ち帰ったオルディーネ・レプリカの設計図。あれは《アナザーフォース》が意図的に流出させたものだったのだ。いかに帝国情報局のメンバーとは言え、仕事が早過ぎる事からそうだろうとは思っていた。
しかもこの手法はかつて遊撃士が《Ω》の拠点だった太陽の砦から文書を持ち帰ってきた時と同じものだ。偽の情報を掴ませて相手を踊らせるやり方。
もちろん、ルーファスやレクターもそれをわかった上であの議論をしていたのだ。でなければあそこでの会話は寒過ぎる。
「ええ、ありがたくね。…でもあれは偽物じゃないでしょ」
「ほう、その根拠は?」
ゼロはにやにやしながらナギトを試す姿勢だ。今日はこんな事が多いなと思いつつナギトは答える。
「前のやり方と一緒だ、さすがにそれじゃ騙せない。それにゼネフォードの人柄とあの設計図に描かれていたものはイメージ的にマッチする」
ナギトのアンサーに満足げに葉巻を吸いつつゼロは「正解だ」と言った。
「確かにあれは偽物じゃない。うちらで帝国から盗み出したものだ」
「…で、今はもう完成済み?」
「それには答えられんな。先方との契約もある」
わざと設計図を流出させておいてよく言う。…そこまでがゼネフォードの依頼だったのかもしれないが、やはりゼネフォードと《アナザーフォース》がどこまで深い関係なのかまでの判別は難しかった。
ナギトが押し黙った一瞬でゼロは「時にナギト」と話題を変えた。
「お前さん、クロスベルをどう思う?」
「どう、とは?」
「この土地そのもの、この地に住まう人々……それらをひっくるめた全てだ」
ゼロの問いかけにナギトは自分の思考を整理する──余地もなく好感を持っていると言いかけて、先にゼロが言葉を発した。
「俺はな、あんまり好きじゃない。………確かに同情の余地はある。エレボニアとカルバードという二大国に挟まれた弱小自治州……両国の緩衝地帯でありながら七耀石も採掘される政治的経済的な要地──それが魔都クロスベルだ」
ゼロの語るクロスベルの概要はナギトも存じているものだ。
エレボニア帝国とカルバード共和国という、世界を二分していると言っても過言ではない大国から挟まれた立地のクロスベルは両国から食い物にされてきた。
帝国と共和国からのスパイ天国であり、その暗闘の結果無辜の人々が犠牲になった事件も少なくはない。
「だがな、クロスベルはその裏で相応に甘い汁を啜っていた。二大国が揃って奪い合うだけの価値がクロスベルにはもたらされていたんだ。あの馬鹿でかいオルキスタワーがその象徴だな」
ゼロはオルキスタワーを見上げる。港湾区からはその威容が良く見えた。西ゼムリア最大の高層ビル。ゼロの言う通り、確かにオルキスタワーはクロスベルが発展してきた証だ。
「それなのにクロスベルの住人は自分たちは搾取され続けてきた側だと頑なに信じ続けている。独立国騒ぎの前夜…クロスベルで独立の是非を問うアンケートが実施されたのは知っているな?」
「ああ」と答える。当時のクロスベル市長ディーター・クロイスが実施したものだ。回答は“独立に賛成”がほとんどを占めていたという。
「そうして民意を総じた上で独立国騒ぎは起こった。しかしいざ独立すると市民からは不安の声があがった。当然だ、二大国を宗主国と仰ぐクロスベル自治州が突然独立を宣言したんだ…両国が黙っているはずがない」
事実、エレボニアとカルバードは軍を差し向けた。独立国の要であった結社提供の神機アイオーンに撃退された結果となったが。
「だが独立国は両国が想定したものより堅固だった。《零の神子》──クロイス家が造り上げた至宝の紛い物の力は因果にすら干渉するものだった。その力を使えばクロスベルは二大国からの圧力を跳ね除ける事ができていた。しかし───」
ナギトはゼロがこの会話をどう着地させるつもりか理解し、その言葉を継いだ。
「──クロスベルは自らその力を手放した。ディーター・クロイスに全ての責任を押し付けて、悪として罰する事で帝国と共和国に自らの潔白を証明した」
「そうだ、無駄だったがな。そうしてクロスベルの短い独立は終わりを迎えた。……すべて自分たちでやった事だ。独立を望んだのも、そしてそれを自ら手放したのもな。そうして今度は正式にエレボニアに併合された。公的資金を注入されてさらなる発展の兆しもある。だがクロスベルの人々はエレボニアの支配を受け入れない。なぜだ?……奪われたと思っているからだ。自分に責任はないと、すべてディーター・クロイスが勝手にやった事だと信じているからだ。自分たちは被害者なのだと思い込んでいるからだ」
ゼロの語り口に熱が籠る。葉巻はいつの間にか踏み潰され、端からのぼる煙も消えかけていた。
「確かにディーター・クロイスの独立国宣言はクロスベル市民にとっても不意打ちだったろう。だが彼は事前に民意を確認した上で宣言を実行した。ところが当のクロスベルに住まう者たちによってそれは覆された。…なぜだかわかるか?」
「……結局のところ、クロスベル市民は二大国におもねるしかないと思っているから。独立できるだけの力がないと自ら確信しているからだな」
ゼロの問いにナギトはすらすらと答える。件のアンケートでも独立に賛成した市民でもいざ独立したら二大国からの制裁を恐れて賛成票を取り下げるような臆病者だったからだ。──否。両国から挟まれてクロスベルの弱さを知っている市民たちだからこその現実主義と言うべきか。
「正解だ。事実、独立国騒ぎが収まった直後にクロスベルはエレボニアに併呑されたからな。……そうして、言わば自ら大国の支配を受け入れたとも言えるクロスベルが次は《Ω》なんていう怪しいテロ組織に協力していた。……まさに厚顔無恥、恥知らずという言葉でも表現しきれん厚かましさだ」
ゼロの言葉に納得するナギト。確かに手のひらクルクルし過ぎだと思えた。
「……まだまだ悪口はいっぱい出せるが、ひとまず俺がこのクロスベルを好きになれない理由はこんなところだ。お前はどう思う?」
とりあえずゼロの熱弁は終わったようで、話はナギトに振られた。
「俺は、それでも───」
「俺は、お前に聞いているんだぞ?ナギト・ウィル・カーファイ」
それでもクロスベルが大好きだ。そう続けようとして、ゼロに名前を呼ばれてはっとする。自分がナギト・ウィル・カーファイという個人であった事を思い出した。
クロスベルが大好きだ──なんて思想はナギトのものではない。これはかつてナギトの本質であった数多のプレイヤーが残した思念だ。
エステル・ブライトがリベール王国を愛するように、リィン・シュバルツァーがエレボニア帝国を愛するように。ロイド・バニングスはクロスベルとそこに住まう人々を愛している。
だがナギトはロイドではない。器の底にこびり着くプレイヤーたちの記憶。ロイド・バニングスを主人公とした物語。それによってナギトは来た事もなかったクロスベルにすでに愛着を抱いていた。恐ろしい話である。まるで洗脳だ。
蒙が啓けた気がした。
「俺、は───」
「まあいい、答えは急がんさ」
言葉を紡ごうとして、再びゼロに制される。どうやらナギトの中で未だ答えが定まらない事を見透かされているようだった。
「だがな、自分の答えは出しておけ。でなければクロスベルはまた不幸になる」
「……あなたはそれを望むんじゃ?」
嫌いなやつの不幸を願うのは人として普通の感情だ。健全であるとは言えないが。しかしゼロほどの人物になるとそういう事もないだろうと翻意する。
「そんな事はないさ。俺はお前という劇薬にクロスベルの腐った性根を叩き直してもらおうかと思っているだけだ」
「はっ」と声がもれる。どいつもこいつもナギトを台風の目のように言う。
ゼロは立ち上がると踏み潰した葉巻を回収した。どうやら痕跡を残さない習慣らしい。
「……ナギト。《刀神》よ。………お前さん、ウチに来る気はないか?」
そのまま去るかと思われたゼロだったが、そこで突然のスカウトを実施する。
「ないですよ。というか無理です。わかってるでしょう?」
ナギトは即答する。ほんの少しだけ“ついて行きたい”という気持ちはあった。このゼロという男にはそれだけのカリスマ性が備わっていた。
ゼロはナギトの回答に笑って見せると「まあな。言ってみただけだ」と続ける。
「だが近いうちにさっきの答えを聞かせてくれ。お前にとってクロスベルはなんなのか──興味がある」
「しっかり思想を植え付けておいてよく言う。……せいぜい悩みますよ」
ナギトの返事に再びゼロは笑った。
「俺たちは今、北西部の洞窟に拠点を構えている。答えを聞かせてくれる気になったら来るといい。旨い酒を持ってきてくれたら助かる」
「──は?」
今こいつ、さらっと《アナザーフォース》の拠点の場所を明かさなかったか?
《Ω》の決戦から1ヶ月、尻尾を掴めなかった彼らの居場所をこんなプチ情報みたいな形で教えられるとは夢にも思わなかったナギトは間抜けな声が出た。
そんなナギトの反応に、やはりゼロは満足げに鼻を鳴らして「じゃあな」と別れを告げた。
ナギトは呆然とその背中を見送る。奇しくも口から漏れ出た言葉は彼をここで発見した時と同じものだった。
「……マジかよ………」