八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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平穏の終わり

 

リィンの突撃訪問と即時帰還から数日が経過したある日、ナギトはクロスベルにとある噂が蔓延している事に気がついた。

 

その事についてルーファスに問い詰めるために、オルキスタワーにある彼の執務室に訪れていた。

 

挨拶もほどほどに、執務机の前に悠然と座るルーファスに問いかける。

 

 

「で、なんなんです……? 《赤い星座》がクロスベルを狙ってるってのは」

 

 

クロスベルで流れる噂──それは猟兵団《赤い星座》がクロスベル市を再び蹂躙しようと企んでいる……というものだ。

 

ナギトとしては、またか…という感想だ。ナギトがクロスベルに来てわずかの頃、“英雄テロリスト化計画”──ロイドたちを騙すために今回と同じような噂を流していた。

その時は他にも仕掛けを施したため見事にロイドらを釣れたものの、同じやり方が何度も通用するほど馬鹿なやつらではないだろう。

 

もちろんルーファスも、そんな事がわからないほどお馬鹿さんではない。だからこれはきっとルーファスの思惑の範疇の外だ。───なんなら市内でシャーリィ・オルランドの姿を見かけたなんて噂も聞いている。

 

 

「例の噂だね。………いま部下に事実確認をさせている。導入した情報局が早速役に立ちそうだね」

 

 

「フフ」と奥深げルーファスが微笑む。いったいどこまでこの人の掌の上なのやら。

 

 

 

「それとは別に……という事もないかもしれないが。このオルキスタワーに泥棒が入ってね」

 

 

ルーファスの思わぬカミングアウトに苦笑いしてしまう。このオルキスタワーはクロスベルの中心だ。例えばルーファスの執務机に積んである書類を共和国に持っていけばそれなりの値段で買い取ってくれるだろう。

そんな機密の宝庫というだけではない、政治、軍事……他にも様々な情報や物品がオルキスタワーには保管されている。

 

 

「大丈夫なんすか……それは」

 

 

 

「重要な物ではないから大丈夫だよ。もちろん保管庫に入られた事は問題だがね」

 

 

「なら良かったですが……、それで盗られた物とは?」

 

 

「ローゼンベルク人形」

 

 

ローゼンベルク人形。当代最高の人形師とも名高いヨルグ・ローゼンベルクの手によるドールだ。好事家たちの間で高値で取引されているという話もあるが、オルキスタワーに潜入してまで手に入れたいと思うのは……さすがにリスクに見合わない、というのがナギトの見解だ。

 

 

「ローゼンベルク人形ですか………、そんなものがオルキスタワーの保管庫にあったなんて初耳ですね」

 

 

もちろん保管庫にある物を網羅しているわけではない。むしろ知識としては皆無だ。だからこれは単なる会話のつなぎでしかない。

 

 

「どうやら忘れ物らしくてね。……このオルキスタワーの前の支配者のね」

 

 

「それは…!」

 

 

ルーファスの前のオルキスタワーの支配者。それはクロイス家を置いて他にいない。中世から続く錬金術師の家系だという事は情報局のファイルからナギトも知っている。それと、クロスベルを取り巻く一連の事件の黒幕である事も。

クロイス家の当代──ディーター・クロイスはノックス拘置所に囚われていて、先の《アナザーフォース》の襲撃の折にも逃げなかったと聞いている。となれば、件の忘れ物を取りに来たのはディーターの一人娘であるマリアベル・クロイスに違いない。

 

 

「犯人はマリアベル・クロイスですか?」

 

 

「うむ。まあ手引きしたのは、そうだろうね。だが実行犯は別だ。当日、警備をしていた者の話では赤髪の女が突然目の前に現れて保管庫の扉を壊して人形を盗んで、また消えていったそうだ」

 

 

「ふむ……、目の前に現れて、また消えたと言うのは?」

 

 

おそらくは結社の技術である転移であろうと思われた。しかし、それならどうして保管庫に直接転移しなかったのか。マリアベルの手引きがあるなら保管庫の座標もわかるだろうに。

その疑問は続くルーファスの言葉ですぐに解消された。

 

 

「結社の転移だろうね。赤髪の女──おそらくシャーリィ・オルランドだろう。彼女がクロスベルでの事件の後に《身喰らう蛇》にスカウトされたのは知ってるね?」

 

 

「ええ」と返す。同じくマリアベルもスカウトに応じて結社に入ったらしい。マリアベルが使徒、シャーリィが執行者という立場だという。

 

 

「保管庫には物理的な施錠だけでなく、神秘面でもロックもかけていた。……オズボーン宰相が取り込んだ《黒の工房》の技術によるものだがね。だから実行犯は直接保管庫に転移する事はできなかったんだろうね」

 

 

そんな技術がある事が初耳だし、そんなものがあるならどうしてオルキスタワー全体に仕掛けておかなかったのか…と思うが、おそらく資金面の問題があるのだろう。

 

 

「なるほど。俺が聞いた噂とも符号します。…‥話が見えてきましたよ」

 

 

思えば、ルーファスは最初からここを話の着地点にするつもりだったのだろう。

ナギトが市内で集めた噂は大別すると2つ。《赤い星座》がクロスベルを狙っている。シャーリィ・オルランドの姿を見かけた。…この2点。

 

そこに、実際にオルキスタワーにシャーリィが現れたとなれば噂の信憑性も増すというもの。

 

 

「フフ……君も察しが良くなってきたね。そう、噂はおそらく真実だ。シャーリィ・オルランドが市内にいるというのも、《赤い星座》がクロスベルを蹂躙しようとしている……というのもね」

 

 

「だったらなんで噂なんか………。いや…………まさか」

 

 

会話の最中、ナギトはひとつの考察に至る。

噂は広まったものではなく───

 

 

 

「そのまさかだろうね。おそらく例の噂は恣意的に流されたものだ……《赤い星座》自身の手によって…ね」

 

 

ならば。ならば───

 

 

「……ルーファス総督。共和国軍に動きは?」

 

 

「多いにあるとも。この噂が流れ始めた時期から国境付近で軍事演習が盛んに行われているよ」

 

 

「先に言えよ……」

 

 

そんなセリフが口をついて出た。最初からルーファスが情報を開示していれば、こんな推理ゲームもどきだってやる必要がなかった。

 

 

「フフフ、君の考える顔がいちいち面白くてね……すまない」

 

 

「はあ………、だったら《赤い星座》の依頼主は共和国ですかね。クロスベル蹂躙の噂で市民の恐怖を煽り……、共和国軍がそれを蹴散らす事でヒーローになってそのまま統治………。穴があり過ぎる作戦ですが」

 

 

「うむ。そもそも《アナザーフォース》と特務支援課、それに我ら総督府……これらの危ういバランスにつけ込んだどさくさ紛れ。それに帝国軍に勝つ事が前提のものだからね」

 

 

共和国としては、この作戦はあくまで捨て石……失敗しても良し、成功すれば儲け物、くらいのものなのだろう。自国民向けに“帝国によるクロスベル支配を認めない”というポーズであるかもしれない。

 

 

「まあ、確かに《アナザーフォース》、《赤い星座》、共和国軍……これらに連動されれば、クロスベルに駐留する帝国軍だけでは捌き切れない……」

 

 

「……かと言って帝国本土から大規模に軍を動かそうものなら、大きな戦争に発展しかねない………ですね?」

 

 

「その通り。共和国のやり方は些か度が過ぎていると言えなくもないが……それをあしらってこそ、帝国の盤石をアピールできると思わないかね?」

 

 

「それも負けちゃ話にならんでしょうに……」

 

 

政治の都合で軍事にまで影響を出さないで欲しい。それで血を流すのは前線で戦う者たちだから。……なんて愚かしい思考をする。政治と軍事は切り離せず、また軍人たちもそれをわかって軍属なのだ。

 

「はー」と息を吐いたナギトに、ルーファスが待っていましたとばかりに微笑みを向けた。

 

 

「そこで君に任務だ、《緋玉の騎兵》」

 

 

本題だ、とでも言い出しそうなルーファスに嫌な予感しかしない。

 

 

「《アナザーフォース》の拠点が見つかってね。君にはそこを潰してもらいたい」

 

 

ほらきた、特大の厄ネタだ。

 

 

「えー、1人でです?」

 

 

「拠点を潰すと言っても、そんな大袈裟なものではない。《アナザーフォース》のスリートップ──ゼロ、アダム、エアの3名。そしてクロウ・ゼネフォードの排除だけで良いんだ」

 

 

よくも簡単に言う。そこらの雑兵を万相手にするよりよっぽど骨が折れる相手だ。

 

 

「はは、そんな難しい顔をしないでくれたまえ。排除とは言ったが、別に暗殺しろというわけではない。彼らをクロスベルから退散させてくれればそれでいい」

 

 

「剣で脅して“立ち退け”とでも?もしくは帝国のミラパワーで解決しますか?」

 

 

「後者は却下だ。やり方は君に任せるよ。1人か2人なら協力者を募ってもいい」

 

 

何とも馬鹿げた任務だと全身を使って表現する。が、どうやったってこの命令は覆らないらしい。

 

 

「彼らの拠点は《太陽の砦》だ」

 

 

一拍の間があり「驚かないのだね?」とルーファスは笑んだ。

何もかも見透かしたように微笑むものだから、やはりルーファスは底が知れないし、人としていやらしい。

 

 

「……カンですよ。あいつらが拠点と偽っていた北西の旧鉱山………太陽の砦は方角的に反対になる。だからなんとなく、そうだろうなと思っただけです」

 

 

「…‥明確な根拠もなく、カンだけで正解を弾き出すとは…レクターくんの薫陶でも受けたのかな? それに旧鉱山と言うと、ロイドくんらが突入したらしいが……どうやら罠だったようでね、旧鉱山が爆破によって崩落してしまった」

 

 

「それなら新聞で見ましたよ。事故として処理しましたね。……市民の精神の平衡を保つためならそれも正しいでしょうが」

 

 

政治と軍事が切り離せないように、メディアもまた政治の重要なファクターだ。帝国統治下のクロスベルに報道の自由なんてものはない。

 

 

「……とりあえず了解です。裁量は俺にあるって事でいいんですね?」

 

 

「ああ、やり方は任せると言った。《赤い星座》が動き始める前に《アナザーフォース》を排除する必要がある。クロスベルの明日は君に委ねられているよ」

 

 

「そりゃまた責任重大だ」

 

 

肩をすくめてナギトはオルキスタワーを後にした。

 

 

 

☆★

 

 

それはナギトが《太陽の砦》に行く前に装備を整えてクロスベル市を回っている時の事だった。行政区で話しかけられる。

 

 

「おにーさん!」

 

 

とん、と肩を叩かれて振り返る。あまりにも自然体で、そうされるまで彼女が彼女であるとさえ気づかなかった。

 

 

「うっげ」

 

 

「可愛い女の子を捕まえてうげ、はないんじゃないかなあ?」

 

 

天真爛漫に、少女のように笑う彼女はシャーリィ・オルランド。《赤い星座》の幹部にして結社《身喰らう蛇》の執行者である少女の形をした怪物だ。

しかも今クロスベルで話題の人物とこんなふうに邂逅したとなれば、ナギトの反応も無理からぬものだった。

 

 

「むしろ捕まった側なんですが」

 

 

「アハハ!細かい事は言いっこなし!久しぶりだねおにーさん、元気にしてた?」

 

 

ナギトはシャーリィと以前に2回ほど会っている。どちらも敵としてだし、2回目の時にはシャーリィに意識はなかった。

敵対関係にある、と言っても過言ではない間柄なのに、こんな親しげに話しかけられては毒気も抜ける。猟兵の在り方を再認識した。

 

 

「肉体面は十全だよ。気苦労は絶えないけどな。そっちももう傷は治ったみたいだな?」

 

 

「まあね、ウチの家系はしぶといのが取り柄だから。……ってか、自分でやったのに聞くなんておにーさんも大概性格悪いね?それとも挑発?」

 

 

「半分な」

 

 

アリオスにも同じ事を言われた。確かに自分で傷つけた相手に、その傷の具合はどうだと心配するのは鬼畜の所業に近しい。純粋な心配も時には関係性に亀裂をもたらす刃となるものだ。

 

 

「今からアイス食べるんだけど、おにーさんも一緒にどうかな?」

 

 

「………御相伴に預かろう」

 

 

いっそ無垢にさえ見える瞳を向けられて、ナギトは少し考えると了解した。

屋台でアイスクリームを買って近くのベンチに腰掛ける。ちゃっかり奢らされてしまった。しかも二段アイスを。そのアイスをご機嫌で舐めているシャーリィを横目にナギトもアイスにかぶりつく。

 

 

「んで、お前さんがいるって事は、例の噂はマジなんか?」

 

 

「そうだねぇ……おにーさんはどう思う?」

 

 

「めんどくさ」

 

 

「ひっどー」とシャーリィはからから笑う。ナギトはルーファスと腹芸をして疲れているのだ。それにこの手の相手にはそれなりの対応というものがある。

 

 

「まあ教えてもいっか。依頼内容にも添えるしね。………そうだよ、《赤い星座》はクロスベルを再び火の海にするつもり」

 

 

抜け抜けと、しかし爛々とした肉食獣らしい目でナギトを射ぬくシャーリィだったが。

 

 

「ほーん」

 

 

まるで興味のなさそうなナギトの対応にがっくしと肩を落とす。

「えー、それだけ?」と悪態にも似たつぶやきに、今度はナギトが戦士のような笑みを浮かべた。

食べ尽くしたアイスクリームの包みを握りつぶして言い放つ。

 

 

「何が来ても蹴散らすだけだ」

 

 

一瞬呆けて、シャーリィは嬉しそうに笑った。まるでどこにでもいるような少女の笑み。しかし戦闘狂を匂わせる狂気と鬼気。

 

 

「アハッ!それでこそおにーさんだ。なんだかシャーリィもわくわくしてきちゃったよ」

 

 

「よかったね」

 

 

しかしシャーリィが望んだナギトの姿は一瞬で、またすぐにボンクラな気の抜けた顔つきに戻った。

 

 

「でもなー、今のままだと勝ち目がないんだよなー。……ねぇおにーさん、どうやったらそこまで強くなれるの?」

 

 

「才能、努力、経験」

 

 

「ちょっと言葉足らず過ぎないかなあ!?シャーリィでももっとわかりやすく言うよ?」

 

 

まるで親戚の兄ちゃんと会話している心地を味わうシャーリィ。本物の親戚の兄ちゃんとはもう、こんな軽々しく会話もできないだろうから───なんて寂寥感を無意識に振り払う。

 

 

「……シャーリィ・オルランド。お前には経験が足りない」

 

 

「これでも小さい頃から戦場を渡り歩いてきた身の上だよ?なんなら《血染めのシャーリィ》なんて渾名もあるんだから!」

 

 

「知ってるよ、その物騒な二つ名は。俺が言ってるのは戦闘経験の話じゃなく、人生経験のことだ」

 

 

シャーリィ・オルランドの経歴はナギトも知っている。情報局のファイルに頼るまでもなく、若くして《赤い星座》の幹部にまで登り詰めたセンスと戦闘技術。それと実際に体感した戦闘狂いの本能。

経験だけで言えば、もうとっくにカンストしているだろう。だから必要なのはその次──言わばレベルキャップを解放する人生経験だ。

 

 

「それってどういう意味?」

 

 

わからないか、あるいは目を逸らしているのか、シャーリィは小首を傾げた。

なんという事だろうか、ナギトは今シャーリィを次のステップに進ませるための教導を行っている。まるで敵に塩を送るが如くに。

 

 

「お前さんは……前の俺と同じだ。馬鹿正直に突き詰めて行けば、いつかそこに辿り着くと思ってるだろ?」

 

 

「それっておにーさんが《剣鬼》って呼ばれてた時の話だよね?」

 

 

さすがに知っているようだ。

 

 

「そう。俺はそうして剣の道に溺れた結果、負けた。……力の差なんてほとんどない相手に、魂の部分で押し負けた」

 

 

思い出すと、今でも苦い思い出だ。《剣帝》レオンハルトとの決闘。剣力は互角だったヤツに、ナギトは押し切られた。

 

 

「……人をつくるのは環境だ。お前さんは今まで《赤い星座》という籠の中で蝶よ花よと育てられた姫君だ。結社に入ったのは英断だったかもな、成長の好機かもしれない」

 

 

「そんな生ぬるい環境じゃなかったけどなぁ……」

 

 

ぼやくシャーリィにナギトは「ふ」と笑う。そこはもうナギトにとって通り過ぎた場所で、まるで過去の自分を見ているようで笑みがこぼれたのだ。

 

シャーリィがいくら狂戦士染みた猟兵で、どれだけ力をつけようとも、殻を破らなければ一流止まり。一線を踏み越えた超越者には敵わない。

 

 

「お前さんは猟兵としての生き方しか知らんだろう?戦う以外に生きる術がないんだろ?そんなんじゃいつまで経っても、その先には行けない」

 

 

「ならどうしろって言うのさ?」

 

 

「簡単だよ」とナギトは続ける。《剣鬼》に似た《血染めのシャーリィ》が殻を破るには、ナギトがそうしたように───

 

 

「───人を愛せ」

 

 

「愛、ねぇ……」

 

 

シャーリィは懐疑的だ。才に恵まれ、それを磨く事に余念もなく、戦場を渡り歩いてきただけで一流の猟兵となった、なれてしまった。なまじ才能があるが故に、順当に躓きもなくここまで至れてしまった。この道を究めればその先に辿り着けると思えてしまった。

 

 

「情に流される愚かしさを愛せ。好きな人との逢瀬にいちいち胸を弾ませる楽しさを愛せ。人並みの幸せを享受しろ。───それでもどうしようもなく戦いが好きな自らの矛盾を愛せ。……獣ではなく人として生きろ」

 

 

ナギトはⅦ組のやつらが大好きで、ラウラを愛していて、そいつらのためなら命を張れる。今のように殺伐とした時世でもなければ平凡に日銭を稼いで、家に帰れば愛する人が待っているなんて未来を夢想したりもする。

そんな平穏を愛しながらも、どうしても剣を捨てられない自分もいて。そういった矛盾と相克の果てに人は成長できるのだとナギトは信じている。

 

成長の仕方は人それぞれだが、ナギトやシャーリィのような人種は、そういうやり方が正道だ。

 

 

「《碧の大樹》でロイドたちに敗れたってんなら、実はもうわかってるんじゃないか?」

 

 

「さすがに情報通だね。……そう、シャーリィは特務支援課に負けた。彼らはあの時、たったひとりの女の子のために必死に抗ってた。確かに、そこには力だけじゃない別の強さが感じられた……」

 

 

《零の御子》キーア───《零の至宝》の器。願いを叶える装置になりかけた彼女を助けるためにロイドら特務支援課はクロスベル独立国を打倒したのだ。

到底不可能と思われた作戦、並み居る猛者どもを打ち倒し、彼らは《零の御子》を普通の女の子に堕としてしまった。

 

並大抵の事ではない。帝国の内戦で顕現した煌魔城と比較しても、どちらが危ういか判断がつかない相手だったろうに、彼らは少ない手勢で成し遂げたのだ。

 

 

「それが人の強さだ。意志力と言い換えてもいい。強い想念が人に限界を越える強さを与えてくれる。そして、そんな意志力を育むのが愛だ。……闘争において最後に力となるのは、戦いの外で得られた人との愛───。戦いに明け暮れるだけじゃ越えられない壁はそこだな」

 

 

 

以上がナギトの持論結論である。

シャーリィは悩ましげに頭を左右に揺らしながら「愛かあ」なんて言っている。

やがてぴょんとベンチから立ち上がると、ナギトを正面から見据えて、

 

 

「じゃあおにーさんがシャーリィの恋人になってよ!」

 

 

そんな事を言い出した。「ダメでーす」とすげなく断られるも、シャーリィは食い下がる。

 

 

「こうして会ったのも何かの縁だしさ、いいじゃん!」

 

 

「お前、俺のこと別に好きでも何でもないだろ」

 

 

「ゼロから育む愛ってのもありなんじゃない?」

 

 

それはありだが。しかしナギトにはラウラがいる。

 

 

「悪いが恋人がいる。浮気なんて許してくれそうもない可愛いやつがな」

 

 

「うえー」とシャーリィは項垂れた。脈ナシである事をようやく悟ってくれたようだった。

そのシャーリィからアイスを食べ終えた後の包みを受け取って、自分のと合わせて近くのゴミ箱に放り投げる。

 

そして、ニヤリと笑って告げた。

 

 

「今から《アナザーフォース》の拠点にカチコミかけるんだけど、一緒に来ない?」

 

 

「なにそれ面白そう!行く!」

 

 

ちょろい。

 

こうしてナギトは第一の同行者をゲットした。

なんならアイスを奢ったのも、アドバイスをしたのだって、このための布石だったのだが、そんなのなくてもシャーリィの食いつきは良かったのかもしれないと思うナギトであった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「うっげ」

 

 

 

それはナギトがしたものと全く同じ反応だった。予想通りの反応に笑いながら手を挙げて挨拶する。

 

 

「よっ、クロウ」

 

 

 

ナギトは通信でクロウを呼び出して待ち合わせをしていた。

《アナザーフォース》──否、クロウ・ゼネフォードと決着をつけるなら、クロウ・アームブラストがいなくては始まらないと思ったからだ。

 

 

「なんでその女がいるんだよ?」

 

 

「たまたま街中で遭遇しまして」

 

 

「たまたま出会いましてー」

 

 

ナギトの言葉にシャーリィが追従する。クロウから見ればすっかり仲良しだ。

 

 

「まさか……その女も一緒に《太陽の砦》に行くってんじゃないだろうな?」

 

 

ナギトは通信ではシャーリィの存在は伏せていた。理由はもちろん面白くなりそうだからだ。

 

 

「そのまさか!頼もしいだろ?」

 

 

「……戦力的にはそうだがな。しっかり手綱握れんのかよ?」

 

 

「はは、クロウさんってば無茶おっしゃる」

 

 

「馬鹿かテメー」

 

 

「そんな暴れ馬じゃないんだから」とシャーリィ。息ぴったりの掛け合いをした後、出発。クロウも智謀に長けた者だし《帝国解放戦線》を率いていた実績もある。シャーリィのような手合いの扱い方も心得ていた。

 

 

クロスベル市から《太陽の砦》までは徒歩で行く事になった。近場までバスも運行しているが、時間が合わずに断念した。

 

 

「銀髪のおにーさんははじめましてだね。シャーリィ・オルランドだよ」

 

 

「クロウ・アームブラストだ。お噂はかねがねって所だな、《血染めのシャーリィ》」

 

 

「こっちこそ話は聞いてるよ、《蒼の騎士》さん。それとも《C》の方が良かったかな?」

 

 

やや、剣呑。

どうやら2人は互いに互いの事を知っていたようだ。どちらも有名人なのだから当然とも言えた。

 

 

「悪かった、どっちも勘弁してくれ」

 

 

先に折れたのはクロウだった。このあたりはさすがに年の差が出る。良くも悪くも大人らしい。

 

 

「アハハ、ごめんごめん。ちょっと不躾だったかな?……ところでクロウは彼女っている?」

 

 

「なんだ突然。今はフリーだが」

 

 

“今は”と言うあたり仄かなプライドを感じる。ナギトの知る限りトールズ時代でもフリーだったはずだ。……確かに《帝国解放戦線》にはスカーレットという美女もいたし、傷の舐め合いみたいな間柄かもしれない。加えてあのヴィータ・クロチルダとの関係も匂わせていた。

案外……というか普通以上にモテててもおかしくない。身長はあるし顔も整ってる。遊び人風な性格を除けば好物件かもしれない。

 

 

「シャーリィとかどうかな。付き合ってみない?」

 

 

「絶対に嫌だ」

 

 

即答。クロウほどの豪傑でもシャーリィの相手は御免らしい。

 

 

「なんでさ!?強い!可愛い!おまけに《赤い星座》の身内になれる!なかなか良い条件が揃ってると思ってるんだけどなあ……」

 

 

「そこをアピールポイントにしてる内には恋愛は無理だな。……まあ確かに顔は悪くねーが」

 

 

クロウの言う通り、自己PRに自分以外のものをアピールするのは御法度だ。

 

 

「フラれちゃった……、おにーさん慰めて!」

 

 

クロウにすげなくされたシャーリィは今度はナギトに抱きついてきた。ナギトはそれをあっさり躱すと顔面を掴んで押し返す。

 

 

「はーい、おさわり禁止でーす」

 

 

「もう、2人とも隙がないなあ……。こんなに可愛い女の子が迫ってるっていうのに……男として枯れてんじゃないの?」

 

 

「自分で言うな、自分で」

 

「もうちょっとグラマーになって出直して来い」

 

 

クロウがツッコミを入れてナギトが受け流す。……受け流すにしても不適格な言い方であり、言われたシャーリィは自分の肩をかき抱いた。

 

 

「サイテー」

 

 

「今のはナギトが悪いな」

 

 

「クソがよ」

 

 

ぼやく。そんな馬鹿みたいなやり取りを交わしながら道を進む。

 

 

「ところでシャーリィ。お前さんはマリアベル・クロイスの人形を取り戻しに来たらしいが……マリアベル本人は来てるのか?」

 

 

「いやあ、お嬢さんは来てないね。シャーリィと違ってお嬢さんは使徒第三柱として結社に迎え入れられたんだけど、《鉄血宰相》に乗っ取られたっていう《幻焔計画》を奪還するのに忙しいらしくて自由に動けないみたいなんだよねー。だからシャーリィがお使いに出されたってわけ」

 

 

ナギトの問いかけにシャーリィは軽々しく答える。それは機密ではないのか。

むしろナギトを真の意味でオズボーン陣営ではないと見透かした上での牽制や情報提供だったりするのだろうか。

 

 

「なるほどな……、そのついでに《赤い星座》の作戦に参加するって寸法だな?」

 

 

「そゆこと〜」と、またしても軽く返答する。クロウの推測はナギトも持っていたものだ。ついでではあるが本分でもあるんだろう。

シャーリィは結社に引き抜かれたものと思われたが、むしろシャーリィ・オルランドというパイプを得た事で《赤い星座》と《身喰らう蛇》の繋がりができたと考えた方が良さそうだった。

 

 

「ところでさ」とシャーリィが話題を変える。

 

 

「おにーさん、シャーリィとクロウ、どっちが強い?」

 

 

どう答えても角が立つだろう、それは。

シャーリィは、おそらく純粋に知りたいのだ。クロウと自身の実力の差を。シャーリィはおそらく見極めかねているのだ。いかに《蒼の騎士》と言えども、クロウもまた擬態に長けた者。その実力を自身を秤にかけてナギトに教えてもらおうとしているのだ。

 

もしここでテキトーな答えを言ったら、シャーリィは機嫌を損ねて帰るかもしれない。それだけならまだマシだ。敵対される可能性すら秘めているのが、このオルランドの姫君だ。

 

 

「……五分五分、かな」

 

 

「逃げたな」

 

「逃げたね」

 

 

クロウとシャーリィはナギトが悩んだ末に出した結論を“逃げ”だと評した。しかし言い訳を話す時間を与えてくれるようで、ナギトはそう思った根拠を述べる。

 

 

「地力じゃクロウが上だろう。総合力でもな。だけどシャーリィには野生のカンやら爆発力があるからな。……だから五分五分だと思う」

 

 

「なるほど」と2人の声が重なる。そんな感心されるほどの根拠ではなかったはずだが、どうやら納得してくれたみたいだ。

 

 

「あー、だけど騎神ありきならクロウが勝つな、100%。……まああの《罠使い》並に環境を整えられるなら話は違うかもしれんが」

 

 

「《罠使い》ってもしかして《西風の旅団》のゼノ?知り合いなんだ」

 

 

《罠使い》ゼノ。大陸西部において《赤い星座》と双璧をなす猟兵団の連隊長だ。当然シャーリィが知っているだろうと思って出した名前だったが、予想以上に食いつきが良かった。

 

 

「面識がある、くらいだけどな。俺よりはクロウの方が仲良いんじゃないか?」

 

 

「馬鹿言え。俺も多少話した事があるくらいだ。……ある話題に触れた途端、《破壊獣》の野郎と併せてお喋りが止まらなくなるから困ったもんだったぜ」

 

 

フィーの話題だろう。ゼノとレオニダス。共に《西風の旅団》を支えるメンバーながら、娘同然のフィーの話になるとノンストップで親バカを発揮していた事をナギトも思い出した。

 

 

「───でも、騎神かぁ。確かテスタ=ロッサっていうのもいるんだっけ?」

 

 

心臓が跳ねた。表情には出さない。同じ名前の得物を振るうシャーリィがそこに言及する事は想定していた。

 

 

「《緋の騎神》だな。呪われた挙句、皇族しか認めない困ったちゃんって話だな」

 

 

嘘は言ってない。わざと誤解を招く後ろめたさすら感じさせないナギトのセリフ。

 

 

「そうなんだ。……ならなんでおにーさんからクロウと同じ匂いがするのかなぁ?」

 

 

クソッタレ。シャーリィはカンだけで何の根拠もなくナギトが騎神の起動者である事を感じ取っている。

 

 

「ちょっと前までクロウと同室だったからな。イカくさいのが移ったんだろ」

 

 

「はっ倒すぞテメー」

 

 

だからバレバレであってもお茶を濁す事にした。

追及されないか内心ドキドキだったナギトだったが杞憂で、

 

 

 

「あ、そろそろ見えてきたね!」

 

 

 

軽々しく、浮ついたような雰囲気で一行は《太陽の砦》の目前まで到着した。

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