「歩哨は2人だな」
物陰に隠れて《アナザーフォース》の拠点の様子を伺う。いかに彼らが《太陽の砦》を本拠地と定めたにしても、その警戒の網は外にまで広がっている。
街道から逸れて《太陽の砦》の敷地内に入ったところで、ナギトらは見回りを行う兵士2名を発見した。
「どうする?やっちゃう?」
ワクワク、と擬音を鳴らしてシャーリィがナギトとクロウに笑みを向けた。
「どうやるか、っつー話だな」
クロウは僅かに悩む。警備を勤める歩哨2人は、ナギトの目から見ても一流の兵士だった。歩き方や視線の向け方、闘気の抑え方まで。一兵卒としては出来過ぎな練度だ。
しかしクロウやシャーリィからすれば瞬殺できる相手。問題はどうやって歩哨2人を騒がせずに鎮圧するかだ。
「任せてちょうだいな」
遠距離から攻撃できるクロウやシャーリィはしかし銃声というおまけ付きだ。
だからここはナギトが出張る。先ほどまでと同じ口調で、しかしながら雰囲気だけは引き締まったナギトの指に闘気が集束する。
「──む」
「誰かいるのか!」
どうやら歩哨はナギトの気の起こりを読んだようで、警戒しながらこちらが身を隠す物陰に近寄って来ている。
しかし、遅い。すでにナギトは装填を終えている。
「ばんばん、っと」
手を銃を模した形に握り、人差し指から圧縮された闘気の弾丸を飛ばす。
二連射されたそれは歩哨にヒットすると炸裂し、その体をぶっ飛ばすと同時に意識を刈り取った。
「ミニチュアの“破空”だな」
「おう、着弾時に闘気を拡散して炸裂させてる」
ナギトの戦技“破空”を知っているクロウは、新しいナギトの技を小規模な破空だと看破した。
「器用なことするねぇ。殺しちゃうのかと思った」
対してシャーリィはこの通りだ。猟兵らしく敵の生存に頓着しないのはこの場では控えてもらいたい。
「事を荒立てたくないからな。できるだけ不殺で」
拠点に攻め込んでいる身でどの口が、な話ではあるが味方の命を奪った敵と味方の命を見逃した敵なら後者の方が好感触を得られるだろう。
「ちなみに今の、拡散させてなかったらどうなってた?」
「脳みそこぼれちゃってたね」
「こえーよ」とあっさり答えたナギトにクロウは冷や汗を流した。不殺も確殺も指先ひとつで自由自在だと宣言しているようなものだ。あの銃を象った手は、真実銃口に等しかったのだと確認する。
「砦の外に50人くらいまとまってるな、訓練中か?……内部にも10人くらいいるか」
「へえ、そういうのわかるんだ?」
「気配感知だよ。さすがに面倒だから数えてないし丼勘定だけどね」
シャーリィの質問にまたも淡々と答えるナギト。いかにも簡単そうに言っているが、そこまでの範囲と精度、短時間での感知は強者であるシャーリィやクロウにも難しい。
「行こうか。さすがに50人を素通りできないだろうし、そこで交渉したい」
「交渉が通じる相手かよ?」
「さあな。俺の予想だとお前がキーマンだぞ、クロウ」
「《アナザーフォース》……なんだかワクワクしちゃうねぇ」
舌なめずりするシャーリィと険しい顔のクロウを連れて《太陽の砦》敷地内に潜入する。
「………歩哨の数が少な過ぎるな」
「泳がされてるかもねー」
《太陽の砦》敷地内は、歩哨の数が少なかった。これでは偽拠点だった旧鉱山の方がましだ。シャーリィが言及した可能性はナギトも考えていた。
すでに《アナザーフォース》はナギトらがここに潜入した事を知っていて、わざと泳がせているのかもしれない。
別の視点で考えてみる。思考をまとめると同時にクロウとシャーリィに語り聞かせて所感を求める。
「この《太陽の砦》は《Ω》の本拠地でもあった。今はそこを《アナザーフォース》が押さえてるわけだが……違和感ないか?」
「確かにな………、前に俺とナギトで来た時はもぬけの殻だった。《Ω》は《太陽の砦》を放棄して、別に拠点を構えた──そう思わせるにしても、単純過ぎる運び方だし、何より───」
およそ2ヶ月前の《Ω》との決戦。あの時ナギトとクロウはクロスベル市に襲い来る機甲兵部隊を撃破すると、そのまま《太陽の砦》に攻め込んだ。しかし内部には人っ子1人おらず、まんまと嵌められたと思ったものだ。
「──あのルーファス総督が見逃すはずがない、か」
クロウの言葉を引き継いだナギト。クロウは頷いているが、シャーリィはわかっていない様子。
「当然この《太陽の砦》は警戒されてただろって話だな。特に《アナザーフォース》は《Ω》の後釜だ。《Ω》が拠点としていたこの《太陽の砦》を再利用するなんて、子供でも考えつく」
「だからこそ、って可能性はないの?」
「正直薄い。……だったら考えられるのは2つかな」
こんな子供騙しの手法に、2ヶ月近く欺かれていた理由。
「調査員がまるっと取り込まれたか、ルーファスの旦那がわざと見逃してたか、だな」
クロウの導いた結論に首肯して「後者だろうな」と付け足す。
「それってありえるの?」
「ありえねーよ、普通はな」
シャーリィのまっとうな疑問にクロウは即答する。続きをナギトに求める姿勢だ。
「……どうにも、このクロスベル総督ルーファス・アルバレアは俺の中のあの人のイメージとマッチしない。なんつーか、鈍いんだよな。後手に回り過ぎというか」
「俺もナギトと同じ意見だ。旦那の実力はあの内戦でも底が見えなかった。……クロスベルの統治くらいでいっぱいになる器じゃねえだろうな」
ナギトとクロウからのルーファスの評価は高い。なんせあの内戦において《鉄血宰相》の総取りを実質段取ったのは彼──《鉄血の子供達》筆頭《翡翠の城将》なのだから。
「……なるほど。つまりこの状況が総督さんが望んだものかも、ってこと?」
ここまでの説明でシャーリィは、ナギトとクロウが言いたい事がわかったようで、それを口にした。
この状況はルーファスがお膳立てしたものである。言葉にしてしまえば、なんて馬鹿らしい結論だろうか。
「確信もねえ、確証もねえ、与太の類いだよこれは。だけどまあ、俺たちは────」
やる事をやるだけ。そう言おうとして突然浮遊感を味わった。落とし穴。足場がきれいさっぱり消え去って掘られた穴に落下していく。
咄嗟に対応しようとしたが、すぐに考えを改めて止める。落とし穴の底まで3人で仲良く落下した。
「ってて……、あー、ビックリした!」
「全員無事だな……って確認する面子でもねえか」
落ちてから初めて落とし穴があったのだとわかった。巧妙過ぎる隠し方だった。これも《アナザーフォース》製なのだろう。ここを拠点としていたからには仕掛ける時間も充分にあったということだ。
「やられたな。出るぞ」
ナギトの言葉に従ってクロウとシャーリィは一足飛びに5アージュはあろうかという落とし穴を飛び越えて、元いた道に舞い戻る。
「おっと、こりゃあ………」
「部隊の展開が早いね。さすがは最初の猟兵団だ」
するとそこには50人ばかりの《アナザーフォース》の兵士たちが陣形を組んでナギトたちを取り囲んでいた。
「よく来たな、ナギト・カーファイ、クロウ・アームブラスト。そして何故いる…シャーリィ・オルランド……!」
「アハハ〜、ちょっとナンパされちゃってさー」
近場に組んであった櫓の上からこちらを見下ろすのは《アナザーフォース》のNo.2《仮面の指揮者》エアだ。その異名の通りとはならず、眉目秀麗な優男の面が晒されている。
「あいつは…エアだな。《アナザーフォース》のNo.2だ」
クロウの情報に「わかってる」と返してエアを見上げた。
「よおエア!大した練度だな国境なき軍隊は。この人数は砦前で訓練してた数だな?どうして俺たちが来るってわかった?」
おそらくエア──《アナザーフォース》はナギトらがここに来る事をあらかじめ知っていた。だから気配感知ができるナギトを欺くために砦前で訓練していると見せかけた伏兵を置くことができたのだ。
「簡単だよ。我々の同志はクロスベル市内にも潜入している。その密偵から情報が上がってきただけだ。……まさか本当に《血塗れのシャーリィ》まで連れてくるとはな…いったいどんな縁だ?」
「たまたま会った!」
「そんなたまたまがあってたまるか!」
情報の礼に、と正直に答えたナギトにエアは激憤している。どうやらなかなか愉快な人物のようだ。
「……さて、戯れはここまでだ客人たちよ。用件を聞こうか?」
そんなエアも一瞬後には平静を取り戻し、冷徹な瞳をナギトらに向けてくる。馴れ合ったかと思えばすぐにこれだ。やはり猟兵の生き方とはわかりやすい。
「因縁に決着をつけにきた。道を空けてくれれば互いの目的を果たせると思うが?」
ナギトの言葉にエアはクロウに視線を移す。その反応だけでビンゴだとわかる。あとは素直に道を空けてくれれば万々歳だったわけだが、そうは問屋が降ろさない。
「ふむ、こちらとしてもそれは望むところだ………が、少々時期が悪いな。出直してもらえないか?」
交渉決裂だ。ナギトもエアも交渉の姿勢ではあったが、周囲の兵士たちの銃口は変わらず向けられたまま。すでに彼らは引き金に指をかけている段階だった。
「残念だよ。……そのまま動くな」
言ったエアの右眼が妖しく輝く。届いた言葉は麻薬のように───
───ガツン、と精神に負荷がかかる感覚。
「これは───っ!」
ナギトにはこれと似たものに覚えがあった。トールズ時代にエマに暗示をかけられた時だ。ヴィータ・クロチルダによると、ナギトは“特異点”ゆえにそういった異能に耐性があるらしい。
おそらく今、エアから発された命令そういった異能だ。ナギトは自身の特性によりレジストできたが───
「クロウ!シャーリィ!」
クロウとシャーリィの2人には異能が通じたようで、その“動くな”という命令の通り、微動だにしていなかった。うつろな瞳は意識を有しているようには見えない。
「おらおらぁ!」
その2人にビンタをかますナギト。こういった洗脳は外からの衝撃に弱いのが定番だが。
「ハッ……、これが噂に聞く……眉唾だと思ってたが………」
「うーん、相変わらずチートだなぁ。ちょっと油断してたかも」
2人は正気を取り戻した。どうやら2人ともエアの異能について知っている口振りだが、それなら最初から情報共有してほしいものだ。
「ほう、俺の異能をレジストしたか。初見でこれとは……さすがは八葉一刀流二代目だ、恐れ入る」
自身の異能が効かなかったというのに、エアは余裕を崩さない。
だが、その余裕が油断慢心に通ずるものだという事は、普段から慢心しまくっているナギトには良くわかっていた。
「クロウ」
ちら、と横目でクロウを見やる。「ああ」と短い返事。どうやら同じ気持ちを抱いているようだ。
頷きあって─────疾駆。風の如く兵士たちの間をすり抜けていく。
「わりぃ!あと頼んだぜシャーリィ!」
「またアイス奢るわー」
シャーリィを残して。
ポカンとしてのは取り残されたシャーリィだけではない。エアや兵士たちもそうだった。いち早く正気を取り戻した兵士もいたが、下手に発砲すれば味方に当たる。そんな迷いが生じた一瞬でナギトとクロウの2人は囲いを突破して次の区画に進んでいた。
「………取り逃がしたか。さすがに読めなかったな。まあいい、先にはアダムもいる」
エアはやれやれと嘆息して、今度は取り残されたシャーリィを見下ろす。
「で、どうするシャーリィ・オルランド。いま帰れば見逃してやるが」
「冗談きついなエアってば。もちろんやるに決まってんじゃん!」
狂気を覗かせる赤髪の女ひとりに対し、《仮面の指揮者》は一切の油断なく兵士全員で仕掛けるように指示を出すのだった。
☆★
道を進んだ先には遺跡と開けた場所があり、その奥には《太陽の砦》が控えている。
───そんな記憶を嘲笑うかのように、広場は砦化が進んでいた。大小様々なバリケードがランダムに設置され、かつて開けていた視界は確保されない。
バリケードの先に気配でアダムがいる事がわかった。ナギトとクロウは用心しながらバリケードエリアを抜けて《太陽の砦》の目前まで迫った。
「……来たな《刀神》。それにクロウ・アームブラスト」
「やあ《鏡の銃士》殿。悪いがエアは抜けさせてもらった」
《鏡の銃士》アダム───エアと並ぶ《アナザーフォース》の二番手。あちらは副司令、アダムは実戦部隊のリーダーという立ち位置だった。
「シャーリィ・オルランドか、あの狂戦士め。……まさか同行するとはな。斥候からの情報には耳を疑っていたが、どうやら真実のようだな」
《アナザーフォース》側の算段では、おそらく落とし穴と伏兵、エアの異能で足止めか撤退までさせるつもりだったのだろう。しかし、それもあえなくあっけなく、突如参戦したシャーリィによってご破産してしまった。正確にはシャーリィを置き去りにしたナギトとクロウの選択によって、だが。
「ゼロはどこだ?」
ゼロ───傭兵組織《アナザーフォース》の最高指令官。団員からはボスと呼ばれるカリスマの男。その姿が見えなかった。
「教える義理はない」
アダムの返答に内心でまったくその通りだと思いつつ、思考を巡らせる。ゼロは元々は帝国の情報局の人間で、特殊部隊の父とも呼ばれた人物だ。その情報と、ナギトが実際に会って得た感触を合わせると、彼はおそらく当代きっての暗殺者である事がわかる。
ナギトが知る最高峰のアサシン───シャロンやヨシュアに勝るとも劣らない実力だろう。加えて猟兵団の団長らしく正面戦闘力も並ではない。こちらも結社の武闘派執行者に劣らないだろう。
「……クロウ、先に行け」
ナギトが出した結論はクロウを先行させる事だった。
ゼロがどこにいるかわからない以上、2人でアダムと対峙している最中に暗殺されでもしたら最悪だ。もちろんゼロが《太陽の砦》内部にいる可能性もあるが、それならアダムを撃破したナギトが後詰めになれる。
それになにより、ゼロはおそらく─────
「………いいんだな?」
短い言葉からナギトの思考を読み取ったクロウは確認する。
「ああ。クロウ・ゼネフォードとの因縁───、それに決着をつけていいのはお前だけだ」
「だから行け」と顎をしゃくる。
「……死ぬなよ!」
クロウは逡巡を振り払うと、ナギトにそう告げて駆け出して行った。
アダムの妨害もなく《太陽の砦》内部にその背中が消えていくのを見守る。
「あっさりクロウを行かせたな?…ってことはこの場にゼロはいないと見た」
「さあな。俺とボスの2人がかりでお前1人を倒して、アームブラストは後からゆっくり追うつもりかもしれんぞ?」
近くにゼロが潜んでいるならば、アダムと挟撃すればいい。アダムの言う通りの可能性もある。
しかし、エアの言葉を信じるなら。
「エアは“今は機ではない”と言っていた。これってつまり、ゼネフォードはまだクロウと相対する準備が整ってないってことじゃないか?…だとしたら、ここでクロウを通したのはクライアントの意向に反する事になる」
《アナザーフォース》のクライアント……すなわちゼネフォード。その目的はクロウとの対峙にあると見ていい。
ナギトの推測ではこの場にゼロはいない。
「……希望的観測だな」
しかしそれは唾棄すべき甘えた考え方だ。ナギトは口の中だけで呟いて、戦闘の構えをとった。
────瞬間6発。
重なった銃声に瞠目しつつも、ナギトは回避行動をとっていた。意識の隙間を縫うようなアダムの早撃ち。
蜂の巣になることを拒否したナギトは跳躍。宙返りしながらバリケードの裏に身を隠した。
このバリケードは石材や木材などを適当に積み上げて作られたものだ。それが乱雑にいくつも配置されて広場を占拠している。これはナギトにとって有利に働くかと思われた。
「神威──」
“神威残月”──神速の居合。抜刀と共に斬撃を走らせるそれによってバリケードごとアダムを攻撃しようとした。
“幻造”によって生み出された太刀。鞘まで再現されたそれの柄に手をかけた時だった。
発砲音。弾丸に闘気は込められていない。ナギトの気配感知はずば抜けていて、瞬間的にどの程度の力が武器や戦技に込められているかわかる。
それによってアダムが撃った弾丸には闘気が込められていない事を察知し、そのまま“神威残月”を放とうとした。
────違う。直感がアラートを鳴らした。
直後、チュインという不可思議な音と共にナギトの足元に銃弾が突き刺さる。回避していなければ足がやられていた角度だ。
「跳弾か?……いや」
仮にアダムが跳弾を操れる凄腕だったとしても、今の銃撃は跳弾ではありえない角度だった。
そうして悟る。このバリケードはアダムの銃撃を遮る福音ではなく、ナギトの行動を縛る鎖に等しいものであったと。
☆★
厄介。厄介。ひたすらに厄介だ。
アダムと5分ばかり戦闘を継続して、ナギトはそういった感想を抱いていた。
《鏡の銃士》──アダムの異名だ。それがどういったものかをナギトは理解した。
異能だ。
アダムはクレア・リーヴェルトが扱うミラーデバイスのような“鏡”を自在に出したり消したりする事ができる。しかもこの“鏡”は銃弾を反射させるだけではなく、鏡面から鏡面に移動させる事ができる。
言ってしまえばアダムが鏡面Aに銃弾を吸い込ませて、鏡面Bから放つ事ができるようなものだ。
エアの洗脳染みた異能といい、《アナザーフォース》は異能集団なのかと愚痴りたくなる。
しかしそれだけではナギトの敵足り得ず、ナギトが今現在苦しめられているのはアダムの技量によるものだった。
アダムは二丁のリボルバーを使いこなす。おそらくは闘気を込めた威力重視用と、闘気を込めないステルス用。アダムはこれらを使いわけ、異能も駆使して、ナギトの気の起こりを読んで動きを妨害していた。
ナギトがアクションを起こそうとすればステルス用で足止めし、闘気で攻防力を高めようとすれば威力重視用で妨害する。
ほんの一瞬の闘気の高まりを読んで、その動きを抑えているのだ、見事な技量という他ない。
しかし、そういった賞賛とは裏腹にナギトには鬱憤が貯まる。
まともに戦わせてくれない。そりゃあ、正面からぶつかれば勝つのはナギトだ。それにしても、ここまで完封されているとなると面白くない。
「はあ……うわっちゃ!」
ため息をついたのがバレたのか、ナギトの頬を銃弾が掠めていく。闘気が込められていない銃弾。普段通りに闘気の防護ができれば、あんなものは避ける価値もない砂つぶと同じだ。しかし闘気を練らせてくれない今なら普通の銃弾でも致命に至る。
アダムのもうひとつの異名を思い出す。《武闘家殺し》。《鏡の銃士》と比較して雅さに欠けるが、今のナギトの状況を考えると、なるほどと思わせる異名だった。
闘気を込める、込めない銃弾の使い分け。鏡による死角からの銃撃。それに加えて、潜んでいるかもしれないゼロへの警戒。
これらによってナギトはこれまで味わった事のない緊張感の中にいた。
本当はさっさとアダムを倒してクロウを追うつもりだった。それくらいの力量差があるとわかっていた。実際、正面から戦えば負ける可能性は無に等しいだろう。それでも、初手でこの状況に追い込まれた。戦前の会話もナギトに“ゼロがいるかも”という疑念を抱かせるためのものだったのだろう。いやらしいほどに無駄がない戦巧者だ。
「ゴリ押しすっかあ」
それができないから困っているというのに、ナギトには起死回生の策があった。
それは魔女の末裔から授かった手法。詠唱と共に自身の肉体を自動で働かせるシステム。
「閉ざせ、緋浴の檻」
ナギトの全身から緋色の闘気が溢れ出す。もちろん、それを見逃すアダムではない。刹那の内に鏡を通して銃撃を叩き込む。
「拓け、緋天の庭」
しかしそれはナギトに避けられてしまう。これまでではありえない回避。闘気を練るのにわずかでも意識を逸らせば、アダムの銃弾は必中する。そのはずだった。
「空は緋く、地は緋く、人は緋く。此処に赫灼の陣を敷く」
しかしそうはならない。理由はシンプル。ナギトはアダムから注意を逸らしていないからだ。
この詠唱は今や無意識に唱えられる。鼻唄まじりにやっていた甲斐があるものだ。
「百里一閃、天を見下ろし、」
縦横無尽に迫る銃弾。今やそのすべてが虫に刺されるようなもの。防御用にした闘気防護ではないとは言え、莫大な闘気は身に纏うだけで人智を超えた人体機能の拡張ができる。
「千里一走、地を見上げ、」
眼前に鏡が出現する。もはや光を反射するそれではなく空間を繋ぐ窓となった鏡の向こうにはリボルバーを構えるアダムの姿。
「万里一空、人よ在れ」
銃弾が放たれる刹那。ナギトは目の前の鏡を握り潰した。それによってアダムの異能はキャンセルされ、もはやナギトを止める手立てはなくなった。
「我が足元に裏返れ」
しかも今回の詠唱は、前回アダムに見せた略式とは違い完全詠唱。無意識に働きかける言霊はなおさらにナギトのポテンシャルを引き出していた。
「───周天・緋浴連理の陣」
溢れ出していた闘気がナギトの周囲で固まる。ドームの形状に展開されたそれはまさしく結界。ナギトだけの領域となる。
「さて…………」
これであとはアダムに突撃するだけで勝負は決するだろう。
「いや、念には念を…だな」
しかし嫌な予感がして仕込みをひとつ。
仕込みを終えるとナギトはアダムに向かって駆け出した。ナギトの周囲3アージュに展開された“周天・緋浴連理の陣”に組み込まれたプログラムはたったひとつだけ。結界内に入ったものに斬撃を浴びせ続けるというもの。その命令によって、進むナギトを阻むはずのバリケードは粉微塵になって消えていく。
アダムの銃弾もまたナギトの突進を止めようとするも、そのすべてが結界内に侵入すると同時に無数の斬撃を浴びせられて、ナギトに到達する前に意味を失う。
バン、バン、バン、バンとタイミングを分けて、鏡で跳弾させ、あるいは鏡を窓として使い、銃撃を叩き込もうとするが、そのすべてが斬り刻まれて届かない。鏡を結界の内に顕現させても同じだ。窓としての役割を果たす前に斬撃によって粉微塵になるまで斬り刻まれる。
バリケードエリアを抜ける。これでもうナギトとアダムを阻むものはない。
「チィ……!」
それでも諦めずにリボルバーに闘気を込めて引き金を絞るアダム。無意味だ。アダムの火力では“周天・緋浴連理の陣”を突破してナギトに銃弾を届けることはできない。
「破りてぇんならマクバーンでも連れてこいってんだ!」
挑発的に笑みながら距離を詰める。2人の距離はもう20アージュもない。ナギトであれば一足で詰められる距離だ。
だがそれでもアダムは銃口を下げない。その目には諦観はなく、むしろ勝利の確信に満ちていた。
「───ミラー・バレット」
そして、撃ち放たれる銃弾。
それはこれまでの銃撃となんら変わらぬモーションで放たれて。闘気によって強化された弾速、威力。そのすべてが取るに足らないはずのもので。防ぐ必要も避ける必要もなく緋色の結界に刻まれて消えるだけのはずのもので。
「───ぐぅッ!?」
だからこそ刺さる、鏡の銃弾。
──“ミラー・バレット”……アダムの奥の手。《鏡の銃士》の本骨頂。
異能を凝縮して製作した鏡の弾丸は、あらゆる事象を反射する。それは斬撃であれ闘気であれ。硬い防御も強い攻撃も、そのまま跳ね返す。
それだけに、強度の高いナギトの“周天・緋浴連理の陣”には効果抜群だった。身に纏う闘気が濃密であればあるほど“ミラー・バレット”が反射する力も大きくなる。
「強大過ぎる闘気が仇になったな……《刀神》ナギト」
勝負は決した。アダムは銃口から立ち上る硝煙を吐き消す。同時に自身の闘気と“ミラー・バレット”に貫かれたナギトの姿も爆散した。
「───なに?」
違和感なんて、そんなものじゃない。もっと直接的なアラートが全身に駆け巡る。
拡散した“周天・緋浴連理の陣”の莫大な闘気。そして爆散したナギトの肉体────それが緋く霧散する前に。
───閃く刃。
闘気の靄から突進してきたナギト。その姿からは先のダメージは感じられない。傷もない。埒外の事態に、しかし《アナザーフォース》の実戦部隊のリーダーは反応してみせる。
瞬時に照準を合わせると引き金を絞る。
「おせぇよ!」
異能を使う間もない肉薄。放たれた銃弾はまっすぐにしか飛ばない。避けるのは容易だった。
一刀。アダムのリボルバーを斬り払い。
一閃。ホルスターに残るリボルバーも残骸と化す。
一蹴。続く勢いでアダムを蹴り飛ばす。
「はい俺の勝ち〜」
ナギトに蹴られて吹き飛んだアダムが立ち上がる前に、その眼前に刃を突きつける。アダムは一瞬目を見開いたが、次の瞬間には諦めたように肩を落とした。
「……負けは認めよう。だが、どんなトリックを使ったのか教えてくれないか?」
戦闘終了に、ナギトもひとつ息を吐いて緊張感をほぐした。
「分け身だよ」
「分身か?馬鹿な、俺が見逃すはずが……」
「“周天・緋浴連理の陣”──あの緋色の結界の中でやった。あれは闘気の塊だ、いくら気の起こりを読めるあんたでもわからないと思ってな」
アダムもまた気配の感知に長けた者だ。そのおかげでナギトも思わぬ形で苦戦を強いられた。だが“周天・緋浴連理の陣”は闘気の結界。濃密なそれの内部にそれより気配が薄いものが現れたとしても感知は困難だ。
「あの結界内で分け身を生み出して入れ替わった。んで俺は気配を殺して潜んでたってわけ。分け身が失敗した時の保険のためにね」
「……ここまで読んだのか」
「万が一の保険…くらいのニュアンスさ。あんたの力量じゃ結界は破れない……そう思わせる事が、そもそも俺を討つための布石じゃないか…とね。それに《武闘家殺し》……その異名に嫌な感じがしたのもある」
「……ふう、そこまでされては負けるのもしょうがないな。まったく、格上の癖にあまり油断しないんだな?」
「情報と違うって?俺もやべーやつ相手ならいくらでも本気出すよ」
いっそ軽薄にすら思えるやり取り。軽く笑ったあとナギトは“幻造”の太刀を消す。アダムは立ち上がった。
「悪いボス。負けてしまった」
そして、砦前に集まってきていた《アナザーフォース》の面々に声をかけたのだった。
☆★
「いやあ構わんさ。良く健闘した。……まあ、そちらさんも手を抜いてくれてたみたいだがな?」
《太陽の砦》前の広場。そこにはすでに《アナザーフォース》の団員が揃っていた。ゼロ、エア、それに精兵ら。いくらから負傷していたが、それでも死傷者はいない。シャーリィがナギトの言った“不殺”に気を使ってくれたのかもしれない。
「過大評価どうも。…シャーリィはどうした?」
だからというわけでもないが、その安否を気にする質問をした。
「あの小娘には退いてもらった。おにーさんによろしく、とさ」
よろしく、ってなんだ。怖い。
とりあえず無事だとわかって肩の力が抜けた。
しかしシャーリィを小娘扱いとは、ゼロはやはり大物だ。
「そうか。……それで、どうする?」
そんな大物と、彼が率いる《アナザーフォース》の精兵たち。ナギトの問いは今からドンパチするか、というものであった。
ナギトからすれば、それこそ本気全力でかからなければ命が危うい。《アナザーフォース》からすれば、アダムは未だナギトの射程距離──すぐにでも首を刎ねられる人質であり、総員でかかったとしても倒し切れるかわからない相手。
静かに緊張感が高まり、それぞれの得物に手をかける───
「別にお前さんとやり合う気はない。こちらの目的はすでにほぼ達成されている」
数瞬、思考。
「あー、くっそ。そうか……エアの発言からして…」
「嘘だ」
と、エアはナギトの出した答えを肯定する。
先程のエアの発言“今は機ではない”というのは嘘だったのだ。ナギトとクロウの行動と思考を制限するための。
「ははっ、まんまとしてやられたみたいだな《刀神》?」
「ちょーっと巧妙過ぎません?そちらの副官2人」
笑うゼロにナギトも苦笑する。空気が弛緩する。
ゼロの言う通り、してやられた。
が、それはナギトにしても都合が良い。ナギトが決戦と定めた今日この日、ゼネフォードの準備が整っているのなら《アナザーフォース》はナギトやクロウを阻まなくて良い。ゼロたちと戦わないのなら、切り札は温存できる。
「……一応聞きますが、俺がゼネフォードのところに行こうとしたら」
「それなら…悪いが足止めさせてもらう。ゼネフォードの目的はクロウ・アームブラストとの対決だからな」
やはり、そうなる。ゼネフォードから《アナザーフォース》への依頼はおそらく、クロウとの決戦とそれを全うするための準備補助、並びに邪魔の排除……といったところだろう。
「なら大人しく待ちますかね」
クロウとゼネフォードの対決。もしナギトが追いついたとしてもクロウは一対一を望むだろう。それがわかっているのなら、わざわざ《アナザーフォース》と敵対してまでクロウを追いかける必要はない。
「あと質問」とナギトはアダムを《アナザーフォース》の連中に返しつつ言った。
「この件が終わったら、あなた方《アナザーフォース》はクロスベルから手を引くって事でいいんですね?」
「ああ、それは保証しよう。もともと我らの戦略的要地としてクロスベルは勘定されていない」
答えたのはエアだった。亡国の最高司令官だったと噂の食わせ者。
些か気になる物言いだったが、ナギトの問いの回答としては満足できた。
「さて……じゃあ時間もできた事だし。あの時の答えを出そうかな」
言い出したナギト。そのセリフはかつてゼロに問われた事象への回答。
「そうか……特務支援課の連中から、答えは出したとだけ聞いていた。披露してもらおうか、ナギト・ウィル・カーファイ」
☆★
そうしてナギトは答えた。
──“「お前さん、クロスベルをどう思う?」”
いつかゼロに問われたもの。
ナギトの出そうとした答えは、今は消えたプレイヤーの集合意識によるものだった。しかしそれを否定され、ナギトは己自身としてクロスベルを見つめ直した。
そうして出した、新しい結論。それをナギトは語りきかせた。
「────そうか。それがお前さんが出した答えなら、俺から言う事は何もない」
ナギトの言葉をゼロは厳かに受け止めた。決して彼の思想に、あるいはロイドらにおもねった回答ではない。ただそれだけで、ゼロは質問した甲斐があると思っていた。
「……ついでだ、ナギト。ひとつ伝言を頼まれてくれないか?」
ゼロは厚かましくもそんな事を言い出す。あくまで敵同士ではある間柄で、だからナギトは「はあ」と受け取った。
「──俺にはお前がわからない。お前がどうしてそうなったのか、お前が話さなかったからだ。……だがある程度の推測はできる。馬鹿な男とは言うまいよ。大したやつだ。………だがな、それでもお前がその道を征くと云うのなら、俺は俺たちの誓いに則ってお前を止める。そのための足場も用意した。首を洗って待っていろ」
─────それは、きっと。友情の涯てのひとつの形だった。
「───ジョンがそう言っていたと、ギリアスの馬鹿に伝えてくれ」
「──わかりました」
その言葉を預かる。
「それはそれとして───、なに今の!?めっちゃ気になるワードがぽんぽん出てきたんですけど!」
ゼロが元々、帝国情報局のひとりであった事は知っている。あらゆる任務を遂行して特殊部隊の父とさえ呼ばれた事も。
しかしあのギリアス・オズボーンと知己であるとは思わなかった。
オズボーンは宰相になる以前、帝国軍に所属していたという。軍のオズボーンと情報局のゼロとでいったいどんな接点があるのか。しかもゼロの言い草からして、かなり親しそうにも見えた。
「それにジョンって……」
「ああ、俺の本名だ。ジョン・ディーシー。《
その話もルーファスから聞いている。痕跡を残さないから《虚無》と呼ばれたと。
困惑を隠せないナギトにゼロは笑みを含みながら続けた。
「俺とギリアスは士官学院の同期でな。お前さんも通っていたトールズだ。卒業後は道を違えたが……俺は情報局員として、あいつは軍人として………それぞれ帝国を表と裏から支えていくと誓い合った」
「なんとまあ……」
考えて見れば歳の頃は同じだ。しかもトールズ出身とは、奇妙な縁もあるものだ。
「だがやつは十余年前の百日戦役の折に宰相となり辣腕を振るい始めた。……しばらくは帝国内で足掻かせてもらったが、それだけではやつに届かないとおもってな。俺を慕ってくれていたアダムなんかと一緒に国を抜けたってわけだ。それから少ししてエアとその軍隊を吸収してギリアスの手の届かない大陸東部に渡った……」
「そこから先はご存知の通り、《アナザーフォース》──もはや残骸だった国境なき軍隊を再生させて今に至るというわけだ」
ゼロ──ジョンの言葉を引き継いだアダムが続ける。
「腐っても猟兵のはしり……《アナザーフォース》の名前は戦力を集めるのにちょうどよかった」
さらにエアが追加で補足する。とりあえずこれで、どうしてジョンが《アナザーフォース》を率いているのかはわかった。そして、その目的地も。
「東部から出てきたって事は《鉄血宰相》を打倒する戦力が整ったってわけですか?」
「いや───、しかし今から動かねばあいつが度々言葉にする“激動の時代”とやらに呑み込まれると思ってな、はるばる出てきたところをゼネフォードに雇われた」
激動の時代───《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンが放つ言葉。それは具体的に何を言っているのかわからない。それは《アナザーフォース》の面々も同じようだったが、それに対抗するために大陸西部を訪れたようだった。
「エアが囚われた件もあってな、《Ω》の助力を得る代わりにこちらは戦力を提供し、激動の時代に対する足場を築こうと思っていたのだが───、どうにもオズボーンはこちらを警戒しているようでな、ルーファス総督に命じてこちらを邪魔してきている」
アダムの言葉にエアが少し渋い顔になった。囚われの身になった事は計算高い彼にとっても想定外で屈辱なのだろう。
大陸東部から大陸西部に渡ってきた《アナザーフォース》の動きを捉えるのは至難の業のはずだ。しかしそれでもオズボーンはやってみせた。おそらく最初のエアの捕縛もその警戒があったからこそだろう。ルーファスと特務支援課が秘密裏に協力したらしいが、《アナザーフォース》はそれだけ重要視されているという事だろう。
それからもしばらく話して情報交換などを行う。ナギトが《鉄血の子供達》である事は把握しているジョンたちは、しかしその本当の目的を見抜いてほとんど一方的に情報を与えた。ナギトとしても立場的に漏らしてはならない機密以外は語った。
「ああそれと」
会話の終わりにジョンが紙切れを差し出した。受け取ってみると、そこには番号が書かれている。
「俺のARCUSの番号だ。必要になったら連絡してくれ。……お前さんのもこちらで把握してる」
「抜け目ない事で」とナギトは嘆息した。ジョンは特殊部隊の父と呼ばれる手腕ですでにナギトの連絡先を入手していた。別に表向きの立場から秘密にしているわけではないが、それでもさすがである。
そうしてナギトとジョンたちは“激動の時代”に対する同盟のようなものを結んだ。
────と、そんな時だった。
《太陽の砦》の天蓋をぶち破って二騎の蒼い影が空に舞い上がったのは。
それは《蒼の騎神》オルディーネと、そのレプリカ。
二騎は空を翔けてそれぞれの双刃剣をぶつけ合っている。
「どうやらあちらも佳境のようだ」
ジョンはそう言って葉巻に火をつけるのであった。