八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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クロウ

 

 

《太陽の砦》内部に入る。

 

ナギトを置いてきてしまったが、大丈夫だろう。相手は《鏡の銃士》と言えど、ナギトは事戦闘力においては最も信用できる男だ。

 

 

むしろ心配される側なのは自分だ。

敵の拠点に単独で挑むなど、愚の骨頂。

 

 

──それでも、往かなければならない。過去に置いてきた因縁に終止符を打つために。

送り出してくれたナギトの信頼に応えるためにも。

 

 

 

 

 

予想に反して、砦内部にクロウの道を阻むものはなかった。棲みついていた魔獣も余さず《アナザーフォース》の連中が駆除し、その《アナザーフォース》の団員たちも出払っている。

 

《アナザーフォース》──国境なき軍隊とも呼ばれる彼らの本隊は未だ大陸西部にいる。クロスベルを訪れているのは精兵とされる者たちで副司令エアや実戦部隊リーダーのアダムの直属の部下だ。

そんな面子はシャーリィに押し付ける事になったが、こちらもおそらく大丈夫だ。ナギトの評価を聞く限りどうなっても逃げ延びる事くらいはできるだろう。

 

 

 

そんな事を考える余裕があった。

《太陽の砦》──クロスベルに3つある遺跡でも最大級を誇る歴史ある場所だ。近年では教団事件や、独立国騒ぎの時にひとつの神秘起点になったそうな。

 

 

 

灯火に照らされた薄暗い回廊が続く。まるで迷宮のようだ、とクロウは思った。響く足音を先駆けにして、自らの息遣いや鼓動すら感じられるような。自己に埋没し、過去に向かって歩いているような。そんな馬鹿な考えが浮かぶ。

 

──いや、これは過去への道行きに等しい。捨て去ったはずの過去。禊を終えぬ身で今を生きる罪。それらが鎖となってクロウを過去に引き寄せている。

 

 

 

「……ったく、いやらしい事をしやがるもんだ」

 

 

そんな思考もきっと、ゼネフォードの狙い通りなのだろう。わざと障害を配置しなかったのも、クロウにこうして考える時間を与えるためだ。

 

 

 

「しかし………」

 

 

《太陽の砦》に入る前の事を思い出す。ナギトは砦の内部にも10人ほどいるとは言っていなかったか。

クロウは立ち止まり周辺の気配を探ってみるも、そのような人数はどうしても察知できない。人っ子1人どころか魔獣の一匹すらいない。

 

しかしこれはナギトの不手際ではなく、むしろクロウがここからでも探れない深部にいる者たちを、ナギトは《太陽の砦》敷地外から探り当てたという事だ。

 

そう考えると、やはりナギトという男は化け物じみている。かつて《剣鬼》と呼ばれていた頃のナギトも恐ろしく強かったが、騎神も使って何とか勝てた。

その後、トールズ時間学院に入学した姿を見た時は心臓が止まるかと思ったものだ。いかに記憶を失っていたとは言え、いかに剣技を失っていたとは言え、過去に《帝国解放戦線》幹部たちを追い詰めた猛者。警戒するのも致し方なしというもの。

それが何の因果か同室になって、そのふざけた本性を知った。

ナギトのふざけた性根は内戦においても不撓で、馬鹿みたいな計画を実行して、煌魔城では皇太子セドリックと協力して紅蓮の魔王討伐のアシストをしてくれた。

 

今でもたまに見る夢。自分が煌魔城で紅蓮の魔王に心臓を貫かれて死んでしまう幻視。そこにはナギトの姿はなかった。おそらくそれがこの世界の分岐だ。

ナギトの存在──《身喰らう蛇》曰く“特異点”……その有無でクロウの生死が決まった。

おそらくこの世界とは別の本来の歴史があり、ナギトはそれを変えるために生まれた存在なのだ。……と、クロウは考えている。まったく馬鹿げた話だが、それなら自分とナギトの奇妙な縁にも納得できる。

だからこの命はナギトがくれたものだとクロウは信じていた。

 

 

だからというわけでもないが、ナギトが望む正道で、オズボーンを正面から打ち倒す。それが今のクロウの目標だ。何より正面から勝った方が気持ちが良いのも確か。

 

そう決めたのだ。ゆえに──────

 

 

 

「───止めるぜ、クロウ」

 

 

 

同じ名前の男の名を呼ぶ。その胸に抱く悔恨を捩じ伏せる気概と共に。

 

 

 

☆★

 

 

クロウ・ゼネフォード

エレボニア帝国出身の男。未だ歳若き少年。《鉄血宰相》の政策により故郷と身寄りを失ったところをスカウトされる形で《帝国解放戦線》に入る。

スカウトと言っても能力を見込まれたわけではなく、ギリアス・オズボーンへの復讐心を持つ者は誰彼かまわず誘い、規模を拡大していたのが当時の《帝国解放戦線》だった。

 

平和に暮らしていたゼネフォードには武術の心得もなく、裏方に回されていた。しかし解放戦線のリーダー《C》──クロウ・アームブラストの手腕に心酔し、その模倣を始めた事をきっかけに才能がある事が発覚。頭角を現していく事になる。

その後、奇しくも同じ名前という事でクロウからも目をかけられる事になったゼネフォード。少年もまた同じ名前の指導者に大いに懐いた。

 

彼の実力は日に日に磨かれていく。その成長速度はクロウをもってして異常と言えるものであったが、いかんせん始める時期が遅過ぎて、そしてその才が失われる事を損失と考えられて───、ゼネフォード少年は内戦の舞台においてすら前線に立つ事がなかった。

 

 

内戦終結後、《帝国解放戦線》は解散────。幹部の大半は死ぬか囚えられた。残されたメンバーはクロウの手引きで各地の生活圏にて生きていく道を示されたが、死んだはずのオズボーンの復活もあり、火種は燻ったままであった。

 

そんな中、クロスベルで旗揚げしたのがゼネフォードだった。内戦終結後、着々と準備を進め、およそ半年という短期間で《Ω》という組織を立ち上げた。解放戦線時代の同志たちの助力もあり、《アナザーフォース》の協力を偶発的にでも取り付けた手腕は見事なもので、《帝国解放戦線》以後、初めてオズボーンに手をかける可能性のあるテロ組織へと成長させた。

 

すべては度し難き独裁者に鉄鎚を下すため─────。

 

 

 

───というフェイク。

 

 

恐ろしい話だ。

《Ω》の立ち上げ──否、それ以前の段取りからすべて、クロウ・アームブラストとの対決のための布石だったのだから。

 

 

 

クロウ・ゼネフォードを一言で表すとしたら、才能の塊だ。

クロウは自らが才能に恵まれたと自覚している。文武の双方において世代を代表する実力者だ。そして才能と言えば絶対に外せないのがナギトだ。彼の武才、剣才は底が知れず20歳そこそこで世界最強の一角である事は疑いようがない。

 

そんな2人をもってして、ゼネフォードの才器はさらに上回る。

そのカリスマで《帝国解放戦線》をまとめ上げ、知と武で一度は《鉄血宰相》を殺してみせたクロウより。底無しの太刀捌きで運命を凌駕したナギトより。

総合的才能では凌いでいる。

 

 

 

《太陽の砦》最深部前に到着した。

 

やや開けた場所には10人の者たちがクロウを待ち受けていた。

 

 

 

「来たな……同志《C》」

 

 

見知った顔。聞き覚えのある声。そしてわざとらしく着込まれた《帝国解放戦線》のコスチューム。

その10人は《帝国解放戦線》のメンバーだった者たちだった。ナギトが砦前で感知したのはこいつらだろう。

 

 

「待たせたな、同志諸君。────待たせ過ぎちまった」

 

 

解放戦線リーダー《C》──、正体を隠すための仮面の声音は、すぐに砕けた。

そんなクロウに待ち受けた面々も複雑な顔をする。

 

 

 

「クロウ。我らが指導者。変革の導き手。───すまなかった。あまりに君が偉大過ぎて、俺たちはその暗い光に当てられて、等身大の君を見ていなかった。まだ若く、無限の可能性をもった君の道を、復讐のみに絞らせてしまった」

 

 

「謝るなよ、フラウドリン。自分で決めた道だ、後悔はしねえ。それにな……俺が偉大なんてのは《C》の仮面が見せた演出、幻覚だ。同志のみんながいてくれたからこそ、俺は《C》であれた。もし俺が偉大だってんなら、それは《帝国解放戦線》がそうだったんだろ」

 

 

 

クロウは《C》だった過去に後悔はない。後悔してはならない。自分の歩んだ道程に誤りはなかったし、その生き方も自分で定めたものだ。

ジュライ市国で生まれ育ち、オズボーンへの復讐を志し、《帝国解放戦線》を組織し、《Ⅶ組》と出会い───、ナギトに救われた。

 

そのすべてがあったから、今ここにクロウ・アームブラストは存在できている。その内のひとつでも欠けていたら今のクロウはいない。

 

 

「────わかったわ。あなたがそう言うのなら、もう謝らない。……ちょっと見ない間にずいぶん大人になったみたいね?」

 

 

「うるせえよ、ジェシー。俺はもとから大人だっつーの」

 

 

「はっ、20歳くれーのガキがなに言ってんだ!まだまだ成長期だろうが」

 

 

「ジェイク……またオッサンくせー事言ってんな。あんたは変わんねーな」

 

 

「大人はそう簡単には変われんもんさ。人生いくつになっても変わろうと志せはするが、実際変われるのはほんの一握りだ」

 

 

「ルルイアス。そう言うお前もまだ若いだろうがよ」

 

 

ひとりひとり、名前を呼んでいく。

 

 

「アーデン、ケイネス、ケリィ、ジュノン、モディアス、ライコフ。お前らも、ありがとうな。ここまであいつに───、クロウに付き合ってくれて」

 

 

「いいんだ。あいつも俺らと一緒さ。クロウ・アームブラストという強い光に魅せられた男のひとり……。どうかあいつを………ゼネフォードを救ってやってくれ」

 

 

 

「───ああ、任された」

 

 

そう言ってクロウは《太陽の砦》最深部に足を踏み入れた。

 

 

 

☆★

 

 

「───来たぜ、クロウ」

 

 

《太陽の砦》最深部───、崩れた天井からは陽光が射し込み、奥の祭壇ではオルディーネ・レプリカが鎮座していた。その横にゼネフォードは佇み静かにクロウの到着を待っていた。

 

 

「ようこそいらっしゃいました、クロウさん。……フラウドリンさんたちは素通りですか。足止めするように命じていたんですけどね」

 

 

祭壇から降りながらゼネフォードは言う。かつてナギトらと対峙した際に身につけていた《C》の衣装や仮面はなく、いたって普通の少年の相貌があらわになっている。

 

 

「当てが外れたみてぇだな。あいつらは解放戦線時代からの仲間……お前も信頼してここを守らせてたようだが……道は開けてもらった。俺とあいつらの大事なモンのために」

 

 

クロウの覚悟を滲ませる声に、しかしゼネフォードは全く動じない。むしろ失望の念をあらわにした。

 

 

「信頼?……彼らはただの当て馬ですよ。クロウさん、あなたの実力を測り、ほんの少しでもダメージを与えてくれれば儲け物くらいの」

 

 

ゼネフォードは、クロウに道を開けて望みを託した彼ら10人を侮辱した。それはゼネフォードの言う通り仲間としての発言ではなく、人を駒として扱うオズボーンの如きセリフであった。

 

 

「俺はあなたを見くびらない。油断しない。例えフラウドリンさんらのような下奴を使ってでも……クロウさん、あなたを」

 

 

「クロウ」と、ゼネフォードの名を呼んで言葉を遮る。クロウの目には覚悟と怒りと、それこそ失望が混じっていた。

 

 

「勘違いすんじゃねぇ。あいつらはお前が思うよりずっと強い。単純な力じゃねぇ……心の部分でだ」

 

 

 

「………わからないな。どうして彼らを過大評価するんですか?あの人たちは《帝国解放戦線》においても死に場所を得られず、生き残ってしまった人たちだ。しかも内戦後、あなたの手引きで安住の地を得られたくせに、俺の甘言に乗ってクロスベルくんだりでテロを起こす始末。さらには現ボスである俺の命令にも従わずにあなたを素通りさせた。……すべてが中途半端だ」

 

 

 

ゼネフォードの言葉は確かな事実で、それだけを並べられれば彼ら10人は確かに中途半端な者たちだ。だがそこに、ひとつの意味を付け加えたらどうだろう。

 

 

 

「お前はナメ過ぎなんだよ、フラウドリンたちをな。……あいつらはただ事態に流されるままここに至ったわけじゃねぇ。……幻を追っかけて馬鹿な真似をするガキを止めるための行動だ。解放戦線の時にやり残したモンを果たそうとしてんだよ。……あいつらはそれが自分たちの責任だって思ってやがる」

 

 

 

「あなたは幻なんかじゃないっ!」

 

 

 

瞬間、ゼネフォードは激憤した。

クロウの言葉は届いていて、フラウドリンたちの思惑も見透かしていて。それでもここに至るために利用してきた。

それゆえの余裕があった。日に日に伸びる自分の武力、知力。それらへの自信と目的のための決意が。

 

だが、だからこそ赦せない。己の全てを懸けた理想を幻なんて言われたのが。

 

 

 

「クロウ・アームブラストは──俺たちの《C》は確かに存在した!幻なんて言わせない…誰にも……あなたにもだ、クロウさん!」

 

 

 

「……別に俺は《C》だった過去を捨て去ったわけじゃねえ。あの俺も確かに俺で、そこから目を逸らすつもりはねえさ。……だがなクロウ。───クロウ・ゼネフォード。《C》だけが俺じゃないんだ」

 

 

クロウの言葉を聞いてか、あるいは叫んだおかげかゼネフォードはすでに冷静を取り戻していた。乱れた髪を後ろに撫で付けた。

 

 

「そんなこと、わかってますよ。……だったら、何で幻なんて言う?」

 

 

ゼネフォードは冷静ではあった。しかしすでに平静は失われている。──否、きっとクロウが《C》を過去にした瞬間からゼネフォードは。

 

 

「お前が俺の真似事をしてるからだ、クロウ。……あの内戦が終わったあと、俺は元《帝国解放戦線》のメンバーだったやつらの生活基盤を整えてやった。それこそ英雄の肩書きも利用してな。……だが鉄血の野郎への復讐心が収まるなんて期待しちゃいなかったさ。当の俺だってまだあの野郎の顔を思い浮かべただけではらわたが煮えくり返る」

 

 

なんせ、死んだと思われていたギリアス・オズボーンは、仇敵は生きていたのだ。しかも今度は貴族派を弱体化させて己の権力を拡大させた上で甦った。

 

 

「だから、お前たちはまたいつか復讐を遂げるべく動くと思っていた。散り散りになった元解放戦線メンバーを再集結させるのもいい、新たにメンバーを募るのもいいさ。なんなら俺──《C》を演じて復讐の続きをやってもいい」

 

 

ゼネフォードは静かに聞く。それはある意味で答え合わせのようでもあった。

最初からゼネフォードにはわかっていたのだ。元解放戦線のメンバーが復讐を続けて、それで不幸になるようならクロウは止めに来ると。

 

 

 

「だがな、それは違うだろ───クロウ」

 

 

 

言ったクロウの視線は祭壇脇に控えるオルディーネ・レプリカに注がれる。それがわかりやすい、ゼネフォードが幻を追っている証拠だった。

 

 

「お前が求心力を得るために、前リーダーだった俺を模倣するのはいい。《C》の格好で《帝国解放戦線》の復活を宣言してもいい。……だが、お前の芯はお前自身の復讐心のはずだ。────決してクロウ・アームブラストになる事じゃねえ」

 

 

クロウ・ゼネフォードの目的。

それは“クロウ・アームブラストになる事”だと看破された。

 

それは《C》の遺志を継ぐわけではない。

ある意味でそれは人間の原始的欲求─────

 

 

 

「憧れの人のようになりたい。……俺のこれはただそれだけですよ?」

 

 

 

目的を見透かされたにも関わらず、ゼネフォードは戸惑う様子を見せる事はなかった。

だからこそ怖気が立つ。しかしそれをおくびにも出さずにクロウは言葉を返した。

 

 

「やり過ぎだって言ってんだよ。それに手段と目的が逆だ。《帝国解放戦線》───いや《Ω》の目的は復讐であって、そのために俺を模倣するという手段を取るならわかるが………」

 

 

 

「─────クロウさん」

 

 

今度はゼネフォードがクロウの名を呼ぶ事でセリフを中断させる。

 

 

 

「もう俺はとっくに狂ってるんですよ」

 

 

その目は、宣言通りに狂った男のそれだった。

 

 

「手段と目的が逆?いいやこれが正だ!俺はもう復讐なんてどうでもいい!!俺はただあなたみたいになりたいだけだ!クロウ・アームブラストになりたいんだ!」

 

 

クロウは対話によってゼネフォードの目を覚ますつもりだった。

“クロウ・アームブラストという幻”を振り払い、クロウ・ゼネフォード本来の人生を歩ませるつもりだった。

 

だが、これはもう手遅れだ。

ゼネフォードは幻に取り憑かれてしまっている。

復讐も何もかもかなぐり捨てて、全ては今日この日のお披露目のための布石にして。

 

前回、クロウと会った時は不意の邂逅だったのだろう。復讐心を滾らせる演技をしてクロウやナギトの目すら欺いた。

《Ω》が壊滅した時もそうだ。共和国と共謀してクロスベルを陥落させると思わせて、自らの真の目的のために《アナザーフォース》に恩を売った。

 

 

ああ、これは確かに狂っている。正しく狂っている。たったひとつのためなら、あまねくすべてを捨て去れる天才の狂地。

 

 

 

「どうですかクロウさん。俺はちゃんと“クロウ・アームブラスト”ですか?」

 

 

 

 

 

「………クロウ・ゼネフォード。もう話をしても無駄みたいだな」

 

 

 

クロウは愛用のダブルセイバーを抜いた。

ゼネフォードは悲しそうな顔をしたが、同じくダブルセイバーを取り出して構える。

 

 

「……一度見ちゃいたが、やはりそれを使うんだな?」

 

 

「ええ。あなたのものと全く同じダブルセイバー。カッコいいでしょう、憧れるでしょう!?」

 

 

 

言葉が出ない。

 

 

 

「いくぜ、クロウ」

 

 

「いきます、クロウさん」

 

 

 

勝者など生まれるはずのない戦いが、今、始まった。

 

 

 

☆★

 

 

戦闘は拮抗していた。

 

クロウが復讐心を抱いて数年余り、磨いた戦闘技術。その才も相まって結社の武闘派執行者に勝るとも劣らぬそれをゼネフォードが完全に模倣していたからだ。

 

 

「……ったく、コピーもここまでやりゃ大概だな」

 

 

クロウは悪態をつく。まだ武器をもって一年ばかりのゼネフォードと互角なのだから、愚痴も溢そうというもの。

 

ナギトがいれば何と言うのだろうか。物事の始まりは模倣からと言うが、ゼネフォードのこれは、言わば守破離の概念でいう守を頑なに通した結果だ。自らの体格に合わぬはずの双刃剣を、まるでクロウ本人のように操ってみせる。

 

 

この実力は確かに、内戦時のクロウ───否、今のクロウの成長まで見越して磨き上げたものだ。

 

 

「どうです完璧でしょう!?俺は完璧にクロウ・アームブラストをやれている!」

 

 

クロウと互角に渡り合えてゼネフォードは有頂天だ。そしてそれで行き止まりだ。ゼネフォードはクロウになりたい。だからその実力もクロウを下回ってもいけないし、上回ってもいけない。

ゼネフォードは無意識のうちに、この戦いにおける勝利を捨てていた。

 

 

「いや……そもそも勝利条件が違うのか」

 

 

否である。

確かにこの勝負は2人が互角である以上、決着がつかない。ゼネフォードにとってはクロウと互角である事が勝っているも同然なのだ。なにせ目的はクロウになる事。勝ちもせず負けもせず、バトルが続く事こそ本壊なのだ。

 

 

ならば、それにNoを突きつけるには。

 

 

「………クロウ。いいぜ、認めてやるよ。お前の動きは完璧に俺をトレースしてる。お前の知る俺──内戦中のクロウ・アームブラスト以上の……今の俺を、完璧にコピーしてやがる」

 

 

 

「当然ですよクロウさん!あなたが最も力を振るった帝国の内戦……まるで星のようだったあなたを、あなた自身が超えてくる。わかりきってます、俺が憧れたクロウ・アームブラストはそんな人なんだから。だから俺もそれを目指して必死に努力してきたんですよ!」

 

 

 

努力の方向を間違えている、とはもう言えない。それだけの力をゼネフォードは示している。その武も知も帝国を騒がせた《C》そのものだ。ゼネフォードはクロウという理想があったからこそ、ここまで伸びた。届かぬ星に手を伸ばしたからこそ、ここまで至った。

その才器を別方向に伸ばしていれば……、そんな夢想すら今は礼を失する行いだ。

 

 

「お前の敗因は俺を目指した事だ……クロウ・ゼネフォード。お前は決して俺にはなれない」

 

 

ゼネフォードは目を細める。クロウに闘気の高まりとは別の力が渦巻いたからだ。知らない──その成長を踏まえても、想定し得ない事象。

 

 

 

「いくら名前が同じだろうと、いくらお前が俺を完璧に模倣しても。これだけは絶対に真似できねえ。……証明してやるぜ、クロウ」

 

 

「クロウさん……?」

 

 

ゼネフォードの模倣は言ってしまえば形だけのものだ。クロウ・アームブラストという人物の性能をコピーしたに過ぎない。クロウの人生───復讐者になったきっかけやトールズ士官学院への入学、トワたち同級生との友情、Ⅶ組との出会い、リィンとの決着。

 

 

「───蒼き運命(さだめ)よ……!」

 

 

────そして《蒼の騎神》オルディーネとの繋がり。

 

 

 

「これは……っ!?」

 

 

“デスティニーブルー”───クロウの全身から霊力が溢れ出す。それは人の身ではあり得ない力の総量と出力を意味していた。

 

 

「────まさか。…そうか、騎神!」

 

 

ゼネフォードの理解速度は異常であった。その才覚から、すでに敗北は決定づけられた事は察しているだろうに、自身の目指した星がさらに輝きを放った事に対して興奮を抑えられない。

 

 

「結社の《聖女》さんの“セイントアウラ”がモデルでな。ヴィータ曰く普通の騎神と起動者の繋がりでは至れない領域だそうだ」

 

 

「《聖女》……《鋼の聖女》アリアンロードですね?……その正体は獅子戦役で没したはずのリアンヌ・サンドロットとも言われる。……なるほど、どんな仕組みかわかりませんが、騎神には起動者を生き永らえさせるシステムがあり、それは騎神と深くリンクする事で発揮される。そしてそれを利用すれば騎神の力を人の身に降ろす事ができる……そうですね!?」

 

 

 

「ペラペラと見てきたように語りやがって……正解だよ。とは言っても俺は人を辞めてねえし、引き出せる力も《聖女》さんと比べて少ない。……本来これは死人の身に騎神の核を同調させて不死者として甦らせて初めて扱える絶招らしいから、これでも上出来だろう」

 

 

騎神との繋がりを利用して、その力を己が身に宿す。これはそういう奥義だ。正確に言うならば、霊脈に干渉する騎神を介して、霊脈の力を自身に注ぎ込む呪法だ。

 

 

「終わりだ、クロウ」

 

 

クリミナルエッジ。瞬きの合間に距離を詰めたクロウがゼネフォードに双刃剣を振るう。剣圧だけで地面を削りながら、それは直撃した。

大きく粉塵が舞い上がる。手応えはあった─────

 

 

 

「言ったでしょう?」

 

 

濃霧のように霞んだ空間からゼネフォードはダメージを微塵も感じさせない声で言った。黒い閃光が突き抜けていく。

 

 

「ぐっ───ッ!?」

 

 

苦悶の声を上げたのはクロウだった。ゼネフォードはすでにクロウの背後10アージュほどの距離に離れていた。その姿は先の“クリミナルエッジ”によるダメージを受けていないように見えた。

 

 

 

「──油断しない、と」

 

 

「アダマスガードか!」

 

 

アーツによる防御。その効果は物理攻撃をたった一度だけ無効化する。それは騎神の力を引き出したクロウの一撃にすら適用された。

 

 

 

「喰らえ……終焉の十字!」

 

 

正解、と言う代わりにゼネフォードはクロウのSクラフトを再現していた。暗黒の斬撃が十字の形となってクロウに迫る。

 

 

 

「────デッドリークロス!!」

 

 

 

これまで力を抑えていたのか、あるいは憧れの煌めきに当てられて才能が花開いたのか。いずれにしても、それは強大な一撃であった。クロウ・アームブラストが復讐のために鍛えた武力の発露。それを上回る才能のクロウ・ゼネフォードが、絶招にて騎神の力を宿したクロウと伍するための奥義。

“クロウになりたい”───別人になりきる事は可能でも、別人になる事は不可能だ。ゼネフォードの理想は最初から破綻している。だが、理想にかけた想いは本物だ。その重さだけは他の誰にも否定できない。

 

クロウになりきる事で自身としての重心を失っていたゼネフォードが、クロウの覚醒をもって再び理想に火が灯り、クロウ・ゼネフォードとしての想いの重さが戦技に乗る。

 

洗練されてなどいない。武骨で純粋な一撃だけに、それは強かった。

 

 

 

 

 

 

それでも。

 

 

「──効かねえな」

 

 

十字の斬撃が抉った地面、巻き上がった粉塵をダブルセイバーの一振りで吹き飛ばしたクロウ。少し悲しそうな顔をして言ったその姿には目立ったダメージはなかった。

 

 

「だが、悪くはなかったぜ」

 

 

騎神の力を宿したクロウにとって、ゼネフォードの理想も力も何もかも、すべて等しく蹂躙し得る些事となった。

 

 

「……その力………もはや人の身では到達できない領域のようですね。結社の化物やあなたのお友達のような逸脱者でもなければ」

 

 

逸脱者と聞いて思い浮かぶのはナギトだ。あのバカバカしい馬鹿なら、この状態のクロウにも何とか食らいついて──いや、この状態のクロウであってもあしらうだけの実力がある。

そして、その逸脱者の領域に踏み込むだけの才能がゼネフォードにはあるというのに、理想が間違っているせいで進歩の度合いもクロウに合わせたものになってしまっている。

 

 

 

「確かにこれは真似できない。でも諦めない、諦める理由にはならない──クロウさん!前哨戦は終わりだ、次はこれでやりましょう」

 

 

ゼネフォードの視線は祭壇の横で静かに佇む《蒼の騎神》オルディーネ──そのレプリカに注がれた。

オルディーネはクロウの異名《蒼の騎士》の土台にもなっている。代名詞と言われればそうだろう。

 

それにゼネフォードの考えは理に適ってもいる。クロウが騎神から引き出した力は人の身だからこそ強大なのだ。騎神に乗ってしまえば相応の力となる。それでも超抜級の力である事は間違いないが、ゼネフォードには機甲兵オルディーネ・レプリカもあり、生身でやり合うより実力は拮抗するはずだ。

 

 

「……いいだろう、乗ってやるぜクロウ。そんでわからせてやる……お前の理想の追い方は間違ってるってな!」

 

 

 

クロウは光に包まれると騎神の核に吸い込まれていく。その姿と宣言を受けてゼネフォードは淡く微笑み、オルディーネ・レプリカに乗り込む。

 

 

 

「……ホント、眩し過ぎますよ………あなたは」

 

 

 

コックピットで呟いた言葉はマイクに拾われる事なく虚空に消えていく。

 

 

戦いの終わりが近づいていた。

 

 

 

☆★

 

 

オルディーネ・レプリカとは、最初の機甲兵であるオルディーネ・イミテーションを改修した機体だ。そもオルディーネ・イミテーションとは《蒼の騎神》オルディーネを真似て開発されたものであり、内戦中は《閃嵐の騎士》と呼ばれ正規軍に恐れられたほどの性能を誇った。

そしてゼネフォードが駆るオルディーネ・レプリカはそれを改修したものであるが────むしろ性能はダウンしていた。これの理由として、イミテーションは騎神のスペックを模したものであり、レプリカは外観を追求したものだからだ。

オルディーネの外面だけをコピーした粗悪品───それがレプリカの設計図を見たナギトからクロウに伝えられた情報である。

 

 

とは言ってもだ、基礎は内戦中には貴族連合の英雄機として活躍したイミテーション。他の機甲兵とは一線を画すスペックを持っていた。

 

 

しかし─────

 

 

「オ、らあッ────!」

 

 

オルディーネの一撃がレプリカを痛烈に弾き飛ばす。ゼネフォードはレプリカのコックピット内で意識が揺れるのを感じた。

 

 

「……く、さすがに………届かないな」

 

 

騎神とその贋作では性能に大きな開きがあった。ただでさえ力に差のある騎神と機甲兵だが、なによりレプリカは性能を犠牲にしてオルディーネそのものの外観に改修する事を優先した機体。性能差の理由も然もあらんといった所だ。

 

 

「外見だけはイイ線いってるがな。……機体の性能差はわかったはずだ、もう諦めろ……クロウ」

 

 

「ハ、ハハ………性能差がなんだってんです?どれだけ力の差があろうと、それは諦める理由にはなりませんよ、クロウさん」

 

 

 

大したセリフだ。それは《鉄血宰相》という絶大な権力者に立ち向かう《帝国解放戦線》の基礎であったし、なんなら絶望的な状況でも前に進む事を辞めないⅦ組の在り方にも通じていた。

 

だが、クロウはゼネフォードの言葉から、これが単なる不撓不屈の心意気だけではないと感じた。

 

 

 

「カッコいいですよね《蒼の騎神》………見た目や来歴、それに“奥の手”なんてものもある………」

 

 

「………まさか」

 

 

 

ゼネフォードはクロウの狂信者だ。それもただ言いなりになるだけではなく、自らの理想を押し付け、あまつさえそれになろうとする最悪の盲信者だ。

 

そして、言わば信仰の対象であるクロウとその相棒であるオルディーネ。模倣は騎神の外観だけでなく、その性能にも着目されるべきだ。

 

 

「……すでにご存知でしょうが、あの設計図はわざと流出させたものです。このオルディーネは、内戦中に《閃嵐の騎士》と呼ばれた機甲兵を改良したものであり……あなたの駆る本物の騎神をコピーしたものでもある」

 

 

クロウは事前にナギトからオルディーネ・レプリカの設計図は《アナザーフォース》が意図的に流出させたものだと聞かされていた。その設計図が全くの嘘である可能性も考慮していたし、さらなる改修を加えた可能性も考えられた。

 

だが、戦ってみた感触としてレプリカは設計図通りのつくりであり、まんま騎神の下位互換にすらならない粗悪な模造品であると思えた。

 

 

「……ここまでの全部がフェイクか」

 

 

「そうです!いかにもクロウさんらしいでしょう!?───見せてあげますよ、俺のオルディーネの“奥の手”……偽物でも本物の猿真似くらいはできるって証明してみせます!」

 

 

レプリカの装甲が展開する。その様はオルディーネが“奥の手”を使った姿と酷似していて。

 

次の瞬間、レプリカから渦巻く力の奔流。それはクロウですら目を剥くほどのもので、シンプルな力だけであれば騎神に匹敵する。

 

 

「《奪略の杖》──付近のセプチウムから導力を吸い上げ、所有者に力をもたらすアーティファクト。《アナザーフォース》から借り受けた、俺のオルディーネの“奥の手”です」

 

 

「アーティファクトをその機体に組み込んだのか………」

 

 

「その通りです。あなたのオルディーネを模倣するために」

 

 

「……ったく、大した執念だぜ。いいだろう…第二ラウンドだ」

 

 

 

 

 

こうして戦いの最終幕が始まった。

 

 

終わりが、近い。




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