八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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因縁の決着と運命への道のり

 

 

 

 

霊脈───地脈、龍脈、あるいは七耀脈とも呼ばれる大地の下に流れる力場だ。

ゼネフォードが《アナザーフォース》から借り受けたというアーティファクトはセプチウムから力を奪う代物。セプチウムとは七耀脈……すなわち霊脈の恩恵を受けた鉱物であり、件のアーティファクトの力は霊脈にも及ぶかと思ったクロウであったが、それは杞憂だった。

 

 

騎神は霊脈から力を吸い上げて修復などを行う事ができるが、そこにまで干渉されれば危うい所であったはずだ。

 

 

 

「喰らいやがれっ!」

 

 

クリミナルエッジ。クロウ──オルディーネが振るうダブルセイバーを受け切る事ができず、ゼネフォードの駆るオルディーネ・レプリカは壁面に叩きつけられる。

 

 

「がっ……ぐ、く………」

 

 

 

レプリカのコックピットでゼネフォードは苦悶の声を漏らす。

アーティファクトの効果でレプリカの性能を向上させたまでは良かったものの奥の手を披露したクロウのオルディーネの前に苦戦を強いられていた。

 

 

これはシンプルに経験の差が出ている。クロウが《蒼の騎神》オルディーネを相棒として4年。起動者としての実力は、そこらの機甲兵パイロットなんぞをはるかに超越した腕前になっていた。

ゼネフォードも並のパイロットではないが、彼が機甲兵オルディーネ・レプリカを入手してからわずか1ヶ月。凄まじい才能を持つとはいえ、その操縦技術は未だクロウに劣っている。

 

 

だが、それは──────

 

 

「諦める理由には……ならないッ!」

 

 

 

自らを鼓舞する裂帛と共に暗黒の闘気が迸る。次の瞬間放たれたのは“デッドリーエンド”──騎神に乗ったクロウの最終奥義だ。ゼネフォードはこのSクラフトをも模倣していた。

 

 

「─────!」

 

 

それをクロウは霊力をダブルセイバーに集中させて迎え打ったが、勢いに押されて先のゼネフォードと同じように壁面に叩きつけられてしまう。

《太陽の砦》全体が揺れる。天井の穴────あれはかつて教団事件の際にとある少女が父母のように扱う人形兵器によってあけられたもの。それを起点として《太陽の砦》の崩壊が始まろうとしていた。

 

 

 

「……デッドリークロスをコピってた時点で予想はしてたが………まさか乗り慣れてねえはずの機甲兵でもそれを放てちまうとはな。認めてやるぜクロウ、お前は俺を模倣できてやがる」

 

 

「嬉しいなぁ。まさかクロウさん本人からそう言われるなんて。……でもね、まだまだなんですよ。……まだまだ、クロウ・アームブラストはこんなもんじゃないっ!」

 

 

上がった語尾と同時に再び十字の暗黒が放たれる。再びの“デッドリーエンド”、Sクラフト2連発。

 

 

「──馬鹿野郎が!!」

 

 

それに応じるようにクロウもまた“デッドリーエンド”を放った。

暗闇の斬撃が衝突し爆ぜる。《太陽の砦》がその余波で崩れ始めた。落ちてきた瓦礫を斬り飛ばしながらゼネフォード──レプリカがオルディーネに迫る。

 

粉煙を突破して双刃剣をオルディーネに突き立てる──その瞬間、違和感を覚えた。

反撃がない、迎撃がない、オルディーネのその手に愛用のダブルセイバーがない。

 

 

「これは──ぐっ!?」

 

 

気づきは一瞬遅かった。

オルディーネが投げ放ったダブルセイバーは弧を描き、レプリカを背後から襲った。クロウお得意のクラフト“ブレードスロー”だ。

 

 

「吹き飛べ!」

 

 

次いで放たれるのは“クリミナルエッジ”───敵を打ち離す斬撃は角度をつけて振り切られ、レプリカを空中にぶっ飛ばした。

 

《太陽の砦》最奥の天井をぶち破り、何枚も何枚も天井を破りながら、その衝撃をレプリカの中で受けながらゼネフォードは笑っていた。

 

 

「はっ、ははははは!そうでしたねすみません!ここじゃ狭すぎる!!」

 

 

レプリカ背面のブースターを吹かし、吹き飛ばされる勢いに乗ってゼネフォードは外を目指した。それにオルディーネが追い縋る。機甲兵の飛行ユニットは未だ発展途上であり、空中戦が本領たるオルディーネのそれには大きく劣る。

 

レプリカに追いついたオルディーネはダブルセイバーを振るう。レプリカに乗るゼネフォードはそれを迎撃し反撃に移る。

騎神とそのレプリカはそれぞれ武器を振るい、時に加速し時に減速しながら《太陽の砦》の壁をぶち破り、もつれ合う形で外に出た。

 

 

晴天。青々とした空と、澄んだ湖のような“蒼”の二騎。下を見ればナギトや《アナザーフォース》の面々がクロウらを見上げていて、どうやらあちらは一段落ついたと思われた。

 

 

「そろそろ引導を渡してやるぜ、クロウ」

 

 

そしてナギトもゼロたちもこの戦いに手を出すつもりはないようで、それをありがたく思いつつクロウは言った。

 

 

「引導か……あなたにやられるんならそれも悪くないと思う自分がいますよ。……でも、そんな俺すら余分だ」

 

 

対してゼネフォードも迎え撃つ構えをとった。ゼネフォードはクロウとの対決で更に理想への想いが強くなった。

クロウ・アームブラストになりたい。───そんな想いを無下にする。クロウ・アームブラストになりたいなんて、クロウ・アームブラストが思うはずがないのだから。

 

 

空中を蒼い影が交錯する。その機体の色も相まって青空に溶け込むように、ぶつかり合う。

何度も何度もぶつかって、そのたびにゼネフォードの理想の機体が砕かれていく。

 

 

「はぁっ……はぁっ………」

 

 

レプリカのコックピットでゼネフォードは肩で息をしている。極限まで集中してなんとかオルディーネの速度に対応できているような状況だ。それにレプリカの機体も攻撃によって損壊してきており、機能の低下が見られる。

 

 

敗北の二文字が頭を掠めると同時に、負けたくないという想いが生じた。

 

これまでは、自らの理想であるクロウに負けるならそれでも良いと思っていた。だが事ここに至り、負けたくないと思うなんて。

 

 

「………あ………………」

 

 

もしクロウ・アームブラストなら。同じ状況に置かれたら、自分と同じように負けたくないと思うだろう。

 

 

「気づくのが遅すぎた……?」

 

 

ゼネフォードは今ここで初めてクロウと思考レベルでシンクロしたと感じた。

これまでは理想を追い求める余り、クロウに近づく事しか頭になかった。あるいはその思考をトレースし裏を掻く事もできたが、それはあくまで性能面でのスペックだ。

 

精神面は似ても似つかない。

なんなら負けてもいいと思っていたのだ。だからきっとここまで追い詰められているのだと確信した。

 

 

「いや、甘ったれんじゃねえ。俺」

 

 

だったら。

 

 

「───いくぜ、クロウ・アームブラスト」

 

 

クロウ・アームブラストになる。

なりきるのではなく、演じるのでもなく、己を偽るのでもなく。役を羽織る。

 

“クロウ・アームブラスト”という仮面を被るのだ。

 

 

☆★

 

 

ゼネフォードの変貌を感じ取ったクロウは一旦、距離を取る。

 

──“「いくぜ、クロウ・アームブラスト」”

 

ゼネフォードは確かにそう言った。雰囲気もクロウの呼び方も変わった。

 

 

「……厄介な覚醒をしやがったみてえだな」

 

 

単純な成長ではない。ゼネフォードは自らをクロウ・アームブラストという人格に書き換えたのだ。

それは理想(クロウ)になら負けてもいい、なんて甘ったれた思考を捨てたクロウ・アームブラストそのものになったと言える。

 

 

やはりどうしても間違っている。間違っているが───

 

 

「───例え間違いでも、想いとそれにかけた時間は本物だ」

 

 

クロウ自身がなによりそれをわかっている。

 

レプリカが襲いかかってきた。躱して反撃。防がれて攻守が入れ替わる。ダブルセイバーを振るう、振るう、振るう。

変わる変わる位置を入れ替えながら、オルディーネとレプリカの刃が交わっていく。

 

そのやり取りは先ほどまでより拮抗していた。

 

 

「俺の思考をトレースしてやがんのかっ!」

 

 

そのカラクリを見破ったクロウ。ゼネフォードの破格の才は、クロウの思考を読み切っていた。それにより性能で劣るレプリカでもオルディーネの刃を届かせないのだ。

 

世が世なら、ゼネフォードは大した役者になっていたかもしれないとクロウは思った。ここまで役に入り込めるなら、それも可能だろう。

 

だが、役者が知り得る役はあくまで台本に書いてある事から読み取れるものだけ。ならば。

 

 

 

「喰らえ───デッドリーエンド!!」

 

 

 

ゼネフォードは隙を見て奥義を放った。極大の斬撃が十字となってオルディーネに迫る。

 

だがそれは、クロウが見せた偽りの隙。

 

 

 

 

「────蒼刃十文字斬り!!」

 

 

 

 

それはナギトでいう“緋技”。自らの技と他流派の術技を混ぜ合わせた戦技。

 

オルディーネは迫る暗黒を受け流すと、そのままレプリカを薙ぎ払った。

 

 

「付け焼き刃だ。悪ぃなクロウ……お前の思い描く俺はこんなセコい真似をする奴じゃなかっただろ?」

 

 

だからこそ、裏をかけるというものだ。

 

 

クロウの新しいSクラフト“蒼刃十文字斬り”を受けたレプリカは墜落した。

 

 

こうして戦いは終わった。

クロウになりたいゼネフォードとではあり得なかった決着。クロウになったゼネフォードとだからついた勝敗。

 

勝ったのは、己らしさを捨てたクロウ・アームブラストだった。

 

 

☆★

 

 

「クロウ!おい、無事か?」

 

 

墜落したレプリカは動かなくなっていた。当然の話ではあるが、オルディーネの渾身の一撃をもろに受けたのだ。

ゼネフォードを殺すつもりもなかったクロウはオルディーネを操縦してレプリカのコックピットからゼネフォードを救出した。

 

オルディーネから降りたクロウはあちこちから血を流すゼネフォードを地面に寝かせると回復アーツを施した。

 

 

「………ぅ…………」

 

 

うっすらと目を開けたゼネフォードにクロウも一安心。しかし回復アーツはあくまで応急処置だ。あまり油断はできない。

 

 

「おい、クロウ」

 

 

「……クロウ、さん」

 

 

ゼネフォードの目の焦点が合う。意識ははっきりしていた。

 

 

「……あーあ。負けたんですね、俺」

 

 

「あんまり喋るな。一応アーツで応急処置はしたが、あんまり良い状態とは言えねえ」

 

 

先程まで刃を交えていたのに、今では自分の心配をしているクロウにゼネフォードは嘆息しつつ笑んだ。

 

 

「あなたって人は………。心配無用ですよ。……もう、下半身の感覚がない」

 

 

「なっ……」

 

 

これは後にわかる事だが、ゼネフォードは墜落の衝撃で脊椎が損傷し再起不能となっていた。

 

 

「冗談抜かしてんじゃねえ…!お前は……お前は、今からだろうが……!」

 

 

「すみません、クロウさん。俺はここで表舞台からリタイアです。……未練がないとは言えません。だけど、だからこそ満足だ」

 

 

そう言うゼネフォードの表情には満ち足りたものがあった。その感情を否定できるだけの材料をクロウは持ち合わせていない。

 

 

「因果応報ですよ。俺はクロウさんを誘き寄せるために……あなたとの決戦の場を整えるために、クロスベルで好き勝手にやった。そのせいで不幸になった人も少なくない。…これはその報いでしょう」

 

 

「馬鹿野郎……そう思うんだったらてめえで罪を償うくらい言いやがれ……。そんな罰で赦されると思ってんじゃねえ……!」

 

 

クロウの語気には力がない。わかっているのだ、気力だけでは乗り越えられない障害がある事を。

 

 

「もちろん贖っていくつもりですよ。裏方からになるでしょうがね。………本当なら、クロスベルを解放してやるつもりだったんですけどね」

 

 

「は………?」

 

 

「俺はクロスベルを荒らした。俺だけの目的のために、多くの人を巻き込んだ。だから、その代わりにクロスベルを帝国から解放するつもりだったんです」

 

 

「いや、お前………何を……?お前はあんな風に《Ω》のメンバーを使い捨てたってのに」

 

 

「方針変更したんですよ。俺の目的とクロスベル解放……2つとも求めれば失敗するのは目に見えてました。……せっかく《Ω》を育てて《アナザーフォース》とも結んで………これからって時にイレギュラーが現れたんです」

 

 

ゼネフォードが言うイレギュラー。予想外の闖入者。それは元々クロスベルにいた者たちではありえない。いかに《風の剣聖》が強力でロイドら特務支援課が不撓不屈であっても。ルーファス総督がいかに狡猾で帝国軍を従えていたとしても。そのすべてを手玉に取るだけの用意をしていた。

それをぶち壊すとしたら、それは埒外の者でしかありえない。

 

 

「……ナギトか」

 

 

クロウはゼネフォードが言うイレギュラーを言い当てた。「はい」と肯定するゼネフォードは苦々しい顔をしている。

 

 

「まさか彼があそこまで総督府に肩入れするとは思いませんよ。……彼の行動は完全に想定外で、だから俺はクロスベル解放を諦めてあなたとの決戦に注力した」

 

 

「……止まれなくなっちまったんだな。数多の人を陥れて、その代償も払えない。だからお前は狂っちまった」

 

 

「全部自分の選択です。俺には謝る資格もない。…………来ましたね、そのイレギュラーが」

 

 

クロウが振り向くと、そこにはナギトやゼロたちが来ていた。

 

 

「クロウ……」

 

 

「ナギト…………。すまねえな、弟分の尻拭いを手伝わせちまった」

 

 

“弟分”───クロウがそう呼んだのはゼネフォードで間違いなかった。ゼネフォードの目が僅かに見開かれる。

 

 

「いや………、それよりあんまり良い状態じゃなさそうかな」

 

 

ナギトはゼネフォードを見て言った。一見しただけでわかる重傷だ。

 

 

「ああ……悪いがすぐに病院に連れて行く」

 

 

「そうしてやれ」とゼロも頷いて、ゼネフォードの横に膝をついた。

 

 

「見事だった、クロウ・ゼネフォード。お前の剣は充分に理想に届いていたぞ」

 

 

「あなたの指導のおかげでもあります。ありがとうございます、ゼロ」

 

 

どうやらゼネフォードもゼロから薫陶を受けていたようで、それもあってクロウと良い勝負ができたと思われた。

 

 

「俺からも称賛を贈らせてもらおう、ゼネフォード。……《奪略の杖》は回収させてもらうが、かまわないな?」

 

 

「ああ、エア。あなたにも助けられた。…あのアーティファクトも元々借りた物だ、壊してないといいですが」

 

 

ゼネフォードは墜落してぐしゃぐしゃになったオルディーネ・レプリカを見る。借り受けた古代遺物の力は絶大で、クロウとの戦いには必須であった。

 

 

「それと…あなたにも感謝します、ミラー。ここまで付き合ってもらって」

 

 

「そういうオーダーだった。良いものを見せてもらったぞ、ゼネフォード」

 

 

皆が口々に別れの言葉を紡いでいく。

そんな中、崩落した《太陽の砦》からフラウドリンらが飛び出してきた。崩落に巻き込まれはしたが、10人それぞれの技能を使って無事に脱出していた。

 

 

「クロウ!ゼネフォード!」

 

 

彼らはそのまま走るとクロウとゼネフォードの前で立ち止まる。

 

 

「終わった、んだな……?」

 

 

「ああ、全部な。名実ともに《帝国解放戦線》は終わりだ。……それでいいな、クロウ?」

 

 

フラウドリンの問いに肯定で返し、ゼネフォードにも確認する。

 

 

「はい。……すみませんでした、皆さん。ここまで付き合ってもらって……ありがとうございます」

 

 

「いいんだ。それが君たちの征く道を正せなかった俺たちの…せめてものケジメだ」

 

 

「そんなことより。ゼネフォード……あんたその傷、大丈夫なの?」

 

 

フラウドリンの返答をかっさらうようにジェシーがゼネフォードの傷の具合を確認する。

 

 

「もう2度と悪さができない体にはなりましたよ」

 

 

息も絶え絶えになりながら、意識も半ば失いつつゼネフォードは答えた。

 

 

「そりゃまずいだろ!おいクロウ、すぐ病院に運んでやれ!」

 

 

ジェイクが慌てた様子でクロウに嘆願する。

 

 

「わかってるよ、そのつもりだ。……ナギト」

 

 

クロウはゼネフォードを地面に寝かせると立ち上がってナギトを見た。

 

 

「俺はここまでだ。すまねぇが後は付き合ってやれねえ。……だから、頼んだぜ」

 

 

それは今後、クロウがクロスベルに関わる事がないという宣言だった。少なくとも今回、クロウがクロスベルに来たのは《Ω》──ゼネフォードの事があったからだ。

ゼネフォードの情報を得るために特務支援課と協力した事もあったが、その問題ももう片付いてしまった。

弟分であるゼネフォードの起こした騒動を終息させる責任もあるかもしれないが、クロウはそれをナギトに託すつもりなのだ。

 

 

「俺は好きにやるだけだ。……後で文句は言うなよ?」

 

 

「充分だ」

 

 

ナギトの返事を柔らかな表情で受け取って、クロウはオルディーネに乗り込んだ。オルディーネで優しくゼネフォードを抱き上げるとウルスラ病院の方向に飛んで行く。

 

 

これが、クロスベルを騒がせた《Ω》の終焉だった。

 

騒動の元凶であった《Ω》が消え、三つ巴だった均衡が崩れる。

 

終極の時へのカウンドダウンが始まった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「──という感じです」

 

 

ナギトは即日ゼネフォードの一件が落着した事をルーファスに報告した。

 

 

「うむ。ご苦労だった、ナギトくん。病院の方は私も聞いているよ、騎神が飛んできて騒ぎになったとね。……件のゼネフォードは一命は取り留めたそうだが、しばらくは入院する事になるようだ。それに《太陽の砦》の崩落も問題だね、魔獣が棲息していたとは言え文化遺産だ……誠に遺憾だよ」

 

 

ルーファスの用意していたかのようなセリフに「そっすね」と短く返す。

 

 

「それと一応きみの耳にも入れておこう。《アナザーフォース》と《赤い星座》が取引をした」

 

 

「ほう?」

 

 

ルーファスの切り出した話題はナギトの興味を引いた。《アナザーフォース》はゼネフォードの件が終わったためクロスベルを離れると思っていたが。

 

 

「とは言っても、《赤い星座》が一杯食わされた形になる。取引の内容は“不戦協定”……このクロスベルにおいて戦わないというものだ」

 

 

「なる、ほど……」

 

 

返事をしつつ噛み砕く。

“不戦協定”。争わない約束だ。《赤い星座》はおそらく共和国に雇われている。目的はクロスベルの蹂躙。万が一にでも《アナザーフォース》に邪魔されたくなかったのだろう、だからわざわざ協定なんてものを結んだのだ。

 

 

「トップ同士の短い会談だったそうだ。ゼロが酒瓶片手に《赤い星座》の拠点に乗り込んだそうでね。30分足らずで話は終わったらしい」

 

 

トップ同士……すなわちゼロと《闘神》シグムントによる会談だろう。単独で拠点に乗り込むとは、やはりゼロの豪胆には舌を巻く。

 

 

「随分詳しいですね?情報局が役に立ちましたか?」

 

 

「いいや。……君の元監視役に依頼した」

 

 

ルーファスが示したのは裏遊撃士の男シャッテンの事だった。ナギトに捕まってクロスベルを離れたかと思っていたが、別件でルーファスに雇われていたらしい。リーシャに勝るとも劣らぬ隠形の彼であれば、その精度の情報を持ち帰ったとて疑問はない。

 

 

「しかし《アナザーフォース》の目的はすでに達成された。すでにクロスベルを離れる準備をしているらしい。……“不戦協定”の効力は君たちに同行したというシャーリィ・オルランドのみに適用された───という所だろう」

 

 

「あー」と感想を漏らす。ナギトと共に《太陽の砦》に殴り込んだシャーリィ。ゼロ曰く“退いてもらった”そうだが、そういった事情があったからなのだろう。おそらく協定を結び終えたその足でシャーリィを説得して帰らせたのだ。

 

真の意味で《アナザーフォース》と敵対しなくて良かったと心底から思った。

 

 

「それと、わかっていると思うが」

 

 

ルーファスは前置きをして、本題に入った。空気が張り詰める。

ナギトはそれをゆるりと受け流して。

 

 

「ここからが本番だ」

 

 

「はい」

 

 

受け取った。

“本番”──言わずもがな、クロスベルの命運をかけた天王山。予期される共和国の侵攻と《赤い星座》によるクロスベル市の襲撃。加えて便乗してくるであろう《特務支援課》への対処。

 

 

「……英雄がいれば楽だったんだがね、クロウくんはさっさと雲隠れしてしまったし、リィンくんも今は帝国内で別の案件を担当している。……共和国軍の規模は中程度だが、シンボルとなる騎神の存在なくしては我が軍も多少の苦戦を強いられるだろう」

 

 

戦場における英雄の存在は無上だ。特に灰色の騎士人形と蒼の騎士人形は共和国軍からすれば畏怖の対象。ひと暴れするだけで敵は撤退を決め込むだけの被害をこれまでに受けている。

 

 

「あなたが新しい英雄になればいいのでは?──エル=プラドーに乗って」

 

 

ナギトの切り返しにルーファスは悠然と笑んでみせる。

 

 

「フフ……それは最後の手段だよ。私の《金の騎神》は君の《緋の騎神》と同じく秘中の秘だ」

 

 

やはり予想していた通りの答えに、ナギトもまた同じように返す。

 

 

「わかってますよ、言ってみただけです。……なら当然、軍は共和国の侵攻にかかりきりに?」

 

 

「そうだね。ゆえにクロスベル市に襲撃してくるであろう《赤い星座》には遊撃士協会や軍警の者たちに対応させるつもりだ。……君にはこのオルキスタワーの防衛についてもらう予定だよ」

 

 

オルキスタワーはクロスベルの象徴だ。総督ルーファスの本拠にして各地を統括する中枢でもある。オルキスタワーが機能を失えばクロスベル市そのものが麻痺するし、なによりオルキスタワーが陥落したとなれば帝国の権威失墜にも繋がる。ナギトという駒を配置するのにあまり疑問を抱かない采配だ。

 

 

「あとは特務支援課だが……これについても対応は君に任せる。彼らが突入してくるとすれば《赤い星座》の襲撃が一段落した後だろうからね。……彼らの性分からすれば、燃え盛るクロスベル市を放って私を制圧しようとは思わないだろう」

 

 

「うっわー。それって俺が一番きついのでは?」

 

 

「フフ……そう言うな、我らが切札《緋玉の騎兵》。君を信じているからこその采配さ」

 

 

軽やかに、クロスベル市50万の命の行方を左右するやり取りが交わされる。その重みを感じさせないように、自らの望みを叶えるために、2人の口は浮つき語る。

 

ナギトとしても“信じている”なんて言葉に露ほどの重みも感じていない。クロウに言った通り、ナギトは自分のやるべき事をやりたいようにやるだけだ。もはやその結果、クロスベルがどうなろうと知った事ではない。

 

 

「では」と踵を返したナギト。会話の終わりを感じ取ったためだったが、それは間違いだった。ルーファスがナギトの名を呼んで引き留めたからだ。

 

振り返ったナギトが見たのは、珍しく迷いを悟らせるほど表情を険しくしたルーファスだった。

 

 

「これは……君に言おうか迷ったのだがね、やはり伝える事にしたよ」

 

 

「なんでしょう」と向き直る。他人に迷いなんて弱みを見せるルーファスは初めてだ。

しかもこのタイミングという事もあり、ナギトは大いに興味を惹かれた。

 

 

「……詳細は言えないが、どうも最近…我らが宰相閣下の思考が雑に思える」

 

 

「思考が雑?…あの《鉄血宰相》が……?」

 

 

詳細は話せないと言うルーファス。そう思った根拠は示せないのだろう。しかし、その発言の持つ意味に思わずナギトは聞き返してしまう。

 

 

「ああ。……私に降った命令はとても信じられるものではなかった。とてもメリットとデメリットが釣り合わない。……それでも閣下が推し進めるという事は、おそらくすでに終局までの絵図が見えているからだ」

 

 

「終局…………」

 

 

ルーファスの言うそれがチェスなどで言うものだという事をナギトは理解した。終局。終わり。

確かに終わりまで見えてるなら、一見すると雑な手を打つ事もあるだろう。しかしあのギリアス・オズボーンだ。目に見える雑な一手が精緻極まる一手である事もあり得るだろう。

 

 

「どうにも違和感がありますね。終局……オズボーン宰相がよく言う“激動の時代”の事でしょうか?」

 

 

“激動の時代”───ナギトはそれを大陸中の国家を巻き込む大戦争の事だと思っていた。

 

軍備を拡張する帝国は、いずれカルバード共和国に宣戦布告するはずだ。そして順当に勝つ。そうするとエレボニア帝国は大陸の覇権国家となり、周辺諸国が飲み込まれるのも時間の問題だ。だからそうさせないために、周辺諸国はカルバード共和国を中核に軍事同盟を結ぶはず。

そうして大陸中の国家を巻き込んだ───言わば“エレボニア帝国vs世界”のような構図が“激動の時代”だと。

 

 

だが、それと“終局”というワードは噛み合わない。

いかにあの《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンと言えど、世界中を巻き込んだ大混戦の終わりまで完璧に予想できるとは思えない。

 

 

 

「ああ……私も同じ事を考えた。閣下の語る“激動の時代”こそが“終局”とも思ったが………おそらく違う。───世界規模の大戦を引き起こす事のみを目的とするのは、ギリアス・オズボーンという人間像とかけ離れている」

 

 

ルーファスもまた語る。クロスベルの明日を語った時とは違う重みを乗せて。

“激動の時代”とは世界大戦であると、ナギトと同じ予見を述べた。

 

2人は意見が通じ合っている事を理解すると少し笑んで続ける。

 

 

「オズボーン宰相の思考が雑……なら、“激動の時代”とは別の目的があるとか?」

 

 

「ふむ……ありえなくもない、か。というか、そもそも閣下の目的はなんなのだろう?」

 

 

「そこですね。“激動の時代”が目的でなく手段と仮定するなら、別の手段が見つかれば“激動の時代”なんて引き起こさなくて良い」

 

 

「面白い仮定だ。確かに閣下の目的が別にあって、それを達成するために“激動の時代”を引き起こそうとしていたのなら。代替手段を得られれば、それらを短縮して目的達成に近づけるのなら」

 

 

舌が滑るように回る。ナギトとルーファスは《鉄血の子供達》。親と仰ぐ《鉄血宰相》の意思を読み解く事に愉悦を感じていた。

 

 

「……回りくどい戦争をやる必要もなく、必要な手順を進めるだけなら、これまでとは違ってゴールが見えてるのなら、思考がシンプルになっても変じゃない」

 

 

たどり着いた結論は同じだった。

ルーファスが言った“オズボーンの思考が雑”な理由はすでにゴールが見えていて、あとはそこに進むだけだからだ。“激動の時代”なんていう複雑極まる大戦をスキップして直進すれば良いだけだからだ。

 

 

「であるなら……“激動の時代”を経ずに閣下の目的を達成できる手段とは?」

 

 

確認するかのようにルーファスは疑問を呈した。わかりきった答えに2人は子供のように声を合わせて答え合わせをする。

 

 

 

 

「「───《幻焔計画》」」

 

 

 

 

結社《身喰らう蛇》のオルフェウス最終計画がその二、《幻焔計画》。それはクロスベルの虚ろなる幻をもって帝国の焔を燃え上がらせるものだった。

 

帝国内戦終結をもってギリアス・オズボーンに《幻焔計画》は乗っ取られたが、ナギトとルーファスはそれこそオズボーンの目的のための手段であるという結論に行き着いた。

 

 

 

「───ま、ぜーんぶ仮定ですけどね」

 

 

 

仮定に仮定を重ねた妄想。

しかし帝国きっての天才貴公子と《理》に溺れる八葉一刀流の二代目が語り合わせた妄想だ。

 

互いにこれは妄想であると理解しつつも、現実味を感じていた。

 

 

「フフ」と優雅に笑うルーファスに、ナギトは単純な疑問をぶつけた。

 

 

「ルーファスさんは、なんでこの話を俺に?」

 

 

「それはもちろん、いざという時に君を味方につけるためさ」

 

 

「いざという時に、俺があなたに味方するとでも?このクロスベルでこれまでの借りはぼちぼち返せたと思うんですが」

 

 

ナギトがルーファスの命令を聞き入れるのはオズボーンとの交渉があるからだ。加えてこれまでの借りが、ナギトに必要以上の仕事をさせていた。アリオスの逮捕なんかが良い例だ。あれは命令されたわけでもなく、ナギトが自主的にやった事。すべてはルーファスへの借りを変えそうと気まぐれを起こしたからだ。

 

「フフ、それとは別さ」とやはりルーファスは優雅に微笑む。紅茶を飲む仕草が手慣れていて、そこらの町娘ならこれらの動作だけでキュンとしちゃうくらい様になっている。

 

 

「私は最初から君には友好的だったろう?」

 

 

 

「は?」

 

 

肚の底から疑問が出た。友好的?どこが?とリィンら同級生相手なら詰め寄ってたところだ。

 

 

「ヒントを与えたりもした。……ほら、覚えていないかい?アルバレア城館で私と君は立ち会っただろう?」

 

 

「ありましたね、ボッコボコにされましたけど。リベンジマッチ開催してもいいって話です?」

 

 

「殺気立つのはよしたまえ。……んん──“いいや、私は城将さ”」

 

 

 

「?………、………………あーっ!?」

 

 

 

思い出した。

 

 

──“「あなたも大概…タヌキですね」”

 

──“「いいや、私は城将さ」”

 

 

それはかつて翡翠の都で交わされたやり取り。腹芸の後の負け惜しみ。

 

それにルーファスは自らを城将だと言ったのだ。それはきっと己が《翡翠の城将(ルーク・オブ・ジェイド)》であるというヒントでもあったのだろう。

 

 

「マジか!マージーか!やってんなあ、あんた!!」

 

 

たまらずタメ口になってしまう。

思えば、ほとんど話した事もない相手にそんなヒントを与えるとはルーファスらしくない。完璧なルーファス・アルバレアらしくないのだ。

 

だからこそ、これは不器用極まるルーファスの友好の証なのだ。

 

 

ナギトの反応にルーファスはくつくつと喉を鳴らして優雅に、愉快そうに笑う。

 

 

「君……こういうの好きだろう?」

 

 

ルーファスはナギトの人間性を見透かしてくる。確かにナギトはこういった伏線回収のようなものには弱い。

 

 

「……そうですねぇ。やられましたよ、面白い」

 

 

これではあと一回くらいは力を貸したくなってくるではないか。

 

 

「フフ……それなら良かった。では今後ともよろしく頼むよ、ナギトくん」

 

 

「面白いものを見せてくれた礼は、すぐにでも返した方がいいですか?」

 

 

「いいや、まだ先にとっておいてもらおう」

 

 

「そうですか」と軽々しく受け取る。

この時、言葉通りの意味に、クロスベルの運命が決まってしまったのかもしれない。

 

そんな重さを感じさせず、ナギトは一礼して「では」と退室しようとする。

その間際、かつてと同じセリフを浴びせた。

 

 

 

「───あなたも大概…タヌキですね」

 

 

 

「───いいや、私はルーファス・アルバレアさ」

 

 

 

やはりそれにも、重大な決意が秘められていた。

 

 

クロスベルの最後の轟報─────その時は近く。

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