八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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《刀神》vs《闘神》

 

 

「ふーむ……中々に歯痒いもんだな」

 

 

クロスベル市は火に包まれていた。

《Ω》の首魁クロウ・ゼネフォードの再起不能と《アナザーフォース》のクロスベル退去からわずか2日後、《赤い星座》はクロスベル市を襲撃した。

 

 

当然のように、カルバード共和国も同時期に国境侵犯し、帝国軍クロスベル部隊と矛を交えている。

戦線の拡大を防ぐため帝国本土からの援軍がないのは事前に言われていた通りだが、それでもルーファスはあえて後手に回っているように思えた。

 

 

オズボーンの指示によるものだろうか、わざとクロスベル市を破壊させる事で復旧には帝国の規格を持ち込み、クロスベルをより帝国ナイズするための。

 

 

「にしては度が過ぎてるか」

 

 

これがルーファスが彼の思考を雑と言い放った理由だったりするのだろうか。

 

 

───なんて思考で焦燥感は誤魔化されてくれない。

街が焼かれている。人が襲われている。その事に、腹立たしさを覚えている。

事前に避難勧告があったため、市民の大多数は街から姿を消しているものの、それでも被害はある。

 

 

「リィンたちに毒されたか」

 

 

Ⅶ組として行動する内に彼らの正義感がうつってしまったのか、民衆の犠牲にひどく心がざわついた。

本質的にはひとでなしのナギトだが、今すぐにでも走り出して市民の救出を行いたい衝動に駆られている。

 

 

だが、それはできない。ナギトはこのオルキスタワーで《赤い星座》を迎え撃つ役割を与えられたからだ。このロータリーからはクロスベル市内から上がる火の手や民衆の叫びが聞こえていた。

 

 

 

「俺も大人だしな。仕事にいらぬ私情は持ち込むまいよ」

 

 

空虚に過ぎる、己への言い訳。それでも自らをここに縛り付けるだけの材料にはなる。

 

 

優先順位を忘れるな。

クロスベル市民の命は、Ⅶ組の連中の平穏と比べれば安いものだ。

 

 

「くそったれ」

 

 

悪態をつく。やっていられない。それでもやるしかない。

そんな風に自分に言い聞かせる事100は数えたか、ようやくナギトの前に《赤い星座》の面々が現れた。

団長《闘神》シグムント・オルランドを筆頭にシャーリィが続き、その背後には20人に及ぶ精鋭が並んでいる。

 

 

「はじめましてだな、《刀神》」

 

 

「はじめまして、《闘神》」

 

 

ようやくだ。雑念など許さぬ強敵がナギトの前に現れてくれた。意識的に / 無意識レベルでスイッチを切り替える。

 

それとほぼ同時だった。地を蹴ったシグムントがナギトに肉薄する。跳躍し、重力さえ味方につけた戦斧の一撃が叩きつけられた。

 

 

「ぬぅん!」

 

 

鬼の気迫と共に打ち付けられたそれを、ナギトは左手に太刀をつくりだす事で防ぎ、手刀でシグムントを薙ぎ払う。

 

シグムントは再び跳躍して今度は距離をとる。ナギトの手刀は浅く脇腹を裂いていた。

 

 

「ふむ……どうやら《刀神》を名乗るに相応しい実力はあるようだ」

 

 

「パパってばずるい!シャーリィが一番に戦うつもりだったのに!」

 

 

不敵に笑むシグムントの横でシャーリィが駄々を捏ねている。2人の様子はやはり戦闘狂のように見える。

 

 

「おっかないオッサンだな。……なら今度はこっちが選定してやろう」

 

 

“幻造”の太刀に鞘を纏わせる。それを腰に構えて───

 

 

「──跳べっ!」

 

 

振り切る“神威残月”。神速の剣閃はしかし、シグムントの指示でジャンプした猟兵たちに躱されてしまう。

 

 

「甘い甘い」

 

 

そこまでが想定内だ。

ナギトは左手を銃の形に象ると、指先から闘気を凝縮した弾丸を発射した。

 

シャーリィには見せた、曰く人の頭蓋を撃ち抜ける強度のそれをマシンガンの如く連発し、緋色の弾丸はどれも直撃、拡散炸裂した。

殺傷力は落ちるが攻撃範囲を底上げするナギトの新しい戦法だ。そのどれもが対象を気絶せしめるだけの威力を持ち、しかも連発されたとなれば、いくら歴戦の《赤い星座》の猟兵とは言え意識を刈り取られるのも無理はなかった。

 

 

「チィ……」

 

 

着地したシグムントが背後を確認して舌打ちする。部下は全員が脱落していた。ナギトの選定に受かったのはシグムントとシャーリィのみだ。

 

 

「さすがに《閃撃》クラスはいないみたいだな。……クロスベルの連中も中々タフだ。市内の襲撃もおろそかにはできないよな?」

 

 

当然の話だが、《赤い星座》は戦力を分散させている。クロスベル市の各区画を襲うための作戦だ。しかも今回の襲撃は2度目。以前の独立国騒ぎ前の襲撃ではなす術なく焼かれたクロスベルの街だったが、今回は事前に噂という形でも襲撃が予測されており、《赤い星座》側の難易度は前回より上だ。

 

 

「おっかないのは貴様の方だな。……さすがの《刀神》もこの人数で囲まれれば厳しかったか?」

 

 

シグムントは余裕げな表情で双戦斧の片方を肩にかついで問いかける。軽口のようでいて、わずかでも敵の情報を引き出そうとする手練れのやり口だ。

 

 

「囲まれればな。さすがに周囲の被害ゼロに抑える事は難しかろうよ。だからと言うわけでもないが、間引かせてもらったよ。どのみち、この程度に反応できなきゃ戦いには雑音だ」

 

 

「雑音、か………。やはり貴様は強さに固執するタイプのようだな。勝ち負けよりも純粋な力比べ、技比べに心躍るタイプだろう?」

 

 

「武人としてはな。今回はそれと仕事人としての目的がマッチしたからそうしたまで」

 

 

答えてやる。シグムントの質問に答える義理もないナギトだが情報を与えるのは、ただの余裕からだった。

 

 

「ね、だから言ったでしょ。少なくとも部隊長クラスじゃなきゃ戦いの舞台にすら上がらせてもらえないって」

 

 

冷静にナギトを見るシグムントの横でシャーリィが凶悪に笑う。ナギトと戦える展開に胸が高鳴ってしょうがないのだ。

 

 

「ふ。そうだったな。………改めて、はじめましてだ、ナギト・ウィル・カーファイ。俺はシグムント・オルランド。猟兵団《赤い星座》の団長……今代の《闘神》だ」

 

 

「どうも、《闘神》シグムント。こっちの自己紹介っている?」

 

 

「一応聞かせてもらおうか」

 

 

「聞かせて聞かせてー」

 

 

シグムントの貫禄にシャーリィの幼く純粋な圧力が乗っかる。どこか武人同士の決闘前の名乗り上げに似たものを感じてナギトは苦笑した。

 

 

「八葉一刀流二代目継承者にして、総督府付き臨時武官、《鉄血の子供達》が一、《緋玉の騎兵》ナギト・ウィル・カーファイ。以後お見知り置きを」

 

 

「ハッハッハ、何とも大層な肩書きだ。しかしそれに劣らぬ見事な剣気……《刀神》の異名は伊達ではないか」

 

 

ナギトの名乗り上げ。それに伴う無形の圧力をシグムントは笑って受け流す。《闘神》の異名が伊達ではないとはこちらのセリフだ。

「光栄だ」とシグムントからの称賛を聞き流して太刀を構えた。

 

 

「相手にとって不足はない。……ハンデはいるか?」

 

 

「2対1でちょうどいいハンデだろ」

 

 

挑発には挑発を。鬼笑を浮かべたシグムントが闘気を爆発させる。

 

 

「上等!」

 

 

クロスベルの運命を決める第一戦はこうして始まった。

 

 

☆★

 

 

「ぬるい!こんなものか《刀神》!?」

 

 

ナギトvsシグムント&シャーリィの戦闘が始まり、まずナギトは“見”に徹した。

猟兵の戦い方は知っているが、シグムントは一流を超えた怪物だ。ゼノやレオニダス、あるいはシャーリィと比べても一線を画す超越者。

 

警戒に敬意を含めて様子見としたが、さすがに隙がない。シグムントもまた観察されている事に気づいて、攻めを苛烈にしたが“見”る事に注力したナギトを捉える事はできなかった。

 

 

「落ち着けよ。鬼の名を脱ぎ捨て神を名乗るのならな」

 

 

だからこその挑発。こめかみに青筋を立てて怒っているモーション。それに乗ってくれれば儲けもの、程度に思って発した言葉には、耳元で返礼された。

 

 

「──!?」

 

 

戦斧で振り払う。紙一重で避けたナギトはバックステップで距離を取りつつ「かっかっか」と調子よく笑う。

 

 

「くすぐったかったか?新しい《闘神》様は耳が弱点と見た」

 

 

「若造が……!」

 

 

「あっちゃ〜、パパでも遊ばれちゃうかあ〜」

 

 

そんな2人の様子を見てシャーリィが肩を落とす。今のはシグムントの隙ならぬ隙を突いたナギトの遊びだ。

そしてそれはようやく“見”の段階を終えた宣言でもある。

 

 

「その双戦斧……思ってた以上にパワフルだ。俺の“幻造”じゃ砕かれちゃうかもだから……」

 

 

異空に手を差し込む。

 

 

「こっちを使おう」

 

 

引き抜く、黒金の魔剣レーヴァテイン。

 

 

「ほう……魔剣の類か」

 

「そっか……おにーさんも」

 

 

それぞれ感想を漏らす。この2人は結社とも関わりがあるため、その反応は自然とも言えた。

 

 

「さて……いくぞ?」

 

 

断りを入れて「雷軀来々」。ナギトの周囲に6体の分身が侍る。それぞれが魔剣を一斉に振るう。それは六の型───

 

 

「秘技、飛燕斬」

 

 

緋き斬撃はシグムントとシャーリィに向かったが、途中で軌道を変えてそのすべてがシグムントに殺到した。同時に6体の分け身すべてが雷を伴ってシグムントに攻撃を仕掛けた。

 

これでシグムントを倒せるとは思っていない。むしろ足止めの意味合いが大きく、なぜシグムントを足止めする必要があるかというと。

 

 

「まずはお前」

 

 

分け身にシグムントを任せて、ナギトが踊りかかったのはシャーリィだった。

 

黒金の魔剣を《緋の騎神》と同じ名を持つ得物で迎え撃つシャーリィ。その顔には凶笑が貼り付けられていて、これから始まるバトルに心を躍らせている様子。

 

 

「紅葉切り」

 

 

しかしそうはならない。ナギトは特務支援課とのラストバトルが控えていて、だからこのこの戦いを最小限の消耗で抑えようと考えているからだ。

 

つまり今のナギトには一切の慢心もない。

 

 

「───ッ!?」

 

 

鋭い一閃が疾る。

魔剣はテスタ=ロッサを斬り断つ。一瞬の拮抗もなく、暴力の具現であるかのような武器を一刀両断した。

 

シャーリィが驚愕に目を見開いた隙を見逃すナギトではない。

 

 

「破空 : 突」

 

 

放たれた圧力によってシャーリィは吹き飛んでいく。オルキスタワー前のロータリーから姿を消した。

 

それとほぼ同時にシグムントがナギトの分け身たちを切り伏せて斬撃と雷撃の獄から脱出していた。

 

 

「今の一瞬でシャーリィを…!」

 

 

はあ、と大きく息を吐くシグムント。分け身とは言え6体のナギトを相手にして無傷では済まず、右面から右腕にかけて火傷しており、体のあちこちには切り傷ができている。

 

 

「この程度か、《赤い星座》。オルランドの血も底が知れたな」

 

 

魔剣を肩にかついで余裕の挑発を行うナギト。怒りのままに向かって来てくれれば楽だが、シグムントはそう安い相手ではない。

 

 

「ハッハッハ!……吠えるな、若造め。慣れん《闘神》はしばらく封印だ。………見せてやろう、八葉の剣客。《赤の戦鬼》の戦いをな」

 

 

───否。否。否。

ナギトの総身がアラートを鳴らす。そうして気づいたのだ、眠れる鬼を目覚めさせてしまった事に。

 

 

 

「オオォォオオオオオッ─────!!」

 

 

大地を揺らす咆哮。シグムントのそれはそう錯覚させるほどの圧力をもってナギトに武者震いをもたらした。

 

 

「ウォークライ……いや、自己流に高めた絶招か」

 

 

オーガクライ。それは絶招なんて上品なものではなく、しかして《赤の戦鬼》の本性を引き出す絶叫だ。

 

シグムントが地面を蹴った。それだけで敷き詰められたタイルが砕けるほどの力。反発は凄まじく猛烈なスピードでナギトに迫った。

 

 

振り下ろされる戦斧を魔剣で受け止め、流して反撃の切り上げ。それはシグムントの胸板を裂いたが────

 

 

「効かんな」

 

 

戦斧の振り下ろし。人の頭蓋を割って余りある威力。

シグムントの足を蹴って軌道を逸らし、同時に後方宙返りを決めて距離を離すが、無傷とはいかない。

 

 

「っと、っと、っと。……ちぃと甘く見たか?」

 

 

着地したナギトの視界に赤いカーテンがかかる。額からは血が流れていて、ほんの少しでも対応を誤れば頭を切り飛ばされていた証左だ。

ナギトは額の血を拭うと、アーツを施そうとしたが、それを許すほどシグムントは優しくない。

 

 

戦斧が連続で振り下ろされる。ナギトはバックステップで避けていくが、そのたびにロータリーのタイルが砕けて破片が飛び散った。

 

 

「なんつっ…て!」

 

 

語尾に力を入れて、ナギトが反撃する。応急処置をしようとする様はシグムントの攻撃を誘うための罠だったのだ。

 

反撃の“龍炎撃”はシグムントに直撃した。ナギトがそうなるように仕向けたのだから当然だ。しかしこれはシグムントにとっても計算内。ナギトの罠を見越してそれでも突進したのだ。

 

 

「ぬぅう…おおっ!」

 

 

シグムントは戦斧を大きく振り上げると、そのまま地面に打ち付けた。その衝撃はオルキスタワー前のロータリーを完全に粉砕する。

それによって生じた爆発的な圧力はナギトを吹き飛ばした。

 

 

「げえっ!?」

 

 

着地したナギト。先のシグムントはナギトの反撃を意に介さず、そのまま戦斧を振るった。傷は受けたはずなのに、ノーダメージの如く振る舞っているのだ。これはおそらくウォークライに近似した叫びによる効果だとナギトは看破した。

 

要はアドレナリンどぱどぱで痛み感じねー的なアレの上位互換だと。

 

 

「さーて」

 

 

思考のギアを切り替える。シグムントが土煙の中から飛び出してくるのは同時だった。

 

 

叩きつけられる双戦斧を魔剣で受け止める。身体中の骨を砕く衝撃はすべて足裏から地面に逃した。

 

地面が砕けた事によってシグムントの着地がわずかに遅れ、生じた時間に足払いをかける。シグムントの体勢が崩れて空中で横倒れになった。

 

 

振り下ろし、シグムントを両断する魔剣───

 

 

 

「アハッ─────!」

 

 

 

───それは、横合いから伸ばされた赤き獣爪によって阻まれた。

 

 

「意識を失っててもさあ!」

 

 

次いで振るわれる獣爪、獣腕、獣牙。

 

 

「意外と身体は覚えてるもんだよねぇ……!」

 

 

赤く染まった───否、赤で象られた虎。それを背に纏うシャーリィが戦線復帰した。

 

 

「ほう、あの時の感覚を掴んだか。なかなかやる」

 

 

シャーリィの手にはすでに断ち切られたテスタ=ロッサはなく、以前ウルスラ間道で発現させた闘気の圧縮によって攻防一体の虎を鎧っていた。

 

 

「アハハ……おにーさんに褒められちゃった。でも、おにーさんもこれ…できるでしょ?」

 

 

「まあな」と返すナギト。シャーリィがやっているように闘気を圧縮して鎧う事は可能だが、それは“幻造”よりなお闘気の運用効率が落ちる。

 

 

「でもそれ、続くか?」

 

 

「それは言いっこなし!こぉんなに愉しいんだからさあ、後がどうなろうと知ったこっちゃないよねえ!」

 

 

獰猛に笑むシャーリィ。その姿に虎を幻視する。未だ子虎かと思っていたが、ナギトの十全の警戒を引き出すほどにレベルアップしていた。

 

 

「シャーリィ……助かったぞ」

 

 

地面を転がってエスケープしたシグムントはシャーリィの隣に立つ。2人は視線を交わすと短く頷きあった。

 

 

「それじゃあおにーさんっ!第二ラウンド…開始しよっか!」

 

獰猛に、純粋に、少女のように微笑んで。

シャーリィとシグムントはナギトに襲いかかった。

 

 

☆★

 

 

「──クリムゾンフォール!!」

 

 

 

双戦斧による重撃。身を翻して躱す。しかし直撃は避けられても周囲を薙ぎ払う衝撃だけは逃がせず、ナギトはわずかに体勢を崩した。

 

 

「──レッドディバイド!!」

 

 

その隙にシャーリィの纏う赤虎による連撃が叩き込まれる。いかにナギトと言えど体勢を崩していては全てを捌ききれずダメージを受け、トドメとばかりにエネルギー波が放たれる。

 

 

「まぁだ甘いね!」

 

 

しかしそれを喰らってやるナギトではない。ダメージを受けながらも体勢を立て直したナギトは迫るエネルギー波を受け流して空に逃した。

 

 

「やるねえ……!」

 

「シャーリィ、遠距離は流されると思え。近距離攻撃もコンパクトにまとめろ!」

 

 

シグムントはナギトの受け流しが螺旋の技術によるものと気づいたようでシャーリィにアドバイスする。

 

2人の連携は、さすが親子と言うべきか戦術リンクもかくやと言うべき見事なものだった。シャーリィが攻めを担当し、シグムントはナギトの反撃を許さないようサポートする。ナギトは攻めあぐねていた。

 

しかし、攻めあぐねているのはシグムント、シャーリィペアも同じ事だった。むしろこの親子こそ追い込まれていると言っていい。

 

 

「龍炎撃、改メ」

 

 

ナギトの魔剣から龍炎が立ち昇る。龍の形に押し固められた炎の数は8つ。

 

 

「──八岐大蛇!」

 

 

龍を8つ首の大蛇に変化させ放つ。即興の炎は2人を取り囲むようにして迫った。

 

 

「ハアッ!」

 

 

が、それはシャーリィが纏う赤黒い闘気の虎によって叩き落とされてしまった。

 

 

「はあっ……はあっ……」

 

 

肩で息をするシャーリィ。その消耗はすでに限界に近づいていた。攻撃、そして防御に回す虎の鎧はひどく闘気(CP)を消費し、今や形を維持するのさえ一杯一杯だ。

 

 

「シャーリィ……」

 

 

一応庇われた形になったシグムントは心配そうにシャーリィを見る。その端目には余裕ったらしく笑うナギトがいた。

 

 

「いやー、雑だね。大雑把!案の定もうお疲れじゃんよ」

 

 

それはシャーリィの闘気虎についての言及だ。瞬間火力や汎用においては目を見張るものがあるが、シャーリィのそれは超短期決戦用にて輝く代物だ。

 

闘気の運用効率の悪さを見抜いたナギトのように、相手にまともに受ける気力がなかったりわざと広範囲をカバーさせて消耗を早めさせたりする相手には相性が悪い。

 

 

「……あんまり見くびらないでよね………まだまだ、やれるんだから」

 

 

「勢いがねーなー」

 

 

奮起するシャーリィだが、ナギトはそれを一笑に伏した。挑発とは言え、あまりにもあまりな行いにオルランド親子はポジションチェンジ。今度はシャーリィではなくシグムントがナギトに襲いかかった。

 

 

振り下ろし、薙ぎ、叩きつけ、縦横無尽に振るわれる双戦斧はすべてナギトには届かない。

技術と速度でシグムントを上回るナギトにとって、その乱撃は予定調和の如く対処に易いものと化していた。

 

シグムントがナギトに勝るのは膂力だが、一撃粉砕の力も当たらなくては意味がなく、もし当たったとしても隙をつかなければ空や地面に威力を流されてしまう。

 

 

ほとんど詰みと言って良かった。そんな状況にあってなお、シグムント相手には一切の油断慢心が命取りになる相手だとナギトは理解していた。

 

 

だからこそ、丁寧に。

まずは弱いやつから先に倒す。

 

 

「破空」

 

 

戦斧の連撃の隙間に“破空”を差し込む。仰け反った──それだけで持ち堪えたシグムントを足蹴にしてシャーリィに肉薄。魔剣を振るうが、両腕を交差した虎によって阻まれてしまう。

 

力を込める。闘気でできた虎の姿がだんだんとほどけていく。

 

シャーリィの顔が苦悶に歪み────そして笑んだ。

 

 

「罠だって気づかない?」

 

 

瞬間、ナギトの背後の地面から虎の腕が突き出した。有り得ぬはずの虎の3本目の腕。それの鋭い爪がナギトに迫る。

 

 

「そんなもんはねえよ」

 

 

降り注ぐ剣群。ナギトに突き立てられるはずの虎爪は宙空から放たれた刀剣に刺し貫かれて消滅する。“幻造”によって編まれた武具だった。この一瞬だけでシャーリィはナギトがこの技術において何歩も先を行っているのだとわからされた。

 

 

シャーリィの鎧う赤黒い虎は闘気で出来たものだ。だから、本来は“虎”なんて定型に拘る必要はなく、だからこそ3本目の腕を地中に潜ませるなんて芸当もできる。

 

だが、それゆえに闘気の扱いにおいて世界最高峰のナギトが、地中に姿を隠しただけの虎腕の気配を読み逃すなんて事はあり得ないのだ。

 

 

「終わりだ」

 

 

殺す気はない。刻むのは格の違いだ。虎の防護が完全に消滅したシャーリィに魔剣を振りかぶる。

 

 

「こっちを見ろォ!」

 

 

体勢を立て直したシグムントが叫ぶが、それではナギトの刃は止まらない。

 

 

 

そして凶刃は振り下ろされる─────

 

 

 

 

「はい、ストップ。お待ちくださいな、御三方」

 

 

 

─────瞬間、氷が弾け魔剣が舞う。

 

 

ナギトはシャーリィを放置してそれらを回避すると、予想外の闖入者の姿を確認した。

 

蒼鳥が折れ曲がった街灯に止まる。一呼吸だけ間があって、声の主の姿が投影された。

 

 

 

「“あらゆる自由”が執行者の特権とは言え、さすがに殺し合いは容認しかねるわね。あなたたちの上司…使徒の身としては」

 

 

結社《身喰らう蛇》第二柱《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダ。

妖艶な魔女の姿が宙空に映し出されていた。

 

 

「あれー、お嬢さんじゃないんだ?」

 

 

ナギトも剣を下ろし、危難を脱したシャーリィは肩の力を抜いてクロチルダに話しかける。

 

 

「第三柱が来たらまた事態をかき回すでしょう?…だから私が派遣されたのよ」

 

 

クロチルダと同じく蛇の使徒の新しい第三柱としてスカウトされたのは、このクロスベルの地を治めていた血族の末裔マリアベル・クロイスだ。クロスベル出身という事もあり、彼女が出張ってくるのが筋とも言えたが、そこは破綻者であるマリアベルの性格だとナギトとオルランド親子の戦いを“もっとやれ”以上の演出で彩る事になるだろう。

そのためナギトとも親交のあるクロチルダが派遣されたのはある意味当然であった。

 

 

「別に殺す気はありませんよ。……俺はね」

 

 

「うーん、確かにずっと殺気はなかったかなー」

 

 

あっけらかんと言う新米執行者たちにクロチルダは頭を抱えてため息を吐いた。

 

 

「……まったく。私にはわからない生き物ね、戦士というものは………。結社からのオーダーを伝えるわ。“双方、剣を収めなさい”」

 

 

ナギトもシャーリィも結社の執行者の身分を持つ。執行者には“あらゆる自由”が保障されてはいるが、組織の命令は受け入れた方が良いのは間違いない。

 

 

「シャーリィは構わないかなー。正直もう限界だし」

 

 

シャーリィは大袈裟に尻餅をつくと両手をひらひらさせて白旗をあげている様子。ナギトもまたひとつ息を吐いて答える。

 

 

「俺としても、そちらさんが退いてくれれば戦う理由はありません」

 

 

ナギトの回答まで受け取って、場の視線はいっせいにシグムントに向いた。

 

シグムントは不機嫌そうに「ふん」と鼻を鳴らすと、やはり戦斧の片方を肩に担いで言った。

 

 

「気に食わんな。確かにシャーリィは結社入りしたが、俺たち《赤い星座》はお前たちの軍門に降ったわけではない。命令される謂れはないぞ」

 

 

「だそうで。なら俺も剣を降ろすわけにはいきませんね」

 

 

シグムントの答えを聞いてクロチルダとナギトは肩を竦める。シグムントのやる気にはナギトも応えるらしく、もはやクロチルダには止められる権利はなかった。

 

 

だがそこに《赤い星座》の団員がやって来てシグムントに何やら報告した。ナギトの強化された聴力によると、市内に散らばった団員は各自制圧され、帝国軍と共和国軍の戦闘も帝国軍が有利に運び、共和国軍にはもはや勝ち目はなさそうだと。

 

シグムントはそれらの報告を受けて「そうか」と言った。

 

 

「撤退する。各自分散しつつ敵を撒け。ポイントβで合流だ。……聞いての通りだ、今日は使徒殿の顔を立ててやろう」

 

 

シグムントの判断は早く、部下に指示を出すと送り出した。しかもクロチルダに恩を売るような形にしてるのが強かな猟兵らしい。

 

ナギトはクロチルダと目を見合わせて息を吐いたがしかし、シグムントの闘気が萎びる事はなかった。

 

 

「だが、その前に……一度、《刀神》の全力を味わっておこうか」

 

 

それはプライドだろうか。戦士の矜持か、シグムントの闘気は膨れ上がる。

 

「おいおいおい」と冷や汗を流すナギトにシグムントは告げる。

 

 

「シャーリィも言ったが、貴様…殺気がまるでないな。その境地の剣士が殺す覚悟もないわけでもあるまい。……ならばその剣に殺気が宿らんのは何故だ?」

 

 

真面目くさった質問だ。戦場において情け容赦を無用とする猟兵にはナギトの殺気のない戦い方は不思議だったのかもしれない。

 

 

「殺意がないからな。あっても収めるが。……シンプルにな、濁るんだよ……研ぎ澄ませた剣気に殺気が混ざると」

 

 

「剣士の理屈だな。……いいだろう。では最後の問いだ」

 

 

シグムントは一拍おいて、言う。ナギトはその質問を予期している。そしてその回答がシグムントを傷つけるであろう事も。

 

 

「何故、俺たちに殺意を抱かない?」

 

 

「いずれ共闘する機会を夢見て。……ここで首を落とすのは勿体無いと思ったんだよ」

 

 

これは挑発ではなく本心だ。《赤い星座》は結社とのパイプがある。なればいつか結社とオズボーンが敵対した時に、オズボーンがナギトに敵対した時に頼もしい仲間になってくれる可能性がある。

そんな淡い期待が、紛れもない本心だった。

 

だからこそそれはどんな挑発よりシグムントの心を泡立てた。演技ではなく額に青筋が浮き出す。「ナメやがって」と溢れた言葉には間違いなく殺意が込められていた。

 

だが、シグムントは「ふう」と肩の力を抜くと殺意を脱ぎ捨てた。

 

 

「腹は立つが仕方あるまい。戦とは両者に思惑があるもの……だが、最後に全力を放て。それがせめてもの礼儀というものだ」

 

 

シグムント・オルランドは猟兵であり、戦士であり、男であった。

言うと同時に得物を構えて闘気を高めていく。

 

 

ならばとナギトも応じて闘気を魔剣に集中させた。

全力……“八葉一閃”はダメだ、気分が乗らないしこの場にはふさわしくない。かといって大規模な“極技・無双天晴”はシグムントを蒸発させクロスベル市そのものを破壊してしまう。

 

 

だったら。とナギトは笑う。実戦では試していない大技がある。しかもこの場にふさわしいやつが。

 

それはもはや双剣交派(ダブルブランド)では収まらない。

 

 

剣理一束(フルコース)

 

 

神鳴刃 X 閃光乱舞 X 螺旋 X 風神裂破

 

 

 

「緋技……いや。───八葉刀神流、空の型」

 

 

 

風が渦巻く。雷光が弾け雷鳴が轟く。

 

クロスベル市オルキスタワー前のロータリーに嵐が具現していた。

 

 

「いいぞ!それでこそ《刀神》!!こちらも腕が鳴るというものだ!!」

 

 

そんな嵐を───その中心で魔剣に雷を収束するナギトに向けて、シグムントは獰猛な笑みを放つ。

限界まで闘気を高めたシグムントはさらに“オーガクライ”でブースト。極限の剛力を持って双戦斧を投げ放った。

 

2つの斧は回転して嵐を削り取っていく。時に放たれる雷撃に打たれながら、それでも戦斧は止まらない。それでも嵐は勢いを増すばかり。

 

 

シグムントは嵐の宙空で風に押され、雷に打たれ、螺旋に流されてなお、鬼の形相でふんばっている。

やがて双戦斧がシグムントの手に舞い戻る。赤き闘気が爆発し、それは落ちた。

 

 

 

「クリムゾンフォール────!!!」

 

 

 

嵐は、やまない。戦鬼の奥義では、《刀神》の嵐を砕けない。

 

 

イメージの始まりは《鋼の聖女》の“グランドクロス”。ナギトとしてはアレをまともに受けた事はないが、タネはわかっている。あの武神の奥義は闘気の嵐で敵の動きを封じ込めた後、己の全力を叩き込むもの。

 

 

嵐の中心から響いていた雷鳴はやがて止まった。

 

 

シンプルではあるが、アレはあの武神だからこそできる神業だ。行き詰まったナギトにインスピレーションを与えたのはリィンだった。リィンのクロスベル突撃訪問と模擬戦で、ナギトは剣嵐の厄介さを体感した。

 

 

嵐が拡張する。それは“クリムゾンフォール”の後隙を晒したシグムントをすっぽりと包む。

 

 

これはナギトの馬鹿げた闘気総量と出力があって初めて成せる技。剣技の枠に収まらぬ神の所業。《刀神》の絶技。

 

 

シグムントは嵐の中で動けない。風の刃が全身を裂き、それに付随する螺旋の力が行動を阻害していた。

そんな暗闇の嵐の中で、シグムントが見た光はナギトの手にある魔剣だった。雷光を瞬かせるそれにこの嵐の雷の力が収束されているのだと気づく。

 

 

「死ぬなよ」

 

 

それだけ言って、雷影(ナギト)は駆けた。

 

 

動けないシグムントを逆袈裟に斬る。

 

次いで収束した嵐が槍の如くしてシグムントの身体を貫き、最後に中空から雷が降り注いだ。

 

 

 

黒焦げになって倒れたシグムントの背後で、嵐の晴れたクロスベルで。ナギトは魔剣にこびりついた雷光を振り払って消す。

 

 

 

「───狂嵐怒涛・雷影後哭」

 

 

 

リィンをリスペクトした技名をカッコ良く言って決める。

 

 

こうして《刀神》と《闘神》の戦いは終わった。

傍観していたクロチルダによってシグムントは一命を取り留め、シャーリィは父親をかついで離脱していく。

 

 

「ちょっとこれはやり過ぎよ、ナギト君」

 

 

「パパが死んじゃうかと思ったよ、おにーさん!」

 

 

去り際の2人にそれぞれに暴言を吐かれた気がしたが、ナギトは聞き流した。

 

 

 

何はともあれ、これにて《赤い星座》の襲撃は凌いだ。

 

 

最後の一戦に向けて、ナギトはオルキスタワー屋上に向かった。

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