八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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クロスベルの覚悟

 

 

 

《赤い星座》によるクロスベル襲撃は終わった。団長以下すべての団員が撤収し、今は市内に放たれた火も鎮圧されている。

やがて避難していた民衆も街に戻り、クロスベルという都市は活気を取り戻していく事になるだろう。

 

そして、その時の彼らが帝国民となるか、あるいは自治州民となるか。それはこの決戦で決まる。

 

 

シグムントとシャーリィを退けたナギトはオルキスタワー屋上で特務支援課を待っていた。

 

特務支援課の連中は市内にバラけた《赤い星座》の団員たちの撤退を見届け、街の安全を確認してから総督府との決戦に赴いている。

 

オルキスタワーそのものはバリケードと《黒の工房》による対物理・魔法結界によって侵入不可で、ナギトが屋上で待ち受けているのは、屋上からしか特務支援課の侵入ルートがないからだ。

 

この防護結界は《赤い星座》の襲撃からオルキスタワーを守護する目的もあったが、特務支援課の行動を制限するためでもあった。

防護結界は中々に大した代物で、エマやクロチルダといった魔女くらいのエキスパートでなければ解除不可能なものに仕上がっている。

 

 

 

「………来たか」

 

 

オルキスタワー屋上で気の流れを整えていたナギトは立ち上がると、傍に突き立てていた黒金の魔剣を引き抜く。

 

ヘリのローター音が鼓膜を揺らす。軍用の飛空艇などが出払っている以上、彼らがクロスベルタイムズの報道ヘリを用いて空から来るのはわかっていた。

 

ヘリは屋上から10アージュ程度のところでホバリング。特務支援課の面々はそこから飛び降りた。

パイロットと記者グレイスは彼らの着地を見届けると「あとはきみたちに任せたわよ」と言ってオルキスタワーを旋回すると離れていった。

 

 

降りたのは6人の男女。

ロイド・バニングス

エリィ・マクダエル

ランディ・オルランド

ティオ・プラトー

リーシャ・マオ

ノエル・シーカー

いずれも《碧の大樹》に挑み、踏破した猛者たちだ。

 

 

「よく来たな、特務支援課。……また、言おうか?」

 

 

ナギトは、好んでいる。

こういった決戦直前の雰囲気を。交わす言の葉の清濁を。そのどれもが戦いに焚べるもの。血潮を熱く滾らせる薪となるもの。

 

ロイドの返事を待たずして、ナギトは告げる。

 

 

 

「ようこそオルキスタワーへ」

 

 

 

それは以前、ナギトとロイドが戦う前にかけた挨拶。今ではそれすら雰囲気を盛り上げる材料にできた。

 

 

「……ああ、来たよナギト」

 

 

ロイドは静謐な雰囲気のままナギトに相対する。

一見すると静かなものだが、その内情は炎が燃え盛っている事をナギトはわかっている。

 

 

「さて、一応聞くが……お前たち、どんな名目でここに来た?」

 

 

魔剣を肩に乗せ、ナギトは問いかける。“名目”──理由ではなく、そう表現した。

特務支援課のオルキスタワー──総督府への突撃の理由なんてのは“クロスベルを守るため”に決まっている。

だが、そんなものは総督府の仕事であり指命手配されているテロリストに指図される謂れはなく、だからこそ何らかの正当な名目がなければ、ナギトは容赦なくロイドらを打ちのめす算段であった。

 

ロイドは「ふ」と柔らかく笑んだ。ナギトがその意味を類推する間にエリィから紙束を受け取って正面に突きつける。

 

 

「クロスベル市民のおよそ6割の署名だ。俺たちはこれをもってクロスベル総督ルーファス・アルバレアの解任請求を行う」

 

 

クロスベル市民の署名。そんな情報をナギトは知らない。特務支援課は密かに、極秘裏に進めたのだ。この日のために。

 

 

 

「────リコールだ」

 

 

 

宣言するロイドに、ナギトは喝采を贈る。

 

 

「素晴らしい!まさかそんなウルトラC……いや、真っ当にして妥当な権利を行使するとはな!」

 

 

「そうだ、これは俺たち帝国民の権利───帝国法に則った正しい手続きだ」

 

 

帝国民である事を逆手にとった、まさに奇策であった。

しかしあのルーファスが、こんな当然のやり方を知らぬわけでもない。だからこの署名──解任請求はこの状況でしか通らない。

 

正当な手段で署名が届け出られたとしても、燃やされるか、クロスベル州用に新たに法律が敷かれて徒労に終わるだろう。

 

 

だからこそ今なのだ。

共和国との軍事衝突、《赤い星座》による市内蹂躙。クロスベルという街が乱れに乱れた現在だからこそこのリコールは通る。

此度の騒ぎで周辺国もクロスベルを注視している事だろうし、この解任請求を大々的に行えば、帝国もそれを闇に葬り去る事なんてできない。

 

 

「……となると、クロスベルタイムズはそのために張り切ってるのか。もしかして共和国にも手を回してたりする?」

 

 

「ああ、グレイスさんの伝手を使ってね。軍同士の衝突に紛れて共和国の記者にクロスベル入りしてもらった。……この解任請求を大々的に行えば共和国でもそれは報道される手筈になっている」

 

 

「なるほど、なるほど。……いやはや、なかなか大した作戦だ。が……わかってるな?」

 

 

この署名による解任請求は、総督府を完全に制圧しなければ通らない。何故ならロイドらが敗れてしまえば署名も“不慮の事故”でどこぞへ消えてしまうからだ。

 

そうなると、乾坤一擲が失敗したとして再び署名を集めるのも困難になり、クロスベル州用に新しく法律が制定され解任請求の権利そのものが無くなってしまう可能性もある。

 

 

「もちろんわかってるさ。……これは賭けだ。こんなギャンブルに頼らなければならないほど、きみやルーファス総督は強敵だ」

 

 

「はは、過大評価…とはもう言わないでおくぜ」

 

 

こうしてナギトから問いかけられた“名目”の話は終わった。今度はロイドたち特務支援課がナギトを問いただす番だ。

 

 

「それでナギト……やはり退いてくれる事はないんだな?」

 

 

「おうよ。こちとら仕事だしな」

 

 

「それだ」とロイドは指摘した。

 

 

「きみがそもそもクロスベルに来たのは、ギリアス・オズボーンの命令があったからだな?」

 

 

「イエス」。答える。これはきっと答え合わせなのだ。

 

 

「そしてルーファス総督の指揮下に入った。総督府付きの臨時武官として。……だが、きみの挙動は帝国政府の手先として不審だった。……アリオスさんの件は置いておくとして、きみはどこかクロスベルに肩入れしているように見えた。それは何故だ?」

 

 

それはいつか話した事ではなかっただろうか。しかし、あの頃と今とではナギトの心情は変わっている。おそらくロイドはそれを見抜いているのだ。

 

 

「それは俺がクロスベルを愛していたからだな」

 

 

零・碧の軌跡におけるロイドたちの物語を知っている。だから俺はナギトとして以上にクロスベルに思い入れがあった。

 

 

「過去形だな。心変わりしたのか」

 

 

ロイドの指摘はいちいち的確で、もっと色んな事を喋りたくなってしまう。

 

 

「まあな。とある人と話してな……それでちょいと俺のクロスベルに対する気持ちが変わったんだ」

 

 

「ゼロか」とロイドは言い当てた。ナギトが語る“とある人”とは《アナザーフォース》の総司令ゼロで間違いない。

 

 

「よくわかったな。あの少ないヒントで……捜査官は伊達じゃないな」

 

 

ナギトはゼロとの会話で、自身のクロスベルへの感情が“特異点”としてのものだと認識した。

それからナギトは己自身としてクロスベルに向き合い、そして自分の感情に名前を付けた。

 

 

「俺はゼロと話してクロスベルへの見方を変えた。今までは美点ばっかり見て来たが……今度はフラットな目線で見てみた」

 

 

「フラットな目線……」ロイドが呟く。その背後にいた特務支援課のメンバーたちも険しい表情で黙考していた。

 

 

「クロスベルはな、確かに被害者だ。エレボニア帝国、カルバード共和国……二大国に挟まれ、その両国から利権を貪られた弱者だ。古くは軍の衝突、最近は暗闘なんてのもあって市民の被害だって出てる。……うん、間違いなく被害者だ」

 

 

それは前振りだ。そんな事はわかっている特務支援課の面々はさらに表情を険しくして続くナギトの言葉を待った。

 

 

「で、お前らはいつまで被害者の立場に甘んじてるんだ?」

 

 

「てめえ、ナギト……どういう意味だ、今のは……?」

 

 

ここで堪らず口を出したのはランディだった。ランディ──元猟兵であるランドルフ・オルランドこそナギトの言葉の意味を理解できるだろうに。

 

 

「お前らはな、甘ったれなんだよ。てめえらの決断を先延ばしにして、二大国に好き勝手される現状は、全部他人の責任にして被害者面だ。“私たちは被害者です。何も悪くありませーん”ってな。……クロスベルがもっと早くどちらかの宗主国の属領になっていれば、これまでに出た被害だってなかったかもしれないのにな」

 

 

これには特務支援課の面々は静かにキレた。ナギトの発言には真実が多分に含まれているからだ。まったくの的外れなら、むしろ呆れるだろう。

 

 

「何が不満だ?何が気に食わない?クロスベルは帝国に併合されて豊かになったろう。二大国の暗闘にも脅かされる事はなくなった。……どうしてそこまでクロスベル“自治州”という名前にこだわる?」

 

 

それは質問か、諭しているのか。あるいは挑発だったかもしれない。ロイドは怒りながらも、淡々と答えていく決意をした。

 

 

「元から帝国民だった者と元クロスベル自治州民であった者たちに格差がある」

 

 

「いずれなくなる」

 

 

「《Ω》なんていう帝国を源流とするテロ組織が流入した。市民に被害も出ている」

 

 

「それは申し訳ない。だけどクロスベルに反帝国思想のテロリストが多くいた事も《Ω》による被害を大きくした一因だろう」

 

 

「帝国は……お前たちは!俺たちのクロスベルから伝統と誇りを、自由と権利を奪った!」

 

 

ナギトの飄々とした返しに、ロイドは堪えきれず淡々とした態度を崩した。叫ぶ様は悲痛に見えて、だからこそナギトは悪辣に笑んだ。

 

 

「誇りでメシが食えれば世話ねえな。自由とやらで人の命を救って見せるか?」

 

 

「〜〜〜────ッ!」

 

 

ロイドはトンファーを取り出すとナギトに突進した。怒りに任せた一撃では、ナギトには万が一にも届く可能性はなく、容易く転ばされて仲間たちの所へ蹴って返される。

這いつくばりながらも、ロイドは言った。

 

 

「確かにそうだ……っ。誇りじゃ腹は膨れないし、自由だけでは人の命を守れない……!──だけど俺たちは愛しているんだ!大国に挟まれてなお、踏みつけられてなお、立ち上がる強さをもったクロスベル自治州を!」

 

 

ロイドの言葉にナギトは静かに「グレート」と呟く。それは誰の耳にも届かず虚空に溶けていった。

ロイドの、特務支援課の────否。クロスベルの総意を魅せつけられたナギトは、だから口撃を続けた。

 

 

「我儘だな。その我儘が自分たちの首を絞めるとわかっているだろうに」

 

 

「我儘なんかじゃないさ。これは願いだ。クロスベルに住まう人々が実名で総督に解任請求をする……これはあの独立国の事件から俺たちが成長した証だ」

 

 

“願い”───ナギトは元々それが集積して生じた存在だ。“クロウを救いたい”──そういった願いの。だからナギトはその言葉に弱かった。

 

 

「そうか、そうか………。うん、見せてもらったよ、その覚悟……」

 

 

独立国騒ぎの前日、クロスベルで実施されたアンケート……それは独立の是非を問うものだった。クロスベル民の大多数が独立を支持し、その結果をもってディーター・クロイスはクロスベル独立国を宣言した。

ディーターの妙は独立国の責任をすべて己で引き受けた点だ。アンケートの結果で誰がどのような思想をもっているか把握していただろうに、ディーターはそれを公表せず、もし独立国が失敗した場合でも市民に責が及ばないように策していた。

 

だからクロスベル市民は事件の後、安心してディーター1人にすべての責任をおっ被せる事ができたのだ。

 

しかしこの解任請求で使う署名は実名必須のもの。しかも総督府に届け出るのだから、いったい誰が帝国政府に反感を抱いているのか丸わかりだ。

それでも署名したのだから、それはきっと勇気と覚悟の結晶なのだろう。

 

 

「確かにきみの言う通りだった……ナギト。クロスベルは帝国と共和国という二大国に挟まれて、その被害を受ける事に歯を食いしばるだけだった。もっと早くどちらかの国に服従すれば被害を減らせた可能性もあったと思う。自治州の形にこだわって被害を出し続けたのはクロスベルの責任だ。……だけど帝国に併合されて俺たちは再認識したんだ。やっぱり俺たちは“クロスベル自治州”が好きなんだ。二大国の陰謀に巻き込まれてなお、マフィアや猟兵が暗躍してなお───人々の活気の絶えないこの街が」

 

 

 

ロイドの言葉はクロスベルの総意だった。これだけの愛と勇気と覚悟を見せられては、ナギトももう口撃(意地悪)する気も受けるというもの。

 

 

「いいね、とてもいい。思わず道を譲りたくなっちまうが……、だからこそ証明してもらわなきゃならんわけよ。クロスベル(お前たち)の意志の強さを、願いにかける覚悟を。クロスベルの総意を背負ったお前ら特務支援課が、たったひとりの俺さえ乗り越えられないようじゃ、どの道帝国か共和国に飲み込まれるのがオチだ」

 

 

めら、とナギトの闘気が燃え上がる。冷静を自己に呼びかけるナギトにしては珍しく、心が燃え上がるほど熱をもっていた。

 

やはり、決戦前の会話はいいものだ。

 

 

 

「ナギト……きみは」

 

 

ナギトのセリフを受けて、やはり真の意味での敵対者じゃないとロイドは踏んだ。だがもうナギトはやる気で、魔剣を構えている。

 

 

「いいや、よそう。……この戦いが終わったら、君の話を聞かせてくれ、ナギト」

 

 

ロイドも再びトンファーを構える。特務支援課の仲間たちもそれぞれの得物を取り出してナギトに相対した。

 

 

 

「時間があればな」

 

 

いつものように滑稽洒脱に、ナギトは返事をして。

 

 

「想いを託された英雄としての責任を果たせ。俺を倒してみろ。以上だ」

 

 

 

「──これより臨時武官ナギトと戦闘を行う。彼を倒し、ルーファス総督に署名を突きつける。大いなる壁を乗り越えて、クロスベルを俺たちの手に取り戻すんだ。……いくぞ、特務支援課!」

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「ハッ、さすがに精細を欠くな!叔父貴たちの相手は骨が折れたか?」

 

 

ナギトと特務支援課の戦いは互角に進んでいた。その最中、ランディが挑発混じりに問いかける。

 

 

「まー確かに削られたが、それはお前らも一緒だろ?」

 

 

「いいえ、私たちは万全の状態でここに来ているわ」

 

 

ナギトが考えていた前提。それを真っ向から否定したのはエリィだった。

 

 

「どうやらきみは俺たちが市内の《赤い星座》を相手にしてからオルキスタワーに来たと思っているようだが……それは違う。ナハトら遊撃士やダドリーさんたちに市内は一任してきている」

 

 

ロイドのセリフに耳を疑った。特務支援課の気質なら自分たちで市内の安全を確保すると思っていたからだ。

 

 

「ヴェンツェルさんも一時的とは言え戻って来てくれましたし……託せると信じたから私たちは彼らに任せてここに来れたんです!」

 

 

ノエルが続き、同時にサブマシンガンを掃射する。ナギトは「ははは」と快哉をあげつつ避けて。

 

 

「そうか……仲間を信じたか。ここに至るために万全を期したか、クロスベルは」

 

 

またひとつ、感慨が深くなる。仲間を信じるなんて行為、今のナギトには遠過ぎる。ラウラもクロウもクロスベルを離れて、ひとりぼっちだ。ルーファスとは仲間という間柄ではない。

 

 

「ええ、だから私たちはあなたたちを倒す事に全力を注げるんです」

 

 

「クロスベルの今日を託し、明日を任された。だから私たちは全力であなたに勝ちます…!」

 

 

ティオ、リーシャと続きここに決意は示された。

 

 

「いい覚悟だ。なら俺もひとつギアを上げよう」

 

 

ナギトは手を抜いているわけではない。ただ戦い方がシグムントらと戦った時とは違うだけ。太刀ではなく魔剣を使うのも自身の本領以外の部分で新しい力の使い方を得るためだ。

 

 

 

「鬼炎斬」

 

 

ぞんざいに鬼を斬る炎が解き放たれる。大雑把な戦技はロイドたちには届かず、しかし炎のあおりだけで肌を焼かれる思いをした。

 

 

「この剣はな、以前とある剣士が扱っていた魔剣の欠片を内包している。だからなのか、俺を主人として認めてない節があってな……。この魔剣の本来の力を解放するためにはいくつかの工程が必要だと思ったんだ」

 

 

魔剣レーヴァテイン。かつての執行者No.Ⅱ《剣帝》レオンハルトが振るった魔剣ケルンバイターの後継剣。

ナギトはこの魔剣で何度か戦い、ある事に気付いた。

 

 

「まずは第一の工程……《剣帝》の炎でこの剣に眠る力を呼び覚ます───── 第一階梯・原点回帰(ファーストステップ・オリジン)

 

 

魔剣レーヴァテインは“鬼炎斬”で目を覚ます。刀身に浮かぶケルンバイターの欠片を通じてレーヴァテインの刃に炎が灯った。

これでレーヴァテインに眠っていたレオンハルトの闘気が解放された。次はレオンハルトの闘気とナギトの闘気を馴染ませる工程だ。

 

 

「なんだ……?ただの剣じゃねえ……まさか魔剣か?」

 

 

「魔剣……まさかとは思うが結社の……」

 

 

 

「話してる余裕はねーぞ」

 

 

ナギトからすれば魔剣=結社の外の理の魔剣なのだが、ロイドたちは結社の魔剣使いには会った事がなかったのか、考察を挟むがそれは後にしろとナギトが距離を詰めた。

 

爆炎による加速は先程までの速度とは一線を画し、ロイドとランディは後退して難を逃れた。

 

 

「おいおい、さっきまでとはえれぇ違いじゃねえか。それが奥の手か?」

 

 

「奥の手にできるかテスト中だ」

 

 

ランディの軽口に同じく軽口で返す。「ナメやがって」と言うランディは少しシグムントに似ていて、やはり親族なのだと思った。

 

 

ロイドとランディと交代するようにリーシャが距離を詰めてくる。振られる大剣を上体を傾けて躱し、続け様の2連撃を魔剣で流した。

 

 

「さすがは《銀》か」

 

 

しかし伝説の凶手の当代はそれだけでは体勢を崩さず、ナギトとの剣舞を続行。そこに狙い澄ました一撃が突撃して来た。

 

 

「デススコルピオン!」

 

 

ランディのSクラフト。スタンハルバードに仕込んだ棘がナギトの喉元に迫る。

 

 

「破空」

 

 

不足。まだ足りない。全然足りない。

“破空”によって生じた圧力がリーシャを吹き飛ばし、ランディの突撃がブレる。

わずかに矛先が揺らいだ仕込み棘を魔剣で掬い上げると、体が流れたランディを蹴って距離を離す。

 

間髪入れず“ブレイブスマッシュ”でナギトとの距離を潰したロイドだが、その一撃はリーシャとランディとの連携を前提としたもの。単独ではナギトには当たり得ず、ランディを蹴った足をそのまま回転させると強烈なカウンター蹴撃を見舞った。

 

次いで迫るは二重の“クリスタルフラッド”。エリィとティオが同時に駆動を終えて氷撃がオルキスタワーの屋上を染め上げていく。

 

す、と魔剣で一文字を描くと鬼炎が爆ぜた。氷床はそれで蒸発し────、水蒸気を割ってスマートミサイルが飛来した。ノエルの装備によるものだ。

 

それはナギトが螺旋で誘導する事によって屋上のアスファルトを砕き粉塵を巻き上げるだけに留まってしまう。

 

 

巻き上がった粉塵。確保できない視界。目を凝らす特務支援課が捉えたのは、そこから飛び出したナギトの影のみ。

影は猛烈な速度でティオに肉薄するとボディブローを放つ。それを間一髪で防いだのは大剣を構えたリーシャだった。両手で大剣を支えてなお、身体の芯に響く殴打にリーシャの体幹がぶれ、がら空きになった横面に裏拳を叩き込む。

 

 

「野郎!」

 

 

ランディが横合いからスタンハルバードを振るい、ナギトはそれをバックステップで避けるついでにノエルに接近。取り出していたサブマシンガンを後ろ蹴りで蹴り上げた。

 

跳躍し、宙空でサブマシンガンをキャッチ。見上げる特務支援課はナギトが構えた銃口がどこに向くかを気にしていて。

 

 

「違います!みなさん、まだ粉煙の中になにか…」

 

 

裏拳の衝撃から離れかけた意識を取り戻したリーシャが忠告する。だが時すでに遅く───

 

 

巻き上がった粉煙を切り裂いて“緋空斬”が特務支援課を薙ぎ払った。それはナギトが仕掛けた戦技を一撃だけ放って消える分け身の仕業だ。

特務支援課の面々はリーシャの忠告のおかげか、“緋空斬”で全員ノックダウンとはいかず、それでも足は止まった。

 

そこにナギトは手にしたサブマシンガンを全弾ぶっ放す。面制圧の銃撃に彼らは軒並み怯み……

 

 

着地したナギトはサブマシンガンを捨て去ると、わざとらしく深々とため息を吐いた。

 

 

「こんなもんかよ、特務支援課」

 

 

 

「ノエル!リーシャ!」

 

 

ナギトの挑発には耳を貸さず、ロイドは名前を呼ぶ事で指示を出した。

目を細めたナギトの視界を潰したのはノエルのスマートミサイルとリーシャの符術による火炎。これらが衝突し衝撃と爆煙が周囲を席巻した。

 

 

「みんな今だ!」

 

 

ナギトにはひとつ忘れている事があった。知っているのに、忘れている。それは特務支援課の連携が元から秀逸である事も一助となって、ナギトの油断を誘った。

 

 

今更の目くらましに妙なものを感じたナギトはバックステップで爆煙から逃れようとしたが、それは阻まれる。

 

 

「鎖?」

 

 

背中に当たり、ナギトの後退を防いだのは黒光りする鎖であった。リーシャの仕業であると即座に看破するが、続くノエルのサブマシンガンの連射に対応するために足を止めた一瞬で結界が構築され逃げ場を無くす。

 

 

「こんな芸当を……」

 

 

エリィによるアーツとクラフトを混ぜた結界だ。結界が生じると同時に視界が晴れ───ナギトの目に映ったのは、戦術リンクを結んだ特務支援課の姿。

 

 

「────、やるな」

 

 

ナギトの感嘆を引き出すと同時、闘気を高めていた3人がそれぞれのSクラフトを発動した。

 

 

「──クリムゾンゲイル!!」

 

 

「──エーテルディバスター!」

 

 

「ライジングサン───!」

 

 

 

ナギトが忘れていたのは、特務支援課にもARCUSがあるという事実、戦術リンクが結べるという事実だった。

ARCUSが正式に販売されている帝国領クロスベルではその入手も容易い。

どうして彼らに戦術リンクがないと思い込んでいたのか。リィンからも話は聞いていたというのに。

 

 

三者の奥義はナギトを閉じ込める結界ごと砕き迸った。

 

 

そして。

 

 

「どうだ……?」

 

「やりました、かね?」

 

 

「油断すんな、ロイド!ティオすけ!」

 

 

ロイドとティオの気を引き締めたランディがスタンハルバードを構え直す。爆ぜた衝撃と光がやがて収まった。

 

 

第二階梯・双刃励起(セカンドステージ・ライジング)

 

 

晴れた視界に現れたのは、手傷を負いつつもダメージを感じさせないナギトだった。

 

 

「魔剣の励起がギリギリ間に合ったわ。あっぶねー」

 

 

その手にある黒金の魔剣は刀身全体が鬼炎を纏っていた。

ヒュン、と魔剣を軽く一振り。鬼炎が回転し車輪となって特務支援課を襲う。ランディがガードするが受けきれず吹き飛ばされた。

 

 

「ふむふむ……出力が上がったか。こりゃいい」

 

 

ケルンバイターの欠片を内包する魔剣レーヴァテイン。レオンハルトの絶技“鬼炎斬”を持って目覚めさせ、そしてナギトの闘気が一時的とは言え馴染んだ魔剣。それは言わば闘気の伝導率が高まっていて、魔剣の特異性もあってナギトの闘気出力を底上げしていた。

 

 

最終階梯・魔剣覚醒(ジ・エンド=レーヴァテイン)。……2つの工程を経て魔剣は完成した。お前たちは勝ち目を見出せるか?」

 

 

余裕綽々───挑発でなく本心からの慢心。そうできるだけの力の差を、技を受けたランディだけが理解していた。

 

 

「っ、まだだ!俺たちならやれる!」

 

 

ロイドも薄々理解していたが、それでも闘志を燃え上がらせて仲間を鼓舞する。

ティオとエリィによる能力上昇アーツを受けて、特務支援課は気を引き締め直す。

 

 

決戦の第二幕が始まった。

 

 

☆★

 

 

再開された戦闘はナギトが押していた。特務支援課ら6人による連携を圧倒する力。

 

 

「うんうんうんうん」

 

 

上機嫌に、鼻唄を歌うようにナギトは魔剣を振るっている。特務支援課の息を合わせた攻撃も、

 

 

「鬼炎旋風!」

 

 

魔剣の一振りで炎の竜巻を発生させて潰す。

 

 

「はっはー、いややべえな……興が乗ってきちゃったよ」

 

 

竜巻の中心で、弾かれて立ち上がる特務支援課の姿を見つつナギトは苦笑いする。

 

魔剣レーヴァテインの力を引き出しての戦いに心が躍っている。特務支援課にわざと負けるつもりは毛頭ないが、見事な覚悟を見せたクロスベルに華を持たせたい気持ちも嘘ではなかった。

 

クロスベルが今後も独力で領地を守れるだけの力を見せたのなら、道を譲るのも吝かではないと思ってしまっていた。

 

 

そんな想いを裏切るほどに、特務支援課との戦闘は心が躍る。クロスベルの今後などどうでもよく思えるくらいに愉悦を覚える。

 

 

“鬼炎旋風”が収まるとランディが吶喊してくる。同時にリーシャが気配を殺してナギトの後背に回り込んだ。タイミングを合わせて振られる大物武器を身を翻して避け、交わった武器を魔剣でカチあげると空いた左手を2人に向ける。

 

 

「爆ぜろ」

 

 

鬼炎が爆ぜ、火に灼かれた2人は転がって離脱する。

 

 

立ち上がるランディとリーシャをカバーする特務支援課。その額には玉の汗。ナギトとの戦闘の緊張感と鬼炎の熱によるものだ。

覚醒した魔剣が帯びる鬼炎は、ただそこにあるだけで敵対者の体力を削っていく。

 

 

パララララ、とサブマシンガンの連射。ノエルの腕前で的確に急所を狙った弾丸だったが。

 

 

「そんな非殺傷の豆鉄砲じゃ届かんよ」

 

 

弾丸はナギトに到達する前に溶けて勢いを失って地に落ちる。

 

 

「ッ!」

 

 

鬼炎の熱はすでにその温度まで達していた。闘気で弾をコーティングすれば、非殺傷のサブマシンガンでもナギトに当たるが、連射系の銃の弾丸一発一発に闘気を込めるのは難しく、また機構が複雑な銃ならば尚更だ。

 

ノエルは歯を噛み締めつつ、武装を切り替える。

 

「電磁ネット、───」

 

 

対象を制圧する“電磁ネット”を投射する携行砲。しかしそれを放たれる前にナギトは動いていた。

 

電磁ネット投射器をノエルの手から叩き落とすと、ノエルの襟首を掴んで持ち上げた。

 

必然首が絞まるノエルは必死の抵抗をするが、ナギトを守る鬼炎の闘気がそのすべてをシャットアウトした。

 

 

「……1人くらい死ねばお前らももっと本気になるか?」

 

 

そうしてナギトは殺戮を仄めかした。ナギトはどこか甘く見られている事に気づいていた。それは全部、これまでのナギトの中途半端な行動が原因だ。

 

だから、本気の殺意を見せつける。

 

 

「てめえ───!」

 

「させませんッ───!」

 

 

再度、ランディとリーシャが突撃する。その背後ではロイドが力を溜め、エリィとティオがARCUSを駆動させている。

 

 

「ははっ」

 

 

特務支援課の目に本気の色が宿った。それほどに発せられたナギトの殺気は死を幻視させたのだ。

 

ナギトはまずノエルをリーシャに投げ放って足止め。一足先にナギトに肉薄したランディのスタンハルバードの一撃を左腕で受け止める。

 

 

「化け物かよ…っ!?」

 

 

「お前も充分その範疇だろ」

 

 

ランディの力の乗った一撃はナギトの闘気防護を貫通している。しかし肉体そのものを強化したナギトにはあまりダメージは期待出来ない。

 

魔剣を振るう。ランディがバックステップで避けるとほぼ同時に2つのアーツが発動した。

 

エクスクルセイドとシルバーソーン。

オルキスタワー屋上から空に向かって光が立ち昇る────

 

 

「鬼炎よ!」

 

 

───事はなかった。必滅の光をナギトの鬼炎が相殺したからだ。否、鬼炎の威力は相殺だけに留まらず、オルキスタワー屋上を火の海にした。

 

火炎と煙を突っ切ってロイドが迫る。決死の形相でトンファーを振るう。初撃の“ブレイブスマッシュ”を魔剣で受け止め、追撃のトンファーを左手でガードしようとした所で、ロイドの身体が回転する。

 

 

「ゼロブレイカー!」

 

 

螺旋の戦技。ナギトを巻き込むはずだったそれは、しかし同じ動きをしたナギトに流されてしまう。

 

 

「悪くないが」

 

 

戦技の終わり、ほんの僅かな隙にナギトは赫灼たる熱拳を叩き込む。ロイドの身体がくの字に折れた。

 

 

「良くもない」

 

 

“螺旋”は武の深奥に続く概念ではあるが、ロイドのそれはナギトと比べると格段に練度が低い。

 

 

感想を告げたナギトの頭上を何かが横切った。ほんの一瞬だけ途切れた陽光。

 

 

空を見上げる。報道ヘリなんかとは見紛うはずもない速度。ステルス機能を解除したその機体は───

 

 

「───メルカバか!」

 

 

9の字が刻印されている。という事は───、とナギトが思考を巡らせると同時、メルカバ9号機から人影が飛び降りてくる。蒼い法衣をはためかせるのは───

 

 

「───《蒼の聖典》!」

 

 

ナギトの口角が歪む。思わぬ増援だ。特務支援課はこの作戦のために法国に帰っていたワジ・ヘミスフィアを呼び戻したのだ。

 

 

「我が深淵にて煌めく蒼金の刻印よ…大いなる腕となりて我が右手に集え───!」

 

 

七耀教会が誇る星杯騎士団、そのトップ12人の1人。それが守護騎士第九位《蒼の聖典》ワジ・ヘミスフィアである。

守護騎士の証たる聖痕を発動し、絶大な力がワジの右腕に収束する。

 

 

ナギトはロイドを蹴って距離を離し、ワジとの激突に備える。

 

 

「────っ!?」

 

 

「おおおおお!砕け!」

 

 

ワジの咆哮とは別に、ナギトは高まった剣気を察知した。それはオルキスタワー中階の壁を破ると、壁面を垂直に駆け上がってくる。

 

その凄烈にして清廉な剣気は《風の剣聖》のもので間違いない。

 

 

どうして?という問いと弾き出される解。おそらく初手でヘリにはアッバスが乗っていたのだ。特務支援課を屋上で降ろし、アッバスはオルキスタワー正面入口で降りた。

オルキスタワーに施された防護術式も、星杯騎士団の正騎士であれば解除する事も叶うだろう。そしてアッバスは魔導区画に囚われていたアリオスを解放。タイミングを見計らって屋上に送り出したのだ。

 

 

0.1秒にも満たぬ思考時間。その間にも確実にワジは迫って来ていて。外壁を駆け上るアリオスも間も無く屋上に到着するだろう。そうなれば特務支援課と合流して───

 

 

「──ああ、思考が邪魔だな」

 

 

その全てを排除する。

今だけは何もかも忘れて戦いに没頭しよう。

 

 

熱く燃えたぎる心を澄んだ水面に変化させ、ナギトは冷え切った視線でワジを迎撃する。

 

 

「───アカシックアーム!!」

 

 

この世で絶対とされる力。それが守護騎士の“聖痕”だ。しかし力を振るうのはあくまで人。完璧ではあり得ず、だからこそナギトの狙い澄ました剣閃は───

 

 

「鬼炎残月」

 

 

ワジの変化した右腕を根こそぎ斬り断った。

“アカシックアーム”は放たれず拡散し、奇しくもオルキスタワーを火の海にしていた鬼炎を消し去る。

 

右腕を失った痛みにワジはどう、と受け身も取れず着地。特務支援課の仲間たちがすぐさま駆け付けるが、ナギトには気を払う余裕がない。

 

 

何故なら自慢の弟弟子がすでに屋上に到達し、さらに高い空で太刀を構えているからだ。

 

 

「弍ノ太刀────」

 

 

研ぎ澄まされた剣気。吹き荒ぶ嵐。その2つを見事に調和させたアリオスはなるほど《風の剣聖》を名乗るに相応しい剣客だ。

 

 

「────荒神天衝!」

 

 

アリオスの太刀が竜巻を飲み込み、風の刃となってナギトに迫る。

 

 

これは、今や却炎と並ぶ火力の魔剣の鬼炎でも吹き消されてしまう規模で、螺旋で受け流そうにもそれを挟む隙間もない凝縮で、無すら飲み込む風の神髄だ。

 

 

「魅せてくれたな、アリオス・マクレイン!」

 

 

危機に際して落ち着けた心が再び湧き立つ。弟弟子の勇姿に兄弟子がどうして張り切らずにいられようか。

 

 

鬼炎を脱ぎ捨て、静寂を帯びる。大上段に構えた魔剣をただ振り下ろす。

 

 

「──八葉一閃」

 

 

嵐を内包する風刃は斬り裂かれて霧散する。奥義を破られたアリオスの表情は。

 

 

「後は任せるぞロイド!」

 

 

穏やかであった。笑みを浮かべているようにさえ見えた。託されたロイドはランディと共に吼えた。それぞれの限界を突破する“バーニングハート”と“ウォークライ”だ。

 

 

“弐ノ太刀・荒神天衝”を破り、着地したナギトを待っていたのは、無数の銃弾であった。

 

 

「うおおおお!」

 

 

裂帛と共に迫るのはベルゼルガーを構えたランディだ。

 

 

「ベルゼルガー・シン──!」

 

 

化け物ブレードライフルから放たれる弾丸は非殺傷なんて生易しいものではなく、間違いなく標的に風穴を空けるためのもので、ナギトも足を止めて防御に徹する。

 

 

「ん?」

 

 

違和感を覚えたが、続くランディの乱斬撃に対象するために意識を切り替えた。

 

銃撃と斬撃が交差し爆発したかのような衝撃が全身を襲う。だがこれで終わりではない。

ランディと同じように自身を鼓舞したロイドが控えている。

 

 

「うおおおおおお───!」

 

 

音を置き去りにする踏み込み。燃える心が発する熱がロイドに限界を越えさせている。

 

残像すら生じる速度で何度もナギトを打ち据えて。

 

 

宙空に投げ出されたナギトを上下で挟む2人のロイド。この土壇場で分け身のクラフトを成功させていた。

 

 

「メテオ・ライジング───」

 

 

“メテオブレイカー”、“ライジングサン”──否、その発展技の複合Sクラフト。

 

 

ナギトも相手にとって不足なしと鬼炎を燃え上がらせようとして、

 

 

「ん?あれ?んん?」

 

 

右手の魔剣から熱が失われている事に気づいた。

“八葉一閃”を放つために、ナギトは鬼炎を魔剣から消し去った。おそらくそこで魔剣の覚醒タイムが終わってしまったのだ。

せめて一バトル内くらいは炎は灯ったままでいて欲しかった。

 

 

「ちょっとこの子ピーキー過ぎない!?」

 

 

そんなふざけたような焦った声を出して。

 

 

「────ノヴァ!!!」

 

 

ロイドの新戦技“メテオ・ライジングノヴァ”に飲み込まれたのだった。

 

 

☆★

 

 

「あーっ、負けた負けた!」

 

 

ロイドの絶技を喰らってナギトは倒れ伏した。あわや絶命したかと思われたが、わずか10秒後、声を荒げて倒れた身体を起こして、すっかり荒れ果てたオルキスタワーの屋上に座った。

 

 

「見事。やるじゃないの特務支援課」

 

 

敵対心を感じさせないナギトの笑顔にすっかり毒気を抜かれた特務支援課は肩を落とすと揃ってナギトの周りに集った。

アリオスは少し離れた位置でどかっと座った。

 

 

「いいや、ここまでしてやっとだ。だが……確かに届かせてもらった」

 

 

「ああ、ワジにアリオスさんまで連れ出すとはな、してやられたよ。あ…ワジと言えば右腕大丈夫か?ちょっと余裕なかったんでぶった斬っちゃったんだけど」

 

 

ナギトの言葉に皆の視線はワジに向く。ワジから切り落とされた右腕は何らかの方法で保護されていて、ワジ本人も血の気は失せていたが絶命に至る傷ではなさそうだった。

 

 

「ああ、何とかね。法術で応急処置はしたし……法国に戻れば治療して腕もくっつくと思う」

 

 

「そりゃよかった」とあっけらかんと言うナギトは人間性を疑われつつあったが、ロイドが論の向きを変えた。

 

 

「ナギト……そろそろ聞かせてくれないか。きみの答えを。きみがどんな想いでクロスベルの壁として立ちはだかったのかを」

 

 

ナギトは笑って「それ重要か?」と問うが、ランディが前に出て来て制した。

 

 

「んじゃ勝利の報酬って事でどうだ?猟兵の流儀は知ってんだろ?」

 

 

ランディの口ぶりにナギトは肩をすくめたが「わかった」と言って、自らの答えを伝える事にした。

 

 

「さっきも言ったが、このクロスベルの民衆はクソだ。その答えは変わらない。だが、それだけでクロスベルを嫌うかと言うと違う」

 

 

ナギトがクロスベルに好感を抱いていたのは、ナギトの内にあった“特異点(プレイヤー)”の記憶があったからだ。ロイドを主役とした物語。クロスベルの危機に立ち向かう捜査官の軌跡。

だがそれはあくまで“特異点”としてのもので、ナギト個人の感情ではない───というのは間違いだ。“特異点”だってナギトなのだ。だから、それがクロスベルを愛おしく想ったなら、ナギトは無理にそれを無碍にする必要はない。

 

 

「クロスベルの民衆ってのは“群”だと醜くてしょうがない。人は群れると愚かになるものだからな。……だけど個人個人なら好感を持てる」

 

 

このクロスベルで出会った人々。それぞれに個性があって、主義主張もそれぞれ異なる。同じ方向を向いているようで、ちょっとずつ違ったりするから、やはり人間だと思わせてくれる。

 

 

「俺はな、目的をもってそれにひた走るやつが好きだ。応援したくなる。今のクロスベルがそうだった。みんながみんな、帝国の支配に抗ってやがる」

 

 

「この安寧も悪くないと思うけどな」とぼやくナギトにはロイドが反論した。

 

 

「でも、帝国の支配下じゃクロスベルの誇りは───」

 

 

「クロスベルの誇りってなんだよ?」

 

 

「……何度踏みつけられたって立ち上がる勇気だ」

 

 

「それは負け犬根性だ。負ける事に慣れて受け身を取る事ばかり考える敗者の遠吠えだ」

 

 

「それは強者の理屈よ」

 

 

ナギトの散々な言いように、エリィが口を挟んだ。確かにナギトの理屈は弱者を踏みつける強者の論法だ。

 

 

「そうだな、だけど弱者の理屈は淘汰される」

 

 

所詮この世は弱肉強食。あけすけなナギトの物言いは真実を多分に含んでいた。

 

 

「クロスベルは弱者だ。だから主張は宗主国に潰されて終わる。………でもな、お前らを見てるとそれだけじゃねえって思った」

 

 

ナギトは続ける。ここまで来たからには包み隠さず、自らの本心を打ち明ける。

 

 

「クロスベルの誇りか……自治州だった頃にはなかった概念だ。帝国に併合されたからこそ、クロスベルの民は殊更にそれを意識するようになったんだろうな………失って初めてわかる大事なものってのもあるし」

 

 

クロスベルの誇り。自治州という名前。自らの足で立っているという証明。大国に挟まれてなお諦めぬ根性。それらを蔑ろにされてクロスベルの民は立ち上がったのだ。

 

 

「それぞれがそれぞれの役割を果たし、目的に向かって一直線に走っていく……大袈裟な言い方になるけど感動したよ。だけどな……だからな、クロスベルが独立したとして列強に飲み込まれないだけの力を証明してもらうために俺はお前たちの試練になった」

 

 

それがナギトがクロスベルの壁として立ち塞がった理由だった。

 

 

「はっ、ホントはもっと忖度するつもりだったんだけどな」

 

 

笑って補足するナギトにロイドを除いた面々は「?」を浮かべる。

 

 

「やはり……、ここがきみの狙った場面だったのか」

 

 

ロイドは感嘆の声を出すと、わかっていないメンバーに説明した。

 

 

「前にも言ったが、俺はクロスベルに来て倒れているナギトを介抱した。この貸しをつくらせる事でナギトは致命的な場面でこれを返そうと思っていたんだ。……それがおそらくこの決戦だ。ナギトの思惑通りなら、あの時の貸しをこの場面で返すと言って俺たちにもっとわかりやすく協力するつもりだったんだろう」

 

 

「え゛」と特務支援課のメンバーが声を出す。こんな下策も下策をそんな最初から仕込んでいた事に驚いているのか。

 

 

「ごほん、ひとまずこんなところだ」

 

 

ナギトは咳払いしてそう言った。妙にばつが悪いのは、特務支援課とⅦ組のノリが似ていてあいつらに詰問されている気分になるからだろうか。

 

 

ロイドはしばらくナギトを見つめていたが、やがて視線を屋上の出入口に定めた。特務支援課の面々も同じく屋上の扉に続く階段を見て、固唾を飲んでいる様子。

 

 

「ロイド、特務支援課……わかっていると思うが俺とのバトルはあくまで前哨戦………」

 

 

「ああ、わかっているさ。むしろ本番はここから────。ルーファス総督に署名を突きつけて、これを世界中に周知する。……いくぞ、みんな」

 

 

「ああ/ はい/ええ」とそれぞれ返事をして、特務支援課は足並みを揃えて屋上の出入口に向かって歩く。

 

 

その背中に向けてナギトは言った。

 

 

「頑張れよ!特務支援課!」

 

 

ロイドは少しだけ振り返ると拳を挙げる事で返事とした。

 

 

 

☆★

 

 

特務支援課が去った屋上に残されたのはナギト、アリオス、ワジの3人だった。

 

 

アリオスは離れた所に座っていたが、特務支援課の面々がいなくなるとナギトの近くに座り直した。

 

 

「ウィル……感謝する」

 

 

「またいきなりですね」

 

 

「……俺にはお前の真意が本当はどうなのかわからん。だが、あいつらの覚悟を受け取ってくれた事、ありがたく思う」

 

 

ナギトの真意は先程、ロイドたちに語った通りだ。それ以上はないが、アリオスは買い被っているのか。

 

 

「それは礼を言われる筋合いはないかな。俺は俺自身の責務としてこの場に立った。そこにいかな思惑が絡んでいようと、今ここにいるのは俺自身の意志だ」

 

 

「カッコいい事を言うね、さすがは八葉の剣聖って所かな?」

 

 

そこにワジが茶々を入れてくる。

 

 

「近づくな。俺はお前が嫌いだ」

 

 

「妙に当たり強くない?僕たち初対面だよね?」

 

 

たしかにナギトとしては初対面だ。しかし情報局のファイルから正体は知っているし、“特異点”としてワジの来歴も知っている。

 

 

「俺は顔が良くてモテるやつは好かん」

 

 

「────そんなストレートで低俗な嫉妬をされたのは久々だな」

 

 

少しだけ驚いたワジはやはり毒を吐く。もちろん“モテるから好かん”のも純然たる本心だが、こうやって毒舌の交わし合いのテンポが良さそうなのも嫌いな一因だ。

 

 

「じゃれ合うな2人とも。身体に障るぞ」

 

 

い〜、と睨み合っていたナギトとワジを仲裁したのはアリオスだ。ため息混じりに大人の対応を見せる姿にちょっと腹が立つ。

 

が、こうして遊んでいてもあまり楽しくはないので意見は引っ込める。

 

 

「…………ウィル、やはり手を抜いていたな?」

 

 

そして、唐突にアリオスがぶっ込んできた。「えーっと」とナギトが言い淀んでいると、アリオスはしたり顔で続ける。

 

 

「俺と戦った時や先のシグムント・オルランドとの戦いでの精細がまるでない……力で押すような戦い方だった」

 

 

ワジは「そうなの?」と聞き返す。当然だ、ナギトはワジの登場から全力を出したのだから。

と言っても、そこまで手を抜いていた気はない。

 

 

「手を抜いてたわけじゃない。それこそ戦い方が違っただけ。技で上回らないと勝てないやつ、力のゴリ押しで勝てるやつ……あと武器の性能をテストしてみたかったのもある」

 

 

「やっぱり手抜きじゃないか。ロイドたち怒るだろうなぁ」

 

 

「技量スタイルで行くとあっさり勝っちゃうからそうしたんだよ!」

 

 

ワジの尤もなツッコミにナギトも思わず言い返す。言ってからワジはにんまり笑う。やっぱり相性が良過ぎて嫌いだ。

分が悪いと思ったナギトは話題を変える事にした。

 

 

「というか、アリオスさん……俺とシグムントの戦いの様子を知ってるのなんで?」

 

 

その時はまだ魔導区画の房に囚われていたはずだ。

 

 

「闘気で何となくな」

 

 

今は魔導区画の由縁たるその性能を発揮していないとは言え、複雑な場所なのは確実だ。そこからナギトとシグムントの戦いを感知して、ナギトの戦闘スタイルに言及するとは、やはりアリオスも規格外の存在なのだと再認識する。

 

 

「ところでナギト」

 

と、またアリオスが話題を変える。その目は先程とは違い、真剣な色を宿していて、ナギトは思わず座ったまま居住まいを正した。

 

 

「ロイドたちは上手くいくと思うか?」

 

 

「7:3……かな」

 

 

「7は?」とワジが聞く。

 

 

「総督府。……そもそもロイドたちは指名手配されたテロリストだ。そんなやつらがクロスベル市民の署名を持って行ったところで信用性があるかと言われると……だろ?」

 

 

「「確かに…」」とアリオスとワジは納得した様子を見せる。やはり2人とも事前に作戦を周知されていたのだ。

 

 

「だけどまあ、ここまでの覚悟を示したんだ。例え今回が上手くいかなかったとしても、いずれクロスベルは何とかなるさ」

 

 

 

 

 

ナギトとの予想とは裏腹に、クロスベル市民の署名による解任請求はあっさり受理され、ルーファス・アルバレアはクロスベル総督の立場を辞する事になる。

 

そして一連の事件の原因はクロスベルを理解していない帝国政府の落ち度とし、帝国宰相ギリアス・オズボーンは、エレボニア帝国を宗主国とするクロスベルの自治州化を認めた。

 

 

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