八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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間章 平穏なるエレボニア
宵星から明星へ


 

 

エレボニア帝国、帝都ヘイムダル。人口80万を誇る大陸有数の巨大都市。言わずもがな帝国の中枢であり、皇帝の座する居城もここにある。

 

その皇宮バルフレイムの一室にて、ナギトはオズボーンと対峙していた。

 

 

「──という流れになります」

 

 

ナギトはクロスベルを離れて、まず帝都に向かった。本当はレグラムに行きたいところだったが、《鉄血の子供達》としての報告を求められたのだから是非もない。

 

 

「うむ、報告ご苦労」

 

 

ナギトからクロスベル解放周りの報告を受けたオズボーンは短く労った。

ルーファスやその他からも報告は受けているだろうに、わざわざナギトの視点も求めるあたり隙がないというべきか、情報収集に余念がないと言うべきか。

 

 

緊張するオズボーンとの対面は、しかしナギトにとっても好都合だ。

 

 

「ひとつ聞きたいんですが」

 

 

「なんだ?」

 

 

「クロスベルについてですが。なんで独立を認めたのかわからなくて。……宗主国の立場を崩さなかったにしても税収は減るでしょう。正直旨味がないと思うんですよね」

 

 

それはオズボーンがクロスベル再独立を認めた理由について。このように真っ当に聞いても答えてくれるはずもない事はナギトもわかってはいた。

 

 

「旨味か……確かにないな。だが今は種を植える時期と考えたまでだ」

 

 

種を植える、とオズボーンは言った。その意味は理解できる。

 

 

「……一度独立を認め、後に再び併合する事でクロスベルに“帝国には敵わない”と思わせるためですか」

 

 

そうなると、今度こそクロスベルは帝国に服従するだろう。当然、共和国からの横槍もあるだろうし、だからこそ帝国の傘の下にいる事が安寧であると思い知らせるのだ。

 

 

「それもある。種は種でも火種……と言った方がわかりやすいかね?」

 

 

「カルバード共和国との戦争ですか。………確かに、共和国にとって帝国領でなくなったクロスベルを併合するには今が好機。しかし帝国としては属領クロスベルが共和国に喧嘩を売られたらそれをきっかけに開戦できる」

 

 

要は共和国が動き易くするためのクロスベル再独立。共和国がクロスベルに攻め込んだ際、帝国軍がそれに応戦し、開戦の口実にするための。

 

 

「大規模な戦争ができる程に軍拡は進んだんですか?」

 

 

そしてそれはきっとオズボーンの提唱する“激動の時代”の幕開けになる事だろう。帝国vs共和国。ゼムリア大陸に現存する国家でも一、二を争う大国同士だ。

 

ナギトの遠慮を知らない質問に「フ」とオズボーンは笑う。

 

 

「いいや。そこまで順調ではないな。私の見立てでは勝率6割程度だ。……共和国────いや、対エレボニア同盟の産物である連合軍を相手にすればな」

 

 

「!」

 

 

「きみならばわかっているはずだ。共和国が敗れれば世界各国はエレボニア帝国への防波堤を失う事になる。……ならば力を合わせて諍うしかないとな」

 

 

「ゆえの“対エレボニア同盟”……。すでに各国間でそのような話が?」

 

 

「まだだ。しかし世界はいずれ選択を迫られるだろう……服従か抵抗か。当然、座して奴隷になる事を望む国家はあるまい。遠からず同盟は結ばれるだろうな」

 

 

“対エレボニア同盟”───それはナギトも以前から考えていた。軍拡を繰り返す帝国を止めるためには大陸の国々が軍事同盟を結ぶ他ないと。

ナギトの考えではその同盟が成立すると帝国は負けると思っていた。しかしオズボーンは現段階でも世界を相手にして勝率6割と言った。ここからさらに軍拡が進めばその勝率はさらに上がる事だろう。

 

 

「同盟の締結を妨害したりは?」

 

 

「するつもりはない。下手につついて結束を強固にされても困り物だからな。同盟を組むにしてもしばらくは内輪揉めが続くだろう。……我々はその間に準備を整えるというわけだ」

 

 

どの国が同盟の主となるのか。軍をどう動かすのか。司令官はどうするか等々。対エレボニア同盟に参加する国家が多ければ多いほど揉め事も多くなるだろう。

 

 

「なるほど………」

 

 

尤もらしい。だからこその違和感。

今、ギリアス・オズボーンは本当の事を言っていない。嘘というわけではない。だが、この会話はおそらくナギトを誘導するためのものだ。

 

誘導……どこに?わからない。いかに《理》に至ったナギトとは言え、道理の通じないオズボーン相手では分が悪く真実を見通す事ができない。

 

 

これ以上の会話は危険だ。取り込まれる可能性を危惧したナギトは納得を言葉にした。

 

 

「ご教授感謝します、宰相閣下。それでは」

 

 

背を向けて退室の意思表示。そこに「待ちたまえ」と声がかかった。

 

ナギトが振り向くとオズボーンは立ち上がって部屋の脇に飾られていた太刀を手に取った。

 

 

「それは……………まさか」

 

 

どことなくナギトの愛刀“宵星”を思い起こさせる拵え。未だ鞘に納まった太刀から感じられるのはナギトの闘気。

 

 

「鍛冶屋に預けていたきみの太刀だ。打ち直しが終わりバルフレイム宮に届けられたのを私が預かっていた。……受け取りたまえ」

 

 

ナギトはオズボーンが差し出した太刀を手に取った。「抜いても?」「構わない」というやり取りがあった後、ナギトは太刀を抜き放った。

 

 

 

「────美しい」

 

 

息を呑んだ。そして出た言葉はそんな陳腐なものだった。しかしそれ以外に形容の仕方がなかった。

 

 

互の目の波紋。濡れたような刀身。鞘は夜のように真っ黒で、鍔は四角に八枚の葉が彫られている。見た目だけではない。柄は手に吸い付くようで、太刀そのものの重心も従来と違いナギトに合うように調整されている。

それに、元々の太刀を素材に使ったからなのかナギトの闘気がすでに染み込んでいて、おそらく強靭性を底上げしている事に加えて闘気の伝導もかなり高いと見えた。

 

試しに二、三度振ってみる。刃が空を斬る音が心地良く耳朶を打った。

 

 

「……とんでもない名刀だ」

 

 

「そのようだな。私もそれほどの刀剣はあまり見た事がない。並ぶとすればかの宝剣ガランシャールくらいのものではないか?」

 

 

「ええ」と言いながら我に返って納刀する。

 

 

「失礼。はしゃぎ過ぎました」

 

 

「フフ、構わんよ。……しかし、そのはしゃぎようを見るに試し振りがしたくて仕方ないようだ」

 

 

「ん……?」

 

 

どこか風向きが変わった気がした。

オズボーンが「入りたまえ」と言うと、執務室の扉が開きルーファスが現れた。何故かヴィクターを連れ立っている。

 

 

「久しいな、ナギト。壮健そうでなによりだ。クロスベルでの活躍は耳にしている」

 

 

「お久しぶりです、アルゼイド子爵閣下。………どうにも図られた気がしますね」

 

 

ヴィクター・S・アルゼイド。レグラムを治める領主であり《光の剣匠》とも呼ばれる帝国最強の剣士のひとり。ナギトが交際しているラウラの実父である。

 

 

「アルゼイド子爵には正規軍の剣術指南をお願いしていてね、今回は偶然、きみが帝国に戻ってくる時期と重なったのだよ」

 

 

ルーファスの説明に、嘘だな。と内心でナギトは思った。正しくはナギトが帰ってくる時期にヴィクターに剣術指南を依頼したのだ。

それもおそらく、ナギトの新しい太刀の試し振り以上の意味を伏せて。

 

 

「まあ、そういう事だ。……ナギト、そなたの新しい太刀の切れ味……この私で試してみるといい」

 

 

オズボーンやルーファスの姦計に乗るのは癪だが、ヴィクターはやる気のようでナギトとしてもそれなら否やはない。

 

 

「わかりました、お願いします。場はどうしましょうか?」

 

 

「それなのだが」とルーファスが口を挟んだ。

 

 

「そう遠くない内にリベールの武術大会のようなものを開催する話があってね。今回はその候補地で子爵閣下と模擬戦をしてもらう事になる」

 

 

「ふむ、武術大会」

 

 

武を尊ぶエレボニア帝国では意外にも公にこういった大会は開かれていなかった。その理由は不明だが、そういった催しをするのならある程度の場所を確保しなければならないだろう。

武術大会の規模にもよるだろうが、帝国最高峰のナギトとヴィクターの模擬戦はその試金石となると見込まれているのだ。

 

 

「準備はしてあるが最終確認がまだだ。……アルゼイド子爵、ナギトくん。2人は1時間後に帝都競馬場に来てくれ」

 

 

 

☆★

 

 

 

というわけで1時間の猶予をもらったナギトは鍛冶屋オールドウィンに来ていた。目的はナギトの新しい太刀の製作者ムラマサに礼を言うためだ。

 

 

相変わらず奥まった場所に店を構えた鍛冶屋の入口で職人らしき男と話し、ムラマサの所まで連れて行かれた。ムラマサはなにやら書類を作成しているようで鉛筆片手に頭を悩ませている。

「客だ」と案内の男がナギトをムラマサに預ける。ムラマサは鉛筆を机に置くとナギトに向き直った。

 

 

「おう、ナギトだったか。……どうやら太刀を受け取ってくれたみてぇだな」

 

 

「よおムラマサ。いやー……今はちょいと素振りしただけだけど最高だなこの太刀!い〜い仕事してくれたぜ。ありがとうな」

 

 

満面の笑みを浮かべるナギトにムラマサも釣られて笑って「そりゃ良かった」と言った。

 

 

「……そうだな、ちょいとお前さんに説明しておく事がある」

 

 

ムラマサは立ち上がるとナギトから太刀を受け取って鞘から抜いた。

 

 

「この太刀はお前さんが持ってきた“宵星”を元に俺が新たに打ち直したもんだ。……だが、打ち直す際に別の鋼と混ぜてた合金を素材にした。それは別に構わねえな?」

 

 

「お?おう……えーと、それで?」

 

 

「結果だけ言うと、だ。元の太刀より脆くなったが代わりに靭性は増したし、総合的な耐久性は上がっただろう。……お前さんの闘気が染み込んでいたのも功を奏して切れ味は天下一品だ」

 

 

「ほう、そりゃすごい」

 

 

ナギトの元々の太刀“宵星”はかつてカルバード共和国で手に入れたものだ。しかしその時には未だ素材のゼムリアストーンの加工技術が確立されておらず、荒削りな出来だったと言えよう。

しかし今はリベールのA・ラッセル博士によりゼムリアストーンの加工技術が確立されて、ごく一部の者はゼムリアストーン製の武器なんてのも持ってたりする。

 

 

ムラマサは脆くなったと言ったが、ナギトとしてももう無茶な扱いをするつもりはないし、戦闘技術力でカバーできる範囲だろう。

 

 

「とまあ、以上が簡単な説明だ。これ以上は専門職の話になるから省略するぜ」

 

 

「ああ、ありがとう。…………そりゃもしかして論文か?」

 

 

ナギトはムラマサの机の上をちらりと見て尋ねた。

 

 

「……正解だよ。今回、お前さんの太刀をつくるに当たり………ええと、合金の話はしたな。それについて論文を作成してる段階だ。どうにも新しいやり方みたいでな、親方に鍛治界全体のためだと言われちゃ俺も引けねえってわけだ」

 

 

「やっぱりムラマサ、お前すごいやつだったんだな」

 

 

「よせよせ。こっちは単に最高の太刀をつくりたかっただけだ」

 

 

ムラマサはやれやれとばかりにため息をついた。

 

 

「で、ナギト……お前さん、今は素振りしかしてないって言ったが、近々振るうニュアンスが見てとれた。それなりの相手なんだろうな?」

 

 

「この太刀の初陣に見劣りしない相手だよ。……アルゼイド子爵だ」

 

 

「アルゼイド子爵って……まさかあの《光の剣匠》か!?………まあ皇宮に出入りしてんなら有り得る話か」

 

 

「ちょっとした知り合いでな、俺の義父になる予定だ」

 

 

「義父だあ!?」

 

 

ムラマサの反応が楽しくてついつい情報を解禁してしまったナギト。笑いつつも腕時計を確認し、約束の時刻が迫ってきている事を知った。

 

 

「んじゃ、悪いがそろそろ時間だからお暇するわ。…‥重ねてになるが、ありがとうムラマサ。この太刀は大切に振るわせてもらう」

 

 

「ああ、だからと言って鞘に入れたまま腐らすなよ。武器ってのは使ってナンボだからな。何かあったら俺んとこ持ってこい」

 

 

「おう、ありがとう」と重ねて言ってムラマサから太刀を返してもらう。店の前まで見送られて挨拶をした後にナギトは帝都競馬場に向かう。

 

 

「……ああ、ナギト!」

 

 

呼び止められて振り向く。すでに2人の距離は15アージュほど離れていた。

 

 

「伝え忘れていた。その太刀の銘は“明星”だ!」

 

 

明星────宵星の流れを汲む事を思わせる名前だ。ナギトは少し考えると、

 

 

「ならこいつは“明星村正”だな!……見てろよムラマサ、俺はいつか世界最高の剣士になる!そん時は俺の愛刀をつくってくれたのはお前だって全世界に宣伝してやるぜ!」

 

 

ナギトの言い草にムラマサは「ハッ」と笑い腕をナギトに突き向けた。同じ様にナギトもムラマサに拳を向ける。

触れ合う事はないが、これで契約は結ばれたのた。

 

 

ナギトは突き出した拳を開くと、そのまま振って再度別れの挨拶とした。

 

そして帝都競馬場に向けて走り出す。

ナギトの新しい愛刀“明星村正”のお披露目がすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

☆★

 

 

 

帝都競馬場。帝都ヘイムダルにおける娯楽の頂点とも言える競馬が連日行われる施設だ。

 

ナギトも競馬は興味があったがミラを使い過ぎてラウラに見限られる未来を想像したため手を出さない事にしている。

 

普段は人でごった返す帝都競馬場だが、今は貸し切り状態だった。

 

 

「なかなか広い。観客席もある。……なるほど闘技場としても絶好ですね」

 

 

ナギトはその競馬場の中心に立っていた。そばにはヴィクターは当然、ルーファスやオズボーン、挙げ句の果てにはミリアムやレクターまでいた。何なら観客席にカール・レーグニッツ帝都知事の姿も見える。

 

 

「暇かよ……」

 

 

「ハッハー、まぁそう言うなってナギト。俺もミリアムもクロスベルから帰ってきたお前さんと久々に会いたかったってだけさ」

 

 

赤髪の男が軽薄にそう言った。レクター・アランドール。《かかし男》だ。

 

 

「レクターの言う通り!ひっさしぶりだねナギト!」

 

 

その隣にはミリアム・オライオン。戦術殻アガートラムもポーズをとっている。

 

 

「ええ、お久しぶりですレクターさん。どうやら准佐に昇進されたそうで。ミリアムもおひさ。相変わらず元気いっぱいで安心だよ」

 

 

クレア・リーヴェルトを除き《鉄血の子供達》が揃い踏みだ。クレアがいないのは、やはり鉄道憲兵隊という職業が忙しいからだろう。そう言う意味ではレクターも多忙であろうが情報局はそこらへん融通が利きそうだ。

 

逆に最も多忙であるオズボーンと知事カールがいるのは何故だ。わざわざ時間を空けたのか。

 

 

「旧交を暖めるのも良いが、そろそろ本題に入っても構わないかな?」

 

 

ルーファスはナギトやヴィクターが頷いたのを確認してから話し始めた。

 

 

「さて、この帝都競馬場だが、そう遠くない内にいわゆる武術大会を開く事になっている。個人戦と団体戦をトーナメント形式で行う予定で、決勝戦のフィールドはこの競馬場全体となっている」

 

 

「決勝戦のフィールドが競馬場全体か。ならば……」

 

 

「はい、アルゼイド子爵。準決勝はその半分……競馬場を区切って同時進行するつもりです。準々決勝はさらにその半分……といった具合に、決勝戦に進むに連れて戦えるフィールドが大きくなり見応えが増すバトルを観戦できる……という目算です」

 

 

戦場が大きければそれだけ大規模なクラフトも扱える。逆も然りだ。

 

 

「1回戦はどれだけ狭いんです?」

 

 

「うむ、決勝トーナメントに進めるのは個人戦で16名。団体戦で8組を想定している。だから最小で競馬場を8分割した広さだ」

 

 

ナギトの問いにルーファスはすらすらと答えた。

 

 

「それで……ナギトくん、アルゼイド子爵。お2人にお願いしたいのは個人戦決勝のデモンストレーションです。………武術大会には帝国中の強者を招待する予定ですが、お2人ならどんな猛者が激突するより派手に戦いを魅せてくれるでしょう?」

 

 

「ですって」

 

 

「期待に応えるとしようか、ナギト」

 

 

ルーファスのセリフに肩をすくめたナギト。ヴィクターは笑んで宝剣ガランシャールを抜いた。

 

 

「くれぐれも競馬場を破壊してくれないでくれたまえ」

 

 

オズボーンの小言を最後に観戦メンバーは観客席に移った。

 

帝都競馬場、その芝生のグラウンドにナギトとヴィクターの2人が残される。

 

 

「観客は派手なのをお望みのようです」

 

 

「そのようだ。……そなたも抜くが良い」

 

 

ヴィクターに促されるまま太刀“明星村正”を鞘から引き抜く。刀身が陽光を受けて妖しく輝いた。

 

 

「見事な太刀だ。古今いずれの名刀、宝剣に勝るとも劣らぬ出来だろう」

 

 

「ええ、その栄えある初陣です。……存分に胸をお借りしますよ、アルゼイド子爵」

 

 

「そろそろそう呼ばれるのも飽きてきた所だ。……ナギト、この戦いの後には私を義父と呼ぶように」

 

 

「は、少々気が早いとも思いますが……おかげでテンション上がりましたよ」

 

 

 

軽快に言葉を交わしつつ、2人は闘気を高めていく。

ヴィクター・サンドロット・アルゼイド。クロスベルで戦ったどの猛者よりもナギトはこの人物を高く評価している。

アリオスもナギトとの戦いで飛躍したが、ヴィクターも老齢に差し掛かりなお全盛期を更新中だ。

 

 

「どこからでも来るが良い」

 

 

余裕───否。受けの構えを見せるヴィクターにナギトも遠慮なく闘気を解放した。

 

 

緋色のオーラが爆発したかに見えた。そのすべてはナギトの全身から発される闘気だ。自己能力を高める絶招。身体から溢れた闘気はあくまで余ったものであり、それ自体に大した意味はないが、ナギトのそれは“漏れ出る”という範疇を超越した闘気の大瀑布だ。

 

 

「いきます」

 

 

“真気統一”はしない。あれも完成間近ではあるが、今回は派手に戦うのが目的だ。可視化するほど濃密な闘気は目に見える派手さのファクターだ。

 

 

ナギトは宣言するとヴィクターの周囲をゆるりゆるりと歩き始める。それらはいずれ緩急を帯びて分身の如くヴィクターを包囲した。

 

 

「無幻九十九疾風」

 

 

そこからナギトはヴィクターに斬りかかる。それをヴィクターはガランシャールで打ち据えるが、幻のように消えてしまった。

 

まだヴィクターを取り囲むナギトの影なる分身は続いている。ナギトから常時噴出している闘気のせいでヴィクターは攻撃を読み辛いが、それでも取り囲まれた中で次々と襲い来るナギトを上手く捌いた。

 

 

「……暗殺者の歩法だな」

 

 

「はっはー、さすがアルゼイド子爵。これくらいは軽くいなしますか」

 

 

ナギトのそれを暗殺者の技能だと断じたヴィクター。直後の声は上方から放たれていた。

 

分身の幻影が消え、残像が宙空のナギトに収束した。ヴィクターが見上げた時にはすでにナギトは戦技を放っている。

 

 

「孤影燎原」

 

 

孤影斬が降り注ぐ。斬撃が雨となってヴィクターを───帝都競馬場を襲った。

 

 

大きく土煙が舞い上がる。思考の端でオズボーンの小言が思い出されたが、地面はノーカンだと自分に言い聞かせた。

 

 

直後、土煙の中から光を纏ったヴィクターが跳躍、中空に佇むナギトに突撃してきた。

 

 

「読み通り。超過式────」

 

 

ナギトはすでに“明星村正”に闘気を込め終えていた。

 

 

「───八卦覇掌!」

 

 

それを解放し、8つの掌の形となる。張り手の要領で空に飛び込んできたヴィクターを迎撃する。

 

高密度の闘気の攻撃にヴィクターも反応し切れず再び地面に押し付けられた。再度、大規模に土煙が舞う。衝撃も発生して帝都競馬場を揺らし、風が観客たちの頬を打った。

 

 

“幻造”の足場でナギトは闘気を太刀に集約した。そこから放たれるのは剣鬼七式、雷の型の奥義。

 

 

「雷神裂破」

 

 

振り下ろす太刀は雷鳴を響かせて、大規模な落雷が土煙の中にいるヴィクターを狙い撃った────

 

 

「そなたの弱点を教えよう」

 

 

───はずだった。

しかし、いつの間にかヴィクターは中空に立つナギトの背後に回り込んでいた。

 

ガランシャールが光を放つ。それを見てナギトは後ろを取られたカラクリを見抜く。

 

 

「──気配を」

 

 

「それだ」

 

 

ナギトの言葉を待たずしてヴィクターは言い放つ。同時に宝剣を縦横無尽に振るった。

 

後手に回ったナギトは“幻造”の足場から叩き落とされ、ガードするのに手一杯で、やがてナギトの闘気の外防護が引き剥がされてしまう。

 

宝剣が一際大きく光を纏った。

 

 

「洸刃閃舞!」

 

 

放たれた光の刃が、今度はナギトを地面に叩きつけた。

 

三度、土煙が舞い上がる。

 

 

「……っててて」

 

 

立ち上がるナギトのダメージは然程ではない。闘気の外防護は破られていたが、本命は身体の内に巡らせた防護だ。しかし、ヴィクターの“洸刃閃舞”はそれら一切を貫いてナギトにダメージを与える攻撃力を持っていた。ナギトはガードしたにも関わらずだ。

 

 

ナギトは周囲からヴィクターの気配が消えている事を確認し、太刀を振るうと待っていた土煙を吹き飛ばした。

 

 

ヴィクターは十数アージュ先に立っている。その手の宝剣からは光は失われていて。

 

 

「賢い選択だ」言うと同時にヴィクターはガランシャールを構え直す。同時に光が灯った。

 

 

「そなたの弱点とは、気配感知による鋭い索敵能力だ。……そなたのそれは規格外に精度が良いが、それゆえか……頼り過ぎたな」

 

 

「大概の相手はそれでどうにかなるんですけどね。……気配を絶つのは闘気による身体能力向上も捨てる事になる。それがない素の身体能力じゃ俺の防御は破れないし、闘気の出力も瞬時に0から100まで上げられるわけじゃない」

 

 

ヴィクターは元いた場所に気配を残し、自身は気配を消して素の身体能力でナギトに迫った。それが直前まで気取られなかった理由でもあり、また捨て身にも似た特攻である。

 

こんな芸当はヴィクターだからできた事だ。こんな真似を実行できる胆力がある者は世界でも有数だろう。

 

 

「その驕りはここで打ち砕かれたな。……では、次はこちらから参ろう」

 

 

言うが早いか、ヴィクターはナギトに肉薄する。その速度たるや残像が生じるほどだ。

 

 

そこからしばらく、2人の間で無数の剣戟が交わされる事となった。観客湧き立つ派手なバトルではなく、息を飲む音すら緊張感に障るような静寂なる剣劇。

 

 

太刀と大剣という得物の差もあってか、ナギトは剣速でヴィクターに勝っている。ゆうに100を越える斬撃を交換して、互いに有効打はなし。

ヴィクターの宝剣はすべてナギトが纏う螺旋により届かず、ナギトの太刀もまたヴィクターの牽制により当たらない。

 

 

「戦い方が変わったな」

 

 

「クロスベルで心境の変化がありましてね!」

 

 

語気と一緒に宝剣をかち上げる。距離を取って仕切り直しだ。

 

 

「フフ、その螺旋の技術……ユン殿に迫るものを感じさせる。その齢で……末恐ろしいな」

 

 

「恐縮です。……しかし俺も八葉の二代目、初代を安心して隠居させたいんですよ」

 

 

「ふっ、ユン殿は隠居するようなお人か?」

 

 

「ごもっとも!」

 

 

 

冗談の終わりに、冗談のようなスピードでヴィクターに迫る“迅雷”。速度だけに割り切った戦技はすでに雷光の域に達しつつある。

 

しかし、そのスピードは制御できるものではなく直線のみの攻撃範囲。ヴィクターにとり見切るのは容易い───

 

 

「破空!」

 

 

だからこそ、見切りを無為にする指向を絞らない全方位攻撃。

ナギトとヴィクターの距離が大きく離れる。

 

 

「さあ!ド派手にいきましょうや……お義父さん!」

 

 

高まったナギトの闘気が嵐へと変質していく。竜巻が幾重にも捻れて風は螺旋を纏い、稲光と共に雷鳴が響き渡る。

 

 

「すでに勝った気でいるのか!?……甘いぞナギト!」

 

 

宝剣ガランシャールが極光を放つ。“光の翼”、アルゼイドの絶技。《光の剣匠》の由来。

 

 

「───洸凰剣」

 

 

光纏う翼となってヴィクターが嵐に突っ込んだ。もはや身体そのものが光の斬撃と化したヴィクターは嵐を裂きながらナギトに迫る。

 

 

「八葉刀神流」

 

 

ナギトもまた決着のために戦技の最終段階に入っていた。

“八葉刀神流”は八葉一刀流をベースに様々な剣術のエッセンスを取り込み、それを発露する絶技だ。今はまだ一つ目、

 

 

「空の型」

 

 

しかないが、対個であればこれをぶっぱできれば勝ちが決まると言っても過言ではない超抜級戦技である。

 

 

 

「狂嵐怒涛───」

 

 

 

まとわりつく嵐の中でヴィクターは一歩ずつナギトへの距離を詰めて来ている。しかしその歩みは遅い。ヴィクターほどの猛者であっても常時襲いくる風の刃と螺旋と雷の中では満足に動けない事が証明された。

 

 

ああ、しかし油断はしない。

 

ヴィクターはナギトの接近を待っているのかもしれない。彼にはさっき嵌められたばかりだ。

 

 

「───雷影後哭!」

 

 

シグムントにやった時とは違い、ナギトは嵐の力を収束させないまま一閃した。

 

雷が爆ぜ、風刃は渦巻く。それらは嵐に閉じ込められたヴィクターを直撃した。

 

 

雷光が網膜を灼いた。視覚が機能を取り戻す一瞬でナギトはヴィクターから距離を取っている。

 

 

 

「──洸凰剣・乱舞!」

 

 

 

幾重にも放たれる極大の光の斬撃。しかしそれは距離を空けていたナギトにとって対処に易い。

 

競馬場を壊さないように、螺旋の受け流しで少しずつ軌道を逸らす。

やがて光の刃は打ち止めとなり、“空の型”で巻き上がった芝生が地に落ち、2人の視界が互いを捉えた。

 

 

「さすがですお義父さん。俺の奥義のひとつなんですけどね……一応」

 

 

ヴィクターの傷は致命傷と呼べるものではなかった。もともと死合いでもないが“空の型”を受けたからには虫の息になっていてもおかしくはなかったはずだ。

 

 

「そなたこそ……実に見事な戦技だった。相手の反撃を許さぬ奥義………まさかこの私でも対応できないとはな」

 

 

対応できない、などと良く言ったものだ。ヴィクターはあの嵐の中で螺旋に絡め取られながらも、それを相殺しつつ迫る風刃と雷撃を“洸凰剣”で捌き続けたのだ。

 

しかし、それでも無傷とはいかない。服はほとんど原型を留めず、全身至る所から血は流れている。体力的な限界も近いはずだ。

 

 

「さーてさてさて。……もう一丁いきますか」

 

 

ナギトが太刀を突き出して構えると同時に、再度莫大な闘気が嵐に変質した。

 

 

空の型、狂嵐怒涛・雷影後哭。

いかにヴィクターでも完璧な対応は不可能。不規則な風の渦に螺旋の力まで加えられては外から打ち破るのも実現性は低い。

 

これを続けていれば勝てる───それがナギトの目算だった。

 

 

 

「───そこまでだ!」

 

 

と、嵐が現界する直前にルーファスの声が響き渡った。観客席から立ち上がり、ナギトに咎める視線を送っている。

 

 

どうやら模擬戦は終わりのようで、ナギトは戦技を取り止め、ヴィクターは宝剣を鞘に納めた。

 

 

 

☆★

 

 

「きみは閣下の話を聞いていなかったのかね?」

 

 

「いえその地面はノーカンかな、と」

 

 

「そんなわけがないだろう。ここを修繕するだけでもいったいいくらかかると思っている」

 

 

「すみませぇん」

 

 

試合を終えたナギトはルーファスに詰られていた。そばには他の面子も集まっていて、ナギトが怒られる様をみてクスクス笑っている。

 

 

「ふむ、どうやら興が乗りすぎたなナギト。……まあ私も言えた口ではないが」

 

 

ヴィクターもフォローしてくれない。彼の“洸凰剣・乱舞”はナギトが空に逃していなければ間違いなく競馬場を破壊していた。が、そこは藪蛇なのでナギトはつつかない事にした。

グラウンドだけとは言え、ナギトの方が競馬場に出した被害が大き過ぎる。

 

 

「しかし派手な戦いを頼んだ以上、こちらにも責任の一端はある。……ここは政府ときみの折半で修繕費を賄う事にする。給料から天引きしておくが構わないね?」

 

 

「え、俺って給料出てたんすか」

 

 

「当然だろう。マクバーンの撃破、ルグィン伯の調略、クロスベルでの尽力……合わせて二億ミラ弱。今回の件で8割は無くなるだろうがね」

 

 

新情報のオンパレード……というか、自分が二億ミラも持っていた事実とそれが8割消し飛ぶ事実で頭がクラクラする。

 

「知らなかったのかね?」と高圧的なルーファスに「はい」と答えると、ナギトの仕事用の口座が開設されていた件や、仕事の報酬がそこに振り込まれていた話などをされる。

 

 

その後、オズボーンや他の面々に散々からかわれた後に解散となり、ナギトは帝都で一夜明かすと翌日レグラムに向かった。

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