「よぉーす。お待たせお待たせ〜」
帝都ヘイムダル。アルト通りにある喫茶店で待ち合わせたエリオットとマキアスに合流する。時刻は夜半に差し掛かった頃合いだ。
「あ、ナギト!久しぶりだね」
「久しぶりだな、ナギト。元気そうでなによりだ」
「おひさ。お前らも元気そうだな」
軽く挨拶を交わして2人の隣、カウンター席に着く。
「いやー、最近はちょっとしんどいかな。卒業も近いし」
「僕もそうだ。トールズでもそうだったが、やはり2年分のカリキュラムを1年で修めるのは無理がある」
聞いた話によると、エリオットもマキアスもそれぞれの学校をまた1年で卒業するつもりらしい。彼らはトールズ士官学院を1年で卒業した経験があるが、それでもきついようだ。
「はー、お疲れさんです。……今日呼んだのまずかった?」
店員からビールを受け取って流し込む。発した言葉にそぐわない態度に、エリオットもマキアスも苦笑した。
「息抜きにはちょうどいいさ」
「そうそう、それに久しぶりにナギトにも会えたしね」
「そりゃよかった」とナギトは泡ヒゲを拭う。
それからナギトは2人を呼び出した理由について語る。同窓会を名目にしたオズボーン対策会。そしてナギトの事情について。
2人の反応はこれまでに会ってきた面々と同じく重々しかったが、これもナギト節にて無に帰す。
「って事で、はい招待状」
2人に手渡す同窓会の招待状。エリオットもマキアスも当然参加してくれる事になった。
真面目な話もこれにて終わり、3人はトールズ時代の雰囲気に戻り他愛ない話をして時間を過ごした。
すっかり夜も更けた22時頃解散する運びとなり喫茶店を出る。
2人と並んで歩く薄暗い路地の奥、ナギトは見た。
人が人を貪っている姿を。
「──────」
一瞬、驚き。すぐ行動に移す。加害者の背後に回り込むと、首筋に手刀を打ち込んで意識を刈り取る。それから被害者を見た。首筋に噛み跡。よもや現代に吸血鬼が甦ったか──と思い浮かんだと同時に同道者2人が追いついた。
「ナギト、いきなり走ってどう──って、うわぁ!?」
エリオットが倒れ込んだ被害者と加害者の姿を見て腰を抜かす。マキアスもまた声を出して驚いている。
「わからん。ただの暴行にしちゃ趣味が悪い」
「……首元のそれは、噛み跡…か?」
「え、それってまさか……“赤い月のロゼ”みたいな──」
エリオットに手を貸して立ち上がらせたマキアスは被害者に視線を注ぎ、エリオットはそのマキアスの見解を聞いて小説を思い浮かべた。
そんな時、昏い力が意識を失ったはずの加害者から立ち昇る。
「───勘違いじゃない、か」
ゆらり、立ち上がる加害者は先と違ってまともには見えない。さっきの様子もまともとは言い難いが、今のそれよりはましだった。
ゾンビのような足取りに昏いオーラはおよそ人間とはかけ離れたもの。エリオットとマキアスに注意を促してナギトの背後に回らせる。
「お前は、なんだ……?」
「……うぅ、………ぁああ………」
声をかけたが、返事は期待できない。仕方なしと肉薄してボディブローを打つ。動きが止まった一瞬で“幻造”で鎖をつくりだし、加害者に巻きつける────その刹那。
「……我が、あるじ………」
「────!」
鎖がジャラジャラと音を立てて加害者を拘束した。
「今のは………」
加害者が放つ昏いオーラ、その発言。ナギトには思い当たる節があった。点と点を繋げる作業に入ったその時だった。
暗い路地裏にもうひとりの闖入者が現れた。
「そこまでです!」
聞き覚えのある女性の声。彼女が杖を振るうと、宙空に魔力の剣が浮かび、それがナギトに向かって射出される。
「盾」
ナギトはそれを“幻造”で盾をつくりだす事によって防ぎ、焦って現れた同級生に声をかけた。
「エマー、俺!ナギトですけど!」
「え……ナギトさん………?」
コツコツ、足音を立てて薄暗い路地から照明に当たる場所に姿を見せたのは、間違いなくナギトらⅦ組の委員長エマ・ミルスティンだった。
「久しぶりだな、エマ」
「お、お久しぶりですナギトさん……」
エマはナギトや取り押さえられた加害者、被害者のそばにいるエリオットとマキアスを見て状況を把握したようで、ばつが悪そうに笑みを浮かべている。
「エマ、いきなり走りだしてどうした──と、ナギトか?」
「ちょっとエマ!────って、………なにこの状況?」
そこに遅れてラウラとセリーヌも現れた。察するにラウラが同窓会の招待状を渡すのにエマと帝都で合流したものと見た。
エマ、ラウラ、セリーヌと集まり、ようやく落ち着いたエリオットとマキアスも交えて意見を交換する。
この二組が同じ目的で帝都に集まった事、エマが妙な気配を感じて現場に急行し、ナギトを加害者と勘違いして攻撃した事などがわかった。
「ちゃんと確認しようぜー」
「う、それは………、はい、すみません…」
再び頭を下げるエマ。しかし、あの焦り様も無理からぬ事だとナギトは理解していた。
「いくら、暗黒竜の気配を感じたからってな」
束の間、平穏が崩されようとしていた。
☆★
「それで、暗黒竜とはなんなんだ。説明してくれ、ナギト、エマ」
先程の事件の加害者と被害者はナギトのコネで帝都憲兵に引き取ってもらった一同は再びアルト通りの喫茶店に来ていた。
「どこかで聞き覚えがある気がするんだよね…」
今は状況整理の最中である。訳知り顔のナギト(ハッタリ半分)とエマ(なんか気配感じただけ)に問いかけたマキアス。
「暗黒竜ゾロ=アグルーガ───七耀歴371年にこの帝都に突如として出現し、その身から発したと言われる瘴気によってヘイムダルを死の都に変えたと伝わる厄災です」
「当時のアストリアスII世が遷都を決意したという、あの……!」
エマの説明に反応したのはマキアスだ。さすが歴史にも詳しい秀才ぶり。しかし暗黒竜の存在は今や与太の類とされている。現実を越えた過去には疫病だとかの辻褄合わせの歴史が語られるものだ。
「それからおよそ100年後、ヘクトルI世によって暗黒竜は討たれました。今の帝都はかつての帝都の街並みの上に建てられたものだと伝わっています」
エマによる歴史の授業が終わる。説明の暗黒竜がどんな経緯か甦ったとしたなら、こんなところでゆっくりしているわけにもいかない、と雰囲気が重くなる。
注文していた飲み物が届いて、ナギトはそれをぐいっと煽った。
「……俺たちが帝都の実習で倒したあの竜の骨…あれがゾロ=アグルーガだ。…エマはいなかったな」
遡る記憶。一年以上前、帝都でテロに巻き込まれたⅦ組A班は暗黒竜の死体と対峙しそれを打ち砕いた。あの時のメンバーでこの場にいないのはリィンとフィーの2人。そこにナギトとラウラ、マキアス、エリオットであの竜骨を倒したのだ。
「あ、それか。道理で聞き覚えがあると思ったんだ」
「そうか……《G》が笛であの死体──と言っていいかわからないが──を動かしていたんだったな」
エリオットとマキアスも記憶を掘り返したようで合点がいった表情をしている。
「問題はそこじゃないわ。どうして今になって暗黒竜が目覚めたのかって点よ」
やや低い音量でセリーヌが言った。喫茶店ももう人がまばらとは言え、喋る猫がいるとなれば暗黒竜とは別口で面倒な事になる。
「その暗黒竜が復活したというのは本当なのか?ナギトやエマの勘違いなどではなく」
そこで話の腰を折ったのはラウラだ。そもそもの疑問を呈してくれるのは助かるが、今はそういった段ではない。
「俺とエマがその気配だと思ったんだ。とりあえずその前提で動いた方が後が楽じゃね?」
ナギトの軽薄でありつつも有無を言わさぬ雰囲気にラウラも「うむ」と納得した。
「んで、どうして今、暗黒竜が目覚めたのかはわからん」
ナギトには心当たりがあったが、機密に関わるため言えない。
「……が、さっきの加害者が暗黒竜の瘴気であんな状態になってるってんなら、俺たちが戦ったあの残骸よりやばい相手なのは明らかだ」
「そうですね。一刻も早く対処しないとかつての二の舞になってしまう可能性もあります」
仮定に仮定を重ねた最悪の想像だが、現実になってしまえばそれこそ最悪だ。
エマの追従を得られたナギトは今度はマキアスとエリオットに視線を注ぐ。
「最近、帝都で同じような事件はなかったか?」
「うーん………傷害事件の話なら音楽学校でも聞いたけど、こんな吸血鬼まがいの噂は………」
「僕もエリオットと同じだ。…………となると情報が規制されている可能性があるな」
確かにこんなショッキングな事件なら市民に伏せている線は充分にあった。
「ならマキアス、親父さんに話を聞いてもらえるか。帝都知事なら何か掴んでんだろ」
「ああ、わかった」
話はスムーズに進む。Ⅶ組としての経験はこんな事態においても冷静さを失わせていない。
ARCUSで通信を始めるマキアス。そこに追加で注文した。
「あと事件の被害分布と……帝都地下への入口も。照らし合わせたい」
マキアスが頷くと同時に通信は繋がったようで、しばらく帝都知事カールの声が通話口から聞こえて来ていた。エリオットとラウラはその間に帝都の地図を用意している。
やがて通話が終わった所で地図にマーキングを施した。仮称吸血鬼事件と帝都地下への入口はやはり近しい場所にある。
「地下………かつての帝都、我らが対峙した場所に暗黒竜はいるようだ」
詳しく見てみると、実習でナギトらが暗黒竜と戦った箇所を中心に被害が広がっていると見てとれた。
そこから少し話し合い、共に地下に進み暗黒竜を打倒する事になる。
そして近場の地下入口から中に入り────
「──ダメだな、これ」
事態は想像より進んでいる事を悟ったのだった。
☆★
「想定より数段瘴気が濃い。………こりゃ今日明日にでも暗黒竜は動き出すぞ」
地下に乗り込んだナギトらだったが、瘴気の濃度が予想以上だった事で一時撤退。作戦を練り直す事になった。
地下は異界化し上位属性も働いていた。遠目には内戦中に出現した幻獣の姿も確認できた。
「そうなれば帝都はかつてと同じ歴史を歩む事になる。…‥なんとしても阻止せねばな」
ラウラの言った通り、その点はⅦ組で一致している。
「しかし、あれほどの瘴気………こういった事に疎い僕でもわかったぞ。あの濃さは異常だ。……それになぜあの濃さの瘴気が地上まで出ていないんだ?」
疑問を呈したマキアス。地下の瘴気の濃度は素人目に見てもかなり濃い。しかし地上はさほどでもない。吸血鬼事件の情報統制ができるくらいには被害が少ないのだ。
地下の瘴気の濃度に比較して地上の瘴気濃度が著しく低い。これに対する解は。
「出してない、だろうな。敷居は境界……地上と地下を区分けして、暗黒竜は力を溜めてんだろうよ」
ナギトの推測はこれだった。地上に出ている瘴気はあくまで漏れ出たものなのだろう。本来は地下に押し留めておくはずだった瘴気が抑えきれずに地上に漏れた。その結果が瘴気に当てられて狂気に陥った市民による吸血鬼事件だ。
「私もそう思います。あの瘴気はおそらく暗黒竜を中心に発生したもの……地上に出れば被害は増大したでしょうが、自らの存在を隠すなら地下だけで留めておくのは理に適っています」
ナギトの推測をエマが補強する。
もし被害が大きければすでにオズボーンが解決に動いていたはずだ。自身の存在を秘匿するあたり、中々に賢しい敵だと認識できる。
「瘴気を拡散したくない意図もあったかもね。地下だけで瘴気を循環させたんならその分だけ復活が早くなるかもだし」
そこにさらにセリーヌからも援護射撃が届く。それをもってマキアスの納得を得たナギトは話題を次に進めた。
「最悪を想定するとだな、もし俺たちが暗黒竜を撃破しても瘴気は消えない可能性がある」
「瘴気が消えない?……その瘴気は暗黒竜から発せられているのだろう?」
「たぶんな。だが暗黒竜がどういうカラクリで復活しつつあるのかわからない以上、まずい線は洗っておくべきだ」
ラウラの問いにすらすらと答えてみせる。機密に関わるため誤魔化すような口ぶりにはなるが仕方ない。
「危惧すべきは暗黒竜を討った瞬間、やつが溜め込んでいた、もしくはやつを形成していた瘴気が一気に放たれる場合だ」
「瘴気が、一気に………それって」
ナギトの推測に危機感を覚えるエリオット。その嫌な予感は全員に伝播している。
「死の都の出来上がりだな」
地下に押し留めてあった以上の瘴気が地上を席巻する事だろう。そうなれば歴史は繰り返されるのみだ。死の都の一丁あがりと言ったところか。
「……なので、対策をします」
それを阻止すべくナギトが考案したのは。
「俺が地下への出入口を塞ぐ。そうすれば瘴気の流出はなくなるはず。……だからお前たちで暗黒竜を倒す、ないしは地上に追い出してくれ」
「いやいやいや、ちょっと待てナギト!暗黒竜は地上に出しちゃまずいんだろう!?」
いろいろツッコミ所のある発言だったが、まずマキアスが噛みついたのはその点だ。今までの話はどうやって暗黒竜を地下で始末するか、というものではなかったのか。
「まずいな。だから正確には空で戦う。……暗黒竜が地下から出たら地下の瘴気は薄まるはずだし、そうなれば俺も地上地下間の防壁を解いて本気でやれる」
「え、えーと……整理すると、ナギトさんが地下から出る瘴気を封じて、そうするとそれに集中しなくてはならないため、私たちにあの異界化した地下の探索と暗黒竜の撃退までを頼むと?」
「そう」
言葉足らずだったナギトの作戦をエマが懇切丁寧に噛み砕く。
「それで、暗黒竜を地上に追い出したらナギトさんは地下の封を解いて暗黒竜を空で倒す……そういうわけですね?」
再び「そう」と言う。
「ふざけてるんですか?」
エマは真面目くさった顔でナギトを睨む。美人が怒ると怖いものだ。
「まず一点目、地上と地下を結ぶ出入口はこの帝都に無数にあります。そのすべてを塞ぐなんて事は可能なんですか?」
「おそらく可能。幸い知事の助けもあって地下への入口はどこにあるかわかる。俺なら遠隔で闘気の壁を発生させて瘴気が外に漏れ出るのを防げる」
馬鹿げた前提条件はどうやらクリアできるらしい、と話を聞いていた面々は受け取る。それこそ馬鹿げたナギトの性能があってこそだと武芸者のラウラだけが戦慄していた。
「では二点目、ナギトさんを除いた私たちだけであの異界の地下を攻略して暗黒竜まで辿り着き、そして地上に追い出せるとお思いですか?」
「援軍を頼むよ。お前らには先行してもらうけどな。……常人なら精神をもっていかれる瘴気でも魔女のエマとセリーヌならこいつらに加護なりを与えてダンジョンは突破できるだろ」
ここは仲間に任せるしかないポイントだ。事態が事態だけに恥を忍んで方々に助けを乞うつもりのナギト。頭に真っ先に浮かんだのは兄弟分の顔だった。
「………まあいいでしょう。では、もし仮に暗黒竜を地上に追い出したとして、それを空まで誘導する手筈は?」
「暴力」
ナギトの簡潔な答えに絶句する面々。事もあろうにナギトはかつての厄災をパワーでもって空に打ち上げるつもりらしい。
「暗黒竜が地上に出てナギトさんが空に追いやるまでに瘴気に侵される人がいるはずです。その彼らの保護はどうしますか?」
「考えてない。……暗黒竜の瘴気に当てられて狂化してるんなら暗黒竜を倒せばそれは解除されると思ってる。あと、暗黒竜が地上に出たのちに地下から漏れるはずの瘴気についても同様ね」
ナギトは次にエマが質問するだろう事も含めて回答した。その答えがこれまでⅦ組で光の道を歩んで来た彼らが納得するアンサーかどうかは、この際重要ではない。加えて最悪の想定から外れた発言だが、そこはつっこまれないように祈るだけだ。
「……わかりました。ナギトさんが暗黒竜を倒せたと考えて、死体はどうするつもりですか?放っておいたらまた復活する公算があります」
「骨の一片に至るまで消滅させるよ。少なくとも塵芥までには砕くつもり」
と言っておく。ナギトは暗黒竜復活のカラクリについておおよそ検討がついている。裏を返せばどうすれば暗黒竜の再復活を阻止できるかも目星はついている。
「ナギトさんの考えはわかりました。……これで最後の確認です。…この作戦に私たちが納得できると、本気で思っていますか?」
エマはさも核心、という風に問いかける。しかしこれについてもナギトは答えを用意していた。
「思わない。でもお前らの納得は帝都市民の命と比較すれば軽いもんだろう。……俺はこの作戦がベターだと考えてる」
ああそうだった、とⅦ組の面々は思い出した。ナギトという男の本性を。
内戦の時にも見せた、人間性を窮めたかのような非人間性。人間が追い詰められた際に出す答えを、この男は最初からもっている。
「矛盾していますね」
そんなナギトの気味の悪さを一旦傍に置いたエマは指摘した。ナギトの作戦の矛盾を。
「暗黒竜を消滅させるとナギトさんは言いました。しかしそれは地上──空でやらなきゃいけない事でしょうか?」
ナギトは目を細める。エマの言葉は疑問というより詰問だ。勢いに任せて作戦に乗せるつもりだったが、さすがに甘い所は突いてくる。
「ナギトさんが私たちと一緒に地下に行き、その場で暗黒竜を打倒する。それなら私たちの生存率も上がりますよね」
エマの舌鋒は鋭さを増している。エマはナギトがどんな人物かわかっている。その優先順位の最上位にⅦ組の仲間たちがランクインしているだろうとわかっている。そしてそれが数万数十万の帝都市民の命と引き換えにしても重い事を。
「だからそれだと暗黒竜の瘴気が地上に拡散しちゃうかもって話で……」
「そこです」とエマは言った。誘導されたナギトの答え。その返答をこそエマは待っていたのだ。
「ナギトさんの推測を基礎に考えるなら、地下の暗黒竜を倒せばその時点で瘴気が解き放たれるはずです。ならば地下という密閉空間の方が、その瘴気を封じるというナギトさんのやり方として、やり易いのではないでしょうか?」
「─────、ふ」
捲し立てる作戦の僅かな隙間。そこを寸分の狂いなくエマは指摘している。頭が良いとは思っていたが、よもやこれほどとは。思わず嬉しくなって声が出てしまったではないか。
その笑みを肯定だと受け取ったエマは、最後の指摘をする。他の面々も口を挟まないままナギトに視線を注いだ。
「ナギトさん。何か隠している事がありますね?」
あるとも。正解だ。喝采を送りたくなる。それほどエマの推理は的を射ている。
「さすが、鋭いなエマ」
「それは肯定という事ですね?」
「ああ。……だけど悪いな、話せないんだよ。わかるだろ?」
“話せない”──それだけで今のエマには伝わるはずだ。
「それは───、まさか。この気配は《灰》との多重契約のせいだと───」
「はいそこまでね、エマ。後でいくらでも共有、考察していいけど、俺がいる前ではやめてくれ」
エマが思い至った可能性。思わず口にしたそれはナギトの機密──《緋の騎神》に関わる事だ。
「わかりました」と口を噤んだエマ。この件はきっとナギトの事情とも関係があると理解したエマはこれまでの態度を納めて立ち上がった。
「──私はナギトさんの作戦に賛成します。穴だらけですが、やってみるしかないかと」
エマに続いてラウラが立ち上がる。
「私も賛成だ。……本来なら貴族として民草を守る事に注力すべきだろうが………元凶は断たねばこの災いは現実になるであろう」
素早く決断したエマとラウラと違い、マキアスとエリオットは未だ迷いの最中にあった。このナギトの作戦では、少なからず帝都市民が瘴気に蝕まれる公算が大きく、その症状が本当に癒せるのか、また後遺症などは。
そしてその厄災が、自分の家族友人知人に降りかかったなら。
そんな事が頭の中をぐるぐる回って、答えが出せない。
「迷えば敗れる。マキアス、エリオット……俺の作戦は危ない橋を渡る事になる。これ以上の策があるなら提案してくれ。……だがないならさっさと立て、立ち上がれ。もう一刻の猶予もないかもしれないんだ。この作戦にはお前たちの協力が不可欠なんだぞ」
励ますのではなく、焦らせる。そうして選択を迫れば2人がどんな決断をするのか、ナギトはこれまでの付き合いで予想できている。
「……わかった。僕は作戦に参加する。エリオット、君はどうだ?」
マキアスも立ち上がり、作戦参加を表明する。そのマキアスに水を向けられたエリオットは困ったように優しく笑って、ナギトを見上げた。
「ナギト、変わったね。……まるで僕の知るナギトじゃないみたいだ」
「────ぁ」
その言葉にハッとする。ナギトの本質は願いで本性は非人間だとしても。こいつらには、こいつらにだけはナギトでいたいという自らの想いすら蔑ろにしていた行動と発言だった。
「あ、あー……すまん。ちょっと仕事モード入ってたわ。心無い言動をしちゃったな」
「いいんだ、頼もしいよ」
「おいエリオット、そりゃ普段の俺が頼りないって話か」
「あはは、ノーコメントで」
いつものナギトに戻ったのを確認したエリオットは笑いながら立ち上がる。そして静かに頷いた。作戦への参加を決意してくれたようだ。
「これで全員参加───」
だな、と続けようとして足元でセリーヌが「にゃあ」と鳴いた。魔女の使い魔も作戦に参加してくれるらしい。忘れていたわけではない。わけではないが、一瞬停止してしまう。
「んん、改めて……これで全員参加だな。それじゃあ作戦を開始しようか」
☆★
「ラウラ、お前が指揮れ」
地下への出入口に結界──瘴気を閉ざす防壁を張ったナギトは帝都異界地下に乗り込む面々を前にそう言った。
Ⅶ組にはリィンやユーシス、アリサといったリーダー適性がある者がいるが、その面々は今はおらず、この面子の中ではラウラが最も資質があると思ったからの発言だった。
「エマは魔女としての知識を活かして参謀、マキアスは副官ポジだな。……エリオットは応援係ね」
最後に小ボケを入れたナギトに面々は苦笑する。その後決意を秘めた瞳と共に出発する。
「気ぃつけろよ。アレは強い。マクバーンくらいを想定していったほうがいいかもな」
その背中に忠告する。実習で戦った骨の残骸とは格が違う。
異界化した地下の攻略は困難を極めた。
しかしラウラの突破力、エマの魔術、マキアスの援護、エリオットの機転により一行は無事に最深部まで辿り着く。
「この先……だな」
「はい、瘴気の源……暗黒竜の寝所です」
「ここまで来たら腹を括るしかないな」
「うん、この作戦……絶対に成功させよう!」
皆の言葉には決意が滲んでいて、意気軒昂と言った風体だ。暗黒竜の寝所に続く大扉を前にエマが忠告する。
「皆さんの事は魔術で保護していますが……この先はおそらく、この地下とすら比較にならない瘴気が渦巻いていると思われます。どうか強く心を保ってください」
「丹田に力を込めると良い、とナギトが言っていたな」
エマの注意にラウラも言葉を紡ぐ。それは出発前にナギトからもらったアドバイスのひとつだった。
「気を引き締め直す必要がありそうだな」
「慎重に、でも大胆に。……ナギトならきっとそう言うよね」
皆は頷きあって寝所への大扉を開ける。
そこには開けた空間があって、その中心では暗黒竜が眠っていた。
しかし一歩踏み入れると同時に暗黒竜は目を覚まし立ち上がる。
闇色の体躯、強靭な四肢、凶悪な尻尾、暗黒の翼───暗黒竜の名に相応しい威容。これこそがゾロ=アグルーガ、かつて帝都を支配した暗黒なる竜である。
来訪者を歓迎するように、あるいは威嚇するように翼を広げた暗黒竜の姿は、およそ人が太刀打ちできるものではないと感じさせた。
「恐れるな!前を向け!我らの敵はあそこにいるぞ!!」
皆を叱咤するようにラウラが声を張り上げた。それから戦術リンクを結ぶと暗黒竜と対峙した。
「援護してくれ!」
言うと同時にラウラは突っ込んだ。振り上げられる巨腕、邪悪な爪撃をマキアスが撃ち抜いた。
瞬間、止まる暗黒竜の腕を足場にラウラは跳躍。
「はあああ!」
がら空きの脳天に光をまとう大剣を振り下ろした。
暗黒竜の巨体が揺れる。しかしそれだけだ。その頭蓋は砕けず、頭部には傷ひとつついていない。
ゾロ=アグルーガが揺らいだ一瞬、エマとエリオットによるアーツが炸裂。変わらず傷はないが、ダメージまでないとは思いたくない。
暗黒竜の頭に一撃を喰らわせたラウラの、着地までの僅かな滞空時間。エマとエリオットのアーツによる攻撃が直撃した暗黒竜だったが。
その目は悪意のままラウラを睨みつけ───そして吼えた。
「ぐっ───!?」
物理的な衝撃すら伴う“ヴォイドハウル”。間近で喰らったラウラは目眩を覚えた。三半規管にまで影響を及ぼすか、と脳裏で考え、続いて迫る爪に反応できない。
「させるか───!」
マキアスは素早く引き金を引き、再度爪による一撃を止めた。
その間にラウラは着地、素早く距離をとった。
「すまぬ、助かった」
「いいんだ。それよりどうする、攻撃が効いてなさそうなんだが!?」
暗黒竜が唸りをあげる。その威容を誇示するかのように。初撃の連携で与えたはずのダメージはまるでないような姿。
「短期決戦だ、それしかない!」
この瘴気の濃さでは長期戦になるほど不利になる。余力がある今のうちにやるしかないのだ。
ラウラは決意を新たに暗黒竜を見やる。あの馬鹿げた鱗を貫通してダメージを与えるには相応の威力が必要だ。
「私とマキアスで時を稼ぐ。エマとエリオットはその間にロストアーツを!」
ロストアーツ──内戦時に撃破した幻獣からのドロップ品。そのオーブはARCUSの規格と合致し、常外の力を発揮する。
3人の返事を聞き届けると、ラウラはマキアスと呼吸を合わせて突っ込んだ。
振り下される腕を躱し、回転しながら大剣を薙ぐ。それは空振った暗黒竜の腕にヒットしたが、こんなものでは痛痒を与えられないとわかっている。
そのまま踏み込んだラウラは巨体の下で光の剣を振り回す。“洸閃牙”。肘膝を狙った一撃により暗黒竜は地に伏せた。
崩れ落ちる巨体の真下から素早く身を翻したラウラはそのまま跳躍。ガラ空きの頭部に今度は渾身を叩き込む。
「獅子洸翔斬!」
先の様子見の一撃とは違うラウラの全力に暗黒竜の頭が地面に叩きつけられた。
すぐさま飛び退くラウラ。すでに周囲にはチェスに見立てた陣が敷かれている。
「チェックメイトだ──!」
“トリニティクローズ”。マキアスのSクラフト。三角錐の結界に光線が撃ち込まれ、砕けると同時に大いなる波動がゾロ=アグルーガを焼いた。
暗黒竜が呻く。先のそれとは違う痛みに喘ぐ叫びだ。確実にダメージを与えられている。
「今だ───!」
ラウラの号と同時に2人のARCUSの駆動が終わる。
「ロストオブエデン!」
「ソル・イラプション!」
エマとエリオットのロストアーツが発動する。幻想の剣が魔法陣を描き虹の極光が放たれ、太陽が落ちる。
怒涛の連撃は暗黒竜の寝所を震わせた。
「どうだ……?」
不安げにマキアスが巻き上がった粉塵の向こう、ゾロ=アグルーガの影を注視している。
それはやがて立ち上がると咆哮した。粉塵が吹き飛ばされ、一行の視界が揺れるほどの雄叫びだった。
「まだ届かぬか……!」
「でも、確実に効いています!」
晴れた視界の先に四本足で立つ暗黒竜ゾロ=アグルーガだったが、その全身の鱗には亀裂が入り、剥がれ落ちている箇所もあった。
ダメージは通っている。それは自信に繋がる。
「受け取って!」
エリオットがロストアーツを発動した。味方を超過回復させる“アルテミスティア”だ。エリオットは暗黒竜が立ち上がる以前からすでに発動に取り掛かっていたのだ。
「そなたに感謝を。……皆、ここが踏ん張り所だ!ここで暗黒竜を斃し、ナギトを見返してやるぞ!」
エリオットの援護を受け取ったラウラは激を飛ばす。そのセリフはナギトの影響を受けたもののように思えて、一行は笑みを浮かべる。
「ああ、いくぞ!」
マキアスは浮かべた笑みのまま銃を空に向けた。その目が捉えたのは時の結界。それを撃ち破る事によって味方を加速させる“バーストドライブ”。
動き出す前衛ラウラと中衛マキアス。後衛の2人は援護に入る。
暗黒竜の懐に潜り込んだラウラだったが、振るった剣は空振った。ゾロ=アグルーガが上体を持ち上げる事によって回避したのだ。
───否。これは回避ではない。
悪意に満ちた暗黒竜と視線が交わる。そこに攻撃の意思を見てとったラウラは叫んだ。
「跳べっ!」
持ち上げた上体ごと前足を叩きつける暗黒竜の“フォールダウン”。
衝撃が地面を伝播し、跳躍が間に合わなかったエマを襲う。そしてそれを間近に、直接喰らったラウラは弾き飛ばされて地面をバウンドした。
「ぐ……」
視界が揺れる。エリオットの“アルテミスティア”のおかげでダメージはないが、あのロストアーツは身体に加わる負荷までも打ち消してくれるわけではない。
動けないラウラに容赦なく追撃を仕掛ける。暗黒竜の口腔が光ったかと思うと放たれた“カラミティブレス”。
「させない───ッ!」
ラウラを灼くはずだった暗黒竜のブレスはしかし、間に入ったセリーヌが展開した防壁に阻まれる。
「きゃっ!?」
拮抗は一瞬で、セリーヌの魔術防壁はすぐに破られてしまう。しかしその一瞬でラウラは回復すると、ブレスの攻撃範囲からセリーヌを抱いて抜け出した。
「助けられたな、セリーヌ」
「あんたがやられちゃったらこのパーティは終わりなのよ!?」
それがずっと寝所の隅で見守っていたセリーヌが前線に出た理由だった。この4人組で前衛はラウラだけ。もしラウラが倒れれば他の3人も遠からず同じ運命を辿る。
ラウラはセリーヌを地面に下ろすと言った。
「うん、わかっている。だが、私が前に出るしかあるまい」
だが、だからこそラウラは進む。己が暗黒竜を翻弄している間、マキアスは援護してくれるしエマとエリオットは強力な攻撃の準備ができる。
大剣を固く握る。まだ手はある。
「3人とも、なんとか隙をつくってくれ!」
マキアスは銃撃で暗黒竜を牽制しつつ「了解だ!」と叫び、エリオットはクラフトでメンバーにバフをかけつつ「援護するよ!」と言った。
エマもまた“フォールダウン”の衝撃から復帰し、魔導杖を構え直しつつアーツの駆動に入る。
「任せてください!」
それと同時に魔術の呪文を唱え始める。ARCUSの駆動と並行する二重詠唱。魔女だからこその離れ技だ。
マキアスの火力ではSクラフトでもない限り、暗黒竜相手には牽制が良いところだ。そうと判断したのか、ゾロ=アグルーガは被弾を気にせずマキアスに爪を振るった。
「───ッ〜〜!」
間一髪で回避。いやかすっている。マキアスが戦慄に硬直した刹那、暗黒竜は再び腕を持ち上げると、今度はマキアスを叩き潰した。
「マキアス!」
“死”という言葉が過ぎる。嫌な予感にラウラは戦技を中断───
「大丈夫だ!」
───しない。すぐさま立ち上がったマキアスは再び暗黒竜に牽制を始める。どうやら“アルテミスティア”による超過回復が盾となってマキアスにダメージを通さなかったようだ。
一安心したラウラ。しかし状況は予断を許さず───自らの最高を練り上げる。
「超過式」
それはかつてナギトから聞いた技法。武器に闘気を貯蓄しておく事でいざという時の切札にする火力の底上げシステム。
ラウラはこれをものにしているわけではない。今回の貯蓄分も寝所前に急遽やった分だけ。それでも、戦技と呼べるだけの仕上がりにはなっていた。
大剣から解放された闘気が拡散していく。それを無理やりに制御して、今度は純粋な攻撃力として大剣に集束した。
「ゾディアックレイン / サウザンドノヴァ」
「アルテアカノン!」
エマとエリオットのアーツが暗黒竜に殺到する。エマはSクラフトも同時に発動していた。
マキアスが踏ん張っていたおかげで意識が逸れていた暗黒竜はそれらをまともに受けた。
「ラウラ!」
「承知───!」
好機と見てとったマキアスが名前を呼ぶのとラウラが飛び出したのは同時だった。
ラウラの大剣は眩しく輝いている。限界を超えた闘気を注ぎ込んだ。臨界を突破した光が収束した。
この一瞬、ラウラの剣は父祖の輝きを超越していた。
「洸凰剣─────!!」
アルゼイドの奥義を叩き込む。それはもはや光の斬撃ではなく光の柱。暗黒竜の寝所そのものを崩壊させかねない威力と化していた。
ゾロ=アグルーガが光に包まれ悲鳴をあげる。鱗は削り取られ、爪は弾き飛び、翼はひしゃげる。
やがて光の柱が収まると、暗黒竜は力なく崩れ落ちた。
「はぁっ……はぁっ………」
死力を尽くしたラウラは剣を杖に倒れるのを拒否。肩で息をしつつも暗黒竜の生死を見定めんとする。
「やった…のか?」
マキアスはラウラをカバーする位置に立ちつつ、油断なく倒れ伏した暗黒竜を見つめた。
「──まだです!」
立ち上がる、暗黒の巨体。ボロボロになりながらも、その威容に翳りはなく。
「……さすがは暗黒竜と言ったところか」
かつて遷都を決意させたほどの怪物。若人4人の連携で止められるほど柔な存在ではなかった。
暗黒竜が大きく吼えた。空間が振動する。思わず耳を塞ぎたくなる音の暴力。
次の瞬間、暗黒竜の寝所そのものが拡張されていた。部屋の空間が今までの2倍以上の大きさになっている。
おそらくこれは暗黒竜が戦いやすいフィールドに寝所を作り替えたのだ。
ゾロ=アグルーガが再度吼える。ここからが本番だと言わんばかりに瞳がギラついた。
「撤退する───」
これは手に負えないと判断したラウラはそう言いかけるが、それより早く背後で倒れる音が聞こえた。
「エリオットさん!?」
エリオットが倒れ伏していた。攻撃を受けたわけではない。単純に体力の限界が来たのだ。
エリオット・クレイグは元々戦闘向きの者ではなかった。しかしトールズに入学し内戦を乗り越えて、一人前の戦士となった。
だが、それは一年前の話だ。エリオットはトールズを卒業して以降、戦いとは無縁の生活を送っていた。シンプルに身体がなまっているのだ。
加えて、エリオットはⅦ組でも随一と言っていいほど気が回る。帝都異界地下の探索でも、今の暗黒竜とのバトルでもその機転に何度助けられたか。それだけ
トドメに瘴気の濃い領域。この場所にいるだけで削られる体力。エリオットは限界を迎えてしまっていた。
そしてそれはエリオットだけの問題ではない。Sクラフトを連発したラウラも、援護と牽制に神経を削ったマキアスも、常に魔術で面々を保護しているエマも同様。皆が皆、限界が近い。
「エマはエリオットを!マキアス、我らで時を稼ぐぞ!」
「ああ、了解だ!」
ラウラは指示を出し、マキアスと共に暗黒竜に挑むもすでに限界を迎えつつあり、後衛2人の援護もなければ全力を出したゾロ=アグルーガを抑えられるはずもなかった。
削られていく体力と精神力。それでも致命だけは必死に避けて、やがてそれも終わりを迎えた。
朦朧とする意識。すでに身体にはいくつもの傷が刻み込まれている。振り下された暗黒の爪を辛うじて防ぐも、その代償に大剣が手から弾き飛ばされた。
「………ぁ……………」
糸が切れた。死力も尽きた。振り上げられる巨腕をただ見上げる事しかできない。
ナギトの顔が脳裏に浮かぶ。彼はここにはいない。
「すまぬ、ナギト………………」
役目を果たせなかった。謝った、謝罪してしまった。それは期待に応えられなかったと自ら理解してしまった証拠となり、ラウラ最後の心の防波堤を壊した。
振り下される爪。致命傷になるであろうそれを、受け入れる事を納得してしてしまった。
「させるもんかぁぁぁ────!」
しかし、その一撃は割って入った白銀の腕によって阻まれた。
「ブリューナク、照射します」
次いで背後から黒鉄の人形が光線を放つ。
「風よ、天なる雷よ!──ラストレスルーイン!」
さらに風と雷が渦巻いて。
「───絶技・洸凰剣!」
極彩色の輝きが暗黒竜ゾロ=アグルーガを打ちのめした。
ふらつき倒れる寸前だったラウラを受け止めたのは頼もしく懐かしい腕だった。
「父、上………?」
「うむ、ここまでよくぞ耐えた。あとは我らに任せるが良い」
ヴィクター・S・アルゼイド。ラウラの父親がこの暗黒竜の寝所に現れていた。
「ボクたちもいるよー!」
「任務ですので」
それだけではない。級友ミリアム・オライオンが。内戦中には敵対したアルティナ・オライオンが。
「これもナギトくんの頼みだ。……ここらでまたひとつ貸しでもつくっておくとしよう」
ルーファス・アルバレアが、来ていた。
「ルーファス総督……どうしてあなたが……」
「フフ……マキアスくん、今の私は総督ではないよ」
ついそう呼んでしまった事につっこまれてマキアスは口篭ってしまう。エマに支えられたエリオットはどこか合点がいった表情をした。
「そうか……ナギトが頼むって言ってた援軍……」
「その通りだ。今の彼がこの帝都で頼れるのはオズボーン閣下のみ。我ら4人はその閣下から要請を受けてこの場に参じたというわけだ」
簡潔な説明に疲れ切っていたラウラたちは納得と安堵を覚える。
「ルーファスー!」
「ああ、すぐにいく!」
そんな中、ヴィクターと共に暗黒竜を抑えていたミリアムが名前を呼ぶ。ルーファスは身を翻すと戦列に加わった。
「どうやら彼らで相当追い詰めたらしい」
ヴィクターの視線は暗黒竜を見ている。かつて帝国を襲った災厄の竜は、あと数歩で瀕死というところまで追い詰められていた。
「かの厄災をたった4人でここまで追い詰めるとは……帝国の未来は明るいですね」
「あはは、なんだかいいとこ取りしちゃうみたいだね」
「ミリアムさん、気は抜かずに。まだ戦闘中です」
「わかってるってば」というミリアムの返事と同時に、4人は得物を構えた。
伝家の宝剣が光を纏い、白銀と黒銀の戦術殻が控える。そして黄金の聖剣が抜き放たれた。
「ナギトくんのプランでいくなら、私の剣が必要となりましょう。………見るに、ここは暗黒竜の領域のようだ」
ルーファスが抜いたのはアルバレア家に伝わる聖剣イシュナードだ。祖先がこれをもって不死王を倒したと伝わる神秘の聖剣。
「ああ、我らで道を切り拓こう。2人もそれで良いな?」
「事前に言ってたアレだね、オッケー!」
「露払いはお任せを」
ヴィクター、ミリアム、アルティナ3人の了承を経て。
闖入者を様子見していたゾロ=アグルーガも幾度目かの咆哮でその威を示した。戦闘が再開する。
いかに暗黒竜と言えど十全ではない状態で帝国最強の一角に数えられる《光の剣匠》相手では、分が悪い。
ボロボロになった翼をはためかせて宙に逃げる。そこから地上の相手に向けて放つ“カラミティブレス”───
「させないよ!」
「無駄です」
しかし制空権はすでに暗黒竜のものではない。アガートラムに乗ったミリアムとクラウ=ソラスに乗ったアルティナが追いすがり、戦術殻の拳が暗黒竜の顔面に叩き込まれた。
強制的に中断された行動。その隙を見逃すヴィクターではない。
「侮ったな暗黒竜よ。我らの───人の力を」
極彩色の輝きが宝剣ガランシャールを包んだ。光の翼。アルゼイドの奥義が放たれる。
「───洸凰剣!」
飛来する光にゾロ=アグルーガは反応できない。それは直撃し、暗黒竜は地に落ちた。
空間が凝縮される。それは寝所の主人たる暗黒竜の仕業ではない。宮廷剣術を極めたルーファスが聖剣の力を充分に振るうための準備だ。
「──アグリオスキャリバー!」
黄金の力が解き放たれ、それは暗黒竜をかすめて空間を歪め引き裂いた。
引き裂かれた空間の先にあるのは帝都の夜空である。
逃げ場を得た暗黒竜ゾロ=アグルーガは再度翼を広げると、帝国の空に向かって羽ばたいた。
───そこが用意された狩場とも知らずに。
深夜。
静まりかえった緋の帝都ヘイムダル。死地から解放された暗黒竜は、追撃がない事を確認する。聖剣により引き裂かれた空間はいつの間にかなくなっている。
ゾロ=アグルーガに知性はない。あるのは本能のみだ。それにより人地を死の都にすべく胎動していた。しかしそれは決定的な場面に陥れるより先に露見し、8人の人間によって阻止される。
だが、逃げおおせた。そういった思考があったのかすら定かではない。死への恐怖があるのかすらも。ただ本能に従って逃げて。
その先に《緋の騎神》が待っていた。